デボラに捧ぐ

作者:OZ

●デボラに捧ぐ
 この花の名前はなんといったのだったか、フィーラ・ヘドルンド(四番目・e32471)は覚えていない。
 否――覚えている、気がする。
 白濁した水面の底に、記憶らしい記憶がちらつくのだが、水面の、意識の濁りが底にあるものを掴ませてくれない。
 薄紫の花畑にフィーラは立っていた。とはいえいつから立っていたのだったか覚えていない。辺りはすっかり暗がりなのに、ぽっかりと金色の女王が頭上に浮いており、やたら明るいように感じられた。
 ぶんと耳元で羽音がして、驚いてフィーラは身を退いた。遅起きのミツバチは、すぐに暗闇に溶けて見えなくなった。
「――デボラだね。覚えている?」
 男もまた、いつからかフィーラの前に立っていた。
 表情の薄いフィーラのかんばせに、それでも確かなまでに驚愕の色が見て取れた。フィーラ自身の感情が驚愕に追いつかず、彼女自身は、自分が驚いていることに気付いていなかったかもしれないが。
「デボラ。……ミツバチ。あの場所にもたくさんいたよね」
「あ、――ぁ、あ……」
 生絹のような白髪に羊の角。フィーラの濁った水面に、それらがとつりと水滴を落とした。憶えている? と男はフィーラに訊いた。二度繰り返された言葉がもう一度繰り返される。デボラ。ミツバチだよ、歌も教えてあげたでしょうと男は微笑んだが、水滴のおかげで水面の濁りは一斉に晴れてしまったのに関わらず、フィーラのなかにその思い出は蘇っていない。
 蘇るもなにも、そんなものはなかったのかもしれない。
 それはそうだ。このひとは、この男性は、エンは。
「……エンは、そんなふうに笑わなかったよ」
「そう?」
 それじゃあきっと笑えるようになったんだよ、と『エン』は続けた。
「きっと、君が殺してくれたから」
 違う、とフィーラは叫びそうになった。それでもその言葉が喉に引っかかったのは、それこそが事実の記憶だと、フィーラ自身が思い出したからかもしれなかった。
「帰ろう、一緒に」
 ああ、『ちがう』とフィーラは思った。
 あの花畑に咲いていたのは、確かに薄紫の花だった。
 今足元に咲くそれもまた、薄紫のそれだった。嫌になるほどよく似ている。
 それでも今、足元に咲いている花は――。


 あのね、と夜廻・終(よすがら・en0092)は言った。既にヘリオンの準備を始めた九十九・白(白夜のヘリオライダー・en0086)から口早に告げられた内容を頭に叩き込みながら、少女はケルベロスたちを見つめた。
「敵は死神。フィーラは、『エン』って呼んでる」
 頭に入れた数少ない情報を、終は語った。
 場所はある花畑であること、フィーラは何かしらの理由で攫われるか、そこに訪れるかして、『エン』と邂逅したこと。ただ、その『エン』は、フィーラが知る『エン』であるかは、当然のように怪しいということ。
 それでも彼女はそう信じるだろうし――彼女が信じる以上、『エン』は『エン』でしかない。だからこそこれはフィーラにとって宿縁であり、悪縁であり――それ以上なのかもしれなかった。
「わからないことのほうが、多い。行ったほうが早い。……フィーラひとりじゃ、きっと殺されてしまうから」
 行こう、と終は言った。どうやらこの少女も行くつもりらしい。彼女と縁が深いのか、とケルベロスのうち誰かが訊いた。その問いに振り向いた終は、少しだけ考えて首を横に振った。
「そうでもない。……でもね、この前一緒に、食べに行ったの。かき氷。……あのときも、ちゃんと笑ってたから、フィーラ」
 わかりにくかったけど、と終は笑う。
「それならきっと、わたしにとっても、フィーラはここで死んじゃだめな人だから」
 だから行くんだと、ケルベロスの終は言った。


