点心禁猟区

作者:土師三良

●点心のビジョン
 晩春とも初夏ともつかぬ麗らかな五月の某日。
 所狭しと並んだ屋台から、得も言われぬ香りを伴った湯気が流れ、鍋を火にかける音や油の弾ける音などが聞こえてくる。
 ここは屋台街……ではなく、海が見える小高い丘の上の児童公園。とあるイベントが開催されようとしているのだ。
 園内のところどころに立つ幟にイベントの名が(少しばかり暑苦しい惹句とともに)記されていた。
『点心の道を渾身の力で前進あるのみ! 食い倒れる時も前のめり! 令和最初の点心フェスティバル!』
 そう、点心フェスティバル。各屋台で売られているのは、餃子に焼売、小籠包、春巻き、ワンタン、八宝飯、春餅、月餅、マンゴープリン、杏仁豆腐に胡麻団子……中にはイチゴ大福やタピオカアイスなど点心どころか中華料理の範疇にさえ入っていないものもあるが、その程度のことでクレームをつける野暮な者などいないだろう。
 ただし、ビルシャナを除く。
「ふざけるなぁーっ!」
 入り口に置かれていた虎縞のバリケードを蹴倒して、ビルシャナが公園に乱入してきた。
「ワクワクしすぎて開始二時間前に来てしまったが……なんだ、この有様は!? バラエティー豊かってレベルじゃねーぞ! 点心といえば、桃饅一択だろうが!」
 暴論にして愚論である。
 しかし、ビルシャナは反論する暇を与えることなく、公園内の人々に怒鳴り続けた。
「桃饅以外のものを売ってる奴らは一列に並べ、コラァ! 端から順に殺してやっからよぉ!」

●アラタ&ザイフリートかく語りき
 ヘリポートに召集されたケルベロスたちの前で、ヘリオライダーのザイフリートが美味そうな桃饅を手にして立っていた。
「桃饅というのは――」
 桃饅を二つに割り、黒々とした餡を覗き込むザイフリート。
「――桃の果肉を詰めた中華饅のことではなかったのだな」
「うん。そういう商品を扱ってる店もあるそうだが、普通の桃饅には桃は入ってないぞ」
 ケルベロスの一人であるアラタ・ユージーン(一雫の愛・e11331)が苦笑を浮かべた。
「でも、桃が入っていなくても美味いじゃないか」
「……うむ」
 どこか神妙な顔をして桃饅の片割れを頬張るザイフリート。
 その様子をにこやかに見守るアラタ。
 仲の良い親子か兄妹、あるいはドッグフードを無心に貪る大型犬(利口だが、妙に要領が悪い)と飼い主の少女といった雰囲気である。
 やがて、桃饅の片割れを食べ終えた大型犬ならぬザイフリートは、残った片割れを手にしたまま、本題に入った。
「本日、茨城県日立市の公園で『点心フェスティバル』なる催しが開かれる。多種多様な点心を堪能できるというそれはもう素晴らしい催しなのだが、そこに無粋なビルシャナが出現するのだ」
「まーた、ビルシャナか」
 ケルベロスたちの心中を代弁するかのようにアラタが溜息をついた。
「で、そいつはどんな教義を掲げてるんだ?」
「『桃饅以外の点心は認めない』というふざけた教義だ。しかも、それをただ主張するだけでなく、桃饅以外の商品を売ってる出店者たちを皆殺しにするつもりでいるらしい」
 今回のビルシャナに信者はいない。また、事件が起きるのはイベントの開始時間よりも前なので、公園にいるのはイベントの関係者および出店者だけ。彼らさえ避難させれば、なんの支障もなく戦闘をおこなえる。
「ビルシャナの主張に賛同するなり反対するなりして注意をひき、その間に出店者たちを避難させればいい。ビルシャナの戦闘力はさして高くないので、簡単に倒すことができるだろう。そして、倒した後は――」
「――イベントに参加していいんだな?」
 アラタが目を輝かせて後を引き取ると、ザイフリートは力強く頷いた。
