ミッション破壊作戦~竜を喰らい尽くせ!

作者:天枷由良

●ヘリポートにて
「――ドラゴン・ウォーの勝利を祝して!」
 ミィル・ケントニス(採録羊のヘリオライダー・en0134)が高らかに宣する。
 カン、とグラスのぶつかる音が響いた。
 これより新たな戦いに臨むからか、その中身は大したものでもなかったが。
 それは、最強種族と呼ばれるドラゴンのゲートを破壊したケルベロス達を労う、ささやかな祝杯であった。

「……はい、それじゃあそのままでいいから聞いてちょうだい」
 ミィルは表情を引き締めて、これからの話へと移る。
「ドラゴンのゲート破壊に成功したことで、ドラゴン勢力が各地に開いていた強襲型魔空回廊も消滅したの。これによって、ドラゴンだけでなく、配下種族のドラグナー、竜牙兵、オークのミッション地域についても、完全に解放する目処が立ったと言えるわ」
 しかし、強襲型魔空回廊が消えても、敵戦力自体が消失したわけではない。
 今後の戦力補充が見込めない以上、制圧は時間の問題であろうが、それを察した敵群が自暴自棄となり、周辺地域への犠牲を顧みない攻撃を仕掛けてくるかもしれない。
「そうなる前に、皆には強襲型魔空回廊を失って混乱する敵の頭上からヘリオンでの降下作戦を行って、敵の首魁を討ち果たして貰いたいの」
 回廊だけでなく、戦力を統率する首魁を失えば、残る有象無象はケルベロスの敵でない。大掛かりな作戦を行わずとも、殲滅できるだろう。
「敵の真っ只中に降りるのだから、危険な作戦であることに間違いはないわ。けれど、ドラゴンのゲートすら破壊した皆なら、必ず成し遂げられるはずよ!」

●作戦概要
 既に魔空回廊が破壊されている為、グラディウスも“叫び”も必要ない。
 注意すべきは、この強襲降下作戦そのものを失敗させないことだ。もしもそのようなことがあれば敵はより一層自棄になり、周辺地域には必ず、ある程度の被害が生じるだろう。

「皆には、ドラゴンの占領している地域に向かって貰うわ」
 ミィルは語り、地図を拡げた。
「残っていたドラゴンのミッション地域は5ヶ所よ。
 山形県中央部に位置する月山。熊本県八代市の沿岸部。
 山口県宇部市。青森県、むつ小川原港。そして、北海道木古内町ね。
 どの地域に向かうのかは、各地域の戦力をミッション関連の資料から確認した上で、皆で決めてちょうだい」

 地図からケルベロス達へと視線を戻して、ミィルは言葉を継ぐ。
「ドラゴンの拠点を確実に潰しておくことは、今後のデウスエクスとの戦いにも良い影響を与えるでしょう。……何より先に言った通り、自暴自棄となった集団が周辺地域への犠牲を顧みない攻撃を行って、無辜の人々に犠牲が出る――なんてことは、絶対に避けなければいけないわ。そうでしょう?」
 民草を守ってこそのケルベロスだ。
 ミィルは強い信頼を眼差しで示しつつ、説明を終えた。


参加者
伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)
シィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612)
霧島・絶奈(暗き獣・e04612)
ヒメ・シェナンドアー(白刃・e12330)
霧崎・天音(星の導きを・e18738)
カッツェ・スフィル(しにがみどらごん・e19121)
アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)
夢見星・璃音(災天の竜を憎むもの・e45228)

