七竈の問いかけ

作者:秋月諒

●七竈と花の傘
 ひとつ、ふたつと花を重ね。
 7度目のその時に、百花を示す。
 雨夜の紡ぐその時までに、貴方の涙を見失わぬように。
「花の傘を作りましょう……ってね。まぁ、しっかし、雨っていっても風情が欲しいもんだねぇ」
 やれ、と職人が息をつけば、ひょい、と枝に乗った小鳥が首を傾ぐ。ここ数日、降り続いた雨は風情のあるそれとは違い、強固な骨の傘が出番の雨であった。職人とてずぶ濡れになりながら帰ってきたのだ。
「世の流れ……ってよりはおてんとさんの気分かね。ってこらこら、怒るな。拙とて、先代さん達から受け継いだ店を潰したい訳じゃないのさ」
 枝から飛び移ってきた相棒の小鳥は、そんな言葉では許してはくれないらしい。ついつい、とつつくのはまだしも、髪を引っ張るのはやめておくれと、職人は息をつく。
「お前も、今日は七竈には挨拶していかないのかい?」
 職人は知らない。
 ぴぃぴぃ、と鳴く小鳥が、早々の木の枝から逃げた理由を。周辺の木々の全てに鳥の姿がない理由も。ふわりと謎の花粉のようなものが漂い、見上げる程の七竈に取り付いたことも。
「白い花が好きだと……」
 言っていただろう? と傾ぐはずの首にしゅるり、と枝が巻きついた。

●七竈の問いかけ
「皆様、お集まりいただきありがとうございます」
 レイリ・フォルティカロ(天藍のヘリオライダー・en0114)はそう言って、集まったケルベロスたちを見た。
「関東近郊にある庭園にて、攻性植物の発生が確認されました」
 場所は、一般公開もされている庭園だ。
 元々は、花傘と呼ばれる美しい絵の描かれた傘を得意とする職人たちが集っていた区画だったという。今や、残っているのは代々長の家のみとなり、美しいと言われる七竈の庭園を折角だから、と公開していたのだ。
「花傘もとても、綺麗なんですよ。こう、おっきくお花が一輪描かれているんですが、傘を開くとお花が開いたみたいになるんです」
 攻性植物に襲われたのは、花傘を作る職人だ。区画内で唯一、傘屋を経営している男性が、攻性植物に変化してしまった七竈に襲われて、宿主とされてしまったのだ。
「今の時間であれば、庭園も一般開放はされていません。皆様には急ぎ、現場に向かい攻性植物の撃破をお願いいたします」
 レイリはそう言って、ケルベロスたちを見た。
 敵は攻性植物は1体のみ。配下は存在しない。
 攻性植物と化した七竈は見上げるほどの大きさへと変化し、その枝に職人を絡め取っている。本来であれば今の季節、つける筈はない赤い実を、白の花と共に咲かせ、炎と風を操ってくるのだ。
「宿主とされてしまった方は、攻性植物と一体化しています。この為、普通に攻性植物を倒すと一緒に死んでしまいます」
 ですが、とレイリは言う。
「唯一、助ける方法があります」
 それは、相手をヒールしながら戦うことだ。
 敵である攻性植物にヒールをかけながら戦うことで、唯一、救出が可能となるのだ。
「ヒールでは回復ができない、回復不能ダメージを積み重ねるという方法をとることになります。これであれば、ヒールをかけ続けても撃破が可能です」
 攻性植物を撃破した後に、取り込まれていた人を救出することができるのだ。
「必然的に、戦闘は長期化します。ですが、粘り強く攻性植物を攻撃することにより倒すことができるのです」
「長期戦にはなるけれど、救える可能性があるってことだね」
 三芝・千鷲(ラディウス・en0113)の言葉に、レイリは頷いた。
「はい。唯一、職人様を助けることができます」
 そう言って、レイリはケルベロスたちを見た。
「攻性植物に寄生されてしまった人を救うのは非常に難しくなりなすが……、もし可能ならば救出をお願い致します」
 庭園の七竈も職人たちとこの区画で育ったものだ。職人よりも長く、この地にあったという七竈に命を奪わせる訳にはいかない。
「悩んだときは、七竈に問いかけよっていうくらい、職人さん達に大事にされて、七竈もきっと職人さん達を大事にしてきたと思うので」
 どうか、無事の救出を、とレイリは顔を上げた。
「それと、無事に終わり、職人さんも救出ができたらお店に寄って行きませんか?」
 大輪の花が咲く傘を扱っているのだ。最近は高性能で骨のしっかりとした傘が人気で、少しばかり暇をしていたところだったらしい。
「雨の日にだってきっと、綺麗な花を咲かせてくれる花に出会えると思うので」
 そう言って、レイリはケルベロス達を見た。
「それでは参りましょう。皆さまに幸運を」


