戦慄のカイコマン

作者:蘇我真

「こいつらにとって、俺は神様なんだよな」
 群馬県前橋市、とある養蚕施設。男はそこの従業員だった。
 飼育箱、碁盤上に細かく区切られたそこには、1つのスペースに1匹ずつカイコが入っている。
 カイコは世界でもまれに見る、完全に『飼いならされた』虫である。
 野生に帰ることはもちろん自力では捕食もできず、外に出してもすぐ死んでしまう。
 もしも人類が絶滅したとき、次に滅ぶのはカイコだろう。
「あっ……」
 男は飼育箱のうち、1匹のカイコが死んでいるのを見つけた。
 どれだけ気をつけていても、カイコだって生き物だ。何かあれば死んでしまう。
「やっちまった。神様としたことが」
 男は苦笑しつつ死んだカイコを廃棄しようとする、そのときだった。
「ん?」
 背後から何か人の気配がする。
 交代の人間が来るのはまだ先のはずだ。男は不思議に思いながら振り返る。
「なっ――」
 そこにいたのは、白くてもふもふとした蝶の姿をした……いや、成熟したカイコガに人間の手足がくっついている。
 全長2メートル。UMAのモスマンにも似た、まるで悪夢のような光景だった。
「シュルルル!!!」
 カイコ人間は、あまりのことに硬直したままの男へと白い糸を吹きつける。
 それは絹に良く似た、しかし体内に飼っているアルミニウム生命体も混ざった強度の強い糸だ。
「なんだ、こっ、これ!?」
 糸に絡み取られて、男は慌ててもがく。破ろうとするが、その糸は男の力では千切れもしない。
 そうしている間にも糸は吐かれ続け、白い繭となって男を覆っていく。
「た、助け――」
「シュルルル……」
 そうして、カイコ人間は男からグラビティ・チェインをゆっくり吸収し始めるのだった……。

●戦慄のカイコマン
「人は、どうやってカイコを家畜化したんだろうな」
 集まったケルベロスたちを前にして、星友・瞬(ウェアライダーのヘリオライダー・en0065)は素朴な疑問を口にした。
「それはそれとして……デウスエクス、ローカストが新たな動きを見せている。
 これまでのローカストと違い、知性の低いローカストが、グラビティ・チェインの奪取のために地球に送り込まれているようだ」
 今回、群馬県前橋市の養蚕場に現れたのはカイコ人間のローカストだ。
 人を繭でくるみ、身動きできないようにしてからグラビティ・チェインをゆっくりと吸収する。
 それはこのカイコ人間の本能のようで、対話などは望みようがない。
「知性が低い分、戦闘能力に優れた個体が多いようなので、戦うときは注意が必要だろう。カイコだからと甘く見ると痛い目に遭うぞ」
 舞台の養蚕場は小中学校の体育館程度のスペースがあり、幼虫のイモムシたちが桑を食べる用の場所と、繭を作る飼育箱に分かれている。
 カイコ人間が出現したのは飼育箱のほうで、戦うには問題ない広さだった。
「口からアルミ生命体を混ぜた糸を吐いて人を捕縛したり、その牙で攻撃してくることが想像される。また、羽根はあるが飛ぶことは無い。ただの飾りだと考えていいだろう」
 現場では養蚕施設の従業員がすでに1人、繭に囚われてグラビティ・チェインをゆっくりと吸い取られている。
「グラビティ・チェインの吸収には日単位の時間がかかる。すぐに生命の危険はないが、この繭を破るにはグラビティが必要だろう。こんなところだろうか」
 あらかた概要を説明して、瞬は皆へと頭を下げた。
「このままでは上級の絹製品が供給されなくなってしまうかもしれない。どうか、よろしく頼む」


参加者
八蘇上・瀬理(家族の為に猛る虎・e00484)
相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)
神白・鈴(天狼姉弟の天使なお姉ちゃん・e04623)
神白・煉(死神を追う天狼姉弟の弟狼・e07023)
アズミ・ベノート(弱虫のバトルクライ・e12900)
ジャック・スプモーニ(死に損ないのジャック・e13073)
アゼリア・アブセンティア(デスペラード・e17684)
マシャ・アゲインスト(赤い砂・e18986)