■リプレイ

●未だ春来らぬ地
 北海道木古内町。
 まだ雪解け遠い二月、竜と呼ぶのも憚る竜の軍勢によって平穏を奪われた町。
 その遥か上空で。
 アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)は片腕に人形を抱きつつ、双眼鏡を片付ける。
 眼下は、ほぼ焦土と化していた。激しい防衛戦の最中に常人が留まる余地などなく、辛うじて難を逃れた人々の姿も消え失せた今、其処に在るのは版図を広げようとするオークの群れと、それを堰き止める勇猛果敢なケルベロス達と、そして――。
「……ヴルドラ」
 テレビウムと共に下方を覗きながら、霧島・絶奈(暗き獣・e04612)が呟く。
 強敵と相見える事への期待か、僅かに弾んでから落ちていった声の先には、およそ竜という言葉から想像し得ぬ悍ましい風貌の獣が立っていた。
 大きく反り返った巨牙。背の上で蠢く触手。咆哮は抗う者を恐怖させて、配下たる群れを奮起させる。
 ――だが、其処に虚しさをも感じてしまうのは、先のドラゴン・ウォーにて竜十字島のゲートが破壊された結果、ヴルドラが固守していた強襲型魔空回廊と、その防壁までもが消失してしまったからだろうか。
「……残念だよ」
 吐き捨てたのは、カッツェ・スフィル(しにがみどらごん・e19121)だ。
 未だ進撃を諦めていない以上、あれは確かに脅威で在り続けている。
 けれども回廊を絶たれた軍勢は着実に弱まるばかりで。
 故に彼らの――ドラゴンという種族の行き着く先は、ただ一つしかない。
 それが最強を謳う竜と幾度も刃を交えてきたカッツェの瞳を、直情的な戦意だけでない色に染めている。
 一方で、霧崎・天音(星の導きを・e18738)などは表情こそ薄いものの、確たる闘志を両眼に宿していた。
 思い起こすは熊本。戦場の其処彼処で繰り広げられた惨劇。
 あれほど己の無力を痛感した日があろうか。
 ケルベロスとして、苦杯を喫した日があろうか。
「……あの時みたいには……」
「いよいよデスね!」
 握りしめた拳を微かに震わせる天音の横で、意気揚々とギターを構えながら呼び掛けたのはシィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612)。
 神妙な空気を吹き飛ばそうと――したわけでもなく、恐らくは生来の純真無邪気な性格が溢れ出ただけなのだろう。
 しかし、その溌剌とした声は確かに重苦しい気配を取り払って。
「今度は私達ケルベロスが、女の敵を壊し、侵す番だよね!」
 夢見星・璃音(災天の竜を憎むもの・e45228)が、ヴルドラの咆哮からお株を奪うように吼えた。
 それに伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)が首肯けば。
「必ず、この町の明日を切り開いてみせるわ」
 ヒメ・シェナンドアー(白刃・e12330)は決意を鋭く示す。
 皆、戦支度は万全だ。
「……行こう」
「おうともデス!」
 決行を告げるアンセルムに答えて、まずはシィカが空に身を踊らせる。
 そして、叫ぶ。
「このまま一気に解放してやるのデスよ! ロックに!」

