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それは、まさに紺碧の空を覆い尽くす大群であった。
追い詰められるようにして、ドラゴンたちが次々と城ヶ島から飛び立っていく。互いにかばい合って飛翔する片翼のドラゴンがいれば、定命化で死にかけているドラゴンを背負うようにして飛ぶドラゴンもいた。
しかしながら、その規律は驚くほど整っており、その士気も悲惨さからは程遠い。さすがはドラゴンといったところか。
彼らが『不死』の望みをつなぎに向かうは大阪、ユグドラシル――。
●
グランドロン迎撃戦の勝利をゆっくりと祝う暇もなく、ケルベロスたちは新たな作戦のためヘリポートに集められていた。
作戦説明にあたり、ゼノ・モルス(サキュバスのヘリオライダー・en0206)が短いながらも祝辞を述べる。
「本当に良くやってくれたね。特に浜松では、最大級の戦果をあげることができた。コギトエルゴスム奪取にくわえてタイタニアの救出……これも作戦に参加してくれたすべてのケルベロスのおかげだよ。ありがとう」
だが、グランドロン迎撃作戦の成功をもってしても、デウスエクスたちの動きは止まらなかった。
『ドラゴン以外のデウスエクス同盟軍が、定命化で苦しむドラゴンを救うために強襲作戦を行ないケルベロスに敗北した』
この事実を持って、攻性植物の指揮官レプリゼンタ・カンギと強襲の首謀者であるエインヘリアルの第二王女・ハールの『撤退と合流』の呼びかけに応じたドラゴンたちは、大阪城のユグドラシルへ数多くの仲間を送り込むことを決めたのだ。
そこで人類は、ドラゴンたちの作戦の逆手をとり、その防備を破って、『城ヶ島を制圧』を行うことにする。
『城ヶ島の固定型魔空回廊』を制圧し、ドラゴンのゲートである『竜十字島』攻略の橋頭保を確保する、『城ヶ島浸透作戦』の発動である。
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作戦の目的は、『城ヶ島を制圧』し『固定型魔空回廊を破壊さずに手に入れる』事だ。
「固定型魔空回廊というのは、ドラゴンが移動可能な特別な魔空回廊のことだよ。移動できるドラゴンは1度に1体づつだけどね。
つまり、城ヶ島側の出口をボクたちで制圧してしまえば、竜十字島からドラゴンが移動してくることが不可能になるってこと」
もし、ドラゴンの一部が大阪城に合流を果たしたとしても、ドラゴンのゲートを破壊してしまえば、もう援軍は来なくなる。大阪城のドラゴンたちはもはや『残党勢力』に過ぎなくなり、危険度は大きく下がるだろう。
「さらに、奪った固定型魔空回廊を利用すれば、竜十字島に逆侵攻してドラゴンのゲートを破壊する作戦が実行可能になる。これって、すごいことだと思わない?」
ゼノは、頑張って作戦を成功させようね、と笑った。
「さて、そのためにはドラゴン側の戦略を踏まえておく必要があるよ。ポイントは三つ」
指を三本たてて、ケルベロスたちに見せた。
「その一、大阪城へ向かったドラゴン勢力が引き返してくる可能性」
薬指を折り、説明を続ける。
ドラゴンたちは、ケルベロスが大阪城に向かう護衛部隊を撤退させるために、城ヶ島に攻め込んでくる事も想定して作戦を行おうとしている。
だからケルベロスが島に攻め込んでも、すでに出発したドラゴンたちは城ヶ島に戻ってこないだろう。
「その二、ドラゴンによる固定型魔空回廊の防衛」
中指を折る。
ドラゴン勢力は、ケルベロスによる固定型魔空回廊の破壊も考えているはずだ。固定型魔空回廊の防衛を固めているに違いない。
「その三、ドラゴンによる固定型魔空回廊の破棄」
人差し指を折ると、ゼノは腕を降ろした。
ケルベロスの目的が、固定型魔空回廊の制圧による「竜十字島への逆侵攻」であると気づかれた場合、ドラゴンは自ら固定型魔空回廊を破壊して破棄する危険性が考えられる。
「以上の三点を念頭に、作戦の手順と概要をよく聞いてね」
まず、少人数のチーム毎に様々な方法で城ヶ島に上陸する。
上陸後は直ちに、固定型魔空回廊がある島の中心部にある城ヶ島海南神社跡に向かうのだ。
「陽動に引っ掛かって出向いてきたドラゴンたちを引きつけている間に、隠密行動に特化したチームで固定型魔空回廊を目指して欲しい。3チーム程度が到達できればベストだね。到達チームで防衛のために残っていたドラゴンを撃破し、魔空回廊を制圧するんだ」
万が一、こちらの目的がドラゴンたちに悟られてしまい、竜十字島から増援が現れてしまったら?
