●曇り空
割れた窓の向こうに住人は居らず、低い塀の向こう側には分別する気も無い廃棄物が転がっている。
空き家の庭に誰かが不法投棄するようになって久しい。宝石のような核に多脚の機械肢を備えた小型ダモクレスがこそこそと動き回り、雨ざらしの家電を物色する。目を付けたのは色あせたワープロ。隙間に拳大の体をねじ込むと、たちまちに画面とキーボードを備えた人間大のダモクレスへと変貌する。
「パチパチパチパチ……ッターン!」
頭部が開けば、意味をなさない文字列を印刷した感熱紙が高威力で射出される。門を破壊するとダモクレスは道路へと踏み出し、犠牲者を求めて暗雲漂う昼下がりの街を徘徊するのだった。
●予報は小雨
ギデオン・グッドウィン(オウガのヘリオライダー・en0300)がヘリポートで呼びかける。
「ダモクレスの襲撃が予知されたんだ。場所は住宅街のある廃屋で、誰かが捨てた古いワープロがダモクレスになってしまうみたいだ。放置したら町の人達のグラビティチェインを狙って虐殺が起きる。これから現場に飛ばすから、皆にダモクレスを倒して欲しいんだ!」
行く手には低く雲が立ち込め薄暗い。
「このワープロダモクレス、一見ノート型パソコンに手足を付けたような形だけど、中身は文章作成と印刷機能しかないんだ。遠距離からは胸部から高圧でプリントを射出したり、キーボードのキーに炸薬を付けてばらまいたりするね。近づくと両手の給紙ローラーを高速回転させて巻き込んで来るから気を付けてよ!」
少年は一度言葉を区切り、戦いの舞台となる街の説明へ移る。
「皆の降下先は廃屋の広めの庭だな。捨てられたガラクタだらけだけど、みんなの技量なら問題なく戦えるよ。この辺りは空き家が多くて、周りの家もこの時間人がいないんだ。避難の呼びかけや人払いは警察に協力してもらうから、あまり気にしないでいいね」
ヘリオンに乗り込もうとするギデオンは、両手にビニール傘や雨合羽を抱えている。
「そうそう、降下してから小雨が降りそうなんだよ! 簡単な雨具は貸せるけど、これで足りるかな? 風邪ひかないように帰ってきてくれよ!」
参加者 | |
---|---|
三和・悠仁(憎悪の種・e00349) |
カトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568) |
ルティアーナ・アキツモリ(秋津守之神薙・e05342) |
ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815) |
笹ヶ根・鐐(白壁の護熊・e10049) |
志藤・巌(壊し屋・e10136) |
氷鏡・緋桜(プレシオスの鎖を解く者・e18103) |
柴田・鬼太郎(オウガの猪武者・e50471) |
●曇り時々ケルベロス
「用意してくれてありがとう……!」
「わざわざありがとよ。助かるぜ」
備えは万端、曇り空の下に八つの影が降る。
廃棄物の積まれた空き家の庭に降り立ち、笹ヶ根・鐐(白壁の護熊・e10049)はうっそりと空を見上げる。
「毛皮が湿ってごわつくんだよなぁ……。いっそ土砂降りなら諦めもつくんだが」
ボクスドラゴンの明燦もじめじめするのか、白熊の肩の上でこしこしと腕で頭や翼を拭いている。
「ダモクレスも、こんな日に出て来なくてもいいのによ」
氷鏡・緋桜(プレシオスの鎖を解く者・e18103)も僅かに感傷をにじませて同意し、湿った気分を切り替えるように前髪をかき上げた。
レインコートを纏うミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)はともすれば一歩ごとに何かを踏んでしまいそうな周囲の有様に少々呆れた。
「この状態の廃屋からダモクレスが出るのも納得です。それで、わーぷろダモクレスはどれでしょうか」
「俺もわーぷろは見た事無いからなァ。見つけたら壊すだけだが」
同じくレインコート姿の志藤・巌(壊し屋・e10136)も物珍し気に周囲に気を配る。
近隣に人は少なく、避難は警察が主導しているため焦る事はない。廃棄物の間を赤いドレスの裾を揺らして優雅に歩み、カトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)も呟いた。
「文字を打つだけの機械でしたかね。今はパソコンなど、高度な物がありますので、ワープロが廃れてしまったのは仕方ない事なのでしょうか」
廃屋の近くに誰もいない事を確かめて塀を超えて戻り、ルティアーナ・アキツモリ(秋津守之神薙・e05342)は翅を休める蝶のように豊かな睫毛に縁どられた瞼で一度瞬く。
「わーぷろ。機材の歴史、みたいな番組で見たような覚えがあるのう。そうそう、あのような」
