ミッション破壊作戦～竜の牙城を崩せ

■リプレイ

●千剣の山
　ヘリオンの中から眼下の景色を見下ろすと、そこに広がっていたのは無数の剣が生えた山だった。
　山形県月山。出羽三山にも数えられる霊峰にして名山は、しかし今やその面影など、どこにもない。剣竜『ギルドレイブ』の大群が吐き出す吐息によって、緑に覆われた山々は、地獄に存在すると言われる、針の山の如き様相を示していた。
「……んう。またきたぞー、とげとげぎんぎん。こんどこそ、ここをかえしてもらう」
　伏見・勇名（鯨鯢の滓・e00099）にとって、真下に広がる光景は見覚えのあるもの。以前、この地を奪還しようと試みて、及ばずに撤退した記憶が蘇る。
「ぼくのもやもやで、山のとげとげも、きもちのとげとげも、つらいもかなしいも、全部ふきとばす。いくよ、グラディウス……！」
　この地を取り戻すまでは、何度でも挑戦してやるという強い意志。それを胸に抱き、勇名は飛んだ。それに続き、他の者達も次々と、グラディウス片手にヘリオンから飛び降りた。
「こんなとこに巣を作っちゃって、ホント迷惑なドラゴン達ね。ワタシたちが来たからには、もうおしまいよ！　回廊なんて早いとこ壊して、行くぞー、夏スキー！」
　二番手を務めるのはトリューム・ウンニル（碧き天災の運び手・e61351）。どちらかと言うと、山の奪還よりも夏のスキーに気持ちが向かっている気がするが、それはそれ。
「木々の美しい山を刀剣の山に変えてしまうなんて……。美しさの情動がわからないあなたたちにこの山は不釣り合いなんだよ！」
「この山は地域に根差した信仰と伝統を守る山で、あと一月で湿原のお花が美しく咲き誇る場所やったんです。それを跡形も無く壊したギルドレイブの存在は到底許しておけません！」
　出羽の山々が魅せる美しい光景を取り戻すべく、スノーエル・トリフォリウム（四つの白翼・e02161）と田津原・マリア（ドラゴニアンのウィッチドクター・e40514）が同時に叫んだ。彼女達の想いに導かれるように、グラディウスもまた刀身を激しく輝かせ。
「長い間をかけて作られたこの山を、奪わせたままにしておくなんてできない。絶対に取り返して元の景色を取り戻すんだよ！」
「この山の美しい『当たり前』を根こそぎ奪ったその罪は重いですよ！！　その剣、全て打ち砕いたります！！」
　ただ、ひたすらに戦いを求め、風情を理解しないドラゴンは今すぐに去れ。その言葉と共にグラディウスの刃がバリアへと突き刺さり、出羽の山々に激しい爆発音が木霊した。

●怒りと哀しみを越えて
　出羽の山々に轟く爆音。群がるギルドレイブが吹き飛ばされて行く光景を、フレデリ・アルフォンス（ウィッチドクターで甲冑騎士・e69627）とアルベルト・ディートリヒ（昼行灯と呼ばれて・e65950）は、どこか影のある面持ちで見つめていた。
「こないだのグランドロン迎撃戦では、白百合騎士団と仁義ある信頼関係を築いたってね……。だからと言って、お前らのやってる事が帳消しになるかよ」
　フレデリの脳裏を掠める、ドラゴン勢力の犠牲者となった多くの者達。街の破壊や人々の虐殺だけに留まらず、時に人の心の弱さに付け込んでドラグナーへと堕し、時に力無き女性を攫ってオークの嬲り物にさせるなど、彼らの非情なやり口は枚挙に暇がない。
　数あるデウスエクスの中でも、ここまで悪辣な存在は、そういない。しかし、ドラゴン達にとって、人間などは単なる餌だ。故に、何の心も痛まないのだろうが、それでもやり方というものがあるだろう。
　人は肉を得るために家畜を育て、殺して食べるが、そこには贄となる者達への尊敬と感謝が少なからず存在している。だが、それに比べて、ドラゴンはどうか。力こそ正義。力さえあれば、何をしても許されるとばかりに、傍若無人の限りを尽くすだけではないか。
