花冠の休日~宙の子供たち

作者:七凪臣

●何でもない一日の、何でもない始まり
 朝、見上げた空が青かったのだ。
 不意の雨をもたらす雲の気配を一切感じない、何処までも広がる青、青、青。そこを、一条の矢の如く、一筋の白が翔けてゆく。
 飛行機雲だと知ってから、どれくらいの時が過ぎただろう?
 繊細な指を折って経た時間を数えようとして――止めた女は、宇宙を透かす青の景色に心を弾ませる。
 僅かの時間も無駄にするのも惜しい。
 晴れやかな衝動に身を任せ、女は常とは違う装いに袖を通す。
 白地に鮮やかな青でメロンパンがプリントされたTシャツは、最近お気に入りのベーカリーに足しげく通い、スタンプを貯めて貰ったもの。
 オリーブ色の七分丈のカーゴパンツは、「偶にはこういうのもお似合いではないでしょうか」と顔馴染みの少年紳士から贈られたもので。ピンク色のロングパーカーとスニーカーは、西洋オダマキを白い髪に咲かせた女と買い物に出かけた時にコーディネートされたもの。
 組み合わせとして正しいのかは、分からない。
 けれど、何となく。
 そんな気分になったから。
 いつもの紗ではなく、この星に生まれ育った人々のように。
 金色に輝く角も隠し。長い髪は、花冠で飾る代わりに、三つ編みごと高く結い上げて。
「さぁ、今日を始めましょう!」
 女は――ラクシュミ・プラブータ(オウガの光輪拳士・en0283)は五月晴れの一日に繰り出す。

●花冠の休日
 日頃は「聞く」側のヘリポート。語る側に立ったラクシュミは、高揚に頬をほんのりと染め、赤い瞳に星屑を散りばめる。
「パラグライダーやバンジージャンプが出来るのだそうです」
 そこは以前、テレビか雑誌で見かけた空のアクティビティを楽しめる場所。
 ロープウェーで目指す、新緑に萌える山の頂上。なだらかな斜面が続く南面は心地よい風が吹き、反対側の北面は切り立つ渓谷となっており、それぞれパラグライダーとバンジージャンプを楽しめるようになっている。
「パラグライダーだと遠くに海も望めるんですって。ランディングポイントからは熱気球にも乗れるとパンフレットには書いてありました」
 最早、心は空へと飛んでいるのだろう。
「幸い皆さんケルベロスですから、事故の心配も要りませんし」
 ――いや、もしかしたら修行の一環、という風に考えていなくもなさそうだが。
「宜しければ皆さん、ご一緒に」
 斯くして、普段とがらりと違う装いの元女神は。年に一度の晴れやかな一日に、ケルベロスたちを誘う。


■リプレイ


(「何故、サキュバスは翼があるのに飛べないんだろう?」)
 セーラーカラーを翻す翼猫の『ねーさん』の自由な姿に涼香が羨望を抱いていたのは、少し前まで。
 ――だって今は。
「……わああ、結構高くまで上がれるんだね」
 駆け出した斜面は既に遠く、涼香自身が空の人。慣れない世界は踏み出すのに勇気がいった。が、ねーさんも。そして背後にはタンデムの壬蔭もいてくれる。
「身体一つで上空に飛ばされたことはあったけど」
 ゆったり感がいいねと笑う男の声はすぐ近く。「飛ばされた事あるの?」と振り返る涼香のすぐ傍を、向かい風に負けないようにねーさんが懸命に羽搏いている。
 二人と一匹が、空に溶け往く。果てなき青は無限大。どこまでだって一緒に飛んでいけそう。
「みかげさん。何処へ行きたい?」
 短い髪を風に煽らせながら涼香が問えば、
 ――涼香と一緒なら何処へでも……構わない。
 笑みを深めた壬蔭は、翼代わりのパラグライダーを自在に繰る。