参加者
藤守・つかさ(闇夜・e00546)
サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)
シア・ベクルクス(花虎の尾・e10131)
アラタ・ユージーン(一雫の愛・e11331)
アトリ・セトリ(深碧の仄暗き棘・e21602)
ブランシュ・エマイユ(春闇・e21769)
カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)
ニコ・モートン(イルミネイト・e46175)

■リプレイ

●七竈
 土の匂いがしていた。美しい筈の庭は、巨大な七竈により荒らされていた。身動き一つしたのだろうか。庭の一角を飾るように伸ばされていた枝は、今は鈍い光を返し、青々と茂った葉の間から真っ白な花と赤い実が見える。
「互いに時を共にしていた手前、取り込むのは本望じゃないだろうに」
 その太い幹に囚われた職人の姿を見つけると、アトリ・セトリ(深碧の仄暗き棘・e21602)はは息をつく。静かに頷いたのは藤守・つかさ(闇夜・e00546)であった。
「職人達が大切にしてたナナカマドが職人を取り込んで害をなす……なんてのは、先達達も望んでなかっただろうな」
 揺らめくばかりであった枝が、ぴくり、とその動きを変える。
「気がついたか」
 どちらかと言えば、気にするようになった、だろうか。
「拠り所が仇なすものになってしまうのは阻止させて貰おうか」
 短く息をついたつかさに、少女は頷く。
「七竈……確か、「私は貴方を見守る」という言葉もあるのでしたか」
 シア・ベクルクス(花虎の尾・e10131)は金の瞳で咲き誇る七竈を見た。大樹なのだろう。変化してしまう前の名残か、枝は随分と歳を重ねているように見えた。
「その花言葉の通り、さぞ沢山の職人さんを見守って見守られてきたのでしょうね」
 ギ、ギギと七竈は軋む。その気配が、敵意へと変わっていく。けれどーー否、だからこそシアは言った。
「その貴方がこの方を連れていってしまわないで」
 長く、きっと長く七竈は彼らを見守っていたのだろうから。
「ギィイ……!」
 叩きつける敵意と共に、七竈の攻性植物が、ぐん、と体を起こした。瞬間、生まれた風が圧となってケルベロス達に届く。
「来ます」
 ニコ・モートン(イルミネイト・e46175)が告げる。身を起こした巨体が一撃を放つより先に、カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)が地面を蹴る。
「フォーマルハウト」
 カロンの呼びかけに、ぱかっとミミックが箱を開く。護衛をよろしく、と告げれば任せてとばかりにキラキラと光が溢れた。
「私は……」
「ギィイイイイ!」
 二度目の軋みと共に風がーー舞った。視界を覆う緑は七竈の木の葉だ。ひゅ、と鋭い風音と共に痛みが走る。それでもーーカロンは前に出た。跳躍する彼の視界でニコが回復を告げる。
「回復しますね」
 それは耐性を共に紡ぐ旋律。放たれるのは淡く輝く音符の描かれた五線譜の光。
「大事なおまじないをかけるから、お静かに」
 己の指先の痛みなど気にせずに、癒しの光を後衛の仲間へと届ければ穏やかな旋律が静かに、短く鳴り響く。
「ありがとう」
 その音の中、カロンは飛んだ。高い跳躍に仰ぐように枝が伸びてくる。身を逸らしてそれを避けーー落ちる。流星の煌めきを纏い、落下の勢いさえ利用してぐるん、と蹴りを叩き込む。
「ギ……!」
 高い命中力と共に落とされた一撃だ。払う枝などで捉えられる訳もない。着地から、真横へと身を飛ばす。枝の届く範囲からーーそして、続いてくるひとりの影が見えていたからだ。
「こっち」
 足音は、その時漸く響いた。跳躍するように地を蹴って、だらり垂らしていた手が、拳が蒼炎を滾らせる。
「千鷲、スナイパーよろ」
 告げるサイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)の視界で、外套が揺れた。仰せのままに。三芝・千鷲(ラディウス・en0113)は光の剣を抜く。
「君も気をつけて」
 一応、と添えられたのは信頼の証か。斬撃の光が弾ける中、僅か浮いた枝をサイガは踏む。足場とするように、最後の踏み込みとするように。
「よぉくご覧」
 叩きつける拳が、蒼炎を吐いた。零距離で叩き込む地獄は蒼炎模り瞬く間も無く身の内を食荒らす。在り処を自失す原初の恐怖。
「ギィ、ィイイ!?」
 舞い上がる筈の木の葉が、地に落ちた。誓約だとブランシュ・エマイユ(春闇・e21769)は分かる。舞い上がった蒼炎の向こう、小さく溢れた息は囚われた職人のものだろう。
「あーんま得意じゃねえがまあ、気張れよオッサン」
「回復はお任せください」
 ブランシュが担うのは七竈の回復。癒しながら戦うーーそれこそが、彼を救う唯一の術であり、その戦いをケルベロス達は選んだ。
「だから」
 顔を上げる。桜を思わせる髪が、戦場に吹き込んだ風に揺れた。

