妖銀の茨姫は何処?

作者:柊透胡

 春爛漫――寒暖差の激しかった4月を経て、今年は例年にない連休の間に5月となった。
「……そっか、そろそろ薔薇の季節だよねぇ」
 春の陽射しに誘われて、今日は仕立て仕事も小休止。ピジョン・ブラッド(銀糸の鹵獲術士・e02542)は満開のモッコウバラの生垣に、思わず目を細めた。
 直に、芳しい大輪の薔薇も咲くだろう。万人を虜にしてやまぬ、花の女王は――ある意味、ピジョンにとっても感慨深い花か。
「……ああ、ごめん」
 立ち尽くすピジョンの袖を、テレビウムのマギーがクイクイと引く。相棒に促され、歩き出すピジョン。
 ――その森の小路に足を踏み入れたのは、果たして偶然か。
 木洩れ陽柔らかな光景は、春めいて美しく、漂う艶やかな芳香に何故だか誘われた。
「へぇ、こんな処があったんだ」
 程なく、ピジョンの目の前に英国風の田舎家が現れる。整然と刈り込まれた生垣の向こうに蔓薔薇が清楚なアーチを形作り、広々とした庭のあちこちに、早咲きの薔薇が咲き乱れる。
 思わぬ眼福に、ピジョンが見惚れるのも束の間。視線を感じて首を巡らせれば、いつの間にか、テラスに老人の姿があった。
「これは珍しい。若いお客人ですな……それも、ケルベロスとお見受けしますが」
 綺麗に撫で付けた白髪。肌は日に焼けたように浅黒く、クラシカルな装いに物持ちの良さが窺えた。銀縁眼鏡越しの灰の双眸は、些か神経質そうにテレビウムに向けられている。
「こんにちは、綺麗なお庭ですね」
 ピジョンが挨拶すると、老人は嬉しそうに目を細めた、
「ええ、漸くここまで調えました……ご興味があるようでしたら、どうぞ、こちらに」
「……お邪魔でなければ」
 逡巡の後、庭園に足を踏み入れるピジョン。老人は後ろ手に組んだまま、にこやかに相好を崩した。老人は薔薇の園芸家で、庭の薔薇も全て丹精したという。
「本当に、見事です」
「ありがとうございます。ですが……まだ、1つ足りないものがあるのです」
「足りないもの?」
「ええ、ブライアローズ……私の愛しい茨姫」
 妖しいまでに美しい、銀の茨――奪われて久しい、最高傑作。
「……っ」
「ケルベロスの貴方なら、ご存知でしょうかな……鹵獲術士などと気取ってはいるが、所詮は忌々しい盗っ人風情。定命如きと侮って、盗人の顔も名前も覚えようとしなかった、当時の自分を叱り飛ばしてやりたい所ですとも」
 だから今、こうして通りすがりを誘い込んでは、訪ねて回る――『銀の妖茨』を知らないか、と。
「お若い方、ご存知ないでしょうかな? 私の大切な茨姫を」
「それは……」
「隠し事は為になりませんぞ……まあ、何れにせよ、薔薇の施肥にご協力頂きますが。ケルベロスのグラビティチェインなら、さぞや私の薔薇達も喜ぶでしょうな」
 ザワザワと老人を取り巻くのは、色とりどりに花咲かせる茨――恐らくは攻性植物を愛しげに撫でる老人の右手は、浅緑の竜鱗に覆われていた。
 
 『ローズメーカー』ウィリアム・ダイアー――とある鹵獲術士の宿縁を得たドラグナー。
「顔を変えたのか、別の肉体を得たのか、定かではありませんが……ピジョン・ブラッドさんは当初、ウィリアム・ダイアーと気付かず接触してしまうようです」
 未だ連絡取れぬ彼を気遣い、都築・創(青謐のヘリオライダー・en0054)は厳しい表情で集まったケルベロス達を見回す。
「一刻の猶予もありません。ブラッドさんが無事の間に、急ぎ合流して下さい」
 ウィリアム・ダイアーの表向きは、慈善家であり園芸家。その実、社会的弱者を人知れず殺害しては、搾り取ったグラビティチェインで攻性植物と魔術の研究をしてきたという。
「攻性植物を使った技を、独自に編み出しているようです。中でも、鹵獲された『銀の妖茨』なるグラビティに執心しており、奪還を望んでいます」
 ピジョンを誘き寄せたのも、その一環であるようだ。
「戦場は、『ローズメイカー』の庭になるでしょう。早咲きの薔薇咲き乱れる庭園ですが、戦うのに支障のない広さはあります」
 『ローズメイカー』自身は茨の攻性植物を駆使し、毒の棘や花々から破壊光線を発する。濃密な芳香は、或いは多を冒すだろう。
「どうやら、グラビティの研究について拘りを持つ敵のようです。オリジナルグラビティの方が、気を引き易いかもしれませんね」
 歴戦のケルベロスであっても、単独で老獪なドラグナーと渡り合うのは流石に厳しい。
「どうぞご武運を。ブラッドさんを宜しくお願いします」


