意外と安いアイスクリーマー

作者:baron

『アイーッス、クリーン!』
 浜辺で謎の奇声がする。
 木陰になった場所から、冷気が漏れ出し周囲を凍結させた。
 甘い香りと気味の悪い臭いがブレンドされており、コレを好きな者よりも虫の方が先に寄って来るだろう。
『キンキンキン、冷えてる冷えてるアイスクリン!』
 そいつはプロペラの様な物を回転させると、木を切り刻んだり、ネットや看板を寸断する。
 そして辺りに人が居ないのを理解すると、周囲を凍らせながら街へと向かったのである。


「暑つうなって来ましたなあ。ちょいと大変アんやけど、廃棄された家電を元にダモクレスが暴れましたけ、何とかしてもらえませんでしょおか?」
 ユエ・シャンティエが海水浴場とお菓子作りのパンフレットを手に説明を始めた。
「幸いにも場所が海水浴場で、たいていの場所と同じでまだ海開きはまだですのや。ですが、このまま放置したら大変なことになってしまいますけ、よろしうお願いします」
 その海水浴場は海開きが早い方だが、流石に日本一だとか本州一番な場所に比べたらまだまだだ。
 ゆえに人は居ないのだが、少し離れれば町がある。
 それに散歩する者も居るだろうし、早目に対処しておいた方が良いのは間違いないだろう。
「敵はアイスクリーマーなんですが、どおも故障したか、管理が悪くて使いたくなくなって捨てたようですわ」
「乳製品とか使いますし、ちゃんと洗わなければ大変なことに成りますからね」
「美味しいなら臭いとか気にしねえけどな」
 そんな事を言いながらユエはパンフレットを並べておく。
 見れば昔と違って安い物も出回っており、中古・新古も含めればかなり値段が抑えられるだろう。
 だからこそ、このアイスクリーマーも捨てられてしまったのかもしれない。
「攻撃方法は凍結光線での射撃と回転する刃による白兵戦になるでしょおか」
「まあその辺は想像通りっすね」
「バスターライフルのレプリカントってとこか?」
 ユエはケルベロス達の質問に頷きつつ、大量に作っておいたアイスをクーラーボックスから取り出した。
 さすがに市販品ほど美味しくはないが、こういったものが出先で作れるのは便利だ。
 ちゃんと掃除する者はなぜ 捨てたのかと首を傾げ、そんな者の言葉にどちらかといえば杜撰な者は視線を外して居たりといった光景が見受けられる。
「どちらにせよ、罪も無い人々を巻きこむ訳にはいきません。よろしうお願いしますえ」
 ユエが軽く頭を下げると、ケルベロス達は依頼の相談をしたり、この海水浴場では泳げないのかとか話し合い始めた。


参加者
瀬戸口・灰(忘れじの・e04992)
千歳緑・豊(喜懼・e09097)
グラニテ・ジョグラール(多彩鮮やかに・e79264)
エレインフィーラ・シュラントッド(翠花白空のサプレション・e79280)

■リプレイ


 寄せては返す波の音に、足を踏み入れればサクリと砂の音がしそうだ。
「お、おおぉ」
 グラニテ・ジョグラール(多彩鮮やかに・e79264)は小さく唸りを上げた。
 場所や季節などのロケーションが変われば、自然というものはちょっとした感動を与える。
 一筆、絵でも描きたくなったとしても仕方あるまい。
「海を見るのは初めてでが、押し引きする波の音が心地よいですね」
「すごいなー」
 エレインフィーラ・シュラントッド(翠花白空のサプレション・e79280)の言葉に、グラニテはただ頷いた。
 地球の景色に触れるアイスエルフ達は静かに頷き合った。
「夏が来る前には泳ぎを覚えたいものですね」
「んー」
 少女漫画とかだと、海に入ってバランスを崩す事もある。
 だが流石に、ケルベロスのバランス力ではそう言う事もなさそうだ。
 グラリと来ただけで、地震の深度1とか2を感知する様な物である。
「……これだけ良い景観なのに、汚す連中が居るなんてな。しかもコレまだ使えるぜ」
 そんな二人を眺めながら、瀬戸口・灰(忘れじの・e04992)はあちこちにある、建物や木の影をチラリ。
 捨てられしゴミを発見。中には壊れていない物も見えた。
「またか」
 それを聞いて千歳緑・豊(喜懼・e09097)は思わずため息を吐いた。
「廃棄物を利用する作戦は中止にならないかと、年単位で言っている気がするんだが」
「コギト珠から蘇られせるより効率が良いんじゃないか? 罪人エインヘリアルや植えたローカストみたいな」
 豊の言葉に頷きつつも、灰はもう少し周辺を見て回ることにした。
「いくのかー? ならいっしょにイクゾー」
「それは心強いな。手分けするとしよう」
 グラニテは灰と別方向に移動して、周囲を見回った。
 散策と言うよりは、一般人が入り込んで居ないかどうかを確認する為だ。
 泳ぐのはシーズンが早いとしても、ランニングや犬の散歩くらいはありえるかもしれない。

