城ヶ島浸透作戦~落日の涯

作者:朱乃天

 上空を埋め尽くさんばかりの巨大な黒影の群れ。
 それは城ヶ島から飛び立っていくドラゴンたちである。
 デウスエクス最強種族と云われる彼らだが、定命化に蝕まれた身体は衰弱し、威厳というには程遠く、死の影がそこに迫っているかのような逼迫している状況だ。
 羽搏く翼も力無く、今にも死に絶えようとしている一体を、まだ余力のあるドラゴンたちが支え合い、身体を掴んで持ち上げて、仲間の為に残った力を振り絞る。
 一体足りとも欠けるモノがいないよう、目的地に辿り着くまで全員生きて往くのだと。
 死の淵に立たされている最強種族が目指す希望の地。ドラゴンたちのこの決断が、果たして世界にどういった影響を齎すのだろうか――。

 グランドロン迎撃戦において、作戦は見事成功したとケルベロスたちは勝利の報を聞く。
 玖堂・シュリ(紅鉄のヘリオライダー・en0079)はその報せを伝えた上で、敵の新たな動きを予知したことをケルベロスたちに語り出す。
「城ヶ島のユグドラシル化が失敗したことで、ドラゴンたちは定命化の危機から脱する為、大阪城のユグドラシルに多くのドラゴンを送り込む作戦の断行を決定したようなんだ」
 定命化ドラゴンたちによる大阪城への退避作戦は、ドラゴン勢力の命運をかけたといっても過言ではない程の一大作戦だ。
 しかもこの作戦には、現在、ドラゴン勢力が用いることのできる最大限の戦力が動員されているという。
 だがそれほどまでの大規模移動を決行することは、そこに大きな隙が生じるリスクも同時に孕んでいることになる。
 つまり、対照的に城ヶ島の防衛は手薄になってしまっている状態だ。もしその隙を衝き、城ヶ島を強襲すれば、最小限の戦力で城ヶ島を奪還することが可能になると言えるだろう。
 『城ヶ島を制圧』し、かつ『固定型魔空回廊を破壊されずに手に入れる』事。それこそが今回の作戦の目的である。
 固定型魔空回廊は、ドラゴンが移動可能な特別な魔空回廊なのだが、移動できるドラゴンは1度に1体までと限られている。
 そこで城ヶ島側の出口を制圧すれば、竜十字島からドラゴンが移動してくることは不可能になる。更にこちらが固定型魔空回廊を利用すれば、竜十字島に逆侵攻してドラゴンのゲートを破壊する作戦も、実行可能になるだろう。
 ドラゴンの一部が大阪城に合流してしまっても、ゲートを破壊してしまえばそのドラゴンたちは『残党勢力』に過ぎず、危険度は大きく下がることになる。
 まさに肉を切らせて骨を断つ、乾坤一擲の作戦とも言えそうだ。
「現在、城ヶ島に残っている戦力は、大阪城への移動が困難な、空を飛べないドラゴンと、後は配下のオークや竜牙兵たちが警備を行っているみたいだよ」
 どうやらドラゴン勢力側も、ケルベロスの城ヶ島への襲撃は想定しているようである。
 しかしそれは、大阪城に向かった部隊を撤退させる為の陽動攻撃だと思っているらしく。残ったドラゴンたちに警備を任せている以上、既に出発したドラゴンは、城ヶ島にはもう戻ってこないと断言できる。
 また、固定魔空回廊の設置には多大な労力が必要な為、大阪城に新たな固定型魔空回廊を設置されるまでは、敵も必死に防衛してくることは間違いない。
 ただしこちらの目的である、固定型魔空回廊の制圧による『竜十字島への逆侵攻』に気付かれてしまったら、ドラゴンたちは自らの手で固定魔空回廊を破壊することも考えられる。
 城ヶ島の防衛指揮を執っているのは、『魔竜デス・グランデリオン』だ。
 また、『貪食竜ボレアース』と『喪亡竜エウロス』を部隊長として、少数の空を飛べないドラゴンたちを主力に配置されている。
 ちなみに周辺海域にはドラゴンはいないので、そちらは警戒する必要はなさそうだ。

