城ヶ島浸透作戦~八重垣築く、その標

作者:秋月きり

 その日、空は暗雲に覆われていた。
 否、空を覆う闇は雲などではない。ある者は翼で、また、ある者は飛行の魔力で。空を覆うそれは城ヶ島を端としたドラゴンの大軍であった。
 しかし、それを軍勢と呼ぶの事が相応しいのか。その群れを視認出来る者が居れば、それは傷病兵の集いと評しただろう。
 あるドラゴンはもはや目に光を宿しておらず、そしてそのドラゴンを別のドラゴンが支えている。
「ああ、我らが不死者よ。デウスエクス――異郷の神達よ!」
 ドラゴンの内の一体が咆哮する。ドラゴンたちを侵す重グラビティ起因型神性不全症、即ち『定命化』はもはや、取り返しの付かない症状まで進行している。これを理不尽と叫ぶつもりはない。強さに是を見いだすドラゴンであれば、この病もまた、強さに起因した物故に。
 だから抗う。如何なる手段を用いても、この病に抗い、自身を、そして同胞を窮地から救うのだ。
 その為に飛ぼう。その為に向かおう。
 ドラゴンの力強い羽ばたきは海を、そしてその先の大地――日本の地を揺らす。
 目指すは大阪城。攻性植物の本拠地であるユグドラシル。
「様々なデウスエクス達が我らを救おうと動いてくれた。ならば、我々もそれに応えるのみ!」
 仲間を救う。義を果たす。
 その思いだけが、病身の彼らに力を与えていた。

