大菩薩再臨~救済の二鳥

作者:白石小梅

●救済の二鳥
 その日……番犬たちの大攻勢の中にあって辛うじて持ち堪えていた竜の勢力の拠点が、瞬く間に焼き滅ぼされた。
 ビルシャナ菩薩……天聖光輪極楽焦土菩薩の手によって。
 抵抗する軍勢も絶えたその地で、奪われたグラビティ・チェインは形を変え、オーク、竜牙兵、ドラグナーの姿を模した鳥人たちへと姿を変え、各地へと散って行く……。

 そして幾ばくか離れた地で。
 二つの影の前に、虚ろな瞳の鳥人が姿を現した。
『我は……竜の手先より、生まれし者。我が同胞よ……我を糧とし、ビルシャナ大菩薩の再臨の為、更なるグラビティ・チェインを捧げよ』
 言うなり鳥は、溶けるように消えていく。その二つの影に、全ての力を呑み込まれて。
『力が溢れる……今のが、菩薩の導きにあった……』
『ええ。天聖光輪極楽焦土菩薩の手の者でしょう』
 二つの影は、新たな力を確かめるかのように、その翼に目を落とす。
『青き鳥どの……この力あれば、菩薩が如き救いも夢ではございませぬ』
 穏やかな声音で喋るは、僧兵姿のアオバズク。
『梟丸さま。仰る通りです』
 柔らかな声音で応えるは、蒼き翼の雉鳩。
『世には、強者に虐げられる者を守らんとする清き心を持ちながら』
『それを成し遂げる数多の力なき人々が、救いを求めております』
『横暴を許さず、あるべき正義を世に打ち立てんがため』
『我らがそれを成す力を、人々に授けましょう』
 読経の如く、歌の如く。二者の教義は響き合い……『幸福を謳う青い鳥』と『梟丸』は、共に翼を翻した。
『行きましょう、梟丸さま。ビルシャナの名の下に、我らが世を正すのです』
『御意。力とは、虐げられし弱者にこそ、相応しい』
 そして彼らは行く。弱者救済の旅路を……。

●怪鳥集結
「皆さん……ドラゴン・ウォーの勝利。及び、それに続くドラゴン勢力制圧地域の解放作戦、本当にお疲れ様でした」
 望月・小夜は、滲んだ目を拭った。
「竜の牙にヘリオンごと噛み砕かれる悪夢を幾度見たことか……ドラゴンのゲート破壊を言祝げる日まで、皆さんと共に歩んで来られたことは、私の誇りです」
 彼女はため息をついて顔を上げる。そしてすぐに、いつもの表情へ戻って。
「ですがここに来て、新たな敵が動きました。解放がまだだったドラゴン勢力の制圧地域が、ビルシャナの菩薩の一体『天聖光輪極楽焦土菩薩』によって破壊させられたのです」
 天聖光輪極楽焦土菩薩は制圧した竜勢力よりグラビティ・チェインを強奪し、ビルシャナ大菩薩を再臨させんと企んでいる。
「目的成就の為、奴は強力なビルシャナに奪った力を分け与え、またはその力によって強力なビルシャナを誕生させて、各地へと布教に放ちました」
 強化されたビルシャナたちは一般人を導く力を飛躍的に上昇させており、このまま放置すればビルシャナどもは人々を仲間に引きずり込みながら鼠算式に増殖する。
 無論、そんな暴挙を見逃す道理はない。
 奴らの撃破が、今回の任務だ。

●正義の使徒
 そして小夜は、スクリーンに青い雉鳩とアオバズクの鳥人の人相書きを映し出す。
「それぞれ『幸福を謳う青い鳥』と『梟丸』と呼ばれる個体です。その基本教義は『弱者救済』と『正義』。共通して『虐げられる弱者に不条理を正す力を与える』という行動理念を持ち、相性の良さから共に行動しているようです」
 番犬たちの顔に、苦いものが走る。
 その導きは、一体どれだけの人々を力を欲するビルシャナへと堕とすことか。
「彼らは現在、壊滅したミッション地域から、近隣の都会を目指して移動中。今から向かえば、山より降りて来る彼らが街に入る前に迎撃出来るでしょう」
 戦闘に一般人が巻き込まれることはないが、相手は強力なビルシャナ二体。その力は、侮れるものではない。
「ええ。奴らの強さは、信念の強さ。しかし逆を言えば、皆さんの言動で奴らが自身の教義に疑念を持つと守りが薄くなり、その教義を褒めたり受け入れるなどして油断を誘えると攻撃の威力を減じることが出来ると予測されます」
 すなわち、心理戦で優位に立てるということだ。だが、普遍的な正しさを掲げる二体の教義を、揺らがせることなど出来るだろうか。
「そうですね……弱者救済の信念は堅く、またビルシャナであるが故にビルシャナ化させること自体には何の疑念も抱かないでしょう……ですが連中の行動は弱者に『力を与える』ことで救う、というもの。そこは、突けるかもしれません」
 なるほど。
 力を得ることが、弱者にとって救いなのか。
 試されるのは、守護者としての自分たちの信念でもあるわけだ。
「奴らは竜勢力より強奪した力によって強化されておりますが……竜のゲートさえ閉じた今の皆さんならば、必ず撃破出来るはず。さあ、行きましょう。出撃準備を、お願い申し上げます」
 小夜はそう言って頭を下げるのだった。