「その通り! 心ゆくまで点心を食らうがいい!」
 そして、残っていた桃饅の片割れにかぶりついた。


参加者
ロナ・レグニス(微睡む宝石姫・e00513)
リーズレット・ヴィッセンシャフト(幸福論にラプソディア・e02234)
琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)
ゼノア・クロイツェル(死噛ミノ尻尾・e04597)
アラタ・ユージーン(一雫の愛・e11331)
ナクラ・ベリスペレンニス(ブルーバード・e21714)
オリヴン・ベリル(双葉のカンラン石・e27322)
ユーシス・ボールドウィン(夜霧の竜語魔導士・e32288)

■リプレイ

●その丸きこと、桃饅の如く
 ついに終わる時が来た。
 週刊ペースのバトル漫画ならば、単行本十冊分もの長期展開で描かれるであろう激闘が。
 ちなみに実際にかかった時間は五分弱である。
「おまえのナンバーワンが桃饅なら、それでいい!」
 レプリカントのアラタ・ユージーン(一雫の愛・e11331)が放つは必殺のスパイラルアーム。
「でも、他の者にも譲れないナンバーワンがあることを知れ! みんな違って、みんな良いんだぞぉーっ!」
「ぐうぁぁぁーっ!?」
 ドリルと化した右腕に左胸を抉られて絶叫するビルシャナ。
「こ、この栗本・柿太郎の……全世界桃饅化計画が……こんなところで潰えてしまう……とは……」
 最後の最後に自分の名を明かして、桃饅を愛しすぎたビルシャナ――栗本・柿太郎は逝った。
「コケェーッ!」
 丸々と太った鶏が勝ち鬨をあげた。ファミリアロッドの彩雪である。
「さゆきち、いつになく頑張っていたなー」
『さゆきち』こと彩雪を見て、オラトリオのリーズレット・ヴィッセンシャフト(幸福論にラプソディア・e02234)が笑った。少しばかり苦笑寄りの笑みになっているが、それは彩雪が頑張っていた理由がよく判っているからだ。
 彩雪の主人であるサキュバスの琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)がその理由を口にした。
「きっと、戦闘後の点心フェスが待ちきれなかったのでしょうね。いつも、この調子で戦ってくれたら、こちらとしても助かるのですが……」
「コケコケコケーッ!」
 主人の嘆きなど気にかける様子も見せず、『はやく点心を食わせろ!』とばかりに翼をばたつかせる彩雪。その横ではテレビウムのアップルが困惑の顔文字を頭部の液晶に表示して、淡雪ファミリーの唯一の常識人枠であることをさりげなくアピールしている。
 アップルの他にもテレビウムはいた。ドワーフのオリヴン・ベリル(双葉のカンラン石・e27322)のサーヴァントである地デジだ。
「ビルシャナさん。とっても、強敵だった」
 地デジの頭を撫でながら、オリブンはビルシャナとの激闘を思い返した。
「ただ強いだけじゃなくて、未来への大きな展望を持ってたね。まさか、桃饅の葉っぱ飾りに関する文化的価値と今後の発展性について、あんなに熱い議論になるなんて思わなかった……」
「そうね」
 しみじみと頷いたのはユーシス・ボールドウィン(夜霧の竜語魔導士・e32288)。キツネの獣人型ウェアライダーだ。
「議論が変な方向に進んで、現金一億円を賭けた桃饅デスゲームなんてものが始まった時はどうなることかと思ったわ。まあ、そのトーナメントも、中華料理のダークサイドを牛耳る暗黒点心会が介入したせいで有耶無耶に終わってしまったけど」
 桃の葉を模した飾りが持つ大いなる可能性、桃饅デスゲームの突然の開催と意外な結末、そして、暗黒点心会の野望――そのすべてを記すには、あまりにも時間が足りない。
