何ガ知リタイ?

作者:麻香水娜

●目覚めは夕陽に照らされて
 夕陽に染まる閑静な住宅街の外れにある1軒の空き家。
 庭の片隅にある物置には、処分されずに放置されている玩具や道具等が入っていた。

 ――カタカタ、カタカタ……。

 物置から小さな物音がする。続いてパァっと戸の隙間から光が漏れた。

 ――バーン!!

 物置の戸を内側から破って出てきたのは、巨大化してノートパソコンのようになった電子辞書──だったダモクレス。
 底面には少し大きめのキャスターが4つ付いて、側面からは機械のような腕が生えている。
『調ベロ! 調ベロ!』
 機械的な音声を上げ、生えた腕に持っていたチェーンソー剣を振り回しながら庭から飛び出していった。

●夜がくる前に
「電子辞書が11年ぶりの売り上げアップだそうですね」
 祠崎・蒼梧(シャドウエルフのヘリオライダー・en0061)が唐突に口を開く。
「電子辞書……。スマホの普及で電子辞書を使う場面も減りそうですのにね」
 嫌な予感が頭を掠めたが、話に乗ったクラウディオ・レイヴンクロフト(羽蟲・e63325)が意外そうに顔を向けた。
「英語教育の低年齢化というものがあるそうですが、子供にスマホを持たせると遊んでしまうから、電子辞書の方がいい、という意見もあるみたいです」
 クラウディオが、なるほど、と頷くと、今まで穏やかだった蒼梧の顔が引き締まる。
「その電子辞書ですが、空き家の物置に置き去りにされていたものがダモクレス化します」
 嫌な予感が当たったか、とクラウディオの眉間に皺が寄った。

 時刻は17時すぎ。
 物置のある庭はそこまで広くはないが、戦闘するには支障はない広さはある。
 庭には空き地が隣接しているが、無人の建物を挟んで反対側には、人が住んでいる住居が隣接しているので注意が必要だ。
「つまり、庭で待ち構えて外に出さないようにするのが一番ですか」
 ふむ、とクラウディオが顎に手を当てて呟いた。
「えぇ。それに、時間が時間ですので、そこまで多いわけではありませんが、外は人通りもあります」
 万が一に備えて人払いの対策があった方が安全でしょう、と続ける。
「このダモクレスですが、チェーンソー剣を装備していまして──」
 状態異常付与を得意としているから注意して下さい、と説明を締めくくった。
「すぐ近くに人の住んでいる住宅がありますし、外れではありますが住宅街です。急ぎ、ダモクレスの撃破をお願い致します」


参加者
四辻・樒(黒の背反・e03880)
月篠・灯音(緋ノ宵・e04557)
鞘柄・奏過(曜変天目の光翼・e29532)
フィーラ・ヘドルンド(四番目・e32471)
終夜・帷(忍天狗・e46162)
交久瀬・麗威(影に紛れて闇を食らう・e61592)
星奈・惺月(星を探す少女・e63281)

■リプレイ

●被害を出さない為に
「辞書か、最近あまり使う機会がないな」
 四辻・樒(黒の背反・e03880)が、問題の電子辞書が入っているという物置を見ながら、ぼそりと呟く。
「灯はどうだ?」
 そして、隣で周囲を見渡している月篠・灯音(緋ノ宵・e04557)に問いかけた。
「月ちゃんも使わないのだ。奏兄はどうなのだ?」
 灯音はホースリールを持つ後ろ姿に問いかけた。
「私もあまり使いませんね」
 振り向いた鞘柄・奏過(曜変天目の光翼・e29532)は穏やかに苦笑して、『これを邪魔にならない場所に置いてきます』と玄関の方へ向かう。
「鞘柄が電子辞書を持つと、出来るビジネスマンっぽくなりそうだ」
 事前に障害物を片付けておくという気遣いをする奏過の背に、樒はそんな感想を抱いた。
「電子辞書……私はお世話になっておりますよ」
 周囲の状況を見ながら物置に意識を集中しているクラウディオ・レイヴンクロフト(羽蟲・e63325)が呟くと、終夜・帷(忍天狗・e46162)が意外そうにその顔を見た。
「いがい、ね」
 そして、表情こそ変わっていないフィーラ・ヘドルンド(四番目・e32471)は声に出す。
 帷もフィーラも、クラウディオが紙の本を読んでいるところを多く見るし、紙の辞書ではなく、電子辞書の世話になっているとは想像できなかったから。
「……勿論、どちらかというと紙の辞書の方が好きですが、持ち歩きやすいという点で電子辞書は便利なのですよ」
 自分をよく知る2人の反応に軽く苦笑したクラウディオは補足する。
「テープ貼り終わりました」
「ついでに歩いてる人には早く離れるように言っておいたよ」
 そこへ、キープアウトテープを貼りにいっていた交久瀬・麗威(影に紛れて闇を食らう・e61592)と、テープ貼りを手伝いながら見回りをしてきたファラン・ルイ(ドラゴニアンの降魔拳士・en0152)が合流した。
 ありがとう、お疲れ様、と労う仲間達の言葉に麗威もファランも微笑んで応える。
「じゃあ……」
 フィーラがすっと視線を鋭くして殺気を放った。
「……」
 ふと帷が無人の建物に顔を向ける。
「ん? あぁ、星奈さんがちゃんと言ってきてくれますよ」
 建物の向こうにある隣家の事を考えたのだろうと、麗威が微笑んだ。

