城ヶ島浸透作戦~計略と踊る

作者:黒塚婁

●城ヶ島より
 羽ばたく。重力に逆らって空へと伸び上がる。
 ――雄々しき尾が揺れて、規則正しく並ぶ鱗が耀く。
 横にぴんと張り出した翼はただそれだけで暴風を巻き起こし、地上のあらゆるものを薙ぐ。ゆらりとバランスを取るための尾の動きは、大地を抉り、沈める。
 その一挙で、他の生命を容易に屠る、強大なもの。
 美しくも残酷なまでに強大な存在。それぞドラゴン――で、あった。
 羽ばたく。重力に逆らって空へと伸び上がる。
 ――巧く飛翔できず、仲間がそれを支える。疎らな鱗は潤いも無く、飛ぶという動作だけで割れて崩れ落ちる。
 なんと弱い生き物であろうか。死に瀕し、無様な姿をさらし、らしくもなく隊列を組んで、大編成は空を駆ける。
 されどその目に宿るは希望。この遠征を無事に終えれば、或いはこの窮地を切り抜けられる――大阪へ。大阪城へ。
 海を駆け、空を舞い、彼らは向かう。
 恩義と、勝利のため。種のために――。

●固定魔空回廊制圧作戦
「グランドロン迎撃戦、ご苦労だった。城ヶ島のユグドラシル化という奴らの目的の阻止できたことは代え難い戦果だ」
 雁金・辰砂(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0077)はそう切り出し、ケルベロス達を労う。しかし、彼が彼らを集めて語るということは、つまり先方に次の動きがあるということ。
 そう、ドラゴンどもは定命化の危機から脱するべく、大阪城のユグドラシルに多くのドラゴンを送ることを決めたらしい。
 定命化ドラゴンの大阪城への退避作戦――これはドラゴン勢力の命運をかけた大作戦といっていい。
 証左、現在ドラゴン勢力が用いることのできる最大限の戦力が動員されており――同時、城ヶ島の防衛は薄くなっているのだ。
 つまりこの機を利用すれば、最小限の戦力で城ヶ島の奪還が可能となる。
「今回の作戦の目的は『城ヶ島を制圧』し、かつ『固定型魔空回廊を破壊されずに手に入れる』こと……この魔空回廊はドラゴンが移動できる特別製だが、移動できるドラゴンは一度に一体ずつ。ここを制圧してしまえば、やつらとて竜十字島から移動してくるという愚行は冒すまい」
 たとえ、どんなに強力な戦力を送り込んだとて、複数のケルベロス達が集中攻撃すれば倒せるのだ――予知があるのだから、遅れをとることもない。
 更に固定型魔空回廊を利用すれば、竜十字島に逆侵攻してドラゴンのゲートを破壊することも可能だろう。
「仮に一部のドラゴンどもが大阪城に合流したとて、ゲートが破壊されてしまえば、切り離された残党……以前ほどの脅威とは呼べまい」
 辰砂はかく告げる。
 さて、今回の作戦に及び、大阪城に向かったドラゴン勢力が引き返してくることは『ない』と彼は断言した。
 ドラゴンとて、ケルベロス達の陽動攻撃くらいは予想しており――更に、固定型魔空回廊の破壊を目指した潜入作戦もありえるだろうと考えている。
 しかし固定魔空回廊の設置には多大な労力が必要となるため、みすみす失うわけにはいかぬ。固い防衛は想定すべきだろう。
 それほどに重要な拠点ではあるが――ケルベロスが固定型魔空回廊の制圧による『竜十字島への逆侵攻』を目的としていると気付かれた場合。
 奴らはこれを自ら破壊し、逆侵攻の可能性を潰そうとするだろう。
「つまり、あくまでもこちらは陽動。本当の目的を隠すため、各部隊、様々な方法で城ヶ島に潜入、上陸してもらいたい」
 固定型魔空回廊は三カ所――城ヶ島中央、東、西端――リザレクト・ジェネシス追撃戦において設置された。
 中でも城ヶ島海南神社跡は城ヶ島の中央に位置し、市街地に極めて近いのだが、周囲は焼き払われ、ドラゴンの活動における障害は取り払われている。
 これもあの日のままか、辰砂が複雑そうに小さくひとりごちたが、すぐに表情を消し、続ける。
 ケルベロス達の目的があくまで『陽動』であるならば、防衛にあたるドラゴンどもが迎撃に出向いてくるため――それを各個撃破できるだろう。

