クロートの誕生日~時にはスリルを求めて

作者:雷紋寺音弥

「お前達の中に、スリルや運試しに興味のある者はいるか? 純粋に、トランプゲームが好きな者でも構わないぞ」
 そう言ってクロート・エステス(ドワーフのヘリオライダー・en0211)がケルベロス達に告げたのは、東京の街中で見つけた少しばかり変わった喫茶店の話だった。
「カフェや喫茶店と言っても、今では色々な種類の店があるからな。メイドが接客したり、猫を抱けたり……。俺が見つけたのは、『カジノ喫茶』というサービスを行っている店だ」
 クロートの見つけた店とは、カジノゲームのできる設備が整った喫茶店。ただし、当然のことながら本物の金品を賭けることはできない。あくまで無料のゲームとしてカジノの雰囲気を味わえるだけであり、勝ち負けに関係なく賞金や景品なども貰えない。
「カジノゲームに必要なコインは、店で貸してくれるみたいだな。枚数なんかにも制限はないから、雰囲気だけ楽しむならこれで十分だろう」
 店で行うことのできるゲームは、トランプを使ったゲームが主である。ポーカーやバカラ、ブラックジャックといった基本的なものから、少しマニアックなものでも遊ぶことができる。ディーラーは店員のお姉さんが行い、初心者には丁寧にルールを教えてくれるようなので、訳も分からず右往左往する心配もない。
 また、店にはルーレットの台や玩具のスロットマシンが置かれている他、ダーツやビリヤードができる設備もある。腕に自信があるのなら、知り合いと一緒に勝負してみるのも面白いかもしれない。
「俺も、少しはそういった遊びに覚えがあってな。ビリヤードに興味がある者がいれば、久しぶりにトリックショットを見せてやれるかもしれないぜ?」
 純粋にゲームを楽しむことで、少しでも息抜きになれば良い。たまには趣向を変えて、大人の遊びに触れてみる。そんな時間があっても、良いのかもしれない。


