●竜がとぶ
城ヶ島――。
ドラゴンに占拠されしこの地で、今まさに、多くのドラゴンが集い、海に臨んでいた。
彼らの様子は、その巨体に見合わぬ、些かの悲愴さな空気を纏っていた。自らを蝕む定命化により、死を目前とする個体も多く見えたからだ。
比較的、力の残るドラゴンは、そんな仲間を庇うかのように傍にたち、海を――その先に待つであろう希望を、見る。
彼らの行き先は、大阪城である。
それは、彼ら唯一の希望であった。
大阪城のユグドラシルならば、定命化を――この状況を、打破できる可能性がある。
やがてドラゴンたちは、その巨体をくねらせ、翼をはばたかせると、一斉に空へと飛び立つのであった。
●城ヶ島浸透作戦
「集まってもらって感謝する。まずは、先のグランドロン迎撃作戦、お疲れ様。皆の活躍で、連中の目論見は阻止できたよ」
アーサー・カトール(ウェアライダーのヘリオライダー・en0240)は、集まったケルベロスたちへと、そう告げた。
とはいえ、喜んでばかりもいられないようだ。城ヶ島のユグドラシル化が失敗した事で、ドラゴン達は定命化の危機から脱する為、大阪城のユグドラシルへと、多くのドラゴンを送り込む作戦を行う事としたらしい。
これは、大阪城のレプリゼンタ・カンギ、そしてハールによる撤退と合流の呼びかけが、下地にあるようだ。ドラゴンは邪悪なデウスエクスではあるが、現在の首魁である魔竜たちは、恩義や信義に対して、ある程度報いる姿勢を見せている。
「先の戦いで、ドラゴンと組んだのはレリたちだったか。彼女らはドラゴンを救うという建前を信じ切って戦っていたから、その場に残るドラゴンたちの、信頼や恩義を勝ち取ることができたのだろう。恐らくそのあたりも、ハールに利用されたという事なのだろうが」
さておき、とアーサーは肩をすくめつつ、続けた。
「これを正面から迎撃する……となると、大阪での戦いとなるのだろうが、これはあまり好ましくない」
ドラゴン達は、道中『極力戦闘を行わず、大阪城に到達する』と言う方針の上で行動しており、移動ルート途中での迎撃戦などは効果が薄いと目されているからだ。その為、敵が目的地に到着した状態……今回、ドラゴンたちは大阪湾より大阪へ上陸するのだが、この大阪湾での迎撃しかこちらには手が残されておらず、しかしそうなれば、大阪城からの強敵の援軍は確実。さらに、大阪都市部への被害は甚大なものになることが確実だ。
市民たちの避難はギリギリ可能ではあるが、その費用や、その後の復興の事を考えると、試合に勝って勝負に負ける……というような状況に陥りかねない。
「よって、ドラゴンたちの移動を防ぐことは、おそらく不可能だ。……だが、こちらとしても黙って待っていてやる義理はない」
ヘリオライダーたちが提示した作戦は、この機に乗じた『城ヶ島制圧作戦』であった。
城ヶ島のドラゴン、その大半が、大阪城へと合流の途についている。逆を言えばこの時、城ヶ島の戦力は著しく低下するという事であり、すなわち城ヶ島を奪還する最大のチャンスであるという事だ。
さらに、今回の作戦では、『城ヶ島を制圧』し、かつ『固定型魔空回廊を破壊されずに手に入れる』事を目指す。これにより、竜十字島からのドラゴンの移動をけん制しつつ、こちらは竜十字島……敵の喉元へと通じるルートを手にすることができる。
大元を制圧することができれば、大阪城へと逃げ延びたドラゴンなど、もはや残党に過ぎなくない。絶望的な状況ながら、唯一残された逆転の一手――。
「それが、『城ヶ島浸透作戦』だ」
城ヶ島の敵戦力は、空を飛ぶことができず、大阪城へと移動することができないドラゴンたちと、配下種族であるオークや竜牙兵たちであると予知されている。
ケルベロスたちは、城ヶ島へと侵攻し、これらの戦力を撃退し、島を制圧する。
ドラゴンたちは、大阪城に向かったドラゴンたちを引き返させるために、城ヶ島への陽動作戦を行ってくるだろうと予測しているようだ。
