葉桜の季節に攻性植物がうごめく

作者:青葉桂都

●葉桜も動き出す季節
 先日まで満開だった桜も、5月も半ば近くとなれば一部の地域を除いてもう散ってしまっていた。
 桜の公園にもう賑わいはない。
 けれど、生え始めた若葉にも魅力はある。
「今年も素敵な緑色になってきたわね」
 少なくとも、とある公園を訪れた初老の女性は、そう考えているようだった。
 白一色の髪を綺麗に整え、質素だが上品な装いに身を包んだ女性。日傘をさして、人の少ない公園をゆっくりと歩いている。
 傘の柄には、彼女の名前なのか『支倉』という文字が彫り込まれていた。
 新緑に色づく木の1本に近づいて、彼女は幹にそっと触れた。
「桜の花も美しいけれど、葉桜もこんなに綺麗なのに……どうしてみんな見に来ないのかしらね」
 呟いて、それから彼女は遠い目をした。
「……そういう私も、あの人に誘われるまでは一度だって見に来たことはなかったわね」
 きっと、彼女はここにいない誰かのことを思い出しているのだろう。
 だから白い花粉のようなものが、葉桜へと降り注いだことに、彼女は気づかなかった。
 桜の枝が動き出す。
 新緑に包まれた枝は支倉老人を捕らえ、枝の中に取り込む。
 くぐもった悲鳴が一瞬漏れて、そして途絶える。
 攻性植物と化した葉桜が動き出したことに気づいて、公園にいた人々が逃げ出す。
 不幸な老女を捕らえたまま、攻性植物は獲物を求めて動き出した。

●葉桜を止めろ!
 攻性植物が現れることをケルベロスたちに告げたのは、桜色の髪をした少女だった。
「桜の季節は終わったけど、葉桜になってから攻性植物にされることがあるかもって思って調べていたの」
 天司・桜子(桜花絢爛・e20368)はそう語る。
 彼女の調査から、とある公園に生えていた葉桜が謎の胞子に取りつかれて攻性植物化する事件が予知されたのだ。
「攻性植物になった葉桜は、近くにいたおばあさんを取り込んでるみたいなの。急いで現場に行って、助けてあげなきゃ!」
 みんなの力を貸して欲しいと、桜子はケルベロスたちへ告げた。
 少女の横に控えていたドラゴニアンのヘリオライダーが、桜子から引き継いで詳細な状況の説明を始めた。
「今回現れる敵は葉桜の攻性植物が1体です」
 デウスエクスと化すのは現場の公園にある葉桜の1本だけで、配下などは存在しない。
「戦闘になれば、葉桜はいくつかの攻撃手段を使い分けて襲ってきます」
 まず若葉の生えた枝を蔓のように伸ばして、捕縛する攻撃を行ってくる。
 他に、若葉を刃に変えて切りつけることもできるようだ。刃には、毒も含まれている。
 また若葉の刃は飛ばして攻撃することも可能だ。切り離した枝にはもう毒はないが、目標を追ってくる性質を持っており、命中率が高い。
「ですが、なによりも厄介なのは、おばあさんを取り込んでいることでしょう」
 残念ながらまっすぐに現場へ向かっても、彼女が取り込まれるのには間に合わない。ただ、敵が公園から出る前にはたどりつけるだろう。
 取り込まれ、宿主とされた老人は普通に攻性植物を倒すと一緒に死んでしまう。
 それを避けるには、攻性植物をケルベロスたちの手で回復しながら、少しずつダメージを与えていく必要がある。
「もちろん回復しながら戦えば不利になってしまいますので、作戦は考えていただいた方がいいでしょう」
 敗北するくらいなら、犠牲者を見捨てる決断も必要になってくるかもしれない。
 なお、宿主以外の一般人はもともとほとんど公園にはいなかったし、残っていた者もデウスエクス出現時点ですぐに逃げ去っている。
 ケルベロスが避難活動を行う必要はない。
 そう告げて、ヘリオライダーは説明を終えた。
 説明が終わると、桜子が再び口を開いた。
「花が散った後でも、桜を利用するなんて許せないよ。葉桜が好きなおばあさんを、必ず助けなきゃね!」
  無事に老人を救うことができれば、葉桜見物をして帰るのもいいかもしれない。
 きっと、満開の桜とは違った美しさがあるはずだ。


