その日は、月の綺麗な夜だった。
「よぉ」
街明かりが遙か遠くに見えるそんな夜の下に、そいつは居た。2メートルに届く体躯は、大柄なレクス・ウィーゼ(ライトニングバレット・e01346)から見ても、更に巨漢に見える。
「昔話をしたいわけでもねぇだろう? 何の用だ?」
額に浮かぶ汗を感じながら、レクスは言葉を紡ぐ。そこに焦りの色がある事を、自分だけは認めていた。
何せ、目の前の男はデウスエクス――螺旋忍軍の一員なのだ。その実力は折り紙付き。本来ならば一対一で相対するべき相手でない事も自覚している。何故このような路地に自分は入り込んでしまったのだろう。これが縁か、と苦い思いが込み上げてくる。
「そう言うなよ。……なぁ。これから地球はどうなっていくと思う?」
男は問う。個体最強を謳われたドラゴンのゲートはケルベロス達によって破壊され、まして、男の属する螺旋忍軍のゲートもまた、既にその姿を失っている。数多にあったデウスエクスのゲートの内三つが破壊されているこの時勢を誰が予測しただろうか。
地球の勢いはケルベロス達に――地球人に向いている。そう感じさせるのに充分な出来事がここ数ヶ月に起きていた。
「だったらお前もこっちに来る。……そう言う選択肢もあるんじゃないか?」
レクスの誘いはしかし、男は首を振って否定する。
「お前の知っている通りだ。俺は奪う事でしか生きていけない。過去も、現在も、そして、おそらくこれからも。……ただ一つ、奪う事が出来なかったものがあったけどな」
その言葉の意味をレクスは知っていた。そこに滲む想いを、痛みを彼は知っていた。
「だから、これが最後のシノギだ。ウィリアム。お前の命を――お前の抱くグラビティ・チェインを奪い、お前達との縁の集結とする。それが、俺の終局だ」
「……ゴエモンッ!」
月華の夜の下、火花が散った。レクスを強襲した氷結の螺旋撃はしかし、彼の引き抜いた得物によって弾かれ、虚空へと消えていく。
その暇を縫い、男――蝦蟇熊のゴエモンはレクスに肉薄。得物である大太刀を彼に叩きつけるものの、レクスはそれを後方に跳ぶ事で回避。追撃を許さじと、再度得物を構え、睨眼を敵となった男へ向ける。
レクス・ウィーゼと蝦蟇熊のゴエモンとの邂逅は、そして二人の終局は、こうして始まった。始まっていた。
それは、とても月が綺麗な夜の出来事だった。
「レクスが襲撃される未来予知を視たわ」
風雲急を告げる。それを体現するかの様にリーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)の口調には焦燥が混じっていた。
「急いで連絡を取ろうとしたんだけど、それは叶わなかった。もしかしたら既に何らかの事件に巻き込まれている可能性もあるわ」
そうであれば一刻の猶予もない。レクスが無事な内に救助に向かう必要がある、とリーシャは告げる。
「レクスが襲撃を受けた場所は裏路地のようね。戦闘するには充分な広さがあって、あと、不幸中の幸いだけど、人っ子一人いない様子。だから、みんなは戦いに専念して欲しいの」
襲撃したデウスエクスの名は蝦蟇熊のゴエモン。螺旋忍軍の一員のようだ。
なお、襲撃者は彼一人である。配下の類いはいないとの事だった。
「蝦蟇熊のゴエモンは盗賊、強盗、諜報。ありとあらゆる『盗み』に長けた存在のようね。戦いそのものはトリッキーで、そして彼自身は冷静沈着。敵に弱みがあれば其処を突く冷酷さもある。そこが強みでもあるけど……でも、みんなが力を合わせれば、倒せない相手じゃ無いわ」
また、信条なのかそれとも理由があるのか、女性を極力殺傷しようとしないと言う事も特筆すべき点だろう。極力な為、絶対とは言い難いが。
「二人の間には因縁――ううん、宿縁がある。けど、それを打ち破って、蝦蟇熊のゴエモンを撃破して欲しい」
二人の間にどのような因縁があろうとも、それを打ち砕く力は皆の心にある。想いがあれば、そしてそれを貫けば悪しき縁など打ち砕けるはずだ。