ケルベロスたちの攻撃はただの陽動だと思われており、それに乗って『大阪城に向かったドラゴンたちが引き返してくることは無い』……という事だ。
とはいえ、ドラゴンたちも、固定型魔空回廊の破壊に関しては警戒している。ドラゴンたちは、大阪城に移動後、新たなる固定型魔空回廊の設置を目論んでいるようだが、少なくともそれまでは、この地の固定型魔空回廊を確保しておきたいと考えているだろう。
よって、『残るドラゴン勢力は、固定型魔空回廊の防衛に力を注いでいる』。だが、ケルベロスたちの目的が、固定型魔空回廊の破壊ではなく、『制圧による竜十字島への逆侵攻だと気づかれた場合』、ドラゴン勢力によって『固定型魔空回廊が破壊される可能性がある』だろう。
「こういった点を踏まえて、今回の作戦は立案されているよ。では、これからその内容について説明しよう」
まず、ケルベロスたちは、城ヶ島への陽動作戦と見せかけて、侵攻を行う。
少人数のチームごとに、各々の方法で城ヶ島に潜入し、固定型魔空回廊がある島の中心部――城ヶ島海南神社跡へと向かうのだ。城ヶ島海南神社跡の周囲は、ドラゴンたちが活動しやすいよう、焼き払われているようだ。
こちらの狙いが、移動中のドラゴンたちを引き返させるための陽動であり、固定型魔空回廊の破壊までは目指していない……と、敵に思わせる事ができれば、敵勢力はこちらを迎撃にやって来る。この相手は、比較的容易に、各個撃破が可能だろう。
さて、この戦闘中、隠密行動に特化させたチームが、敵の迎撃をすりぬけて固定型魔空回廊への到達を目指す。首尾よく到達できたならば、固定型魔空回廊の防衛に残っていたドラゴンを撃破し、魔空回廊の制圧を行うのだ。
「魔空回廊へは、『隠密チームが3チームほど到達できれば、充分に制圧できるだろう』と目されている。もちろん、迎撃チームが少なすぎても、相手に不審を抱かせる可能性があるから、戦力配分はきっちりとな」
さて、仮に隠密チームによる制圧が行えなかった場合は、魔空回廊を防衛しようと島中の戦力が集結し、同時に、異変を知って竜十字島からドラゴンたちが増援で現れることになる。これらすべてを相手取り、まさに決戦と言った形で、城ヶ島の奪還を目指さなければならない。
この時、ドラゴンたちにケルベロスたちの真の目的……固定型魔空回廊の制圧に気づかれてしまえば、ドラゴンたちは魔空回廊の破壊を決行する危険があるため、こちらの真意を悟られぬまま、敵を排除する必要が出てくる。あるいは、敵の増援などにより、ケルベロスたちが圧倒的な危機に陥った場合、ケルベロスたちの手により、魔空回廊を破壊する必要性も出てくるかもしれない。
「こうなると、かなり不利な戦いを強いられてしまうだろう。出来る限り、隠密部隊による制圧を目指してくれ」
隠密チームによるものか、決戦の果てか。いずれにしても、固定型魔空回廊の制圧か破壊がなされれば、竜十字島からの増援を阻止でき、残敵の掃討を以て、城ヶ島の奪還……作戦は完了となる。
「城ヶ島を奪還し、その後竜十字島のゲートを破壊できれば、大阪城に合流したドラゴンなどは袋のネズミだ。だが、もし今回の作戦が失敗した場合、大阪城と竜十字島が固定型魔空回廊で結ばれ、どちらを攻略するにしても、もう片方からの増援が発生することになる。そうなれば、我々はかなりの不利を強いられることになる」
アーサーはそう言って、ひげを撫でた。
「重要、かつ難しい作戦だが……君たちなら成し遂げられると、信じている。作戦の成功、そして君たちの無事を、祈っているよ」
そう言って、アーサーはケルベロスたちを送り出した。
参加者 | |
---|---|
水無月・鬼人(重力の鬼・e00414) |
シェスティン・オーストレーム(無窮のアスクレピオス・e02527) |
神崎・晟(熱烈峻厳・e02896) |
