七変化する幸せ

作者:質種剰


「ブライダル専門店さんがプロポーズリングを今度新しく発売するそうで、紫陽花をモチーフにしていてとても可愛らしいのでありますよ♪」
 小檻・かけら(麺ヘリオライダー・en0031)が、うきうきと楽しそうに話し始める。
 何だただの世間話か、と皆が思うのも無理からぬ事で、
「あ、だいじょぶでありますよ。今回は幸いにしてデウスエクスの襲撃も何もなく、ヒールの心配とか一切ご無用でありますから」
 かけらはそう補足して説明を続けた。
「紫陽花といえば、『移り気』『浮気』などネガティブな意味の花言葉が有名でありますが、その反面、ウェディングドレスのモチーフやブーケの花材としても人気なのでありますよ。白い紫陽花は花嫁さんにぴったりな清楚さですし、長雨の間もずっと咲き続ける紫陽花には『辛抱強い愛』なんて花言葉もありますから、プロポーズリングのモチーフにもうってつけであります♪」
 紫陽花は植わっている土の酸度によって変化する。土が酸性であれば青い花びらになり、中性から弱アルカリ性の土壌ではピンクの花が咲く。
 雨が降ると色が変わるというのもこの性質が原因で、降りしきる雨によって土の中のアルカリ性の成分が雨水とともに流れ出てしまう為、紫陽花がより青みがかっていくという。
「よろしければ皆さんもぜひ、プロポーズリングフェアへいらっしゃいませんか? イベントの主役である紫陽花のプロポーズリングは勿論のこと、普通のファッションリングやジュエリーアクセサリーも売ってますので」
 ちなみにプロポーズリングとは、値の張る婚約指輪を買ってプロポーズした際に起こり得る、彼女の好みや指のサイズが合わないなどのリスクへ着目し、『プロポーズした後に2人で改めて婚約指輪を選び直せる』などのサービスが売り物の、いわば『プロポーズ専用のお手頃価格な指輪』の事だ。別名ダミーリング。
「お手頃価格とはいえ、それはあくまで本物の婚約指輪と比べたらの話であります。プロポーズリングは可愛いデザインの物も多くて、本物の婚約指輪を贈られた後でも普段使い出来るでありますよ~」
 しかもプロポーズリングには『プロポーズを思い立ったタイミングで即座に現物を購入可能』という強みがある。納期が長めになる婚約指輪や結婚指輪との大きな違いだ。
 もちろん、このお店で本物の婚約指輪や結婚指輪を購入なさっても構いません——そう楽しそうに説明するかけら。
「そうそう、今回のイベントは紫陽花プロポーズリングや婚約指輪、結婚指輪に加えて、同じ紫陽花をデザインのアクセントに据えたウェディングドレスやタキシードまで展示、販売されているであります♪ こちらの試着を楽しんでみるのも良いかもしれませんね~」
 こちらは、『プロポーズにダミーリングは気が進まない』とか、『指輪を選ぶのへは自信がないがイベントの雰囲気を楽しみたい』或いは、既に婚姻済みの夫婦です——というカップルにオススメだ。
「それでは、皆さんのご参加、楽しみにお待ちしてるでありますよ♪」
 かけらはぺこりと頭を下げた。


■リプレイ


 その日、太陽は自分の衣装選びもそこそこに、リルのドレス選びを最優先しエスコートしていた。
 リルが選んだのは、大きな胸の谷間を大胆に露出させた、ハーフカップのベアバックドレス。
 大人の女性にこそ似合う色っぽいデザインながら、ウエストはノーマークで足元までストンと真っ直ぐなIラインドレスでもある。
 お腹周りに大きくゆとりを持たせる事が目的で、自然と胸もお腹も強調されたリルの様子は、ピンクの紫陽花ブーケにも負けない幸せそうな笑顔を浮かべている。
 太陽もそんな彼女へ安心して、自分はシルバーで統一したフロックコートのスーツへ着替えた。
 記念撮影ができるチャペルの前で向かい合えば、2人だけの結婚式を挙げるかのように、自然と愛の言葉が零れる。
「これからは夫としても子どもの父親としてもあなたと子ども達を愛し守り家庭を営む事を誓いますこの子の次も、これからも子沢山な明るい家庭を築いていきましょう♪」
 リルの左手薬指へ指輪を嵌め、彼女のお腹を優しく撫でながら愛を誓う太陽。
 新しく誂えたダイアモンドの指輪がキラリと光った。
「ありがとうございます。これからもこの子ともども、末永くよろしくお願いします」
 太陽から改めて指輪を嵌めて貰えば、リルの表情はますますパッと輝いた。
「かけらさん、お誕生日おめでとうございます」
 ちなみに紫陽花のラウンドブーケは、ブーケトスの要領で軽く放り投げたとか。