 以上のことを踏まえつつ、シュリが今回の作戦に関する概要を説明し始める。
 まずは少人数のチーム毎に、様々な方法で城ヶ島に潜入・上陸を行って、固定型魔空回廊がある島の中心部へと向かうことになる。
 城ヶ島海南神社跡に関しては、周囲は焼き払われて、ドラゴンが活動しやすいよう見晴らしがよくなっている。
 ケルベロス側の狙いが陽動であり、固定型魔空回廊の破壊までは目指していないと見せかけることができれば、ドラゴンは侵攻してきたチームを狙って迎撃に出てくるだろう。そうして誘き出せたなら、各個撃破も不可能ではない。
 そしてこの迎撃戦の中、隠密行動に特化した3チーム程度が迎撃を摺り抜け、固定型魔空回廊に到達することができれば最善手と言える。
 この場合、そのチームは固定型魔空回廊の防衛に残っていたドラゴンを撃破し、魔空回廊を制圧を目指すことになる。固定型魔空回廊さえ制圧すれば、竜十字島の増援を阻止できる為、後は残った敵を掃討すれば良い。
 だがもしも、隠密チームによる制圧が行えなかったら、魔空回廊を防衛しようと集結するドラゴンたちや、異変を知って竜十字島から増援で現れるドラゴンたちをも相手取り、決戦を行うことになるかもしれない。
 それにこちらの真の目的に気付かれないよう、敵に誤解を与えたまま戦う工夫も必要だ。
 最悪、敵が手強く危機に陥ってしまった場合、ケルベロスの手で固定型魔空回廊を破壊して、増援を阻止することも止むを得ないだろう。
 何れにしても、状況に応じた作戦を考えながら、万全の備えで臨んだ方が良さそうだ。
「ここで城ヶ島を制圧すれば、竜十字島にあるドラゴンのゲートの破壊も不可能ではないからね。その為に、キミたちにはもう少し頑張ってもらうことになるけれど」
 今後の地球の命運は、全てこの戦いにかかっている。
 他のチームの仲間たちとも協力し、最良の結果を齎すことができるよう――シュリは戦場に向かうケルベロスたちの武運を祈り、彼らに全てを託すのだった。


参加者
立花・恵(翠の流星・e01060)
エステル・ティエスト(紅い太陽のガーネット・e01557)
七星・さくら(日溜まりのキルシェ・e04235)
ランドルフ・シュマイザー(白銀のスマイルキーパー・e14490)
レミリア・インタルジア(咲き誇る一輪の蒼薔薇・e22518)
ルト・ファルーク(千一夜の紡ぎ手・e28924)
一之瀬・白(闘龍鍛拳・e31651)
ケル・カブラ(グレガリボ・e68623)