 彼は一度言葉を切って、ケルベロス達をゆっくりと一瞥する。
「くどいようだが……今回の作戦において、ドラゴンどもにこちらの本当の目的を悟られてはならない。陽動で防衛主力を完全に釣り上げたうえで、隠密行動の数班が固定型魔空回廊に到達する――無論、全くの無防備ではなかろう。残ったドラゴンを撃破し、制圧する……そのような動きが重要となる」
 そこを抑えてしまえば、島に残ったドラゴン戦力は寡兵。残党を討ち果たすのも難しくはないだろう。
 ――ただ、それが巧くいかなかった場合。
 魔空回廊を防衛しようと集結するドラゴン達と、異変を知って竜十字島から増援で現れるドラゴン達を相手取る決戦となるだろう。
 これもまだ絶望すべき状況ではない。
 その際においても、あくまでケルベロス達の目的は『固定型魔空回廊の破壊』であり――制圧の後、逆侵攻を考えていると悟られてはならない。
「もっとも、それはこちらの攻撃の最善手を狙うならば。こちらが窮地に陥ったならば、固定型魔空回廊の破壊も視野に入れねばならない。仮に破壊されたとて、城ヶ島の解放は成ろう……そこまで至れたならば、な」
 辰砂はそう言い、ケルベロス達を一瞥した。
「この作戦の成否が、ドラゴン勢力の趨勢を定めよう。城ヶ島の制圧も大いに意味があり……大阪城を孤立させることにも繋がる。ゆえに心して挑め」


参加者
繰空・千歳(すずあめ・e00639)
シア・ベクルクス(花虎の尾・e10131)
四方・千里(妖刀憑きの少女・e11129)
一之瀬・瑛華(ガンスリンガーレディ・e12053)
ハンナ・カレン(トランスポーター・e16754)
アトリ・セトリ(深碧の仄暗き棘・e21602)
イズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)
ラーヴァ・バケット(地獄入り鎧・e33869)

■リプレイ

●凪
 ウミウ展望台付近。
 宵闇は薄くなりつつあるが、未だ身を潜めるものの味方であった。
 陽動の功績か、周囲に敵影は殆ど無い。ひとまずここでに敵に追い立てられる心配は不要であった。
「お忍びの割には随分と洒落てるな。終わった後デートでもあるのかよ」
 ハンナ・カレン(トランスポーター・e16754)が片目を瞑り、繰空・千歳(すずあめ・e00639)へと視線を送った。
 隣で、一之瀬・瑛華(ガンスリンガーレディ・e12053)が困ったように微笑んでいた。
 重要な作戦の只中だというのに、いつもの軽口を忘れない彼女に千歳はくすりと笑う。
「晴れ舞台だもの。お洒落してきたのよ」
 見せつけるように、真っ赤なトレンチコートの襟を正して見せた。音を出さないように、じっとしている鈴が、可能な限り動いて主張する。
「アトリも、そんな緊張するなよ」
 キヌサヤを抱えたアトリ・セトリ(深碧の仄暗き棘・e21602)がはっとしたように彼女を見る。ハンナは不敵な視線とぶつかる。
「いや、緊張するのは当然だが気負いすぎるなよ」
 その言葉に彼女は深く頷いた。あの赤と青の眼差しに応えたい――愛銃はホルスターに収め、抜く当てもないが。胸に抱く温もりと共に、闘志を高めてくれる気がした。
「ドラゴンもだんだん追い詰められてきたみたいだね」
 イズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)が声を潜めて言えば、
「まってました――」
 思わず、という様子でラーヴァ・バケット(地獄入り鎧・e33869)が零す。
 常であれば昂ぶる感情が炎として兜から溢れるところであったが、状況が状況。赤赤と燃えることがないように、抑えていた。
 隠密気流で気配を殺しているため、然程目立つこともないのだが――この鬱憤も本命の前で放とうと思えば、然程苦でも無い。
 二人の後ろで、シア・ベクルクス(花虎の尾・e10131)がふわりと微笑む。
「この島を、取り返しに参りましょう」
 穏やかな空気は変わらず、金色の瞳は強い意志を宿している。
 時間が刻々と迫ってくるにつれ――彼らの口は重く、言葉少なになっていく。
 そして――。
「……時間」
 茶色の瞳を瞬かせ、宝剣と妖刀を模した銀の懐中時計を見つめていた四方・千里(妖刀憑きの少女・e11129)が静かに告げた。
 それを合図に城ヶ島へと上陸した彼らは、注意深く――可能な限り迅速に、駆けだした。