「グランドロン迎撃戦、お疲れ様。皆のお陰で城ヶ島のユグドラシル化は免れたわ」
 リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)の紡ぐ労いの言葉はしかし、次の瞬間、真摯な表情に寄って打ち消されてしまう。
 この表情、この気合い。次に到来するデウスエクスの種類は用意に特定出来そうだった。――ドラゴン。
「ええ。城ヶ島のユグドラシル化が失敗した事で、ドラゴン達は、大阪城のユグドラシルに、多くのドラゴンを送り込む作戦の断行を決定したの」
 定命化の危機から脱する為に。ハールが指揮した作戦の義を果たす為に。
「義を果たす為?」
 ケルベロスの一人の問いに、リーシャは頭を振る。
 曰く、ハール王女はドラゴンを救う為、城ヶ島のユグドラシル化を行った。その作戦はハール王女属するエインヘリアルや攻性植物のみならず、ダモクレス、螺旋忍軍、ドリームイーターと、謂わば、ドラゴンを窮地から救うべく立ち上がったデウスエクスの混成軍だったとの事。
 地球侵略の為に反目するデウスエクス同士だが、それでも生じた情けにドラゴンの多くは義を感じたと言う事だ。
「現在、ドラゴン勢力が用いることの出来る最大限の戦力が、この作戦の為に動員されているわ。大阪城に辿り着けば多くのドラゴンを侵す定命化を遅延出来る事もあって、定命化で命を落とす間際のドラゴンまで参戦しているようね」
 大阪城に辿り着いたドラゴンたちはその後、固定魔空回廊を設置。その後、現時点での進出拠点である城ヶ島を破却することも考えられるだろう。
「このドラゴンの大群を押さえ込む事は不可能。でも、この作戦には大きな隙がある」
 最大限の勢力が移動を行っている。つまり、未だドラゴンの拠点である城ヶ島は、無防備な状態を晒しているのだ。
「まぁ、最低限の防衛は居る様だから、完全無防備って訳ではないけど、今はそれで充分」
 『城ヶ島を制圧』し、かつ『固定型魔空回廊を破壊されずに手に入れる』。それが今回の作戦の目的となる。
「城ヶ島の固定型魔空回廊を制圧すれば、竜十字島からのドラゴンの移動手段を断つことになるわ。飛行による物は流石に防げないけど、そこはドラゴン種族そのものが窮地に陥っている状態。出来て一体や二体の進軍だから、各個撃破を狙えるはずよ」
 また、固定型魔空回廊を奪うことが出来れば、竜十字島への逆侵攻も可能となる。今の竜十字島に侵攻することが出来れば、ドラゴンのゲートを破壊する作戦も実行可能となるだろう。
「ゲートさえ破壊してしまえば、今いるドラゴン達はただの残党に過ぎない。危険度は大きく下がるわ」
 たとえそれが大阪城に合流する結果になっても。
 それこそが最強のデウスエクスが堕ちる瞬間となるだろう。
「今回、城ヶ島の防衛に当たっているのは僅かな幹部、それから飛べないドラゴンと、配下種族であるオークや竜牙兵になるわ」
 また、ドラゴンは移動作戦の格子を次の様に定めているらしい。それを逆手に取ると、リーシャは告げる。
 一つ、ドラゴン達はケルベロスが移動作戦阻止の為に城ヶ島へ陽動攻撃を行うと踏んでいる。その為、城ヶ島に戦力を向けても、それは全て陽動と切り捨てるようだ。よって、ドラゴン達が防衛の為にUターンして戻ってくる事は無いだろう。
 一つ、万が一、城ヶ島をケルベロス達が攻め入っても、狙いは固定型魔空回廊の破壊と見ている。よって、戦力は全て魔空回廊の防衛に充てられている。
「まぁ、固定型魔空回廊は設置にも多大な労力が必要だから、大阪城で新たな魔空回廊を設置するまでは残しておきたい、と言う考えもあるようね」
 そして最後の一つ。先の制圧時と同じく、ドラゴン達は固定型魔空回廊の破壊に躊躇いを覚えない。もしもケルベロス達の狙いが竜十字島への逆侵攻の為、固定型魔空回廊を確保しようとしていると気付かれた場合、躊躇いなく固定型魔空回廊を破壊するだろう。
「なので、皆には『城ヶ島への陽動攻撃』と見せかけての侵攻を行って貰うわ」
 少人数のチームごとに様々な方法で城ヶ島へ潜入、侵略を行い、あくまで『派手に動いているが城ヶ島への侵攻は然程多い戦力ではない』と見せかけて欲しい、とのことだった。なお、海にもドラゴンを始めとした防衛戦力は無い為、泳いでの上陸も可能である。
「みんなが『狙いは固定型魔空回廊ではない』と行動すれば、その迎撃に出てきたドラゴン達との戦闘になるわ。……各個撃破の指針を取れば、これは倒せるはず」
 問題は固定型回廊を制圧する方法だ。
「隠密行動に特化したチームが周囲の戦闘をすり抜けて、固定型魔空回廊に到達することが出来れば――」
 最善は3チームほどだろう。このチームには固定型魔空回廊を防衛する戦力の撃破、並びに固定型魔空回廊の制圧を担当して貰うことになる。
 もちろん、固定型魔空回廊を制圧することが出来れば、竜十字島からの増援は阻止できるようになる。その上で城ヶ島に残る敵を掃討する事が出来れば、奪還は完了となるのだ。
「……ただ、隠密チームによる制圧に失敗した場合も考えておく必要はあるわ」
 速やかな魔空回廊の確保に失敗した場合、魔空回廊防衛に集結するドラゴン達と、竜十字島からの増援で現れるドラゴン達の二勢力を相手取って決戦を行うことになる。
 ドラゴン達はケルベロスの目的を魔空回廊の破壊と考えている為、防衛に力を注ぐが、ケルベロス達の目的が確保であることに気付いてしまうと、魔空回廊の破壊に方針転換する可能性は充分にある。
「だから、皆はドラゴンに『目的は魔空回廊の破壊』だと誤解させたまま、排除する必要があるわ」
 魔空回廊を制圧するにせよ、結果として破壊になった場合にせよ、島に残る敵を掃討すれば、城ヶ島の奪還は成功となる。
「この作戦はドラゴンに泡吹かせると同時に、地球の命運が掛かった戦いとなるわ」
 大阪城と竜十字島を魔空回廊で繋げさせないことは勿論の事、ドラゴンの戦力を大々的に削る事が出来る作戦だ。
 ケルベロス達に掛けられる期待は大きい。
「それじゃ、いってらっしゃい。……みんな、頑張ってね」
 送迎の言葉はいつもと同じ。だが、そこに込められた熱はいつもと異なる。そんな気がした。