参加者
マルティナ・ブラチフォード(凛乎たる金剛石・e00462)
霧島・カイト(凍護機人と甘味な仔竜・e01725)
ピジョン・ブラッド(陽炎・e02542)
リリー・リーゼンフェルト(耀星爛舞・e11348)
ハインツ・エクハルト(光を背負う者・e12606)
君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)
尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)
ジークリット・ヴォルフガング(人狼の傭兵騎士・e63164)

■リプレイ


 夏至の時期。
 長い日が、山影の街を照らしている。
 山嶺よりそれを見下ろすのは、二鳥の影。
「よう。気付いてるんだろ? 久しぶりだな……梟丸。そっちのお仲間は、初めましてだが」
 低く響いたハインツ・エクハルト(光を背負う者・e12606)の言葉にも、二つの影は動じない。
『どこぞですれ違っておりましたかな。力なき人々の番犬……ケルベロスよ』
『我らはこれより、虐げられる人々の幸福のため、力を与えに参ります』
『その救済に……異を唱えに参られましたか』
 大きな羽を夕日に散らし、二鳥は振り返った。
 その前に並ぶは、八人の番犬とその使い魔たち。
「コードネーム『デウスエクス・ガンダーラ』……通称ビルシャナ、か。悪を憎み弱者を救う? 聞こえは良いが、その真意はビルシャナ大菩薩の再臨。見え透いた詭弁だ」
「ええ。真面目なビルシャナって怖いわね。それに、よく考えると危ない事言ってるわよ……だってビルシャナ基準なんでしょ?」
 ジークリット・ヴォルフガング(人狼の傭兵騎士・e63164)と、リリー・リーゼンフェルト(耀星爛舞・e11348) の指摘は、冷ややかに。
 対してピジョン・ブラッド(陽炎・e02542)は大仰に手を広げて、嗤ってみせる。
「いやいや! 君たちの教義は素晴らしい! どのくらい素晴らしいかというと、僕が六歳だったら大賛成してたくらいには……だね」
 その皮肉に、マルティナ・ブラチフォード(凛乎たる金剛石・e00462)もまた、堅く結んでいた口を開く。
「ああ。貴様らの言う正義は我らの悪であり、我らの正義は貴様らの言う悪。善悪など、立場で変わる。世の不条理を全て正すなど、傲慢に過ぎるぞ」
『確かに、正義と正義が対立することはあるでしょう』
『しかし、弱者に強者の横暴に抗う力を与えることに、不義はありませぬ』
 霧島・カイト(凍護機人と甘味な仔竜・e01725)は、愛竜たいやきをひと撫ですると、苛立たし気にバイザーに手を伸ばした。
「虐げられる人々に、力を与えて万事解決か。正直、話し合う気は起きない……が」
 真っ向勝負を挑むことも不可能ではない。力と力の熾烈な激突も、皆、幾度も経験してきた。
(「ワタシは戦闘機械ダ。そして、ケルベロスだ。そのワタシが、武力の不義を説くのは滑稽ダが……」)
 君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)に、その分身、キリノが首を傾げるように頷いた。そして、尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)が、彼の胸を打って。
「やってやろうぜ。一人一人が弱くても……守って守られて、一緒に戦ったほうがずっと強え。そのことを皆と、証明してやろうぜ」
「ああ……ヒトはワタシが。ケルベロスが、守ル」
 そうだ。この場の誰もが、番犬の矜持を胸にここへ来ている。
 信念の激突でも、譲るつもりはない。
『なるほど。ですが我らとて、この救済に魂を掛けている……梟丸さま』
『御意、青い鳥殿……我ら正義の使徒が、自ら相手を致しましょう』
 空を舞う首の無い鳥。翻る長刀。
 番犬たちは一斉に武器を構え、両者は一瞬、睨み合い……そして、闘いが始まった。


