古びた工場のノコギリ男

作者:baron

『さあ、お行きなさい。そしてグラビティ・チェインを蓄え、ケルベロスに殺されるのです』
 黒衣に身を包む女……死神が人型の機械に球根を植え付けた。
 ボロボロだったその身が少しずつ再生し、人間の様な姿を取り始める。
『ギコギコギコ』
 しかしヒールによって変異したのか、そいつは体の一部が変質して居た。
 いや、ノコギリのような体は奇妙だが、おかしなのはだけでは無い。
『切るキル斬る』
 かつて存在した知性は消失し、破壊と殺人だけを行う存在になって居たのである。


「岡山県の工場で死神によって『死神の因子』を埋め込まれたデウスエクスが暴走しています」
 そこは古びてあまり使われなくなった場所だが、そこからまだ使われている新しい工場に移動するらしい。
 死神の因子を埋め込まれたデウスエクスは、大量のグラビティ・チェインを得るために、人間を虐殺しようとしているとのことだ。
 この個体もそうした陰謀の一つなのだろう。
「もし、このデウスエクスが大量のグラビティ・チェインを獲得してから死ねば、死神の強力な手駒になってしまうでしょう。その前に対処をお願いします」
 セリカはそう言うと、地図とメモをテーブルの上に置いて説明を始めた。
「敵の姿は右半身が普通のノコギリ、左半身が糸ノコギリになったような姿をして居ます。どうやら変異強化される際に、武器と一つになってしまったようですね」
「チェンソーの二刀流かな? 判り易いといえば判り易い」
「あとはいつものアレか。……あれは面倒なんだよな」
 元はアンドロイド型でそれほど強くない代わりに、人間と同じ程度の智慧や変装能力が合った筈だ。
 そういった能力が変異によって消失し、かわりに一体で事件を起こせる程度に強くなったらしい。
「あれって?」
「胸に球根があってな。普通にトドメを刺すとそれが咲いて死神に回収されるんだと」
「だから最後は思いっきり攻撃して、過剰なダメージを与えなくてはなりませんの」
 倒す時に普通に倒すと、彼岸花が咲いて転移回収されてしまう。
 だが過剰なダメージによって倒すと、死神の因子が、一緒に破壊されるため、陰謀ごと阻止できるらしい。
「まあみんなで確認し合って合図しておけば大丈夫さ」
「慣れるとそうでもないが、なんだか不気味だよな」
「ですからこそ、ここで食い止めねばなりませんわね」
 ケルベロス達の相談が始まると、セリカは資料を置いて出発の準備にヘリオンへ向かうのであった。


参加者
田津原・マリア(ドラゴニアンのウィッチドクター・e40514)
エリザベス・ナイツ(フリーナイト・e45135)
グラニテ・ジョグラール(多彩鮮やかに・e79264)
エレインフィーラ・シュラントッド(翠花白空のサプレション・e79280)

■リプレイ


「ちょっと暗い……ね」
「でも明りは必要なさそうですわね」
 旧工場は採光が設計が悪いのが、ちょっと薄暗い。
 覗きこんだエリザベス・ナイツ(フリーナイト・e45135)に続いて、グラニテ・ジョグラール(多彩鮮やかに・e79264)が周囲の捜索を始める。
「その前に封鎖しておきまっしょ。その方が一般のお人、巻き込まずに済みますしね」
 田津原・マリア(ドラゴニアンのウィッチドクター・e40514)は本格的な探索の前に、入り口にテープを張っておいた。
 こうしておけば新工場に居る者が顔を出したりすることも無いだろう。
 物音が聞こえたくらいでやって来るほど近い訳でも、静かな訳でもない。
 だが、やっておくとおかないとでは大違いだ。それだけで犠牲が出なくなるのであれば、やって損はないだろう。
「お待たせしました。中の様子はどうですか?」
「ん~。居ることは居るけど、妙な所探してる……のかな?」
 封鎖を終えたマリアが追いつくと、エリザベスが奥の方を指差した。

