夜宴、海の青き妖精たち

作者:坂本ピエロギ

 日本海に面したとある街では、毎年春の時期になると、土地の名物である海産物を使った自慢の料理をどこの店でも出すようになる。
 その名を、ホタルイカ。
 普段は深海に生息する彼らは、産卵の季節になると大群をなして浅海まで上がってくる。
 指先くらいの小さな体に宝石のような輝きを湛え、暗い海を真っ青に照らす姿は、まさに海の妖精という名が相応しい。
 ぱんぱんに膨らんだ身の中にはたっぷりと栄養を蓄えた肝が宝物のように詰まっていて、焼いて美味、茹でて美味、煮ても美味、酒との相性も抜群だ。
 だからこそ、街の駅前通りに軒を連ねる料理店では、和食から洋食まで十軒あれば十軒がホタルイカの自慢メニューを用意して待っていた。
 今年も旬の味を楽しみに訪れた客の舌を、海の小さな妖精達は楽しませてくれる――。
 はず、だったのだが。
「ククク……地球人ヨ、グラビティ・チェインヲ寄越セ!」
「憎悪ト拒絶ヲ釜揚ゲニシテ、ドラゴン様ニ献上シテクレル!」
「串刺シニシテ、炭火デ炙ッテ食ッテヤルゾ! ハーッハッハ!」
 令和を迎えて早々、ホタルイカの夜宴は無残にも踏み躙られようとしていた。
 駅前通りの真ん中に降り注いだ、3体のデウスエクスによって。
 音速の拳を振り回し、逃げ惑う人々を追い回し始めた竜牙兵達の狼藉によって……。

「竜牙兵、しつこい」
「ええ。マジでしつこい連中っすね」
 無表情のまま溜息をつくフィーラ・ヘドルンド(四番目・e32471)に、黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)は深く頷くと、依頼の説明を始めた。
「ホタルイカ祭りが行われる駅前通りを、竜牙兵の一団が襲撃する未来が予知されたっす。皆さんにはその竜牙兵の排除をお願いしたいっす!」
 ダンテは戦闘における注意事項を、至極簡潔に説明していく。
 竜牙兵はバトルオーラ装備の個体が3体、ポジションは全員クラッシャーであること。
 一般市民の避難誘導は敵の出現後に行うが、こちらは現地警察に任せて構わないこと。
 この2つに留意して行動すれば、まず敗北はあり得ないこと。
「戦いが無事に終われば、ホタルイカ料理を食べて帰れるっす。ちなみに駅前の通りは十分な広さがあるっすから、普通に戦えば周りが被害を受ける心配はないっす!」
 最後にダンテは祭りのパンフレットを取り出して、ホタルイカ料理の説明を少しだけ付け加えた。お勧めのホタルイカ料理を、幾つかピックアップしようという計らいだ。
「この祭りでは、釜揚げと串焼きが有名みたいっすね」
 釜揚げ。鮮度が命のホタルイカを取れてすぐに茹でた一品。ふとった肝でぱんぱんに身が膨らんだホタルイカを、木の芽酢味噌をつけて食す。シンプルな料理だが一度食べ始めると手が止まらなくなること請け合いだ。
 串焼き。両目を取り除いて醤油を塗ったホタルイカを竹串に刺し、炭火でじっくり炙ったもので、香ばしい焦がし醤油と肝が絡まった味は絶品の一言。皿に盛りつけた串焼きは数分もすればしゃぶり尽くした竹串になって返ってくる、そんな逸品だ。
「他にも和食系だと、炊込み式のイカ飯とか、内臓を取り除いた刺身とか、釜揚げを薬味と一緒に叩いてなめろうやお茶漬けにしたりとか……どれもマジで美味そうっすね」
「洋食だと、アヒージョとか、おいしそう」
 フィーラはそう言って、パンフレットの片隅を指さした。
 ニンニクと唐辛子を効かせたオリーブオイルで煮込んだホタルイカのアヒージョは、食欲を呼び覚ます一皿だ。イカの風味を吸ったオイルに浸すバゲットなどもきっと最高だろう。
「あああ、どれもマジで美味そうっすね……」
「ん。だから竜牙兵はかならず止める。みんなのために、お祭りのために」
 話を締めくくったフィーラに、ダンテはお願いするっすと深く頷いた。
「発進準備は完了してるっす。おジャマな竜牙兵を速攻でぶっ飛ばして、お祭りのホタルイカ料理を堪能して来て下さいっすね。それじゃ、出発っすよ!」


