菖蒲と野点、無粋なるは竜牙兵

作者:柊透胡

 九州は、宮崎県――宮崎市内の森林公園に在る菖蒲園では、毎年約160種類、20万本もの花菖蒲が華やかに咲き誇る。毎年5月下旬から6月上旬に掛けて「はなしょうぶまつり」が開催され、多くの市民で賑わうのだ。
 祭りの期間中、日曜日の菖蒲園では野点も催されている。いつもより和服姿の人々が行き交い、雅な初夏の一時を過ごす正午過ぎ。
 ――――!!
 菖蒲池に臨む森林公園の中央に、突如飛来した巨大な牙が突き刺さる。忽ち、鎧兜を纏った竜牙兵へと姿を変えた。
 人々が……グラビティ・チェインが1箇所に集まる機会を、デウスエクスが見逃す筈もない。
「さあ、オマエたちの、グラビティ・チェインをヨコセ」
 突然の事に恐れ逃げ惑う人々へ、オーラの暴威が、星影纏う凶刃が、数多を簒奪すべく鎌刃が襲い掛かる。
「ソウダ、ワメケサケベ! オマエたちがワレらにムケタ、ゾウオとキョゼツは、ドラゴンサマのカテとナル」
 3体もの兵は咆哮を上げ、老若男女を問わず、その命を刈り取っていく。
「ガァァァハハハ」
 そこは、正しくデウスエクスの狩場と化す。容赦ない殺戮に巻き込まれた花菖蒲までもが切り裂かれ、血に染まった花弁を散らした。

「……お出かけ日和は、竜牙兵も同じなんでしょうか」
「寧ろ、作業効率に拠るものかと考察します。人が多ければ、グラビティ・チェインも1度に多く集められるでしょうから」
 迷惑そうに翡翠の双眸を眇めるドラゴニアンの少年の呟きに生真面目に答え、都築・創(青謐のヘリオライダー・en0054)は集まったケルベロス達に向き直った。
「……定刻となりました。依頼の説明を始めましょう」
 祭りが催される宮崎県宮崎市内の森林公園に、竜牙兵の襲撃が起きる事が判明した。
「菖蒲園で野点をしている最中だそうです。竜牙兵も無粋ですね」
 ファミリアのシロフクロウを撫でながら、カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)は憤然とした面持ちだ。
「ロッシュさんの懸念が、私の案件にヒットしましたので、皆さんに集まって戴いた次第です」
 襲撃を先に感知し得たのは何よりだが、竜牙兵の出現前に避難勧告を行うと、他の場所が襲われてしまう。
「ですから、皆さんは竜牙兵襲来の直後に駆け付ける事になります」
「じゃあ、私は警察に協力して、一般の人の避難誘導に専念しようかしら」
 そこで挙手した結城・美緒(ドワっこ降魔巫術士・en0015)に頷き返し、ヘリオライダーはケルベロス達を見回す。
「では、皆さんは竜牙兵の撃破に集中して下さい」
 特に、序盤に派手な立ち回りで竜牙兵の注意を引けば、避難誘導もスムーズに進むだろう。
 出現する竜牙兵は、3体。武装はバトルオーラ、ゾディアックソード、簒奪者の鎌が各1体で武装に即したグラビティを使うようだ。
「戦場は菖蒲園に臨む公園広場です。相当に広いですので、戦うのにも支障はないでしょう」
 尚、竜牙兵は撤退しない。最期の最期までグラビティ・チェインを求め、憎悪と拒絶を求めて戦い続けるだろう。
「ドラゴン勢力も巻き返しに必死なようですが、尽く返り討ちにしてやりましょう」
「ええ、パーフェクトな勝利を目指しましょ!」
 勇ましくカルナと頷き合う美緒だが、ふと何かを思い付いた様子。
「確か、菖蒲が満開の頃でお祭りが催されていて、野点のイベントもあるのよね?」
 お仕事を頑張ったら――もしかしたら、遊べそう?
「問題ないでしょう。ただ、余りに被害が大きければ、イベントも中止になってしまうでしょうから、短期決戦を心掛けて下さい」