「究極の戦闘生命体か……。いや、違うな。戦士であれば、戦う相手に敬意を表すだけでなく、弱者を屠ることを好しとはしない」
　力の正義を掲げるだけのドラゴンは、その時点で戦士でさえないとアルベルトは断じた。自分より弱き者であれば、心まで玩具にして構わないという彼らの思想は、暴君以外の何に喩えることができるだろうか。
「いつもいつもオークやドラグナー率いてクズ行為に精出しやがって！　山一つ、文字通りの剣山に変えやがって、一体何考えてんだよ！」
「何度でも言ってやる……いくら強大でも、クズ共のお山の大将には敬意など微塵も払えんってな！」
　もはや、その身に滾る怒りを堪えるのは限界だった。爆風が晴れ、未だ魔空回廊が健在であることを知るや否や、フレデリとアルベルトは同時に飛び出した。
「ドラゴン死すべし、慈悲はない！」
「三度目の正直だ。今度こそ、この神聖な月山から馬鹿デカい剣山と汚い足をどけろ！」
　再び響く轟音。先の爆発に比べても遜色のない衝撃を、たった二人だけで生み出したという事実。
　それだけ、フレデリとアルベルトの抱えた怒りと悲しみが大きかったという証拠だろう。そして、これだけの爆発が起こせたのであれば、更なる追撃を加えれば。
「好き勝手できて満足か？　恨み辛み相当溜まってんだぜ、やられた方はよ……」
「剣竜ギルドレイブ！　お前を絶対に許しはしない。今まで行ってきた数々の殺戮、許さない！」
　この機に続けとばかりに、卜部・泰孝（ジャンクチップ・e27412）とマサムネ・ディケンズ（乙女座ラプソディ・e02729）もまた飛び降りた。魔空回廊は未だ健在。だが、彼らの怒りもまた最高潮。
「今葬ってやるから、地獄でその罪悔いるがいい！」
　まずはマサムネの一撃が、爆発と共に大地を揺らし。
「そろそろ終わりにしようや、後な……」
　続く泰孝が、にやりと笑う。ここへ来る前のコイントスは、残念ながら嫌な結果にしかなっていなかったが、だからこそ覆すことに意味がある。
　分の悪い賭けも嫌いではない。その手に握られたグラディウスが激しく輝いた瞬間、彼は躊躇うことなく最後の一撃を叩き込み。
「ここを取り返した報告して、お小遣いをカヤとソフィアおばあちゃん両方から貰うため吹っ飛べや！」
　渾身の一撃が直撃し、魔空回廊の周囲に群がっていたギルドレイブが、光と熱の中に飲み込まれて果てた。

●道のりは険し
　ケルベロス達の抱えた怒りと悲しみ。その全てを受け取ったグラディウスによる攻撃は、月山に巣食うドラゴン達に、少なくない損害を与えていた。
　だが、それでも煙が晴れた中から現れたバリアを見て、ケルベロス達は驚嘆する。あれだけ凄まじい威力の爆発を起こしたというのに、未だバリアは健在だった。
　魔空回廊の破壊に必要な攻撃回数は、最大でも10回程度とされている。運が良ければ一撃で砕くことも可能だが、こればかりは狙ってバリアの弱い個所を突き刺すこともできず、運を天に任せるしかないのが悔やまれる。
「そんな……あれだけ攻撃しても、まだ足りないなんて……」
　手応えは確かにあったにも関わらず、それでも届かなかったという現実を前にして、スノーエルの顔に影が差すした。だが、悲嘆に暮れている暇はない。ここは敵地。先の攻撃を生き延びたギルドレイブが、こちらを迎撃するために雄叫びを上げながら姿を現したのだから。
「現れたか……」
「どうやら、お小遣いはお預けになりそうだな」
　眼光鋭く敵を睨み付けるアルベルトの横で、泰孝が冗談めかした口調で軽口を叩く。相棒のウイングキャット、なけなしの良心が呆れていたが、それはそれ。
「丁度いい……。この苛立ちと怒りは、あのナマクラを圧し折ることで鎮めさせてもらうぜ」