参加者
フローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983)
火倶利・ひなみく(スウィート・e10573)
一之瀬・瑛華(ガンスリンガーレディ・e12053)
フィーラ・ヘドルンド(四番目・e32471)
帰天・翔(地球人のワイルドブリンガー・e45004)
終夜・帷(忍天狗・e46162)
エトワール・ネフリティス(夜空の隣星・e62953)
星奈・惺月(星を探す少女・e63281)

■リプレイ

●一
 陽が沈み、街灯が照らす大通りで、ケルベロス達は静かに竜牙兵を待ち受けていた。
 通りの随所には、警察に誘導されて避難準備を整えた人々の姿が見える。
 軒を連ねる店の厨房は、どこも火を落としたばかりなのだろう。ホタルイカ料理の香りが醤油やオリーブオイルの匂いに乗って、通りを歩く者を誘うように漂っている。
「いい匂いがするね。ホタルイカは食べるの初めてだから、楽しみだなぁ」
「ん。どの料理も、きっとおいしい」
 鼻を利かせるエトワール・ネフリティス(夜空の隣星・e62953)にフィーラ・ヘドルンド(四番目・e32471)は頷いた。フィーラの気持ちは既に、戦いの後に待っているお楽しみに向きつつある。
 ホタルイカ尽くしの料理――それにエトワールも目を輝かせ、彼女のウイングキャットに語り掛ける。
「楽しみだねルーナお姉ちゃん。皆と一緒に頑張ろうね!」
「竜牙兵……いつでも相手になる……」
 星奈・惺月(星を探す少女・e63281)が、愛用のバイオレンスギター『Melody Star』をかき鳴らし、星の瞬く夜空に向かって告げた。
「ホタルイカ祭り……必ず守ってみせる……」
「……そうだな」
 同じ旅団仲間である終夜・帷(忍天狗・e46162)も、それに頷いて同意を示した。
 帷の夢は、日本中の美味を食べ歩く事。ケルベロスとして、一人の螺旋忍者として、この祭りを潰させる訳にはいかない。
 そこへ一之瀬・瑛華(ガンスリンガーレディ・e12053)がシャンパンゴールドの腕時計に目を落として、予知の時刻が近い事を告げた。
「あと1分ほどですね。気を付けて」
「了解です。返り討ちにしてやりましょう」
 通りに並ぶホタルイカの可愛らしいマスコットの笑顔とは対照的に、帰天・翔(地球人のワイルドブリンガー・e45004)は険しい顔で、ワイルドスペースを輝かせた。
(「祭りを邪魔し、人々の命までも奪おうとは。許しません」)
 デウスエクスは残らずこの手で撃ち砕いてやる――心中に潜む復讐の獣が牙を剥くのを、翔がはっきりと自覚したその時。
「来たようですね。あそこです」
 フローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983)が仲間達に注意を促した。フローネの指が示す先、夜空に見える粒のような光が、瞬く間に大きくなって大通りに落下する。
 デウスエクスの出現に、通りはたちまち人々の悲鳴で溢れた。
「落ち着いて避難して下さい! 皆さんは私達ケルベロスが守ります!」
 フローネは警察に合図を送り、竜牙兵の行く手を塞いだ。
 装着したアメジスト・シールドが眩く輝き、紫水晶の如き光でフローネを照らす。他者を守る――彼女がレプリカントとして得た『菫色のココロ』に共鳴した証だった。
「此処は危ないよ、安全な処に逃げてね!」
 その隣で、火倶利・ひなみく(スウィート・e10573)もまた、逃げ遅れそうになる人達を庇いつつ、敵の前に立ちはだかる。
『グラビティ・チェインヲ寄越セ!』
『串刺シニシテ、炭火デ炙ッテ食ッテヤルゾ!』
「タカラバコちゃん、頼りにしてるんだよ!」
 バトルオーラを纏い、耳障りな哄笑をあげる竜牙兵。ひなみくは相棒のミミックと共に、そんな敵を真正面から睨みつける。
 対する竜牙兵も目の前の相手がケルベロスと気付き、すぐさま狙いを切り替えた。
『オ前達、ケルベロスダナ! ソノ命ヲ貰オウカ!』
 オーラを練り固め、次々に気弾を形成していく竜牙兵。
 翔はワイルドウェポン『流星霊華』を装着すると、口調を一変させて不敵に笑う。
「いいぜ、祭りが望みなら付き合ってやる! ただし、血祭りだがな!」
『ククク……死ヌガイイ!!』
 戦いの火蓋が、切って落とされた。