参加者
キルロイ・エルクード(ブレードランナー・e01850)
ピジョン・ブラッド(銀糸の鹵獲術士・e02542)
御子神・宵一(御先稲荷・e02829)
新条・あかり(点灯夫・e04291)
空国・モカ(街を吹き抜ける風・e07709)
イッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)
フローライト・シュミット(光乏しき蛍石・e24978)
アルベルト・ディートリヒ(昼行灯と呼ばれて・e65950)

■リプレイ

●ブライアローズの行方は
 ザワザワと老人を取り巻くのは、色とりどりに花咲かせる茨――恐らくは攻性植物を愛しげに撫でる老人の右手は、浅緑の竜鱗に覆われる。
 いっそ物静かにも見えるこの男が、崇め奉るドラゴンをその身に写した狂信者、ドラグナーなのは間違いない。
 シャァァッ!
 威嚇を叫び蠢く攻性植物に対し、テレビウムのマギーはファイティングポーズ。そして、ピジョン・ブラッド(銀糸の鹵獲術士・e02542)が口を開こうとした寸前、次々とケルベロスが駆け付ける。
「ご主人連中が虫の息だというのに、一人呑気に土弄りか」
 面倒そうに皮肉を吐き捨てたのはキルロイ・エルクード(ブレードランナー・e01850)。
「随分と恵まれた身分だな、羨ましいよ御老人」
 否応も無く目に入る攻性植物の紅薔薇に、強化軍服の上から何かに触れようとして……その拳を固く握り締める。
「あなたも、あなたの操る花達も……外見こそ綺麗だけれど……」
 その皮の下は、きっと闇の色――フローライト・シュミット(光乏しき蛍石・e24978)は辛辣に断じる。攻性植物を見やる茶色の瞳が、ふと不思議そうに瞬かれた。
(「この茨のように苛烈な子も居れば……フローラの葉っさんのような子も……やっぱり、攻性植物は個性が強いね……」)
「なるほど。美しい薔薇の背後に控えるのは、とんでもない下衆野郎って訳か」
 アルベルト・ディートリヒ(昼行灯と呼ばれて・e65950)は、剣呑に碧眼を眇めている。
 ピジョンは災難だったと思うが、下衆のドラグナーを攻性植物共々塵にするチャンスだ。ドラグナーが執着するグラビティなど、このまま消え去るのが世の為人の為だろう。
(「ウィリアム・ダイアー……?」)
 一方、門扉のネームプレートに、空国・モカ(街を吹き抜ける風・e07709)は怪訝そうに首を傾げる。
(「そう言えば……テレビの園芸番組で、見掛けた事があるような」)
 そんな知名度がある者がドラグナーだったとは……いやはや、社会とは怖いもの。
(「……過去、同じように潜伏していた私が思うのも何だが、な」)
 潜伏していた者と、故郷を離れた者が日本で邂逅する、それが宿縁なるものかもしれない。
「ピジョンさん、助力します!」
 明朗な声音は、イッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)だ。ミミックである相箱のザラキ共々、盾として起つべく。
(「ピジョンさんが、過ぐる日を解決出来るように」)
 どんな結末を迎えようと彼の意思を尊重し、邪魔しないと決心している。
(「僕は彼を護るよ」)
 新条・あかり(点灯夫・e04291)の胸に在るのも、強い決意だ。
 彼の真意を全て察せる程、深い付き合いとは言い難い。だが、20以上も年下の少女にも、友として優しい人だ。何より、あかり自身が宿敵と対峙した時、助けてくれた人の縁が嬉しかったから。自分だって誰かに返したい、そう思う。
 そうして、最後に庭園に駆け込んできた御子神・宵一(御先稲荷・e02829)は、安堵の声を上げた。
「ピジョンさん、無事で何よりです!」
「……ああ、予知されていたのか」
 駆け付けた仲間を肩越しに見やり、ピジョンは内心で舌打ちする。
(「ちぇ、まだ1人では倒せないのか。悔しいな」)
 戦いは苦手と嘯きながら、青年の心底には好戦の炎が揺らめいている。
「ああ、ブライアローズだっけ……これの事かな?」
「!?」
 ピジョンの左手が、揺らめき浮かんだ銀薔薇の幻影を握り潰す。瞠目したドラグナーが思わずの呈で竜鱗の右手を出そうとするのを見て、すかさず、居丈高に言い放った。
「今更返す? やなこった!!!」
「……正に、盗人猛々しいとは、この事」
 ピジョンを映すドラグナーの双眸は、殺意と憎悪が滾るよう。
「その小生意気な面構え、今の今まで忘れていたとは。つくづく、歳は取りたくないものだ」
「僕も、そっちの顔を覚えてなかったのは迂闊だったよ。戦争に出ずに引き籠ってたの? 今まで死なずに生きてたとはね」
「若造がほざくな! 我が主より下された崇高なる使命、恥知らずに解せるものか!」
 あくまで口の減らないピジョンを一喝し、ドラグナーは攻性植物を解き放った。