参加者
春日・いぶき(藤咲・e00678)
火岬・律(迷蝶・e05593)
フィーラ・ヘドルンド(四番目・e32471)
アベル・ヴィリバルト(根無しの噺・e36140)
アンヘル・フィールマン(夢幻泡影・e37284)
エリアス・アンカー(鬼録を連ねる・e50581)
交久瀬・麗威(影に紛れて闇を食らう・e61592)
星奈・惺月(星を探す少女・e63281)

■リプレイ


 ただ漠然と、やりかたが拙いのだと思った。
 フィーラ・ヘドルンド(四番目・e32471)は繰り返し叫んでいた。どうして、こたえて、と。普段の彼女を知る者は多少なり驚くだろう。声を荒げるフィーラというのは、その程度には珍しかったからだ。
 それでも、驚かないかもしれなかった。
 この場に訪れたケルベロスたちは、フィーラが縁あるものと立ち会っているのだと――知っていたからだ。それが『逢ってしまった』なのか『逢えた』なのかは、判断がつかなかったが。
「……この身勝手をお許しくださいね」
 春日・いぶき(藤咲・e00678)が嚙み殺すように呟いた。と、同時に走った斬撃に、前方で戦っていたフィーラはびくりと肩を揺らし、その眼前に居た男は飛び退き――フィーラはそれから振り返った。
「……なんで」
 いぶきは今は応えなかった。
 共に帰ってから、そのとき告げると、いまそう決めたのだ。それはこの場を訪れたケルベロスたちに共通しており、だからこそ火岬・律(迷蝶・e05593)は黙したまま前に出た。
 ぎんと音が鳴った。真っ直ぐにフィーラめがけて飛んできた力の塊を、律が文字通り叩き落としたのだ。
「今は、ひとつだけ言わせていただきましょう。――フィーラさん、君は、ここで死ぬわけにはいかない。死んでは、いけない」
 そうでしょう? と律は問いの形をとるだけとって、唇を尖らせるように細く息を吐き、それから強く地面を蹴った。フィーラの傍をすり抜けていった律に、アベル・ヴィリバルト(根無しの噺・e36140)が続く。補助を指示された夜廻・終(よすがら・en0092)も、同時に弾丸の雨霰をばら撒きだす。
「はは、」
 アンヘル・フィールマン(夢幻泡影・e37284)が笑った。
「俺は残念ながら黙って戦うなんて静かにかっこいいのは向いてないんだ。なあ、フィーラ。――『聞こえてるか?』」
 いまだに何かに縫いとめられるように、戦いの真っ只中だというのに動きを止めていたフィーラが、アンヘルを見た。アンヘルはその瞳に軽く苦笑して、それから苦いものを打ち消してまっすぐに笑う。
「終わってないぜ。なんにも終わってない。それどころかフィーラ、お前ははじまってすらいねぇ! はじまりたいならどうするか、俺はお前に伝えたはずだぜ!」
 それが直接的に、彼女だけに向けたものではなくても、アンヘルは確かに歌った記憶がある。
 誰かたったひとりのためではなくとも、確かに誰かに伝えたくて歌にしてきた感情を、フィーラがかつて耳にして、心を揺らしてくれたことも知っているのだ。
「フィーラ!」
 声を張るのは、既にアベルに並び前線で重い蹴りを放ち続けるエリアス・アンカー(鬼録を連ねる・e50581)だ。視線を合わせるでもなく、エリアスはただ眼前の死神に焦点を合わせたまま、蹴りと呼気の合間に、フィーラの名を叫んだ。
「俺は、お前の兄貴を知らねえ。でもな、俺はコイツが嫌いだ! フィーラの兄貴なら好きになれたかもしれねえけどな! いいか、もう一度言うぞ、フィーラ!」
 コイツが嫌いだ、と、エリアスは宣言通りもう一度叫んだ。ギルフォード・アドレウス(咎人・e21730)がエリアスの補助を務める。猫の手くらいにゃなるだろう、とう呟いたギルフォードを、エリアスは笑った。
 重い蹴りを、死神のカードが軽い音を立てて防御する。爆ぜるようにかき消えた魔力の障壁に、死神は一瞬苦しげに表情を歪めると、その場を飛び退いた。
「……よくないな、フィーラ。殺しの基本は静かにやるんだって、教えてあげたろ?」
「――少し、黙っていただけますかね」
「失礼だな。今までちゃんと君たちの相手をしてたじゃないか」
 交久瀬・麗威(影に紛れて闇を食らう・e61592)が唸るように低く口にした嫌悪を、間合いを取ったまま、死神はたやすく笑って見せた。
「フィーラ。君に言ってるんだよ。――教えてあげただろう? 覚えていない? ……この身を殺すと共に忘れてしまった?」
「ちがっ――」
「フィーラ!」
 半円を組むように前線のケルベロスたちが死神を囲っていたが、よく通る男の声が、フィーラの耳にはよく馴染んで届きすぎるようだ。普段はうまく出てこない――と、フィーラ自身は思っているようだが、実はそうでもない、彼女と関わってきた者たちは確かに拾ってきたフィーラの感情が、戸惑いに揺れた。
 正確に言うなれば、揺れそうになったところで、星奈・惺月(星を探す少女・e63281)が鋭く友を呼んだ。その声色には死神への怒りが含まれていた。
「ちゃんと、見て。聞いて。……あれが『なに』か……ちゃんと見るの。フィーラ。……あなたには、それができる。あたしは――ううん、あたしたちは……だからあなたを助けに来たの」


