●魔竜のビジョン
翼を有した者たちが一斉に飛び立った。
鳥の群れではない。
ドラゴンの軍団だ。
城ヶ島を後にして、南西の空に向かっていく。
人類からすれば、恐ろしい光景である。
しかし、ドラゴンたちの中には力なく首を垂れ、よたよたと飛んでいる者もいた。定命化が進行しているのだろう。
「しっかりしろ!」
一体のドラゴンが、弱った同胞をかばいつつ、叱咤した。
「我々は行かねばならんのだ! 大阪城に!」
「大阪城に!」
と、別のドラゴンが復唱した。
「大阪城に!」
「大阪城に!」
「大阪城に!」
叫びが群れの中を伝播していく。
そして、最後に叫んだのは――、
「大阪城にぃーっ!」
――あの弱っていたドラゴンであった。
先程まで垂れていたはずの首が上がり、燃えるような目が正面に向けられている。
心の目は別の場所を見ているだろう。
そう、ハールや攻性植物たちが待つ大阪城だ。
●音々子かく語りき
「グランドロン迎撃戦は我々が勝利し、城ヶ島をユグドラシル化するという敵の企みは失敗に終わったわけですが――」
ヘリポートの一角に並ぶケルベロスたち。
その前で語っているのはヘリオライダーの根占・音々子だ。
「――ハールは次の一手を打ってきました。なんと、ドラゴン勢に『城ヶ島から撤退し、大阪城に合流せよ』と呼びかけたんですよー」
ユグドラシル化している大阪城を新たな拠点とすれば、ドラゴンたちは定命化の危機を脱することができるかもしれない。
しかし、だからといって、最強種族たる彼らがハールの意に従うわけがない……と、思いきや、城ヶ島にいた軍勢の大半が既に大阪城への移動を始めたらしい。
「グランドロン迎撃戦において、ハールを始めとするデウスエクス同盟軍はドラゴンどもに協力的な姿勢を示しましたからねー。ほら、ドラゴンって凶悪な種族ですけど、武人気質なところがあるじゃないですか。だもんで、『恩義』だの『信義』だのというツボを押されると、コロッと参っちゃうみたいです。おそらく、こういう流れになることを見越した上でハールはグランドロン迎撃戦にドラゴンどもを引き入れたんでしょう。たいした人たらし……いえ、竜たらしですねー」
城ヶ島から東京湾を抜けて太平洋に出た後、紀伊半島を迂回して瀬戸内海に入り、大阪湾から上陸して大阪城を目指す。それがドラゴンの大軍勢のルートだ。戦闘は可能な限り避けて、大阪城に到達することに全力を尽くすという方針らしい。
「淡路島と和歌山市を防衛線とする作戦や海上での迎撃戦でドラゴンどもの移動を食い止めることは不可能だと算出されました。そうなると、大阪湾に上陸してくるタイミングで叩くしかないわけですが、その場合は大阪城からも強大な戦力が出撃してくるでしょうから、大阪市内は壊滅的な被害を受けちゃいます。市民の避難とか作戦終了後の復興とかにかかる手間や費用はケルベロス・ウォー並みなので……現実的には不可能ですね。残念ながら」
しかし、勝機がないわけではない。
大軍勢が大阪城に移動しているということは、つまり、城ヶ島が手薄になっているということなのだから。
「というわけで、あっちが大阪城を目指すのなら、その隙にこっちは城ヶ島を制圧しちゃいましょう! そして、固定型魔空回廊を手に入れるんです! そう、ゲートをゲットするんですよ!」
城ヶ島側の固定型魔空回廊を制圧できれば、回廊を通じて竜十字島から襲い来るであろうドラゴンは脅威ではなくなる。なぜなら、固定型魔空回廊で一度に移動できるドラゴンの数は一体だけだから。今後は城ヶ島側の出口に戦力を常駐させて、一体のドラゴンが現れる度に集中攻撃して倒せばいいのだ。
更にはこちらが固定型魔空回廊を利用して竜十字島に逆侵攻し、ドラゴン勢のゲートを破壊することもできるかもしれない。ゲートを絶ってしまえば、大阪城に移動したドラゴンたちもただの残党勢力になり、危険度は大きく下がるだろう。
「城ヶ島に残っているのは、空を飛べないタイプのドラゴンやオークや竜牙兵です。こちらが城ヶ島を攻めることは敵も想定済みですが、大阪城に向かっているドラゴンたちが城ヶ島に撤退してくることはありません。『大阪移動組を撤退させるための陽動作戦』だと思い込んでいるでしょうから」
その思い込みを利用し、ケルベロスは陽動と見せかけて城ヶ島に乗り込む。