「もうすぐ……この付近で戦闘起きる……けど。ケルベロスが絶対に守る……から。今は外に出ないで……。ね?」
 インターホンを押したら応対に出た女性に、星奈・惺月(星を探す少女・e63281)が、隣人力を使いながら説明する。
「強い仲間も、一緒……。外にさえ出なければ、絶対大丈夫……」
 ビクリと緊張を走らせた女性に、更に安心させるように言葉を続けた。

●教えて!
「使われなくなってしまうのは、かなしいこと、だけど」
 建物の陰から物置を見つめるフィーラが表情はそのまま、少しだけ声に寂しさを乗せてぽつりと零す。
「使われない道具というのも悲しいですが、人を襲う前に鎮めましょう……」
「人に被害が出てからでは遅いしな」
 物陰に息を潜め、離れたフィーラの声が聞こえたわけではないが、奏過も小さく息を吐き、隣の樒も頷いた。

 その時、物置の隙間から光が漏れ、全員が身構える。

 ――バーン!!

 物置の戸が内側から飛ばされ、ノートパソコンのようになった電子辞書──だったダモクレスが現れた。
「こちらですよ!」
 自分に注意を向けさせるべく、空き地を背にするように奏過が飛び出した。
『調ベロ! 調ベロ!』
 奏過の目論見通り、ダモクレスはチェーンソー剣を振り回しながら突撃する。
「……くっ」
 腕を体の前で交差して防御態勢を取ると、腕の上から大きく斬り裂かれた。
「チェーンソーふりまわすのは、やりすぎ」
 ダモクレスの背後からぼそりと呟いたフィーラの指先に暗く黒い魔力が篭る。
「届いて」
 ダモクレスを指さすと、指先から生まれた鳥が分厚い蓋に嘴を突き立てた。そこへタイミングを合わせた帷から激しい雷が放たれた。
「電子辞書なのだー!」
「勝利のためにも、確実な一手を積み上げていくとしよう」
 灯音が巨大化してキャスターで自走する電子辞書だったダモクレスに瞳を輝かせながら、ケルベロスチェインを展開して前衛を守護する魔法陣を描き、樒は地面に守護星座を描いて後列を守護した。
「封じさせてもらいます……その武器を!」
 グラビティで鎖を形成した奏過は、その鎖に雷に似たグラビティを纏わせ、チェーンソー剣に絡みつかせる。
「『物言えば唇寒し秋の風』って何?」
 ふいに麗威がダモクレスに問いかけた。
『物言エバ唇寒シ秋ノ風……人ノ悪口ヲ言エバ、後味ノ悪イ思イヲスル。転ジテ、何事ニツケテモ余計ナ事ヲ言ウト、ォオ!?』
 答えの途中で右側と左側から挟撃するような衝撃を受けたダモクレスの言葉が止まる。
「災いを招くんだっけ……災いってこういうこともいうのかねぇ?」
 実は質問の答えを既に知っていた麗威が、黄金の角を伸ばしていた左拳を振りながら、にやりと口端を歪めた。
「そもそもダモクレスが災いとも言えると思いますが」
 麗威と連携攻撃で反対側から煌めく足で飛び蹴りをしたクラウディオが、軽やかに着地しながら軽く肩を竦める。
「♪あなたの心が暗い悲しみに囚われていたとしても~」
 隣家の住人に説明して戻った惺月の歌声が響くと、奏過の周囲で星々が舞い踊り傷と共に破られた服も修復した。
「お帰り。お疲れ様」
 ファランが惺月に分身の幻影を纏わせながら笑いかける。
「ありがとう……。がんばろ」
 惺月の表情は変わっていなかったが、その声から感謝と、今さっき声をかけてきた隣家の一般人を絶対に守るという意思が感じられた。