 要は、恋人の迅と連れ立ってプロポーズリングを見にきたものの、
(「あんまりこういうの付けるの好きじゃないって言ってたし……」)
 恋人が装飾品を普段からつけないのを知っているだけに、あまり積極的に選ぶ気にもなれず、どこか落ち着かない様子だ。
「要、指輪を見る予定だったがドレスが気になるなら着てみないか?」
「……いいの?」
「指輪はサイズ確認重視でさ、今の気持ちを大事にした方がいいだろ?」
「うん……迅も指輪着けてくれる?」
「武道家の嗜みとして装飾品は着けない方針だが、指輪は特別だ」
 迅へ促されるままに頷き、ドレスの飾られたショーウィンドウへ移動する要。
 純白のドレスをぽーっとした様子で飽きずに眺めていると、迅がそっと手を握った。
 自分から積極的には希望を口に出せない要へ、少しでもその躊躇いを解いて欲しくて笑顔を見せる迅。
「気に入ったなら着てみたらどうだ?」
 要が試着室へ消えた後も、迅の頬はずっと緩んでいる。
「……僕だけ着るのもなんか……迅も、これとか着て……みたら?」
 要が選んでくれたシンプルなタキシードを先に着終えれば、充足感と幸福感が込み上げてきた。
「要も18歳の誕生日目前。希望は何でも叶えたいからな」
 それが自分への気遣いであっても、一緒に同じ婚礼衣装を着たいという要の本心も解るから。
「へ、変じゃ……ない?」
 試着室から出てきた要は、華やかさと素朴さの同居したコットンドレスを着ていた。
 繊細なレースの装飾と大人っぽいマーメイドラインが要の魅力を引き出している。
「勿論。よく似合ってるぜ」
 迅が手放しで褒めると、要は顔を真っ赤にして俯いた。
「えっと、あのっ、迅も良く似合って……ます」
 しどろもどろになりながらも一生懸命、自分の気持ちを彼へ伝える。
「次は指輪だな。何か気になるのはあったか?」
「じゃあ……目立たないシンプルなのにしよう」
 いつも貰ってばかりだから、と少し遠慮がちに言う要。
 そんな控えめな恋人の肩をそっと抱いて、迅は指輪売り場へ足を向けた。

「かけらさん誕生日おめでとう」
「ありがとうございます」
「うん、なかなかにいい感じのフェアですねえ。恋人達にはぴったりです。おかげでまあ」
 レベッカは小檻と和やかに世間話をしていたが、ちらと横目で恋人の様子を伺って苦笑する。
「ねぇ、ベッカ。前からの約束」
「はいはい、わかってますよ」
「あたしが成人したらベッカがパートナーになってくれるって。まさにグッドタイミングじゃない」
「そうですね。まあちょうどいい機会だったという事で」
 逸る気持ちを抑えられない連の手を取り、プロポーズリング選びに繰り出すレベッカ。
「結婚指輪は今度改めて買おうね」
「うんうん、あとは本番まで取っておきましょうね」
「その時は、今までのお仕事で貯めた分を一気に使うつもりで。ああ、でも結婚式の費用を残しておかないとダメか」
「レンは新婚旅行も行きたいんじゃないですか?」
 連はレベッカに似合うものをと真剣な目つきでプロポーズリングを選ぶ。
 目をつけたのは、紫水晶でできた紫陽花と、それを挟むように配置されたペリドットの2枚の葉が飾られた指輪。
 細いシルバーのリングはメビウスの輪のように一度だけ捻った華奢なデザインだ。
 一方のレベッカは、
「ええと、ベタなところでレンの誕生石のアクアマリンを」
 石もリングの素材のシルバーもあっさりと選んで、早々とベロアの小箱をゲットしていた。
「ベッカ、愛してる。これからずっと一緒にいよう」
「うん、私も愛してますから。結婚しましょうね」
 互いに選びあったプロポーズリングを、式での指輪交換のように嵌めあって、愛を誓う2人。
「じゃ、婚姻届を出しに区役所へ行こう。これからずっと、朝起きたらベッカが隣にいるなんて、考えただけで素敵だよ」
「これからはちゃんとずっと一緒ですね」
 喜び勇んで駆け出す連を微笑ましく見守るレベッカ。2人ともこの上なく幸せそうである。


