君は薔薇より疎ましい

作者:土師三良

●宿縁のビジョン
「見つけたわ」
「……え?」
 夜の公園。
 並木に挟まれた歩道で、アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)は奇妙な少女に行く手を塞がれた。
 いや、『奇妙な』という表現は控え目に過ぎるだろう。衣服の裾から二本の足の代わりに無数の蔓が伸びているのだから。
 異形の下半身を視界に入れなかったとしても、少女はどこか普通ではなかった。様々な花で飾られたその姿は文字通り華やかではあるが、生気に欠けており、等身大の人形を思わせる。注意して見なければ、本物の人形だと勘違いしてしまうかもしれない。
「見つけたわ」
「えーっと……君は誰かな?」
 同じ言葉を繰り返す少女にアンセルムは尋ねた。相手が攻性植物であることを半ば確信しながら。
「私は花精アンブロシア。でも、名前なんか覚えなくていい。どうせ、あんたはすぐに死ぬんだからね」
 少女は憎々しげに名乗り、勢いよく指を突きつけた。
 アンセルムが肌身離さず持ち歩いている人形に。
「返してもらうわよ! 姉さんを!」
 どうやら、その人形とアンセルムとを繋いでいる蔦型攻性植物のことを『姉さん』と見做しているらしい。そう思い込んでいるだけなのか? あるいは本当に姉妹なのか? それは判らないが、アンセルムを見逃すつもりでないことだけは間違いないだろう。
「返すもなにも――」
 敵意に満ちた少女の視線を真正面から受け止めながら、アンセルムは人形を抱く手に力を込めた。
「――この子はボクのものだよ」

●音々子かく語りき
「北海道苫小牧市の公園で、アンセルムさんが攻性植物に襲われちゃうんですよー!」
 ヘリポートに緊急招集されたケルベロスたちに、ヘリオライダーの根占・音々子が予知を告げた。
「そいつは『花精アンブロシア』と名乗っておりまして、人間の女の子に寄生してるんです。女の子の意識はなく、体の主導権は完全にアンブロシアが握ってるみたいですね」
 人間に寄生していることが影響しているのかどうかは判らないが、アンブロジアの言動は人間のそれに似通っており、アンセルムが行使している攻性植物のことを『姉さん』と呼んでいるという。
「肉親を拐かしたり殺したりした憎きデウスエクスとの戦い……ではなく、今回はその逆パターンというわけです。けっこうレアなケースかもしれませんねー」
 しかし、ある意味ではレアではないとも言える。一般人が攻性植物に寄生される事件は今までに何度も発生しているのだから。
「アンブロシアの宿主となっている女の子を助けるためには、通常の寄生型に対処する時と同様、相手を攻撃しつつヒールしなければいけないんです。そんな余裕がないようであれば、女の子を見捨てるしかありませんが……最終的な判断は皆さんにお任せします」
 そして、音々子はヘリオンに向かって歩き始めた。
「では、シスコンな攻性植物をやっつけに行きましょー!」


参加者
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
ナクラ・ベリスペレンニス(ブルーバード・e21714)
朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)
ベルベット・フロー(紅蓮嬢・e29652)
長谷川・わかな(笑顔花まる・e31807)
アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)
霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)
犬曇・猫晴(銀の弾丸・e62561)