 数多散らばる敵勢を回避し駆けつける――表現するは簡単だが、呼吸を止めたまま十数キロを駆け抜けるようなもの。然れど、本番はこの先であった。
 海南神社のほど近く。
 焼き払われた地で其れは禍々しく周囲を睥睨していた。瘴気を四方に放ち、鋭利なる棘の身体をもつ多眼のドラゴン。
 ――魔竜デス・グランデリオン。
 四つ足の低い姿勢で有りながら、ケルベロス達の誰をも凌ぐ体躯のそれは――自身によく似た三体の配下と共に、固定魔空回廊の前で堅牢と身構えていた。
 到達した一班をラーヴァが確認し、ハンドサインを送れば、揃い集った二班へ千歳が視線を送る。飴色の視線は双方の視線を受け取って微笑んだ。
 靴の踵を打ち付ければ、鈴がリンと音を立て。涼やかな音と裏腹に、千歳が鮮烈に星のオーラを叩き込む。
 飴色の酒が津波のように焼け野を走り、轟くはハンナとアトリのドラゴニックハンマー。
 ふたつの竜砲弾に続くはシアが手向ける花のオーラ。闇に溶けるように天を駆るキヌサヤのリングが風切り唸り、追撃する。
 更にラーヴァが放ったミサイルが昊に向けて弧を描く。
 無数に分かれた煙幕の中央を貫くように、瑛華の放った弾丸が巨体へ。
 瞳を強い緋色に輝かせ、千里が身につけていた椿の花であったものを差し向ければ、たちまち牛鬼と姿を変え、その角が鋭く伸びる。
 イズナの掌から、緋色の蝶が飛び立つ。ひらひらと儚く舞うそれが魔竜の眼前で弾ける。
 無防備な其れへと三班の一斉攻撃。闇夜に閃く様々な力、その圧よりも――仕掛けられた事に、魔竜は驚愕を示した。
「……何だと、ケルベロスは陽動ではなかったのか!」
 吼えた言葉に千歳は不敵と告げる。
「それでドラゴンを増やされると困るのよね、私たち――ちょっと退いててもらえる? それ、さっさと潰してしまうから、ね」