霧島・絶奈(暗き獣・e04612) |
篠・佐久弥(塵塚怪王・e19558) |
アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762) |
霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973) |
鵤・道弘(チョークブレイカー・e45254) |
●夜明け前
早朝――太陽は顔をのぞかせてはいないが、徐々に空が白み始めるころ。
雨は降ってはいないが、快晴とは言えぬその空の下。一隻の船が、しぶきをあげて海上を行く。
目指すは、城ヶ島。目的は、奪還。
「この緊張感、たまんねぇな」
にやり、と笑みを浮かべつつ、船上にて城ヶ島を臨む鵤・道弘(チョークブレイカー・e45254)が言った。
多くの竜がすでに飛び立っているとはいえ、島にはまだ強敵が残っており、状況によっては増援も考えうる。ギリギリの戦いであることに違いはない。
だが、その身体を震わせるのは、恐怖ではなく興奮。いわゆる武者震いだ。
「喉元へのカウンター、決めてやろうじゃねぇか」
道弘の言葉に、仲間達は頷く。状況は、まさに大一番。
「この進路だと……あの辺りに上陸することになりそうだぜ」
水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)が指さす先には、なにがしかの建築物があったのだろう、今は瓦礫の散乱する場所が見える。
「チッ……ああも破壊されちゃあ、何があったかはわからねぇな」
舌打ち一つ、鬼人が言うのへ、答えたのはアンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)だった。
「水産技術センターがあったみたいだね」
GPS、そして島の地図を確認していたアンセルム。ふぅ、とため息を一つ、
「文字通り、水産業……漁業や、水産物の加工の研究などをしていた施設なのだけれど。ドラゴン達には、その価値は分らなかったようだね……」
「所詮破壊するだけの連中ですから。……ならば、破壊をもって相対してやるのが礼儀と言うものですよ」
静かに――穏やかに、霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)が言う。だが、その瞳のどこかに、暗い狂気の色が見えたのは気のせいだろうか? その眼は、廃墟と化したセンターを……ドラゴンたちを見据えている。
「このまま、別チームと一定の距離を保って進むとしよう」
神崎・晟(熱烈峻厳・e02896)が、周囲を見渡しながら言う。様々な方法で、ケルベロス達は島への上陸を目指している。なるべく大きく散らず、いざという時には合流できる距離を保ちたい。
「夜明け前、か。さて、私たちは、夜明けを見ることができるかな」
空を見上げた晟が、言う。傍らのボクスドラゴン『ラグナル』もまた、主に倣うように、空を見上げた。
「勿論」
答えたのは、霧島・絶奈(暗き獣・e04612)だ。
「そして、今日の朝焼けが照らすものは、静かな城ヶ島の姿です」
その言葉に賛同するように、テレビウムもこくこくと頷く。そして、仲間達もまた。前方を見れば、城ヶ島へと少しずつ、確実に近づいているのが分かった。緊張感も増してゆく。
「……あ、シェスさん、ちょっとこっち来てもらっていいっすか?」
篠・佐久弥(塵塚怪王・e19558)はそう言って、シェスティン・オーストレーム(無窮のアスクレピオス・e02527)に手招きをした。
「はい、なんでしょう、か?」
小首をかしげつつ、てくてくとやって来るシェスティンを、佐久弥はぎゅっ、と抱きしめた。はわ、と声をあげて、シェスティンが顔を赤らめる。
驚きはしたが、拒絶はない。長いような、短いような時間。大切な――守りたいものの体温を感じてから、二人は離れた。