●二
 戦闘開始と同時、竜牙兵の気咬弾が一斉に翔へと放たれた。挑発を浴びせた翔を集中攻撃で叩き潰そうというのだろう。
 それを察したフローネは一歩先んじ、ビームシールドの出力を全開にする。
「アメジスト・シールド、最大展開!!」
「タカラバコちゃん、行くよ!」
 保護シールドに覆われたひなみくとタカラバコが、フローネと共に翔の盾となる。
 着弾の衝撃できらめくバリア。ひなみくは踏ん張って弾の勢いを殺し切ると、
「ふっふーん。このくらい、どうってことないんだよ!」
 肩の埃をサッと払って余裕の笑みを浮かべて見せる。
「大丈夫ですか、タカラバコちゃん?」
 タカラバコはフローネを見上げ、ほんの少し照れくさそうにこくこくと頷いた。
 箱型のボディは傷ついているが、その身動きは元気そのものだ。
「『シールドのお陰で助かった、ありがとう!』って言ってるよ!」
「ふふっ、ありがとうございます」
 ひなみくの翻訳に、笑顔を浮かべるフローネ。
 それを見た竜牙兵は、骨の拳をバトルオーラで覆い始める。
『フザケタ真似ヲ……! アノ障壁ヲ――』
「よそみ、厳禁」
 あの障壁を砕いてやれ――そう言おうとした竜牙兵の顔を、赤い光が照らした。
 反射的に頭上を向く竜牙兵。その眼前に迫るのは、フィーラのファイアーボールだ。
「ほね、もやしてもおいしく、ないから」
 巨大な火球が放物線を描きシュルシュルと白い尾を引いて飛来する。即座に回避を試みた1体が、帷の放つ螺旋氷縛波に囚われて絶叫した。
「もうじゃまできないよう、灰に、する」
 フィーラが言い終えると同時、アスファルトに触れた火球が膨張し、敵を飲み込んだ。
 火だるまになって転げ回る竜牙兵。
 エトワールは路上をエアシューズで滑走しながら、氷に包まれた竜牙兵に狙いを定めた。傷ついた敵を攻撃し、確実に撃破するのだ。
「ルーナお姉ちゃん、手伝って!」
 ホタルイカのマスコットを足場に、天高くへ跳躍するエトワール。全体重を踵に込めて、気力溜めで氷を解かした竜牙兵の頭上めがけて全力で叩きつける。
「くらええええっ!!」
『グウォオオオ!』
 竜牙兵は咄嗟に両腕で受けた。
 衝撃で足元が陥没し、交差した両腕にも亀裂が生じる。追い打ちで、せなかに突き刺さるルーナのキャットリング。
 絶命こそ免れたが、直撃のダメージは甚大だ。
「とどめだ!」
『サセヌ!!』
 ワイルドブレイドを構えて駆け出そうとする翔に、残る2体の竜牙兵が襲い掛かった。
 音速の拳が唸りをあげ、翔を打ち据える。
 翔は一発目をワイルドブレイドで受けて凌ぐ。しかし二発目の正拳を受けた時、フローネが付与したバリアが音を立てて崩れ去った。
 それを見た瑛華が、中衛で黄金の鎖で魔方陣を描き、翔と仲間達を包み込む。
「わたしの守りは、一味違いますよ?」
 そこへ更に、瑛華のバックで惺月がバイオレンスギターをかき鳴らし、立ち止まらず戦い続ける者達の歌で、城塞の如き鉄壁の保護を盤石とする。
「悪いけど……容赦しないから……」
 ブレイク効果が無為に終わった竜牙兵は、呆然と口を開けて立ち尽くすしかない。
 それを見たひなみくは、ふふんと鼻を鳴らして爆破スイッチに指をかける。
「ほんとに竜牙兵は年中無休で、寧ろお疲れ様ですって感じなんだよ!」
 Kabooooom!
 カラフルな煙幕が、翔の心に勇気をもたらした。今こそ、攻撃の好機だ。
「さあ、やっておしまいなんだよ!」
「任せろ!」
 ワイルドウェポンを構え、突進する翔。
 迎撃を取ろうとした竜牙兵が、タカラバコの投擲した財宝を頭に浴びて体勢を崩した。
「終わりだ!!」
 巨大な刀に変形したワイルドブレイドが一息で振り下ろされる。
 竜牙兵はその身を唐竹割りにされ、粉々に砕け散った。