●一つの願い
「やれることを、だな」
 先生、とアラタ・ユージーン(一雫の愛・e11331)が声をかけた先、ウイングキャットは鼻先を上げてーーやがて翼を広げる。癒しの光は後衛へと。重ね紡ぐ意味は、この戦いが持久戦であるからこそだ。
「美しい旋律だけでは、印象には残らない――極僅かな違和感」
 歌うようにシェフは告げる。とん、と踵で地面に触れて。溢れる光は盾役を担う先ずはアトリへと。
「隠し味は必要だ、そうだろう?」
 淡く落ちた光の中、キン、と盾が立つ。淡い光の中、緑の髪がふわりと舞い上がる。す、と息を吸い、娘は銀のリボルバーに手をかけた。
「キヌサヤ」
 応じる様に広がる翼。その光の中、アトリの放つ銃弾が回復に気がついた七竈の枝を撃ち抜く。
「ギィイ!?」
「手荒な真似はしたくないけど、悪く思わないでね。にしても大豊作でまぁ……」
 一撃を選んだのは前衛の得た盾を見てのことだ。再び撃鉄に指をかけ、捕らえる様に伸びた枝に身を横に飛ばす。た、と足音を立てたのはーー七竈の元、集う力を見たからだ。
「ギィ!?」
 それは幻の花。淡く光る花びら。
 祈る様にシアの紡ぎあげた花たちが七竈の動きをーー止める。
「どうか暫し耐えて下さいね」
 青白い顔で目を伏せたままの職人を、励ます様にシアは声をかける。だらり、と腕は揺れたままでも、その指先が僅かに動いたのだから。
「もし貴方が連れていかれてしまったら、小鳥さんは七竈と貴方、二人も友人を当時に亡くしてしまうわ」
「ギ、ギィイイ!」
 邪魔をするなと叫ぶ様に七竈が軋む音をあげた。己の動きを阻害されたと、そう知覚したのだろう。払う様に無理やり動かされた枝を見ながらつかさは仲間へと回復を紡ぐ。
「長期戦だからな」
 前衛へ届けるは黄金の光。癒しそのものではなく、落とすのは加護だ。波紋の様に広がる光の中、耐性が紡がれる。
「ギ、ギイ」
「助け出しましょう」
 ブランシュの紡ぐ光が結実する。共鳴を齎す癒しは七竈へと。亀裂の入った幹が、その形を戻していく。
 最善を尽くすために。
 戦場は次第に熱を帯びていく。放たれた光の向こう巨体へとカロンは銃口を向ける。穿つ一撃は凍結の力を以って七竈にーー届く。
「宿主を得た抗性植物となった今、たとえ大事にされていたとしても、一瞬でも気を抜かず向き合わないといけない状況ですね」
 仲間へと小まめな回復を紡ぎながら、ニコは七竈を見た。
「職人さん達と共に育ち暮らしていたという話もあって、何処か親に甘える子供のような、そんな気配を感じます」
 胸が、痛かった。
 枝の軋む音に、ただの白い花は地面に落ちるより先に焼け落ちる姿に。
 攻性植物となる事さえなければ、七竈も穏やかにこの地で時を終えた筈だ。
「七竈ってお守りの材料として使われることもあるんだってさ」
 カロンはそう言って、唇を引き結んだ。
 この樹もたくさんの人に愛されてきたであろうことを考えるとなんだか悲しい気分になる。
「……貴方は本当にこの人を殺してしまいたいのですか?」
「ギィイイ!」
 軋む音は鋼めいた音と重なり、再びの熱が風と共に戦場を包んだ。