■リプレイ

●夜明けの攻防
 城ヶ島の各地で轟く戦いの声。
 ドラゴンたちが大阪城に退避していく隙を狙い、城ヶ島に乗り込むケルベロスたち。
 現時点で城ヶ島に残っているのは、定命化によって飛ぶ力すら失った、手負いのドラゴンたちだけだ。
 後は死を待つだけしかない彼らだが、だからこそ、死に物狂いで番犬たちに牙を剥く。
 ――陽動班が上陸してから10分が経過した。
 七星・さくら(日溜まりのキルシェ・e04235)は腕時計から鳴るオルゴールの音色を確認すると、音を止め、チームの仲間の顔を見る。
「こちらもそろそろ動くわよ。わたしたちにできることを、全力で――」
 陽動班が派手に戦闘を仕掛けて、ドラゴンを誘き寄せる。その後に、彼女ら隠密班の面々が、中央の魔空回廊を目指して移動する。
 馬の背洞門の左方向から上陸すると、東の方の夜空が薄明るくなってくるのが目に映る。その光景を眺めつつ、さくらは左手の薬指に嵌めた指輪に手を添えて、必ず戻ってくるからと、誓いを交わして決意を込めた。
 馬の背洞門では、陽動班の仲間が激しい戦闘を行なっている。しかも相手のドラゴンは、特にルト・ファルーク(千一夜の紡ぎ手・e28924)にとっては因縁のある一体だ。
(「ボレアース……! こんなところで逢えるとは……!」)
 故郷を滅ぼし、兄を殺した侵空竜。その同胞でもある貪食竜は、ルトには仇も同然だ。
 叶うことならこの手で引導を――だがここで、エゴを貫き、陽動班の加勢に入ってしまうとどうなるか。結果は火を見るよりも明らかだ。
「……今のオレは、復讐の為だけに戦っているんじゃない」
 個の因縁に拘るよりも、皆の未来の為に生きるべく、この作戦を成功させることが何より最も重要だ。
「この場は彼らに任せよう。僕たちが魔空回廊を制圧することで、きっと全てが報われると思うしね」
 一之瀬・白(闘龍鍛拳・e31651)がルトの隣に歩み寄り、宥めるように彼を説く。
 オラトリオの少年は、友たる白の言葉に頷いて。込み上げてくる衝動を呑み込むように、貪食竜と戦う仲間の背中を見送りながら、後を彼らに託して更に奥へと進むのだった。
 そうして戦闘範囲を迂回しつつ、中央の『海南神社』近くに到着し、続いて隠密班の残り2チームと合流を無事に果たすことになる。
 そしてその先で待ち構えているのは、敵を指揮する『魔竜デス・グランデリオン』。
 その傍には三体の、黒く刺々しい姿の護衛ドラゴンを従えており、この最難関の敵をどうにかしなければ、未来を切り拓くことは不可能だ。
 3つのチームは身を潜め、それぞれ位置を確認しながら、アイコンタクトで合図を送る。
 レミリア・インタルジア(咲き誇る一輪の蒼薔薇・e22518)は虹色の薔薇のお守りに、そっと唇寄せて祈りを込めて、息を吸い込み大きく声を張り上げる。
「ここからが私たちの戦いです。標的は敵指揮官、デス・グランデリオン――総員、全力で攻撃を開始します!」
 チームの仲間に号令し、青白い雷光が奔るコルセスカの白刃を、翻して戦場を勇ましく駆けるレミリアに。彼女の後に続けと、気炎を上げてケルベロスたちが突撃をする。
 3チーム、計24人の番犬たちの攻撃が、魔竜目掛けて一斉に襲い掛かる。
『……何だと、ケルベロスは陽動では無かったのか!』
 彼らの攻撃は、陽動目的でしかないと判断していたところに予期せぬ奇襲を掛けられて、驚愕するデス・グランデリオン。
 この先制攻撃によって、魔竜に相応のダメージを与えることに成功したケルベロスたち。しかし傍に仕える三体の護衛ドラゴンが、それぞれのチームを狙って反撃に出る。
 そしてデス・グランデリオン自身も、護衛の一体と共に一つのチームを潰そうと動く。
「!? 千里さんたちが……!!」
 二体のドラゴンに一度に仕掛けられてしまっては、命の危機にもなりかねない。いきなり訪れてしまったこの窮地を打破すべく、自分たちはまず目の前のドラゴンに専念しようと、気を引き締め直して立ち向かう。
「邪魔な雑魚共が……とっとと片付けてやろうじゃねえか!」
 ランドルフ・シュマイザー(白銀のスマイルキーパー・e14490)が敵に向かって吠えながら、特殊改良した弾丸を銃に込め、照準を味方に合わせて乱れ撃つ。
 その銃弾は、脳を高速活性させる――銃魂技<ガンソウルアーツ>。
 ランドルフの放った強化弾。それが仲間の力を覚醒し、戦意を一層奮わせる。
「貴様らを定命化で死なせるのは勿体無い。名誉ある死を迎えられるように、わざわざ私が滅ぼしに来てやったんだ。いざ、殺し合おう!」
 ドラゴン相手に気合を滾らせ、エステル・ティエスト(紅い太陽のガーネット・e01557)が巨大な鎚に魔力を注いで振り被る。
 そこから繰り出されるのは、生命の進化を凍結させる超重力の一撃だ。叩き込まれる烈しい衝撃に、眷属竜は痛みを堪えるように低く唸って番犬たちを睨め付ける。
「お互い後には引けないんだ。ならせめて全力で、だ!」
 エステルが先制攻撃を食らわせた後、立花・恵(翠の流星・e01060)が間髪を入れず距離を詰める。剣に空の霊力纏わせて、振り抜く刃は竜に刻んだ傷を掻き抉る。
「敵将の喉元までの道を拓く! それができれば死んだっておつりは来るからネー!」
 ケル・カブラ(グレガリボ・e68623)はガネーシャパズルを発動し、出現させた怒れる女神の幻影が、敵を狂乱させて意識をケルの方へと向けさせる。
 仲間の消耗を軽減すべく、代わりに自分がその負担を背負う。ドラゴン相手に厳しい連戦は避けられないと覚悟して、ケルが身体を張ってその全てを受け止めようとする。
 目指すべき魔空回廊まで辿り着いたケルベロスたち。そこに立ち塞がる最大の難敵と、雌雄を決する戦いが斯くして始まったのだった――。