 風が、五月の空を吹き抜けてゆく。萌える緑をそよがすそれは、頬を擽り、人々を空へと誘う。
「宜しければ、ラクシュミとお呼びくーだーさー……」
 同時に駆け出し跳んだ空。並んだ翼は、時に風に煽られ遠く近く。残響となったラクシュミの申し出に、奏多は「あー」と何時もより近い青を仰いで――僅かに頬を弛めた。
 籠もりがちであったが、その実、体を動かすのは好きな性質。得手か不得手かの判断材料を持たなかった高みは、『楽しい』と思うに十分で。
 目下最大の問題は、ただの美人に見える元女神へいつ誕生日を祝う言葉を贈るかということ。
 されど難しく考える必要はあるまい。この空を分かち合う事が、ラクシュミにとっては祝福なのだから。
 雨の季節の前の、爽快なアクティビティ。「あいきゃんふらーい!」と白陽は青へ飛び立ち。猫仲間でもある千舞輝もすかさず続き。
 ヘリオンからの落下――もとい、降下は日常茶飯事。稀に巡ってくる空戦も、駆け回るばかりで楽しむ余裕はない。
 つまり今日は思う存分! となれば、千舞輝の内側で茶目っ気が疼く。
「しょうゆととんこつ、どっちが好きー?」
 内容は、何でも良かったのだ。耳を叩く風音に声が掻き消され、問いが伝わらず。後で聞き直されて「秘密♪」ってやるアレをやりたかっただけ――なの、だ、が!
「――え?」
 律儀に近寄って来る白陽に、千舞輝の顔から血の気が引く。
「そんなマジに聞き取りに来んでも……あ、ちょ、ま」
「あ」
 予想通りに絡み合う二つのパラグライダー。当然、パイロット二名は真っ逆さま!
 迫る地上まではおおよそ20メートル。常人ならアウトだが猟兵ならば無問題と、白陽は冷静に千舞輝を受け止める態勢を整える。
「なんや、ちょおイケメン精神?」
「大事な友達なんだから、怪我をしたら嫌じゃない」
 海をも臨む空の旅。放り出される運命は、事故だけではなく、時に悪戯であることも。
「おいで、ユア!」
 ハーネスが切り離されたのは突然。中空へと繋ぐ支えを失ったユアは、背の翼を広げるのも忘れ、呼ばれたままにステラの腕の中へ飛び込んだ。
 ――え?
 全てがミニチュアみたいだった絶景に、見る間に吸い込まれてゆく戸惑いがユアの思考を停める。だからもふもふの尻尾で空を叩くステラが、何かを作動させたのには気付かなかった。
 視界を過る新たな影。あっという間に空へ流れたそれは、ぶわりと巨大な花を咲かす。
「俺はガジェッティア! そういうところは抜かりないぜ」
 多分な、とステラが付け加えたのは耳に入らず、ユアは自分たちを空に捉えたパラシュートに目を円め、唇を尖らせた。
「突然ドッキリなんてひどいよーっ」
 不満は当然、でも。
「ごめんごめん――でも、楽しいだろ?」
 そう紫の瞳に覗き込まれれば、笑顔が弾ける。
「もう一回やるかい?」
「うん!」


 バーナーが吹く度に、地上は遠退き、視界に空と海が広がる。
 光の翅を背に負うヤトルにとっては馴染みの青い世界も、由美にはいつもと異なる景色。
「由美さん、大丈夫? 寒くないか?」
 様子を窺うヤトルに、由美は「大丈夫」と笑って地上の様子に瞳を明るく輝かせた。
 高く昇れば昇るほど気温は下がるという。念の為に上着を一枚多く羽織ってきたから準備は万端。
 そんな由美の佇まいは、いつもより洒落っ気のあるもの。自分と一緒だからだろうか、と考え至れるようになったのは最近のヤトルは、思わぬタイミングで寄り添ってきた温もりに、唇を引き結ぶ。
「やっぱり、ちょっと寒い」
 最初からこうして貰えば良かったかなぁ、なんて。仄かに頬を染める由美の横顔に、ヤトルの鼓動がどきりと跳ねる。気を付けないと、顔に『熱』が出てしまいそうだ。
 久し振りのデートは、カラフルな気球を頭上の空中散歩。
 またの機会はヤトルの翅で。ただしヤトルがトキメキを抑えられるようになってから、の話。