敵増援が手ごわく、危機に陥った場合は、ケルベロスの手で固定型魔空回廊を破壊。増援を阻止する必要があるかもしれない。
「考えることが多くて大変だろうけど、柔軟に対処できる作戦を立てておいてね」
魔空回廊を制圧するか、魔空回廊が破壊されると、竜十字島からの増援が無くなる。残る敵を掃討すれば、城ヶ島奪還は成功だ。
「ドラゴンたちの力を大きく削ぐことができれば、今後の戦いがかなり優位になる。これはまさに、地球の命運がかかった戦いなんだ! みんなが期待している。頑張ろう!」
参加者 | |
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四辻・樒(黒の背反・e03880) |
月篠・灯音(緋ノ宵・e04557) |
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112) |
御影・有理(灯影・e14635) |
鉄・冬真(雪狼・e23499) |
レヴィン・ペイルライダー(秘宝を求めて・e25278) |
鞘柄・奏過(曜変天目の光翼・e29532) |
ウリル・ウルヴェーラ(黒霧・e61399) |
●
波濤と風が自然にくりぬいた岩の穴が左手に見えるはずなのだが、いまは闇に沈んでいる。
四辻・樒(黒の背反・e03880)は潜水服の前を開けて、城ヶ島の地図を取りだした。
地図は最新の情報に基づいて作られたものだ。城ヶ島は過去に二回、激しい戦闘の舞台となっており、現在はデウスエクス、ドラゴンの勢力下にあった。作戦開始前に今一度、確認しておきたいところだが、生憎、灯りを持ったものがまだ上がってきていない。
振り返ると、少し離れたところに月篠・灯音(緋ノ宵・e04557)がいた。曇り空に月も星も隠れているのでシルエットになっているが間違いない。
「灯」
ほら、と左手を差し伸べる。
「ありがとうなのだ。樒はやさしいな」
灯音はひょいっと岩の間を跳び越えると、差し出された腕に手をからめ、そのまましがみついた。
振り返り、海から上がってきた影の男を手で招く。
「奏兄、よろしくお願いするのだ」
「今回の作戦にも鞘柄がいるのは頼もしいな」
鞘柄・奏過(曜変天目の光翼・e29532)は眼鏡のレンズについた水滴を拭うと、揃って下げられた二つの頭に微笑んだ。
「がんばりましょう。でも、無理や無茶は厳禁です。私たちの仕事はあくまで陽動ですからね」
顔をあげ、二人の後ろへ目を向ける。夜明けの空に突き刺さるように、崖がそびえて見えた。
「確か、馬の背のこちら側にも階段がありましたよね。ドラゴンたちが壊していなければ、ですが」
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)が潜水服を脱ぎながら言う。
「それにしても暗い。日の出まではあと――」
「三十分ぐらいかな。ちょっと待って、いまランプを出す」
ウリル・ウルヴェーラ(黒霧・e61399)はランプをつけた。
夕陽を思わせる温かな光が藍色の風景の中に丸く広がった。固まって立つ八人を包み込む。
「とりあえず、ルートを確認しましょうか」
カルナたちが地図を広げている間に、レヴィン・ペイルライダー(秘宝を求めて・e25278)も鳶装束の内からランプを取りだした。
手元から月を盗んだような銀色の光が広がって、波に洗われる岩を照らす夕陽の色と重なった。ランプの照らす範囲が一気に拡大する。それまで黒一色だった崖の壁に、細く急な階段が浮かびあがった。
「あれだ。まだちゃんとある」
鉄・冬真(雪狼・e23499)は、御影・有理(灯影・e14635)の手を引きよせて強く握った。
ボクスドラゴンのリムがふたりの間をうれしそうに飛び回る。
「とにかく上がろう。ここにいては陽動にならない」
「そうだね。……冬真、一緒に仲間を守り抜こうね」
きゅっと握り返してきた妻の手を引いて、夜空に向かって斜めに伸びる狭い石段を慎重に登っていく。
レヴィンとウリルが、互いに押すなよ、押すなよ、と肩をぶつからせながら夫妻の後に続いた。