●猪竜王
 高空よりヴルドラ目指して降下する八人の手に光輝放つ刃は無い。
 幾人もの想いを幾度となく託されてきた剣には、今一時の休息を与えてきた。
 けれど、ケルベロス達は想い迄も置いてきたわけではない。
 それは己の胸に、腕に、瞳に、刃に。
 あらゆるものに宿らせて、竜を討つ力と変えるのだ。
「ノーロック、ノーライフ! ボクのロックな生き様はドラゴンにだって負けないのデス!」
「……んう。ぼくも、まけない」
「おおっ! それじゃあドラゴン相手に対バンするデスね!」
「ん」
 動と静、異なる雰囲気纏うシィカと勇名が視線を交える。
 そして二人は、殆ど同時に己の有様を示した。
「ドラゴンライブ木古内スペシャルステージ、特等席で見やがれデース!」
 仲間の力を高めるためにシィカが最前で六弦爪弾けば、彼女と縁深き同胞の幻影が現れて勇壮なる旋律に厚みを齎す。
 かたや勇名が間合いを取ってから放つ小型ミサイルはヴルドラの足元で炸裂して色とりどりの火花を散らし、竜に「お前を討ち果たしに来たのだ」と訴える。
「――ケルベロスめ! 我を猪竜王ヴルドラと知って挑むか!」
「当然でしょ。なに言ってんの」
 奏で続ける仲間の更に前へと出て、しかしカッツェは力振るう前に問いかけた。
「お前だって状況わかってるよね? それでも暴れる? それとも――」
「貴様らと語る事など無いわ!」
 言葉は半ばで遮られて、蠢く触手が槍の雨の如く降り注ぐ。
 一つ、二つ。大鎌で打ち払って――三本目が脇腹を裂いて抜けた。
「……ああ、そう」
 血の滴る傷に目をやりながら呻くでもなく淡々と呟いて、カッツェはそれ以上を諦める。
 何がどうあれ、ヴルドラを此処で殺す事に変わりはない。
 けれども――と。胸に抱き、探し求めていたものは、此処で見つかりそうもない。
「だったら、残さず食べて糧にしてあげようね」
 漆黒の大鎌に語りかけてから、カッツェは下拵えとばかりに氷縛の螺旋を放ち――。
「笑止!」
 巨躯を震わせての一喝が、迫る波を吹き飛ばす。
「……それなら、これで……!」
 すかさず間を詰めたのは天音。両腕のパイルバンカーから螺旋力を全開にして飛び、その勢いのままに竜を抉ろうと迫っていく。
 その突撃を――ヴルドラは触手で絡め取り、大地へと叩きつける。
「っ……まだっ!」
「下がって」
 すぐさま体勢を立て直して、再び攻めかかろうとする天音を制したのはヒメだ。
「落ち着いて。あれは生半可な相手じゃないのよ」
「……わかってる……」
 だけれども。だからこそ。
 変化に乏しい顔からは窺い知れない激情が、天音を天音たらしめる心の中で渦巻く。
 しかし、今日は癒し手として殊更冷静に全てを見据えるヒメが無茶を許さない。
 ヒメは言葉を継ぐ代わりに愛らしい機械妖精――ヒールドローンを広く散りばめる。それが己の傷を癒やすのを見て、天音も一度仕切り直すべくヴルドラと距離を取る。
「どうした! もう逃げ帰るつもりか!」
「まさか! 逃げる気も、逃がす気もないよ!」
 入れ替わり、攻勢を掛けたのは璃音だ。
 勇名同様に遠間から、人造の異形を喚び寄せて竜へと差し向ける。
「くだらん!」
 吼え猛るヴルドラは前蹄のみでそれを潰した――が。
 その一瞬。異形を屠るべく足を止めた瞬間に絶奈の轟竜砲が、アンセルムの蹴り出す闘気が、ヴルドラの鎧のような体表に当たって爆ぜる。
 それに続けと、テレビウムが凶器片手にひた走り。
 一撃、殴りかかって抜けようとすれば――。
「温いわ!」
 苛立つ猪竜王は大地ごと抉るように牙でサーヴァントを貫く。
 そして、其処から執拗に、執拗に、一欠片たりとも痕跡を残すまいと牙で擦り潰すような攻撃を、追い打ちを食らわせ続けて。
 僅かな時間で、テレビウムを戦場から放逐してしまった。