指さす先の廃棄物の山をかきわけ、ごついノートPCに似た人間大のダモクレスが今立ち上がろうとしていた。
「カチャ、カチャ、カチャ……ピーガガガ!」
パカリと開いた画面にぽつりと滴ったのは降り始めた雨。予報は当たったようだ。
にかりと歯を見せて笑うは柴田・鬼太郎(オウガの猪武者・e50471)。後ろではウインドキャットの虎が牙を剥き毛を逆立てている。
「小雨か。暑さも和らぐし、てめえも『おーばーひーと』をあまり気にせんでよかろう。お互い、戦うには良い天気と見たぜ」
すらりと鞘から抜き放つ桜牙の切っ先が指すのはダモクレス。
「俺はオウガ、柴田鬼太郎! 俺の声が伝わってるかどうかは知らねえが、戦う意思が互いにありゃあそれで十分だ。来いよ」
「カカカカッッターン!」
興奮してキーボードを鳴らす敵にも、鬼太郎のアクアカーモにも小雨が注ぐ。一粒、二粒と三和・悠仁(憎悪の種・e00349)の前髪を伝った雫は、青い地獄の火に灼かれて白煙を上げた。大気の焦げ付く匂いが、寂しい庭を戦場に塗り替える。
打ち捨てられた残骸を糧に現れたデウスエクス。それにどんな過去があろうと、今はもう倒すより他ない。
「交戦を開始します」
●雨は言葉を洗い
迫るケルベロス達を待ち構えながらダモクレスは胸から感圧紙を射出した。グラビティにより真っ直ぐ飛ぶそれはミリムを狙い風圧だけでも彼女をガラクタの上によろめかせたが、巌が即座に射線上に割り込みガントレットで払いのけ、そのまま大きく前に出て雨粒を裂く鋭い蹴りに繋げた。
「おい、平気か?」
「はい! お陰様で、ちっとも効いていません」
一歩下がったダモクレスを追い今度はミリムが前に出てお返しとばかりに灼熱の竜棘鎚を紙の射出口に振り下ろす。がちんと鈍い音が響いた。
「そうら!」
敵の体勢が前のめりに崩れたのを見て取り、鬼太郎の無骨な掌から瞬時に角が伸びて画面を突いた。その背後で虎が廃棄物の上をしなやかに跳ね飛びそよ風を起こして前に出る面々の邪気を払う。
「ガガガ……カチャカチャ」
「それにしてもゴミだらけですね。……離れなさい!」
角を巻き取り折ろうとする動きを見てカトレアが紅蓮に燃える紅翼の上段蹴りでダモクレスを吹きとばす。
「追撃する」
続いて悠仁が上空から彗星のごとく重い一蹴でゴミの山に埋め返した。もがく姿から蹴りの連続がかなり効いたと見てとれる。
「他人を巻き込むのは感心しないわ。一人で、オーバーヒートしてしまいなさい!」
「吾はお主の経歴も何も知らぬがの。人の道具として、人を傷つけることは本意ではなかろうて。速やかに常世へと赴け!」
雨に交じる錆の匂いに自然と表情を険しくし、ルティアーナが呪力を結集させる。彼女に前時代の物へのノスタルジィは分からない。ただただ、倒さなければならないだけの事だ。
「大元帥が御名を借りて、今ここに破邪の劔を顕現せしめん! 汝、人に災いを為すものよ。疾くこの現世より去りて在るべき常世へと赴け!」
唱える『神來儀 凶魂絶』の秘儀により顕現せしめた三鈷剣は、小柄な主の手の中で意のままに踊り、廃棄物の山を滅して再び姿を見せたダモクレスへと一閃。次いで傷口から魂を滅する剣気が伝わり敵の旧式の回路を焼く。
「カ、カ、雨天……結構な事デ本町2-2賀正様方お知らせ!」
ワープロにかつて打ち込まれた言葉の断片だろうか。この道具にも、重宝された時代があり、誰かの生活を助けていたのだろう。
「ダモクレス連中は、どうしてこう何というか……」
鐐が緩く頭を振って続く郷愁を飲み込む間に明燦は巌の回復を済ませる。ふっと息を吐いた後、白い巨体が低姿勢からどうと持ち上がり敵の側面から組み付いた。
「カタカタカタタタタ!」
ダモクレスは即座に振り払おうともがき唸り、緋桜の言葉は届く事は無かった。
「仲間に手を出すんじゃねえ……警告はした!」
宣言と共に青年の右手は悲しいほどに闇に染まる。抉る様に振りぬいた拳は敵の腹から内側へと、単なる打撃だけではなく集約したダークエネルギーを伝播させた。以降ダモクレスは時折、フリーズしたように不自然に動きを止めるようになる。
小雨降る廃屋の庭に我が物顔で暴れるダモクレス。対してケルベロスは足元に気を付けながらも焦りは無く、腰を据えて攻撃し各種の不利を敵に重ねていく。
敵もキーボードのキーを一気に外してばらまくが、前列を固める面々が多く分散して受けた事と理力への備えがあった事から被害は極力抑えられた。
「まだ、私たちは倒れませんよ」
ミリムが手を伸ばせば廃物積む足元から物達に眠る惨劇の記憶が抽出される。集めたそれを純粋な魔力に変えて、これ以上の惨劇を防ぐ為に前列に注ぐ。
「……っ、助かるぜ!」
比較的痛手を負った緋桜は一度ゴミの影を遮蔽に使い、立ち位置を変えつつ雨音の中呼吸を整える。
