差し伸べた手は

作者:八幡

●差し伸べた手は
 誰かに救いを求めるものの気持ちなど分からなかった。
 ――そう、今までは。
「たす……け……」
 とても静かな森の中。黒衣に身を包む女性を前に……あまりにも強く死の臭いを纏うその女を前に、少年の姿をしたダモクレスは後ずさる。
 後ずさりながらもダモクレスは、腕からビームを放つが、黒衣の女はそれを気に留めた様子すらなく正面から受け止め、ダモクレスが後ずさった分だけ歩みを前に進める。
 そして黒衣の女が近づいた分だけ、さらにダモクレスは後ずさるが……ついには背中が木にぶつかり、この滑稽な追いかけっこの終焉を悟る。
「……だれか」
 逃げ道を失ったダモクレスは震えながら左右を見やるが、そこに誰かが居るはずもない。助けなど求めても、自分を助ける存在など居ない。それでもダモクレスは誰かに助けを求めるように震えながら左右を見る。
 だが、自分を助けるものなど誰もいないのだと理解してしまったダモクレスは、目の前まで近づいてきた黒衣の女から身を守るように身をかがめてうずくまる。
 黒衣の女はそんなダモクレスに眉一つ動かさず、菫色の瞳で見つめ……その頭の上に手のひらを差し出す。
 それから黒衣の女が手のひらを返せば、そこから球根のようなものが零れ落ち……ダモクレスの体に吸い込まれていった。
「ァ……カッ!?」
 球根を体に取り入れた瞬間、ダモクレスがびくりと跳ねて、喉を抑えながら地を這う虫のように体をうねらせる。
 早くグラビティ・チェインを取り込まねばならぬと、頭の中で何かが訴えかけてくる。そうしなければ救われぬのだと、頭の中で何かが警鐘を鳴らす。
「さあ、お行きなさい。そしてグラビティ・チェインを蓄え、ケルベロスに殺されるのです」
 そして、助けを求めるように自分へ手を伸ばすダモクレスを無表情に見つめながら黒衣の女は一言だけ告げると、闇に溶けるようにその姿を消した。

 黒衣の女が姿を消してからしばらくして、残されたダモクレスがゆっくりと立ち上がる。
「……なんで誰も……ァァ、グラビティ……手に入れナケレば」
 そして、得られなかった助けを求めるように、虚空へと手を伸ばした。

●森の中の公園
「死神の因子を埋め込まれたダモクレスが現れるんだよ!」
 ケルベロスたちの前に現れた、小金井・透子(シャドウエルフのヘリオライダー・en0227)はわたわたと手を振りながら話を始める。
「死神の因子を埋め込まれたダモクレスは、大量のグラビティ・チェインを得るために、人間を虐殺しようとしているんだよ!」
 死神の因子……それを埋め込んだダモクレスが大量のグラビティ・チェインを手に入れてから死ねば、死神は強力な手ごまを手に入れることになるだろう。
 それを阻止するにはダモクレスが人間を殺してグラビティ・チェインを手に入れるよりも前に撃破しなければならない。
 否、それ以前に、人間を虐殺しようとするダモクレスを放っておけるわけがないのだ。
 死神の因子について記憶をなぞっていたケルベロスたちの様子を確認してから透子は続ける。
「このダモクレスが現れるのは、森の中にある静かな公園……簡単なベンチだけが設置してあるような広場なんだよ」
 公園と言っても色々あるが、ダモクレスが現れる公園は、ただ森の緑を楽しむためだけのものなのだろう。
「それでね、公園の中にはお年寄りの夫婦が一組、若い男女が一組、それから二人の子連れで来ている家族が一組いるんだよ」
 そしてその公園には八人の人間が居る……それが今回狙われる人々と言うことになるのだろう。
「このダモクレスはレプリカントと同じ攻撃を使ってくるよ。だから、全員を助けるのは難しいかもしれないけど……」
 そこで透子は語尾を濁す……明確な殺意を持つ敵から人々を守るのは難しい。
 だが、それでも手段はあるはずだと、ケルベロスたちが力を併せれば手段はあるはずだと、縋るような目で透子はケルベロスたちを見つめる。
「あとは……ダモクレスを倒すと、死体から彼岸花のような花が咲いてどこかへ消えちゃうんだよ。でも、残りの体力に対して過剰な攻撃を与えて死亡させれば、その花は咲かないみたい」
 しばしの間、ケルベロスたちを見つめていた透子はふと思い出したように、情報を付け加える。
 その彼岸花が何であるかは不明だが、死神がやることなど潰しておくに越したことは無いだろう。
 一通りの説明を終えた透子は、再びケルベロスたちを真っ直ぐに見つめ、
「大変だと思うけど、なるべくみんなを助けて欲しいんだよ!」
 祈るように両手を胸の前で重ねると、後のことをケルベロスたちに託した。


