画面端コンボはほどほどに

作者:木乃

●対戦ゲームあるある
 被害者が戸建てに一人で生活していたことは、運が悪かったとしか言えない。
 薄暗い部屋を徘徊する男は、全身から羽毛を生やして鳥じみた格好。
 そして傍らの壁には、杭で四肢を磔にされた家の主が……。
 傷口を杭で塞がれていることもあり、出血は少ないが、たびたび受ける暴行で痛ましい姿に変わっていた。
「解るか? これがお前のしたことだよ」
 鳥男は吐き捨てるように言葉をぶつけ、殺気のこもった視線で睨みつける。
「対戦格闘ゲームでな、画面端に追い込んで一方的にボコって。楽しいか? ……いや、楽しくない訳がない。だってお前は何度も、何度も画面端に追い込んで、俺のキャラをボールみたいに弄んでたもんなぁ!?」
 戦略としては悪くない。しかし、ゲームとは娯楽で楽しめなければ意味がない。
 一方的に嬲られて敗北を喫する感情のやり場は、どこへ向けろというのか!!
 男は「恥を知れ!」と罵倒しながら、身動きのとれない青年の脇腹を蹴り上げる。
「お前も味わうがいい。逃げ場を封じられ、好き放題に暴力を振るわれる『地獄』をなぁ……――!!」

●妖精王の初陣
 早すぎる暑気を払うように、バインダーで扇いでいたオリヴィア・シャゼル(貞淑なヘリオライダー・en0098)が事件のあらましを伝える。
「デウスエクス、ビルシャナを召喚した人間を予知しましたわよ。なんでも『対戦格闘ゲームで画面端に追い込まれボコボコにされた』ことが理由で、その対戦相手を同じ目に遭わせて復讐したい……とのことです。怒りたくなる気持ちは解らなくもないですが」
 オリヴィアの言葉に疑問の声がひとつ。
「対戦格闘ゲームとは、一体なんだろうか?」
 子供のように目を輝かすオリヴィエ・マクラクラン(タイタニアのミュージックファイター・en0307)に、オリヴィアは『主に一対一で行う、電子遊戯の一種』と伝えた。
 それを聞いてオリヴィエは感心したように、何度も大きく頷き、
「なら、一方的に叩きのめされては面白くないかな。遊戯ならば互いに楽しめないと、だ」
「されど、リアルファイトに発展させてよい理由にもなりません。幸い、ビルシャナを召喚した人間は、召喚者自身の復讐を果たすまで、完全にビルシャナ化することはありません。復讐を願った男性をビルシャナにする前に、被害者が理不尽な復讐で犠牲になる前に」
 どちらも救出して欲しい――今回もなかなか骨が折れそうだ。

「どうやら復讐者は被害者宅に押し入り、壁に磔にして、長時間の暴行を加える算段でいますわ。ドアや窓は壊してもヒールできますので、強引ですが強行突入でお願いしますわよ」
 復讐者は、被害者を苦しめてやりたいと考えている。
 もし、ケルベロスが乱入してきたら、被害者よりもケルベロスの排除を優先するだろう。
「ですが、自身が敗北して死にそうになった場合、負傷する被害者を道連れにする恐れがございます」
 共倒れになっては本末転倒だ。
 最悪の結末を回避したい――そんな場の空気を察し、オリヴィアは「可能性は低いですが」と前置きする。
「ビルシャナと融合してしまった人間は、基本的には一緒に死亡してしまいますが……ビルシャナと融合した人間が『復讐を諦める、契約を解除する』と宣言した場合、撃破後に人間として復活させることも……出来るでしょうね」
 問題は、この契約解除は『心から願わなければならない』
 利己的な説得では応じないだろう。
「彼の復讐は敗北による屈辱、連敗による惨めな敗北感、それらによってゲームを楽しむ心を忘れたことにあるでしょう。これだけ手痛い反撃をもらえば、被害者も繰り返すことはないはず」
 あとは復讐者に『ゲームの楽しさ』を思い出させれば、あるいは。
 ――オリヴィエは金の髪を揺らし、神妙な面持ちを向ける。
「遊戯とは人生を彩り楽しむための要素。なのに、互いを傷つけ合う結果になってしまうとは……余は悲しく思う。此度は我が剣を奮い、万事解決と成るよう尽力しよう!」
 麗しのタイタニアは勇ましく、高らかに出陣を宣言した。


参加者
九鬼・一歌(戦人形鬼神楽・e07469)
エマ・ブラン(銀髪少女・e40314)
死道・刃蓙理(野獣の凱旋・e44807)
旗楽・嘉内(フルアーマーウィザード・e72630)