 だが、そもそも記す必要などないのだ。
 単行本十冊分(実際にかかった時間は五分弱)に相当する激闘はケルベロスたちの記憶にしっかりと刻まれたのだから。
 たぶん。
 おそらく。
 まあ、忘れてしまったところで、なんの問題もないのだが。

 そして、点心フェスティバルが始まった。
「まずは、あの鳥が喚いていた桃饅から食べてみるか」
「うん」
 猫の人型ウェアライダーのゼノア・クロイツェル(死噛ミノ尻尾・e04597)とシャドウエルフのロナ・レグニス(微睡む宝石姫・e00513)が同時に桃饅にかぶりついた。
 しっかりと咀嚼して皮の触感と餡の甘みを堪能した後、顔を見合わせる二人。
「王子が言ってた通り、中に桃が入っているわけではないのだな」
「メロンパンと同じよな物なのかな? あれにもメロンは入ってないし……」
「ちょっと違うと思うぞ。まあ、なんにせよ、悪くないな。甘すぎるような気もするが」
「普通の桃饅も結構ですが――」
 ゼノアとロアの傍では淡雪が視線を巡らせ、お目当ての商品を探していた。
「――大きな桃饅の中に小さな桃饅が入ってる子持ち桃饅はないのかしら?」
「子持ち桃饅?」
「結婚式のお祝いとかで配られたりするお菓子ですわ」
 と、首をかしげるロナに淡雪は語って聞かせた。獲物を狙う猟師の目で子持ち桃饅を探し続けながら。
「その桃饅を持ち帰ると、幸福が訪れるという話を聞いたことがあります。結婚式のお祝いによって得られる幸福とは、つまり――」
「――ハッピーウェディングか! ならば、私もゲットせねば!」
 リーズレットが後を引き取り、同じような目をして子持ち桃饅の狩りを始めた。
 またもや困惑の顔文字を浮かべて、その様子を見つめるアップル。『見つけるべきは子持ち桃饅じゃなくて、相手となる男の人なのでは?』と思っているのだろう。
「子持ち桃饅でなくても、幸せは訪れるかもしれないぞ」
 鼻息を荒くして子持ち桃饅を求める淡雪とリーズレットにアラタが声をかけた。優しい笑みを浮かべて。
「桃饅には、食べる人を祝う気持ちや幸福を願う気持ちがたっぷり詰まってるんだからな」
「さすが、アラタ。良いこと言うねー」
 と、オラトリオのナクラ・ベリスペレンニス(ブルーバード・e21714)も笑顔を見せる。
 そして、大きな桃饅をナノナノのニーカに差し出した。
「桃饅ってのはビジュアル的にうちの可愛いニーカに似合うと思ったんだけど……お? 案の定、ぴったり!」
「ナノー!」
 歓声らしきものをあげて、ナクラの手の中の桃饅を食べ始めるニーカ。
 ナクラは反対の手でスマートフォンを構え、桃饅なめのニーカの姿を写真に収めた。
「いいよ、いいよー! すっごく可愛いよー!」
 桃饅の向こうから頭を半分ほど覗かせるニーカは確かに愛らしかった。
 もっとも、遠目に見ると、ニーカの頭と桃饅との区別がつかないかもしれない。それほどまでに両者の色と形は似通っていた。
「桃漫ならぬナノ饅が売り出される日も遠くなさそうだな」
 と、ゼノアが呟いた。

●その熱きこと、小籠包の如く
「確かに桃饅は美味しいわ。ビルシャナが推していた気持ちも判らないでもない。でも、やっぱり、桃饅だけじゃ寂しいわよね」
 ユーシスが飲食スペースのテーブルの前に陣取り、誰にともなく語り出した。
「翡翠餃子、湯葉春巻き、韮饅頭、中華ちまきといった軽食やおかずになるものもあれば、月餅や杏仁豆腐や胡麻団子なんかみたいなデザート系もある。その多種多様なところが点心の魅力の一つだというのに、桃饅ばっかり食べてたら……絶対に飽きちゃうわ。ただでさえ、女というのは欲張りでわがままなものなのよ。そういう女心を理解できなかったのだから、あのビルシャナはきっとモテなかったのでしょうね」