●答えて!
 ダモクレスがキーボードのキー全てからミサイルポッドを出し、前衛目掛けて大量のミサイルを発射する。
「私はヘドルンドさんを!」
「帷くん伏せてください!」
 奏過が声を上げてフィーラの前に移動すると、麗威が帷の前で両腕を広げて、それぞれが2人分のミサイルを受けた。
 ぽんと麗威の肩を軽く叩いて感謝を伝えた帷が、さっとダモクレスの前に出ると、
「……色即是空、分かる?」
 ぼそりと質問する。
『色即是空……物質的ナ存在ハソノ真相、ソノ当体ニオイテ空(クウ)デア、リィ!!』
 ダモクレスは、またもや質問の答えの途中で、帷の緩やかな弧を描く斬撃で右前のキャスターを斬り裂かれた。
「『壁際』の意味は何だ?」
 樒が地面に守護星座を描き前衛に守護をつけながら傷つく奏過と麗威を回復しつつ、少しでも時間を稼ごうと意地悪く口元を歪める。
「辞書ならなんでも分かるのだ? 月ちゃんも色々きいてみたいのだ」
 仲間達が質問する様に目を輝かせた灯音だが、質問の前に回復をしなければと、前衛に薬液の雨を降らせた。
『壁際……壁ニ接シタァ!!』
 ダモクレスが樒の質問に答えていると、フィーラが出した御業が鷲掴みにする。
「有難う御座います。助かりました」
 奏過が、まだ若干体に痺れが残っていたが、回復と支援をしてくれた2人に微笑むと、オウガメタルを『鋼の鬼』と化してモニタに拳を叩き込んだ。
「嗚呼、もう……止められない」
 霊威もまだ若干痺れが残っていたが、それをダモクレスへの怒りに変えて全身に赤い雷を纏わせる。思い切り左手で殴りつけ、タイミングを合わせたクラディオの魔導書から招来した『混沌なる緑色の粘菌』がダモクレスを包み込んだ。
 仲間達の動きをよく観察していた惺月は、生きる事の罪を肯定するメッセージを歌い上げて奏過と麗威の痺れを取り除き、ファランがケルベロスチェインを展開して更に前衛を守護する魔法陣を描く。
『チャント! 調ベル!!』
 何度も質問の回答をしている途中で攻撃されて腹を立てているのか、今までより大きな音量で叫ぶと、惺月目掛けてモニターからエネルギー光線を発射する。
「星奈さん!」
 ダモクレスの向きで惺月を狙っていると察知した麗威が体を割り込ませて盾となった。
「月ちゃんの超必殺技なら辞書に載ってて当然なのだ。『秘! 奥義連続高速でんぐり返し! 前転』を調べるのだ」
 灯音が自慢げな顔で鼻を鳴らす。
『???』
 モニターをチカチカさせて中々答えないダモクレス。
「わからないのだ? ならば、手乗り月ちゃんの必殺技思い知るがいいのだ!」
 ビシっと指を突きつけた灯音は、ちらりと樒に目配せした。無言で頷いたのを確認すると、手乗りサイズにまで体を縮め、高速ででんぐり返しをしながらダモクレスに突撃する。
「厄介な敵だが、灯と連携すれば怖れる事もあるまい」
 目配せされた瞬間、空の霊力を帯びさせた武器で、ダモクレスの傷跡を正確に斬り広げた。
『!!!!』
 バチバチっとダモクレスから火花が散る。
 もう一息だと、素早く背後に回り込んだ帷が突きに特化した忍者刀を突き立てた。すると、帷の動きに合わせたクラウディオがダモクレスの頭上に魔法の断裁機が召喚しており、
「貴方には『おつかれさま』、と言うべきなのかもしれませんね」
 言葉と共にその刃が落ちて、モニタ部分とキーボード部分を真っ二つに断裁する。
『シ、ラベ……ロ……』
 最後に壊れたロボットのような低いノイズ混じりの音声を出したかと思うと、プツンと電源が切れるような音がして動かなくなった。

●おやすみなさい
「最後に『おつかれさま』の意味を調べて頂く前に終わってしまいましたね」
 クラウディオが、真っ二つになったダモクレスの残骸を見下ろして呟く。
「……色々意味がすぐ出てくるのは凄かったな」
 片づけをしながら近くを通りかかった帷が後ろから覗き込んだ。
「やっぱり僕は、電子辞書より紙の辞書がいいなぁ……なんて」
 怪力王者を使って、崩れてしまったブロック塀を片付ける麗威が漏らす。
「れいは、電子辞書、だめ?」
 飛び散っているダモクレスの破片を拾い集めるフィーラが表情を変えないままに小首を傾げた。
「駄目ではありませんが、僕は分厚い辞書もいいと思います」
 ブロックを一か所に集めながら微笑む。
「お疲れ様でした……助かりました。いい動きでしたねっ」
 奏過が、安心して仲間の盾となれたのは、一気に回復させてくれた惺月の力も大きいと改めて微笑んだ。
 彼女とは顔見知りだが、共に戦ったのは初めてで、その頼もしさに自然と目元が和らぐ。
「奏過も……。敵、引き付けたり……。味方、庇ったり……。お疲れ様」
 惺月の表情は殆ど変わっていないが、優しげな笑顔を真っ直ぐ見つめて応えた。
「さて、終わったか。お疲れ様、灯」
 手乗りサイズに体を縮めたままの灯音を肩に乗せた樒が、そっと撫でる。
「お疲れ様なのだ! しきみーん。月ちゃん帰るのだ!」
 樒の髪をちょいちょい引っ張った灯音は、満足げに笑顔を広げた。

作者:麻香水娜 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年5月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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