●三
 仲間を失った竜牙兵は戦意を失うどころか、ますます猛り狂って反撃に出てきた。
 容赦なく体を焼き焦がす炎にも構わず、中衛の瑛華めがけて気咬弾を放つ竜牙兵。即座にそれを庇う、フローネとひなみく。
「大丈夫、グラネットちゃん?」
「大丈夫です火倶利さん。――さあ、今度はこちらの番ですね」
 フローネが振るうチェーンソー剣を、竜牙兵は両腕を覆うバトルオーラで受けた。
 回転する刃状ビームを竜牙兵は必死に耐えるも、ひなみくの支援で力を増したフローネの前に、次第に押され始めた。
『グググ……グヌヌヌ……!』
 夜闇に飛散するエメラルド色の光に、細かな骨片が混じり始めた。最後の力を振り絞ってフローネを突き飛ばす竜牙兵を、大きな黒い槌が仲間もろとも薙ぎ払う。
 フィーラの影から生じた一撃、『怪物の槌』だ。
「ぺしゃんこに、なあれ」
 傷口を派手に切り開かれ、真っ赤に燃え盛りながらお手玉のように宙を踊る竜牙兵。
 瑛華の蹴り飛ばした星のオーラが骨を割り、その守りを剥ぎ取る。
『オ……オノレエエエ!! ヨクモ――』
 ズッ。
 闇から放たれる忍刀が、竜牙兵の絶叫を止めた。
 背骨越しに心臓を貫いた忍刀を、帷は静かに引き抜くと、絶命した竜牙兵を足場に跳躍。受け身を取って着地する。
「これで最後だ……ね」
「容赦なしだよ、竜牙兵」
 惺月の奏でるバイオレンスギターの旋律はますます激しく、敵の麻痺に誘う。息を合わせるように、精神集中の爆発で竜牙兵を巻き込むエトワール。
 竜牙兵は最後の力を振り絞り、音速の突きをひなみく目掛けて繰り出した。
 破れかぶれの一撃だ。しかしひなみくは、これをあえて受けた。
「ぐるぐる~……ぐるぐるぐる~」
 そして、腕をぐるぐると回し――。
「喰らえッ!!」
 竜牙兵の肋骨を音速拳で打ち砕き、追撃のアッパーカットで宙へと吹き飛ばし、その身を文字通り跡形もなく粉砕するのだった。
 ひなみくはパンパンと手を打ち払うと、仲間にピースサインを送る。
「皆、おつかれなんだよ! それじゃ、片付けしちゃおう!」
「賛成……修復する……ね」
 幸い、大通りは道の舗装が破壊された程度で、さほど大きな被害はなかった。
 ギターを爪弾く惺月や、黄金の鎖で魔法陣を描く瑛華に混じり、エトワールは足場にしたホタルイカのマスコットを、ガジェットのスチームで包み込んだ。
「さっきはありがとう。とびきり綺麗に直してあげるね」
 スチームを全身に浴びたマスコットが、心なしか美味しそうな色艶で修復される。
 それはまるで、これから街を包むであろう賑わいを、ほんの一足早く祝福しているようにエトワールには感じられるのだった。