 夕日の中、首無し鳥が嵐の如く迫る。
『人々に抗う力を与えた後ならば、私の首など差し上げましょう。退きなさい』
 雉鳩の囁きの中、超知覚を解放したマルティナが鳥の群れへと飛び込んで。
「確かに、力を望むものは多々いるだろう。弱きを助け、強きを挫く。それも間違いではないさ。だがな……貴様のやり方は弱き心に付け込んでいるだけだ」
 全てが遅い世界の中で、細剣が首無し鳥を斬り払う。白い軍服は、その第一波を貫いて。
 更に、彼女を左右から強襲しようとした鳥の群れに向けて、バイザーを降ろしたカイトが跳び込んだ。吹き上がらせた爆炎に乗り、愛竜たいやきと共に鳥の群れを打ち払う。
「ああ。弱者に力を与えて強者にしても、お前らの望む『都合の良い正義の味方』の卵が全員弱者と限らない。その力で弱者を虐げる者がいないと保証が出来るか?」
 見えぬ嘴が氷結の外装を裂くも、カイト主従は強引に走り抜け、敵の壁を打ち破る。
 そして番犬たちは、こじ開けられた道の向こうに一斉攻撃を撃ち放った。
『ぐっ……!』
『……! 狙いは、青い鳥殿ですか』
 振り返った僧兵の前には、広喜とハインツ。キリノとチビ助を引きつれて。
「力与えて、そいつ一人に戦わせるのか。弱かろうが強かろうが、助けるならそのままのそいつを助けてやれよな。ほら、てめえの相手は俺だぜ」
 腕部換装パーツが音を立てて変形し、稲妻の竜が迸る。僧兵はそれを正面から受け止め、細い目の間にしわを寄せながら、薙ぎ払った。その横から、長刀に鉄鎖を絡ませ、ハインツが僧兵に喰らい付く。
「ああ。力を与えるというのは、力をふるった結果と責任を転嫁することだ。さらにあんたらは、自身の信条すら他人任せだ……!」
 激しい打ち合いの中、キリノが岩石を撃ち放ち、チビ助がそれに乗って刃を振るう。僧兵は、煩わし気に一歩の距離を取って。
『……お待ちを、青い鳥殿。こちらを成敗して後、すぐに助太刀いたします』
「そうだ。本気で誰かを救いたいなら……自分の力で守ってみせろ。梟丸」
 一瞬の馳せ合いだったが、こちらが二人掛りで押さえても、敵は僅かに羽を散らしたのみ。
 長くは持たない。その前に、雉鳩を抜かなければ。
『私に構わず! 迫害されし者を看過することこそ、罪なのです……!』
 殺到する番犬たちをいなし、雉鳩は呪いの如き癒しで僧兵を奮起させる。
 だがそちらに癒しを飛ばすのは、相手だけではない。一条の光が激闘の戦場を裂き、長刀の傷を癒して行く。ピジョンの放った、祝福の矢だ。
「弱者に力を与えても、強者は何も変わらない。力を得た弱者が抗い続ける内に、やがて強者は負けて弱者になる。そしたらまた、その弱者に力を与えるのか?」
 振り返った彼の脇を、今度は氷結の弾丸が舞い飛んだ。それは首無し鳥を貫いて、雉鳩の肩に突き刺さる。
『……!』
「そうよ。助けられた弱者は、もう助けないの? 力欲しさに、弱いふりをする奴は? その心根自体が弱いから助けるのだとしたら、嘘吐きが得をする世界になるだけよ」
 リリーは冷静に、螺旋の力を帯びた氷結で周囲の首無し鳥を次々と撃ち落とす。
 苦手な射撃戦に舌を打ちつつも、ジークリットがライフルを引き抜いて、それに続く。
「だろうな。力を求める者には願ったりもないものであろう……そして力に溺れる者は不条理を別の者に与え、その者も力を求める負の連鎖が続く。果たしてそれが正しいか?」
 ジークリットの氷閃が走り、雉鳩は翼を薙ぎ裂かれる。
『そうして弱者の苦悶を前に手をこまねいたことこそ、かつて私が負った罪……! 繰り返しはいたしません!』
 その叫びに、敵がかつては人であったことを察して、眸が切っ先を惑わせたのは、ほんの一瞬。機神切を構え、彼は力を集中して。
「その『力』とは武力のことだろウ……皆の言ウ通り、その先にあルのは力が支配すル戦乱だ。全てが己のあるがまま、権利を害されずに生きていける世が、あるべき世ダ」
 撃ち放たれたエネルギーの刺突が、雉鳩の胸を貫いた。
『私の罪を……贖わねば!』
 雉鳩はなお体を奮い立たせて抗うが、癒しの力は急速に蝕まれて崩壊していく。
 六人がかりの集中攻撃に追い詰められ、敵は最後の足掻きと首無し鳥を解き放った。
『鳥たちよ。謳うのだ……弱者の幸福を!』
 しがみ付くように救済を説く雉鳩。だが人であった頃の惑いを思い出した彼は、身を躱すことを忘れていた。
「一方的なのよ貴方の教義は。自分にとって都合のいい一面しか見えていない。本当は、気付いてるはずよ。それを狂気と、言うんだってね」
 リリーの指が、引き金を引く。
 轟竜砲の爆炎が首無し鳥を吹き飛ばし、完全に無防備を晒した雉鳩の身を、空を裂くニ閃が走り抜けた。
「貴様の弱者救済は優越感に浸る為の教義かと思っていたが……そういう事情か。だが、容赦はせん。烈風よ……! 民を誑かす怪鳥を断て!」
「強さを弱者に与えて幸せに……それがお前の贖罪か。だがその幸せは、一時だけだ。もう、彷徨うな。人々の幸福は、空で謳え。青い鳥」
 マルティナとジークリットの剣が、閉じる。
 瞬間、雉鳩は羽根を赤く散らして砕け散った。
 まるで空へと、飛び立ったように……。