参加者
星宮・莉央(星追う夢飼・e01286)
シルディ・ガード(平和への祈り・e05020)
コマキ・シュヴァルツデーン(翠嵐の旋律・e09233)
ヒマラヤン・サイアミーゼス(カオスウィザード・e16046)
富士野・白亜(白猫遊戯・e18883)
君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)
ウルトレス・クレイドルキーパー(虚無の慟哭・e29591)
尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)

■リプレイ

●接舷
 午前4時。城ヶ島東海岸。
 今となっては稼働していない建屋の陰に、彼らの姿はあった。
「周囲に人影はなし。今のところ、だけど」
 懐中電灯の乏しい明かりの中、星宮・莉央(星追う夢飼・e01286)が指し示すのは島の地図だ。その位置、北東。
 地図には『造船所』の文字が見受けられる。それは即ち、彼らが上陸した場所が本来、造船所として機能していたことを意味していた。
「造船所なら、ボートがあっても不思議はないよね」
 周囲に警戒の視線を向けるシルディ・ガード(平和への祈り・e05020)の声は、何処か陽気だ。
 まだ日も昇らぬ午前4時の頃合いである。闇深いこの場所で、しかしドワーフの夜目が皆の役立つことになんとなく声が弾んでしまう。
「ここは、ドラゴン達に取って何らかの拠点なのかしら?」
「固定型魔空回廊そのものは島の中央――海南神社の筈なのですよ」
 周囲を見渡すコマキ・シュヴァルツデーン(翠嵐の旋律・e09233)に応じたのは、ヒマラヤン・サイアミーゼス(カオスウィザード・e16046)の声だった。
「しかし、この建物を放置しておくとは考え難い……ですが」
 壁に手を掛け、ウルトレス・クレイドルキーパー(虚無の慟哭・e29591)が眉をひそめる。
 確かに此処に群列する建屋は、デウスエクスから見ればたかだか現地人――地球人の作った建造物だ。対ケルベロスやデウスエクスの盾になるとは考え難い。だがそれでも視界を遮る役目は果たす。
 また、如何にドラゴンの侵略拠点とは言え、狭い島だ。不要と判断すればこの建屋を一掃することも、ドラゴン達に取っては造作も無い筈だ。
 それが手つかずのまま残されている。それが意味することはそう多くないだろう。
「どう見るよ?」
 唇をつり上げつつ、尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)は友に言葉を向ける。
「私ならば、兵を置クな」
 頷く君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)の視線もまた、周囲へと。視線は建物を貫き、その先を見据えるようでもあった。
(「ドラゴンが兵を置くとするならば、ドラグナー、オーク、そしテ……」)
「来たみたいだぞ」
 猫の如く耳を。そして鼻を動かしながら富士野・白亜(白猫遊戯・e18883)が言葉を口にする。
 それは乾いた音をしていた。
 それは、何かが擦れる音を伴っていた。
 そして、それらは、無数の足音を織り交ぜ、ケルベロス達の元へと向かっていた。
「――竜牙兵」
 己が視覚でそれらの影を捉えたシルディが呟く。
 捉えた影の外躯は、骸骨を思わせる姿をしていた。
「居タゾ、人間――イヤ、けるべろすダ」
 誰かが発した号の元、竜牙兵達は各々に得物を構え、臨戦態勢を取る。
 だが、それはケルベロス達も同じであった。
「大暴れすんぞ!」
 身構える竜牙兵達に呼応し、白亜が歓喜の声を上げた。