参加者
片白・芙蓉(兎晴らし・e02798)
奏真・一十(無風徒行・e03433)
アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)
七宝・瑪璃瑠(ラビットバースライオンライヴ・e15685)
比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)
九十九折・かだん(食べていきたい・e18614)
ガートルード・コロネーション(コロネじゃないもん・e45615)
星野・夜鷹(夜天光・e67727)

■リプレイ

 ――それは異常な光景だった。
 地面との衝突で、もうもうと立ち昇る土煙の中にあるのは、何か白いものを守るように抱えて座り込む赤茶色の髪をした女の姿。そして女と兎を冷たく見おろし、ゆっくりと近づく緑の瞳。
「助けて……まだ死にたくないの」
 赤茶色の髪から、その色よりも鮮やかな朱色の液体を垂れ流しながら女が許しを請う。
「裏切り者。お前達に失望した、此処で野垂れ死んでいけ」
 大きな角を持つ女は決定事項のみを伝えるように、冷たく言い放つ。
「せめてこの子だけでも」
 死刑を告げる緑の瞳から、腕の中の白いもの……兎を隠すように抱きしめて女は慈悲を請う。顔を寄せるように抱きしめたせいか、腕の中の白い兎が女の色に染まり、兎自身から溢れる朱色と混じって地面に粘度の濃い水たまりを作っていく。
「ダモクレスにでも何にでも、殺されて仕舞えばいい」
 怯えて女の胸に顔をうずめ小さな前足を縋る様に押し当てる兎を、緑の瞳で見つめ。
「お前は、誰にも、救われない」
 女は言う。お前は誰にも救われないのだと。
「救ワれアァア!」
 誰にも救われないと聞いた途端に、ダモクレス……少年は目を覆う。茶番だ。こんなものは茶番に過ぎない。微かに残るまっとうな回路がそう教えてくれる……だが、どうしてか、その茶番から意識を逸らす事ができなかった。
 ――そして、気がつけば少年は、その手をドリルに変えて、兎を守る女に向けて振り上げていた。

 少年達から少し離れた場所。
「……では、手はず通りに」
 着地の衝撃で乱れた美しい黒髪を後ろ手に払い、アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)が小さく言葉を紡げば、仲間達は各々の役割を果たすべく公園の中へと散開していく。
「居た!」
 その仲間達の一人である、七宝・瑪璃瑠(ラビットバースライオンライヴ・e15685)はアウレリアの横で小さめの兎の耳を動かし老夫婦を見つけると、一目散にかけて行く。
 ヘリオンからの落下。その着地の衝撃で発生した土煙の中を駆けつつ、瑪璃瑠が囮役を引き受けた者達へ目を向ければ、少年は囮役の仲間達の前で足を止め動く様子がない……どうやら囮役は上手くいっているようだ。ならば自分は自分の役割を果たす事に集中するべきだ。瑪璃瑠は再び視線を老夫婦へと戻し、真っ直ぐにかける。

 瑪璃瑠を追いながらアウレリアは周囲の人達の位置を確認する。その配置は予測していたものとほぼ一致しているようだ。ヘリオンからの落下も、ほぼ目測通りの場所に着地できた事もあり、これなら脱出経路も予測した通りで問題ないだろう。あとは、
「私達は、ケルベロスよ。ここは戦場になるから、移動するわね」
 老夫婦の目の前まで移動したアウレリアは少年を背にするように立ち、手短に移動する事だけを伝える。
「ボク達に任せてね」
 唐突に上がった土煙、そこから出てきたアウレリアと瑪璃瑠。目まぐるしい展開をあまり理解できていない様子の老夫婦だが、ここで時間を食うわけにはいかない。瑪璃瑠はケルベロスカードを見せて……それじゃと老夫婦をベンチごと持ち上げ、
「ごめんなさい。少しだけ我慢しててね」
 小さく謝罪の言葉を口にして、飛ぶように森の中へと駆けて行く。
「ええ……そうね」
 正面で揺れる柔らかな白い髪の毛を追いながら、ベンチごと担がれる老夫婦を銀髪長身のビハインド……アルベルトと共に守っていたアウレリアは彼に小さく頷いて、少年の動きを注視した。