 そこにはノコギリを持ったアンドロイドが、ネズミか野良猫か何かが立てた音に反応。
 人間など誰も居ない場所に攻撃しているのだが、逆に言えば少しでも音がすれば攻撃すると言う事だ。
「何も考えずに攻撃するのは、なー。問題だぞ~」
「知性は無いみたいだけど……ううん。だからこそ逆に厄介な敵だわ!」
 その様子にグラニテ・ジョグラール(多彩鮮やかに・e79264)は目をパチクリ、エリザベスはゴクリと息を呑んだ。
 隠れた人間が殺されるのは勿論、危険な大型機械類も破壊されて、大惨事になる恐れもあった。
 早く倒さねばとエリザベスは気合いを入れ直す。
「ダモクレスだから、元々心はないのかもだけ、どー。それでも、考えることもできなくなってるのは、なー……」
 グラニテはその様子を見て、ちょっとだけションボリした。
 心が無いから敵だったのだろうが、心を手に入れることが出来ればトモダチに成れたかもしれない。
 その機会は永遠に奪われた訳だが、今度は知性すら奪われてしまった。
「なんだか寂しいなって思うけど、それもきっとわからないんだろうなー……」
 知性があるのがダモクレスなのに、その知性すら存在しない。
 なんて酷いんだとグラニテは思うのだが、じゃあ、知性が無い機械が壊れたら悲しくないのかと言われたら何も言えなくなる。
「んうー。うまく言えないのだー。とりあえず、後で絵にでも描くのだー」
「そうですね。今は倒すことが先決です。まずは被害を無くさんと!」
 なにやら気落ちしたグラニテを見て、マリアは先輩らしいところを見せた。
 思うところ色々あるだろうが、今は戦闘に集中させて、気分を入れ替えるしかない。
「様子に変化があったら、お互いに伝えあいまっしょ」
「死神付と見えるのはこれで二度目ですわ。戦い方、その注意は心得ていますとも」
 マリアがそれとなく注意を促すと、エレインフィーラ・シュラントッド(翠花白空のサプレション・e79280)は優雅に頷いた。
 死神の因子を植え付けられた敵は、迂闊に倒すと回収されてしまう。
「しかし、我々ケルベロスを利用して利を得ようとするとは、死神は中々の食わせ者のご様子。残念ですがその企み、制圧して差し上げます」
 エレインフィーラはそう言いながら、顔の左半面を氷の仮面で覆った。
 そうして意識を戦いに集中させ、こちらを見付けて迫る敵を迎え撃ったのである。


 古工場の中で暴れて居たダモクレスは、ケルベロスを見付けると向かって来た。
 当然ながら彼女達が恐れることはなく、果敢に迎撃する。
『切るキル斬る』
 そいつは右半身その物が巨大なノコギリ、左半身が長大な糸ノコギリに成っている。
 手刀というには大きな刃。それが勢いよく見舞われた。
 放たれたのは左、唸りながら銀線が宙を翔ける。
「その攻撃を通すわけには参りません」
 エレインフィーラはハンマーで受けるが、勢いこそ弱めたものの、糸ノコゆえに強くしなる。
 鞭のように軌跡が歪み、決して浅くない傷を受けてしまう。
「やっぱり変異している分だけ強いみたいだね。油断しないでがんばらなくちゃっ!」
 そこへエリザベスが剣を振り被った。
 緩やかな斬撃だが、その分だけ渾身の力を込めて居る。
 相手が防御するのを待って放つかのごとき一撃で、鋼の剣をノコギリへ思いっきり打ちつけたのだ。
「うちが取っ掛かりを作ります」
 マリアはその隙を逃さず、ダモクレスの横合いから飛び込んだ。
 今後の戦いを有利に導く為に、蹴りつけて態勢を崩した。
「こっちも援護するぞー」
「ありがとうございます。交代で治癒しながら行きましょう」
 先にグラニテが回復したのと傷が少ないことから、エレインフィーラは攻撃をしておくことにした。
 グラニテの呼んだ蝶が周囲に飛んで来たので、指先に止まらせてその助言を聴く。
 そして相手の横に回り込みながら、蹴りを放って機先を制しようとした。

