紅竜~初めての君

作者:七凪臣

●『再会』
 玩具箱をひっくり返したような都会の片隅を、杜乃院・藤(狼纏イノ羊・e20564)はとぼとぼと歩く。
 いつもなら、そぉっと忍び寄る睡魔に眠い目を擦る時間。
 だのに、何故か。傍らに片割れの姿もなく、藤はぽつんと夜に紛れる。
 ――なんで、だろう?
 とろりと微睡むよう眼差しの裡に秘めた計算高さも、今は深い靄の中。
 視得ぬ糸に操られるよう、藤は眩いネオンが落とす影が色濃い世界をそぞろ歩く。
 右を見上げれば、縦に長い看板が切れかけた電球に不規則に瞬いている。左を見ると、ペイントの禿げた人形が無駄に愛想のよい笑みを浮かべていた。
 まるで巨大な立体迷路を彷徨うよう。
 駆け出したら、ゴールにたどり着くだろうか?
 なら、と。藤は手を差し伸べ――指先で空を切り、黒い瞳を円める。
 繋ぐはずの先が、ない。
 世界で誰よりも好きで、護りたい片割れが、そこに居ない。
『独りにしないよ』
『置いていかないよ』
『置いていかないでね』
 幾度も繰り返した言葉は、音にはならずとも呼気に自然と溶け込むのに。向けるべき先が、傍らにない。
 どくん。
 自覚した『孤独』に、少年の鼓動が跳ねた。
 ――おかしい、おかしい。
「……どうして、ぼくは?」
 皮肉をつらりと語る口調が、苦く掠れる。探さなくては、戻らなくては――。
 ようやく覚醒した焦りに、藤の足が止まった。そうして踵を返そうとして振り返った瞬間、藤は息をすることさえ忘れた。
「帰っちゃ、駄目だよ」
 にこり。
 赤い瞳に、歓喜が輝く。
「やっと、捕まえた♪」
 月の光さえ届かぬ闇よりなお黒い髪も、傾げられた首の動きに合わせてさらりと嬉しそうに靡いた。
「大好きだよ、藤」
 紅いカンフーシューズの爪先で、とんっとアスファルトを蹴り。数歩の距離を詰めた『それ』は藤へと手を伸ばす。
「だから、同じになろ?」
 プログラミングされたみたいな変わらぬ笑顔を、藤は憶えていた。
 だって、だって。
「――紅竜?」
 だって、君は。
 ぼくにとって、初めての――。

●無邪気な回路
「杜乃院さんと連絡がとれません」
 弟さんの方です、と付け足してリザベッタ・オーバーロード(ヘリオライダー・en0064)は表情を曇らせる。
 予知したのは、藤がダモクレスに襲われる未来。危険の報せは、本人へ届ける事が能わず。故にヘリオライダーの少年は、ヘリポートにてケルベロスたちへ救援を請う。
 場所は、眠らぬ夜の街の片隅。
 雑踏から遠いそこは、余人の介入を許さぬように、しんと冷えている。
「きっと紅竜が人除けの策を施したのだと思います」
 記憶に残る藤の呟きを辿り、ダモクレスを『紅竜』と呼んだリザベッタは、ケルベロス達をヘリオンへと急かしながら情報を幾つか付け足す。
 状況からして、一般人が近付く可能性はないこと。
 入り組んだ路地裏だが、戦いには十分な広さがあること。
 敵は藤に執着をしめしていたということ。
「おそらく、紅竜の目には杜乃院さんしか入らないでしょう。皆さんがどれだけ邪魔をしても、目的を達さない限り紅竜の攻撃は杜乃院さんへ向くと思います」
 無邪気に、紅竜は藤だけを求める。壊して、作り直して、自分と『同じ物』にする為に。そうする事が、唯一無二の正解だとでも言うように。
 つまり藤を救うには、藤が限界を迎える前に紅竜を倒すしかないのだ。
「皆さん、どうか杜乃院さんを助けて下さい」


参加者
鉋原・ヒノト(焔廻・e00023)
落内・眠堂(指切り・e01178)
奏真・一十(無風徒行・e03433)
エリザベス・ポター(藍の蝶華・e03822)
暁・万里(アイロニカルローズ・e15680)
杜乃院・藤(狼纏イノ羊・e20564)
杜乃院・楓(気紛レ猫ハ泡沫夢二遊ブ・e20565)
狭間・十一(無法仁義・e31785)

