●地味な夢だけど
香久山・いかる(天降り付くヘリオライダー・en0042)には密かに抱いている夢があった。
それは――ディスクジョッキーである。
いや、ディスコでレコードをキュワキュワとスクラッチする方ではない。
ラジオで喋るほうだ。パーソナリティといってもよいが、ここはオシャレなFM方式でDJと呼称したいいかるである。
思春期のころ、君も同じような夢を抱いたことはないだろうか?
ちょっとなりきって録音してみたり、それを聴いて『あれ? 自分の声ってマイクを通すと違うように聞こえるんだな』と思ったり、しなかっただろうか。しなかったか、ごめん。
とにかく、いかるはそういうちょっと痛々しい思い出を抱えて今年で二十四歳になる。
二十四にしてまだ、その夢は彼の中で燻っていた。
もちろん、ラジオがマスコミだけのものであるならば、いかるも諦めていただろう。
しかし技術の進歩は素晴らしいもの。今なら、誰でも気軽にネットラジオが出来るのだから!
「というわけで、ネットラジオを誕生日にやろうと思うから、よ……よかったら聴いてや」
やっぱりちょっと恥ずかしいのか、赤面しながらいかるはケルベロスに聴取をお願いする。
「いろいろ権利とか面倒やから、音楽は流せへんのやけど、ダラダラ喋ろうと思うねん」
ラジオにつきものの『おたより』も募集しているし、ゲスト乱入も歓迎だといかるは付け加えた。
「……というか、ぼっちで喋るのってどう考えてもすぐにネタつきそうやん?」
人生相談とか、ラジオを通して伝言だとか、とにかくラジオっぽいネタをくれると嬉しいのだ、と説明するいかる。
「ま、まぁ、放送日は僕の誕生日やさかい、お祝いのメッセージも歓迎するで! ……ってセルフで言うの、めっちゃ恥ずかしいね!?」
●六月六日に雨ざあざあ降ってきて
外からしとどに雨降る音が聞こえてくる中、香久山・いかる(天降り付くヘリオライダー・en0042)のネットラジオは定刻きっかりに始まった。
「どうもこんにちは! 一日限りのヘリオライダーいかるのネットラジオ、はっじまっるで~」
ヘリポートの時よりは弾んでいる声がヘッドホンから聞こえてきて、イッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)はフフッと笑う。
どうやら開幕いきなり放送事故というハプニングは免れたようだ。
ミミック『相箱のザラキ』は彼の背にピタリと身を寄せ、おとなしくしていた。
「スタジオの外はあいにくの雨やね。六月はそういう季節やね、ちょっと雨の日はアンニュイかな? 僕は、結構この雨音とかひんやり薄暗い感じとか落ち着いて好きなんやけど……こんな日やからこそ、部屋でのんびり僕のラジオを、何かしながらでも聴いてくれると嬉しいで」
いかるは何やらごそごそといじる物音の後、
「ほな、さっそくおたよりもろてるから読んでみようか。えーとイッパイアッテナ・ルドルフさん。ありがとう!」
オープニングから早速送ったメッセージを読まれることになり、イッパイアッテナは驚いてちょっと肩を揺らす。
もちろん彼の驚きなどいかるは知らず、メッセージはすぐに読み上げられた。
「いかるさん、誕生日おめでとうございます! ……ありがとうございますぅ、いや、自分で祝ってくれとお願いしたものの、実際祝われると嬉しいねえ。
物腰柔らかく自然体でいて誠実なあなたの、益々のご活躍とこの機会を思うが儘に楽しみいつかのんびりできる平和な未来へ心弾ませられることを願って――いやぁ照れるぅ。
物腰やわらかいかな? それは狙ったとおりやから、良かったぁ」
ヘリポートは緊張感のある場所だが、それでもいたずらにケルベロスを焦燥させぬよう努めている……というようなことを言い、いかるはひとしきり照れた。
「あ、追伸あるわ。えーと、いかるさんの好きな甘味は何ですか?