 ドリルとなった少年の腕が振り下ろされる。兎を抱える赤い髪の女は、振り下ろされたそれを避けようともせず、まともに受けるとぎちぎちと嫌な音を立てて女の肩から二の腕にかけての肉が抉られた。
「どうか、この子だけは」
 血を流しながらも少年へ向けて訴える女と、その腕の中でただ震える兎。
「――ドうシて!」
 その姿を見た少年は両腕で自らの頭を抱えて……地面に広がる赤い水溜まりにぼとぼとと削り取られた肉が落ち、緑の瞳の女は、その様子をただ黙って見つめる。目の前で起こった事を全て見逃すまいとするかのように。

 回転するドリルの音と、抉られる肉の音を聞きながら星野・夜鷹(夜天光・e67727)は駆ける。
 ちらりと地獄の炎で形成した青い左目で囮役を引き受けた仲間達を見やれば、そこには予想していた通りの……決死の覚悟で挑む仲間達の姿がある。傷つく仲間の姿に、思わず拳を握り締める夜鷹だが……その肩に小さな振動を感じて、
「肩に力が入っておるよ」
 そちらを振り向けば、そこには吸い込まれそうな宵の目があった。この状況にあっても笑みを崩さず、悠然とした口調で、奏真・一十(無風徒行・e03433)は語り掛けてくる。
「……やる気が見えて良いだろう?」
 そんな一十に夜鷹は小さく息を吐き、握りしめていた拳をといてひらひらと振って見せる。急がねばと、焦りはある。だが、急がねばならぬ故に慎重に行動する必要もある。
「そうであるな。さぁ、子供達がお待ちかねだ」
 夜鷹の様子に一十はほんの少しだけ目を細めると、いまだ土煙の中で立ち往生する家族連れのもとへ一気に駆けた。

「俺達はケルベロスだ。落ち着いて聞いてくれ」
 少年から家族連れを守るように一度った夜鷹は、穏やかに両親の手を取ると直接頭の中に語り掛ける。大声を上げないようにと。避難の必要があると。
「ご覧、森もこちらが安全と言うようだろう。僕に付いておいで、森を驚かせないように、静かに……そっとな」
 夜鷹が説明をしている間に、一十が森の中に道を作れば、子供達は目を丸くして、その道をまじまじと見つめる。そして、まるで秘めごとを教えるかのようにささやく一十の言葉に子供達はうんうんと黙って頷き、一十のボクスドラゴンであるサキミが誘うように森の中へと進めば、それにつられるように歩き出す。
 そして、夜鷹の説明を受けた両親はいささか緊張した面持ちで子供達の後に続き……森の中に入っていく家族の背中を、夜鷹と一十は守るのだった。

 真っ赤になった片腕をだらりと垂らす女に抱きしめられた兎は、女の顔に鼻をあてて震える。
「お願いだから……!」
 痛みのためか、蒼白となった額から汗をにじませながらも女は再び少年に救いを請うが、
「グラビティ……もうスグ」
 弱り切った様子の女を前に、恍惚とした表情を浮かべて腕からビームを放ち――放たれた光線は女の腹を貫いて、地面を焼く。腹を貫かれた女はぐらりと大きく揺れると、そのまま横に倒れ……そのまま動かなくなる。それでも尚、腹には兎を抱え、抱えられた兎は怯えるように震え続ける。
 足元に広がる赤い水溜まりを見て少年は狂ったように笑い、自らの脚の底を赤く染める液体を見て緑の瞳の女は量の拳を強く握りしめた。