「ふふふ、ジューンブライドは子どもの時凄く憧れた覚えがあります」
 と、楽しそうにドレスを眺めているのはミリム。
 一目見て気に入った白い紫陽花のラウンドブーケと違ってウェディングドレスはなかなか迷うのか、知り合いに助言を求めた。
「かけらさんのオススメはどれです?」
「Aラインのミドル丈のドレスは如何でしょ。膨らんだ薄紫のスカートがまんま紫陽花の風体であります」
 葉を模したレースに包まれた細かなフリルのひとつひとつが紫陽花の花の形をして——正確には花でなく萼だが——白いブーケと合わせると紫陽花の親子みたいで可愛い。
「それにしてみようかしら!」
 意気揚々と紫陽花モチーフのウェディングドレスに着替えるミリムだが、いざ空牙の前でお披露目ともなれば、
「……て、照れてしまいます」
 彼女には珍しく恥ずかしがっている。
 だが、流石に空牙は一瞬惚けながらも、
「……あぁ、いや、見とれてた。良く似合ってる」
 率直な感想を述べて恋人を嬉しがらせると、そのままミリム憧れのお姫様抱っこまでしてみせた。
「まぁ、なんだ。背もたれから始まって、相棒になって。ずいぶん長いこと一緒にいて。それでもちゃんと言ってなかったから、言うな」
 柄にもなく緊張しながら、予め用意しておいた指輪を取り出す空牙。
 それは、翠玉と紫水晶で紫陽花を表現したシンプルなもの。
 本物のエンゲージリングである。
「俺と、家族になって欲しい」
「ぜひ喜んで、ただし幸せにするのは私だけでなくあなたもです」
 お姫様抱っこからの箱パカプロポーズと来れば、次は文句なしに誓いのキスだろうと、うっとりして瞼を伏せるミリム。
 空牙がミリムの被っていたベールをそっと捲って、新妻の望みを叶える空牙。
「ブーケトスします? しちゃいます?」
 満足したミリムはさり気無く小檻へ向けて、誕生日プレゼントも兼ねた白い紫陽花ブーケを放り投げた。

「かけらさん、お誘いありがとうございますとお誕生日おめでとうございます」
 この一年がまたかけらさんにとって良き一年となりますように——奏星はいつものように小檻を誘って店へ訪れていた。
「いつかワインを一緒に飲める日が来るといいのですが」
「ありがとございます。そんな催しがあれば是非」
「同じ物をプレゼントするのも気が引けますが今回はどうしましょうね……」
 考えた末、菩提樹を模したリングにルビーをあしらって贈る事にした奏星。
 ルビーは7月の誕生石、菩提樹は7月9日の誕生花だからだろう。
 また、菩提樹は『夫婦愛』『結婚』という花言葉を持つ為、プロポーズリングのモチーフに最適といえる。
「かけらさん、今後もまたこういったお誘いをして貰えると嬉しいです……大好きですよ」
「ええ。また秋頃にでも」
 奏星が選んだベアトップのドレスを着て、ルビーの指輪を嵌めて微笑む小檻。
 揺らがないと決めた心と違い、身体は未だ隙だらけなお陰で、奏星はその尻を存分に撫で回す事ができた。