●王の矜持
 その光景は、ヴルドラという存在の強大さを。
 何もかもを破壊し尽くさんという暴虐を表していた。
 ある程度、距離を取ってさえいれば牙は受けずに済む。けれども触手の一撃とて軽んじてはいけないはずと、ヒメは自らを始め、後衛を務める者の周囲にも機械妖精を張り付ける。
 他方、絶奈は従者の消えた場所に視線を注いだまま立ち尽くしていた。
 それは――強者を己が肌で感じた故に、身体の奥深くに在って相反するものの片割れが、より強く現れようとしていたからか。
 狂的な笑みを。本質を垣間見せながら、絶奈はヴリドラを貫くべく眼前に魔法陣を拡げていく。
「……うごき、とめる」
「合わせるよ――!」
 勇名が最小限の表明をして黒鎖を放てば、アンセルムも緑蔦伸ばして共に猪竜王の前肢を絡め取った。
 鈍らせれば、それだけ痛手を負わせやすくなる。猪竜王を暫し釘付けにすべく、璃音も高々と跳び上がっては巨躯へと真っ直ぐに墜ちていく。
(「今の私は、ドラゴンという最強存在に反逆を示す、青い鴉――!」)
 数多の羽で飾る衣を翻して、自らを奮い立たせながら敵の横腹を蹴りつける。
 瞬間。
「――『銀の雨の物語』が紡ぐ生命賛歌の力よ――」
 唱える絶奈の下から飛び出した巨大な光槍の一端が、竜の眉間に深々と突き刺さった。
 手応え十分。――しかし。
「この程度で止められると思うてか!」
 ヴルドラは光槍が消失するのを待つまでもなく、圧倒的な体格差と推進力を利用して二本の枷を千切り、荒ぶる触手で四方を薙ぎ払う。
「マナーの悪いお客さんデスね!」
「頭の中身まで触手に喰われちゃったんじゃないの」
 シィカとカッツェが口々に言いながら仲間を庇うが、同じ役目を担おうとしたテレビウムは既になく。二枚の盾に四人の後衛では全てを引き受けられない。
 すり抜けた触手が大地に下りたばかりの璃音と、戦いを支えるに欠かせない癒し手のヒメを捕らえれば、一気に引き絞られたそれの中で、四人が苦悶の声を漏らす。
「このまま壊し、侵し、犯してやろうか!」
「っ……!」
 苦しむ仲間の姿は、天音の心をまた大きく波立たせた。
 それは敵意や闘志ばかりではない。竜に抱いていた僅かな恐れが、眼前の光景によって拡がっていく。
 そこから引き摺り出されてくるのは、惨劇の記憶。
 心持つレプリカントであるが故に、天音は恐怖に打ち震えて――。

●番犬の意地
「……もう、誰も失わせない……!」
 天音は勇気を奮い起こす。
 時は戻らない。生命は取り返せない。ならば、せめて。これから奪われぬようにと。一つでも多くを救うのだと。そう心に決めて臨んだ戦いの中、後悔に屈する訳にはいかない。
 その意志に応じてか、天音の傍らにはドラゴニアンの残霊が現れる。
「天と地……炎と氷……二つの力に敵はない……!」
 砕け!
 恐れを振り払うようにして天音が炎の力を撃てば、残霊は氷の力を重ね束ねる。
 球体の波動と化したそれは竜の眉間へと吸い込まれて。
「ぐ、うおおおおおっ!!」
 猪竜王が呻く。荒れ狂い破壊を齎す力に耐えかねて、痛みに呻く。
 触手が緩み、その瞬間を逃さず脱したヒメが三度機械妖精を解き放てば、飛び交うそれの間で敵をじっと、じっと見つめながら、勇名はまた小型ミサイルを撃ち放つ。
「ずどーん、ずどーん……どかーん」
 そんな呟きと共に繰り出されるものは、やはり色鮮やかな火花を散らした。
 茫洋とした勇名そのもの雰囲気と合わせて、見る者に脅威を感じさせる光景ではない。
 けれども愚直に行われる爆撃は、確かに彼女が示す“まけないきもち”であって。
 これまで数多の竜を屠ったケルベロスの最たる武器は、その不屈の精神に他ならない。
「一人じゃ敵わなくたって、みんながいれば!」
「勝てるさ。……いや、勝たなくちゃいけないんだ。ボク達は」
 璃音が触れたもの全てを消滅させる虚無の塊を浴びせかけて、揺らぐ巨躯の影から現れたアンセルムは腹下を蹴り裂くと、また影に消えていく。
 どんな災厄が来ようとも、その全てを終わらせると口にしたことをアンセルムは忘れていない。ドラゴニアのゲートを前にして放ったその言葉は世界への誓いとさえ言えよう。
 その為ならば、己が身さえも差し出す覚悟がある。
 ともすれば、今日がその日かとさえ思う。
「おのれ、ケルベロスッ!」
 竜が吼え、大地を蹴り上げた。
 瞳は影を探り、其処から人形抱いて駆ける青年の姿を暴き出す。
 長く戦いに身を置いていればこそ、それが逃れ得ぬものだと悟ることも出来た。
 責任、という平凡でありふれた、けれども重い言葉がアンセルムの頭に過り――。
「……だから負けんだよ、お前らは」
 ふと、割って入ったのは死神を自称するドラゴニアンの娘。
 己を擲つに殆ど躊躇いを抱かぬカッツェの身体が牙で深く貫かれる。夥しい程の血が滴って、けれども決して手放そうとはしない大鎌を相手に突き立てると、カッツェはまた嘆く。
「……本当に滅ぶよ? お前ら」
「ドラゴニアは滅びぬ!」
 死の囁きを払うように牙触れば、多くを失ったカッツェは大地を跳ねて、そのまま動かなくなった。
 けれど握ったまま大鎌も、また幾許かを竜から奪って。
「カッツェ……!」
 横たわるそれに歯噛みつつ、天音がパイルバンカーで巨躯に大穴を穿つ。
「我が命脈……此処で尽き果てるか!」
 今際の際を悟ったか、ヴルドラが天高く吼えた。
「戦の最中に終わるなら、本望では?」
 闘争に生きる最強種として、それ以上の誉れもあるまい。
 そして、それを討つのもまた誉れ。絶奈は再び、光の槍を解き放つ。
 時に生命癒やす輝きが、竜を死の淵にまで追い込む。
 巨躯を支える足がついに折れた。それでも、王は王たらんとして叫ぶ。
「オーク達よ! 壊せ! 侵せ! 犯せ! 力ある限り、欲望のままに喰らい尽くすのだ! 彼方の同胞にまで! 死せる我にまで! 恐怖と絶望の嘆きが届くように!!」
「悪いけど」
 そんな願いは、絶対に叶えさせやしない。
 アンセルムは人形と共に猪竜王を見据えて、囁く。
「――潰えろ、竜よ」
 途端にヴルドラを包んだ爆炎は、不可視の檻にて巨躯の周囲のみに留められる。
 それが薄れ、消えていった後には、牙も触手も咆哮も、何一つ残ってはいなかった。