■リプレイ


 彼は、とてもとても嬉しそうに笑っていた。
『奥底の汚い藤が好き』
 告げられた言葉に、子供の視界がぐにゃりと歪む。お守りとして渡された黒い銃が、酷く重く感じた。
『どうして、どうして……』
 両親に置いていかれ、姉にも嫌われ。ひとりぼっちになってしまった――と、思っていた――子供にとって、彼は初めて出来た親友だった。
 だのに、どうして?
『大好きだよ、藤』
 視界が、滲んでぶれる。息が喉で詰まった。
『だから、同じになろ?』
『貴様如きがトウを好きとほざく権利はチリほどもないと知れ! その口縫い付けてくれるっ!』

 体格も、顔も、声も。過去と寸分構わぬ姿に、杜乃院・藤(狼纏イノ羊・e20564)の視界の現在に、過去が重なる。
「……紅竜。もう、二度と君に、会いたく、なかった」
 呼気が過多になった声はくぐもり、焦点の定まらぬ視界は相手の輪郭をぼやかす。
 不安定な足元に、今にも攫われてしまいそうだった――しかし。
「おっと、お前なんかに連れて行かせるかよ」
 初めは一発の銃声。
「てめぇの好きな様に改造された藤なんてこちとら真っ平御免だ」
 そして聞き覚えのある声に、藤の意識に光が差す。
「……お姉ちゃん?」
 彷徨わせていた視点を足元に結ぶと、姉とも慕うテレビウムのビウムが藤を守るように立っていた。
「何、邪魔するの?」
「邪魔も何も。この子を傷付けさせねえってだけだ。況してや奪おうってんなら――俺はお前を許しはしない。お前が藤の、何であろうとも」
「眠堂の言う通りだ。あんたが藤に何をしようとしたか、何を口走ったか俺は知ってる。また藤を傷付けるつもりか?」
「藤さん、大丈夫!? 心配した……ほんとに、心配した」
 無事を確認しようと肩や顔に触れてくるエリザベス・ポター(藍の蝶華・e03822)の手の温もりに、藤の理性が混沌の海から浮上する。
「ベス……え、眠堂、ヒノト……おじいちゃん?」
 ダモクレスを――紅竜を牽制する落内・眠堂(指切り・e01178)に、非難を投げる鉋原・ヒノト(焔廻・e00023)。そして最初の弾丸を放った狭間・十一(無法仁義・e31785)は、「やっと気付いたか」と藤を庇う背中に歯切れのよい笑みを刻む。
「こわかったろう、もう大丈夫。助けに――いいや。迎えに来たぞ!」
 ――今、ここに。過去との訣別の路を拓こう。
「ひとのこころとは、情とは何か。かれに篤と教えてやるがよろしい!」
「一十」
 すぐ後ろに駆けつけるや否や、高らかに唱えた奏真・一十(無風徒行・e03433)から注がれる力に、藤の内側にぽうっと熱が灯る。
 と、その時。
 眩い流星が、藤の視界を過った。鮮やかに、猛々しく、何より力強く。そうしてだぁんと紅竜を蹴りつけ、地上へ降り立ったのは。
「貴様如きがトウを好きとほざく権利はチリほどもないと知れ! その口縫い付けてくれるっ!」
「、っ」
 怒りを顕わに片割れ――杜乃院・楓(気紛レ猫ハ泡沫夢二遊ブ・e20565)が心の毛並みをふぅと逆立てている。その、いつかも聞いた台詞に、藤の背筋を電流のようなものが駆け抜けた。
「大丈夫だよ、楓ちゃん。君がいるし、僕らもいる」
「それでもっ、吾輩は!!」
「藤くんは絶対に無事に君の元へ帰るから」
 楓を宥めた暁・万里(アイロニカルローズ・e15680)は、いつも通りの緊張感をどこかへ置き忘れた貌で紅竜へ向き直る。
「憐れだね、君も」
 同じ尺度で友愛を語れたら、こうはならなかったろう。
 けれど。
「藤くんは自分の在り方を自分で決められる子だ、その意思を踏みにじることは許さないよ――開幕だ『Arlecchino』」
 へらりと浮かべる掴み処のない笑顔の儘に、万里はトリックスターを喚ぶ。紅竜を吊り上げるのは、まやかしの舞台。然してパチンと鳴らされた指。途端、崩壊した何かがダモクレスを鋭く穿つ。
「ビウム、あの日のようにトウを護り切るのだ!」
 楓の鼓舞にテレビウムはこくりと頷くと、両手を大きく広げた。
 身長が伸びてしまった今では、ビウムの背では藤を守り切れない。でも、その姿は変わらず藤にとってヒーローそのもの。
「……ありがとう」
 藤の裡から、熱が溢れる。
「……な、藤。助けに来たぜ。みんなで帰ろうな」
 羊角の上で眠堂の手がぽんと弾んだ感触に、藤は「うん」と嗚咽交じりの感嘆を零す。
 みんなが、来てくれた。
 嬉しい、嬉しい。
 ぼくは――おれは、負けない。おれだって、戦える。
「紅竜!」
 叛意が滲む藤の呼び声に、紅竜の顔が歪む。
「どうして、藤。こんなに大好きなのに。同じになるべきなのに!」