●騒乱
 未だ夜の冷たさの残る空気を、竜牙兵の振るう骨剣が切り裂いていく。
 骨剣が切り裂くのは空気だけではない。軌道線上の敵を切り裂くべく旋回する刃は、デウスエクスの膂力を以て、致死の軌跡を描いていた。
 だが。
 響く金属音により、致死の一撃は掻き消される。
 遮ったそれは、白金の輝きを有する剛糸――ワイヤーであった。
「オノレ、けるべろす!!」
「さて、この地を返しテもらおウか」
 眸の生み出す稲妻は、返す刀とばかりに迸る。共に疾走する影はビハインドのキリノが念動力で動かす瓦礫の数々だった。怒濤の殴打で竜牙兵を押し潰していく。
「広喜、共に行くぞ……呼吸を合わせル」
「応ッ!」
 呼び掛けに応じ、無数のミサイルが竜牙兵へと降り注ぐ。広喜の放つミサイル群は、絨毯爆撃の如く、竜牙兵を舐め潰していった。
 そして、それは終わりでは無かった。
 汗と共にウルトレスが奏でるベースギターの音は、更なる爆撃を呼ぶ。重低音と共に吐き出された無数のミサイルポッドは狙い違わず、竜牙兵達に食らいついていた。
「あーっ! 足止め喰らってマジチョベリバー!!」
 苛立ちの声はコマキから。竜砲弾をばらまきながらの悪態に、「……ち、チョベリバ?!」と莉央が驚きの声を上げるが、敢えて無視を決め込んだようだ。
 死語どころか前世紀の若者言葉に、アラサーの彼が目を見張るのも無理はない。
「……コホン」
 咳払いを一つし、眸へ精神の盾を付与する。こんなことで心を泡立たせても仕方ない。
「ヴィーくんっ!」
 莉央と同じくメディックの加護を纏うヒマラヤンの呼びかけは、自身のサーヴァントへと向けられていた。己に幻を纏わせる彼女に、破呪の力を付与するヴィー・エフトが続く。
「――竜牙兵、か」
 竜砲撃を轟かせるシルディの独白は、何処か、つまらなさそうに響いていた。

 城ヶ島北東に位置する造船所は竜牙兵の根城と化していた。
 10を超える竜牙兵に囲まれたケルベロス達は、敵の猛攻にそれを痛感することとなる。
 されど、彼らの行いは変わらない。
 目的を完遂するのが彼らの目的だ。ならば、その数だけでは障害になり得ない。
 有象無象が集ったところで、彼らの目的を阻止することは出来ない。そう信じて各々の武器を、そしてグラビティを振るっていく。

 がきりと鈍い音が響く。
 シルディのハンマーと眸のワイヤー、そして、広喜の換装パーツが仲間への攻撃を盾と防ぎ、コマキの砲撃や呪縛、白亜の焔や殴打、ウルトレスの演奏が竜牙兵を打ち砕いていく。
 傷を負えばすかさず莉央とヒマラヤンの治癒が飛び、サーヴァント達が回復の補助を、或いは攻撃を補っていく。
 対する竜牙兵達は、ケルベロス達を押し返すべく、数に任せた怒濤の攻撃を繰り出していく。
 突破しようとするケルベロス達とそれを是としない竜牙兵達。
 一進一退の攻防へと発展していった戦いはしかし、意外な形で亀裂が入っていった。
「無駄ダ! けるべろす共メ!」
 亀裂を成したそれは、一体の竜牙兵の雄叫びだった。