っと。ん~~~甘いもんはなーんでも好きなんやけど、特にというとアイスやねぇ」
ヘリオライダーを始めた年の誕生日はアイスを友人と食べたのだ、といかるはこの質問にかこつけて思い出を語る。
「最近もあっついから、よぅ食べてるで。専門店のも勿論やけど、コンビニアイスも毎年面白いのが出てて、楽しみやねんよね」
それにしても、あまり自分の話はヘリポートでは出来ないのに、よく甘い物が好きだと覚えていてくれたものだ、といかるはイッパイアッテナに感謝しきりであった。
●ご相談ご相談
では次のおたよりにいこう、といかるはまたゴソゴソと物音を立てた。
「はい。えっとね、ラジオネーム……ええよね! ラジオの醍醐味ラジオネーム!
DJやってる~って感じやわぁ! っとと、おたよりに戻ろう。ラジオネーム、みけみけボンバーさん! おたよりありがとう!」
おぉと出先で声は出せないものの、イヤホンから聴取しているジェミ・ニア(星喰・e23256)は自分の出したメッセージが読まれるのを聞いて、口を少し開いた。
背が少しくすぐったいような不思議な感覚だ。
「いかるさん、お誕生日おめでとうございます。……ありがとうございます!
早速相談です! はいはい。
我が家は兄と二人で喫茶店を経営しています。そろそろ夏メニューをお出しする時期ですが、どんな物が良いかな?
暑さも吹っ飛ぶような素敵なメニュー案をお願いします!」
いかるは、ジェミことみけみけボンバーの相談に少し考えると、回答を始める。
「そうやね。僕は奈良県出身やから、夏といえばやっぱりお素麺やね。いや冬でもにゅうめん食べるけど、やっぱりキィンと冷えたお素麺は夏の風物詩やわ」
とまで答えてから、アッといかるは声を上げる。
「でも喫茶店なんよね、みけみけボンバーさんのお店……。どういう雰囲気の喫茶店なんやろ?
喫茶店は喫茶店でも、ナポリタンとかモーニングとか出す喫茶店と、オシャレなスイーツしか許されへんような喫茶店とあるよなぁ」
いかるは再び、ん~と唸ったが、
「ほな、かき氷はいかがでしょ。夏といえばかき氷。上に生の果物とか乗せたぁるやつ。最近流行ってるらしいし、シロップの色を工夫すれば写真映えも狙えるで!」
我ながら良い回答をした、と満足気ないかるは、みけみけボンバーのおたよりがまだ続いていることに気づいた。
「あ、相談その二です。ありがとう! 尺のことを考えてくださる、ええおたよりや! わぁメタなコメント。
夏は何かと体力を消耗しやすい季節。うちのお兄ちゃんは線の細い人なので、疲れが出ないか心配です。
お兄ちゃんが疲れている時に何か元気になるような事をしてあげたいです。そこで、見る人を元気づけるような一発芸を教えて下さい!」
一発芸! といかるは素っ頓狂な声を上げた。
「僕そういう類、うまくないんよなぁ……。うむむ、せやけど、元気で笑ってる人を見ると、元気もらえるような気がするさかい、芸とはちょっと違うかもやけど、みけみけボンバーさんがお兄さんの前で元気で朗らかにしてたら、いいんと違うかなぁ~どうでしょ」
この一部始終を、みけみけボンバーの兄ことエトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)は、店で聞いていた。
夏メニューの相談のときには、
「店の事も考えてくださる、うちの子はしっかり者ですネ」
とクスクス笑って余裕のエトヴァだったが、続く質問には流石に照れから頬を赤らめる。優しい子なのデスと内心呟き、
「ジェミらしいと言いますカ……無茶振りですネ?」
とパーソナリティを気遣うも、口元の笑みは隠せない。
「可愛らしくて、その気持ちが嬉しくて……もう元気になりましたよ」
なので、エトヴァは早速おたよりメールを送信した。
ラジオのほうで、小さくブブッとメール着信を知らせるヴァイブレーションが聞こえる。
いかるはとりとめのない話をしながらも、メールをチェックしたらしい。
「わー」
と嬉しそうな声を上げた。
「これがリアルタイムなラジオのいいところやね。みけみけボンバーさんのお兄さんからお返事きました~」
エッとジェミは思わず声をあげ、キョロキョロと周囲を見回す。どうやら町中で声を上げたのは他人には聞かれなかったらしい。
胸をなでおろし、ジェミは『お返事』に耳を澄ませる。
「いかる殿、お誕生日おめでとうございます。
みけみけボンバーさんへ。いつも気遣ってくれて、ありがとう。
俺も、君を元気にしたいと思います。教えて頂いたメニュー、作って待っていますので、試食してくださいね。
――わぁ、ありがたい~。お祝いもやけどメニューの試作もありがたい~。……けど結局お素麺かな、かき氷かな、今度どっち作ったのか教えてな~!」
いかるのコメントを聞くのはそこそこに、ジェミは家路を急ぐ。なんてったって、エトヴァが夏メニューを作ってくれるのだから!