「……急に石が斜めになって、下までダーッと滑り落ちたりしてな」
「なんだ、それ。どこのバラエティー番組だよ。オークか竜牙兵たちが上で、ボタンを『ぽちっと』と押すのか?」
不意に甲高い叫び声が、打ち寄せる波の音を砕き、葦を荒々しく吹き倒して岸壁に響いた。
空を透かして浮かびあがる碧い馬の背洞門の稜線をたどると、そこに竜頭のシルエットがあった。シルエットはすぐに稜線の裏へ消えた。
反対側の浜に上がった陽動班が、哨戒に当たっていた竜と出くわしたか。さすがに、この時点で加勢に向かうのは早すぎるだろう。作戦はいま始まったばかりなのだ。
奏過は左手を上げてエールを送った。竜と戦い始めた仲間たちの目には見えずとも、気持ちは届くだろう。
「ご武運を。さあ、私たちも急ぎましょう」
●
葦に囲まれた細い道を東へ向かう。隠密班が来る前に、ウミウ展望台にいる見張りを追い払ってしまいたい。見張りがいなければ、そのまま北西へ転進して形の上だけでも南海神社を目指す。途中でできる限り派手に動いて敵を引きつけつつ、隠密班とすれ違う形で展望台に戻るのだ。
あと少しのところで突然、リムが葦の波の中へ飛び込んで行った。
「アギャ!!」
鎌の刃がランプの灯りを弾いて光る。茎を断ち切る音がしたかと思うと、数本の鎌が回転しながら飛んできた。
「シね、ケルベロス!」
「展望台へ!」
壁となって飛んでくる鎌を叩き落とす冬真と有理の後ろを、奏過たちが走り抜けていく。隠密班とぶつからないように、ここでの戦闘は長引かせるわけにはいかない。開けた場所に出て、速攻で片づけなければ。
ウリルは走りながら片手で黒鎖を放出した。ランプが放つ山吹色の光が左右に激しく揺れる。
追っ手が葦の向こうから鎌を振り下してきた。隙間に覗く骨の頭……竜牙兵だ。二体いる。
「まさか……こちらの動きが見抜かれていたのか?!」
ウリルは竜牙兵たちに聞こえるように、大きな声で呟いた。
「バレバレだ、シね!」
「アホ駄犬、シね!」
甲高い声で、シね、シね、とやかましい。
カルナは足を止めると、踵を軸に体を回転させながら腰を落とした。ドラゴニアンの象徴たる太い尾が唸りを上げて葦ごと骨ばった敵の脚を薙ぎ払う。
ザクッと何かが切れた音がした。転んだ拍子に、持っていた鎌の刃が体に刺さったらしい。
「うギぁッ イタい、イタいー!!」
「なんだ。『死ね』以外も言えるじゃないですか」
カルナは呆れながら、振り上げた尾で竜牙兵の頭蓋を砕いた。
一体の竜牙兵はウンともスンとも言わない。沈黙している。頭を石で打って気絶しているとしたら、こいつもマヌケだ。
「きちんとトドメをさしておこう」
レヴィンが轟竜砲を打ち込む。
ダンマリを決め込んでいた方の竜牙兵が、股間を押さえながら跳び起きた。
「おっ、もしかしてタマ潰しちまったか?」
「ついてないだろ、そんなもの」
樒が黒いマフラーを渦任せながら振り返る。
灯音を後ろに庇いながら腕をあげ、股間に手をあてて駆けてくる骨男にスペード型の弾丸を打ち込んだ。
骨に穿った穴から紫色の毒煙が吹きだして、全身を蝕んでいく。竜牙兵はバラバラになってその場に崩れ落ちた。
葦を切り開いて、三体の竜牙兵が展望台に現れた。
「奏兄、わたしの後ろにくるのだ!」
灯音が柏手で閉ざされた春の扉を開き、桜の樹木を展望台に召還する。
『おいで、桜貴。お前の舞をみせてやれ』
手拍子が空中で燃え上がり、一瞬にして桜の花びらと化す。魔を払う舞で風を起こした。
「舞い舞えよ、桜貴。奴らの動きを惑わせ――」
桜花の弁が降りかかっとたん、竜牙兵たちの周囲が微妙に暖かくなった。気だるい雰囲気に痺れたのか、鎌を振る動きが鈍る。それでも二体の竜牙兵が、ケルベロス憎し、と足を進めてきた。
リムを従えた冬真と有理が立ちはだかり、息の合った攻防一体の技で二体を押しとどめる。
「次は季節を冬まで戻しましょう」
奏過は氷河期の精霊を召還した。たちまち辺りの気温が下がり、吹雪きだす。
「その邪悪な心とともに氷の下に閉じ込められなさい。頭もよく冷えることでしよう」