●徹底集撃
 ――――!!
 ぶち撒けられたのは、咽る程に濃密なる芳香。咄嗟に動いたイッパイアッテナが、ピジョンを庇う。
「全てを撥ね返す力を」
 相箱のザラキが大口開けて喰らい付くと同時、闘志を奮い立たせる言葉を紡ぐイッパイアッテナ。
(「宿願燻ぶるなら、果して欲しい……」)
 魂分ける身で盾の加護は2人に掛れば重畳ながら、まずは敵の攻撃に備えんと。
「そんなに愛しい茨姫を奪った花盗人の顔も名前を覚えてないなんて、流石命を命と思わないドラグナー」
 先刻のやり取りからして、敵の標的は明らか。それ故に、あかりは声を張り上げる。わざと生意気に、侮るように。
「それとも、単に呆けたのかな?」
 少しでも敵の注意をピジョンから逸らせられれば――挑発しながら、轟竜砲をぶっ放す。
(「薔薇に罪はないからな」)
 続いて地を蹴ったモカは、正に吹き抜ける風の如く。荒さぬよう薔薇の垣根を飛び越え、螺旋込めた掌を伸ばす。
「己は散々略奪を働いておいて、その言い草はないと思いますが……」
 呆れたように呟き、宵一は御先稲荷の縛鎖を振るう。
 雪華を具して参れ――喚ばうは純白の雪狐。常は己に依り憑く御業を、伸縮自在の鎖に宿らせる。雪狐の爪牙は敵を穿ち、凍らせんと。
「妖茨は攻撃には使えないからね。悪いけど、2度と見ずに消えてもらおうか!」
 あくまでも強気な態度を崩さず、魔法の針と糸を手繰るピジョン。敵の服や皮膚を縫い付ければ、その動きも阻害出来よう。同じく、勢いよく飛び出したマギーは力一杯に鋏を振るった。
 一方、仮面の下で、キルロイは顔を顰めていた。ジャマーの厄は掛かれば重い。だが、それも命中出来てこそ。比較的得手の敏捷の技ですら、眼力が報せる命中率は5分5分だ。
(「……上等だ」)
 緩く唇を歪めるキルロイ。流星の軌跡を描くが如く、飛び蹴りが奔る。
 仲間の初手を見やり、フローライトは思案するように眉根を寄せる。後衛に立つフローライトは、狙撃の位置取り。だが、彼女をしてスターゲイザーの命中率が万全と言えないならば。
「キャスター、だね」
「だろうな」
 ケルベロスそれぞれが、命中率の低下を実感している。フローライトの判断に否やはない。
「なら……皆が攻撃を確実に当てられる確かな土台、築く……」
 既に、同じくスナイパーたるあかりの初撃は、敵を捉えている。
 ならば、更に厄を深めるには。
「フローラと葉っさんの絆、侮って貰っては困る……」
 紫葉牡丹の如き葉が鋼の強度で硬化する。シュルシュルと攻性植物巻き付いた右腕を構えるフローライト。
 ――――!!
 攻性植物の蔓がぐにりと伸長する。思い切り振り抜けば、硬化した葉が勢いよく叩き付けられた。
「やれやれ、忙しいのは嫌いなんだが」
 肩を竦めたアルベルトは、前衛から順にメタリックバーストを撒く算段でいる。昼行灯を装いながら、いつでも仲間を庇えるよう目を配っているが……ディフェンダーは刹那の間隙に滑り込んで仲間を庇う。その挙動は反射的で、特定の攻撃を見越したり、誰かを目して庇う余裕はない。
 だが、幸か不幸か。敵の攻撃は、明らかにピジョンに集中している。
 ――――!!
 噴射した茨の棘は毒を帯びて、ピジョンを襲う。その射線に飛び込んだミミックは歯をガチガチ鳴らして箱を震わせた。
「戦うのは得意じゃなかったハズなんだけどねぇ。お陰様で仲間がいるもんでね」
 不敵を言い放ちながら、ピジョンは果敢に攻める。そんな彼に、雪の結晶を象る白光の盾が翳される。宵一のマインドシールドだ。
「勇敢なる者に新緑の歓喜を!」
 眩惑の毒香が爆ぜれば、巻き添えとなった前衛に、モカが大地の気脈や植物から得た生命力を分け与えた。一方で、ピジョンにはガネーシャパズルより光の蝶を喚ばう。
 イッパイアッテナも時に黄金の果実を掲げ、時に救護の意気を漲らせて癒さんとした。
 回復は、厚い。そう見えた。だが、ヒールに手が割かれれば、敵を穿つ火力が減じる。戦いが長引くという事は、敵の手数が重なるという事だ。
 ――その全てが、ピジョンを狙えば。
「死ぃいいいねえええええ!」
 集中攻撃を見て取り、己の内より生じた赤黒い劫火を以て銃剣突撃を敢行するキルロイだが、皆殺しの行軍は威力重視の大技だ。易々と回避された。
「顎がお留守……」
 フローライトは偽翼による加速で敵に急接近。直前で急ブレーキを掛けた反動も利用し、サマーソルトキックが一閃する。あかりも何度目かの轟竜砲を放つ。
(「これ以上、思い通りにはさせない」)
 その為にも、早急に敵を足止めせねば。
 狐耳をパタパタさせ、ピジョンに気力を注ぐ宵一。初手こそ攻撃出来たが、ドラグナーの的確な攻撃に、早々にヒールに専念していた。
「ほれ、行って来い!」
 アルベルトもヒールドローン一点集中させ、ピジョンのヒールに勤しむが……敵の照準がぶれぬ限り、回復不能のダメージは確実に積み上がっていく。
 ――――!!
 血襖斬りと交錯するように、紅薔薇から迸った光線がピジョンを貫く。それだけならば、まだ踏み止まれただろう。だが、仲間が癒しを編む暇もなく、一気に花開いた黒薔薇より漆黒の光線が奔る。更にもう一条、追撃が青年の胸を灼く。
「ピジョン!」
 駆け寄らんとしたモカの目の前で、銀糸の鹵獲術士は崩れ落ちた。