檄と共にリーシャはいつもの言葉でケルベロス達を送り出す。それが彼女に出来る精一杯の事だったからだ。
「それじゃ、いってらっしゃ。……頑張ってね」
参加者 | |
---|---|
レクス・ウィーゼ(ライトニングバレット・e01346) |
鮫洲・蓮華(ぽかちゃん先生の助手・e09420) |
鮫洲・紗羅沙(ふわふわ銀狐巫女さん・e40779) |
ジークリット・ヴォルフガング(人狼の傭兵騎士・e63164) |
ケル・カブラ(グレガリボ・e68623) |
エイシャナ・ウルツカーン(生真面目一途な元ヤン娘・e77278) |
●最後のシノギ
その日の月はとても綺麗で、とても鮮やかで、そして寂しく輝いていた。
「最後のシノギ、なぁ」
螺旋撃を縛霊手で防ぎ、続く大太刀を躱したレクス・ウィーゼ(ライトニングバレット・e01346)は、その男の――友の言葉を反芻する。
氷片がさらさらと夜闇に溶けていく。街灯を反射し、煌めく終焉は儚く脆い。
或いは、彼の望みも同じく――。
「俺を倒したら其の後、手前はどうするつもりだ? 自分で命を絶つのか? 其れとも心を殺して只任務を果たすだけの機械にでもなるつもりか?」
「地球は変わった。変えたのはお前達ケルベロスだ。賞賛してやろう。だが、不変こそが俺達デウスエクスだ。今更、生き様を変えられん」
レクスの問いにゴエモンは答えず、己が咆哮を叩きつける。
「ふらっと消えた挙げ句に久々に会ったダチに対する台詞がそれか」
あの日、あの夜、妻の命を奪った彼はそれからどうしていたのか。
レクスには判らない。そして、それを語る彼でも無いだろう。
だが、それでも判る事はある。
こいつは――。
「これで終わりにしてやるよ、ゴエモン」
あの頃から、変わらない。否、変われなかったのだ。
(「そんな状態じゃ、なおさら、俺の命なんぞ奪わせられんぞ」)
死そのものに畏れはない。だが、ソフィアの遺した者を置いて逝く訳にいかない。何より、こいつ自身が本心からそれを望んでいない。
太刀筋に見出したそれを想い、レクスは帽子の天頂を自分に押しつける。
鍔で隠れた視線は、語る言葉を持ち得ていないと、示すようでもあった。
縛霊手と大太刀の打ち合いは何合に及んだだろうか。
荒い息を吐けば、そこに更なる斬撃が重ねられる。
気弾で牽制し、距離を取るものの、其処はデウスエクスの身体能力。次の瞬間には肉薄され、太刀の一刀が加えられていた。
夜闇に響く鈍い音は、大太刀をマンホールの蓋が弾いた為だ。
「……すまん、ソフィア」
サーヴァントの念動力による援護射撃に短い礼を向け、レクスは再び、縛霊手を構える。
(「前言撤回だ」)
明らかな殺意に、少しだけ冷や汗を掻く。
彼が殺したくないと望んでいる事も、しかし、レクスが死んでも構わないと思っている事も理解してしまった。太刀筋の迷いは殺したくないという願望。だが、そんな迷いのある太刀筋に殺されるのならば死んでしまえ、と、そんな自棄にも似た感情を見出してしまう。
(「畜生、矛盾しやがって」)
不変こそが生き様じゃねーのかよ、との愚痴は飲み込む。
それを許さない瞳が、レクスを貫いていた。
「ソフィア、か」
「良い名だろう? 名だけじゃないぜ」
念動力が向かう先は器物だけではない。敵に対しても、だ。
金縛りに縛られたゴエモンはしかし、にやりと笑い太刀の旋回と共に裂帛の気合いを放つ。
「変わらないな。テメェは」
「お前もな、ゴエモン」
男達が獰猛な笑みを浮かべたその刹那。
「――!」
闇夜を切り裂き、戦輪がゴエモンの元へと飛来する。跳ね上がった太刀が弾いたそれは夜空に大きく弧を描くと投擲主――何故か白衣を纏ったウイングキャットだった――の尻尾へと返っていく。
「助けに来たよ、レクスさん!」
鮫洲・蓮華(ぽかちゃん先生の助手・e09420)の声が、闇に染まる路地裏に響いていた。