「……ありがとう。気合入ったっす。それに、その着物。着てくれたんすね。似合ってるっす」
佐久弥の言葉に、シェスティンは顔を赤らめて、頷いた。シェスティンは着物にたすきをかけ、その上に白衣と言ういで立ちだった。想いが込められているか。そう言った理由で、その着物を選んだようだ。
ふと――シェスティンが眉をひそめた。鼻孔をくすぐる潮の香。その香りに紛れて、何か、違和感のある匂いが、感じ取れたような気がしたのだ。
「……シェスさん?」
その様子に佐久弥が尋ねるのへ、シェスティンは頭を振って、笑った。
「は、はい。だいじょうぶ、です。気のせい……だと、思います」
だが、違和感はぬぐい切れない。
そんな不安をよそに、船は――一行は、城ヶ島へと接舷した。
●終末、遭遇
シェスティンが覚えた違和感。それは、上陸したケルベロス達もまた、同様に感じるものであった。その違和感――匂いは、水産技術センターへと近づくにつれて、はっきりと、強く感じ取れるようになっていった。
そして、目的地へと到着したケルベロス達は、その匂いの正体が何なのか、理解することとなる。
「こいつぁ……」
その光景を目にした鬼人は、思わず絶句した。
数体のドラゴン達である。
その身を震わせ――地に伏せている。
傍らには、せわしなく動く竜牙兵の姿が見えた。その様は、まるで看病をしているかのよう見えた。
一体のドラゴンが、か細い悲鳴を上げて、脱力した。慌てて竜牙兵が駆けよるが、無念そうに首を振る。
「死んだ……の、か」
道弘もあっけにとられた様に、呟いた。
ケルベロスたちが覚えた違和感。それは、さながら死臭とでもいうべき、濃密な死の気配だった。いや、死の気配であれば、誰に向けられるものであれ、感じ取ったことはある。だが、この気配は、そう言ったものとは違う――。
「やっぱり……ここは、終末医療の、現場です……」
シェスティンの言葉に、仲間たちは合点がいった。
つまり、ここは、著しく定命化の進行したドラゴン達が、可能な限り苦痛を取り除かれながら、穏やかな死を待つ……そう言った、場所なのだ、と。
なるほど、こういった光景を見せられては、ドラゴン達のここ最近の行動にも合点がいくというものだ。ドラゴン達が大阪城へと向かったのも、信義や恩義以上に、定命化の進行が理由であったのだろう。
「ドラゴン達も、相当追い詰められている……という事だね」
アンセルムの言葉通りだろう。この作戦が、ケルベロス達にとって背水の陣であるならば、ドラゴン達にとっても同様なのだ。
「どうしますか? 私は、攻撃を仕掛けることを提案します」
絶奈が言った。
「確かに相手は瀕死……ですが、死に瀕してなお、ドラゴンとは驚異的な相手です。それが、文字通りに死を恐れず、死に物狂いで行動するならば……」
こちらの作戦の障害となる可能性は、充分にあり得るのだ。
「……やりましょう」
和希が静かに、声をあげた。追い詰められているのはこちらも同じだ。なれば、作戦の障害となるものは、可能な限り除く必要がある。
「脅威を取り除く……それと同時に、彼らを狙えば、より大阪城へと飛び立ったドラゴンをおびき出そうとしている、そのように思わせられます」
「言い方はよくないが……相手の心情に訴えかける、ように見せられるわけだな」
言葉を選びつつ、晟が言った。
腹は決まった。ケルベロスたちは頷き合うと、戦場をみやる。
「それじゃあ、行くっすよ……!」
佐久弥の言葉に、ケルベロスたちは一斉に駆け出した。
物音に感づいた竜牙兵があたりを見まわし、ケルベロス達の姿を認めると、悲鳴のような声をあげる。
「うおおおりゃぁっ!」
その竜牙兵へと、鬼人が切りかかる。『越後守国儔』、その刃がきらめき、竜牙兵をなますと切り刻む。
手ごたえが軽い、と鬼人は思った。もちろん、致命打は与えた。どうやら、ここにいる竜牙兵はいわゆる衛生兵のような存在のようで、戦闘能力面はさほど高いとは言えないようだ。