 立て板に水といった調子で話し続けるユーシス。
 その隣の席では――、
「……」
 ――離婚歴のあるヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)がなんともいえない複雑な顔をしていた。
「どうしたの、ヴァオさん? 料理の名前を羅列されて、食べる前から胸焼けしたとか?」
「いや、女心がどういうとかいう言葉に心を抉られて……」
「ははは」
 と、同席していたアラタが苦笑して、哀れなヴァオのために話題を変えた。
「ところで、ヴァオが好きな点心はなんだ?」
「やっぱ、餃子かなー。蒸してよし、焼いてよし、揚げてよし! 本場中国では主食らしいけど、ご飯のお供としても優秀!」
「餃子……いいですよねー」
 オリヴンが話に加わり、割り箸で摘んでいたものを小さな口に放り込んだ。中の餡が少しばかり透けて見える海老蒸し餃子だ。
「うーん! 皮がムチムチしていて美味しい。中の海老もプリプリですー」
「初めて餃子を食った時は驚いたわ。ラビオリみたいなもんだっていうイメージがあったけど、ぜっんぜん別物だったから」
 と、地中海系の血を引くナクラが言った。
「むしろ、このワンタンのほうがラビオリ入りのスープに近いかも。近いっつっても、スープの味付けとかはけっこう違うんだけど……でも、美味いんだよなー」
 彼の前にはワンタンだけでなく、ちまきや胡麻団子も置かれていた。傍らではニーカがあいかわらず桃饅を貪っている。
「オリヴンの餃子も美味そうだな。俺にもちょっと分けてよ。このちまきとトレードってことで」
「どうぞ、どうぞ」
 テーブルの上を箸と箸が行き交い、点心と点心が位置を入れ替え、笑顔と笑顔が感謝と喜びを伝え合う。
「あー、こうやってフランクにつまめるのも点心のいいとこだなー」
「そうね」
 ナクラの言葉にユーシスが同意を示した。
「いろんな種類がある中から好きなのをちょっとずつ味わえるのはとても楽しいわ。まあ、人によっては――」
 近くにある屋台をちらりと見やる。
「――『ちょっとずつ』だけじゃなくて、たっぷりかもしれないけど」
 その屋台の前にいるのはリーズレットと淡雪。前者は黒糖タピオカミルクの入った紙コップを、後者は缶ビールを手にしている。ちなみに何軒目の屋台なのかは二人ともに覚えていない。
「甘いものについつい目がいってしまうが、今はまだおかずのフェイズだ。この担々麺をいってみようか、淡雪さん」
「ええ! いっぱい食べますわー!」
 四対の目を食欲にぎらつかせて、担々麺を胃の中に収めていく一行。何故に四対なのかというと、リーズレットの左右の肩に薄青と薄紫のハムスターが乗っているからだ。
「ここに来れなかった友達への……もぐもぐ……お土産を選ぶためにも……もぐもぐ……食べられるだけ食べないと……もぐもぐ」
 と、自分に言い訳しながら、淡雪やネズミたちとともに新たな屋台に繰り出すリーズレットであった。
 そんな彼女たちと擦れ違ったのはゼノアとロア。
「小籠包のセットを買ってきたぞ。皆で食べよう」
 アラタたちと同席し、大きな小籠包をテーブルの中央に置く。
 それを開けると、湯気が濛々と立ちのぼった。
「熱々だから、気をつけろよ」
 と、皆に注意を促しつつ、ゼノアは一番槍ならぬ一番箸を湯気の中に突き入れて、小籠包を口に運んだが――、
「……熱っ!?」
 ――自身が真っ先に悲鳴をあげることとなった。
「あちっ!? ひ、ひひゃ、やへどひは!」