■リプレイ

●NEW Challenger!!
「わ、わぅ、がっだ、やりひゅぎ、た…………だから、も……ぅ、ゆるじ……」
「は? ゲーム中のお前は『悪い』と少しでも思ってたか? なあ思ってたかぁ!!?」
 杭をさらにねじ込むように、ビルシャナに憑かれた男は蹴りこんだ。
 被害者は叫びにならぬ叫びをあげ、激痛に白目を剥く。
「お前が一番よく解ってるだろ、一方的に殴り倒す快感に酔って――――」
 痛ましい拷問はガラスを砕く炸裂音によって中断させられた。
「お勧め通りに、ダイナミックエントリー!」
 ガラス片を踏みしめ、日曜早朝のスーパーヒロインよろしく。
 闊達なエマ・ブラン(銀髪少女・e40314)はセクシーな衣装でポーズを決め、
「……ニューチャレンジャー、乱入です……」
 突入と当時に、仄暗い影をまとった死道・刃蓙理(野獣の凱旋・e44807)が抜刀する。「シャドウリッパー……!」
 ビルシャナは磔られた被害者から大きく飛び退き、独特の印を結んで臨戦態勢に。

 触れようと手を伸ばす刃蓙理と、エマのスピーディな蹴撃。
 二人の攻勢によってビルシャナは被害者から離され、
(「ゲーセンではリアルファイトがちらほらあったと聞きますが……これは、もう」)
 限度を超えている――凄惨な現場に旗楽・嘉内(フルアーマーウィザード・e72630)は眉を顰めた。
 部屋中に漂う血生臭いニオイ。
 平穏な日常を非日常に彩った私刑の痕跡。
 声にならない嗚咽を漏らし、許しを請い続ける被害者。
 そして、過剰な怒りに身も心も委ね……変質し続ける異形の姿。
(「今回は僅かでも助けられる可能性がある、できればどちらも助け出したい。まずは」)
 目標に意識を向け、嘉内の背後にナノマシンが密集し始める。
「画面端になんかに追い込まなくても、こうして包囲してしまえば……!」
 エメラルド色の翼は大きく広がり、悪臭で噎せ返る屋内を照らしていく。
「えいっ! たぁ! そぉーれっ!」
 エマの素早い足技のコンビネーション。
 狙いは強化を剥ぎ取ったエマに引きつけられていた。
 側頭部を蹴り抜きざま、百の拳を鮮やかな体捌きでいなす。
 飛び退き間合いを開くと同時に、嘉内の翼がビルシャナを全方位から捉えた。
 一瞬の隙をついた一撃は家具を巻き込み、裂かれた羽が天井まで舞いあがる。
「オリヴィエさんは被害者の救護を、攻撃はイチカ達が引きつけます」
「任された、余の治癒術を以てして救ってみせるぞ!」
 九鬼・一歌(戦人形鬼神楽・e07469)の指示を受け、オリヴィエ・マクラクラン(タイタニアのミュージックファイター・en0307)は虚空に絵筆を滑らせた。
 オリヴィエは慣れた手つきで多弁の花を描き、被害者の苦痛を和らげていく。
 男の無事を横目で確かめ、一歌は細剣を握りしめる。
「では、試し斬りといきましょう――鬼さんこちら」
 空間から撃ち出される杭の嵐に晒されながら、一歌自らも斬りかかった。
「うざってぇ、邪魔すんな!!」
「今のあなたは悪魔に唆され、手を汚すよう誘導されています。それを見過ごすことはできません」
 癇癪を起こすビルシャナに、一歌はあくまで冷静に諭して注意を引きつける。

