●ほたる祭り
相沢・創介(地球人のミュージックファイター・en0005)は、集まったケルベロスたちにパンフレットを渡し始める。
「やあ、みんな。6月23日なんだけど、ほたる祭りがあるらしいんだ。せっかくだから、みんなと行きたいと思うんだけどどうだろう?」
夕方から夜にかけて、バザーや演奏会、最後はほたる鑑賞である。
場所はとある公園、そこのグラウンドを使い、ほたる鑑賞は公園からすぐの土手で行われる予定だ。
バザーについては、一般的な食べ物の屋台もあれば、フリーマーケットでもあるため皆それぞれ持ち寄って露店を開くことになっている。
「演奏会もフリーマーケットも、みんな参加可能だよ。楽しく過ごせるといいね」
演奏会は楽器の演奏はもちろん、歌もありだ。複数人で、あるいはひとりで。持ち時間は1曲といったところだろう。ある程度の設備は主催者側で用意してくれるそうだが、楽器やその他独自に必要なものは持ち込みとなる。
フリーマーケットは、不要になった日用品、本、あるいは出品者が手作りの品を売っている場合もある。こちらも複数人でも、ひとりでも参加できる。
屋台はたこ焼き、フランクフルト、焼きそばなども揃っており、食べ歩きも楽しそうだ。
「演奏会で弾く側、聴く側。フリマは売る側、買う側。どっちも楽しそうだ。みんな、よろしくね」
●缶チューハイ
捩木・朱砂(医食同源・e00839)は、鈍色地に灰青の縦縞しじらの浴衣を着て、隣に立つ女性を見やる。
白地に彼岸花の模様の浴衣で、祟・イミナ(祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟・e10083)は周囲の屋台へと視線を巡らす。
彼女の髪を彩る桔梗を模った青漆塗りの木彫りの簪が朱砂の視界に入れば、自然と口元が綻んだ。
「む、あれは酒か」
焼きそばやかき氷、たこ焼きなどもあるなか、イミナが目を止めたのは、缶チューハイを売る屋台。
テレビのCMで見かけるもの、スーパーなどで定番の商品ある。大きなたらいに氷水を張り、そこに缶をつけて冷やしていた。
朱砂が数回、屋台とイミナを交互に見やる。
「イミナ、お前さん飲むか? 俺は祟り上戸が発動しても大丈夫なようやめておこう」
「……なんだ、朱砂は素面で通すのか。そうだな、祟るのは勘弁しよう……まぁその方が今回は色々都合がいい」
頷いたイミナが買いに屋台へ歩み寄る。
缶チューハイをひとつ買う。昼間ほどの暑さはなくとも、やはり缶から伝わる冷たさはとても心地よい。
朱砂が周囲を見回すとベンチが目につく。そこへイミナを誘うと、2人はベンチへ座った。
美味しそうな匂いが辺りを漂う。親子連れや友人同士、恋人と思しき男女も多い。
行き交う人々を眺めながら、イミナは缶を開け、ゆっくりと飲み進める。
楽しそうな笑い声が聞こえる。祭り特有の喧騒はとても賑やかだ。
ふいにイミナが缶を朱砂へ差し出す。
「ん? もういいのか?」
「そうではなくて、やはり朱砂も飲むか?」
「……うん、まあ、な」
間接キス。朱砂はそんな想像をしたが頭を振った。中学生でもあるまいし、気にすることもない。
差し出された缶を手に取り、朱砂もチューハイを煽る。
もうすぐ蛍鑑賞の時間だ。
「――さて、そろそろ行くか」
「無論だ、こういったものは静かに見るのが風流なのだ」
朱砂が片手を差しだした。その手を取る勢いでそのままイミナは、朱砂の腕を包むように抱く。
想定した以上の重み。
しかし朱砂はイミナのしたいようにさせたままだ。
土手を歩きながら、蛍が見やすい場所を探す。仄かな明かりがいくつも草むらを照らしている。
「うむ、呪いのように酔いが回ったな……悪いが、このままほたるを見ようか」
どことなく棒読みのイミナに、朱砂は気づいているのかいないのか。イミナが寄りかかりやすいように、少し身を寄せる。
「ほら、よく捕まっておけよ」
●チョコバナナにりんご飴
蛍鑑賞にはまだ少し早い時刻。
陽が沈み、梅雨時期にある蒸し暑さも少し和らぐ。星がちらほら見え始める頃合い。
クリム・スフィアード(水天の幻槍・e01189)とルイーゼ・トマス(迷い鬼・e58503)は、バザーのほうへ足を向ける。
一般の屋台も並ぶなか、2人はチョコバナナとりんご飴の屋台の前で立ち止まった。
「私はチョコバナナで、ルイーゼはどれにする?」