●サプライズゲスト
「頼もーっス!」
いかるの声ではない声がスピーカーから唐突に響いた。
「わー。ゲストやぁ。ちょっと待っててくださいね~」
ガタゴトと物音と小さな会話の声が続く。椅子を用意しているらしい。
「はいっ、お待たせしました。僕も言ってみたものの本当にゲストが来てくれるなんて思ってなかったから、びっくりしたぁ。感無量やね。
それではゲストケルベロスをご紹介しますぅ!」
と紹介され、ハチ・ファーヴニル(暁の獅子・e01897)は溌剌と発声した。
「皆さんどうもっス! 面白そうなので遊びに来てしまった、さすらいのケルベロスっス! いかる、今のも、どこかに届いてるんスよね? すごいっスなぁ! 感動っス!」
お世辞ではなく本当に感動しているらしいハチの微笑ましさに、いかるはニコニコと笑って頷いた。
「あ、さすらいのケルベロスさんって呼ぶ? それともラジオネーム的なん名乗る?」
ハチはハッとする。なるほどここは、本名で名乗らなくてもいいのだ。
ならば、格好良く……。
「折角なので、名乗りとかあげておきたいっス! ええっと……流浪の修行者ドラゴンエイト! みたいな!」
「ドラゴンエイトさんね、りょーかいや」
ハチ故にエイトなんかな、といかるは思うだけで声には出さない。なぜならせっかくハチが秘匿した本名がリスナーにバレてしまうからである。
「あっ、そうだ! 自分、DJいかるへのお祝いのおたよりを持ってきたっス!」
「わ、DJ……いいねぇ……響きが……」
感動しているいかるを、ハチは咳払いで我に返らせ、おたよりを読み始める。
「いかる、誕生日おめでとうっスよ! 昨年の今日、いかるが言ったこと、よく覚えているっス。いかるの流れ星の一欠片になれるよう日々是修行で頑張るっスから、これからもどうぞよろしくっス!」
以上っス! とことさら大きな声で締めくくり、ハチはおたよりのメモを畳んで仕舞った。
「ハチじゃなかった……ドラゴンエイトさんは毎年、僕の誕生日祝ってくれてるんよね。本当にありがたい。えーと去年は、紫陽花を見にお寺に行ったんやったね」
初瀬山の花の寺は、たくさんの紫陽花が咲き誇り、素晴らしい眺望だったと、いかるは説明する。
「何を言うたんやったっけ。そうそう、流れ星に何を願うってドラゴンエイトさんに聞かれたから、『こんなご時世だから』って言わんでも、当たり前が当たり前に出来るような平和な世界になるように、的なこと答えたんやっけ」
それが出来るのは、デウスエクスと戦うケルベロスだけだから。
だからこそその願いを乗せる流れ星になりたいとハチは言うのだ。
「ドラゴンエイトさんはホンマに日々是修行やねぇ。その前の年は、すさまじい全力のアヒルボートに乗せてもらいました……いや、次元を超えそうなスピードでやね……凄い修行の成果をみせてもろたで……。ふふ地球は安泰やな……」
いかるが遠い目をし始めてしまったので、ハチは慌てて彼の眼の前で手を振った。
「いかるいかる、ラジオの後は焼き肉なんてどうっスか? 奢るっス!」
まだラジオは終わっていない、とにかく肉でいかるの意識を引っ張り戻し、ハチはその場を辞した。
●仕事場の怪人あらわる
残業のお供にネットラジオを聴いているのはウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813)。
先日のドラゴンとの激戦で、彼の仕事も立て込んでいる。
事前にウォーレンもいかるのネットラジオにおたよりを出したので、それが読まれるのを待ちながら、手を動かしているという状況だ。
「続いてのおたよりは、ラジオネーム……今夜もお仕事三昧さん。辛い~! なんという辛いラジオネームや……お察ししますで……お疲れ様です~」