●蝦蟇熊は夜に跳ぶ
突如、現れた影は6つ。その出現にレクスは微笑を浮かべ、対するゴエモンは獰猛な笑みを浮かべる。
「オッケー! 少しお邪魔させてもらいマス! 予想しなかったワケでもないだろうシ!!」
女神の幻影を纏いながら、黒曜石のナイフを振りかざす影があった。5人――正確に言えば5人のケルベロスと1体のサーヴァント――の影から飛び出したケル・カブラ(グレガリボ・e68623)の一撃はゴエモンの肩口を切り裂き、その瞳に憤怒の色を宿らせる。
「レクスの命は奪わせん。加勢させて貰う」
しかし、その大太刀がケルに向かう暇は与えられない。
ジークリット・ヴォルフガング(人狼の傭兵騎士・e63164)の跳び蹴りが、ゴエモンの身体を捉えていた為に。
流星を纏う痛烈な蹴打に、ゴエモンの口から多大な呼気が零れていく。
「――ッ!」
其処に強襲したのは、螺旋渦巻く氷撃だ。身体が一瞬縫い止められ、忌々しげな舌打ちだけが響く。
だが、それを放った主、エイシャナ・ウルツカーン(生真面目一途な元ヤン娘・e77278)は何とも言い難い視線をゴエモンへと向けていた。同じく螺旋の忍術を扱う猛者として、其処に浮かぶ思いは。
(「……!? ……も、もっふもふだ?!」)
それが意味為すモノが誰にも伝わらなかった事は、誰にとって幸運だったのだろうか。
(「最後の想い、見届けさせていただきますね」)
光の盾を生み出す妹に続き、蝶の幻影を生み出す鮫洲・紗羅沙(ふわふわ銀狐巫女さん・e40779)の瞳はあくまで優しくレクスに注がれている。
この戦い、どのような結末になろうとそれを見守り、見届ける。
視線に思いを見出したレクスは帽子を押さえ、こくりと頷く。
「ああ、すまんな。皆」
ただ感謝の念の籠もった言葉だけを口にする。
「仲間の劣勢への加勢に卑怯とは言うまい。デウスエクス?」
「群れるのが貴様らケルベロスだ。今更言うつもりはねーな」
ジークリットの挑発に帰ってきた言葉は、意外な事にただの肯定だった。星座の煌めきを纏う斬撃をしかし、ゴエモンは、流星の煌めきを纏うキセルで受け止めていた。
その輝きはまさしく、先程、彼女が見せた足技と同じ輝きであった。
(「やはり、盗んだと言うのか」)
ヘリオライダーの予知にあったとは言え、自身の目の前で繰り広げられれば、驚愕のみが浮かび上がる。デウスエクスと言う規格外の存在に。或いは、これが大盗賊、蝦蟇熊のゴエモンの能力とでも言うのか。
「権謀術数は螺旋忍軍のお家芸ナノデース! 卑怯は褒め言葉ぐらいに思ってマスヨ!」
挑発と共に低姿勢の体当たりを行うケルはにぃっと笑う。
ヘリオライダーの予知にはもう一つ、ゴエモンの人となりを表す言葉があった。女性は積極的な攻撃対象としない。ジークリットへ反撃せず、防御のみに留まった事を鑑みれば、自身の攻撃もまた――。
「死ね」
流星の煌めきを纏うキセルの殴打は、体当たりを敢行したケルの頭頂に叩きつけられていた。
「いってえ!! 普通にやりやがりマシタ!!」
「いやー。ケルくん、男の子だし……」
魔法のレンズでケルを治癒しながら、蓮華が苦笑いを浮かべる。
「彼奴も螺旋忍軍の一員だ。性別を見分ける事ぐらい、造作もないだろう」
レクスのフォローも何処か悲しい。
そもそもケルは別段、異性と見紛う様な外見などの特徴持ちではない。男性に見えて当然の彼に、ゴエモンが躊躇う理由など何処にもなかった。
「に、ニンニン。ニンニン、ニニンがニン! ニンがむっつで十二支突貫、朧影分身の術! ……は、恥ずかしいっ……!」
ぐだりそうな空気を切り裂く様、詠唱が響き渡る。
詠唱の主――エイシャナは十二に分かれた己が分身と共に、ゴエモンへと肉薄する。分身の反動か、それとも詠唱への羞恥心か、攻撃そのものは精彩さに欠ける動きだったものの、それでも十二からなる刃は脅威だ。
「潰し合ってあげますよ!」
「見事!」