「ケルベロス……やはり来たか!」
伏せていた4体のドラゴン達が、一斉に起き上がる。だが、その様子に圧倒的な力は感じられない。やはり、重病患者という事なのだろう。
「皆、チャンスだ! 此処で一気に有利を勝ち取るんだ!」
あえてドラゴンにも聞こえるように、アンセルムが叫んだ。不可視の呪紋を刻み込まれた攻性植物を振るい、その顎にて竜牙兵の頭をかみ砕かせる。
その言葉の意味は、二種類。一つ、こちらにも後がないように思わせる事。一つ、ドラゴンを侮るようなニュアンスを持たせ、挑発すること。
「ラグナル、援護を頼む!」
言葉とともに放たれる、晟のヒールドローン。ラグナルは、手近な竜牙兵に一体、ブレスをはきかける。ギャッ、と悲鳴を上げる竜牙兵へ、絶奈の追撃の竜砲弾が突き刺さり、爆散する。
「速やかに制圧し、迎撃態勢を整えます!」
テレビウムに攻撃を指示しつつ、絶奈が声をあげる。その言葉に、ドラゴン達は唸るような怒りの声をあげた。
「やはり、貴様らの狙いは我らが希望か!」
「お前たちに希望など、ない」
和希が静かに声をあげ、竜砲弾を撃ち放つ。放たれた砲弾はドラゴンへと直撃し、その衝撃に、竜の巨体がよろめいた。
「ハイエナみたいで気分はよくないけどな! 悪いが少し遊んでくれ!」
道弘の『マルクライデン』の一斉射が、よろめく竜の身体へと突き刺さる。
「自惚れるなよ、羽虫どもが! 貴様らの絶望を、黄泉路への土産としてくれる!」
4体のドラゴンより放たれる、一斉のブレス。雷、炎、そして氷。瀕死のそれとは思えぬ、豪風の如きブレスが、ケルベロス達の身体を焼き、切り裂く!
「死にかけとはいえ、さすがはドラゴンっすね……でも」
痛みに顔をしかめつつ、しかし佐久弥は、己が身を焼くブレスをかいくぐり、飛んだ。グラビティ操作により宙を蹴り、さらに、さらに高く、高く。右手には『鉄塊剣“餓者髑髏”』。左手には『鉄塊剣“以津真天”』。二対の剣は、その手の中で合体し、一つの剣となる。
「こっちにも……守りたい日常ってものがあるんっすよ」
吹き上がる炎血――『天意火槌落撃(メテオフォール)』と化した佐久弥が、炎の竜へと突撃。着弾と同時に爆発。さらに炎血を吹き上げ爆発! 地獄の炎の暴力が、炎の竜を、地獄へと連れ去るべく吹き上がる――!
「みなさん、無理は、しないでください……!」
濃縮した快楽エネルギーを仲間へと送りながら、シェスティンは言った。敵は瀕死……だが、その戦闘能力は決して侮れないことを、先ほどのブレスでケルベロス達も充分に理解している。皆で帰るため、シェスティンの手が休まることは無いのだ。
「オラぁ、どうした! 所詮は死にかけか!?」
鬼人の放つ刃が、残る炎のドラゴンを捉えた。強靭さを失った鱗を、刃は容易に切り裂き、鮮血がほとばしる。
「舐めるな!」
鬼人の挑発に、怒りの声をあげる炎のドラゴンが、鬼人を振り払うべく腕を振るう。鬼人は跳躍して、後方へ飛びずさった。同時、炎のドラゴンが、動きを止めた。まるで、見えぬ檻へと閉じ込められたかのように――。
「舐めてはいないよ。でも――」
そう言うのは、その右手を掲げたアンセルムである。炎のドラゴンは、アンセルムの仕掛けた不可視の檻の中へと捕らえられていたのだ。檻の中の竜はいつ出やるか? 否、その檻は、何物も逃さない。
「君たちは、ここまでだよ」
ゆっくりと、アンセルムが手を閉じるとともに、不可視の檻の中で暴力的なほどの爆発が巻き起こった。荒れ狂う爆炎が炎のドラゴンの身体を嘗め尽くし、拘束が解けたのちには、命を失った竜が静かに横たわるのみだ。
「これは先ほどの返礼だ! む……んっ!」
大きく息を吸い込んだ晟。すぐに吐き出されるそのブレスは、蒼い炎と化し、火炎旋風を巻き起こす。舞い上がる蒼い炎の旋風は、先ほどのドラゴン達のブレスに決して劣らぬほどの業火にて、ドラゴン達の皮膚を焼いた。