参加者
ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)
笹ヶ根・鐐(白壁の護熊・e10049)
ハル・エーヴィヒカイト(閃花の剣精・e11231)
天司・桜子(桜花絢爛・e20368)
七隈・綴(断罪鉄拳・e20400)
赤月・夕葉(黒魔術士・e45412)
アクア・スフィア(ヴァルキュリアのブラックウィザード・e49743)
柴田・鬼太郎(オウガの猪武者・e50471)

■リプレイ

●葉桜の公園で
 へリオンから降りたケルベロスたちは、さほど時間をかけることなく現場の公園にたどり着いていた。
「葉桜か。まあ桜花の華やかさには負けてしまう感があるが……」
 どこか愛嬌を感じさせる白熊の顔を軽く左右に動かし、公園内に植えられた桜の木をながめて笹ヶ根・鐐(白壁の護熊・e10049)が言った。
「桜が散った後でも、葉桜は趣深い感じがしますよね。ですが、それが攻性植物になったのなら、放ってはおけません」
 レアメタル製のナックルを装備した拳を握り、七隈・綴(断罪鉄拳・e20400)が言った言葉に、鐐も静かに頷く。
「桜が散っても、桜子は葉桜も大好きだよ。でも、葉桜が人を襲うなんて、見過ごすわけには行かないね」
 柔らかな笑顔で天司・桜子(桜花絢爛・e20368)が言う。服も、髪も桜色をした彼女の言葉が本心であると、おそらく普段から付き合いのある友人たちにはわかったことだろう。
「今日は旅団のみんなも多いしな。絶対おばあさんを助け出してあげようぜ」
 無邪気な笑顔で赤月・夕葉(黒魔術士・e45412)が言った。仲良く一緒にゲームを楽しんでいる者たちだが、戦いでも頼りになることを彼は知っていた。
 橙色の瞳は、しっかりと公園の奥を見つめていた。
 風ではないものによって木々がざわめいている。
 並んでいる桜の隙間から、動いている1本を見つけ出す。
「最優先は救助だな。皆よろしく頼む」
 鐐の言葉にうなづいて、ケルベロスたちは再び走り出した。
 初夏も近づき、若葉の新緑に色づいてきているその木々を目に映しながら、ケルベロスたちは攻性植物へと近づいていった。
「桜か、良いねえ。咲き誇る姿も散る姿も芽吹く姿もそれぞれ良いものだ」
 自然と目に入る景色を見て柴田・鬼太郎(オウガの猪武者・e50471)が言う。もっとも、その間にも、武者鎧が立てる音は止まらない。
「だが、牙無き一般人を巻き込むような植物は放っておけないねえ。気兼ねなく桜牙でぶったぎらせてもらうぜ。覚悟しな」
 燃えるような虎髭が、不敵な笑みの形に歪む。
「そうですねか弱いおばあさんを取り込む等とは、そういう凶悪な攻性植物には負けませんよ」
 メイド服に身を包み、アクア・スフィア(ヴァルキュリアのブラックウィザード・e49743)が柔和な顔を少しだけしかめた。
 うごめく葉桜は、老人の体を少しだけ覗かせた状態でケルベロスたちの前に現れた。
 黒髪の騎士が、開いた状態のまま付近に落ちていた日傘を拾い上げた。
「それは、あの人の?」
 有賀・真理音(機械仕掛けの巫術士・en0225)の問いかけに女性らしいラインを描く鎧を身につけた騎士が頷く。
「ええ。支倉……名前がしっかり入っています」
 ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)は傘をたたんで、少しだけ強く握った。
「これから助けますから待っていてください……!」
 汚れないように立てかけて、彼女は改めて武器を抜き放つ。
 葉桜がケルベロスたちを敵と認めて、鮮やかな緑に包まれた枝を振り上げた。
「状況開始。目標の撃破と女性の救出。どちらも成し遂げるぞ」
 片手に朱光の剣、もう片手に水銀の刀身を持つ柔剣を構えてハル・エーヴィヒカイト(閃花の剣精・e11231)が鋭く言葉を発した。
 それぞれの言葉でハルに応じて、ケルベロスたちは一斉に葉桜へと攻撃をしかけた。