参加者
秋芳・結乃(栗色ハナミズキ・e01357)
ヴィヴィアン・ローゼット(びびあん・e02608)
赤星・緋色(中学生ご当地ヒーロー・e03584)
峰谷・恵(暴力的発育淫魔少女・e04366)
華輪・灯(幻灯の鳥・e04881)
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)
源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)
ピレレ・エルウェー(ウェアライダーの鹵獲術士・e34581)

■リプレイ

●無粋なるは竜牙兵
 雅なる初夏の正午過ぎ。「はなしょうぶまつり」の一環で野点が催される為、和服姿も少なからず。
「今日は『花勝負祭り』と聞きました! ふふふ、私の自慢の木瓜の花も、プリンセスモードで輝いています!」
 そんな最中、ヘリオンから華々しく降り立ったのは華輪・灯(幻灯の鳥・e04881)。プリンセスも斯くやのオラトリオの少女の周りを、ウイングキャットのアナスタシアがパタパタと元気よく飛び回る。
 だけど、すぐに気が付いてしまった……目の前に広がるのは、満開の花菖蒲。
 ――はなしょうぶは花勝負に非ず。花菖蒲なり。
「菖蒲の花の色って鮮やかで綺麗ですよね」
 愕然とした面持ちの灯とオロオロ見上げるアナスタシアに、カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)は慰めるような笑みを浮かべる。
「竜牙兵にも、そういうのが分かると良いんですけど……」
「許すまじ竜牙兵! やつあたりアタックです!」
「……まぁ、ちゃちゃっとやっつけてしまいましょう」
 正直にぶっちゃけてしまうのは、純真に振り切っている所以だろう。声高に叫ぶ灯を横目に、カルナの肩で白梟のネレイドがホォと鳴く。
「漢字で書くと、しょうぶとあやめって区別付かないよね。ひらがなで書いてくれるなんて親切!」
 そんな2人(+1羽)のやり取りに、赤星・緋色(中学生ご当地ヒーロー・e03584)は何処か惚けた風を呟く。
 宮崎県宮崎市――その森林公園の一角に咲き乱れるのは、約160種類、20万本もの花菖蒲。雅やかにして壮麗なる光景だ。
「ほむほむ、九州の方は来た事なかったけど、何か凄そうな菖蒲園だね」
 緋色が、好奇心旺盛にキョロキョロする暇があればこそ。
 ――――!!
 菖蒲池に臨む森林公園の中央に、突如飛来した巨大な牙が突き刺さる。忽ち、鎧兜を纏った竜牙兵へと姿を変えた。
「折角のステキなお祭りを踏み荒らすなんて……そんな竜牙兵達は、あたし達がサクッと成敗しちゃうよ!」
 すぐさま駆け付けるケルベロス達。ボクスドラゴンのアネリーと並んでヴィヴィアン・ローゼット(びびあん・e02608)が息巻けば、秋芳・結乃(栗色ハナミズキ・e01357)も大いに肯く。
「効率もあるのかもしれないけど、みんなが楽しんでいる所に出てくるのが無粋だよね」
 削れる戦力は削れる時に。剣呑に竜牙兵を睨み、結乃はバスターライフルを構える。
(「ケルベロスがとても忙しい時でも、竜牙兵のワンパターンの襲撃は行われる訳で」)
 風流を全く解しない骨に顔を顰め、源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)は四季彩刀【柊】の鯉口を切る。
「素早く決着を付けようか」
 野点の催しが無事に行われるように。戦場が荒れ果ててしまう前に。
「何やかんやで悪さをしに来る邪魔な竜牙兵、ここで止めてあげとこ」
 瑠璃の決意に応じたのか、緋色のバトルオーラが陽炎のように揺らめく。
「まあ、骨しかないなら粋も何も無いよね」
 辛辣を吐き捨て、峰谷・恵(暴力的発育淫魔少女・e04366)は逸早くクイックドロウをぶっ放す。
 ――――!
 恵の狙撃は狙い過たず、バトルオーラ纏う竜牙兵を強襲。怒れる咆哮が初夏の空気を震わせる。
「ちょっと! 始めるなら始めるでちゃんと言ってよね!」
 問答無用の開戦に思わず抗議の声を上げながら、結城・美緒(ドワっこ降魔巫術士・en0015)は一般人の避難誘導に駆け出していく。
「ミオさん、みんなをお願いするの!」
 遠くなっていく小柄な背中に、声を掛けるピレレ・エルウェー(ウェアライダーの鹵獲術士・e34581)。ケルベロスチェインを手繰りながら竜牙兵に向き直れば、いつもは伏せ気味の猫耳がピコリと揺れる。
「ここは、お花とかノダテのワクワクでいっぱいになるのよ。ゾウオとキョゼツはあげないの……!」