●願いの花
 舞い上がった砂埃さえ焼き尽くすような熱と共に戦場は加速する。
「傷が深くなってきたみたいだな」
「回復しますね」
 アラタの言葉に頷き、ブランシュは七竈への回復を紡いだ。赤く、染まった指先をそのままに。余裕を以って回復を紡いでいたお陰で、七竈の状況はよく分かっている。回復不能なダメージは、積み重なってきている。
「もう少しです」
「アラタはみんなを回復するな」
 ケルベロス達とて傷はあるーーだが、丁寧に刻み続けた制約が敵の動きを奪った。絶対ではない。だがこれだけ鈍れば、十分に対応できる。穿つ枝はその速度を緩め、一拍の遅れにケルベロスたちは踏み込む。己の一撃そのものが重いと分かれば、罅の入った枝を見ればその攻撃の手を回復へと変えて、仲間への癒しを紡ぐ。
 庭園に、落ちた血の匂いが炎と風に巻かれてゆく。
「満たされて咲き乱れろ、輝ける華」
 自らのグラビティを光花へと変え、つかさは七竈へと回復を紡ぐ。
「キツいかもしれんが耐えてくれ。絶対に助ける」
 爆ぜた枝が持ち上がりーーその奥、軋んだ幹が残る。回復不能のダメージに七竈は身を振るった。
「ギィ、キィイイイ!」
 金切り声と共に巨体が暴れた。一際高く響いたその声に、今なら、とカロンの声が届く。
「それなら……」
 すぅ、と息を吸ったそこで、七竈が動いた。ひゅん、と伸びた枝はーーだが、少女を捉える前に飛び込んだ一人に受け止められていた。
「させないよ」
 アトリだ。
「ギ、ィイ」
 片腕に絡みついた枝に、息を吐く。何度も盾役として動き回った体は確かに疲れてはいたけれどーーだが、回復は十分に受けている。この足は動き、手は動くのだから。後はーー根比べだ。
「きついだろうけど、もう暫く待ってて」
 職人に、そう告げる。小さく、溢れた息を拾う。助かるのならば、助けられるのならばーーそうすると決めたのだ。
「ありがとう」
 シアの言葉に、ひらりと手だけを返す。援護の回復をニコが、時をカロンとサイガが作る。一撃を察してか、身を揺らす七竈がーーだが動けないのをブランシュは知っている。
「ギィイイイ!?」
 一撃に大きく身を揺らす。その瞬間、花がーー舞った。
「足下の花も良くご覧になって?」
 幻の花。その素朴な美しさに、七竈の動きが止まった。息を飲んだかのように、枝は浮いたままーー罅が入った。鋼ほどの鋭さを持った幹が軋み、光の中、崩れていく。
「ーーぁ」
 ぐらり、と七竈の幹から職人の体がずり落ちた。駆けつけたニコが受け止める。
「大丈夫、無事です」
 その言葉を、七竈は待っていたのか。最後に白い花を散らし、七竈の攻性植物は崩れ落ちた。