竜牙兵たちを閉じ込めた氷の棺を、樒とカルナが砕く。
「タスケテー!」
戦意を失った竜牙兵をウリルとレヴィンが撃ち追いたてる。
竜牙兵は南海神社に向かって両腕を高くあげ、ひゃ、ひゃっ、と跳び跳ねながら、葦のくさむらに消えていった。
奏過は翼を怪我したリムを呼び、手当した。
「よく頑張りましたね」
頭をひとなでしてやると、うれしそうに笑って主人たちの元へ戻っていった。
すぐに逃げた竜牙兵の後を追わなかったのは、ヤツをエサにして他のデウスエクスたちを呼び集めさせるためだ。あまり早く追いかけては、得られる成果が少なくなる。
「他に怪我をした人はいますか?」
「私は冬真が守ってくれたから……怪我はない」
有理が甘い視線を夫に向ける。
「うん、これからも僕が傍にいて守るよ」
見つめ合う二人の横で、樒と灯音も手を取りあい、仲の良さを他のメンバーにあてつける。
「ふうっ。あついあつい……ったく、直視できないぜ」
レヴィンは特製ゴーグルを額から降ろし、目を覆った。その右顔を、東端に立つ灯台付近で上がった火柱が赤く照らす。
戦闘音が聞こえて来た。灯台付近に上陸した別の陽動班か。首を回すと、島の北側にも小さく戦いの炎が上がっていた。
間もなく隠密班が島に上陸してくる。ここに留まっていては彼らの邪魔になりかねない。
「よし、南海神社へ行こうぜ」
●
いつ戻ってきた敵と出くわしてもいいように、隊列を整えて葦の間を進む。
先を行く冬真と有理が足を止めた。
「あ……」
風に腐臭を感じた。暗い木立の上を、赤く滾る八つの円い目が右へ流れていく。木の枝と木の枝がたがいにぶつかり、バキバキとすさまじい音を立てながら折れる。
「ボ、ボレアース!?」
貪食竜ボレアースは鎖を引きずって馬の背洞門に向かっていた。
仲間たちの安否を気遣い、ウリルが体を震わせる。
「まずい、まずいぞ。ドラゴンと戦ったあとだ。いま、ボレアースに襲われたら……」
是非もない。ただちに救出へ向かう。
樒が惨殺ナイフを振るい、ウリルが喰霊刀を振るって葦の原を切り開く。レヴィンの掲げた月盗人が生まれたばかりの道を照らし、飛ぶリムを追って冬真と有理が駆ける。
「なんとか追いつきそうですね」
奏過がいった直後だった。
ズン、と下から衝撃に突き上げられる。ボレアースが崖から飛び降りたのだ。
「――――ォォオ」
貪食竜の雄叫びが大気を震わせた。どこか嗤うような響きに、まだ余裕が感じられる。誰もが奥歯を噛みしめ、浜にいる仲間たちの無事を願う。
有理は走りながら地面にケルベロスチェインを這わせ、守護魔法陣を構築した。目に見えぬ鎧が、先を行く仲間たちの体を包み込む。
「急ぐのだ!」
突然、葦の原が途切れた。
カルナの目の前に、夜明け前のいくらか緊張の緩みつつある蒼い海が広がる。
「おい、そこの竜牙兵」
竜牙兵たちが驚きに口を開けたまま振り返った。間抜け面のひとつにドラゴニックハンマーを叩き入れる。
ウリルとレヴィンもドラゴニックハンマーを振るった。
竜頭を模した闘気が、頭を肩にのめり込ませた竜牙兵の両脇に立つ二体に襲い掛かり、くわえたまま落ちていった。
「アギャッ!!」
リムが頭を肩にのめり込ませた竜牙兵を崖下に突き落とし、見せ場を確保する。
武器を手に、八人揃って崖の縁に立った。
竜牙兵たちに波打ち際まで追い詰められた影が八つ確認するや、レヴィンの全身からマグマのような怒りが迸り出た。
ドラゴニックハンマーを砲撃形態に変えて、巨大なトカゲの背に向ける。
すでに麻痺を受けていたのか、それとも余裕からか。ボレアースは新たに現れたケルベロスたちの気配に振り返りもしない。それが余計に怒りを煽る。
『お前ら全員、そこを動くな!!』
仲間たちと崖から飛び降りながら麻痺弾を撃ち込んだ。青白い光が穂を継ぎ足すようにジクザグに空を走り、地上に突き刺さる。雷鳴に似た砲撃音が、空気を振動させながら頭上に響き渡った。
海の方からも銃声が響いた。小車・ひさぎのリボルバー銃が、至近距離で竜牙兵を捉えたのだ。