■リプレイ

●カイコの園へ
 養蚕施設へとやってきたケルベロスたちを最初に出迎えたのは、むせ返るような青臭い桑の香りだった。
「ここでシルクを作ってんのか……すげぇにおいだな」
 眉をしかめるマシャ・アゲインスト(赤い砂・e18986)。直に鼻も慣れるだろうが、それまでは少し我慢しなければならないようだ。
「服だけじゃなくて医療分野でも期待されてんだろ、カイコって」
「そうだよ。『繭と生糸は日本一』『県都前橋、生糸の町』ってね」
 軽口を叩きながら周囲の状況を確認していくアズミ・ベノート(弱虫のバトルクライ・e12900)。トレーの上、山盛りになった桑をカイコたたちがむさぼっている。飼育場は細くなった通路を抜けた先にあるようだ。
「なんだそれ?」
 神白・煉(死神を追う天狼姉弟の弟狼・e07023)が問う。
「上毛かるただよ。そういう読み札があるんだ」
「へぇ……」
 感心したように頷く煉。全盛期の賑わいはなりを潜めたとはいえ、カイコと前橋は切っても切れない縁があるのだった。
「他にもカイコの神様でしたら遠野物語にオシラサマというのがいましてね……」
 説明しようとするジャック・スプモーニ(死に損ないのジャック・e13073)は顔にジャック・オ・ランタンを被っている。
「あなたも見た目だけなら妖怪とかUMAみたいだけどね」
 呆れたように腰へ手を当てるアゼリア・アブセンティア(デスペラード・e17684)。
「いやはや、これは手厳しい。ですが見せたくない傷があるのですよ」
「ああ、なるほど……」
 アゼリアは自身の右手へそっと視線を送る。
「気持ちはわからなくもないわ。悪かったわね」
 さりげなく謝りながら、視線は別の男の方を向いていた。
「脱がれても困るといえば困るし」
「ん? 俺か?」
 視線の先にいるのは相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)だ。上半身裸、裸足でトランクスとすね当てという格闘家スタイルだった。
「これが俺のスタイルだし、寒冷適応を使ってるから大丈夫だぞ」
「あなたは良くても、見てるこっちが寒そうっていうか、目のやり場に困るっていうか……」
 話しながら、飼育場の入り口にたどり着く。扉は開け放たれ、奥から物音が聞こえてくる。
「おるみたいやね」
 八蘇上・瀬理(家族の為に猛る虎・e00484)の視線に答えて煉とマシャがキープアウトテープを張っていく。
「しっかし、理性のない個体の使い潰しとか胸糞わりぃ事をしやがって……」
「せやねぇ、随分と頭の良い虫もおったもんや」
「でも……哀れ、です」
 煉や瀬理の言葉を受けて、ぽつりとこぼす神白・鈴(天狼姉弟の天使なお姉ちゃん・e04623)。
 理性が無いとはいえ、同じローカストの手で捨て駒にされる。カイコマンの境遇に同情していた。
「姉ちゃん、できんのか? 無理だったら俺が……」
「大丈夫、できるよ。人に害をなす以上、放っておけないし……わたしだって、お父さんの娘なんだから」
「うんうん、麗しき姉弟愛やなあ。うちもサクッと終わらせて乃麻に会いたいわ」
「私もアリスと……じゃなくて、テープ張れた?」
 誤魔化すように話を戻すアゼリア。
「ああ、完了だ」
 張られたキープアウトテープを見て、瀬理は満足気にうなずいた。
「さて、これで戦闘に邪魔は入らんかな……」
 そして、飼育場へと足を踏み入れて行き――
「そろそろ、始めよか?」
 現れた白い怪人、カイコマンへと獰猛な笑みを浮かべてみせるのだった。