「着てきたよ!」
 ウェディングドレス姿で登場した秋子を見て、ひとり頷くのは真幸。
(「何着ても可愛い」)
 秋子は秋子で、物珍しそうに辺りを見渡すや、
「プロポーズ良いなあ」
 他のカップルが羨ましいのか呟いている。
「何度でもプロポーズするぞ?」
 毎日でも気が済むまで、と真顔で真幸が言うのへは、チベスナ顔で拒否した。
「もうあの長いポエム聞きたくない」
 よほどお気に召さなかったようだ。
「それよりドレスどう?」
 気を取り直してにっこり笑う秋子。
 シンプルなマリアヴェール、総レースのオフショルダーに長袖、Aラインのロングトレーンといった控えめな可愛さを追求したデザインが、大人っぽい秋子によく似合う。
「真幸さんこういうの好きでしょ、好みはわかってるよ」
 どうだ! と誇らしげに胸を張る秋子の手には、青い紫陽花ブーケが。
 前に2人で食べた紫陽花のお菓子をイメージして選んだらしい。
「……紫陽花……そういや付き合い始めにデートでパフェ食ったな」
 味は覚えてないが楽しかった——とは真幸らしい正直な感想だ。
「高位的なエクトプラズムの如く嫋やかで似合っている。荒廃した家屋の蜘蛛の巣のようなヴェールから垣間見える照れた顔が可愛い」
 しかし、いざ求められた感想をつらつら述べれば、まるで息をするかのように自然と秋子を怒らせた。
「うん?」
「……表現間違えたか、大分抑えたのだが」
 どうすれば適切な単語を思いつくのか——と素で悩むだけに手遅れ感は強い。
「……せめてもう少し分かりやすい事出来ない?」
 それでも秋子に笑顔で威圧されれば、
「可愛い」
 怒らせた焦りもあってか、秋子を正面から抱き締めた。
「えへへー♪ いつか式挙げたいな」
 幸い秋子の機嫌はすんなり直ったが、反面、羞恥に耐えかねて蹲る真幸。
「このドレス欲し……真幸さんタキシード着てない!」
(「……俺は和装の方が好きなんだがな……」)
 真幸曰く『角隠しの下から見上げられたい』らしいが、ドレスを着たい秋子とどちらの願望が叶うかは不明。


 白と一緒にやってきたフィロヴェールは、初めて見るプロポーズリングへ瞳を輝かせていた。
「プロポーズリング……結婚指輪とかは知ってたけど、こういうのもあるんだ。しかも紫陽花だなんて素敵っ」
 興味津々な恋人の様子に、白は微笑ましく思いつつ横から説明を添える。
「紫陽花っていうと、あんまり良くない花言葉も多いんだけど……それって、西洋の場合のものなんだよね」
 確かに『移り気』『浮気』『冷酷』『無常』などが有名である。
「日本だと、小さな花が寄り集まってるから『団欒』だとか……白い紫陽花だと『寛容』だとか」
 これから結婚する花嫁に相応しい花言葉の羅列へ、フィロヴェールの表情もますます明るくなる。
「紫陽花ってそんな花言葉があるのねっ。色によって違うんだ……」
「けど、僕がフィロに贈りたいのは……これかな」
 そう言って白が差し出したのは、水色とピンクを織り混ぜた色合いが優しく華やかな紫陽花のリング。
「……わ、綺麗……わたしに?」
 思わず口では問い返しつつも、歓喜のあまり、フィロヴェールはリングへ手を伸ばしていた。
「花言葉は青系だと『辛抱強い愛情』、赤系だと『元気な女性』や『強い愛情』なんだって」
 白が説明してくれる花言葉の意味や、見た目から伝わる紫陽花の柔らかな佇まいが、
「……僕達も出逢ってから随分と長く一緒にいるけど、君に恋してから……抑えてた時期が結構あったし」
 そんな彼の回想を自嘲や卑下だと感じさせず、素直に頷かせてくれる。
「……わたし、いっぱい君を待たせてしまったものね」
 だから、フィロヴェールも卑屈にならず、ただ恥ずかしそうに笑った。
「本当に、恋って何かわからなくて、そんな風に好かれるなんて思ってなかったから」
 きちんと受け止めて、整理できるまで随分かかってしまった——それすらも白と2人で歩んできた大切な想い出に違いないから。
「どうかな、って思ったんだけど……気に入ってくれると嬉しいな」
「……ありがと、とても嬉しい」
 どこか緊張した面持ちで問うてくる白への愛しさが溢れ出して、フィロヴェールは指輪を両手で包むように掲げてちゅーしたのだった。