「オラオラァ! 相手は俺だ!」
入れ替わりに距離を詰めて、巌の磊落瀑布の連撃が仲間の回復を邪魔させない。足元への蹴り、画面への手刀、重心を低めての打撃、そして……。
「地獄の底まで落ちていけ」
最上段から振り下ろされた踵が重く重く、キーボードの中央に割れ目を入れた。
「よ……っと」
ぐらぐらとよろめきながら両腕を回転させるダモクレスを鐐の帷子が受け一呼吸おいて突き飛ばしたため、明燦が急ぎ属性を付与して傷を癒した。
「ありがとう。私は大丈夫だ、問題ない」
軽く大きく白い手を挙げて鐐は悠仁へと月の輝きを軽く放り、勝負を決する為の力を渡す。この間敵を追い詰めていたのはカトレアの刀、紅薔薇による美しくも残酷なる剣技だ。
「その身に刻め、葬送の薔薇! バーテクルローズ!」
樹脂と金属のボディーに八重の花弁が一枚ずつ刻まれ、終いに花芯への一突きで全ての傷が破裂する。ばらばらと散るのは樹脂の花。
「長く苦しむのは割に合わぬよな。この一刀にて眠りにつけぃ!」
内部機構を雨に晒し、パチパチと火花を飛ばしながらまだ立つダモクレスへ、ルティアーナが冴える一太刀を重ねる。
「……ほう、命冥加な。まだ倒れぬか」
「だがもうじきだ。ルティアーナ、少しじっとしていてくれ」
虎が輪を飛ばして敵に応じる間に鬼太郎は愛刀を一振り。空斬る音が響き、剣圧が仲間の疲弊を払う。
一方で悠仁の周囲には陰の気が淀んでいた。ルナティックヒールの凶気に加え、かつて神聖であった儀式に織り込むのは呪詛と地獄。外法と化したそれは理解できる範疇で無理矢理言い表すなら歪な植物群だ。
「エコ回収日リサイクル7:00体験! ガ、ガ、ガ……!」
「祓われ流れた不浄の掃き溜め。打ち捨てられた罪に穢れ。怨み憎んだ悪念の果てよ。嗤え。遂に今、求められたのだと。【八針爾取辟久】!!」
堂々と近づく悠仁に、敵は紙を吐き出して対抗しようとするがダメージを重ねた射出口を鋭い枝や蔦で塞がれて困惑する。ぎしり、ぎしり、あらゆる隙間から内部構造を蹂躙し芽吹くそれが自らを引き裂こうとしているのだと理解しても遅い。
「カチャ、カチャ、カチャ、パチ……パチ……!?」
ワープロの体が割れる。これまでの負傷から呪わしい蔦が溢れ、罅を亀裂に変えて行く。奥深く侵入した地獄の枝先がコギトエルゴスムを突き、敵の肉体はバラバラと崩壊して消失した。
後はただ、雨が平等に注ぐだけ。
●濡れた道に陽が射して
「思ったより濡れちまったな」
水を吸った前髪が下がり、普段の好青年の顔に戻った緋桜の言葉を皮切りに場の緊張が解ける。
「俺らは悪くて風邪を引くくらいだが、この廃棄物やらは一層錆びついちまうんじゃないか?」
湿り気を拭い刀を納めた鬼太郎が辺りを見回し、毛が多少ぺちゃんこになった鐐が大いに頷いた。
「廃棄材は業者に処分させた方がいいな。同様の事案も起こりうる」
巌がレインコートに覆われた頭の後ろで手を組む。
「人が捨てたゴミから敵が生まれ、牙を剥き、また壊され……か。後で頼むとして、一般人が入れるように片づけりゃいいか?」
「私にもできる事があれば……」
「アレは二人で持つか。そっち頼む」
巌と悠仁が散らかっている廃棄物を分別して塀の際に並べ、鬼太郎が虎を連れて庭を一周補修する。
中でも鮮やかに紅く、軽い音と共に咲くのはカトレアの傘。
「こういう小雨が降る中も、なかなか風情がありますわ」
「季節らしいですよね……っくしゅん!」
「あら、あら」
くしゃみするミリムに目を向ければ、戦いの中でレインコートはボロボロになり内に雨が滲みていたようだ。カトレアがハンカチでミリムの額を拭く。
「やれやれ。勝鬨と気晴らしを兼ねて美味いものでも食べにいくか!」
鐐の提案に次々に手が上がった。
「暖かい物がいいで……っくしゅ」
「紅茶のある所がいいわね」
「……飲んでも構わないかな?」
一通りの片付けが済み、ふと下を向き息を吐いた悠仁へと傘が差しかけられた。
「大儀であったぞ。さ、切り替えて次に向かうとしようて!」
「……はい」
ルティアーナのまだ感傷を覚えぬ幼い瞳に労われて、悠仁は逆にその傘を借り受け小柄な少女の上に差す。過去を背負い、引き摺りながらでも生き残った者は今を進み続けるしかない。
ご飯が楽しみなのか明燦が高らかに飛ぶ空を見上げれば、行く手遥か遠くの空にやっと一条の光が射していた。
作者:件夏生 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2019年5月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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