●その牙を砕け!
「さあ、オマエたちの、グラビティ・チェインを――」
 竜牙兵お定まりの台詞を掻き消すように、轟く爆音。灯のブレイブマインだ。
「エエイ! 定型ヲ解サヌトハ、無粋ナ犬ドモメ!」
 忌々しげに叫んだ竜牙兵は早速、灯を集中攻撃。鎌の一閃はアナスタシアが遮ったが、剣撃と光撃に打たれて灯は思わず唇を噛む。
「無粋な竜牙兵に、無粋って言われました!」
 ……寧ろ、別の理由で御立腹だった。
 竜牙兵のポジションはまだ知れぬが、それぞれに武装が異なる。攻撃順位を定め易かったのは幸いで、恵が先制出来た所以だろう。
「バトルオーラは、後衛か……」
 スターゲイザーの射程外を悟り、ヴィヴィアンはすぐさまグラインドファイアに切り替える。
(「一般人は……」)
 チラと周囲を窺うカルナ。一般人の避難誘導と逆方向に竜牙兵を誘き寄せる心算でいたが……戦闘は公園中央で始まり、一般人は遠巻きに囲むようにいる。下手に動くより、この場で片付けた方が良さそうだ。
「じゃあ避難が上手くいくように、私たちが竜牙兵を引き付けておかないとね」
 明朗に言ってのけ、緋色は武装に「人体自然発火装置」を装着。
(「ヒールで直せるって言っても、花菖蒲も気を付けたいよね」)
 花が巻き添えを食わない方向から、竜牙兵を燃やさんと。同時に九尾扇を広げたカルナは、仲間達の配置から陣形を定めんと翠眼を眇める。
「……」
 瑠璃は無言のまま、機龍槌アイゼンドラッヘを構える。轟く豪砲が竜牙兵を穿つ――射線を遮った大鎌使いを。
「簒奪者の鎌がディフェンダーだね」
「よし! 短期決戦狙いで、全力で行くよー!」
 軽妙な口調が一転、結乃も真剣な面持ちで弾幕を張る。狙い澄ました射撃を以て、その一帯を制圧せんと。惜しむらくは、命中したのはバトルオーラ使いのみ。単体相手に列攻撃は色々と勿体ない。
「えっと……えっと、あの……」
 仲間の怒涛の集中攻撃に、ピレレは思わず息を呑む。頑張ろうとでも言うように、一鳴きしたアネリーは、灯へ属性をインストール。
(「わたしも……がんばるの!」)
 1人として膝突く者を出さぬように。意を決したピレレのケルベロスチェインが前衛に護法の魔方陣を描いた。
「ク……」
 流石に速攻で潰える事こそなかったが、ゾディアックソード構える竜牙兵が肩越しに守護星座を描く。間髪入れず、気力を溜めた後衛の竜牙兵が癒されると同時、厄が消えたのが窺える。
 厚い回復を見て取り、恵は確信する――ゾディアックソードはジャマー、バトルオーラ使いはメディックだ。
「まあ、やる事は変わりないか」
 撃破順は決めてあるし、デウスエクスに掛ける慈悲は無し。
 ディフェンダー、ジャマー、メディック――竜牙兵は、じっくり腰を据えて嬲り殺す算段であったのか。
「竜牙兵の計画なんて、確認する気も無いけどね」
 要は、回復を上回る火力を叩き込めば良い。理力込めた星のオーラを蹴り込む恵に続き、ヴィヴィアンの光弾が弧を描く。
「抑えは……叩き潰す方が早いか」
 ディフェンダーの庇う行動は、牽制した所で防げるもので無し。本気で牽制するならば、『怒り』を以て強制するのか確実だが、カルナにグラビティの用意はなかった。ならば、厄で圧するのがジャマーらしい戦い方というもの。
「舞え、霧氷の剣よ」