 閃光が走り、女の影が揺れる。その様子を目の端でとらえた、ガートルード・コロネーション(コロネじゃないもん・e45615)は思わず息をのむが、
「ううん、なんでもないわ」
 避難を促していた男女が不安そうな目で自分を見ている事に気が付いたガートルードはすぐさま首を振って、なんでもないと笑顔を向ける。
(「思い入れが強くなる事はやむを得ない……でも、こういう難しい状況だからこそ。冷静に対処しないと」)
 何でもない静かな日常が地獄に変わる様を見た事がある。人が倒れる様は、忘れえぬ鉄の臭いはそれを思い出させる……だが、こんな状況だからこそ冷静な対処が必用だ。
 何を守るために、自分達は覚悟を決めたのか、それだけは忘れてはならないのだから。
 ガートルードの桃色の長い髪が首の動きに合わせて揺れて……髪の揺れがおさまるまでの、ほんの少しの間、左手のガントレットを右手で撫でて、
「説明した通り。静かに、早く、この場から離れるわよ」
 男女を促すと、二人はガートルードの言葉に素直に従う。それからガートルードは二人を先導して森の中に入って行き……その背中を守るように、少年の近くに居る主人を見守るように、テレビウムの梓紗はその場にたたずむのだった。

 少年は狂気じみた笑い声をあげながらドリルと化した右腕を振り上げる。倒れてなお兎を胸に抱える赤い髪の女、比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)にとどめを刺さんと振り上げる。
 腕を振り上げた少年を緑の瞳で捉えた、九十九折・かだん(食べていきたい・e18614)は動く。
 きつく食い縛った口から声は出ない。握りしめ過ぎた手は上手く開かない。だが、脚は動く。何かを守るために、この足は動く。
 そして願う。死なないでくれ。死なないで。頼むと。
 願いながら、赤く染まる地面を蹴り、上手く開かぬ右拳に更なる力を込めて、少年の前へ躍り出ると、振り下ろされるドリルをその拳で迎え撃つ。
「――ッァアア!」
 開かぬ口を無理やりこじ開け、裂ぱくの気合とともに拳を合わせれば、その拳はドリルに抉られてずたずたにさかれる。だが、かだんは拳がさける事など意にも介さず拳を振りぬきドリルを押し返す。押し返された勢いで諸手を上げる形となった少年は――突然、真横から出現した炎にのまれ、続けて現れた大きな霊弾に弾かれて地面を転がる。
「人々の避難は終わったのである」
「だから、もう大丈夫だよ」
 かだんがちらりと目を向ければ、義骸装甲から炎の残滓を放つ一十と、両手を差し出したままの恰好の瑪璃瑠の姿があった。
「よく……耐えて」
 血に染まる地面。その中心にいるアガサ……その姿を見たアウレリアは一瞬言葉に詰まるが、人型に戻った兎、片白・芙蓉(兎晴らし・e02798)と視線が合えばおおよその事態は察せられる。
 起き上がろうとしている少年に、死の名を冠する黒鉄の拳銃から目にも止まらぬ速さの弾丸を放つと、アウレリアの弾丸を受けた少年は思わずと言った様子でその手を押さえ、
「またお前達は!」
 手を押さえる少年の眼前まで一息で踏み込んだガートルードが右手に持った天蠍星剣を卓越した技量で薙ぎ払えば、少年の脇腹が深く抉れる。腹を抉った勢いのままに少年の胸に頭突きをかましたガートルードの頭上を、夜鷹の足が通り抜け、
「お前達は殺しすぎる」
 流星の煌めきと重力を宿した飛び蹴りが少年の顔面へと炸裂する。腹と顔面へ強烈な蹴りを受けた少年はぐらりとよろめいて、顔を押さえながら多々良を踏むように後ろへ下がる。
「みんな無事よ」
 真っ白な姿を染める赤い液体を拭おうともせずに芙蓉は、アガサの横に膝をついて伝える。その言葉を聞いたアガサは、
「……ああ、あたし達の勝ちだね」
 ふっと口の端を緩めて……暗闇の中に意識を沈めた。