●四
 刺身、串焼き、釜揚げ、そして炊き込み御飯式のイカ飯。テーブルに並ぶホタルイカ尽くしの料理に、ケルベロスは言葉も忘れて魅入っていた。
「おいしそうだ……ね」
 湯気に乗って漂う香りに、惺月はごくりと唾を飲み込む。料理はいずれもシンプルながらホタルイカの味を存分に活かした品ばかりだ。
 フィーラとひなみくは、席に座った仲間達を見回して、
「ん。それじゃあ」
「いただきます、なんだよー!」
 手を合わせ、饗宴の始まりを告げる。
 茶碗に盛りつけたのは、ホタルイカの炊き込みご飯。醤油が淡く香る御飯の中には、小指ほどのイカがたっぷり入っている。クチバシや目玉は取り除かれ、柔らかく美味しい部分だけを存分に味わえるという寸法だ。
「ふふっ。歯応えと風味の取り合わせが素敵ですね」
「おいし~~! おこげが、肝の味が! なんかもうぜんぶ最高なんだよ……!」
 御飯のイカを、噛み締めるように味わうフローネ。タカラバコはひなみくから貰う丸々と太ったイカの味に、エクトプラズムを滝の如く流して喜んでいる。
 一方、惺月が手を伸ばしたのは串焼きだ。醤油を塗って炙り、さらに塗っては炙り、飴色の照り照りに輝くホタルイカを、そっと噛み締める。
「……!」
 口の中に広がる肝の滋味に惺月は言葉を失った。濃厚でほんのり甘く、ぷっくり膨らんだ肝の味に、気づけば早くも一本食べ切ってしまう。
 帷の摘まむ釜揚げは、これまた手が止まらなくなる逸品だった。箸で取っても、確かな弾力が伝わってくる。アツアツの身は、風で余熱を飛ばしてあるのだろう。歯応えの良い身に肝の濃い旨味が絡み、気づけば手が止まらない。
 フィーラは炊き込み御飯をちびちびと口へ運びながら、刺し身にも箸を伸ばしていた。
 紫蘇の葉の上に並ぶ刺身はガラスのように透き通り、瑞々しい輝きを保っている。山葵と醤油はほんの少しで、身の持つ甘さを引き出してくれる。
「しずく、とばり。シェアしない?」
 フィーラの提案に三者の視線が交わり、そっと皿が交わされる。
「御飯、おいしい……ね」
「うん。くしやきも、いける」
「……ああ」
「これ、本当に美味しいですね! いくらでも食べられます!」
 かたや翔はというと小鉢を積み上げ、丼を空にし、品書き片手におかわりを店員に頼み、食べて注文してを繰り返すのに忙しい。店のメニューを残らず制覇してみせる、そんな執念すら感じさせる食べっぷりだ。
(「皆さん、本当に楽しそう」)
 お刺身を口に運びながら、フローネは穏やかに微笑む。イカ飯も刺身も、やはり仲間達の笑顔があってこそだ。
 と、その時。
「ねえフィーラお姉さん、この香り……!」
「ん。『あれ』が、きたみたい」
 店員が運んできたお盆から漂う芳香に、エトワールとフィーラは期待に目を輝かせた。
 それなりにお腹も膨れ始めたと思っていたら、腹の虫が息を吹き返して暴れ出しそうな、そんな食欲をそそる香りが。
「うわあ、来た来た!」
「すごく、いいにおい」
 エトワールとフィーラは注文の品を受け取り、恭しく器の中を覗き込む。
 オリーブオイルに浸かったホタルイカの上にパセリを散らし、ニンニクの香りをたっぷりと吸い込んだアヒージョを、エトワールはぱくりと頬張った。
「お、美味しい……! ルーナお姉ちゃんもどう?」
「これは、あとで、作り方をきかないと」
 頬を抑え、にんまり微笑むエトワール。フィーラももくもくとアヒージョを啄むように食べていると、惺月の皿に視線が向いた。
「しずく、それ、ひと口ちょーだい」
「いいよ……遠慮なく食べて……ね」
 そう言って惺月が差し出したのは、ホタルイカのトマトマリネだ。
 酸味のある真っ赤なトマトが、イカの旨味をふわっと開かせる美味に、フィーラは思わずぐっと親指を立てた。これも後で作り方を聞いておかねば。
「みんな~! どんなの食べてるの?」
「フィーラお姉さん、ボクともシェアしない?」
「ん。おいしそう、ちょっとちょーだい」
 ひなみくとエトワールも、小皿に分けた御飯やアヒージョを手に加わる。美味しい料理と一緒に、仲間との楽しい思いもまた分け合うように――。
 そんな賑やかな光景を、瑛華は少し離れた席から見守っていた。
(「わたしは此方で、のんびりと」)
 赤ワインを舌で転がすように楽しみ、アヒージョを一つまみ。ホタルイカの旨味を吸ったスープにバゲットを浸せば、最高のお供だ。
 窓の外に目を向ければ、通りを行き交い、そぞろ歩く人々が見える。
 そこにはケルベロス達が守り抜いた、日常の景色があった。
(「平和が戻って、何よりです」)
 仲間達のごちそうさまの声に、瑛華は静かに手を合わせるのだった。

作者:坂本ピエロギ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年5月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 4
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。