 内に籠った楓が、藤さえ拒絶したのは事実だ。
 そのくせ弟が友達を作ったと知った途端、姉は捨てられる事に怯えた。
 醜悪な嫉妬に突き動かされた楓は藤の跡をつけ、『裏切り』を目撃する。それが覚醒と立ち直りのきっかけになったのは、皮肉な話。

「目映い賦活の閃耀よ!」
 ヒノトが掲げたロッドが戴く赤水晶が澄んだ輝きを放つと、光の雨がケルベロス達を優しく濡らす。
 宿された堅固な自浄の加護を、紅竜が理解したかは定かではない。が、ダモクレスも素早くマシン語を唱えて身を清める防御壁を張り巡らせた。が、
「吾輩が行くのじゃ!」
 紅竜を打ち倒そうとするケルベロス達の対処は早い。風の速さで殴りかかりに征く楓を、すかさずエリザベスも追う。
 藤と楓は、エリザベスにとり可愛らしい弟妹のようなもの。その二人を苦しめる存在は絶対に許さないと誓うエリザベスの拳も、紅竜の思惑を挫く一手となる。
 頼もしい少女と女だ。親しい二人が作った風に乗った万里は、薙ぐ雪解け色の刃の向こうにダモクレスを視た。
 哀れだと思うのは事実だ。
 されど置いて行かれる怖さも、己が手の及ばぬところで大事な人が傷付く楓の怖さが万里には分かる。それに楓を苛まれさせたくないし、双子にもビウムにも笑っていて欲しいという願いが、ダモクレスに対する憐憫を上回る。
(「僕にとっても可愛い弟分を傷つけさせたりなんてしない、絶対に」)
 ひり付く情はあくまで万里の裡に。僅かに苦みを帯びた笑みにだけ片鱗を覗かせ、猫被りの夢魔は紅竜を一刀に伏す。
 強烈な斬撃に、子供の体躯をしたデウスエクスが鑪を踏む。そこへ眠堂がグラビティ・チェインを乗せたロッドで打ち掛かれば、紅竜の盾は早くも砕け散った。
「トウ、今じゃ!」
 楓の叱咤より早く、藤は都会の夜を彩る星と化す。定めた狙いは一切ブレず、藤は紅竜へ蹴撃を見舞うと、否応なしに感慨を呼び覚ます少年の際に立ち、問いかける。
「内部から壊される恐怖は分かった?」
「壊す? 何それ、分からないよ。同じになりたいだけだ!」
「――確かに『同じ』になっちまえば気に入らねぇ部分のない同志になるかもしれねぇが。生憎俺はありのまま『違う』部分も認めた上でここにいるもんでな」
 藤と入れ違い、引いた眠堂はダモクレスの駄々に肩を竦める。
「藤、怖がる必要はねぇよ。今は本物の友達と味方がいるだろ」
「本物って何だよ! ねぇ、藤!!」
 絶叫に、紅い瞳が険を帯びた。体の自由を奪う眼差しが、藤へと向かう。しかし素早く眠堂、ビウム、十一が立ち塞がる。
「後楯となろう、支援は任せておくがよい!」
 破壊を伴う一瞥を凌ぐ者たちの回復を、一十は請け負い胸を張った。傍らの箱竜のサキミも、主に対しては素っ気ないのに、他の者たちへは献身的に癒しを注いでいる。
 藤との関係は、他と比べれば浅いのかもしれないと一十は思う。
 しかし友であるのは変わりない。紅竜と藤の関係や、そこに至った理由などは定かではないけれど。
(「で、あるが」)
 紅竜が空回りしていることだけは、分かった。
 心を持たぬ、ダモクレス。彼には『人』の言葉は届きはすまい。
(「表面をなぞっただけの器など、なんと甲斐なき殻芥か」)
 ――それはとても悲しいこと。