「煉くん、お誘い受けてくれてありがとう」
「可愛い彼女の頼みなんだ断る訳ねぇだろ?」
 リシアと煉は、この日も仲睦まじく手を繋いで店へやってきた。
「かけらさん、お誕生日おめでとうございます。この一年が良いものになります様に」
「ついでみたいですまねぇが誕生日おめでとさんだ、かけら」
「ありがとうございます」
 挨拶を終えて、リシアはドレスを手に試着室へ。
「折角だから着てみたいかな。ちょっと気が早いかもだけど」
「リシアがドレスなら俺はタキシードか」
 煉も意気込んでタキシードに着替えたが、やはりインナーや化粧、ヘアメイクがある女性と比べれば、早々に準備が整う。
「リシアが着替えてる間にプロポーズリングも頼むかな」
 という訳で、煉は待ち時間を有効に使うべく店員へプロポーズリングについて相談。
 丁度リングを受け取ったタイミングで、リシアが試着室から出てきた。
「煉くん、どうかな?」
 微かに頬を赤らめつつ、開いた胸を強調するかの様に上目遣いで見上げてきたのが可愛い。
 淡い水色のシルクが上品さを、袖や大きく開いた胸元を飾る繊細なフリルが可愛らしさを演出、それでいてボディラインに沿ったピタッとしたXラインのドレスは、リシアの生来持つ女らしさも引き立てている。
 思わず見惚れて言葉を失う煉だが、
「おぉ……似合ってるぜ、リシア」
 はっと我に返るや慌てて彼女を褒めた。
 リシアは嬉しそうに微笑み、腕を取ってぎゅっと抱きついてくる。
(「ありがとな、そこまで俺を好いてくれてよ」)
 あやすように頭を撫でれば、お返しか頬にキスされた上、そっと耳元で囁かれた。
「結婚式、楽しみにしてるね」
 煉もおもむろに小箱を取り出して、リシアの左手薬指へリングを嵌める。
「愛してる。これからもずっと一緒にいてくれ……こいつはその証だ」
 サファイアに囲まれたブルーダイヤモンドが神秘的な輝きを放つ。
「へへっ。病弱だった子どもの頃を取り戻す勢いで、色んな所連れてってやるからな」
 嬉しさのあまり涙ぐむリシアの頭をかき抱いて、煉は明るく笑ってみせた。
「ところでそのドレス……うっすら色がついてるんだな」
「白色のドレスは……着るのは本番かな。だって、婚期が遅れるのは嫌だもん」
「ん、今年で俺も18になった。行き遅れなんか気にする必要はねぇぜ」

「気が早いが絃と来てみたかったのだ」
 指輪もいいが、と水凪が誘うのは婚礼衣装の居並ぶコーナー。
「絃、これはどうだろう?」
 迷いなく指し示したのは銀の新郎用フロックコート。
「ふろっくこーと、というらしい。絃は銀色が似合うと思う」
 小物をわたしのどれす、と色を合わせるのも良さそうだ——表情は大して変わらなくとも水凪の声の弾み具合から彼女の浮き立つ気持ちが伝わってくる。
「フロックコートか。良いですね……こんな爽やかな銀色が自分なんかに似合うだろうか」
 絃は照れ隠しにそう呟く一方、彼女と繋いだ手をしっかり握り返した。
「——あ、これは如何でしょうか」
 次いで彼が指差すのは淡いブルーのドレス。
 胸元のハートカットネックと、腰にあしらった布細工の紫陽花が、優美で華やかな雰囲気だ。
「……わたしに、これを? 後ろ側の裾が長いのが綺麗だな」
 絃がきっと水凪に似合いそうだと確信したロングトレーンを、水凪自身も気に入ったらしく注目している。
「……水凪、一度試着してみますか?」
「絃はさぞ格好いいはずだ」
 素直に頷いて試着室へ向かう水凪。
 外へ出ると、先に着替えを済ませた絃が待っていた。
 銀のフロックコートは絃の翡翠の瞳や紫のツノともよく馴染んで、彼の持つストイックな空気を爽やかなものへと昇華させていた。
 アスコットタイとポケットチーフはウェディングドレスと同じ淡いブルーに揃えていて、ともすれば暗くなりかねない銀色へ良い差し色になっている。
「流石は絃だ。わたしだけの記憶に留めておきたい程に」
 滅多に見られない絃の正装は水凪の目に眩しく、いささか興奮した様子で賞賛する。
「絃が選んでくれた、どれす、は似合うだろうか」
 それでも自分は肩や腕を出した装いに慣れないのか、恥ずかしそうに問いかけた。
 絃からすれば、清楚かつ女らしい雰囲気のドレスは水凪によく似合っていて、我知らず感嘆めいた吐息が零れる。
「……凄く似合ってます」
 なぜか自分の正装を見られるよりも面映ゆい気分になって微笑んだ。
「ありがとう、絃にそう思ってもらえることが何より嬉しい」
 褒めてくれる絃の頬がほのり染まっているのへ気づけば、ようやく水凪の緊張も解れて、満面の笑顔を返す事ができた。

作者:質種剰 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年7月14日
難度:易しい
参加:17人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。