■リプレイ

●闇のデュエル・ポーカー!?
 それは、どこにでもある喫茶店。少なくとも、外から見ただけでは、誰もがそう思ったことだろう。
 だが、扉を開けて中に足を踏み入れれば、そこはもう普通の人が知っている喫茶店とは別世界。テーブルもカウンターもあり、メニューも置かれているものの、それよりも部屋の真ん中に置かれたルーレットの台や、そこかしこで行われている山積みにされたコインの移動が目に留まった。
「ミステリアスな遊びと言えば、ルルの出番かな?」
 初めて見る大人の遊戯に興味津々な様子で、ルル・サルティーナ(タンスとか勝手に開けるアレ・e03571)が、にやりと笑った。果たして、本当にルールが解っているのかまでは、かなり怪しいところだが。
「苦み迸る大人の遊戯……。ポーカーならチロに任せてくれ」
 同じく、チロ・リンデンバウム(ウェアライダーの降魔拳士・e12915)もまた不敵な笑みを浮かべると、二人はポーカーの遊べる台に座った。
「あら、可愛らしいお客さんね。それじゃ、まずは……」
 ディーラーのお姉さんが二人に微笑むと、早速、ルールを説明しながらトランプを配ろうとする。が、それよりも早く、チロは置かれていたトランプを鷲掴みにすると、実に大味な感じでシャッフルを行い、それぞれ10枚ずつカードを配って残りを山札とした。
「え? あ、あの……」
 突然のことに困惑するディーラーのお姉さんだったが、そんなこと、二人は気にしていない。そして、そんな二人のことを影ながら見守りつつも、盛大に呆れている少年が一人。
(「……なんだこれ」)
 ルルとチロのお目付け役も兼ねて参加していた、ルイス・メルクリオ(キノコムシャムシャくん・e12907)である。
 彼からすれば、ルルとチロは悪意こそないが、悲しいまでにアホだった。だが、そんな少女達であると知ってはいても、これはあまりに予想外。
(「ポーカーなのに、なんで手札が10枚超えているんだよ……。ディーラー大困惑してますやん……」)
 早くも凄まじい超展開に突入し、ルイスは既に頭が痛かった。
 まさかの最初からルール無視全開。いや、この場合は、オリジナルのルールと言った方がいいのだろうか。だが、それにしても、これはない。マジでない。
「ふっふっふ……。どうやら、天はルルに味方していたようだね」
 そんなルイスの心配を良しに、ルルは手札を見るや否や、勝利を確信したような笑みを浮かべた。
「ルルのターン! ドロー! なんか髭の偉そうなおっちゃんを攻撃表示!」
 そして、繰り出される新たな超展開!
 なんと、ルルは更に山札からカードを1枚手札に加えると、自分の手札からスペードのキングを取り出し、台の上に置いたではないか!
(「ルール分かってないんじゃねぇのと思ったが、断言出来る。……ルール云々以前に、頭の中身が駄目だこれ」)
 あまりに無茶苦茶なゲームの流れに、もはやルイスは突っ込む気力もないようだった。
 まあ、素人がポーカーで遊ぼうとした場合、手札の枚数やら配点の高い役やらを知らないのは仕方がない。
 だが、それでも、これはいったい何だろう。目の前で繰り広げられている謎のバトルは、ポーカーというよりも、むしろ完全にTCGではないか!
(「ん~……何が何だか、全然分からん!!」)
 その一方で、チロもまた自分の手札を確認していたが、残念ながら、彼女の手札には絵札が殆ど入っていなかった。もっとも、彼女の手には最初から、ハートのカードが連番で5枚ほど入っていたのだが。
「クックック……チロにも運が回ってきたズェ……」
 絵札しか目に入ってなかったチロは、惜しげもなく連番で入手できたハートのカードを捨ててしまった。それを見たルイスは、ますます頭を抱えて困惑し。
(「……あのバカ犬、ハートのストレートフラッシュ捨てやがった……。マジでルールが分かってねぇ!?」)
 完全に白目を剥いて、もはやルイスは卒倒寸前。カードを10枚も持っている時点でルールも何もあったものではないが、それにしても、これは酷い!
「そして……攻撃表示! それを待っていたぜ! デスティニードロー!」
 だが、そんなルイスの心配を他所に、チロは捨てた分のカードを高速で補充!
 一度に5枚ものカードを引けば、少なからず当たりを引けるだろうと……そう、思ってのことだったのだろうが。
「……クゥ~ン……」
 尻尾を丸め、項垂れるチロ。どうやら、5枚もカードを引いたにも関わらず、絵札を1枚も引けなかったようだ。
 もっとも、絵札こそ引けなかったものの、彼女が手にしたカードは『3』が3枚に『エース』が2枚。今度はフルハウスが揃ったわけだが、それにチロが気付くわけもなく。
「おっと……そんな手札で大丈夫か? ルルはこっちの黒い髭のおっちゃんを生贄に、赤い髭のおっちゃんを召還!」
 何故か、妙に得意げな顔で、今度はルルがドヤ顔でダイヤのキングを台の上に出す。
 ああ、これはもう完全にポーカーではない。苦笑いを浮かべるディーラーのお姉さんを他所に、ルルとチロは完全に二人だけの世界に入っていた。