左脇腹から右肩口へ。逆袈裟に切り裂かれたゴエモンはしかし、感嘆の声を上げる。
「え? そ、そう?」
テヘっとデレるエイシャナ。
「だが詰めが甘い!」
突如の叱責と共に大太刀が翻る。空気を切り裂く斬撃は、エイシャナの戦闘用コスチュームを紙一重で切り裂き、布地を空へと舞わせた。
「って、私、女の子ですよ!」
「是だ」
ケル同様、その眼力は輝いている。如何に小柄で迫力に欠ける外見とは言え、エイシャナの性別を見間違えた訳ではなさそうだ。
「ゴエモン、お前……」
「ああ。そうだ。ウィリアム。もはや俺とお前の道は交わる事は無い。――ようやく理解した。ソフィアもお前もやはり……定命化してしまったんだってな」
瞳を彩るそれは決意の証しだった。
「覚悟を決めたのですね……」
紗羅沙は静かに、言の葉を紡ぐ。
デウスエクスの刀身に宿る迷いは、いつしか、夜霧の如く消えていた。
●男の戦い
片や、デウスエクスだったもの。
片や、デウスエクスであり続けたもの。
過去、厚い友情で結ばれたはずの男達はしかし、今や、其処にその交わりは無い。
抱く感情は親愛でも友愛でもなく。
さして、憎悪でもなく――。
「――っ!」
大太刀を日本刀で受け止めたエイシャナは思わず舌打ちをしてしまう。
覚悟を決めた、即ち、本気で振るわれたゴエモンの斬撃は早く、鋭く、そして重かった。
(「これが、本気の――」)
覚悟を決めたデウスエクスの一刀に、冷や汗すら吹き上がってくる。これほどの実力者で、しかし、ならば何故、その刃は曇っていたのだろうか。
「……お前は変わった、ウィリアム」
「お前は変わらないがな!」
牽制の銃弾はしかし、ゴエモンの分身体を貫くに留まる。神速で駆け抜けた本体はしかし、ケルのナイフによって動きを阻害され、旧友に近付く事は許されなかった。
(「変わった、それがレクスさんとの決別と言うワケデスネ」)
おそらく、と言う但し書きをつけながら、ケルは思う。
ゴエモンはレクスが変わらない事を望んでいた。変わっている事を恐れた。何故だ?
レクスと彼が袂を分かったのは、レクスの妻をゴエモンが手に掛けたから、と聞いていた。だが、それは正しいのだろうか?
「それでも、友人の命を奪うのはいただけないデース!」
「抜かせ!」
翻る大太刀は前線に立つケルを、そしてエイシャナを梳っていく。棒きれの様に振り回される斬撃に、それでも倒れないのは蓮華と紗羅沙が施す治癒のお陰だ。
「風の刃、見切れるか!?」
そして紡がれる風斬り音はジークリットによる斬撃だ。重力を纏う斬撃は、如何に大泥棒と言えど盗むに能わず。魂の籠もった一撃を奪う事など、誰にも出来ないのだ。
「そうだな。レクスは変わっただろう。デウスエクスが人になるとは、そう言う事だ」
「弱体化の道を選んだ獣如きが!」
血液混じりの唾を吐き捨てながら、ゴエモンは叫ぶ。それは否定だった。
定命化の道を選んだレクスに対して。否、それは定命化の一途を辿った全てに対する呪いでもあった。
(「そっか……」)
今は遠く、交わる事の許されなかった白き存在を想起しながら、蓮華は独り言ちる。
理解してしまった。デウスエクスにとっての定命化とは、変貌を意味する。人で言うならば、死したその後に、しかし、死に損ない、動き回っている状態だと言えよう。
それでも彼は、元のままだと信じたかった。定命化した友の伴侶を殺してっても、それでも、いつか、友が戻ると信じ、そして……。
「私たちが来たから、か」
種として同じ定命化を選んだ者達に囲まれ、仲間と笑い合う姿に認めざる得なかったのだ。
彼は、もう、戻ってこない、と。
(「それが、本気に――殺意を厭わなくなった理由か」)
「その後どうすると、聞いたな? ウィリアム。――いや、レクス・ウィーゼ!!」
氷の嵐が渦巻き、大太刀を更に膨らませていく。ピシピシと音を立て、巨大化していく得物に、それがゴエモンの為せる最大級の攻撃だと否応が無しに感じさせられてしまう。