●戦慄のカイコマン
 飼育場、その片隅に置かれている白い繭。
「あの中に従業員が捕まってるんだな……」
 それを横目に確認しながら、アズミは自らの斧にルーンを発動させる。
「この怪人を倒したら必ず助けるから、苦しいかも知んねぇがちと辛抱してくれよ!」
 マシャは繭へと呼び掛ける。
 返事は無い。聞こえているかもわからないが、それでもマシャは声をかけた。
「そのアルミニウムの鎧をかっ捌いてやるぜ!」
 アズミによる斧の一撃。魔力を込めた刃がカイコマンの身体を傷つけ、白い繊毛を雪のように散らばらせる。
「おらぁっ!! アズミに続くぜっ!」
 それに合わせて血襖斬りを放つマシャだが、こちらは躱されてしまった。
「ちっ、やるじゃねえか……大きな瞳に特徴的な触角、ふわふわの体毛……どうせならメスがよかったぞっ!」
「いや、見た目は柔らかそうでも、やっぱり硬いよ」
 ルーンアックスを握ったアズミの手にはまだしびれが残っている。まるで金属やコンクリートを殴ったような感覚だった。
「なるほど、それなら心置きなく殴れるってことだな!」
「シャアアッ!!」
 鋭い呼吸音と共に、カイコマンが意外にも鋭い牙をむき出しにしてマシャへと向かう。
 素早いタックルに反応が遅れた、とそのとき間に挿しこまれるバトルガントレット。
 かん高い金属音。
「何も考えんと噛みつくだけかいな。それじゃうちの壁は貫けへんで!」
 ディフェンダーの瀬理だ。その瞳に浮かぶのは殺意。その覇気に気圧されたか、カイコマンの動きが止まった。
「相手がなんだろうと関係ねぇ……」
 一歩、泰地が踏み込む。その全身には穢れの波動に包まれていた。
「ブッ倒して魂を喰らう、それだけだ!」
 大振りのパンチを軽く避けるカイコマン。しかし、それは泰地の読み通りだった。
「捕まえたぜ……!」
 泰地の拳に握られているのはケルベロスチェイン。鎖が猟犬のように、身を翻したカイコマンの腕へと絡みつく。
「猪突猛進って感じだと思ってたけど、やるじゃない!」
 カイコマンが動けないところに、アゼリアのナイフが煌めく。
「力押しだけじゃないってことだ」
「なるほどね……自分でやっておいてなんだけど、体液が飛び散って気分悪いわねッ」
 ジグザグに傷を切り開き、カイコマンを痛めつけるアゼリア。緑色の体液に顔をしかめた。
「シュルルル……!」
 カイコマンの呼吸音が変わる。アルミニウム生命体の含まれた糸が口から吐き出される。
 アゼリアの顔面へと伸びてくる糸。
「当たらないッ!」
 これを首を傾けることでかわす。
「違う、狙いは鈴だっ!」
 マシャが声をかける。避けられた糸のその先、射線上には鈴がいた。
「しまっ……!」
「大丈夫、です!」
 後衛、メディックと回復の要である鈴はしっかりと糸への対策を取っていた。
 対応する装備に加え、石化しても気力溜めで回復できるようにしている。
 列攻撃のないカイコマン相手なら、メディックひとりでも回復の手が遅れることもない。
「レンちゃん!」
 鈴は弟の煉へと祝福の矢を放つ。
「おう!」
 祝福を受けた煉のバトルガントレットがうなりを上げる。
「こいつでぶっ飛ばす!」
 カイコマンの腹部へと、ブーストナックルが叩き込まれた。
「!!!」
 カイコマンの身体がくの字に折れ曲がり、腹部のアルミニウム鎧がひび割れていた。アゼリアによってつけられた傷からも体液が漏れ出す。
「シュ、シュル……ル……」
 よろめきながら、再度アルミニウム鎧化を行おうとするカイコマン。
「そんなに硬くなりたいのなら、お望み通りにね!」
 突き出したアズミの手のひらから放たれる魔法光線。
 カイコマンの身体を覆ったのはアルミニウムではなく、呪詛の石。動きが鈍る。
 行動が失敗したカイコマンは、苦し紛れに近くにいた瀬理へ攻撃をしかける。
「まだまだやな」
 苦し紛れの攻撃は、当然のようにオーラに阻まれた。逆に殴り返される。
「ほらほらどうしたんかかって来ぃやぁ!」
「射線上から退避してください」
 後ろから、ガトリングガンを構えたジャックが声をかける。
「なんや、しゃあないなあ。出番譲ったるわ!」
 瀬理が横へ飛び退くと、ガトリングガンが回転しながら火を噴いた。
「今回は少々派手に行きましょう」
「シャアアアッ!!」
 銃弾の雨が、カイコマンを貫いていく。
「ちょっと、飼育箱には被害出さないでよ!」
「コラテラルダメージと割り切りたいところですが……まあ、その辺りはうまく誘導していただきましたから」
 アゼリアの抗議に、苦笑を漏らすジャック。
 泰地の鎖でカイコマンを捕縛している分、動かない標的に弾を集中させることができたし、瀬理も施設への被害を抑えるために気を配った立ち位置を取っていた。
 カイコマンの周辺にはカイコの飼育箱も無く、被害はほとんどない。
「さすがケルベロスのみなさん、ですね」
「そろそろコイツの出番だなっ!」
 蜂の巣にされたカイコマンにマシャのナイフが伸びる。空の霊力が込められた一撃が、更にカイコマンの傷痕を押し広げた。
 たたらを踏み、倒れそうになるカイコマンだが、それでも踏ん張ってその場に立ち続ける。
「今のでまだ立ってんのかよ……ったく、トドメは譲るぜ、煉!」
「ああ、姉ちゃん! 援護を頼む!」
 蒼い炎が疾走する。右手に凝縮された蒼い狼の闘気。その持ち主である煉がカイコマンの背後へと回り込んだ。
「うんっ!」
 そして、正面からは光の矢が迫る。オラトリオの翼を広げ、鈴が眩いばかりに輝く狼のエネルギーを拳に纏わせ、一直線にカイコマンへと突撃する。
「「双星狼牙!!」」
「シャ、シャアアアアァァァッ!!!」
 姉弟による挟撃。前面から鈴の攻撃をくらい、吹き飛ばされると今度は後ろから煉による狼の牙が食らいつく。
 二人の牙の前に、カイコマンは跡形もなく消滅するのだった。