おっと、とウォーレンは一瞬手を止めた。このラジオネームこそ自分である。ちょっとブレイクしよう、とウォーレンは手だけ動かす雑用に仕事を切り替えた。
「いかるさん、お誕生日おめでとう。ヘリオライダーのお仕事お疲れ様です。……わー! ありがとうございます~。お仕事まで労られてしまった。そちらこそ本当にお仕事お疲れ様です……!」
ゴンと小さく音がした。喋りながら、いかるが頭を深々と下げた勢いで机にぶつけたらしい。
「何度かヘリオンに乗せてもらったけど、内装をじっくり見たことがないと思いました。何かこだわり部分があったら教えてくださいー。
ああー、ヘリオン。確かに内装にこだわってるヘリオライダーも居はるらしいね! けど、それに乗ってる最中ってヤバい状況が多いから、落ち着いて中を見られへんよねぇ」
しかし、いかるはさほど内装にこだわりはないと言う。
「シンプルイズベスト的な……。ちょっと猫グッズが多いくらいかなぁ」
そうなんだーとウォーレンは呟き、手を動かし続けた。
「続いてのおたよりも、ラジオネームがお仕事系やね。ラジオネーム、仕事場の怪人さんです。
誕生日おめでとうさん。……ありがとう!
ラジオなんやな。ニコ生やったら差し入れしてんけどな。水とか水とか」
うおお、といかるが唸った。
「その水って周りに塩ついてる、ソルティドッグならぬソルティ水やろ……」
ありがたいけど飲んでると放送時間超過するアレやな、とコメントし、いかるはおたよりの続きを読む。
仕事場の怪人は、相談があるという。
「恋人が滅茶苦茶働き者で、今週ずっと一人仕事場に残って、働き続けてんねん。……それはそれは勤勉やねぇ。けど心配やね」
おたよりは続く。
「で俺は、このお便りが読まれる頃『君を職場から連れ出しに来たんや』ってイケボで囁きに行こうと職場前でスタンバってる予定なんやけど、やっても大丈夫やろか。引かれへんかな。
個人的にはドラマチックやけど、邪魔するなと怒られるかもしれんし、タイミングは大事かも……けど、疲れてるときに、好きな人が来てくれたら、そらぁ疲れもふっとぶと思うで」
ウォーレンはそれを聞き流しながら、呟いた。
「連れ出しにかあ。もし僕がされたら嬉しいかな。丁度仕事終わるめどもついたし」
オフィスの建屋の前でいかるの回答コメントを聴きながら、美津羽・光流(水妖・e29827)は独りごちた。
「まあ何て言われてもここまで来たら行くけどな」
仕事場の怪人とは、光流のことであり、恋人とは今夜もお仕事三昧、ウォーレンのことであったのだ。
「レニ」
光流が愛称でウォーレンの背に呼びかけると、ビクッと彼の肩が跳ねる。
「光流さん?!」
目を白黒させながら振り向くウォーレンに、光流は差し入れの袋を掲げながら歩み寄る。
「あ……仕事場の怪人さん」
状況が一致しすぎるのでウォーレンが試しに呼んでみると、光流は口を尖らせる。
「筒抜けやん」
「そりゃバレるよ―でも会えて嬉しい」
嬉しい、と言ってもらえて、光流の口元も緩む。
「喜んでもらえたなら良かったわ」
ウォーレンはちょうど今日のやるべき作業が終わったことを光流に告げた。
「もう終わったらなら、いかる先輩んとこ行かへん? 差入に水買うて」
二人は連れ立って歩き出す。
「行っちゃう? でもせめてジュースにしようー?」
オフィスの電灯が落とされるのと同時に、シャットダウン処理が終了し、PCの電源が落ちて、ネットラジオの声も途切れた。
作者:あき缶 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2019年6月10日
難度:易しい
参加:6人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 0
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