(「こう、動き回られては……接触も難しいですね……」)
 接触テレパスで伝えようと試みる刃蓙理だが、対象者とは交戦真っ只中。
 意図がなんであれ、触れようとすれば避けられてしまうのは致し方がない状況。
 指先が一瞬ふれただけでは、言葉の全て伝わらないだろう。
「マインドシールド……!」
 指輪に魔力を注ぎ、刃蓙理は最前線で相手取る嘉内に光の盾を放つ。
 念話が叶わないなら、直に伝えるまで――刃蓙理は言葉を発する。
「……死んだら、そこでお終いです……10回や100回の敗北がなんだというのでしょう……!」
 初めは思い通りにいかない――それは、誰しもが味わう『最初の壁』ではないのだろうか?
 拙い言葉を紡ぎながら、刃蓙理はビルシャナに語りかける。
「上手く言えませんが……かっこいい攻防があれば、勝敗は二の次……結果は後からついてくるものでしょう……?」
「戯れ言をぬかすな!」
 ビルシャナは感情のままに叫んだ。
「コスいワンサイドゲームで悦に浸るクソ野郎はな、徹底的に苦しめなきゃ気が済まねぇ!!」
 あの場に公正なプレーはなく、一方的な蹂躙に他ならなかったと。
「そいつはそうやって愉しんだ! 攻防も何もあったもんじゃねぇ、自分が良ければそれでいい――最低最悪のクソプレイヤーだぁッ!!」
 穴だらけのソファが拳圧で屋外へ弾き出される。
「どういった関係かは知りませんが、相手がいなければ成立しないんですよ!」
 血走った眼をまっすぐ見据え、嘉内が懐めがけて痛烈な一打を放つ。
 鈍い音とともに吹き飛ぶビルシャナ、その後をエマがすぐさま追いかける。
「牽制や駆け引き、相手との読み合いで白熱するゲーム……とっても楽しいよね!」
 ジャンケン、オセロ、ババ抜き、麻雀。広義ではスポーツも含まれるだろう。
 運の要素はあれど、どれだけ複雑なシステムであっても、均衡を保つための『ルール』が必ず存在する。
 ルールと対戦相手が存在する限り、心理戦――相手の思考を推し測ることは必須。
 それこそ、対人戦でしか味わえないスリル。
 思考の読み合いも『ゲームの楽しさ』と、エマは説いた。
「キミはそれを解ってるんだよ。だからビルシャナとは手を切って、また友達と楽しいゲームをしようよ!」
 男の中に潜む本体を吐き出させようと、エマは流星をまとい鳩尾を蹴り抜く。

 ゴポと、血を吐くビルシャナは小柄な少女を吹き飛ばし、
「勝てりゃあなんでもいいなんて、卑怯モンを……俺は、許さねぇ……!」
 不揃いの羽毛が揺れる己の胸に親指で指し示す。
「『こいつ』は俺の怒りを! 憤りを! 屈辱を肯定すると言ったァ!!」
 内なる邪神の言葉に、感情が増幅させられているとも知らずに。
 その姿に僅かに眉を寄せた一歌が口を開く。
「……やられっ放しだとゲームを楽しめませんよね、イチカもゲーマーなので分かります」
 受け入れられない場面も、面白くない展開も、ゲームをする上で何度も味わった。
 負けることを厭い、勝利するためになりふり構わなくなる。
 それもまた人の性ゆえ。
 一歌は彼の業腹に理解を示し――――「でも」と言葉を続けた。
 ゲーマーとして越えてはならない一線。
 どれだけ屈辱的な結果だとしても、納得のいかないプレイ内容だとしても、
「ゲームはゲームです。……ゲームでの遺恨は『ゲームでしか解消できない』のです」
 そう、現実のプレイヤーが理不尽な仕打ちを受けた訳ではない。
 公正なルールと舞台でのやりとりだった以上。
 最後の砦――プレイヤースキルで雪辱を果たすことが、ゲーマー間の『ルール』と言えよう。
 他の方法ではきっと心は晴れない。だって『ゲームで勝利したかった』のだから。
「画面端からのリカバリーこそゲーマーの意地の張り所、逆転劇も対戦ゲームの華ではないですか?」
 一歌の言葉にビルシャナは明らかに顔色を変えた。
 それはまるで『核心を突かれた』かのように。
「お、お前に、俺の、なにがァ……ッ!!」
 ビルシャナは錯乱気味に頭を掻き毟り、羽毛がパラパラ散っていく。
 気づけば、足下をちぎれた羽毛は埋め尽くそうとしていた。