●怒涛連撃
 ドラグナーが執心する「銀の妖茨」――これまでのやり取りで、ピジョンがその技を鹵獲したのは想像に難くない。なれば、ドラグナーの憎悪の矛先が彼に向くのも当然だろう。
 あかりのように、ドラグナーの気を逸らさんとした者もいたが……あくまでも、ピジョンは強気を崩さなかった。
 その意気や良し。だが、テレビウムのマギーと魂を分け合う身は、集ったケルベロスの中でも脆い。それでも、彼はクラッシャーとして前衛に立った。
 何処にいようと、ドラグナーの技は彼を捉えただろうが……ディフェンダーが全ての攻撃を庇えるとは限らない。又、メディックたる宵一とて懸命に癒し続けたが、ヒールも有限。何より、防具耐性にそぐわぬ追撃技がダブルで突き刺さったのが不運となった。
 彼の強気を最後まで支えようとするならば、グラビティで強制的に標的を変える策も必要であったかもしれない。テレビウムのテレビフラッシュは……見切りを鑑みたが故の手数の少なさと厄の付与率の低さから、上手く機能したとは言い難い。
「……」
 倒れたピジョンを一瞥したドラグナーは、それ以上、とどめを刺す素振りも無く、次はテレビウムに狙いを定める。
「……舐め、るな……」
「私のブライアローズを取り戻すのは、害虫を全て処分してからだ。丁寧に丁寧に引き剥がしてやろう。ゆっくり、じっくりとな」
「……っ」
 悔しげに握られたピジョンの左手を踏みにじり、ドラグナーはケルベロス達を睥睨する。
 だが、ピジョンが倒れ、更には侮られた事で、ケルベロス達の闘志が沸騰する。
 ――――!!
 一斉攻撃――ドラグナーが攻撃を差し挟む暇も与えず、ケルベロスらの猛攻が殺到する。
「な……っ!?」
「また蹴りと思った……? 残念……」
 再度偽翼で急接近したフローライトは、今度は止まらず硬化した葉っさんを展開したショルダータックルを敢行する。
 ヒールに専念していた宵一も再び雪狐の爪牙で縛し、モカは旋刃脚を浴びせ掛けた。
「ザラキ! マギーさんも!」
 イッパイアッテナの破鎧衝が示した弱点目掛けて、ザラキが武装を具現化し、マギーが凶器を叩き付けた。
 1対多こそがケルベロスの強みならば、狩立てるような怒涛の連撃は忽ちドラグナーを追い詰めていく。
 そして、これまで重ねられてきた足止めの厄と、命中の強化――仲間の尽力が、漸くキルロイに最大火力を発揮させる。
 ――――!!
 キルロイの全身から噴き出した赤黒い劫火をブーストに利用して一気に加速、グラビティ生成した銃剣で貫き零距離射撃。
 ――――!!
 射撃の反動で離れる瞬間に銃剣を折り、敵の体内に残った銃弾と共に爆発させる。
「……ぐぅっ」
 グラリと傾いだ老体に、アルベルトは深々とイガルカストライクを突き立てる。
(「トドメはピジョンが、と考えていたんだがな」)
 きっとそれは、救援に来たケルベロス共通の思いだ。せめてと身を起こして顛末を見守るピジョンの背中を支え、あかりは静かに手を翳す。
「遠慮はいらないから、思う存分、見て盗むと良い……お代はあなたの命だけれど」
 翳した手袋を、あかりの掌を、突き破るように飛び出したのは――今はもういない、愛しき人から贈られた虹の薔薇。7つの大罪に因んだ大輪の花は、どこまでも追いすがり捕食する。
「ピジョンさんはあなたから何かを奪ったかもしれない――そして、あなただって、彼から何か奪ったかも、しれないでしょう?」
 返事は、無かった。7色の薔薇を全身に咲かせ、ドラグナーは――ウィリアム・ダイアーという『人間』を騙ったデウスエクスは、事切れる。
 最期まで、何かを求めるようにピジョンに手を伸ばしながら。