 やりかたが拙い、というのは、実のところフィーラが内心の底で感じたことだ。
 ――殺しの基本は、静かに。
 ――ミツバチを覚えているか。
 ――この花を、忘れてしまった?
 まさか、とフィーラは思う。蓋をしてぎゅっと押し込めていた記憶が噴き出してきて、忘れようとしたことを思い出した。だからこそ、覚えているかと問われたことが、事実には当てはまらないことをフィーラは知っているのだ。――それすら忘れているとしたなら確かに悲しいかもしれないと、そう思いながらも。
「わすれて、しまったわけじゃ、ない、よ。きっと、ずっとおぼえてた。――エン」
「……そう?」
「フィーラは、」
 フィーラの瞳はどこか泣いているようだったけれど、それでも確かに怒りも孕んでいた。ぐっと目の奥に力が込められ、フィーラは死神を見据えた。張り慣れていない声は、途中で一度だけ裏返った。
「『わたし』は、『あなた』は知らない! 彼を――『エン』を、かえしてもらう、から!」
「……そう」
 死神は目を伏せて笑った。
 仲間に守られる位置から、フィーラは一足飛びに駆けた。基本は静かに――覚えているなどというものではない。身体に染み付いた殺しの作法は、無意識に、デウスエクス相手の戦いに、彼女がずっと守ってきてしまったことだ。それを今、フィーラは意図的に破る。
 普段ならば殺せる足音を、立てる。
 足元の知らない花を靴底で踏み殺し、散らしながらフィーラは進んだ。
(「しってたよ」)
 確かに覚えているとフィーラは思った。
(「このみちが、さいしょから、血に濡れてたことくらい」)
 彼女の得手不得手とするなら、いまの得物で接近戦を行うべきではないだろう。それもわかっていた。刃のように練り上げた気の塊を真っ直ぐに突き出し、書物のページから射出する。
 死神は目を伏せたままタロットカード一枚で、それを止めて見せた。
 ちらりと見えたカードの絵柄は、ラッパを吹き鳴らす天使のそれだった。――逆位置の審判。意味するところは、とフィーラは無意識に記憶から引きずり出す。『否定的な現実』。目の前の死神はゆっくりと笑った。
「一緒に逝ってはくれないの?」
「フィーラはっ」
 間を置かずに追撃を放つ。
「『あなた』とは、いかない! エンは言ったよ、……っ、わかんない、言って、なかったかも、しれないけど……!」
 噴き出して止まらない記憶の濁流のなかから、それでもフィーラは確かだった『エン』の記憶を掬い上げるのだ。
 かつて殺したキョウダイの、兄が――。
「もう、ころしたくないのにねって、フィーラに、言ってくれたの覚えてる!」
 この記憶が作り上げたものだとしても、確かに『エン』を殺したときは覚えていた、知っていたのだとフィーラは思った。どうしてと問うとも思った。自分よりはるかに高い殺しの技術を持っていた『エン』が、なぜ、自分なんかに殺されたのかと。
 それでもフィーラは覚えていたのだ。息の根を止めるその瞬間に、エンが、兄が、確かに告げた謝罪の言葉を。
「ごめんねなんて、いうなら! ――っどうしてフィーラに殺されたりなんか、したの!」
 殺したくなんてなかったのに、と。
 フィーラは確かに目の前の――『エン』に告げていた。わかっているのだ。これは『エン』ではない。死神だと判断がついている。『エン』の心はこのデウスエクスのなかにはないと、理解もしている。それでも記憶とともに吹き出した感情が、激情がフィーラに問わせる。
 どうして生きようとしてくれなかったのかと。