●暁闇の死闘
「立ち止まっている暇はない。今すぐそこをどいてもらおうか」
 ルトが翼を羽搏かせながら風を纏い、脚を撓らせ刃の如く鋭い蹴りを炸裂させる。そこへ白がビハインドの一之瀬・百火と一緒に追い討ちを掛ける。
 最初に百火が念動力で鎖を飛ばし、眷属竜の脚に絡めて動きを封じる。その間に白が念を込め、具現化させた光の剣で、棘の鎧に覆われた、竜の体躯を斬りつける。
「例え相手がドラゴンだろうと、僕たちにとってお前は敵ではない!」
 彼らにとって真に戦うべきは、指揮官であるデス・グランデリオンだ。
 その魔竜の攻撃に晒されている仲間を助けるのだと、ケルベロスたちの並々ならぬ気迫に眷属竜は気圧されそうになるのだが。ドラゴンたちにとっても意地があり、目障りな番犬共を排除しようと死力を尽くして迫り来る。
 黒き竜から溢れ出てくる瘴気が周囲を覆い、闇の力がケルベロスたちを蝕んでいく。
「大丈夫。おねーさんが皆を癒してあげるわよ」
 さくらが励ますように癒しの力を行使して、海色の医術服から星の欠片のような光の粒子が放たれて、仲間を蝕む闇の力を一瞬の内に消し祓う。
「悪いけど、ここは通させてもらう!」
 恵が精神力を高めて意識を一点へと集中し、飛ばした念波が大きく爆ぜて、眷属竜の肩を吹き飛ばす。
「お次はコイツを喰らってもらおうか! 厄介な相手にゃこの手に限るぜ!」
 ランドルフが恵のタイミングと合わせるように銃を抜き、目にも止まらぬ高速射撃で敵の棘甲殻を撃ち砕く。
 例え定命化で弱っていようと、ドラゴンとの戦闘は決して容易いものではない。しかもこの護衛ドラゴンを倒しても、後には指揮官との戦いが待っている。
 強大な敵を相手に、それでも彼らは怯むことなく積極果敢に攻め続け、次第に眷属竜を追い込んでいく。
 その一方で、他のチームの異なる行動に、違和感を覚えたグランデリオンが一旦戦闘から離れていくのを、後方から戦況把握に務めていたさくらは見逃さない。
「デス・グランデリオンが下がっていく……? どうやら魔空回廊を守るつもりね」
 さくらが異変を察して、仲間に報告。まだこちらの真の意図には気付いていないみたいだが、それでもこの状況は戦いをより困難なものにさせていく。
「だったら早く終わらせるだけデスネー! オマエの相手はこっちデス!」
 ケルが杖を振り翳すと白き蛇へと変化して、竜の喉元目掛けて喰らい付く。
「――大地よ、地の底より沸き上がりその手を伸ばせ。大地を走る彼のもの脚に」
 レミリアの詠唱に呼応するかのように、地面が隆起し枷となり、眷属竜の脚を捉えて相手の動きを抑え込む。
「これで終わりだな。月がお前を呼んでいる……落ちていけ!!」
 身動きの取れなくなったドラゴンに、エステルが跳躍しながら腕を掴み、遠心力に捻りを加え、加速を増して重力載せて投げ飛ばし、地面に竜の巨体を豪快に叩きつける。
 エステルの強烈無比な一撃が、眷属竜を大地に沈め、息の根を止める。
「まずは一体……さあ、皆さんを助けに参りましょう」
 戦闘開始から、7分が経過したところでケルベロスたちは最初のドラゴンを撃破した。
 今度は同じ隠密チームの仲間を援護しようと、レミリアが呼び掛けながら休む間もなく次の戦いへと急ぐのだった。