 次元圧縮により急激に冷却された大気は8本の凍てつく刃と化す。カルナに操られるまま牙獣の如く食らいつけば、絶対零度の冷気は魂をも凍らせる。
 ――――!!
 瑠璃の時空凍結弾が、緋色のサイコフォースが、相次いで爆ぜる。
「コシャクナ!」
 竜牙兵の鎌が再び灯を斬り裂くが、ピレレのルナティックヒールとアネリーの属性が全力で注がれた。
「お返しです!」
 メディックの癒しに感謝の視線を向けながら、灯は爆破スイッチを掲げて時間を凍結する弾丸を発射する。
「とっておきを……あげるっ」
 殺到する攻撃が、竜牙兵のバトルオーラさえもビキビキと音を立てて凍結させる。ギリギリと歯噛みする敵を真っ向から見据え、結乃は超集中の果て、瞳孔までも絞り切る。
 ――――!!
 Armor Piercing Snipe――高密度グラビティ弾は初速と貫通性を高め、その一射は高火力を叩き出す。
 全骨格を凍結破砕しながら、1体目が声も無く倒れれば、ケルベロスの標的はすぐさま2体目、ゾディアックソード使いへ。
 集団戦に於いて、1番苦しいのは最初の敵を倒すまで。その峠を越えれば一気呵成。加速する集中打に、竜牙兵も反撃するが時にディフェンダー同士で庇い合い、メディックのヒールが劣勢に傾く事すら許さない。
「絶対許さないから!! ヴィヴィアン・ボンバーッ!!」
 そうして、ファミリアシュートを恵が放てば、すかさずヴィヴィアンの鉄拳制裁炸裂! 魔力と怒りパワーと……ついでに不幸な事故の相乗効果により、(何でか)同時に爆発が起こった。
「いちげきひっさーつ!」
 その名も、PS-CC(パニッシングストライクコエドシティ)。わざわざ川越市で抽出してきたグラビティチェインを、如意棒に纏わせた緋色は大ジャンプ! 渾身の力で投げ付けた如意棒が竜牙兵の頭蓋骨を穿つや、何やかんやで大爆発だ!!
 何というか……ケルベロスは、爆発とか凍結とか、大好きだと思わせる光景だ。
 ぶすぶすと白煙上げて、2体目が崩れ落ちれば残るは後1体。遮二無二大鎌を振り回す竜牙兵だが、わざわざ近寄る必要もない。遠距離攻撃が容赦なく炸裂する!
「きらきらひかる、大きな白鳥さん!」
 ここまで来れば、ヒールより攻撃。ピレレは初めて攻撃に転じる。白熱した超高熱の火球は、あたかも白鳥座の尾羽に輝く恒星のよう。
 カルナのドラゴニックミラージュに忌々しげな様子を見せるのも束の間。結乃のゼログラビトンが強引に敵の武威をねじ伏せる。
「うん、ちょっと重いけど、行くよ!!」
 そして、瑠璃に秘められしは、太古の月の女神の力――今、一振りの大剣として顕現させる。
「……っ!」
 生身が扱うには大きな力は、修練の途上にある少年には酷く扱い難い。単身での命中は相当に厳しかっただろう。
 甘く、鋭く、爽やかに――だが、集団で狩立てるのがケルベロスの真骨頂なれば。瑠璃が動く直前、灯が投げたのは甘やかなリンゴ。ポンと弾けて爽やかな香気は煌めく光に変わり、瑠璃の感覚を澄み渡らせる。
「……どうしてリンゴ?」
「それは、乙女の秘密なのです」
 灯の悪戯っぽい口調に、瑠璃も思わずクスリ。一転、表情を引き締め、大剣を一気に振り下ろす!
 ――――!!
 斯くて、最後の1体も、掲げた大鎌ごと両断された。