 そんな事を思って、暫くした後。
 誰か他の人間を見付けだすよりも先に、目的地付近に謎の影が見えた。
『アイーッス、クリーン!』
 中心軸が回転する度に、周囲へ冷却フィールドが展開されるのである。
 まるで魔法のランプ、いや、魔法の壺から冷気が溢れるかのようであった。
「これがアイスクリーマー。なるほど、相手にとって不足なしです」
 突如発生する冷気に耐えながら、エレインフィーラは顔の左半面に氷の仮面を作りあげる。
 意識を戦闘態勢に突入させながら、丸みを帯びたフォルムに関心を抱いた。
「変に手足がついて無いだけまだマシ。しかし……その奇声には物申すぞ!」
 彼女とは逆に、豊は微妙な気持ちだ。家電を強引にダモクレス化したことで、かなり変異してしまっている。
 もう一人の攻撃役である灰を庇いながら、果敢に反撃に出た。
「フォロー。……まずはこの場に留めるぞ」
 豊が片手を上げるとソコには、光る五つの目があった。
 唸りを上げながら世界に現出し、敵の周囲を取り巻きながら盛んに咆え始める。
「アレを捨てるのか……勿体ないことを……。冬もアイス食えるから便利なんだがなぁっと。集中するか」
 灰はオウガメタルを呼び出して巨大な鉄甲に変えながら、守ってもらった自分とは違って直撃したはずのエレインフィーラを眺めた。
 ダメージを受けているのは目に見えるが、もしかしたら、寒さには強いのかもしれない。
 自分は寒いの苦手なのだが、彼女はアイスエルフだからだろうかと、他愛ないことを考えながら鉄拳を振るった。
「廃棄された機械に取り付くダモクレスとは結構戦っていますが、しかしながらそのバリエーションの広さに驚きますわ」
 その頃、エレインフィーラは別の事を考えていた。
 灰と同じく他愛ないことに違いないが、関心は地球産の家電製品に向いている。
 何度戦った事はあるが、みんな違った製品だ。もしかしたら同じ系統もあったのかもしれないが、少なくとも木が付かなかった。
「しかし氷のフィールドを張るとは煽ってくれますね。氷を司るものとしては負けられない相手ですね」
 対抗心を持ちながらも、エレインフィーラはまず援護から始めることにした。
 心は厚くとも、頭脳はクールに冷えている。
 誰もが熱戦を行う意味はないと、冷静に流体金属の膜を広げたのだ。
 傷を癒すと同時にオウガメタルの囁きを持って援護する。
「それじゃあ、こっちは防御用だー」
 グラニテも光の剣で仲間を回復するが、むしろ防壁を張って寒さに対抗する為だ。
 相手の火力は高くないが、その分だけ冷気などの負荷が強い。
 いまも氷が張って居る場所もあり、油断ならないからだ。これから長時間戦う事になりそうだし、前もって対策しておく事にした。


 数分後、暴風が吹き荒れオーロラが空を染め上げる。
 その様子はまさに北欧か北極か。
「ダモクレス化した後じゃ修理も出せないし、解体してやるのがアイスクリーマーの為何だが……」
 灰は融かしてもらった筈の氷を思い出しながら、治療済みの肌をこすった。
「確かに暑くはなってきたが、凍結するまで冷やすことはないだろう。クーラーだってまだ早い時期だぞ、冷えて冷えて……うわ、鳥肌」
 寒さに強いのか涼しげな顔の仲間を羨ましそうに見ながら、灰は翼猫の夜朱を抱きしめた。
 さきほどは残念ながらガードが間に合わなかったが、とても温かい。
「よし、成分と温度補給。反撃と行くぞ夜朱」
 灰は夜朱の回復で十分と見たのか仲間を信じてか、自らは回復せずに影を固めて弾丸を放つ。
 そこへ再び光が訪れ、残りの傷を癒して行った。
「もうさっきみたいなことはないかな―? 助けてくれて、いーこいーこなのだ」
 グラニテは治療に加わった夜朱に手を振るのを兼ねて、星剣を頭の上でブンブン降った。
 それに対する返事なのか、それともお手本のつもりか、夜朱は尻尾を優雅に左右させる。
「私を凍結させるとは……しかしまだまだです。アイスエルフの凍える吐息を受けてください。本物をお見せいたしましょう」
 エレインフィーラは氷の息吹を放つと、即座にハンマーを構え直した。
 当たりはしたがまだ不安なところもある。
 砲撃形態に切り替えつつ、相手の攻撃を見てステップを掛けた。
『キンキンキン、冷えてる冷えてるアイスクリン!』
 内側に有る筈の刃が、丸いボディから抜き放たれた。
 乱回転するブレードはまるで鋸のようだ。