●七花屋
 無事に目を覚ました職人から店に招かれたのはそれから少ししてのことだった。肩に乗る鳥は機嫌よく、だが慰める様に一度職人に頬を寄せる。
「どうぞ、どれでも手にとって見てください」
 開いて見て欲しいのだと職人は言った。高い天井を見上げれば様々な花傘が並ぶ。もちろん、見上げずとも分かるように、傘の絵柄に染めた手ぬぐいが飾られていた。
 桜に藤、百花の王に出会えばブランシュの金の瞳も煌めきを寄せる。自分用にも欲しかったのだがーー今年は素敵な傘をプレゼントしてもらったのだ。雨粒を受ければ浮かび上がる淡い桜模様を思い出しながら、ブランシュは店の中を眺めた。
 今日はあの傘のお礼に、友人へと贈る傘を見つけたいのだ。
「色も色々あるんですね……」
 きっと白い花が似合うだろう。
 傘を差す友人の姿を思い描きながら見て回っていればーー見つけたのは柔らかな白。大輪の白薔薇が咲く傘。
「綺麗……」
 他にも沢山、色とりどりの花が咲く店内。
「こんなに気分が晴れやかになる傘があるなんて知りませんでした」
 また何時か訪れてみたい。
 そう思いながら開いた傘をそっと、閉じる。贈り物ですか? と職人の声が耳に届いた。
「……はい」
「あぁ、でしたら包装に同じ色のリボンなど如何ですか?」
 淡いピンクに染まる白のレースのリボンが、ひらり、と揺れた。

「まあ! どれも綺麗ですね……!」
 店の中を見渡してシアは目を輝かせた。色とりどり、鮮やかに咲く傘の花。どれも柔らかな色をシアの指先に落としている。そっと手を伸ばしてその色を受けて、さぁどの花を選ぼう。
「ううん、とってもなやむけれど……やはり、紫陽花かしら」
 雨に濡れて輝くお花だから。
 木造りの柄は肌触りも良い。ゆっくりと傘を開いていけば、頭上に大きく四葩が描かれた。
「……わあ、すてき」
 重なり見える紫は、くる、くると傘を回すほどに、少しずつ色を変えて。
「これを広げて見れるのなら雨が降るのを心待ちにしてしまうわ」
 花の綻ぶような笑みを浮かべ、シアは大切に傘を閉じる。こちらを、と微笑んで告げながらくるり、と振り返った。
「皆さんのは?」
「あー……考え中?」
 少しばかり間を置いて、口を開いたのはサイガであった。
「サイガ君が?」
「そっち」
 首を傾げた千鷲に錆びんでない? と声ひとつ。瞬いた瞳は、呆れた様に息をついた。
「そう簡単には錆びないよ」
 返す男は予想通り、買う気はあまりないらしい。
 ちらりと外を見れば、庭園の向こう僅かに街中が見える。傘を差している人々は、日傘か雨傘か。鮮やかな色彩も、沈んだ灰も構わずそこにありーーふと、思った。
「傘とかヒトが差してるモンのが結果として目に入んじゃん」
「まぁ、そうだね」
「千鷲クンはカラフル紫陽花でも買っとけ」
「はい?」
 眉を寄せた千鷲が、否を紡ぐより先、サイガは小さく口の端をあげた。
「道具に傘は不要だとて、武器に錆びは天敵だろ」
「ーー」
 いざって時、錆びて使えぬ武器など笑えやしない。それは確かにそうなんだけど。負けたな、と彼の言い方に思う。
「ずるいなぁ」
 悔し紛れの言葉は、果たして届いたか逃げたか。