「ここからは、かわいい私の! 私達の活躍のみをお届けするわ!」
 傷を負い過ぎたがアガサの命に別状はない、その事を伝えるように声を張り上げた芙蓉は、満月に似た光球を作り出してかだんの傷を癒す。軽く右手を開いて、その手が動く事を確認するかだんの横を、杖を手にした一十がすり抜ける。
「タすけ……」
 それから腹を押さえて恐怖に顔を歪める少年の肩口へ、杖の端の曲がった所を食い込ませると、
「グラビティ・チェインはたしかに君の助けとなろう」
 撃ち込まれたなら全てが終わるのだからと、そのまま力任せに装甲を引き裂く。胸を引き裂かれた痛みに叫びを上げながら少年は各所に忍ばせたミサイルを一斉に放ち……真正面からそれを受けた一十は爆風で吹き飛ばされ、アウレリアは自身に向けて飛んできたミサイルを優美な外見を持つ黒靴で蹴り飛ばし、かだんに向かっていたミサイルにぶつけて爆発させる。そしてアウレリアは大きく振り上げた足を、そのままもう一度回転させて理力を込めた星型のオーラを放つ。
「この地を侵略する為に投入された兵が誰に救われると思ったの?」
 ふわりと広がった自分のスカートの向こうで胸元に星型の傷を刻まれた少年に、アウレリアは冷たく言い放つ。自分もまた彼と同じだった。心持たない殺戮人形だった……だが、自分は手を差し伸べられ、彼は死を植え付けられた。果たして、その違いは運だけだったのだろうか。アウレリアは傍らで少年を念力で縛るアルベルトへちらりと視線を向けながらそんなことを思う。
「諸々禍事罪穢を有らむをば――痛いの痛いのスポーンするがいいわ……!」
 ミサイルの爆発で吹き飛ばされた一十がくるりと回転して着地したその横で、芙蓉が純白の帯を広げれば、純白の帯は一十達を慰撫して穢れを拭い去る。穢れとともに傷や疲労も拭い去られた一十は芙蓉に軽く手を上げ……そんな一十の近く、ミサイルによって引き起こされた土煙の中に真っ赤な星が輝く。
「誰も助けてくれなかった? それが……どうした?」
 真っ赤な星……深紅の宝玉が嵌められた指輪から光の剣を具現化しつつガートルードはふらつく少年に鋭い視線を向けて、
「お前達ダモクレスが奪った命だって……大半がそうやって散ったんだ!」
 力任せに斬りつける。多くの命を奪って置いて、多くのものを他人に捨てさせておいて、自分だけが救われなかったなどと言わせるものかと、斬り捨てる。
「ギギァ!」
「煩いな」
 ガートルードに斬られた少年が奇声を上げるが、左腕に纏う地獄と混沌を猛禽の鉤爪に変えた夜鷹はそれを一蹴するように爪を振るう。
 振るわれた爪は少年の胸の傷をさらに大きく裂き、引き裂く軌跡に火片が揺らぐ。
 傷口を広げられた少年は叫ぶように助けを求めるが……その様子を夜鷹は冷静に見つめる。助けて貰えなかったからって、何を恨んだって起こった事は変わらない。だから自分は助けられるのではなく、助ける事ができるようになりたいと夜鷹は考える。

 叫びを上げながら膝を折る少年を見つめ、瑪璃瑠は思う。
 この哀れな少年が助けを求める事を利用し、仲間さえも傷つけて……それでも自分達には救いたいものがある。けれどもこの少年には、そう思ってくれる人が居なかったのだろう。
 一人でもそう思ってくれる人が居れば結果は違ったかもしれない……けれども、そうはならなかった。
「――詠唱圧縮。門よ開きて、夢現を繋げ!」
 これからする事を許してほしいとは言わない。恨み、呪ってくれて構わない……ただ、その悲しみだけは置いてってと、瑪璃瑠は両の目を大きく開き、時に意識を覚醒させる魔法を、ゆっくりと少年に近づくかだんへとかける。
 瑪璃瑠の魔法によって、思わぬ閃きや新たな視野をもたらす力を得たかだんは、かろうじて動く右手を少年の胸元に当てて、
「そっちじゃないよ」
 ゆっくりとその手を少年の体の中に入れていく。それからかだんは少年の中心に何か丸いものを見つけて、それを手に取ると――ぐしゃりと握りつぶした。

 少年の体が光となって消えて行く……そして、その体から花が咲くことは最後までなかった。
 一行は最後の一粒の光が消えるまで見届けると――気を失ったアガサを担いで帰路へとついたのだった。

作者:八幡 重傷:比嘉・アガサ(のらねこ・e16711) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年6月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 12/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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