 ロアも同じような悲鳴を発し、『舌、火傷した』と言いながら、冷たい水を口に含んだ。彼女の小籠包はベジタリアン仕様だったが(肉が食べられないのだ)、熱さは通常の物と変わらなかったらしい。
 一方、オリヴンは慣れた手つき(口つき)で小籠包に挑んでいた。先を少し齧り取り、中身のスープを慎重に吸い取った後、残りを黒酢につけて生姜の千切りとともに食べる。
 そして、締めは関西弁のコメント。
「ん~! 肉汁の手榴弾や~!」
「……なにそれ?」
 舌の火傷も忘れて、きょとんとした顔で尋ねるロア。
 すると、オリヴンもきょとんとした顔を返した。
「え? これが小籠包を食べる時の作法だと教わったんですけど?」
「にゃあ!」
 否定とも肯定ともつかぬ鳴き声を出したのは『先生』という名のウインッグキャット。アラタのサーヴァントである。
 鳴き声が否定の意であれば、自分で正しい作法を示し、肯定であれば、オリヴンと同じような食べ方(関西弁の食レポめいたコメントはできないだろうが)をするはず……と、皆は期待したのだが、先生は動こうとしなかった。ただ、じっと小籠包を見つめている。
 どうやら、冷めるのを待ってるらしい。
「ウイングキャットだけあって、先生も猫舌なんだな」
 アラタが小籠包を箸に取り、先生のためにふうふうと冷まし始めた。

●その甘きこと、杏仁豆腐の如し
「あの八宝飯というのは飯なのか菓子なのか判らなくて、ちょっと戸惑ったが……まあ、おはぎみたいなものだと思えばいいか」
 小籠包を食べ終えたゼノアはテーブルをまた離れて、デザートを求めて屋台を巡っていた。
 もちろん、ロナも一緒だ。
「これ……甘くて、とろっとして、おいしい」」
 マンゴープリンをスプーンで掬っては口に運び、目を細めるロナ。
 だが、その目はすぐに大きく見開かれた。
 ゼノアが杏仁豆腐を食べ始めたからだ。
「うん。さっぱりして、甘さもほどよい。俺としては、八宝飯よりもこっちのほうが……ん?」
 ロアが目を大きくして杏仁豆腐を凝視していることにゼノアは気付いた。ロアの長い耳がリズミカルに動いていることも。
「べ、べつにたべたいとか、おもってない……よ?」
 自覚なき耳の上下運動を続けながら、ロアは慌てて己の欲望を否定した。
 その言葉を真に受けるほど愚かなゼノアではない。また、その嘘を暴いてみせるほど野暮でもない。
「そうか。でも、俺はそのプリンがちょっと食べてみたいんだ。よかったら、シェアしないか?」
「……うん」
 互いのデザートを一口ずつ分け合う二人であった。

「点心もそうだけど、中国茶も種類が多くて奥が深いのよね」
 白茶の入った蓋碗をキツネ特有の長い口吻の先で軽く揺らすユーシス。
「私、普段はスナックで働いているんだけどね。点心っていうのは冷凍食品なんかでも種類が多くて、業務用とか利用すれば、お店で出すのも楽なのよ。レンジでチンすれば、すぐにできちゃうし。でも、中国茶は美味しく淹れようと思うと……温度とか、抽出時間とか、けっこう大変なのよねぇ」
「ふーん。じゃあ、このお茶も『けっこう大変』な過程を経て出されたのかな? ちゃんと味わって飲まないとバチが当たるかもー」
 ナクラが茶を一口すすり、世にも幸せそうな顔をして何度も頷いた。
「うんうんうんうん。胡麻団子に合う。ニーカも飲んでみるか? ……って、まだ桃饅を食べてたのか。よっぽど、気に入ったんだな」
 ニーカだけでなく、オリヴンも桃饅を味わっていた。もっと早い段階で食べる機会はあったのだが、デザートとして取っておいたのだ。
 屋台を回っていたリーズレットと淡雪も皆と同じテーブルでデザートを楽しんでいた(淡雪が手にしている缶はビールから梅酒に変わっていた)。