 ――それは、全世界決戦体制「ドラゴン・ウォー」の布告から程なくしての、謂わば前哨戦。ケルベロス達の決意の程を明らかにした一戦であった。

●菖蒲と野点
 竜牙兵の骸は忽ち霧散し、ケルベロス達は戦場となった公園広場にヒールを掛けて回る。
「あいつらはやっつけたし、また来てもボクらケルベロスが倒すから大丈夫だよ」
 一しきりサキュバスミストを振り撒き、避難していた一般人に安全宣言をする恵。ついでにラブフェロモンも振り撒いているようで、美緒は何とも言えない表情で避難解除の後始末に勤しんでいる。
「花より団子っていうけど、私はどちらかというと団子派なんだよね」
 綺麗に周囲を掃き清め、緋色は竹箒を手にエイエイオー!
「という訳で、野点はまかせろー」
 程なく再開された野点とは――又の名を「野外の茶会」。緑豊かな野外に花菖蒲の紫や白、緋毛氈や赤い野点傘が目にも鮮やか。今回は立礼だし、細かな作法も簡略化された気安い催しであるようだ。
 主として茶を振舞うのもよし、客として茶を戴くのもよし。人々は入れ替わり立ち替わり、「野の茶会」を楽しむ。
「風景もとてもいいし……僕もやってみようかな」
 義姉のお稽古に同席していた瑠璃は、茶道も一通り嗜んでいる。とは言え、今回は立礼だ。正座せずに済む気楽さはあるが、点てる側は御釡や水差し等の配置や扱いが通常とガラリと変わる。ある意味、遣り甲斐のあるお点前と言えようか。
 勿論、ケルベロスとして、源の次期族長の右腕として、そして、婚約者を護る強い男になるべく、日々鍛錬に邁進する瑠璃だ。お点前の様子も危なげない。
「菖蒲を見ながらのお茶とか、とっても素敵だよね」
 一方、結乃自身、野点どころか茶道も初めてだが、お作法は丁寧に教えて貰えるから大丈夫。その実、花菖蒲よりも、お茶よりも、お菓子の方が気になってしまうけれど。
「わぁ、綺麗」
 饗された菓子は、薯蕷饅頭。表面に抹茶で菖蒲の葉が描かれ、花弁の焼印を施されている。生菓子の華やかさともひと味違う丁寧な拵えだ。
「お茶、お菓子……」
 華麗にヒールした後は、花菖蒲をゆっくり観賞……していれば、淑女だったのにね。キラキラと銀の眼を輝かせて野点の方を見詰める灯は、何処をどう見ても年頃の女の子だ。
「にゃーん♪」
 ちなみに、アナスタシアの方は既に可愛いおねだりアピールで、一足先にお饅頭をお相伴している。
「野点ってしたことあります?」
 お菓子に夢中なウイングキャット眺めながら(ついでに撫でもふりたい右手をワキワキさせながら)、カルナも何だかワクワクした面持ち。
「野点ってあれですよね、ティーセレモニー! 青い空に映える菖蒲を見ながら頂くお茶とお菓子は、格別の味がしそうです」
「ええと……野点ですよね。勿論、参加した事あり……ま、す……」
「わぁ、すごいなぁ!」
 灯の返答に、カルナは素直に尊敬の眼差し――言えない。学園祭の茶道部のイベントでちょっと齧っただけとか。
(「も、もう、後には引けません!」)
 意を決して、茶席に着く灯。だ、大丈夫……野点は格式張ってないから、うろ覚えでも何とかなる、筈。一応、お嬢様学校に通ってるし!
「た、大変美味しゅうございます、です!」
 時にお隣も窺って、内心四苦八苦しながら、何とかやり遂げた。
「思ってたより苦く無いんですね。とっても美味しいです」
 カルナはカルナで、灯の見よう見まねで初めてのお抹茶を堪能しているようだ。
「どうでしたか、私の洗練された所作!」
「今だけは、何となく大和撫子感ありますね……今だけは!」
 元より、灯はカルナと一緒にお菓子を食べに行く茶飲み友達。気楽な間柄なら尚の事、褒めるのだって照れ臭いものだろう。
「……むむっ! 『今だけ』を強調する必要あります!? ネレイドさん、やっちゃって下さい!」
 まあ、そんな青少年の心の機微なんて、裏表のない少女には通じないけどね!