「少人数のチームに分かれて、様々な方法で島に上陸し、固定型魔空回廊がある場所――城ヶ島南神社跡を目指してください。侵攻してきたチームを蹴散らすためにドラゴンどもが迎撃に出てくるでしょうが、比較的容易に各個撃破できると思います。ただ、神社跡の周辺は焼き払われ、ドラゴンが活動しやすいように見晴らしがよくなっているので、注意してくださいね」
そして、迎撃戦がおこなわれている間に、隠密行動に特化した複数のチーム(三チームほどか?)が固定型魔空回廊の制圧を試みる。回廊を守っているドラゴンを隠密チームが撃破できれば、勝ったも同然。後は、残る敵を掃討すればいいだけだ。
しかし、隠密チームが制圧に失敗した場合、各チームを迎撃していたドラゴンたちが固定型魔空回廊を守るために集結し、おまけに竜十字島からも増援が来るだろう。その戦いの際にケルベロスの真の目的が『回廊の奪取』であることに気付いたら、自分たちの手で固定型魔空回廊を破壊するかもしれない。
「ですから、こちらの目的はあくまでも『陽動』もしくは『回廊の破壊』であると誤解させたままの状態で戦い続けなくていけません。大変だとは思いますが――」
力強く握りしめた顔の前にやり、音々子はおなじみの言葉でケルベロスたちを激励した。
「――皆さんなら、できます! 絶対にできます!」
参加者 | |
---|---|
結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032) |
大弓・言葉(花冠に棘・e00431) |
綾小路・鼓太郎(見習い神官・e03749) |
小車・ひさぎ(ヒラリヒトリキラリ・e05366) |
アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921) |
リューディガー・ヴァルトラウテ(猛き銀狼・e18197) |
軋峰・双吉(黒液双翼・e21069) |
巽・清士朗(町長・e22683) |
●竜の狂者
「死ねぇーっ!」
純白の陸上型ドラゴンが怒号した。定命化が精神までも蝕んでいるのか、双眸に狂気の色が滲んでいる。
城ヶ島の南端部。波濤という名の気の長い芸術家が生み出したアーチ――馬の背洞門のある海岸の岩場。狂えるドラゴンの前には、ケルベロスの陽動部隊がいた。
「滅びろ! 灰になれ! 塵になりゅえぃやぁぁぁーっ!」
ドラゴンが再び吠えた。後半部が不鮮明なのはブレスを吐いたからだ。
紅蓮の炎が夜明け前の薄闇を派手に染め、何人かのケルベロスにダメージを与えた。
ただし、物理的なダメージだけだ。
心が折れた者は一人もいない。
「ぬるいな。これでは灰にも塵にもなれん」
炎に焼かれながら、銀狼の人型ウェアライダーのリューディガー・ヴァルトラウテ(猛き銀狼・e18197)がヒールドローンを展開した。
「まったくだ! この程度で最強を名乗るか、ドラゴン!」
人派ドラゴニアンの巽・清士朗(町長・e22683)がドラゴンに迫った。『雷切』の号を有する愛刀で繰り出した一撃は雷刃突。
「大坂に向かった手勢を呼び戻したほうがいいのではないか!」
「俺もそれをお勧めします」
ドローンの群れに守られながら、白い獅子の獣人型ウェアライダーである結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)が如意直突きをドラゴンに食らわせた。彼はブレスの標的となった一人なのだが、リューディガーが盾となったので、傷は負っていない。
「はっきり言って、戦力を大阪城方面に割いたのは失策だと思いますよ」
「そーだ、そーだ! 大阪組、戻ってきなさーい!」
戦場に相応しからぬアニメ声を出したのはオラトリオの大弓・言葉(花冠に棘・e00431)。
敵に轟竜砲を撃ち込んだ後、彼女は同族の軋峰・双吉(黒液双翼・e21069)に囁いた。
「……今のはちょっとわざとらしかったかな?」
「いや、大袈裟にやってもバレやしないだろ。向こうさんは頭に血がのぼってるみたいだしな」
双吉は言葉に小声で応じると、今度はドラゴンに大声をぶつけた。
「やっぱ、わざわざ呼び戻さなくてもいいわ! おまえをボコにしたらよぉ、心配して自主的に戻ってくるだろうから!」