●竜
 眷属よ、それが呼ばうが聞こえたか。
 魔竜の前を守っていた小さな死が飛翔してきた――高々と空を舞うのではなく、ただ翼を広げ、地を滑って迫りくる。
 左のガトリングガンを盾と構えた千歳と、鈴。ハンナが皆を庇うように前に立つ。
 扇状に展開し、構えた彼女達は小型のデス・グランデリオンと呼べるドラゴンが、死を纏う炎を吐き出す――。
「……ハンナ! 千歳さん!」
 滅多に乱れぬ瑛華の声音が、焦りを孕んだとて当然のこと。
 否、彼女だけでは無い――皆の表情が強ばった。後ろから、大きな死が重ねて、刃の如き尾を振るった。命を露と払う大鎌の一閃。
「デス・グランデリオン……!」
 イズナは驚きつつも、螺旋手裏剣を放っていた。同時に視界に広がったのは、夥しい血飛沫、揺らぐハンナの身体。
「キヌサヤ! ――冥く鋭き影、猛禽の剛爪の如く――刺し貫く!」
 刹那の思考は焼き切れた――相棒の名を呼んで回復の指示を送り、アトリは地を蹴った。影の刃を足に宿し、猛禽の如く飛翔する。彼女は描いた黒の軌跡は巨大なる魔竜の頭上を越え、腰を滑り、影へと繋がる。
 地に降りるや否や彼女は横へ飛ぶ。しかし残された影の力は、無数の暗き爪となって魔竜を裂かんとする。
「わざわざ近くにきてくれて……ありがとう……」
 無表情の儘、迫る千里は淡と告げる。柄に指かけ、しかし未だ刃は閃かず。
「残念…これは躱せない…」
 千鬼、と愛刀の名を呼びながら、居合いを放つ。無造作な抜き打ちでありながら、重力を纏った刃が相手を引き寄せ、回避を許さない一刀。
 同時にシアが花弁オーラをひとつの結晶を至近から叩き込む。
 オキシペタラムの花弁を散らしながら、華やかなオーラの弾丸が彼女の剣閃を追いかけた。
 けれど、どちらも芯までは捉えない。表面で弾かれ消えゆくオーラを見届け、彼女達は僅かに目を細める――魔竜と、力量において圧倒的な差があることを肌で感じる。
「魔法はあまり、好まないのですが」
 すぐさま瑛華がハンナへ、魔力で生成した鎖を差し向ける。
 それだけでは、足りない。ラーヴァはごうと兜を燃やし、一矢しかない銀の矢を解き放つ。
 戦場を縦断するようにオウガ粒子の輝きが飛翔し、仲間の疵を癒やし覚醒を促すと――やがて彼の元へと戻ってくる。
「おやまあ――歓迎しますよ。しかし、私達の相手をしていてよろしいのでしょうか?」
「強がれるならば上等よ」
 彼の問い掛けに魔竜は嗤った。この野郎、ハンナが口汚く罵り、傷は直ったが、袖が短くなったスーツ姿で構え直す。
「千歳が挑発するから、こっちに来たじゃねえか」
「赤いコートのお陰じゃない?」
 互いに背を合わせた儘、言葉を交わし。千歳は左腕を天に向け、撃つ。
 中天に咲いた飴色の華が甘く優しい傘となり、疵を癒やす。その中心で千歳は魔竜を強く見つめる。
「……退いてくれないならもう、力尽くでいくしかないのよ。私たちだって強くなってるもの、そう簡単には負けないわよ?」
 鈴の音が、ちりりと応える。互いに随分と体力を失ったが、この子が頑張るならば、負けられない。
 だが、死の暴虐は再び。戦場を全て包むが如き、強力な炎によって顕現する。
 肉を焼く匂い――、守りの力を物ともせず皮膚が爛れ、形が崩れる。
 熱で息も儘ならぬ。袖で口元抑えた千里が、寄木細工の秘密箱から耀く蝶を呼んだ。アトリとキヌサヤも援護に回り、更にラーヴァが花びらのオーラを広げて、疵を、炎を消そうと急ぐ。
 笑みを消した瑛華が鎖で陣を敷き、治癒の力を回す。
 両の掌を天に向け、イズナは再び祈るように言葉を紡ぐ。
「――緋の花開く。光の蝶」
 蝶に導かれるように、苦痛を押して駆ったシアの前に、眷属が立ち塞がる。ナイフで切り取った命の一部は還元されたが、眷属でさえ、途方もない厚い壁に見えた。
 無言の儘、千里が次の手を打つため、納刀する。
 次には崩壊するかもしれぬ。言葉にせず、皆がある種の覚悟を胸にした。
 ――その時。
 デス・グランデリオンが急に振り返った。否、その切欠となる衝撃は皆に伝わった――魔空回廊に攻撃が与えられたのだ。
「させぬッ!」
 それは叫ぶなり、高々と彼女達の頭上を飛び越え、舞い戻る。
 ケルベロス達は暴風に耐え踏み留まる――全体の状況を見るよりも、今は。目の前の小さな死を、克服せねばならぬ。