●葉桜は踊る
 枝がうごめいたかと思うと、葉桜は素早くケルベロスたちへ枝を伸ばしてきた。
「さっき話した通りだ。必ず助け出そう」
 声をかけながら、鐐はその枝の前に立ちはだかる。
 白熊の巨体を枝が切り裂いて、毛が地で赤く染まった。
「はい。おばあさんには、教えてもらいたいことがありますから」
 ミリムは素早く鐐の負傷を確かめた後、禁呪を発動させながら答えた。
 全身から、エゴが形となった漆黒の鎖が飛び出した。
「日本の桜は花が満開になっているところしか見てないのですが、初夏近付く葉桜にも魅力はあるのでしょう」
 鐐を含めた前衛の仲間たちは、すでに葉桜へと接近していた。
 高速で飛んだ鎖は彼らの間を縫って走り、デウスエクスへと向かっていく。
「支倉さんに詳しい魅力をお伺いする為にも攻性植物退治頑張ります!」
 葉桜に黒鎖が絡みつく。
 青い炎をまとう大柄な大剣を構えて、ミリムは足に力を込めた。
 仲間たちも次々に攻撃を仕掛けていく。
「まずはその素早い動きを、封じさせてもらいます!」
 綴が奇麗な青のエアシューズで空中へと舞い上がる。
 重力をまとった蹴りが攻性植物の動きを鈍らせた。
 そこに鐐が突進し、組み付いて敵の注意を自分へ向けようとする。
「真理音はミリムと一緒に支援と回復を頼むぞ」
 レプリカントの少女に声をかけつつ、ハルがステップを踏むように中衛から一気に接近し、呪いのこもった剣を攻性植物へと向けた。
「焦るな。迅速に、されど冷静にだ」
 しっかりと敵の動きを見極め、老人を避けて舞うように彼は切りかかる。
 もっとも、葉桜は巨体ながら動きが素早く、ケルベロスたちの攻撃がすべて命中していたわけではない。
 わかったと答えた真理音がオウガメタル粒子を散布するが、それでも十分ではない。
「敵の動きをもっと鈍らせるまでは、攻撃していったほうがいいかもな、虎よ」
 ウイングキャットに声をかけながら鬼太郎は桜牙を敵の枝葉に叩きつける。サーヴァントも狙いをつけて敵をひっかいていた。
 素早いとはいっても、狙撃役がしっかりと狙った攻撃をかわせるほどではない。
 若葉がミリムへと飛んでいく。身をよじって回避しようとした彼女が動いた先に、鋭い葉っぱが飛んでいく。
「っ……! 厄介な……」
「なら、俺に任せときな!」
 鬼太郎は敵と彼女の間に立ちはだかり、代わりに攻撃を食らった。愛刀を構えていくらかは防ぐが、長身が鋭い葉っぱに切り裂かれて赤い髪よりさらに赤い血が噴き出した。
 だが、頑健なオウガの体はその一撃で倒れたりはしない。
「助かりました!」
「なに、このくらい大したことじゃねえぜ。さっさと支倉殿を助けて、桜の見物と洒落こもうや」
 オウガの豪快な声が公園に響いた。
 礼を述べた後、ミリムが敵と自分を結ぶ黒鎖を思い切り引っ張り、勇者の名を関した炎を放つ大剣を枝にぶつけて敵の攻撃力を削り取る。
「これで勢いは少し削れたはず……後は、回復に集中しましょう。真理音さんも、よろしくお願いしますね」
「うん、ボクもがんばるね!」
 ミリムは真理音に声をかけつつ、公園の土地に塗りこめられた惨劇の記憶を呼び覚ます魔法を準備し始めた。
 すべてではないにしてもケルベロスたちの攻撃は着実に攻性植物へダメージを与え続けている。けれど、攻撃を命中させるたびに、囚われの老人がうめき声を上げる。
 アクアは中衛に立って、攻性植物を回復し続けていた。
「敵を手術するのは不本意ですが、これもおばあさんを助ける為です」
 葉桜の傷ついた枝に、幹にヴァルキュリアの少女は心霊手術を施していく。
 後方から集中して回復しないのは、仲間たちが使う妨害の技まで解除してしまわないようにするためだろう。
 敵への回復を過度にしてしまうわけにはいかないが、かといって不足していては老人を助けることができない。
「手伝う必要があるときは、遠慮なく言ってくれよ」
 同じく中衛から切りかかる機をうかがいながらハルが声をかけてきた。
「ええ、わかっています。必ずおばあさんを助けましょう」
 今のところは1人で十分かもしれないが、いずれは彼の力も借りる必要があるだろう。そう考えつつ、アクアは葉桜の治療を続ける。
 治療を施すその時は、老人の苦しげなうめきは確かに止まっていた。
 攻性植物は強力だがケルベロスたちの攻撃は着実に敵を弱らせている。
 特に、後衛からしっかり狙いをつけて放つ攻撃までは、さすがのデウスエクスといえども回避することはできない。
 幾度目かとなる綴の飛び蹴りが、また敵の動きを鈍らせる。
 夕葉は動きの鈍った敵に向かってバスターライフルを構えた。少し前方では桜子も同じようにライフルを構えている。
「そのグラビティを、中和してあげるよ!」
 光る弾が敵へと向かい、命中する。
「長期戦になるから敵の攻撃をなるべく弱くしなきゃ。夕葉くんもお願いね」
「ああ、わかってるぜ、桜子」
 応じた夕葉も、囚われの老人に当ててしまわないよう気を付けながら狙いをつける。
「……デウスエクスに家族を殺されてしまう人は、もう見たくないからな。この光弾を、食らえー!」
 もう1発の光の弾が、攻性植物の操るグラビティをさらに中和する。
 敵を弱体化させながら、ケルベロスたちは戦い続ける。