「もっとも、大阪組が慌てて戻ってくる頃には――」
小車・ひさぎ(ヒラリヒトリキラリ・e05366)が跳躍した。ユーラシアオオヤマネコの人型ウェアライダーたる彼女の耳は警戒を示して伏せられ、逆立った尻尾は興奮気味に揺れている。半分は演技だが。
「――おまえは死んでっけどな! オラァッ!」
挑発の叫びとともにスタゲイザーをドラゴンの頭部に打ち込む。
ウェスタンブーツ型のエアシューズが離れた直後に銃声が響き、頭部についた足跡の中心に弾痕が刻まれた。
レプリカントのアウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)が愛銃『Thanatos』の抜き撃ちを披露したのだ。
「アルベルト!」
アウレリアの指示に応じて、彼女の亡夫の姿をしたビハインドがドラゴンの背後に瞬間移動して不意打ちを仕掛けた。
反射的に振り返るドラゴン。その足に双吉のブラックスライムが絡みついた。
そして、双吉自身もドラゴンに突進し、ブラックスライムが食いついた部位を黒いケルベロスチェインで乱打した。レゾナンスグリードを応用した技『レゾナンスグリード・潰(マッシュ)』。
しかし、ケルベロスたちがそうであったように、ドラゴンの心もまた折れなかった。
「なにをしても無駄だ! 貴様らの目的がつまらぬ陽動であることはお見通しよ!」
足にまとわりつくブラックスライムと双吉を振り払い、ドラゴンは嘲笑らしきものを響かせた。
「貴様らがどんなに派手な花火を打ち上げようとも、大坂に向かった同胞たちが戻ってくることはない!」
(「ああ、それは判っているとも」)
と、リューディガーが心中で冷たく呟いた。
(「俺たちが呼び寄せているのは、大坂に行ったドラゴンたちではなく……あなたです」)
チームの最年少者の綾小路・鼓太郎(見習い神官・e03749)も声に出さずに呟いた。なにも知らぬ哀れなドラゴンを真っ直ぐに見据えながら。
「穢れはすべて祓います。後方支援はお任せを」
仲間たちにそう言って、少年は『ブラッドスター』を歌い始めた。
●竜は王者
「定命化は、地球と地球に生きる者たちからの反撃。ケルベロスが竜十字島に打ち込んだ楔」
アウレリアが『Thanatos』の引き金をひいた。
「重力の鎖に絡め取られ、永劫の滅びへと堕ちなさい、侵略者」
超精密射撃『バラ・エクソルシスモ』によって放たれた銃弾が白いドラゴンの首の付け根に穴を穿った。
それはいくつめの弾痕だろうか。いや、弾痕だけではない。いまや、ドラゴンの体は多種多様な傷のサンプルリストの様相を呈していた。
ケルベロス側も無傷の者はいない。だが、力尽きた者もいなかった。
「は、灰に……ぐほっ!」
「うっせー! さっさとくたばれ!」
吐血を伴った述懐をひさぎが大音声で断ち切った。ドラゴンの後方に回り込み、リボルバー銃の銃口を押し当て、御業を込めた弾丸『鏤氷敲氷弾・零(ルヒョウコウヒョウダン・ゼロ)』を発射。
御業の生み出した氷片が血と肉片とともに飛び散り、ドラゴンの体がぐらりと傾く。
傾いただけにとどまったことは賞賛に値するかもしれない。しかし、憤怒と狂気に支えられてきた体力はその時点で完全に尽き、ドラゴンは立ったままの状態で息絶えた。
白い体が無数の灰か塵のようなものに変じ、潮風を浴びて散っていく。
これで陽動作戦は終了……とはいかなかった。
「うわっ!?」
レオナルドが驚愕の声を発した。
突如、黒い斑状の波が岩場の表面を走ったのだ。その波の正体がフナムシの大群(危機を察して逃げ出したのだろう)であることに皆が気付いた瞬間、大きな地響きが伝わってきた。
何者かが近付いている。
「新手のドラゴンでしょうか?」
「たぶんね。でも、連戦はキツいかもー」
不安げな顔をして尋ねるレオナルドに同じく不安げな顔をして答える言葉。その上では、ボクスドラゴンのぶーちゃんが不安という段階を通り越した顔をして、地響きに負けないほどの勢いで震えている。
そして、足音の主が崖の上に姿を現した。
地を這うような姿勢のドラゴン。その尾は凍りつき、顔には赤い目がいくつも並び、体のそこかしこに鎖が絡みついている。
「ボレアース……」
ケルベロスチェインに付いたドラゴンの血を拭いながら、双吉が忌むべき名を漏らした。