「俺は藤が好き。だったらいいじゃん。藤だって、こっちが楽しいに決まってる!」
「一緒の何が悪いの? 分かんないお前達がバカなんだ!!」
 藤を庇って受けた鍵。じくりと抉られた眠堂の心に、ダモクレスの勝手な言い分が影を落とす。
 奪われた、物として利用された――大切な人。
 圧し掛かる嫌悪と恐怖に、眠堂の喉がヒュっと鳴く。救い上げてくれたのは、木製の手に馴染む感触だった。
「眠堂?」
 異変を察したのか。案じるヒノトの声に、眠堂は凛と伸ばした背筋で応える。同時に、連なる三連の矢が重い夜の帳を裂き、一陣の風となって紅竜を貫く。
 語り交わさずとも伝わる眠堂の意に、ヒノトも紅竜への怒りを燃え上がらせる。
 藤と紅竜の間に何があったのかは、外ならぬ藤の口から聞いていた。耳を疑いたくなるような内容は未だ胸に痛く、藤が再会を恐れる理由もよくわかる。故に、
「アカ、討て」
 絆結ばれしネズミが転じた杖を握る手にも、自然と力が入ってしまう。姿を戻して飛んだアカも、ヒノトの想いに応えようと懸命にダモクレスで爪を研ぐ。
「邪魔するなよ、俺は藤を迎えに来たんだ!」
 想いを通じ合わせたケルベロス達に圧倒された紅竜は、藤に近付くことさえ出来ず。追い込まれるのに比例して、癇癪を爆発させる。
「壊したいのは藤だけなんだ、藤!」
 剣の如く突き出された鍵はビウムが受け止めた。
「――!!」
「あのね。好きの形、友情の形……型に嵌ったものはないって思うよ」
 やはり届かぬ事に貌を憤怒に染めるダモクレスへ、エリザベスは一欠けらの理解を示す。
「でも、相手を害す形はやっぱり頂けないな。特に、僕の大事なお友達に対するものならね」
 しかし許せないものは許せない。「薔薇はお好きかな?」と謎かけのように唱えたエリザベスは、編み出した薔薇の焔で紅竜の身を灼いく。
 溶け落ちるコーティング、ショートする回路、崩れ始める器。
「紅竜がどんなに望んでも、」
 忘れもしない姿から徐々に遠退く忌敵へ、楓は悪夢を嗾ける。
 ――嫌い、嫌い、嫌い。
 でも、藤への欲には憐れも感じる。それでも譲れないのだ。
「わたしの大事な弟は絶対に連れて行かせない」
 強がりでなはく、芯の強さを感じさせる楓の口ぶりと振る舞いと。二つに魅せられ、サキミと共に癒しに尽力しながら一十は目を細めた。
 案じていた。けれど全ては杞憂。眩しい程に強い姉弟だ。
「ぼくは……信じてたんだよ。親友だって、お互いを尊重しあえるんだって。でも、君はおれの気持ちを大事にしてくれなかったね」
 螺旋の力を宿した拳で、藤が紅竜へ殴りかかる。
「死ぬのも改造も、嫌だよ。きみなんて、きらいだ」
「嘘だ!」
「嘘じゃな、いっ」
 一撃を加えるや否や、すぐに姉の傍らへ戻った藤の。楓とは逆の隣を常に保つ十一は、誰より達観した眼差しで藤を見守る。
 紅竜が好むと言った、藤の黒い一面は十一も知るし、是ともせぬ。それでも十一が藤を見捨てないのは、自分も闇を抱え、己を律して生きているから。
 ――恐らく真に怖いのは、内に秘めた闇だろう。
 ――恐らく真に許せないのは、紅竜の本性を見抜けず虚構の友情に甘えた弱い自分だ。
 長じた分だけ察するに余りある少年の真実を十一は語らず、思うに留め、紅竜へ銃口を向けた。
「弾が勿体ねぇ」
 撃ち出す弾丸は一発きり。されど一切の無駄を許さぬ男の一撃は、紅竜の眉間を捕らえた。
 大きく仰け反り膝から頽れた紅竜へ、一十は藤の背を押し出す。
「断ち切ってこい」
「、ぇ」
 見開かれた子供の眼は、未だどこかで目を背けている証。その自分と向き合えば、藤は強くなれると十一は信じているのだ。
「なぁ、藤。思うところが……言いたい事が沢山あるんだろ。きっとこれが最後の機会だ――悔いを残すんじゃないぞ」
 ヒノトが藤を振り返る。正直、こんな日が来なければいいとヒノトは願っていた。それでも、巡ってしまったのならば。
「楽しい記憶も、くるしいものも。込めたその思いはお前のものだ――引き金は望む侭に引くのが良いさ」
 ヒノトと肩を並べた眠堂も、体は紅竜へ相対したまま視線は藤へ遣る。
 二人の眼差しが、藤へ「決して一人ではい」「ひとりで背負わなくていい」と告げていた。その温かさと、眠堂が巻き起こした彩豊かな風に藤は現実を悟る。
 エリザベスが祈っていた。万里も見守っている。一十は手を休める事で『終わり』を示していた。
 そうだ、終わるのだ。
「藤、藤ッ。イッショに。ダッテ、その銃。マだ持って――」
 滑らかな音声も発せなくなった紅竜を、藤はしげしげと見て。指摘された銃を、握り締めた。
 紅竜に貰った銃だ。
 嫌いなのに、裏切られて悲しくて憎いのに、蘇る楽しい思い出は大事で。
 心の何処かで、生きて欲しいと、見えないところで過ごしていればって思ってしまい。そんな自分が藤は嫌で――でも。
「大好きだったよ」
 弟が絞り出した答えに、楓は顔をくしゃくしゃにして泣き笑う。きっとようやく認められたのだろう。
「ダッたっテ、何ダよ!」
 けれど紅竜は藤の心を受け取らない。受け取れていたら、そこから始まる物語があるのに。識らぬ紅竜は生まれ変われない。藤に――人々に害なす異形でしか在れない。
「……わかったよ」
「ト、う」
 藤の裡がふつふつと湧き立つ。自らの手で終止符を打つ意味を見出す。
「君は何一つ、変わらないんだね」
「イ、ショに――」
 藤は紅竜から託された銃を手に走る。ようやく立つ『彼』の間合いへ飛び込み、零距離へと至る。
 銃が風を纏う。縒り合わさり、刃と化す。
「おれの怒りを受け取れ」