「……ア、空」
 終わりの来ない浮遊感、開けた視界は果て知らず。どこか郷愁を誘うようでありながら、『心』に吹き込む清風にエトヴァは大切な家族――傍らのジェミへ双眸を向けた。
 白銀であるはずのそれは、空を映して青。煽られる髪も蒼穹と同じで。エトヴァは今にも空へ溶けてしまいそう。
 双方、好む空。感銘は共鳴し、鼓動も弾む。が、高揚のままに僅かにゴンドラから身を乗り出し、下方へ視線をやったエトヴァは何かを思い出したように輝く眼差しを閉ざした。
 ――怖いのだろうか?
「大丈夫だよ!」
 ぎゅ、と。握り込まれた裾にジェミは柔らかく微笑むと、再び眼を開いたエトヴァもジェミの笑顔を映したようにまろやかに相好を崩す。
「ありがトウ」
 高いところが怖いのではなく、落ちるのが怖いのだ。か細い告白にも、ジェミはますます自信満々。
「万が一の時は、エトヴァを抱えて飛んであげるね」
 その為の装備も万全。
 そうして夢見る、二人で自由に羽搏く青の世界。
 ヘリオンから降下する機会もないではないのに、ゆらり漂う空は慣れない感慨をケルベロス達の元へ連れて来る。
「あれ、皐月くん。だいじょーぶ? 景色、見える??」
 どこまでも見渡せる大パノラマは、絶景。されど十に満たない皐月はゴンドラの縁に齧り付くのが精一杯。気付いた萌花は、幼い少年を落とさないよう気をつけながら、目線が近くなるよう抱き上げた。
「わわわ……凄い凄い! あ、あっちの方、パラグライダーの人達も見えるんだよう!」
 途端、見開かれた皐月の瞳には光が飛び込んで来る。指差す方向には、鳥となった鮮やかなパラグライダー、遠くには鳥、海。
「あれも楽しそうだよね――如月ちゃん、は。見えてるかな?」
 上がった皐月の歓声に、萌花も「あは」と笑みを華やげ、もう一つの気掛かりへと心を砕く。
 名が意味する通り、皐月の姉な如月は。年上らしく一人で空中散歩を満喫中――かと思いきや。
「うん、ばっちり見えてるのよぅ。ちょっと揺れるのは怖いけど……」
 分かりやすい強がりに、萌花は体を傾けた。
「ならあたしに掴まってていいよ」
「え、いいの?。でももなちゃん大変じゃない?」
「へーきへーき! というか、あたしが落っこちないように掴まえてて?」
「、うん!」
 許された甘えに、如月は萌花へぎゅっと抱き着く。時折り、手がぶるぶる震えているのは絶対に秘密だが。きっとそれも萌花へは伝わってしまうだろう。
 そんな二人の遣り取りに、弟はこそりとため息。
(「如月姉ちゃんも、素直になればいいのに……」)

 空は、翼持つ自分の世界。
「ね、晴れ空も素敵でしょう?」
 とっておきをお裾分け、とアイヴォリーは隣の温もり――夜へ、自慢げに胸を張り、遠く遠くを翔ける飛行機の軌跡を指でなぞる。
 雲流す清風も、鳥と並び往くのも、白く棚引くことも空飛ぶいきものに与えられた魔法。
 ――けれど。
「イマジネーションならば、地を往くものにも使える魔法だろう?」
 讃えるに相応しい蒼穹に在って、翼なき地上の民である男は空想の翼を羽搏かせる。
 空に焦がれて止まぬ人類も、終わりなき進化の末に、両腕に、背に、いつか望み叶える日が来るのではないだろうか。
 宙からアイヴォリーへ移される視線、含む悪戯な色に女は感服を微笑む。
(「ああ、貴方が描く空は――」)
 空よりも広く、果てなく、美しく。今にも冒険へ飛び立ちたくなる!
 凪いでばかりではあるまい。きっと嵐も吹く。守りたいと思えば、それほど軟じゃないと返るのだろう。
 だから、手を握る。
 分かち合う想いはまっすぐに翔け、夜とアイヴォリーの物語を瞼の空へ鮮やかに刻む。