●そして長き冬が終わる
 断末魔の叫びは、戦場に残されたオークを奮い立たせなどしなかった。
 回廊と一軍の将。どちらもを失った雑兵の群れは萎れるばかりで気概も秩序もなく。
 一方で防衛に臨んでいたケルベロス達の士気は大いに高まり、戦いは一転攻勢からの掃討、殲滅へと移っていく。
 遠からず、この地は完全に解放されるだろう。
 町がヒールされれば、凶牙を逃れていた人々が帰って来られるはずだ。
「……もう、大丈夫だよね」
 未来を想像して、璃音は安堵の吐息を漏らす。
 その傍らで。
「立てますか?」
 戦局にも気を払いつつ、絶奈が血溜まりに沈む身体を助け起こす。
「……ん? へーきへーき」
 カッツェは大鎌を抱いたまま、ひらりと片手を振った。
 けれど、何かぷつりと糸の切れてしまったような彼女は、それ以上に動かず。
 上から下まで全てを真っ赤に塗り潰されたその様は見るのも忍びない。
「後のことは――彼らに任せて、ボク達は退くべきかな」
 剣戟響く彼方を見やりながらアンセルムが言った。
「そうだね。オークも片付けちゃいたいけど……」
 前衛陣の全体的な疲弊に目を向けつつ、璃音も頷く。
「離脱するなら、向こうからが良さそうね」
 ヒメは最も敵軍が少ない一角を指し示すと、道を開く剣になるべく先陣に立つ。
「それじゃあ、オークもロックに突破するデース!!」
 自らも手負いだというのに、しかしロックで在ることを止めないシィカが叫べば。
「……ん」
「……わかった……」
 まるでペースを乱さない勇名と天音が揃って静かに答えて。
 その対比が妙に可笑しく思えたか、ケルベロス達は少しばかり肩の力を抜くと、緩やかに、しかし速やかに戦場からの離脱を始めるのだった。

作者:天枷由良 重傷:カッツェ・スフィル(しにがみどらごん・e19121) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年6月10日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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