 突進するチビ助の姿を、僧兵の長刀が打ち砕いた。金縛りで必死に敵を牽制したキリノも、飛刀に肩口を裂かれて岩に寄りかかって。
『青い鳥殿……!』
 雉鳩が潰えたのは、そんな時。
「トイ、トイ、トイ……ありがとう、チビ助。おかげで俺は……まだ立てる」
 息を切らしながら己を鼓舞するのは、ハインツ。盾には長刀の亀裂が走り、頭からは血が落ちるが、それでも彼は起き上がる。
「向こうは終わったね。でも君たちの救済は、闘いじゃ終わらないんだ。聞いていたろう。強者に、弱者がなぜ弱者であるのかを知ってもらわないと、ね」
 その隣ではピジョンが銀糸を翻して、千切れかかった広喜の脚を繋ぎ合わせている。躰の節々から火花を散らしつつも、彼は笑って。
「俺の相棒と仲間たちは、強えだろ。弱い奴を守るだけでも、力を与えるだけでも、自己犠牲って奴でもねえ。俺は、一緒に闘う。ここにいる皆みてえに、背中預けてな」
『弱者から立ち上がる英雄こそが、同じ弱者を力付け救うのです。その正義を、なぜ理解できませぬのか』
「必要なのは力を持った一人の英雄じゃない。隣人を信じる心だ! さあ……僕らがそれを見せてやる!」
 瞬間、ピジョンが鉄鎖を振るう。結界を成して迸る鎖を身に纏うのは、カイト。そのまま僧兵の長刀と激突し、破魔の光と凍結の外装が火花を散らして。
「適当な誰かに力を与えて、有り難いお話だけしてほっぽり出すのが正義か? 力を与えるってのはそんな無責任で都合のいい事じゃない。俺はもう……迷わない!」
 雄叫びと共に目を輝かせたカイトは、身に喰い込む長刀を鎖と氷で押さえ込む。
『……!』
 敵の得物の動きが止まり、その脇腹へと突っ込む黒影は……ジークリット。
「正義も行き過ぎれば悪であり、足りない正義もまた悪……我々はただ、弱者の剣となり貴様らを倒すのみ……!」
 吹き飛ばされた僧兵は、身を捻りながら数珠を以って周囲に爆風を放つ。盾として跳び込んだたいやきがその爆風に消えても、番犬たちはもはや怯みはしない。
「最初に言ったな。正義とは、相対的なものにすぎないと! 強弱もまた然りだ。立場を入れ替えるだけでは、何も変わらない」
「そうよ。貴方以外の全てが貴方を悪と言えば、全てを滅ぼすとでもいうの? そんなの只の自己満足よ。その羽根、全部毟り取ってやるわ」
 マルティナの念が爆発し、リリーの星輝槍が紫電を纏って長刀と舞い踊る。
 一斉に打ち掛かる番犬たちに気圧され、僧兵は距離を取った。その長刀を振るい、惑いを払って空に吼える。
『認めましょう。あなた方は、強い。ですが強者でさえも、より強き者の横暴から万人を救えるわけではないのです。それを、私が証明いたしましょう!』
「は……! 自分で万人を救うなんてできっこないからこうしてるのか?」
 震える膝で立ち上がったハインツを気にも留めず、僧兵は長刀を回転させる。その刃に雉鳩から託された破壊の力を結集し、狙うは片膝を付いていた、広喜。
 だが彼は、笑みを絶やさぬまま腕の換装パーツを再び変換する。
「ああ……俺は弱いぜ。お前よりも。だから証明するんだ。仲間を信じて託すことでよ。弱いままでも強者より強くなれるってことを……!」
 広喜に向けて放たれた飛刀に、ハインツが跳び込んだ。その盾が刃を正面から受け止めて、広喜の腕から蝶が舞う。それは、走り込む眸の力となって。
『……!』
「例え弱かろうとも、ヒトを傷つけなイ強さを持つ者もいる。強くなど、ならなくテいい。あるがままを受け入れてくれたヒトのために、ワタシは恩返しと贖罪を続けテいく」
 番犬と、共に支え合う関係こそ、デウスエクスに抗する人々の強さだ。
 眸は渾身の力で機神切を叩きつける。大長刀がへし曲がり、僧兵は遥か後方まで吹き飛ばされて、膝を付いた。
『馬、鹿な……』
 ここに、信念のぶつかり合いは決した。
(『いや。まだ私には、青き鳥殿との約束がある』)
 だが敵は敗北を悟った瞬間、身を翻して跳躍する。
 街まで逃げのび、人々に力を与えてしまえば、己が潰えたとしても。と。
「……あの時、言ったな。梟丸。オレがどんなヒーローになるのか楽しみだ、と」
 だが、その頭上には、すでにハインツが、盾を構えていた。
『!』
「その答えを今、見せてやるぜ! 理想を語りつづける苦しみも背負って、前へ進むのが……ヒーローだってな!」
『まさか……あなたは!』
 そして拳に乗った盾が、空を断つ。焔の一撃は、捻じれた長刀を砕いて、僧兵の首に突き刺さって。
(『私は……! 間違っ』)
 意識の千切れる、最後の一瞬。
 梟丸は見た。
 雄叫びと共に盾を振り抜く、英雄の姿を。