「此れで終わりにしてやるよゴエモン!」
対するレクスの銃声は一砲のみであった。
「弾丸のフルコース、ご馳走してやるぜ!」
されど、引き金を引く事、6度。一撃に見紛う程の超速で放たれたレクスの弾丸は凍てつき伸びる刃を、そして鎧を穿ち、血肉を爆ぜさせる。
同じくして、ゴエモンの大太刀が振り下ろされる。半ば折れた得物から吹き上がった氷の嵐は、怒濤の冷気を以て、ケルベロス達の視界を覆っていった。
●最後に残ったモノ
「……ざまあ、ねえな」
途切れ途切れの声は、ゴエモンからだった。
「ああ、本当にな」
全身に軽い凍傷を負ったレクスは、そんな友人に笑いかける。
先の攻撃は手応えもあった。そして、幾多のデウスエクスと戦った自分だからこそ、その全てを理解する。――彼は、助からない、と。
「……本当にお前は変わっちまったんだな」
「お前はとうとう変わらなかったな」
幾渡この会話を繰り返しただろう。幾渡、思いを交え、そして違えた事を確認しただろう。
「死ぬ、のか」
デウスエクスに死の概念はない。ただ、コギトエルゴスムと化すだけだった。ケルベロスの存在さえ無ければ。
うわごとの様に零れるゴエモンの台詞に、レクスは静かに目を伏せる。
それが、肯定だった。
「……そう、か」
途切れ途切れの言葉を遮るよう、レクスが差し出したのは、ゴエモンが零したパイプだった。それを咥えさせ、自身の煙管から種火を移す。
零れた紫煙はいつかの光景を思い出させた。
「お前は……」
(「末期の表情がこれ、か」)
その表情を知っていた。ソフィアの末期に佇んでいた彼は、同じ表情をしていた。
「俺が、憎く、なかったのか……?」
「……女房は手前を憎まないでと言ったんだ。それだけの話だ。それに――」
女房の死に際にあんな表情浮かべる奴を憎める訳ねえだろうが。
言葉に出来ない思いだけが去来する。
ああ、憎めなかった。それだけ彼との友情は厚く、そして、おそらく、コイツも同じだったのだろう。
未だ、交換したパイプを持っているのが、その証左だ。
「――そう、か」
薄い唇から紫煙が零れる。
共に零れた台詞が、終焉となっていた。
「アタシは私に変われたけど、ずっと変われない人もいるんだなぁ」
蝦蟇熊のゴエモンの最期に、エイシャナはむむっと声を上げる。永劫の時間を生きるデウスエクスにとって、定命化した者の変化は、なんとも騒がしい物か。
「変わらなかったこその邂逅だった、かもね」
蓮華はその最期に、しみじみと、言葉を口にする。変わるべきだったのか、変わらないで良かったのか。それは部外者が言える事でない。ただ、二人の気持ちを思い、眼を細めていく。
「通じ合う相手がいるってのは羨ましいもんデス」
「そうですね。この邂逅がどうか、未来へと向かう道になります様に……」
ケルの言葉と紗羅沙の祈りは、光へと消え行くゴエモンと、それを支えるレクスへと向けられていた。
やがて光の粒は夜の空へと溶けていく。そこには何も残らない。ただ、思い出だけを残して、それは姿を消していた。
「……おいレクス、飲みたい気分なら酒を奢ってやるよ。今夜はとことん飲もうぜ?」
「そう、だな」
景気の良いジークリットの言葉に返ってきたのは、目を伏せた男の、小さな返答だけだった。
その掌の中で、赤いパイプだけが佇んでいた。
月が綺麗で、鮮やかで、寂しい夜だった。
その夜に見た青白く輝く光景だけは、強く、そして鮮明に、彼らの記憶に焼き付いていた。
作者:秋月きり |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2019年6月13日
難度:普通
参加:6人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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