彼らは追い込まれながらも勝負を諦めてはいない――こちらも負けるものかと、落ちながらボレアースを一斉攻撃する。
「うおっ!?」
着地と同時に、みな体を縮こまらせた。頭のすぐ上を横一文字に氷結の尾が走りぬける。
大量の土塊と尾から削り取られた氷塊が背を叩き、足元に積みあがった。土埃がひどい。全身埋まりはしなかったが、動くこともできなくなっていた。
体勢を立て直すべく、奏過が慈雨を降らせて土砂を流す。
「奏兄、ありがとうなのだっ」
灯音の両手サムズアップに、奏過もサムズアップを返す。
「今度はこっち――吹雪け、桜貴! 蜜を助けるのだ」
海から吹きつける風が灯音の呼び出した桜を揺すり、無数の花びらを連れ、桜吹雪となって貪食竜にぶつかって巻き上がった。
目配せ一つ。足下に積もった桜花を踏みしめて、樒が駆けだす。
『ただ、全てを切り裂くのみ』
利那、虚空より現れし無数の刃がボレアースの尾に襲い掛かる。刃を防ぐには手数が足りず――盾となるべき竜牙兵たちは、別班たちの猛攻にさらされている――氷結の尾は荒れ狂う刃に切り刻まれて地に落ちた。
激痛に吼え、氷嵐を起こしながらボレアースが回頭する。巨体に見合わぬ素早い動きだ。
「グォオォォーッ」
再びの絶叫に竜の背の向こうを見れば、弧を描く残光があった。再生させてなるものか、と綾小路・鼓太郎が尾の断面に達人の一撃を浴びせたのだ。
身をくねらせる竜の横手で、白い九曜鱗紋様羽織がひらりと舞った。主につられて振り返った竜牙兵の一体が、巽・清士朗に背中を袈裟切りにされて倒れる。
いまいましい犬ども、とこちらを睨み下ろす複眼のうち一つが潰れていた。
「ふっ。なかなかいい面構えになっているじゃないか。もっとよく見せてくれ」
黒き竜が嗤いながら黒血の鎖をボレアースの首に巻き、引き寄せた。
大顎が開かれ、底なしの闇の奥から眠気を誘う極寒の息が吹く。
「これでも食らえ!」
眠気を堪え、鱗に覆われていない体の内へ総攻撃を仕掛ける。
だが、ボレアースもバカではない。ケルベロスたちの意図を見抜くや、すぐさま口を閉じてしまった。そのまま流れるように動きを繋いで首を振り、まだ立っている者たちを襲う。
「最後まで諦めない。その為の力を、僕は有理に貰ったから」
「冬真がいてくれるから……怯えず立ち向かえる」
リムとともにふたりが盾になって弾かれ、残る一人に希望を繋ぐ。
「そう……まだ終わっていません……よ」
しぶとい。立ちあがる影に苛立ったボレアースが地団駄踏んだ。
大地が揺れる、ボレアースの足場が割れる。裂けるほどではないが、揺れでできた高低差に足を取られた瞬間を捉え、カルナが真正面から一閃を仕掛ける。狙いはまだ潰されていない竜の魔眼。
「ここまでです。アナタが洞門を貫く黄金色の朝日をその翼に受けることはない。永遠の闇に沈んでください」
薄い空の青をも滲ませて、海の色が刻々と明るくなっていく。
カルナを取り囲んだ不可視の魔剣の刃が、砂の上にうっすらと円形の影を作る。
『穿て、幻魔の剣よ』
ボレアースは雄叫びとともに口から冷たい息を吐き出した。
高密度の魔力で形作られた魔剣は凍りつく空間を切り裂きながら、怯えて震える赤い目に次々と突き刺さり、竜の体内に沈んでいく。
竜の鱗を内から吹き飛ばしながら、白い光が四方へ伸び、空を塞ぐ鉛色の雲を払いのけた。
馬の背洞門の東、低い峰々が連なる房総半島から朝日が立ち昇る。
ああ、崖を越え、波の音にかすかに混じるのは魔竜の断末魔か――。
砂から体を起こしたケルベロスたちは、デス・グランデリオンの死を知った。城ヶ島を取り戻したのだ。
作者:そうすけ |
重傷:御影・有理(灯影・e14635) 鉄・冬真(雪狼・e23499) 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2019年5月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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