 しかし止め切ることは叶わず、むしろ攻撃を誘発してしまう。
『ギコギコギコ!』
 大きなノコギリが叩きつけられ、そのまま切り刻まれかねない勢いだ。
 直前で食い止めはしたが、半減するのが精いっぱいである。
「さすがに格上。受けてコレとは。しかし今はコレで十分」
 エレインフィーラは負け惜しみではなく、役目を果たせていると口にした。
 盾役は避けられずとも、攻撃を止めることが出来れば良いのだ。
 その意味では他の仲間では無く、自分に攻撃が来たのだから、結果オーライだろう。
「このまま削られると大変だよね。長期戦になりそうだし」
「さいです。注意しながらやけど、ここは確実に積み重ねんと」
 エリザベスは剣に闘気を宿らせながら、剣圧として解き放った。
 組み付く敵を吹き飛ばしながら牽制し、マリアが竜の幻影に炎を吐かせて火を放つ。
 敵は格上であり変異強化もあって簡単には終わりそうにない、まずは技を積み重ねて長期戦の準備が必要だろう。
「手を止めるのはシャクですが、ここは堅実に参りましょう!」
 エレインフィーラは咆えながらグラビティを高め、咆哮と共に解放。
 筋肉を引き締めて止血しながら、仲間達の動きを見守った。
「んじゃあ、もっかいいくぞー」
 グラニテは負荷が消えたものの、引き裂かれた傷が治りきって無いのを見てもう一度パズルを開いた。
 呼び出された蝶がエレインフィーラの髪に止まり、何かを囁いて行く。
 こうしてケルベロス立ちは、ダモクレスの猛攻を退けながら戦いの準備を重ねた。


 戦いは手数を重ね、時間だけが経過して行く。
 あえて変化があるとしたら、不意に、構成される技の種類が変わったくらいだ。
「その攻勢を抑えます! これでもう心配はないはずっ」
 マリアは対デウスエクス用の麻酔弾を放ち、グラビティチェインを抑制する。
 スパークする光は以前よりも小さく、エリザベスと共に対処したことでかなり抑え込んだ筈だ。
 そして……。
「そっちはどうですか?」
「問題無いの、だー」
 マリアが視線を向けると、グラニテは蝶を呼ぶのを止めて居る。
 二人で仲間の補助を行った事もあり、かなり命中精度が高まったと言う事なのだろう。
「とりあえず、今回はこうだぞー」
 グラニテは自分自身の体に、楽しそうな……もとい、恰好良い絵を描いて行った。
 腕の傷の上に猪や像の摸様を描き、癒すと同時に力がUPした様な気がする。
「まだ掛りそうですが何とかなりそうですわね。しかし攻撃は相変わらずですか……」
 エレインフィーラはパズルを解いて、龍雷を浴びせた。

 これに対し敵は変わらず攻撃を繰り返すのみだ。
『ギーギー!』
「こうなると敵ながら哀れですね。素早く制圧し魂を重力に還元して差し上げましょう」
 両手のノコギリを動かすか、片手で攻撃するかの違いでしか無い。
 刃に炎を宿して反撃して来るが、仲間が抑え込んで居るので言うほどの脅威ではなかった。
 駒の様に回転する両手に、オウガメタルの防壁をマントの様に広げ自分を包み込んでガードする。
「そろそろ追い込んで行くよ。準備はOKね?」
 エリザベスは仲間達に声を掛けつつ、祖父から父に受け継がれて来た力を振るう。
 以前は持ち出しただけだが、今では十分に使いこなせる。ダモクレスを追い込む為に、今その姿を開放する!
「今なら行けるはずっ。防御は破らせてもらいますよ」
 マリアはファミリアの突撃で、相手の動きが鈍っただけではなく勢いが落ちたのを理解する。
 ならばこれはどうだと、大きな鉄の杭を打ち立てた。そのままブースターを吹かせて、強烈な攻撃で装甲板を引き裂いたのだ。
「んと。もうちょっとかなー?」
 ここでグラニテは相手の体力を確認して、もうちょっとだけ戦いが続きそうなのを確かめた。
 そして抱きつく様にして掌を当て、氷の針で突き刺したのだ。
「私があなたの痛みをお受けします、こちらにいらっしゃい!」
 エレインフィーラは相手の攻撃を受け止めたまま、攻撃を更に受け止めるべく意識を集中させた。
 気合いにグラビティを載せたことで、自らを包む炎すら吹き飛ばして、傷を可能な限り塞いだのである。
 こうして戦いの天秤が傾向く中、ダモクレスだけがソレに気が付かず、時間だけが過ぎて行った。