「白兵戦が来ます。回避を」
「みんな。気をつけろよ」
 エレインフィーラと反対方向に避けながら、灰も注意を促した。
 代わりに飛び込む影が二つ。
「そうそうやらせはせんよ」
 ぬうんと唸りを上げて、豊の拳が刃の中央を抑えた。
 本来の設計であれば、あのプロペラは機械の中で回るだけの物だ。止められる筈が無い。
 だがダモクレス化したことで、不不用意に露出し、刃の無い部分を抑えることが出来た。
「さて。このまま行かせてもらうとするか」
 豊は掌が裂けるほどの力を受けて、痛みを覚えるがそのまま反撃に出た。
 グラビティを集中す焦ることで猛烈な圧を掛け、地獄の炎と共に叩きつけたのである。
 握り込んだ場所から、ダモクレスに炎が生じた。
「焚き火ができれば一番なんだがな……。遠慮しないでくれよ」
 灰はナイフを振るって飛び込むと、炎を払おうと書いてする刃の根元に突き入れた。
 そのまま配線を切断し、抵抗しようとしている基部を破壊する。
 そうすることで、バランスを崩し一気に動きを抑えるためだ。
「チャンスですわ。これでかなり当て易くなった筈」
 エレインフィーラはトリガーを引き、ハンマーの射撃形態を開放した。
 激震が走りダモクレスの周囲が揺れ、ショックを与えて動きを止めに掛る。
「今回はまだ援護かなー。時間はかかりそうだし、あとで攻撃してみるかー」
 グラニテは豊の治療を兼ねて蝶を飛ばした。
 防壁を張ってこちらの抵抗を上げ、逆に相手をかなり追い込んでいるがまだ足りない。
 時折外れることがあるし、まだまだ倒すには遠いだろう。
「まあ焦ることはない。一歩ずつ勝利を目指すのみだ」
「その通りです。今は我慢の時ですわ」
 豊たちに任せてエレインフィーラは迂回し、徐々に退路を抑えに掛った。
 今は倒し切れないが、やがて逆転する時が来るだろう。
 その時に備え包囲態勢への移行を、前もって準備し始めたのである。
「もう少しお相手してもらおうか。なに、ダンスはそれなりに得意でね」
 豊はそう言うと、自信ではなく炎の獣をけしかけた。
 喰らい付いて動きを止め、仲間達の攻撃を導く為に、追い込み始めたのである。