「わあ……ノダテってこういうのなのね」
 ピレレは、親友のアルナー・アルマスと野点の席でちょっぴり緊張の面持ち。
「少しお姉さんな気分ね」
 きちんとお膝を合わせて、背筋を伸ばして。静かに始まるのを待ちながら、何とも言えないくすぐったさに顔を見合わせ微笑む2人。
 まず運ばれて来たのは、懐紙の上に1つずつ、花菖蒲を描いた薯蕷饅頭。お茶が来る前に食べ終えるのがお作法だ。
「綺麗な緑だわ!」
 そうして、お抹茶の柔らかな色合いに、思わず目を輝かせるアルナー。
「ちょ、ちょうだいいたします……」
 お茶を戴くのにもお作法があるけれど、お後見さんが1つ1つ説明してくれるから大丈夫。お茶は3口半くらいで飲み切り、最後に「スッ!」と音を立てて吸い切るのが飲み終わりの合図だとか。
「ほんのり苦くてあまい……これが大人のあじ?」
「ふふ、これでアルも大人の仲間入りね」
 野点傘の下で、ちょっぴり背伸びした一時を――後で、満開の花菖蒲を一緒にスケッチしよう。

「花菖蒲、とても綺麗ですね……素晴らしいです」
 アメリー・ノイアルベールの言葉に、ヴィヴィアンも笑顔でこっくりと。
「野点、わたし本でしか知らなくて、とっても興味があるのです」
 ついでに、アメリーの張り切りようがとっても微笑ましい。
「え、あ……し、失礼いたしました。でも、興味あるのはヴィヴィアンさんも……ですよね?」
 少女の表情は余り変わらないけれど、その裏でクルクルと感情が動いているのが見て取れて、それもまた可愛らしいと思った。
「……お茶点てるの初めてだし、緊張するなあ」
 一角に設けられているお点前体験のコーナーで、主人とお客を交互に挑戦する2人。細かな手順と作法には1つ1つ意味があって、おもてなしの心を知る。
「わたしも初めてでしたが……何だか気持ちが引き締まる思いでした。これがわびさびの心というものでしょうか」
 そうして、菓子を味わい、お互いが点てたお茶を堪能し、お茶碗も拝見して。
「アメリーちゃん、様になってたね~。ずっと日本に住んでたあたしより、大和撫子してるよ」
「わ、わたしには過ぎた言葉です……! ヴィヴィアンさんも、とても美しく点てられていたではないですか」
 やはり緊張していたのだろう。終えてからの感想に、2人に漸く笑みが戻る。
「亡くなったお父様が日本好きな方で、わたしも影響を受けて……」
 日本の「礼節」をいつも忘れずにいたいというアメリーの言葉に、ふと神妙に頷くヴィヴィアン。
 アメリーの父は、ヴィヴィアンにとって祖父に当たる人。ヴィヴィアンは会った事はないけれど、遠くから色々支援してくれたと聞いている。
(「今も、空から見守ってくれてるのかな……」)
 そう思うと、背筋もしゃんと伸びるというもの。そんなヴィヴィアンを、ボクスドラゴンのアネリーはハタリとサキュバスに似た尻尾を揺らして見上げていた。

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年5月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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