■リプレイ

●舞えば、睡蓮
「この子はボクのものだよ」
 北海道苫小牧市某所の公園。本州の尺度では少しばかり季節外れに思える桜の花々に見下ろされながら、シャドウエルフのアンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)は強く抱きしめた。攻性植物によって自分と繋がった少女型の人形を。
「初めて人からもらった、大切な子なんだ。通りすがりの攻性植物に渡すなんて、冗談じゃない」
「ええ、冗談じゃないわ」
 怒りと嘲りが入り交じった声で応じたのは、無数の花で全身を飾った少女……いや、その少女に寄生した『通りすがりの攻性植物』。
 その名も花精アンブロシア。
「私は本気であなたを殺るつもりだからね。姉さんを取り返すた……」
「アンセルムさん、ご無事ですか!?」
 アンブロシアの勇ましき覚悟表明に叫び声が割り込んできた。
 そして、その声の主である霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)を含むケルベロスたちがアンセルムの周囲に次々と着地した。言うまでもなく、ヘリオンから降下してきたのである。
 着地の衝撃によって舞い散る桜の花。その淡紅色の吹雪に白い紙兵の群れが混じり、何人かのケルベロスたちに異常耐性を付与した。
「アンセルム、おっひさー。助太刀するぜ」
 と、片手をあげて挨拶したのはオラトリオのナクラ・ベリスペレンニス(ブルーバード・e21714)。その手に装着された紫色の縛霊手『Dahlia purple』が紙兵の発生源だ。
「アンセルムさん……モテ期です?」
「えー!? なにこれ、修羅場? ねえ、修羅場? アンちゃんの攻性植物さんを巡るドロ沼の三角関係!?」
 不思議そうな顔をしてアンセルムとアンブロシアを交互に見るエルム・ウィスタリアの横で、サキュバスの長谷川・わかな(笑顔花まる・e31807)が興奮気味に声をあげた。その身を包むオウガメタルからオウガ粒子が放出され、桜の花片と紙兵に黄金の輝きを加えていく。
 そして、すぐに四色目が追加された。玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)が『翠鳥ノ羽根(ソニドリノハネ)』を発動させて、カワセミの碧い羽根を降らせたのだ。
 治癒力を上昇させる羽根が舞い散る中、黒豹の獣人型ウェアライダーである陣内はニヤリと笑って、アンセルムを見た。
「三角関係が生まれた発端は、アンセルムによる未成年の略取と聞いたが……」
「いや、略奪じゃないし、それ以前に攻性植物に未成年もなにもないと思うよ。というか――」
 陣内に反論しながら、アンセルムは攻性植物『kedja』を大蛇に変えて、アンブロジアに食らいつかせた。『変容:妄執の毒蛇(グラッジスネイク)』という名のグラビティである。
「――中学一年生の女子と同棲している陣内さんにそんな風にイジられるのはものすごく心外なんだけど」
「同棲じゃなくて、同居な。あと、わざわざ学年まで言う必要はないから」
「ゴチャゴチャうるさーい!」
 楽しげな(?)やりとりを咆哮で吹き飛ばし、アンブロシアが蔦を振り下ろした。戦斧の力強さと日本刀の鋭さを有した一撃。それは彼女の姉を『略奪』したアンセルムに命中し、肩を深く斬り裂いた。
「さっさと死んで、姉さんを返しなさいよ!」
「姉さんだか兄さんだか知りませんけどねー」
 アンブロシアを睨みつけて、太極拳めいた構えを見せたのは朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)。スコティッシュフォールドの人型ウェアライダーだ。
「その子は渡しませんよ! それにアンちゃんも!」
『その子』たる人形を抱えたアンセルムを背に庇うようにして立ち、環は掌底を勢いよく突き出した。『気功式・集気活性』によって練り込まれた気が猫の形になって放たれ、アンブロシアの胸に打ち込まれる。だが、ダメージは皆無。それはアンブロシアに寄生されている少女のために用いられた、共鳴効果のある治癒のグラビティだったのだから。
「そうだよ! そのお人形さんは絶対に渡さない!」
 ベルベット・フロー(紅蓮嬢・e29652)が両手を素早く動かし、前面に浮かぶ魔法陣のホログラム(カテゴリー上はガネーシャパズルである)『マジシャンズ・ストレンジ』をくるりと回転させた。魔法陣の中心から飛び立った光の蝶がアンセルムの肩に止まり、傷を癒すと同時に第六感を呼び覚まして命中率を上昇させていく。
「友達を犯罪者にするわけにはいかないからね!」
「……ハンザイシャ?」
 目をテンにしてアンセルムが聞き返すと、ベルベットは拳を強く握りしめて答えた。
「だって、人形を奪われたりしたら、アンセルムさんがどんな凶行に及ぶか見当もつかないし!」
 冗談を言ってるわけではない。頭部が地獄の炎で覆われているにもかかわらず、ベルベットの表情が真剣そのものであることは一目瞭然であった。
「略奪だの凶行だの……皆、ボクのことをなんだと思ってるんだろうね?」
「アンセルムくんはアンセルムくんだよ。それ以外の何者でもない」
 人形相手にこぼすアンセルムにそう言いながら、犬曇・猫晴(銀の弾丸・e62561)がアンブロシアにスターゲイザーを見舞った。
「ですね」
 猫晴の言葉に頷いて、和希もスターゲイザーを放った。