●克
 仲間を庇い、死の突進に向け身を投じた鈴が力尽きた――ちりん、と余韻を残した音は、残された仲間の勝利を祈るように。
「わかっているわ」
 千歳は凛と前を見つめる。
 たった二撃――魔竜手ずからによる攻撃は深刻なダメージを彼らに与えた。
 そして、残されたドラゴンも其れが眷属と呼ぶだけあって、かなり手強い。
 厳しい戦いは予測していたが、こんなにも早く崩れかけるとは。立て直せるか、むしろ、維持できるか――思いながら、瑛華は黄金の鎖で地に魔法陣を描き、守りの加護を敷く。
 傷が癒えきらず、血を流しながら回し蹴りを叩き込むハンナと、動かす度に自壊しそうな左腕を盾に、美しいステップを地に刻み、花を降らせる千歳。
 螺旋の軌跡を追う、空の霊気を纏う斬撃と、炎の滝。
 千里とラーヴァが、イズナが与えた疵を深く刻み込み、シアが正確に強力な一矢を穿つ。
 苛烈な攻撃で、眷属の棘が少しずつ減っていく。だが未だ表面を削いでいるだけに過ぎぬ――ひゅ、風を切る音だけを聴き、ハンナが拳を振るう。
 鋭い尾の衝撃は、彼女の肩に深々埋まる。
「ハンナさん、」
 アトリは思わず、その名を呼んだ。
「たまには守られるのも悪かねぇだろ。存分に暴れてみろ」
 彼女らしい言葉だ――幾度となく厳しい戦場を共に潜ってきた瑛華は、ほんの僅かだけ、その背に恐れを覚えた。しかしアトリにだけは悟らせまい。
「セトリさん、わたしの分のお返しも、お願いします」
 はい、と。生真面目ながら笑みを僅かに交えた返答と同時にアトリが投擲した氷結輪が、眷属の鼻先を抉る。
 さりとて、眷属は不気味な眼光でケルベロス達を見やり、死の炎を口に含むだけ。
 負ける気はないが、良いビジョンは見えない――皆が厳しい表情を浮かべた時。

 ――竜が巨鎚に打ち据えられて、戦慄いた。
「待たせたな。ここからは俺たちも一緒に戦うぜ!」
 威勢の良い声と共に、後から怒濤と続くケルベロス達の攻撃を見つめたイズナの瞳が、明るい光をきらりと宿した。
「ありがとう……! ここから、一気に反撃するよ!」
 高らかな声音が告げた通り。一転、攻勢。
 様々なグラビティが眷属を追い詰める。ドラゴンの矜持と、それは果敢に炎を吐き、尾を振るったが、幾ばくかの余裕を取り戻したハンナが鋭い回し蹴りで、相撃つ。
「じゃあな」
 尾が振りあがり、無防備な体勢を晒した眷属。その姿は元の形状を思い出すことも難しい程に追い込まれていた。
「死を振るう、恐ろしい力……それでも、私は貴方を花で送りましょう」
 それへ穏やかにシアが語りかける。
「さあ、詠いましょう。貴方の事も、私の事も。」
 その一言で、戦場に花が咲く。焼けて爛れた大地を慰めるように青く広がるオキシペタラム。彼女はその中心で祈るように。黄金の瞳で見つめながら。
 穏やかな花畑の中心で、眷属は塵と消えた。