 更に時間が過ぎ、ダモクレスの動きは緩やかになって行った。
 とはいえ、その力は健在だ。
「回復大変だ♪ 攻撃してるひまがないぞ~」
 グラニテは無表情で歌を唄い始める。
 まるで知らない人が見れば、楽勝の戦いで棒読みして居た様にも見えるかもしれない。
 もっとも今回は本当に大変で、攻撃役が喰らった上に、氷も結構張られてしまった。
「おそらくこれが最後の窮地でしょう。協力いたしますわ」
 防壁が割られた訳でも無し、ただの確率だろう。逆にまるでない時もあった訳だし。
 エレインフィーラは落ち付いて呼吸を整え、広範囲に噴き出した。
「凍える吹雪の中にあって、雪は時にあなたを温める事もあるのをご存知かしら? 明日の為に終わる今日、それを希望と呼ぶのですわ」
 エレインフィーラは周囲に迫る凍気に向けて、己の内なる息吹を吹き掛けた。
 薫る様な風が吹き抜けて、中から外へ冷気が向かって行く。
『あ、あ、あ。アイスクリーム混ぜ混ぜアイ、スクリーム!』
「この期に及んで!」
「夜朱に任せろ。手を休めるなっ」
 エレインフィーラが睨みつけて対応しようとするが、灰は翼猫にそれを防がせる。
「さあ。終わりの始まりと行こうじゃないか。むろん、私達のじゃないがね」
 豊は地獄の炎を弾丸に換えると、至近距離から叩き込んだ。
 それを避けようとしたダモクレスだが、炎の獣が食い付いて回避を阻んだ。
「悪いがもっかい悪い夢を見といてくれ。どんな夢か知らないがな」
 ここで灰はナイフを掲げて再び悪夢を見させることにした。
 とはいえどんなトラウマがあるのかは判らない。
 大かた、捨てられた原因なのだろうが、もり型遅れなだけだったらどんな光景なのだろう。
「ううーようやく攻撃だー。……きらきら煌めく夜の中で、ひときわ輝くもの。ほら、きみにもきっと見えるはずだよー。だって、あれは」
 グラニテは周囲の光景を描き変えて、蒼い青い群青の夜空を描き上げた。
 そこに流れるのは宇宙か、星か。
 空の幻で幻惑すると、突如元に戻す事で落下したかのような衝撃をグラビティで与えた。
 ダモクレスの意識にも体にも、強烈なダメージを与えたのである。
「これでトドメです!」
 最後にエレインフィーラが鉄槌を振り降ろしトドメを刺した。
 ズズンと強烈な音がして、ダモクレスの丸みを帯びたボティがくしゃっと潰れる。

「制圧完了しましたわ」
 エレインフィーラは相手が動かなくことを確認すると、氷の仮面を消した。
 緊張の糸を解き、息を整える。
「割りと時間が掛ったな。周辺に被害が無いのが幸いだが」
「今回は片付けだけで済みますね。まずは傷を治しておきましょうか」
 豊がパイプをふかす為に風下に向かうと、エレインフィーラは頷きながら治療を始めた。
「周りにヒールだー! って要らないのかー。ばっちり治療したら、海だー!」
「良いな。終わったら海で少し遊んでいくか?」
 グラニテが本格的に治癒し始め、砂浜の他は木や海の家くらいなのでヒールが終わるのが早い。
 灰も賛成しつつ、夜朱の砂を払って頭の上に載せた。
「最近は突然寒くなったりもするが、今日は良い陽気だね。私は泳がないが」
「つきあい悪いな。まあ俺も喫茶店とかだったら、甘い匂いと……なんか変な臭いがまだ残ってるんで、しばらくアイスは勘弁したいけどな」
 豊は灰の言葉を予想して居たのか、心外だとばかりに肩をすくめた。
「レプリカントだからね、泳ぎは素材的に向いて無いんだよ。海に遊びに来るのは吝かじゃないんだが」
 豊はみなの風下に位置したことで、おもむろにパイプに煙草を入れて火を付ける。
「なのかー。あ……わたし泳げたっけなー? んんー……覚えてないけど、なんとかなるかー!」
「夏が来る前には泳ぎを覚えたいものですね。今は足を水に漬けるとか、軽く練習で良いのではありませんか」
 グラニテは早速水着に着替えるのだが、エレインフィーラはくすりと笑って軽くフォローした。
 記憶が無いか、関心が無かった様だが良いではないか。
 これから一つずつ思い出を造り、楽しい日々として記憶すればいい。
 そう思えば白紙の予定表に、練習に来るという予定すら出来たではないか。その姿は今から思い浮かぶようである。
「しかしまあ、さっきの寒い中に比べれば、海の水のほうがよっぽど暖かそうだ」
「そうなのか?」
「水の中は温度があまり変わらないからね。海流次第でかなり暖かいよ」
 灰の言葉にグラニテは首を傾げ、豊はちょっとした知識を披露する。
「それにしても、これが海ですか。果てまで続く青、とても美しいですね」
 そんな会話を繰り広げながら、エレインフィーラは来た時の様に海を眺めた。
 押し引きする波の音を心地良く聞きながら、いつまでもそのまま眺めていそうだった。
「ぶくぶくぶく~しーずーむーのーだー」
「夜朱、とってこい」
 案の定、グラニテは上手く泳げなかった。
 灰は頭の上から翼猫を降ろすと、ワンコの様に救助に向かわせてそのまま散歩させることにした。
 その日は飽きるまでそんな感じで過ごし、散策を楽しんだと言う。

作者:baron 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年5月23日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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