 日は沈み、激闘は終わった。
 カイトはバイザーを上げながら、呼び戻された使い魔たちを撫でる。
「すまないな、チビ。負担を掛けた……ああ、ごめん、チビ助。お前もな」
「君もだよ。それに、ハインツと広喜も。守りは固くしたつもりだったけどね」
 ピジョンは丁寧な手つきで、皆の傷を魔術で縫い合わせている。
「ああ。彼らは……誰かを守ろウとして、守り切れなかったヒトだったのダろう」
 ビルシャナと化しても、その想いだけは本物。惑いを突けたとは言え、闘いは熾烈だった。
 眸の視線が傍らに佇む分身を見つめる横で、縫合を終えた広喜は笑いながら腕を振る。
「でもみんなも、すげえ強かったぜ。これできっと、あいつらもわかってくれたよな」
 夏至の時期の長い夕暮れが幕を下ろし、遠くでは静かな夜に街の光が灯り始める。
 伸びをしていたリリーがため息をついて顔を上げた。
「そうね。今回の奴ら、ビルシャナにしては一理あるなとは思ってたけど……」
「……道を誤った守護者、か。我々も、自戒しなければならないな」
 マルティナは腕を組んで街を見つめる。
 迷いは、誰にでもある。断ち切って進まねばならぬこともあるが、しかしその全てを捨て去って極論に走れば、ビルシャナたちと同じこと。
 ジークリットは、振り切るように背を向ける。
「我々は今回、あの街を守り切った。今は、それでいいのであろう」
 その瞳にふと、ハインツの姿が映った。
 空へ消えた二鳥を見上げるように、彼はぎゅっと手を握って。
(「オレは前へ進むよ……人を助けたいという想いは、オレが背負ってやる」)
 その視線の先に、迎えのヘリオンが降りて来る。
 そうだ。
 番犬たちは、惑いも呑んで先へ進む。
 闘う力なき人々を救うために。次の戦場へと……。

作者:白石小梅 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年6月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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