●破
 再び――デス・グランデリオンと対峙する。今度は、合流したチームも共に立ち回る。だが、魔竜は十六人のケルベロスを前にして揺るがぬ存在であった。
 先程の竜など、なるほど眷属に過ぎぬと解る。
 戦場を焦がす死の炎を前に、ハンナが身を投じる。炎の塊がその顔を焼くように跳ねたのを、何かが撃ち落とした。
「わたし、メディックなんだから手間かけないでよ」
「退屈だと思って見せ場を作ってやったんだよ」
 儚げな笑みを見せた瑛華と、そんな軽口を交わして。
「こっからは退屈なんかしないだろうさ――後は頼んだぜ」
 無傷なところを探すのが難しい女は、それでも笑って、ゆっくりと崩れ落ちた。腹に赤黒い孔がある。それを前に、瑛華――千歳、アトリが燃やすは只の闘志。憎悪ではなく、絶対に勝って帰還するのだという誓い。
 深く踏み込んだ千里の剣戟が死の表面を削げば、ラーヴァが氷結光線で瘴気事凍らせる。イズナの撃ち込んだ竜砲弾が氷を抉りながら沈み込み、シアが傷口へ、カプセルを叩きつけた。
 再び守りの加護を、瑛華が重ね、アトリが素早く星のオーラを蹴り込む。
 左腕にしかと巻き付けた雷の霊気を纏った鎖を、千歳が殴るように叩きつける。此処まで来て、魔竜は異変に気付く。眷属が二体死して、残された己に彼らが執拗に攻撃を仕掛ける理由とは――。
「まさか、貴様らの狙いは……!」
 魔竜の呼気で空気が震える――多くを語らずとも伝わる。紛れもない怒り。今の今まで真意を悟れなかった自身への怒り。
 相手が動くよりも先に、千歳が駆った。魔空回廊を庇うように、ぼろぼろの左腕を前へと構えた。
「今更気付いても仕方が無いのよ」
 魔空回廊を狙った鋭い一撃、千歳は身体を真っ二つにされたかと思う衝撃と共に吹き飛ばされる。
 彼女の覚悟に応えるため、アトリは地を蹴った。
 キヌサヤが先んじて魔竜へ爪を走らせると、黒い軌跡が落ちる。
 天へと駆けた彼女に対し、イズナは一直線に地を結ぶ。螺旋を掌に、臆さず魔竜へ接近し、叩きつける。
「これ以上、好きにさせないからね!」
 言葉と共に内側から破壊する力をぶつけ、解き放つ。
「『壊す』なんてのは簡単なことですよねえ……『こちら』の方がやりがいがあるというものだ」
 にやり、と。表情が見えればそう笑ったであろう。ラーヴァが天に向け、巨大な脚付き弓を構えていた。
「我が名は熱源。余所見をしてはなりませんよ」
 ごうごうと激しく炎が燃ゆる。放たれた灼熱の滝が、死へと降り注ぐ。
「此処で、止めます」
「その首……もらいうける……」
 左右に展開した疵だらけの二人――千里が愛刀を閃かせ、シアが花の形をしたオーラを差し向けた。
 今持てる全てを。
 ケルベロス達は叩きつけた――はずだった。

 残念だったな、地を揺らすような言葉が響く。勝利を確信したような声音に、まだ……と千里が前へ一歩踏み込む。
 だが、希望は――魔空回廊の傍にあった。頼もしい大見得と共に魔竜へ畳み掛けるグラビティ。
「これで終わりにしてやる!」
 発すと同時、オーラの弾丸が魔竜の顎を突き破った。
「……よもや、我が敗れようとは……」
 無念と同時に断末魔が城ヶ島に響き渡る――それはケルベロスの勝利を、暁と共に、これ以上無く知らしめる宣布となった。

作者:黒塚婁 重傷:繰空・千歳(すずあめ・e00639) ハンナ・カレン(トランスポーター・e16754) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年5月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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