●怒れば、柘榴
「すべての闇を打ち砕く希望の光を、あなたに!」
 わかなが『破邪の音色』という名の歌を和希の耳に届け、破剣の力を付与した。もっとも、敵の治癒を担当している者たちは相手にエンチャントを与えるつもりはないので、あまり意味はないが。
「おぉぉぉーっ! 今日はいつも以上にノッてるぜぇーっ!」
 ヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)がバイオレンスギターの演奏を始めた。曲目はバカの一つ覚えの『紅瞳覚醒』だが、一応は『破邪の音色』に合わせてアレンジしている。
「イヌマル! おまえもぶちかましてやれ!」
 調子に乗って、バセットハウンド型のオルトロスのイヌマルに命じるヴァオ。
 しかし、歌い終えたわかなが割って入った。
「だめだめ。イヌマルくんのグラビティは女の子を助けるのにはちょっと危険だから、攻撃はしないで庇うのに専念してね」
「がおー!」
 愚かな主人よりもわかなの指示をイヌマルは優先し、敵に手出ししなかった。それでも牙を剥いて威嚇することは忘れない。いささか迫力に欠ける威嚇ではあるが。
「なのー!」
 同じく迫力が欠如した鳴き声を発して、ナノナノのニーカがハート型の光線を発射した。
 その光線に伴走するはアンセルムのライトニングボルト。
 二つの光がアンブロジアに命中して続けざまに弾けると、数秒の間を置かずにもっと暗い第三の光が放射された。猫晴のライジングダークである。
「やっぱり、対複グラビティを単体の標的に使うと、ダメージがいまひとつだねえ」
 そう呟く猫晴の視線の先でアンブロシアが荒れ狂い、吠え猛る。
「この程度の攻撃で怯むと思ったら、大間違いよ! 私は絶対に退かない! その人形野郎の魔の手から姉さんを救い出すまでは!」
 少女の体から伸びる蔓が唸りとともに振り下ろされた。先程のように一本だけではない。攻撃目標はアンセルムを始めとする前衛陣。
「いや、こっちもおまえも退かせるつもりはないんだが?」
 前衛陣の一人である陣内が傷をものともせずに間合いを詰め、獣撃拳を叩き込んだ。
「退くのは俺たちだ。きちんとオシゴトを済ませて、みんなで無事にオウチに帰るさ」
「もちろん、その『みんな』の中にはアンタが勝手に寄生しちゃってる女の子も入ってっから!」
 ベルベットが再びヒーリングパピヨンを発動させた。今度の対象は環だ。
「そうです! あえて、もう一度、言わせてもらいましょう! その子は渡しません、と!」
 スコティッシュフォールド特有の折れ耳にリボンならぬ光の蝶を付けて、環は二発目の猫型の気を撃ち出した。寄生された少女をヒールするために。
「まあ、でも、姉を助けたいって気持ちは判らなくもない」
 と、ナクラがアンブロシアに語りかけた。
「俺だって、ファミリーは大事だしな。すんげー大所帯な上にどいつもこいつも騒がしいから、夏とか暑苦しい限りなんだけどよ。かけがえのないものなんだわ、うん」
「だったら、私の邪魔をしないでよ!」
「いや、そういうわけにもいかない。アンセルムが『ボクの子』だって言ってたろ? たぶん、人でも植物でも、運命の赤い糸ってやつがあるんだ。その糸をぶった切るような奴ぁ、馬に蹴られて死んじまうぜ」
 環と同様、ナクラも少女をヒールした。グラビティは気力溜め。『The Flame』という共鳴効果付きのグラビティも用意してきたのだが、それは近距離用であるため、アンブロシア/少女には届かなかったのだ。
 結果、ケルベロスに付与された状態異常のいくつかは気力溜めのキュアで消え去った(しかも、ナクラはジャマーのポジション効果を得ているため、キュアの発動回数は通常の三倍になっていた)。
「アンセルムさんの場合、赤い糸ではなく――」
 新たな状態異常を付与すべく、和希がアンブロシアの蔓をサイコフォースで攻撃した。
「――緑の蔦ですけどね」