「……本当に、毎回毎回、不快な輩です。死神。人の思い出まで掘り起こして戯れに汚す。僕も思い出しました。……いえ、再認識かもしれないですね。嫌いです、死神が」
 いぶきは理解していた。いま、この場にいる誰もがフィーラにできることは何もないのだと。ただそれでも、友人を護りたいというエゴを抱える自分の心も通すしかないのも、彼は知っている。
 身勝手のほかに不器用がすぎるな、とも思う。
 彼女一人では勝てないだろう、殺されるだろう。それはそうだ。先ほどからフィーラが苛烈に打ち込む攻撃をカード一枚でいなし続ける死神は、まるで子供と遊んでいるような余裕がある。
「……」
 律は、涙こそ零しておらずとも、悲鳴をあげるようなフィーラの背中を見つめていた。細い背中だと純粋にそう思った。ケルベロスには、何かを背負う者が多すぎる。己にとて、必要なかった、背負いたくもないのに背負ってしまった者だと律は知っていた。一度は折れた矜持をツギハギにしてきた自分とは、それでも彼女は違うなと、律は当たり前のことを思った。
(「俺が、俺になってしまったのは、俺のせいなのだから」)
 フィーラがそうはならないだろうことを、当たり前のように、律はもう一度思った。
 寄り添うが故に身を引いた律とは違い、アベルはフィーラの横に立っていた。フィーラの瞳の奥が、『エン』への攻撃を迷いそうになる都度、アベルが彼女を呼んでいた。
 その呼び声が、ふたつに割れてしまいそうな芯を支えていた。
 ――彼女を、フィーラを知らぬ者が見れば思ったかもしれない。あの桃色の乙女は、殺しの現場に居合わせて、苛烈な攻撃を打ち込み続け、表情ひとつ動かさない、なんと冷淡な殺戮者かと。
 だがアベルは知っているのだ。彼女が瞳の奥でよく笑い、喜び、ときには知らないものに困惑して、――いまは間違いなく、悲しさに引き裂かれそうな色をしているのだと。
「フィーラ」
 だからアベルは呼ぶ。
「大丈夫だ」
 フィーラは呼吸ひとつで、アベルのそれに応えたかったのかもしれない。口元を、呼吸をするにしては大きく開けたフィーラだったが、そこからは、は、と音未満の息が漏れただけで、言葉にはならなかった。
 打ち込んだフィーラの攻撃に、死神が僅かに変化を見せた。
 受け続けられると思っていた攻撃が、思った以上に重かったのだろう。
「なあ、フィーラ」
 死神がフィーラを呼ぶより先に、アベルは彼女の名を呼んだ。死神は行き場を失った誘いの声を、つまらなそうに飲み込んだ。
「お前が、どこに帰りたいかは、お前が決めればいい。でもな、俺は――」
 諦めのように、アベルは執着を晒す。
「お前が、こっちに帰ってくればいいと思ってる」
 でも、だからこそとアベルは言う。
「だから――お前が決めろ、フィーラ。……俺にはお前を縛る権利はねえ。……お前が、どこに帰りたいかを、だから、」
 お前が決めろ、と、アベルは言った。
 俺は待ってるから、と、頭の片隅で狡い言葉を音にせず呟きながら。