そう、それはかつて熊本でドラゴンオーブ転送の儀式を試みた魔竜のうちの一体――貪食竜ボレアースだった。
しかも、敵は彼だけではない。何体もの竜牙兵が付き従っている。
「ブオォーッ!」
洞窟を思わせる口腔を覗かせて咆哮しながら、ボレアースは崖から飛び降りた。竜牙兵たちもそれに続いたが、崖に残った者もいた。後方を警戒する役を任されたのかもしれない。もっとも、彼らの目は後方ではなく、崖の下に向けられている。ケルベロスたちがボレアースに蹂躙される様を見たいのだろう。
「逃げようと思えば、逃げられないこともないけど――」
「――逃げるわけにはいかないのよねー」
アウレリアの独白の後を言葉が溜息まじりに引き取った。
固定型魔空回廊の奪取を狙っているケルベロスの隠密班のうちの一班は馬の背洞門の近くに上陸しているのだ。陽動班が逃げ去れば、ボレアースたちは探索範囲を広げ、隠密班を見つけてしまうかもしれない。
「――ッ!」
主人たちの覚悟に呼応して、ぶーちゃんが震えながらも猛々しい声(高すぎて人間の耳には聞こえなかったが)を発し、ボレアースにボクスタックルを見舞った。
漫画ならば『ぺちっ!』という擬音で処理されるような迫力不足の一撃だったが――、
「これ以上の惨禍、貴様らの暴虐、断じて許さん!」
――それを補うかのようにリューディガーが吠え猛り、射撃系のグラビティ『Donner des Urteils』で追撃した。
『惨禍』や『暴虐』という単語を思わず発してしまったのは、熊本で見た光景がフラッシュバックしたからだ。竜牙兵による虐殺の光景。
しかし、ケルベロスたちの攻撃などものともせず、ボレアースはまた口を開いた。
「ブオオオォーッ!」
冷気のブレスを浴びせられるケルベロスの前衛陣。
それを見て、竜牙兵の一体が笑った。
「ウシャシャシャ! アキラメロ、けるべろす。脆弱極マリナイ貴様ラガナニヲシタトコロデ、大坂ニ向カッタ方々ガオ戻リニナルコトハナイ!」
白いドラゴンと同じようなことを言っている。この竜牙兵も自分たちこそが陽動の対象であることに気付いていないのだろう。
「『脆弱極まりない』と言ったか? だが、弱さこそが我らの武器よ!」
清士朗がボレアースに斬りつけた。
「弱いからこそ、協力して敵に当たることができる! 生まれながらに強大なるドラゴンにはそんなことはできまい! 部下を使い潰すことはできてもな!」
その主張の後半を証明するかのように一体の竜牙兵が身を挺してボレアースを庇い、清士朗の斬撃を受けた。
そして、前半を証明するかのように鼓太郎が新月刀『虚蒼月』を掲げ、癒しをもたらす祝詞を唱えた。
「遍く日影降り注ぎ、かくも美し御国を護らんが為、吾等が命を守り給え、吾等が力を寿ぎ給え」
その恩恵を受けたのは、ブレスを浴びた前衛の一人である双吉。
「おもしろくなってきやがった! ゲハゲハゲハ!」
肩を揺らして笑いながら、双吉は怒號雷撃を放った。
●竜と勝者
言葉が言ったようにドラゴン相手の連戦は厳しかった。二戦目の相手がボレアースのような大物なら尚更だ。
それでもケルベロスたちは必死に食らいついた。
「エーイ! 往生際ガ悪イゾ!」
口数の多い竜牙兵の手から簒奪者の鎌が飛んだ。
「サッサト死ネ! 自慢ゲニ語ッテイタ『武器』トヤラヲ抱イタママ、ふなむしノ餌ニナレ!」
鎌はケルベロスの前中衛陣の間をすり抜け、鼓太郎の額を深く斬り裂いた。
だが、彼は眉一つ動かさず、額から流れる血を拭いもせずに無言で気力溜めを用いた。
沸き立つバトルオーラが癒した相手は、いまだに哄笑を響かせている双吉だ。
「ゲハゲハゲハ!」
双吉の手から怒號雷撃が放たれ、竜牙兵の手元に帰る鎌を追い越し、ボレアースの目の一つに命中した。
「ナ、ナニガオカシイ!」
この状況でまだ笑っていられる双吉に気圧されながらも、竜牙兵は鎌を受け止め、新たな攻撃を仕掛けようとした。
しかし、できなかった。
鎌に続いて、ぶーちゃんが懐に飛び込んできたからだ。
「きゅー!」
「ギャッ!?」
頭突きめいたボクスタックルを顎に食らい(今度は『ぺちっ!』というレベルではなかった)、大きく身をのけぞらせる竜牙兵。
すかさず、言葉が踏み込み――、
「フナムシの餌になるのはそっちよ! カルシウムをいっぱい提供してあげなさーい!」