「うーん、かき氷も迷うけど……せんぱい、りんご飴がいいな」
それぞれを買い終えたクリムとルイーゼは、休憩所へと向かう。
いくつかテーブルとイスが設置されており、既に数人が食べ物や飲み物を手にひと息ついているようだ。
屋台で買ったかき氷や焼きそばを、美味しそうに頬張る子どもたち。
子どもたちの様子がクリムの視界に入ると、僅かに笑みを浮かべ呟く。
「こういう時の食べ物って普通のはずなんだけど、どこか特別な味だよね」
「お祭りで買う食べ物は、どことなくわくわくすると思う。味わいが違うのは、きっとそのせいなのだろうよ」
「わくわくして楽しい味か、なるほど」
ルイーゼの話に、クリムは大きく頷いた。
日も暮れて、土手へと移動をすると他の人の邪魔にならないところで、持ってきたレジャーシートを敷く。
土手の傍だから、吹いてくる風も少し涼しい。
のんびりと他愛無い話をしながら、蛍の訪れを待つ。
「ほたるは幼虫や、さなぎのあいだにも光るらしい。光る仕組みは諸説あるらしいが……」
「それは知らなかった。ルイーゼは物知り――あ」
クリムがルイーゼの手に止まった蛍を指さす。
ルイーゼも笑みを浮かべ、蛍が逃げてしまわないようゆっくりと動かす。
「……手に止まったね。少し観察してみようか」
「わたしも観察していいかな?」
クリムは少しルイーゼへ身を寄せた。
●演奏会
もこもふに作った動物の小さなぬいぐるみを並べ、イッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)はマイペースに商売をしていた。
売上よりも楽しむことを優先し、店の前で立ち止まった客に丁寧に声をかける。
「どうぞ、良ければ手に取ってみてくださいね。……おや、あれは……」
「やあ、イッパイアッテナ。楽しんでるようで良かった」
イッパイアッテナが並べるぬいぐるみの前で、相沢・創介(地球人のミュージックファイター・en0005)が足を止めた。
創介は笑みを浮かべ応じる。なにやら袋を抱えており、中に入ってるのは食べ物のようだが、ひとり分には多すぎる。
「創介さん、誕生日おめでとうございます。……それは?」
「ありがとう。これはミリムにもらったんだ。お菓子とか……せっかくだし皆で食べるのもありかなと」
創介はその袋をイッパイアッテナの視界に入るように少し持ち上げた。
知り合い全員を集めるのは無理でも、途中で会ったケルベロスたちに声をかけるのもいいだろう。
「蛍鑑賞の時に頂くのも良いかもしれませんね」
「創介さん、ここにいたんですね。演奏会、空きがあるそうですよ! 1曲あがりましょう」
「それは良い。私も聴かせていただきますよ」
ミリムに手を引かれるまま、創介は会場へと向かう。イッパイアッテナもさっと店じまいをした後、会場へ足を向けた。
夕方の陽が落ちた時刻。団扇や扇子を仰ぐ音があちこちから聞こえる。下駄の音、美味しそうな食べ物の匂いが風に乗り、演奏会場も満たしている。
「それじゃあ、片翼のアルカディアを一緒に歌いませんか?」
「ああ、いいね。そうしようか」
新しい時代を築く力強い楽曲。
『――新たな時代(トキ)の 序章を刻め。
未来さえ追い越して Just like a tale of daylight。
始まる世界 夜明けの地平線へ』
観客席にはサーヴァントでミミックのザラキとともに、イッパイアッテナが耳を傾けていた。
友人同士、男女のカップル、親子連れなどそれぞれに聴き入っていた。
ステージの前にはイスがいくつも並び、その後ろには立って聴いている観客もいる。
ギター、ドラム、即興とはいえ合わせた二人の歌声がステージに響いた。
拍手。
そして一礼。
ステージを降り、2人はひとつ息を吐く。
ミリムは飲み物が用意されたテーブルへと足を進める。紙カップにはオレンジジュースのような液体。
そのひとつを創介へと差し出した。
「おつかれさまでした。喉乾きませんか? この飲み物もあげます」
「ありがとう……ごほっ、これ」
実は度数の低い梅酒。
創介は何の疑いもなく口に入れたが、飲みなれないせいか、やはり少し咳き込んだ。
その様子に笑いながらミリムが笑みを浮かべ、祝いの言葉を告げる。
「創介さん二十歳の誕生日おめでとうございます。ふっふっふっ、私と同い年です!」
●ほたるの光