 細く、惺月は息を吐いた。
「……フィーラが決着を、つけなきゃいけないことだ、って……わかってる、から。支えるだけ……だから。支えさせて……ね」
 惺月の指先が光を描く。
 それはゆっくりと『一枚』の形を成す。
「タロット……詳しいわけじゃない……から……」
 間違ってたらごめんねと惺月は呼吸を絞るとともに目を細めた。星を呼ぶ己のちからに、惺月は普段より少しばかり別のちからを混ぜる。頭の中で練り上げたイメージを、召喚する星々に送る。
 呼び出された星は、ぱんと軽く、砂糖菓子がぶつかるような音を立ててフィーラの頭の上ではぜた。
「あたしの……『星』、いまはフィーラが……使って」
 タロット大アルカナ十七番、『星』。――意味するのは希望と信念。だったかな、と惺月は思った。ならばこの支えこそ希望となれと、惺月は加護の魔力を込める。
「……あったかい」
 惺月にはきこえなかったかもしれないが、フィーラは確かにそう呟いた。
 それを聞き逃さなかった死神が、否定しようと口を開く前に、麗威が言った。
「そうです。あったかいんですよ。あなたの帰るべきところは。寒いところなんかじゃない。……ヘドルンドさん、さあ」
 行け、と言うように麗威は援護する。死神は不愉快そうに目を細めた。その隙を逃さず、エリアスも踏み込む。
「この針山は選別だ! 『死神』っっ!」
 ざんと地面から突き立つ鬼の針が、はからずも花畑を散らした。フィーラは散った花に目をくれなかった。ただまっすぐに、『エン』を見ていた。
 アンヘルがまず、それに気付いた。
 死神が薄く笑ってから、口笛のように、鼻歌のように下手くそなそれを歌っていた。暗殺というのは、一撃必殺が常であるとどこかで聞いたことがあった。『殺し合い』なら兎角、獲物を仕留める狩人が、陽動以外に派手に立ち回っていいわけがないのだから。
「――っ!」
 たった一撃、死神はフィーラの心臓を一突きすれば事足りる。その、まさに『殺しの作法』の準備をしたのがアンヘルには見えていた。
 呼ぼうとした。気をつけろと言う間はなかった。
「なんでっ」
「……あいつに決めさせなきゃ、意味がないからだ」
 アベルが言った。至極淡々としているようにすら聞こえた。それでも、そうであるはずもない。アンヘルを止めたアベルの握りしめた拳から血が滴っていたから、アンヘルは何も言えず、フィーラの背中を見た。
「もう一度、最初と同じ質問をするよ、フィーラ」
「うん」
 死神が言う。
 フィーラが応える。
「帰ろう?」
 死神は笑って言った。
 だから――フィーラも、確かに少しだけ笑った。瞳の奥だけではなく、口元を緩めて。
 その瞬間に全てが終わった。
 どう移動したのか速すぎて見えもしなかった。死神が、まるで抱きしめるようにフィーラの傍にいて、それから「そっか」と笑った。――その納得を漏らしたものが本当に『死神』だったのか、誰もわからない。
「うん。……ごめんね」
 フィーラが穏やかに言った。
「フィーラは、あなたのミツバチなんて、しらないから。……もうすこし、ここにいたいの」
 いずれ帰るところが地獄の果てだったとしても、誰の腕のなかだったとしても。もう少しこの身勝手を許して欲しいのだと、フィーラは『エン』に向けて言った。
 死神の身体の中央に、フィーラの両手が触れていた。触れた指先から、じんわりとあざのように死が染み入っていく。
 フィーラの飼う黒い小鳥は、そうして「しかたないね」と笑うそれを殺した。かつてフィーラが『エン』を殺したときと同じように。崩れ落ちた死神に手を取って、事切れるまで見つめていたフィーラの表情を、誰一人として見なかったから。
 だから、フィーラがいずれ帰ると決めた場所がどちらなのか、きっと、彼女以外にはわかるまい。

 花畑は相変わらず薄紫をしている。
 フィーラはそこに立っていた。フィーラが何か、歌を口ずさんでいた。ここに訪れていたケルベロスたちはそれを耳にする。
「……『誰がコマドリ殺したの』」
 終がぽつりと言った。

 ――それはわたし、と、フィーラは笑った。

作者:OZ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年6月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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