●散り逝く姿は徒桜
「大地の力を今ここに……顕れ出でよ!」
 イッパイアッテナ・ルドルフがファミリアロッドを地面に突き立て、地底に眠る清浄な力を呼び覚まし、前衛陣の傷を癒した。
 思っていた以上に戦いは長引いていた。ケルベロスたちは皆、疲弊している。だが、それはアンブロシアも同じこと。
「しかし、もう五月だってのに北海道はクッソ寒いなぁ」
 疲労をぼやきで隠しながら、沖縄出身の陣内が惨殺ナイフの『ウビンジャスン』を一閃させた。無造作とも思える動きで繰り出された斬撃はジグザグスラッシュ。ナクラのキュアから漏れたアンブロシアの状態異常がジグザグ効果で悪化した。
「大袈裟だって、陣内さん! 確かに暖かくはないけど、『クッソ』が付くほど寒くないし!」
 地獄の炎の下から覗く口元に苦笑を浮かべ、ベルベットが『マジシャンズ・ストレンジ』からドラゴンサンダーを放つ。
 攻撃は命中したが、炎の下の苦笑が会心の笑みに変わることはなかった。それどころか、ベルベットは敵を見ていなかった。呆然と空を見上げている。
「あー……前言撤回。やっぱり、大袈裟じゃないかも」
 その顔を覆う炎に白いものが次々と飛び込み、小さな音を立てて蒸発していく。
 雪だ。ケルベロスの前衛陣だけに降り注ぐ超局地的な雪。もちろん、本物ではない。エルムのグラビティ『六華』によって生み出された、癒しをもたらす雪である。
「にゃーん!」
「なおぉぉぉーん!」
 季節外れの雪にはしゃぎながら、ウイングキャットのビーストが尻尾の輪を飛ばし、羨ましげに鳴きながら(降雪範囲の外にいるのだ)、陣内のウイングキャットも輪を飛ばした。
 アンブロシアの蔓を切り裂いた二つの輪を黒い光が照らす。猫晴のライジングダーク。
「桜と雪を同時に見られるとは得した気分だねえ」
 猫晴がアンセルムに声をかけた。
 しかし、アンセルムは無言。雪に傷を癒されながら、アンブロシアをじっと見つめている。
「もう一年以上も前のことだけど……ボク、キミとよく似た子に会ったことがあるよ」
 ようやくにして言葉を発したアンセルムだが、語りかけた相手は猫晴ではなく、アンブロシアだ。
「その子は『ワイルドハント』と名乗ってた。でも、ボクに似た誰かを連れていたワイルドハントと違って、キミの傍には誰もいないね。どうして?」
「はぁ? わけの判んない戯言を垂れ流すな、この変態野郎! 私の傍にいるべき姉さんを奪ったのはあんたでしょうがぁーっ!」
 怒声を張り上げてケルベロスたちを蔓で打ち据えるアンブロシア。もっとも、怒りの対象であるアンセルムはイヌマルに庇われたので、ダメージを受けなかったが。
「確かにアンセルムは変態野郎かもしれないが――」
 ナクラが『Dahlia purple』でアンブロシアを殴りつけ、縛霊撃で動きを鈍らせた。ヒールはもう必要ないと判断したのだ。
「――誰かの傍にいるべき者を奪ったという点ではおまえも同罪だぜ。寄生されてるその娘にだって、ファミリーや友人はいるだろうからな」
「ナクラさんの言うとおり! アンちゃんは変態だけど、あなたの所業は変態のそれよりも卑劣!」
 環もまた攻撃に転じ、ヌンチャク型に変形させた如意棒で斉天截拳撃を見舞った。ずっと敵を回復していたことへの鬱憤を晴らすべく、渾身の力を込めて。
「それに、変態野郎といえども、アンちゃんが私たちの大切な友達であることに変わりはないんだよ! だから、絶対に守ってみせる!」
 そう言いながら、わかながアンセルムにサキュバスミストを噴きかけて、しつこく残っていた状態異常をすべて消し去った。
「うーん」
 アンセルムは首をかしげて、和希に問いかけた。
「これだけの人数がいて、ただの一人も『変態野郎』という言葉を否定しない……というか、むしろ全力で肯定している。この状況をボクはどう受け止めればいいんだろうね?」
「……」
 黙秘権を行使して、黒いバスターライフル『ブラックバート』のトリガーをひく和希。
 ゼログラビトンの光弾を受けて、アンブロシアは片膝を地に落とした。宿主たる少女の体から色とりどりの花々が剥がれ落ちていく。
 それでも姉を想う攻性植物は力を振り絞り、アンセルムを睨みつけて悪態をぶつけた。
 いや、ぶつけようとしたのだが――、
「あ、あんたなんか、姉さ……」
 ――言葉はすぐに途切れた。宿主の声帯を操ることもできないほどに弱っているらしい。
「アンセルムさん! とどめ!」
「……うん」
 ベルベットに促されると、アンセルムは小さく頷き、緩慢とも見える動作で蹴りを繰り出した。
 花々が剥離したことによって露出したアンブロシアの中枢らしき部位が爪先のシャドウリッパーで斬り裂かれ、少女の体ががくりと揺れる。
 そして、次の瞬間、少女は脱力して地面に倒れ伏した。
 花と土にまみれたその小さな姿は、飽きて捨てられた人形を思わせた。