「おのれ……だが、貴様らの努力など無意味な事だ。我らは死ぬだろう。だが、我らを救いに、希望が戻ることは無い……!」
痛みに、雷のドラゴンが吠える。
「なるほど。同胞を想う心は同じ……しかし、個体最強たるドラゴン故の盲点といいましょうか。決定的な違いが、私達とあなた達には、あるのでしょうね」
言いながら放つ、ドラゴニックハンマーによる凍結の一打――合わせて放たれるテレビウムの凶器攻撃が、上空より雷のドラゴンの背を捉え、叩きつけた。
「私達は、群れの一人でも見捨てることは無いでしょう。それが私達と言う存在なのですから」
「貴様らァ!」
悲鳴を上げる雷のドラゴン。ブレスを吐こうと息を吸い込むが、しかしその頭部を一筋の光線が貫いた。
「……お前に手番などやるものか」
静かに呟く和希――その手に、『アナイアレイター』を携え。一瞬の間をおいて、雷のドラゴンが、その身体を地に横たえた。
「あとは、お前さんだけだ!」
残るは、氷のブレスのドラゴン一体。道弘のバスターライフルが火を噴き、弱化の力を持つ光線が、氷のドラゴンの身体を貫く。
「ぐ……ぬぅ! だが、貴様らの内一匹でも! 道連れにさせてもらう……!」
氷のドラゴンが、再びのブレスを吐きだす。凍てつく氷の風がケルベロス達へと襲い掛かるが、
「させん……ッ!」
その身を挺して立ちはだかったのは、晟、そしてラグナルだ。出来た影より、佐久弥は飛び出した。
「佐久弥お兄さん……っ!」
その身にシェスティンのエネルギーの援護を受けて、
「まずは……一発っす」
放つ魔力を帯びた一撃が、氷のドラゴンの身体を凍てつかせ、
「そんで、こいつが……トドメだッ!」
続いた鬼人の刃が、きらめいた。
瞬間、ドラゴンの身体に、三つの切り傷が現れていた。
ひとつ、左切り上げの傷。ひとつ、右薙ぎの傷。ひとつ、袈裟斬りの傷。刹那の内に切り払われた、三つの斬撃。そして、その傷の交わる中心へと、怒涛の刺突の一撃が突き刺さる――!
「が……ケルベロス……ども……」
断末魔の悲鳴を上げ、氷のドラゴンが死を迎える。
それは、この地の制圧を意味していた。
●陽はまた昇る
「ひとまず……これで、全部か」
辺りを見回しながら、道弘が言う。
この地にいた、すべての敵は撃退できたようだ。こちらへの、敵の増援は確認できない。まだ他の場所での戦闘は続いているのだろう。
「重傷を、負った方は、いませんか……?」
シェスティンが心配げに声をあげるのへ、
「いや、皆、何とか健在のようだな」
自らの傷の具合を確かめつつ、晟が答えた。
「シェスさんこそ、大丈夫っすか?」
佐久弥が尋ねるのへ、シェスティンは微笑んで、頷いた。
「和希、君も……大丈夫かい?」
アンセルムが心配げに尋ね、和希は頭を振って、答える。
「いえ……ありがとうございます。大丈夫です……それより、これからどうしましょうか? ほかのチームへの援護を……」
と、和希が言った瞬間である。地を震わせるような轟音が、城ヶ島に鳴り響いた。
それは、魔竜の悲鳴であったのだ。
「どうやら……上手くいったようですね」
絶奈が、薄く笑う。そして、その言葉に応じるかのように、ゆっくりと太陽はのぼりはじめ、温かに城ヶ島を照らし始めていた。
「……やったぜ。俺たちは、勝ったんだ」
希望のロザリオを手に、鬼人が呟いた。
城ヶ島に訪れた夜明けは、ケルベロス達の戦いを労い――。
そして、すぐ迫る、新たな戦いの幕開けを、示唆していたのだった。
作者:洗井落雲 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2019年5月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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