●神の在り方
 戦闘終了後、泰地が飼育場の片隅にある大きな繭へと声をかけた。
「今助けるからじっとしてろ」
 必要以上に攻撃して中の従業員を傷つけないよう、指天殺で繭を割っていく。
「………う、うぅ……」
 中から転がり出てくる従業員。糸まみれだが、命に別状はないようだ。
「すぐにでも再開できるよう、施設も直しといたろ」
「では、私が」
 ジャックや泰地が建物をヒールで直し始めるのを見て、アズミは従業員のほうへとオラトリオヴェールをかけてやった。
「この町の歴史を守ってくれてありがとう」
「う、お、俺は……カイコに……」
 従業員の意識が回復し、意味のある言葉を発しはじめる。
「ええと……これ、は?」
 それからまだ戦いの後が残る飼育場を見て目を白黒させている。鈴が事情を説明した。
「――という訳なんですよ」
「なるほど……そうだったんですね。ありがとうございました、助かりました」
 状況を把握した従業員は、なんとか起き上がってケルベロスたちへ頭を下げる。
「別に……絹がないと困るじゃない」
 アゼリアは照れくさそうに視線を逸らす。
「それに貴方、ここのカイコたちにとって神様なんでしょ?」
「え……」
「そうなら例え死んでも……カイコはあなたを恨んじゃいないと思うわ。むしろ今までの事を感謝してるんじゃないかしら?
 ……実際どうかは知らないけど、私はそう思うわね」
 従業員の心のケアに回るアゼリアに、鈴が続く。
「わたしはむしろ蚕さん達の方が神様だと思って接して欲しいなって思います。おカイコ様って言いますし」
「うっ、それは……調子乗ってました、すみません」
「そうそう、カイコを粗末に扱うとオシラサマの祟りがあるかもしれませんよ」
 飼育場を修復していたジャックが振り向くと、従業員はそのいでたちに今更ながら驚いていた。
「うわあっ! す、すみませんすみません、なんまんだぶ……!」
「もう、せっかく私、いいこと言ったのに台無しじゃない……!」
「まあいいじゃねえか。危険は去ったんだし、立ち直ったり考えたりする時間はいくらでもあるんだからよ」
 むくれるアゼリアの肩に手を置いて慰めるマシャ。
「せやな。時間と環境があれば、人は立ち直れるもんや……」
 フッと笑い、瀬理は一歩を踏み出した。
「念のため……その人病院まで連れてこか」
 そうしてケルベロスたちは従業員を連れ、養蚕施設を後にするのだった。

作者:蘇我真 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年11月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
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