 リビングは建材が露出し、家具のほとんどが崩れていた。
 荒廃した景色を補うように、オリヴィエのルーンが文字絵となって描かれていく。
「まだ間に合います、自分の本心に問いかけて」
 被害者が射程外になるよう、立ち回る一歌の周囲を薔薇の花が舞う。
「だ、ま……黙れ黙れ、だぁまれぇぇぇぇぇえええええエエエエエエエエエエエエエエッッ!!」
 殴殺しようと半狂乱で放たれる連撃。
 無軌道な打撃を光盾が防ぎ、一歌の受ける衝撃を緩和させる。
「お、おれは……おれはぁァァ――ああ、そうだっ、許さねぇ、許しちゃいけねぇんだ!!」
 葛藤する己を振り払おうとしているのか、語りかけるビルシャナが引き戻そうとしているのか。
 粗が目立ち始めた挙動では反撃にもならず。嘉内の眼前を通過していく。
 見境なく暴れるビルシャナにエマが肉薄し。
「やっ!はぁ!」
 跳び蹴りでノックバックしたところを中段、からの小足で転倒を誘発。
 起き上がろうと上体を起こした直後、
「――これは、当たると痛いよぉ!」
 低空ドロップキック気味にキツい一発を顔面にお見舞いする。
 棚をひっくり返して転倒するビルシャナは「おれは……おれは……」と譫言を繰り返す。
「一時の感情で、一緒に遊べる相手を失って……本当にいいんですか?」
 弱りきった加害者に、嘉内は最後の問いかけを計る。
「今は気分がスッとするかもしれません。でも、一緒に楽しめる人がいないのはとても寂しいですよ」
 同じモノを楽しめる遊興の徒。
 縁もゆかりもない相手だったとしても、たったひとつの接点が結んだ好敵手。
(「私はそういう相手もいないまま、10年近く過ごしてきた……」)
 歩みを止めれば、周囲の変化も止まる。
 すれ違う相手すら出来ないことを、嘉内は身を以て理解していた。
「一緒に遊べる相手と巡り会った。貴重な体験ができたあなたを、すごく羨ましく思います」
「……おぉ、デ、は……」
「確かに彼は意地が悪かったかもしれません。しかし」
 酩酊したように揺れ動くビルシャナに「これだけは言える」と嘉内は断言した。
「直接、怒りをぶつけても解決しません。雪辱を果たしたいならもう一度ゲームで、今度こそ真剣勝負を楽しみましょう」
 互いの技量と戦術を真っ向からぶつけあう。
 腕前がものを言う世界である以上、己の技巧で勝利することに意味が在る。
 そうして互いに切磋琢磨し、競い合うことだって『対戦ゲームの楽しみ』なのだから。

「みなの言葉、しかと耳にしたであろう! 己の心意に従うのだ!」
「ぁ、ぅ、あぁぁぁああああああ……――――!!」
 オリヴィエの言葉にビルシャナは苦悶の叫びを上げた。
 血が滲むのも構わず喉元を掻き毟り、つっかえていた言葉を少しずつ漏らしていく。
 消耗は目に見えるほど激しく、自己強化も刃蓙理とエマに剥がされている。
「ぉ、るぇ、ぁ」
「思い出してください……数あるゲームの中から、何故、格闘ゲームを選んだのかを……!」
「イチカ達を信じて、悪魔との契約を断ってください!」
 最後の一押し。
 刃蓙理は初心に抱いた気持ちを振り返らせた。
 一歌はゲーマーとしての共感、一線を思い出させた。
 エマは対人戦の醍醐味を説いた。
 そして、嘉内は対戦する存在の大切さを示した。
 どれひとつ欠けてもゲームを楽しむことは出来ない。
 勝利の快感。挫折と悔しさ。場面が好転した瞬間の興奮。
 そして、熱くなる一戦を交わした対戦者。
「……勝、つぉ………………つぎ、こ、ぞ……お、ぇがぁぁアアア……!」
 それは『契約破棄』に等しい宣言だった。
 次こそ、自分の手で勝利を掴む――増幅していく復讐心を、遂に克己心が上回ったのだ。
「その言葉を待ってたよ、もうちょっとだけ我慢してね!」
「早々に消えて頂きましょう……」
 絞り出された声に応えようと、エマ達は最後の追い込みをかける。
 刃蓙理達の一斉攻撃を、身をさらすように受け止めたビルシャナ……後に残ったのは、浅い呼吸を繰り返す男の姿だった。

●Next Stage
 刃蓙理達は救急隊を要請し、負傷する二人の男性を任せると家屋の修復に残った。
「ルーンの規則性は地球と似ているんですね」
「さらにこう繋ぐとまた意味が変わってね――」
 修繕する傍ら、一歌は『良い機会だから』と、オリヴィエのルーン生成を観察中。
 妖精王は指揮棒のようにレイピアを振るって、大変ご満悦なご様子である。
「しかし、格闘ゲーム……私は完全な専門外ですね……」
「じゃあやってみましょうよ。オリヴィエさんもどうです?」
「うむ! 格闘ゲームは余も未経験ゆえ、お手柔らかに頼むよ!」
 嘉内の誘いに二つ返事で応じ、上機嫌な王様は嬉々と癒やしの力を振りまく。
 一つ屋根の下、元の形を取り戻す中――そこにはよく使い込まれたゲーム機の姿もあった。

作者:木乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年6月5日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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