●勝利者の笑い
 それは勝ち誇った様な声だった。或いは本当に勝ち誇っていたのかも知れない。本来であれば、それは均衡を打ち砕く呼び石となり得た宣言だったのだ。
「……無駄?」
 眉をひそめるコマキはしかし、攻撃の手を休めることは無い。虚無球体を手近な竜牙兵に叩きつけながら、声の主を探す。
「無駄ダト言ッタゾ! けるべろす!! どらごん様ガコノ地ニ戻ルコトハ無イ!」
「何だト?!」
「それはどういうことですか?!」
 戦いの最中。しかし、眸とヒマラヤンは律儀に驚愕で返してしまう。二人だけではない。見渡せば、8人が8人とも、同じ表情を浮かべていた。
 鈍くなった攻撃の手は、竜牙兵の構える骨剣によって弾かれてしまう。返す刀は躱すことが出来たものの、動揺の拡がりを隠すことは出来ない。
「貴様ラノ目論ミハ、どらごん様ニ筒抜ケダッタト、言ウコトダ!」
 第二陣、第三陣の斬撃は防御を担うシルディ、眸、広喜の防具を、衣服を切り裂き、血をしぶかせた。
 すかさずヒールが飛び交い、傷ごと防具を修復するも、形勢の差は歴然としていた。
 そして竜牙兵達は高らかに宣言する。
「残念ダッタナ、けるべろす! 大阪城ヘノ進軍ヲ阻止スル為、城ヶ島ヲ奇襲シタ様ダガ、結果、無駄足ダッタト知レ!」
「――?!」
 ハッと息を飲む音も、零れる溜め息も、そして超知覚が捉える心音も、全てが竜牙兵達を愉悦へと導いていった。
 デウスエクスを殺す牙を持つ、唯一の天敵、ケルベロス。
 それを追い詰めることがどれ程心地よい物か。
 もしも彼らにそれが出来るのであれば、高らかな笑いを響かせただろう。骨で構成された顎がなり、カカカと響くそれは、その代替であった。
「何故ソレヲ、ト言ッタ表情ダナ、けるべろす!」
 そして追い打ちにと言葉を続ける。
 反論はない。
 もはや、ケルベロス達の心は折れきっている。――少なくとも、その竜牙兵はそう直感していた。
「貴様ラノ焦リハ、手ニ取ル用ニ判ルゾ。ソシテ、ソコノどわーふト、白髪ノれぷりかんと、ソウ。オ前達ダ。西ヲ――どらごん様達ノ行ク先ヲ気ニシテイルノガばればれダ」
 それは些細な視線の交差だった。だが、そこに宿る不安をデウスエクスの超知覚が見逃すことはない。
 最初はドラゴン達の残した予想だった。だが、今になってそれが真実だったと理解する。
「くっ」
 蹈鞴踏みながらも臨戦態勢をとり続けるケルベロス達は、しかし、震えていた。
 それが答えだと、竜牙兵は強く脚を踏み込む。
 その一太刀は、防御態勢を取るドワーフを、そしてレプリカント達を切り裂く筈、だった。

「くっ、クククク」
 それは呻きの声――ではなかった。
 それは笑みだった。震え笑うコマキの前で、先程まで饒舌だった竜牙兵が崩れ落ちていく。
 そこに言葉はない。既に事切れたデウスエクスに、何を語ることが出来ようか。
「聴かせてやる。音楽ってのは、時にそれ自体が凶器になる――」
 ウルトレスの奏でた不協和音は竜牙兵を侵食。その内を全て砕くまでに増幅されていた。己の最期にその竜牙兵が何を見たのか。知るつもりも、理解するつもりも無い疑問が刹那に浮かび、消えていく。
 それを皮切りに、ケルベロス達は駆け抜ける。
 それは到底、心が折れた番犬にはなし得ない動きであった。
(「成る程。作戦勝ち、と言った処だっタな」)
 眸は内心で笑う。
 それを表に出さないのは、未だ、竜牙兵達が侮らせる為だ。ここに居るケルベロスはまだ、彼らにとって『作戦が失敗した実行隊』であるべきなのだ。
 それが、この場で敵戦力を引きつける物の役割だ。
「だったら、どうだって言うんだよ!」
 必死に紡がれるシルディの叫びも、無論、演技に過ぎない。
 大した物だと思う。自身を含めた虚偽の演技は、竜牙兵達を欺くことに成功したのだから。
(「そう。僕らはそれを知っている」)
 それを悟られまいと必死に演技した。勝利の為に如何なることでも行うと誓った。泥水を啜ることも、血反吐を吐くことも厭わないと決意した。そして、敵の夢や願いをも切り捨てる、と。
 それが莉央達の抱いた覚悟だ。
 此度の彼らの目標は大阪城に向かうドラゴンの帰還を促す物ではない。
 城ヶ島を――侵略拠点となったこの島を取り戻すことだ。
 少数精鋭を以て奪還を選んだ仲間達にして、陽動としてこの地に辿り着いた彼らは故に、装う必要があった。
 自身らの目的は、城ヶ島で暴れることで、ドラゴン達を引き戻そうとしている、と。
 無論、それは――。
「やり過ぎなければそれでいいのです!」
 治癒グラビティを紡ぎながら、ヒマラヤンが補足する。
 浮かぶ天真爛漫な笑みは、詐術を用いたことに罪悪感を抱かない様にもとれた。
 対峙するデウスエクスは敵だ。ならば、心を痛める必要は無いと割り切ったのか、それともそもそもそこに思いが至ることが無いのか。それは彼女以外に分かる物は居ない。
「まぁ、ドラゴンに痛い目を見せられるなら、何だって良いけどな」
 舌技から生み出された地獄の炎で竜牙兵を焼きながら、白亜が笑う。その微笑みもまた、天真爛漫な物であった。