●ミラクル・トリック・ショット
 ポーカーのルールそっちのけで、勝手に意味不明なTCGを始めたルルとチロ。そんな彼女達に呆れ果てたのか、ルイスは二人を置いてビリヤード台の前で溜息を吐いていた。
「どうした? 随分と悩んでいるようだな?」
 突然、後ろから声を掛けられて、ルイスは思わず顔を上げた。見れば、そこにはビリヤードで使うキューを持った、クロート・エステス(ドワーフのヘリオライダー・en0211)が立っていた。
「クロートか……。あ、誕生日おめでとうな」
 思い出したように、ルイスは返した。後ろからは相変わらず意味不明な言葉が聞こえて来たが、もはや気にしても無駄だと諦めた。
「クロートさん、お誕生日、おめでとうございます。ビリヤード、お好きなのですか?」
 相棒のミミック、愛箱のザラキを抱え、イッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)もクロートの誕生日に祝辞を述べる。その上で、もしも可能であるならば、是非ともトリックショットとやらを見てみたいと頼んでみた。
「……トリックショットか。まあ、さすがにプロには敵わないが、俺のできる範囲のものなら見せてやろう」
 そう言うが早いか、クロートはビリヤード台に素早くボールを並べた。曲芸的な技を見せる際には、準備を手早く済ませることも大切だ。酒場でのパフォーマンスともなれば、準備に手間取れば手間取るだけ、客が興覚めして帰ってしまうこともあるのだから。
「……見ていろよ」
 狙いを定め、クロートの突き出したキューの先端が白いボールを弾き飛ばす。それは、穴の前に並べられていた4つのボールの内、左から2番目を弾き飛ばし。
「……おぉっ!」
「なるほど、これは凄いな」
 思わず感嘆の声を漏らすイッパイアッテナとルイス。2番目の弾を弾き飛ばしたボールは台の端に当たって戻り、今度は3番目と4番目のボールを同時に弾き飛ばす。そして、弾き飛ばされたボールはそれぞれに別々の穴に落ち、後には最初に撃ち出した白いボールだけが台の上に残っていた。
「まあ、ざっとこんなもんだ。本場のプロになると、ボールを台に当てて空中を浮遊させたり、9個のボールを一撃で全ての穴に落としたりもできるぜ」
 さすがに、そこまでの大技は、自分にも使うことはできないが。苦笑しつつ告げるクロートだったが、それでも4個のボールを一撃で穴に落とすだけでも、そこそこの技量は必要だろう。
「いやぁ、素晴らしいですな。ところで、クロートさんは、こういったお店によく来られるのですか?」
「まあ、気分転換に、たまに遊びに来る程度だな。チップを賭けたギャンブルよりも、俺にはダーツやビリヤードの方が性に合っているんでね」
 なんだったら、そちらも少し遊んでみたらどうか。そう言ってキューをイッパイアッテナに渡し、クロートは再び台の上にボールをセットする。
「最初は、なるべく台と水平になるよう突いた方がいいぞ。下手に斜めに突くと、勢い余って台の表面を削ってしまうからな」
 そうなったら、最悪の場合、弁償だ。それは洒落にならないだろうと念を押しつつも、イッパイアッテナに先手を譲ったのだが。
「どうやら、相棒は届かないようですね。仕方ありません」
 愛箱のザラキは背丈が足りず、残念ながら主人のプレイを見ることができない。多少、可哀想な気もするが、仕方のないことだろう。
(「球を飛ばせるような技術は持ち合わせていません。ならば……」)
 ここは堅実に、一手ずつ。まずは正面からぶつけて1つでもホールに入れば良いとばかりに、イッパイアッテナはピラミッド状に並べられたボールへと、真正面から白いボールを衝突させた。
「……あ、ひとつは穴に入りましたね」
「なかなかやるな。とりあえず、今のターンはそちらが1ポイント先取ということだ」
 台の上に散らばった残り8個のボールは、これから互いに基本となる白いボールをぶつけ、それぞれ台の隅にある穴に落として確保することになる。
 どうせなら、そちらも試しにやってみないか。そう言って、クロートがキューをルイスに差し出したところで……なにやら、後ろの方から元気の良いルルとチロの声が聞こえて来た。
「なかなかやるね。でも、これで終わりだよ。ルルは、場に出ている髭のおっちゃん、髭の兄さん、それに赤のおばちゃんを生贄に、『ブラック・アイズ・スペード・ドラゴン』を特殊召喚するんだよ!」
「なんの! それならチロは、手札から3枚の『エース』を捨てることで、『マジシャン・オブ・ブラックジョーカー』を特殊召喚だ!」
 ルルが竜の紋章の描かれたスペードのエースを場に出せば、チロも負けじとジョーカーのカードを手札から場に出す。この場合、ジョーカーの方が強いというのは分かったのか、ルルはスペードのエースを引っ込めて、捨て札を置いておく場所へと除外した。
「くっ……ルルのライフが……!」
 今ので大ダメージを受けたのか、ルルはいかにも辛そうな顔をしつつ、クリームソーダに手を伸ばして飲み干した。
「……ぷはぁ! ライフ回復した……」
(「あいつら、まだやってたのか……。ってか、クリームソーダ飲んでライフ回復とか、TCGだってあり得ないだろ!?」)
 もはや、完全に何やってるのか不明になった二人を見て、思わず突っ込みを入れそうになるルイス。だが、それをするのは無粋と察してか、色々な意味で諦めることにした。
 この世にカードゲームは多数あれど、トランプ程に優れたカードは存在しない。50枚と少しのカードだけで、実に様々なゲームができる。
 そういう意味では、ルルとチロの謎のTCG風ゲームもまた、トランプの持つ可能性のひとつ。ポーカーのルールは完全に死んでいたが、それでも二人が楽しんでいるのであれば、まあ良いだろうと。
 三者三様、色々な楽しみ方があるのも、また事実。カジノに興味がある者も、そうでない者も、自分なりの楽しみ方を見つけられれば幸いだ。

作者:雷紋寺音弥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年5月19日
難度:易しい
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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