●葉桜が枯れるとき
 ケルベロスたちは攻性植物を傷つけ、そして自分たちの手で回復する戦いを続けた。
 敵を回復し続けているのだから、戦いは当然長引く。もちろん、それは最初から分かっていたことだ。
 長期戦を支えているのは、鐐や鬼太郎、それに鐐のボクスドラゴンである明燦といったディフェンダーたちだ。
 それにもちろん、回復役であるミリムの力も大きい。
 戦いは楽ではなかったけれど、ケルベロスたちは自分たち以上に捕らえられたおばあさんのことを気づかっていた。
「大丈夫ですよ、絶対に助けますから、命を諦めないで下さい!」
 桜子は老婆に声をかけながら戦っていた。
 もちろん答えはなかったけれど、かすかに身じろぎする。声は届いているはずだ。
 少しでも敵の動きを止めるために、桜子はさらに魔法を詠唱し始めた。
 その横をすり抜けて、レアメタルのガントレットを装備した綴が、指一本を伸ばして攻性植物へ接近する。
「気脈を見切りました、この一刺しを受けなさい!」
 植物に流れる気を彼女の指先が断ち切って敵を硬化させる。
 桜子も、幾度目かとなる石化の魔法を素早く詠唱した。
「古代語の魔法よ、敵を石化させよ!」
 葉桜の枝は、すでに少なからず石と化している。
 桜子や綴、他の者たちがしかけた動きを止める技の効果を解除しないように、敵への回復ももちろん続けている。
「おばあさん、必ず助けますので、今は辛抱して下さい」
 アクアもおばあさんに声をかけながら、心霊手術を幾度も繰り返していた。
 もっとも攻撃が当たりやすくなったおかげで、1人では回復の手が足りない。
 ハルは殺界に心を映して、自らの領域を周囲に展開する。
「境界収束――刃よ、集いて癒しの光矢と成れ。痛み穿つ白矢(ブレードライト・リヴァイヴァー)」
 刃を内包する領域より具現化し、展開するのは癒しの刃。光る刃を束ねて矢へ変える。
 放った矢は葉桜を貫き、ケルベロスたちが刻んだ傷を癒していった。
「あなたはここで散るべき命ではない。もう少し耐えてくれ」
 老人に声をかけながらハルはなおも刃を具現化する。
 守りを固めたケルベロスたちは、時間がかかりつつも確実に敵の体力を削る。
 石化して幾度か攻撃の機会を失ったこともあり、ケルベロス側に倒れる者はいない。
「そろそろ頃合いか? だが、念のためにあと一発治しとくか!」
 鬼太郎が活力を乗せて愛刀を振るうと、剣気が飛んでまた敵の傷をふさぐ。アクアとハルだけでなく、彼も時折回復に加わって葉桜を徐々に削っていた。
 だが、その回復があっても、葉桜はもう倒れる寸前だった。
「あとは一気に削ってくぜ。虚無球体よ、敵を消滅させよ!」
 夕葉の放った不可視の球体が、葉桜の枝を削り取っていく。
 敵は最後の力で刃と化した若葉が振り下ろしてきた。
 鐐はそれを体で受け止めて、両腕を大きく広げた。
「ミリム殿、回復はもう不要だ!」
「わかりました。季節はまだ先ですが一花咲かせましょうか!」
 青白い炎をまとう剣が、緋色の闘気を帯びた。
 斬撃が複雑な緋牡丹を描き出し、老人を覆う枝を切り裂く。
「草木の望む夢は分からぬ。ただ、せめて枯れ散らすのではなく、静かに夢に墜ちて逝け……!」
 葉桜の太い幹を、白熊の太い腕がかき抱く。温かな初夏の空気の中、重力鎖を流し込んでさらに植物を温める。
 枝から力が抜けて老人の体が落ちそうになるが鬼太郎がとっさに受け止めてくれた。
 そして攻性植物は鐐の温かみで、永遠に覚めない眠りの重力に引かれて落ちていった。