 さらに時間が経過し、ダモクレスはまだ動いて居た。
 左手の糸ノコギリは千切れていたが、それでもまだケルベロスを切り刻む威力がある。
「まだ戦わねばいけないのですね、ならば自由を奪います」
 エレインフィーラが回し蹴りを食らわせ、その動きを奪った時……。
 初めて膝をつき、よろめいたのであった。
「お……ぉ? なら戦法を変えるのだー」
 グラニテはエリザベスの周囲へ絵を描き始めた。
 獅子や虎の絵を書いて、がおーと頑張れーがんばれー。
 そしてダモクレス最後の攻撃が始まった。
『ギーこ、ギーこ』
 駒の様に体を回転させることで、ダモクレスは両手のノコギリを浴びせて来る。
 その前に立ち塞がる、二人の盾役達が受け持った。
「んしょっ」
「ここです、エリザベスさん、決めて上げてくださいまし」
 グラニテとエレインフィーラはタッグを組んで、バレーのブロックの様に攻撃を止めた。
 仲間が迂回して攻撃をするのを見て、今度は左右に別れて追い掛け始めたが……もうその必要はあるまい。
「これが最後の一撃……かぶとわりっ!!」
 エリザベスは大上段に先祖伝来の剣を構えると、グラビティを載せて力一杯降り降ろした。
 真っ向唐竹割りにして、頭から一刀両断にしたのであった。

 植え付けられた球根は咲くこと無く、そのまま砕けて来える。
「終わった……のかな?」
 エリザベスは剣を一振りして、刃からほこりを払い鞘に戻した。
 流れる汗をふき、一段落だ。
「結構時間かかったね」
「それは仕方ありませんわ」
 エリザベスの言葉に頷きながら、エレインフィーラは敵が動かない事を確認して軽く眼を閉じた。
「安らかに眠って下さいね。……さ、もう一仕事ですね」
「さいですね。ここを利用するお人らの為にも、片付けまできちっと済ませましょうか」
 エレインフィーラは氷の仮面を消して瞑目した後、周辺の修復を始めた。
 マリアもそれを手伝い、周辺に風を吹かせてヒールを開始。
「凍える吹雪の中にあって、雪は時にあなたを温める事もあるのをご存知かしら? ……人はそれを春だとか、新しい出発というのよ」
 エレインフィーラは炎の残滓が残る古い工場に、新たな息吹を吹き込んで行く。
「あっと。私は用意してないから、方付けに回るね」
「その分はまかせろー。さっきとちょうど逆だなー」
 エリザベスはヒールを持って来てないので、ダモクレスの残骸を隅に寄せたり、壁の破片を持ち上げてヒールを待つ。
 代わりにグラニテが壁に絵を描いて修復していく。
 みんなで手分けすれば早いだろう。ネズミさんに牛さんに、虎さんに兎に……と大集合だ。ついでにノコギリを持ったオジサンも入れてあげよう。
「工場、また使う時のためにばっちり直さなきゃだー! だからこれは必要なヒールなのだー、遊んでるわけじゃなくてー」
「ふふっ。判っとります。可愛らしゅう変異してまうけど、古い壁が新しうなるんやから、ええですよね」
 グラニテの言葉にマリアはクスッと笑い、理由を見付けてあげた。
 顔色は変わらないが、笑い声の様なトーンが帰って来る。見れば他のみんなも似た様な感じである。
 そこにはそれまでの疲れや苦労は感じられない。こうしてケルベロス達は苦労した戦いを終えた。

作者:baron 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年5月19日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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