「デザートは別腹っていうけど――」
 ニーカから三人の仲間にナクラは視線を移した。
「――キミら、食べ過ぎでないかい?」
「大丈夫です。さっき、運動しましたから。実質、ぜろかろりー」
 理論になっていない理論を披露して、オリヴンは新たな桃饅を頬張った。『運動』というのは、単行本十冊分(実際にかかった略)を費やした、ビルシャナとの激闘のことである。
「そう! 運動すれば、問題ない!」
 と、自信満々にリーズレットが断言した。それに合わせて両肩の上で胸を張るネズミたち。
「まあ、それでも太ってしまったら……一緒にダイエットだな、淡雪さん」
「わ、私もですか!?」
 淡雪は顔を引き攣らせた。その脳裏に浮かぶは、数日前に別の任務で体験した地獄のごときダイエットの記憶。
 とはいえ、淡雪もリーズレットもすぐにダイエットのことを脇に押しやり、また舌鼓を打ち始めた。二人とも先程のナクラと同じくらい幸せそうな顔をしているが、それは例の子持ち桃饅を入手できたからだ。ちなみに淡雪は自分だけでなく、婚期の話になると殺気立つ某ヘリオライダー(グルグル眼鏡をかけているらしい)のための子持ち桃饅も購入している。
 アラタもまた同じヘリオライダーのためにお土産を購入していた。猫の顔の形をしたカスタードの饅頭だ。ザイフリートへのお土産もある。こちらは、見た目も涼やかな翡翠餃子と金魚餃子。巨躯のザイフリート(エインヘリルの基準では小柄らしいが)が小さな餃子を摘む様は微笑ましいものとなるだろう。
「皆、まだ胃袋に余裕はあるか? 焼き小籠包とエッグタルトを買ってきたぞー」
 二種類の点心をテーブルに並べるアラタ。
「この二つは点心の中でも比較的新しいものなんだ」
「比較的新しい、か……」
 と、ユーシスが復唱した。
「中国四千年とは言うけれど、点心はその四千年の歴史にあぐらをかかず、日々進化してるというわけね」
「うん! 今日もどこかで新しい点心が生まれてるかもしれない。そして、いつの日か、それを食べることができるかもしれない。そう思うと、わくわくするなー!」
 まだ見ぬ未来の点心に想いを馳せつつ、アラタは足下にもエッグタルトを置いた。サーヴァントたちに振る舞うために。
「にゃあー!」
 高らかに鳴いて、エッグタルトに顔を突っ込む先生。
「がおー!」
 同じく喜びの声をあげ、ヴァオのサーヴァント――バセットハウンド型のオルトロスのイヌマルもエッグタルトを不器用に囓り出す。
 リーズレットの肩にいたネズミたちも地面に降りて相伴に預かり、ものは食べれないながらも、アップルと地デジも側に寄ってきた。
 そんな小さな仲間たちを愛しげに見つめ、食事の邪魔にならない程度に撫でていたアラタだが、誰よりも目立つはずの者がいないことに気付き、きょろきょろと周囲を見回した。
「あれ? 彩雪がいないな。どこに行ったか知らないか、淡雪?」
「知りませんわ」
 淡雪が答えた矢先に遠くから大声が聞こえてきた。
「誰か、このデブ鳥を止めろ! 店が食い尽くされるぅーっ!」
 どこかの屋台の店主の声だろう。デウスエクスに襲われたかのような絶叫である。
 しかし、その『デウスエクス』の正体をよく知るはずの淡雪は――、
「空耳ですわ」
 ――自分にそう言い聞かせて、梅酒をぐいと呷った。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年6月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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