「待たせたな。ここからは俺たちも一緒に戦うぜ!」
 ルトが振り回した巨鎚から、盛大に煙を噴き上げながら、高出力の打撃を烽火の如く、次の眷属竜に見舞わせる。
 彼の言葉に続いて参戦してくるケルベロスの仲間たち。援軍の加勢にイズナは赤い瞳を輝かせ、再び闘志を奮わせながら、武器を持つ手に力を込める。
「ありがとう……! ここから、一気に反撃するよ!」
 グランデリオンの襲撃を受けたイズナらは、あわやの危機に陥りそうになっていた。しかし態勢を立て直し、どうにか敵を凌いでいたところにもう1つのチームが加わったことが、大きな勇気と希望を齎すことになる。
「カチコミの準備は整った、ってとこだな。ドラゴン共にひと泡もふた泡も吹かせてやろうじゃねえか!」
 ランドルフも鼓舞するように溜めた気力を分け与え、共に戦う仲間を支え、ドラゴン打倒を高らかに誓う。
 こうして2つのチームが結束すれば、如何にドラゴンだろうと恐るるには足らず。
 手数を重ねて、攻め立てながら。祈りを捧げるようにシアが紡いだ詠声に、応じるように戦場中に花が舞う。
「死を振るう、恐ろしい力……それでも、私は貴方を花で送りましょう」
 荒れた大地に咲き溢れる可憐な花弁の絨毯に、手負いの竜が埋もれるように倒れ伏し――二体目を早々に仕留めた番犬たちの次なる標的は、魔空回廊を守る黒き魔竜に向けられる。