屋台で買ったフランクフルトを、たこ焼きや焼きそばと蛍鑑賞の準備は万端。
神宮司・早苗(御業抜刀術・e19074)はルルド・コルホル(廃教会に咲くイフェイオン・e20511)は土手で蛍の訪れを待つ。
ルルドが胡坐をかいた上に早苗が座る。
時々買った食べ物へ口をつけながら、他愛ない話をする時間。
早苗はふいにルルドへと顔を向けた。
「そういえばルルド、知っとるか? ホタルの出す光って、熱をもたないんじゃって。あんなにちっちゃいのに、不思議が詰まってるのじゃなぁ」
「なんか化学反応で光るってのは知ってたが、熱くならねえのか……」
ルルドは感心したように早苗を見やる。彼女は大きく頷く。
「うむ、物事は大きさではないということなのじゃな!」
「……何を考えて大きさを例えに出したんだ?」
「……わかっとるくせにー、意地悪しちゃ嫌なのじゃ」
ルルドが僅かに首をひねり、問い返すが早苗は少し視線をさまよわせ、誤魔化すように答えた。
夜の闇に蛍の淡い光が宙に舞い始める。
梅雨明けにはまだ少し早い。しかし夏の始まり、今年の夏の計画を立てるには良い時期だ。
「この前は海に行ったし、今年は山へ避暑にでも行くか?」
「そうじゃな。今年も海に山に、色んな所に行きたいのう!」
今年もまたたくさんの思い出を作れる。そんな夏の始まり――。
●簪
天瀬・水凪(仮晶氷獄・e44082)と碓氷・絃(過世の跫・e47989)は、落ち着いた足取りで様々な出店を見て回る。
しかしどちらも、物静かな性格。ぽつぽつと口に乗せる言葉は、まるで水面に広がる波紋を思わせる。
水凪の所作に合わせて、青銀の髪が揺れる。
「たまには、こういうのも良いものだな……絃?」
絃がいるはずの方向へ視線を向けたが、あるはずの姿がない。
少し視界をずらせば、こちらへ歩み寄る彼の姿が目に入った。
「――水凪、これを」
「……簪?」
青と水色の花、それに蕾が模られた簪だ。
絃は水凪の髪飾りの傍へそっと差しながら告げる。
「俺から贈らせてください」
水凪は満面の笑みを浮かべゆっくりと頷いた。
●夜を蛍と
狼炎・ジグ(恨み喰らう者・e83604)は、熱い鉄板を前に、時折愚痴をこぼす。
「くそっ、誰だよ。生活費稼ぐために蛍が光るまでの間、屋台開くかって考えついた馬鹿は!」
右手で焼きそばを、左手でたこ焼きを回しながら呟くが、考えついたのはジグ本人である。
夜の涼しさを求めてか、日暮れが近づくにつれ、人も増えていく。楽しそうな声に下駄を鳴らす音、綺麗に着飾り浴衣を着た女性はひと際目をひく。
「おにいさん、焼きそばひとつお願い!」
「はい、いらっしゃい! 毎度あり!」
愚痴をこぼすとはいえ、客の前ではきっちりと商売している。ひとまずの生活費にはなるだろうか。
それなりの繁盛を見せたジグの屋台。ひとしきり稼ぎ終えれば、蛍鑑賞には時刻も良いころだ。
蛍もそろそろだろうと、屋台を閉め、ジグは土手へと向かった。
場所を定めるでもなく、ゆっくりとした足取りで柔らかなその光を楽しむ。
イッパイアッテナは夜目を利かせ、緑の光を眺める。
ザラキは口を閉じたまま、じっと静かに佇んでいた。
「あんた、確かイッパイアッテナだったか」
「ジグさん、良い夜ですね」
2人はすれ違いざまに軽く会釈して、挨拶をかわした。互いに足を進めた。
ジグはイッパイアッテナの背を見送る。
「蛍は綺麗だとは思うが……随分と数が減ったらしいな」
今では蛍も滅多に見られなくなっている。
思い思いに蛍の光を楽しむ人々の間をすり抜けた。
ふいにジグの視界に1匹の蛍。
なかなか見られない、だからこれほど綺麗だと思うのか。
けど、それも――。
「悪かねえか……なあ、おまえもそう思うだろ?」
ジグは誰に言うでもなく、ぽつりと呟いた。
それぞれの、夏の始まり。今年はどんな思い出が作れるのか。
思い思いにほたるを楽しみながら、祭りの一夜が過ぎていくのだった。
作者:宮下あおい |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2019年6月24日
難度:易しい
参加:11人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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