「命に別状はなし、だ」
「よかった……」
 意識を失ったままの少女にヒールを施すナクラの横で和希が安堵の溜息をついた。
「よかった……」
 ヒールに協力したビーストの頭を撫でながら、ベルベットも同じ呟きを漏らした。ただし、揺らめく炎の奥の目が見ているのは少女ではなく、アンセルムだ。
「愛しの人形が危機に見舞われちゃったせいでアンセルムさんが凶暴化したらどうしよう……なんて思ってたんだけど、大丈夫っぽいね」
「おいおい。いくらアンセルムといえども、そんなことで凶暴化するわけ……ないこともないかな」
 服に残っていた雪を払いつつ、陣内が冗談めかした調子で言った。
 確かにアンセルムは凶暴化などしていない。
 しかし、誰も気付いていないが、どこか様子がおかしかった。
「ねえねえ」
 と、わかなが明るい声を出した。
「せっかく集まったんだし、このままどこか遊びに行かない? 私、アンちゃんに着せたい衣装があってさー」
 その衣装とは巫女装束。わかなの趣味の一つは、アンセルムを女装させることなのだ。
「それ、おもしろそう! 私としてはメイド服を推したいでーす!」
 環がわかなの提案に乗った。
 しかし、当のアンセルムは――、
「ごめん。ちょっと一人にしてくれる? いろいろと考える時間が欲しくて……」
 ――いつになく暗い顔をして、その場から立ち去った。
 この時になって、皆は初めて気付いた。アンセルムの様子がいつもと違うことに。
 そして、気付いたからこそ、彼を呼び止めなかった。
 仲間たちの視線を背中に感じながら、アンセルムは無言で歩き続けた。無言といっても、心の中では語りかけている。いや、問いかけている。
 大切な人形に向かって。
(「アンブロシアの姉さんとやらに寄生されたけど、ボクはこうして生きている。でも……本当はどうなるはずだったんだろう?」)
 もちろん、人形はなにも答えてくれなかった。
 今までがそうであったように。
 おそらく、これからもそうだろう。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年5月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 1
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