「ああ、そうだね。ドラゴン……許さない！」
　グラディウスを拾い上げるや否や、フレデリとマサムネは周囲の様子さえ気にせず攻撃の体勢に入る。まずは、フレデリが神殺しのウイルスが仕込まれたカプセルを投擲し。
「神よ汝の子を哀れみ給え……」
　マサムネが紡ぐのは、ダークなメロディに乗せた呪言の詩。ハードロックの言葉通り、それはまるで超重量の岩石の如く、見えない塊としてギルドレイブの身に圧し掛かる。
「……グォォォッ！！」
　同族を殺され、果ては先制で攻撃を食らったことで、ギルドレイブは怒りに任せて凄まじいブレスをケルベロス達に放って来た。
　それは、触れた存在を諸刃の刀剣と化し、凍結させて砕く技。しかし、刃に変じた周囲の岩や草が身体を掠めても、ケルベロス達は何ら動じない。
「この程度か？　ならば、俺の結界だけで十分だ」
　刀剣化した周囲の物体を砕きつつ、アルベルトの鎖が守りの円を描く。ここから先は、そう簡単に刃など通してなるものか。同じく、トリュームもまた両手を地に着け念じると、周囲のグラビティ・チェインと共鳴させて。
「よーし、こうなったらトッテオキを披露するわ！　言っておくけど、いくら素早く逃げたって無駄よ！！」
　味方を謎の爆風で包み、何故かファンシーな格好にさせてパワーアップだ。
「それでは、うちも皆さんのお力に……」
　続けてマリアも銀色の粒子を解き放ち、今度は味方の感覚を強化する。殺伐とした剣山を背景に、どう考えてもファンタジック過ぎる光景が広がっている気もするが、風情を解せない剣竜相手には丁度良いかもしれない。
「これまた、随分と場違いな格好にされちゃったね。でも……だったら、この技も映えるかも！」
　ボクスドラゴンのマシュに守りを固めさせつつ、スノーエルは星型のオーラを蹴り出してギルドレイブに放つ。一見、軽そうな技ではあるが、しかし威力の方は折り紙つき。
「うごくなー、ずどーん」
　足の甲殻が穿たれた瞬間、勇名が多数の小型ミサイルで追い討ちをかけた。さすがに、これは効いたのか、ギルドレイブも思わず進軍する足を止め。
「子供じみた遊びだが……コイツはちっと厄介だぜ？」
　泰孝の投げたトランプが、ギルドレイブの刃による攻撃の威力を削いで行く。本来であれば誰かを守るためにも用いられるはずの力は、しかし今やギルドレイブの攻撃を阻害し、中に押し留めるための楔と化していた。
「グ……ググ……」
　全身の剣を逆立て、ギルドレイブはそれでも抗う。もっとも、攻撃も回復も十分な力を発揮できぬよう押さえ込まれては、さすがの剣竜も形無しであった。

●決戦の足音
　全身を刃で覆った鋼の竜。触れるだけで相手を斬り裂くであろう無数の刃も、しかし内なる怒りに燃えるケルベロス達の前では、何の意味も成さなかった。
「無駄だよ、そんなの！　夏スキーをする前に、こんな場所で死ねないからね！」
　幾度となくブレスの直撃を受けながらも、トリュームは負傷を軽く笑って吹き飛ばす。どれだけ斬られ、貫かれ、そして身体を凍てつかされても、地獄の番犬は屈しない。それだけ、ドラゴンという存在に対し、彼らの怒りは強かったのだ。
「刀剣の身体か……。だったら、こいつは効くはずだよな？」
　泰孝の握るパズルから、解き放たれるは竜の姿を模した稲妻。それは、吸い込まれるようにしてギルドレイブの刃へと向かい、鋼を纏った敵の全身を走り抜けた。
「……ギョォォォッ！！」
　金属質の表皮を持った肉体には、さぞかし電撃が堪えるだろう。そんな泰孝の考えは正しく、ギルドレイブは全身から黒煙を出しつつも、こちらを憎々しげに睨み付けるが。
「どうした？　回復せずに動けなくなってもいいのかい？」