「もう大丈夫です」
 宵一に気力を注がれ、ピジョンはホッと息を吐く。重傷にならず済んだのは、敵が効率を優先した幸いであった。
「この庭、花に罪はないし、荒れたままだと勿体ないな……」
 そんな事を呟き、徐に立ち上がるピジョン。
「今日はありがとうね。お礼はまた改めて」
 いっそ軽い口調で手を振り、一足先に庭園を後にする。
 顔を見合わせたケルベロス達も、彼を追わなかった。
「それじゃ、軽く手入れして帰るか?」
「偶には園芸もいいもんだ……多分」
 キルロイの言葉にアルベルトも肯く。手分けして庭の保全作業だ。
「巡る年にいつか見に来た人にも、又美しい花を見せられるように、ね」
 イッパイアッテナがリヤカーで土を運び農薬を撒けば、あかりは折れた枝は切り戻しぐらついた株は支柱で補強。
「せめて『あなた達』は……綺麗なままで……」
 メディカルレインを降らせるフローライト。宵一とモカも思い思いにヒールに勤しむ。
(「……忘れていたのは、お互い様、か」)
 ――庭の保全の完了と同刻。ピジョンはもう森を抜けていた。
 脳裏を過る、友の面影。度胸試しに潜り込んだ屋敷は入り組んでいて……友の最期は目にしていない。
 目にしていないが……とうとう帰って来なかった。
(「これは……ホッとしているんだな、きっと」)
 魔法の鹵獲は、偶然だった……だが、友人をその代償にしたも同然の、14歳の少年の『名前』を知る者は、既にいなかったのだ。
「……マヒナには、大した事なかったと言っておくか」
 敢えて独り言ち、青年は再び歩き出した。

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年5月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
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