「傘に限らず、職人の手作りってのは量販品とはくらべものにならない良さがあるよな」
「身につけるもので華美なのはあまり好まないのだけれども、傘なら「あり」かなという気がしてくるから不思議だな」
 つかさの言葉にふ、と吐息を零すようにしてナザクは笑った。値が張ったとしてもーーそう、今日はしっかり働いたから問題ない。
「あぁ、この紫のとか……ナザクに似合うと思うけどどうだ? 何の花かな?」
 判るか? と届いた声に緩く瞳を細め、ナザクは、ぽつり、と呟いた。
「花菖蒲かな」
 詳しい訳じゃないんだ、と紫暗の双眸は僅かに色を沈める。
「花が好きな知人がいてたまたま名を教わった」
 開いた傘は花菖蒲の鮮やかな葉の緑と紫を見せる。目を凝らせば白の布池にも薄く繊細な絵柄が見えた。紫の花弁に薄く見えた白の花弁。
「――これなら、いくら降っても受け止めてやれる」
 気取られぬように小さく呟いて、瞳を伏せる。想いを、馳せるように。揺れる銀糸が表情を隠し、さ、と男が顔を上げる頃には、先ほどまでの空気は消えていた。
「後はつかさの分だ」
「ん? 俺? 俺は……華やかなのはちょっとガラじゃないから、落ち着いた色目のがあれば?」
 緩く首を傾げたのは、そう聞かれるとは思ってもいなかったからか。
「落ち着いた色合いの物か……、黒に映えるような花だといいな」
「そうだな」
 ゆるり、と視線を向ける。色とりどり、咲く花は鮮やかに淑やかに。これからの日々に何が似合うだろうか。

「日本の職人の傘は、イギリス出身のニコの知る傘とは違うか? でも感動したり嬉しい時の顔は同じだよな」
「そうですね」
 ぱち、と小さく瞬いてニコは頷いた。長くヨーロッパで過ごしたニコにとっては、和傘より洋傘の方が馴染みがある。それでも、アラタの言うことはよく分かった。
「カロンさんもどれか選ぶんですか?」
「そうですね。どれもとても綺麗で……」
 ふるり、とカロンはウサギの耳を揺らす。
「私達に似合うでしょうか。似合うといいな」
「……きっと」
 ふと、顔を上げたカロンにニコは微笑んだ。
「似合いますよ」
「もし似合ったらさ、皆で記念撮影とかしてみたい」
 小さく、願った光景に友人の頷く声がした。さぁ、記念写真の為にもーー雨の日の為にも。
「探しましょうか」
 はい、と楽しげな声がアラタの耳にも届いていた。
「アラタはレイリに梔子の花傘を贈りたい。花言葉が幸せを運ぶだからな」
「幸せを運ぶか。レイリちゃんも喜びそうだね」
 一つ笑う千鷲は、まだこれという傘を選び切ってはいないらしい。
「オススメはされたんだけどね」
「三芝ならヒメオウギか……女性的過ぎるなら、クリーピングベロニカはどうだ?」
 今が時期の星型の花。詳しいね、と瞬いた千鷲にアラタは笑った。
「うん。花言葉は堅固だ」
 違うか? と少女は笑って、なら人の好さだと告げれば千鷲は肩を竦めて笑った。
「それだったら、頑固の方かなぁ」
 ーー職人は、今回の一件で弟子を取ることを決めたらしい。
『七竈ごと傘が受け継がれ、咲くのがみたい』
 アラタのその言葉に、こうして店を見る一行の姿にその覚悟を決めたのだという。傘を作るのはやはり好きなのだと、そう言って笑った。
「あの七竈にも随分と話を聞いてもらいましたから。お客様は、柄の方はお決まりで?」
「そうだね……このクレマチスにしようか」
 アトリは手にした傘を広げてみせた。落ち着いた紫が、傘に映えそうだ。興味深げに鼻先をあげたキヌサヤがゆらり、と尾を揺らす。
「雨で潤い咲き誇る花々はさぞ綺麗だろうね。都合よく降ってくれたら……」
 そう言って、ふ、とアトリが視線を上げれば店内に落ちた光。僅かな煌めきは窓についた水滴。小さなそれはーー弱い雨だ。つん、とキヌサヤの鼻先がアトリの頬に触れる。
「……あぁ」
 ほんのりと弱い雨は、きっと今日の一品との出会いを彩ってくれる。晴れ渡った空から、ぱたぱた落ちる天気雨。記念写真を撮ろう、と明るい声が、響いた。

作者:秋月諒 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年6月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 5
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