　身体に痺れが残ったままでは、いずれは満足に動くこともできなくなる。泰孝の挑発に触発され、ギルドレイブは翼を広げて自らの傷を癒すことに専念するも。
「ウ……グゥゥ……」
　度重なる神殺しのウイルスの投射によって、もはやそれさえ満足に機能しない。怒れる番犬達の猛攻を前に、ついに剣竜は押すも退くも叶わなくなった。
「オレの家族を奪った眷属、邪悪の王、ドラゴン……。宿敵を倒した今も、その憎しみは消えていないよ」
　ここぞとばかりに、マサムネは満身創痍となったギルドレイブへ告げた。目の前の竜は、自分の家族の命を奪った仇ではない。だが、見逃してやるかと問われれば、答えは否だ。ドラゴンという種族を駆逐するまでは、この憎しみは決して消えない。
「だから、覚悟しているがいい。この身に変えても、お前を倒す。……行くよ、みんな、ネコキャット！」
　マサムネの言葉に、相棒のウイングキャットが頷いた。ここまで来たら、もう回復さえ必要ない。こちらが持てる全ての力をぶつけ、目の前の竜を倒すだけだ。
　ボクスドラゴンとウイングキャット。サーヴァント達が一斉にブレスとリングで仕掛けるが、それはあくまで、牽制に過ぎない。翼で全面を覆い、攻撃から身を守ろうとするギルドレイブの下方に回り、マリアとマサムネが同時に仕掛けた。
「そないに氷が好きならたっぷりくれてやりますよ！」
　まずは、マリアの繰り出す鉄杭が、深々とギルドレイブの右腹に突き刺さって凍結させ。
「まだだ！　こいつも食らえ！」
　続けて、螺旋の力で突撃するマサムネの鉄杭が、ギルドレイブの左の腹を甲殻ごとブチ破った。
「……ッ！　ゴァァァァッ！！」
　内臓を穿たれる痛みに、さすがの竜も悲鳴を上げる。しかし、番犬達の攻撃は終わらない。今まで、ドラゴンに弄ばれて来た者達の痛みと苦しみ。その返礼を、この程度で済ませるつもりもない。
「んうー？　せなかはとげとげでも、おなかはやわらかいっぽい？」
「弱点、見たりだね！　だったら……」
　互いに頷き拳を固め、勇名とスノーエルが大地を蹴る。狙いは正面。苦悶の表情を浮かべている竜の、ガラ空きになった下腹部だ。
「……ガッ！？　……ゴボォォ……」
　下から突き上げられるようにして放たれた二人の拳。その直撃を受けたギルドレイブの身体が宙に浮き、口から噴き出す泡に鮮血が混ざった。正に、火事場の馬鹿力。否、これもまた、ドラゴンへの怒りが成せる業か。
　もはや、これまでと察してか、ギルドレイブは最後の力を振り絞ると、翼を広げて逃げようとした。が、それを見逃すはずもなく、最後はフレデリとアルベルトが、首筋目掛けて鋭く力強い突きを放った。
「逃すかあ！」
「消えろ、鉄屑！　貴様には、かける情けもない！」
　急所を貫くと同時に、アルベルトの剣先から迸る激しい雷鳴。内から身を焼かれた剣竜の巨体が、ついに大地へと崩れ落ちる。
「終わったな。喧嘩に勝って試合に負けた気がするのが、なんとも納得行かないが……」
「そやね。けど、この借りは次の戦争で、しっかり返してやればええんです」
　どこか煮え切らない様子の泰孝に、マリアが言った。
　ドラゴン・ウォー。刻一刻と近づく決戦の予感を感じつつ、ケルベロス達は剣山と化した、出羽の月山を後にした。

作者：雷紋寺音弥	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2019年5月22日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 4／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 2
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