●葉桜見物
 静かに寝かせた老人をケルベロスたちが囲んだ。
「おばあさん、大丈夫ですか、意識はありますか!?」
「どこか怪我していないですか?」
 綴や桜子が心配げに声をかける。
 意識はない様子だったが、ケガはしていないようだ。
 応急手当をして安全な場所に寝かせた彼女を気遣いつつ、ケルベロスたちは手早く戦闘の痕跡を片付けた。
「……あら。どうしたのかしら、私……」
 やがて、彼女はゆっくりと身を起こした。
「デウスエクスに襲われたんだ」
 ハルが短く告げる。
 驚いた顔をする彼女に駆け寄って、桜子や綴は先ほどと同じ問いかけをする。
「大丈夫よ……助けていただいたのね。ありがとうございます、ケルベロスの皆さん」
「桜が好きな人を、見捨てるわけにはいかないですから」
「そう……桜がお好きなのね、お嬢さん」
「はい。桜子は桜の花も、葉桜も好きですよ」
 桜色をした彼女の言葉に、老人はかすかに笑みを浮かべた。
 安堵の息を吐いた後、幾人かのケルベロスは思い思いに公園の葉桜をながめ始めた。
 数を一本減らしてしまったものの、鮮やかな緑は変わらない。
「お婆さんはいつからこの魅力に気付いたのです?」
 ミリムの問いかけに、ベンチに座った女性は少しだけ目を閉じた。
「そうね、あれは、まだ30になる前だったかしら……葉桜の奇麗な緑と、私を連れてきた夫が熱心にしゃべっていたのはよく覚えているのだけど」
 目の前の老人は60代か、70代に見えた。もう数十年も前の話ということだ。
「この公園の木には、たくさん思い出があるのだろうな。お気に入りの木は残念なことになってしまったが……よければ、お勧めの見所など教えてもらいたい」
 鐐の問いかけに、彼女は静かにしゃべりはじめた。
 きっと、誰かに聞いて欲しいことがたくさんあるのだろう。思い出話で気が休まるならば……穏やかな表情で、白熊は静かに彼女の言葉に聞き入っていた。
 老人と話をしている者たち以外にも、ケルベロスたちは思い思いに緑の匂いに包まれた公園の散策を楽しんでいた。
「花が咲いた桜も綺麗ですけど、葉桜は葉桜で見ていて綺麗ですよね」
「んー、桜が散っても、また違った楽しみがあるんだな。桜は何度も楽しめるのか」
 旅団の仲間であるアクアの言葉に、夕葉が興味深そうにうなづく。
 攻性植物と化した葉桜が倒れた場所から近い位置にある、木の色をそのまま生かしたベンチに、鬼太郎は瓢箪を手に腰かけていた。
 隣には虎が寝そべっている。
 虎と一緒に確かめてはみたが、攻性植物となった葉桜は完全に枯れてしまっていて、もはや芽吹くことはないようだ。
「また芽吹いてるのを期待したんだがな、虎よ」
 ウイングキャットに語りかけながら鬼太郎は瓢箪を傾けて酒を一口飲む。
 美しい自然の中で飲む勝利の美酒は格別の味だ。ただ……デウスエクスと化してしまった葉桜の死に、鬼太郎はかすかな苦みを覚えた。

作者:青葉桂都 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年5月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 1
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