 ――そして藤は、己が迷いごと相容れぬ残像を斬り捨てた。


「万里おにーちゃん、ベスおねーちゃん、おじーちゃん、一十くんっ。ヒノトくんも、眠堂くんもありがとう……良かっ……わぁあああん」
 知る顔も、聞き及ぶだけだった顔も。皆が、弟を救ってくれた。込み上げる感謝は、安堵へ変わり。弟の手をぎゅっと握った途端、楓の涙腺は決壊した。
「ただ、ただ無事でよかった。……無事で、よかった」
 推し量る藤の気持ちと、楓の涙に誘われて、瞳を潤ますエリザベスの呟きは皆の総意。
「……よく頑張ったな」
 楓の頭を撫でながら、万里が藤を労う。
「……お帰り、藤。一緒に帰ろうぜ」
 ヒノトに差し出された手は、いつもより赤らんでいる気がした。見上げると、眠堂の柔らかい笑顔もあった。
「帰り路は共に参ろう」
 そら、と。視線と姿勢で帰り道を一十に示され、遠く感じる街の光を目に映し――それが滲んでいる事に気付く。
 いったい何時から自分は泣いていたのだろう?
 悲しいのだ。
 けど、けど。
「ありがとう……ただいま!」
 零れる涙を拭い、楓の手を握り返し、大好きな皆を藤は見る。彼ら彼女らと肩を並べられる日を瞼の裏に描きながら。
 その姿は、殻を脱ぎ捨てたよう。
 経たのは僅かな時間。されど藤が確実に大人に近付いたのを、十一は少年の眼差しに確信した。

作者:七凪臣 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年5月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 2
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