――横殴りのドラゴニックスマッシュで竜牙兵の首をへし折った。
「ようやく、お喋り野郎が消えたか」
倒れ伏す竜牙兵を視界の隅に捉えつつ、残る竜牙兵たちにリューディガーが『Donner des Urteils』を撃ち込んだ。
「とはいえ、雑魚が一体消えただけ。状況が好転したとは言えんな……」
「そうね。でも、状況が激しく悪化しているわけでもないわ」
『Thanatos』に弾丸を再装填しながら、アウレリアが呟いた。傍にいる者たちにしか聞こえない小さな声で。
「敵はまだ私たちの真意に気付いていないのだから」
「うむ」
と、頷いたのは清士朗。
「ならば、ここで死んだとしても――」
ボレアースを見据えて、清士朗は愛刀を構え直した。
かつて、仲間たちを逃すために竜十字島で死んだ戦士のことを思いながら。
「――我らの勝ちだ」
「ブオオオォーッ!」
ケルベロスたちを嗤うかのごとく、ボレアースが大きな口をまた開けた。
その口の中に飛び込まんばかりの勢いで走り出す清士朗であったが――、
「……ん?」
――すぐに足を止めた。
最初にボレアースが現れたあの崖の上。そこで雁首を揃えていた竜牙兵たちが無惨な死体(頭部が両肩の間に陥没して首なしのようになっている者までいた)に変わり、落下したのだ。
そして、彼らを突き落とした者たちがずらりと崖に並んだ。
八人のケルベロスと一体のボクスドラゴン。
そう、清士朗たちとは別の陽動部隊である。
「あたし、これ知ってるぜ! 騎兵隊の登場ってヤツでしょ!」
歓喜の声をあげながら、ひさぎが竜牙兵の一体に肉迫し、幾度目かの『鏤氷敲氷弾・零』を食らわせた。
零距離射撃のくぐもった銃声。だが、聞き慣れたその音がひさぎの耳に届くことはなかった。『騎兵隊』の一人であるところの青い髪の青年の叫びにかき消されたからだ。
「おまえら、全員、そこを動くな!!」
ボレアースと竜牙兵の群れめがけて弾丸を撃ち込みながら、青年は仲間たちとともに崖から飛び降りた。
新手の出現に混乱をきたしながらも応戦を始める竜牙兵たち。一方、ボレアースは意に介する様子を見せない。目の前にいる獲物たちのほうを先に処理するつもりなのだろう。
だが、覚悟を決めた二隊に前後から挟まれて、いつまでも余裕を保てるわけがない。
『騎兵隊』の面々に後方から猛攻を受け、ついには尻尾を切り落とされると――、
「ブオッ!?」
――さすがの魔竜も堪らず振り返った。
その隙を見逃さず、『虚蒼月』を手にした鼓太郎が達人の一撃を見舞った。狙いは尻尾の切断面。
「ブオオオォーッ!」
「確かに、ここで死んでも、俺たちの勝ちかもしれません」
尻尾の名残りを苦しげに振るうボレアースの絶叫を涼しげな顔で聞き流しながら、鼓太郎は清士朗に語りかけた。
「でも、生きて勝つほうがずっといいですよ」
「……そうだな」
清士朗は小さく頷くと、『騎兵隊』に攻撃を加えようとしていた竜牙兵を背後から斬り伏せた。
他の者たちも次々と竜牙兵を屠り、あるいはボレアースを攻め立てていく。
やがて、戦いが終わる時が来た。
「穿て、幻魔の剣よ」
割れた地面に足を取られたボレアースの前に立つは人派ドラゴニアンの青年。
彼の周囲で円陣を組んでいた不可視の剣が飛び、ボレアースの残された目の一つを抉り抜き、巨体の中に突き進んでいく。
それらは光に変じ、鱗を弾き飛ばして体外に漏れ出ると、ゆっくりと消失した。
魔竜の命とともに。
ボレアースの死を見届けると、清士朗はひさぎに手を差し出した。
『しょうがねえなぁ』という表情をアピールしつつ、その手を握り返すひさぎ。
「死に瀕し、他の種族に利用され……最強と謳われた竜だけれど、さすがに哀れを誘うわね」
同じようにアルベルトの手を握りながら、アウレリアが誰にともなくそう言った。
そして、静かに付け加えた。
「でも、同情はしないわ」
作者:土師三良 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2019年5月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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