●朝焼けの空に、墜つ
『馬鹿な……! 我が眷属たちがやられてしまっただと!?』
 配下を悉く倒されてしまい、グランデリオンに焦りの色が滲み出る。
「俺たちの手で、この城ヶ島を取り戻す!」
 恵が腰のホルスターから銃を抜き、指で回しながら狙いを定めて引き金を引く。
『ほざくがよい。命を落とした同胞たちの為にも、この魔空回廊は死守させてもらう!』
 グランデリオンが六つの邪眼でケルベロスたちを睥睨し、猛り狂うように呪いの黒い炎を吐き散らす。
「……仲間を想うその高潔さ。誇り高き最強種族こそ、私が戦う相手に相応しい」
 エステルにとってデウスエクスは憎悪の対象でしかないのだが、ドラゴンだけは他の種族とは違う、戦いへの信念めいたものを感じ取っていた。
 だからこそ、彼らには最後まで矜持を以て自分の前に立ちはだかってほしい。
 心の中でそう願いつつ、エステルは負けじと黄金色の闘気を昂らせ、熱く灼けつく気弾を将たる魔竜に撃ち込んだ。
「千目千手観音よ……我が同胞に加護を!」
 白が呪言を唱えて符術の力を展開し、霊力宿した符を散布させ、仲間に加護の力を付与して同時に動体視力を跳ね上げる。
「わたしたちだって負けられないわよ。待っている人たちがいるんだから」
 さくらもすかさずヒールドローンの群れを飛ばして、仲間の負傷を治療する。
 ケルベロスとドラゴンの、互いの誇りと意地がぶつかり合い、双方一歩も引かず拮抗した勝負が繰り広げられていく。
「テメエに『終わり』をくれてやる!」
 分身を纏ったランドルフの銃が火を噴いて、銃弾が一直線にグランデリオンの脾腹を射抜き。立て続けにレミリアが、舞うかのように刃を走らせ、傷口狙って斬り刻む。
「こちらにも、譲れないものがありますから。だから絶対、負けられません」
 凛と構えて見据えるレミリアに、ならばその命を奪おうと、グランデリオンが魂を刈り取る死の鎌を、気高きエルフの娘に振り下ろす。
 だがその瞬間――ケルが身を挺してレミリアを庇い、魔竜の鎌が命を啜るが如く彼の身体に突き刺さる。
「……何とか間に合って良かった、デス。後はアイツをやっつけちゃ、ッテ……」
 声が小さく掻き消えて、力尽き、眠るように地面に崩れ落ちるケル。
 ここでグランデリオンは、魔空回廊を破壊する機会を無視してまでも自分を攻撃してくることにふと気付き、その真意を漸く悟る。
『まさか、貴様らの狙いは……!』
 ケルベロスに魔空回廊を制圧されるくらいなら、この手で壊した方がまだましだ。
 一転して魔空回廊の破壊を試みようとするグランデリオンに、そうはさせじとケルベロスたちも対抗して動く。
「今更気付いても仕方が無いのよ」
 魔空回廊を壊さんばかりの攻撃を、千歳が一身に受けて守り抜く。が、その威力に耐え切れず、彼女の身体が吹き飛ばされて宙に浮く。それでも番犬たちは手を緩めずに、止めを刺そうと持てる力の全てを振り絞り、火力を集中させて畳み掛ける。
「一撃をッ! ぶっ放す!」
「燃やし尽くせ!  未来を閉ざす、その全てを!」
 これが最後の勝負と恵とルトが同時に仕掛け、恵が零距離からの回避不能の射撃で撃ち抜けば。ルトは異世界へと繋がる扉から、溢れる地獄の業火を召喚し、炎の槍へと形を成して全ての想いを込めた一撃が――グランデリオンの背中を穿ち、決意の炎で灼き尽くす。
 しかし――番犬たちの全力を賭した総攻撃も、後一歩、黒き魔竜には届かなかった。
『……残念だったな、ケルベロス共。貴様らに魔空回廊を渡すわけにはいかぬのだ!』
 もはや打つ手なしかと思われた時――残ったもう一組のチームが、眷属竜を倒し終わって駆け付ける。
 これ以上、グランデリオンに抗う力は残っていない。魔空回廊の破壊を阻止すべく、ケルベロスたちの怒涛の猛攻撃が、黒き魔竜を追い詰める。
「これで終わりにしてやる!」
 そしてピジョンの気弾がグランデリオンの顎を突き破り、瀕死の魔竜の生を断つ。
『……よもや、我が敗れようとは……』
 東の空から昇る朝日を浴びて――魔竜の黒き巨体が力を失い、口惜しそうに地に墜ちる。
 大気が震え、耳を劈く断末魔が島中に響き渡り、作戦開始から30分が過ぎた時――その死を以て、ケルベロスたちの勝利が告げられたのだった。

作者:朱乃天 重傷:ケル・カブラ(グレガリボ・e68623) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年5月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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