 一度、劣勢の色を纏った空気はしかし、徐々に塗り替えられていった。
 緩やかなケルベロス達の進軍は無数の竜牙兵を蹴散らし、そして援軍にと駆けつけたドラゴンすらも屠っていく。
「だが、我らを殺したとて、同胞が戻ってくると思うな!」
 地を這う竜が最期にまき散らした呪詛は、しかし、どれ程までの威力があったのだろうか。
「それはむしろ、好都合だぜ」
 呪詛の文句こそが是と、広喜が笑みを浮かべる。
 それが訪れたのは、その瞬間であった。

●咆哮
 始めは地鳴りの類と思った。
 地の底から響く様な音は、大気を振るわせ、そしてケルベロス達の鼓膜、否、耳朶のみに限らず、身体全てを振るわせる。
 そんな巨大な振動の正体が、よもや――。
「これは、咆哮か」
 怨嗟に満ちたそれの正体を、ウルトレスが静かに看過する。
 島そのものを振るわせた音の正体が声であるならば、それに思い当たる物は一つしか無かった。そして、同時にそれが迸った意味も皆が理解していた。
「隠密班がやってくれたよう、なのですよ」
「やったぜ!」
 ヒマラヤンの呟きに、広喜の歓喜が重なる。
 その咆哮の正体は、魔竜デス・グランデリオンの断末魔でしかあり得なかった。
 つまり、それは隠密班が、そして、城ヶ島を攻めたケルベロス達の悲願が果たされたことを示していた。
「何ガ! ドウナッテイル?!」
 ケルベロス達は歓喜を抱き、そして竜牙兵達は動揺を抱く。
 その目前でぐしゃりと骨骸を踏み潰したコマキは、薄い笑みを浮かべた。
「ここに至っては詐称も不要……よね?」
「ああ。そうダな」
 サディスティックな笑みを浮かべる彼女に、同意を示すのは眸だ。押し殺した笑みは、彼女と同じ色に染まっている様にすら思えた。
「我々本来の目的を果たすとしヨう」
 その言葉を受け、しかして表情に影を落とす者もいた。
(「ちょっとだけ、残念かな」)
 シルディの溜め息は、誰に向けられたものか。
 可能ならば戦わない道を模索したい。その思いは今もまだ色あせていない。その時がくれば、と切に願っている。
「この地を取り戻す!」
 朝日に包まれる中、輝かんばかりに莉央が宣言する。
 この地は人の地、地球人の場所だ。決してドラゴンが良い様にして良い場所ではない。奪還の願いを果たすのは今だと、心の内から叫んでいた。
 そして。
「殲滅戦だ! 逃げられると思うなよ!」
 竜牙兵の終わりを告げる様、白亜が獣の笑みを浮かべていた。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年5月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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