『これが眩むということか!?』
 遥か下方の水面に目を白黒させたアラタは、連れの翼猫さえ避難してしまった現実にも衝撃を受けつつ。それでも乙女に二言はないのだと、思い切りよく飛び出した。
「キャーーーッッツ!?!?!?」
 気軽に誘ってしまった事にナクラが罪悪感を覚える絶叫が響く――しかし、それは瞬く間に好奇心を塗した歓声へと色を変える。
 風の圧に負けず世界を見れば、鮮やかな新緑。ぐんぐん迫るウォーターグリーンに反し、遠退く橋翳の向こうは抜けるような青空!
「すっごいぞー!!」
 バウンドする笑い声は、心底楽しそうで。ふふと口角を上げたナクラはナノナノを抱き寄せる。
「可愛いニーカ、準備はいいかい? さぁ――We Can Fly!」
 垂直に立てていた体を倒し、自由落下に身を任す。滑空のスリルには慣れていても、近付く水面にニーカを抱く腕に力が入った。さすれば伝わる温もり。命の証に、生きる喜びがナクラの全身を駆け巡る。
 然して橋上へ引き上げられたアラタとナクラは、誕生日祝いに換えてラクシュミの背を押す。
「最高だぞ!」
「You Can Fly!」
「一緒に飛ぼうぜ!」
「えぇ!」
 渓谷に渡された橋の上。二歩の助走で勢いをつけ、譲葉とラクシュミはそれぞれのロープに命運を預け身を投げ出す。
 あとは地球の引力に惹かれる儘に。
 内側から湧き上がってくる高揚に、譲葉は堪らず笑いだす。真面目に修行していた頃は、よく突き落とされた川。今は、ロープがあるだけで爽快なアクティビティ。全身が、風になる。
「なー、次は後ろ向きに飛んでみようぜー!」
 びよんびよんと撓みながら十メートルと少し向こうへ声を放れば、朗らかな是が返る。

 初夏が香り始めた高原に、色とりどりの歓声が鳴り響く。
 カラフルなパラグライダーは仮初めの翼となって人々へ鳥の気分を味合わせ。緑の大地は駆け往くように滑り、遠い街並や海はぐんと近付くよう。そのくせ、色鮮やかな花には目が留まるのだから不思議なものだ。
 恐怖と爽快感が表裏一体なのは、何といってもバンジージャンプ。しかしヘリオン降下で鍛えられた胆力故か、北の谷は黄色い歓声を水面に映す。
 一番人気はゆうるり空の散歩の熱気球。別れを告げた地上は徐々に遠退き、やがてミニチュアとなり。心と体を空と風に溶かせば、どこまでもいけそうな気分にさせてくれる。
 時に重力に逆らい、時に重力に引かれ。
 空のアクティビティは、地球だからこその楽しみ。ラクシュミが、誕生日という特別な日に、ここを訪れたのにはそういう理由があるのかもしれない――。

「――有理、楽しい?」
 バーナーを吹かす音と、風の音と。二つに遮られないよう、耳元で落とされた冬真の問いに、擽ったそうに目を細めた有理は「うん」と頷く。
「だって冬真と一緒だから」
 空へ空へと二人を誘うゴンドラの中、忍び寄る冷気も二人で寄り添えば身を凍えさせることはなく。何より、自分を覗き込んでくる冬真の瞳の少年のような輝きが、有理には眩しい。
 だがそれは冬真も同じ。見上げてくる有理の視線は、眼下の大パノラマより冬真を惹き付け、遠慮がちに握られた手に愛おしさが夏の雲のように湧き立つ。
 ――君と出逢わなかったら、世界が広い事に気付かないままだっただろうな。
 ――今、私がこの景色の中にいられるのは。冬真が手を取って、光の下へ連れ出してくれたから。
 近付く二人の唇。揃いのパーカーを身に着けた若夫婦の邪魔にならぬよう、熱気球の操者は気配を空に擬態させる。


 大きく膨らんだ赤と黄色と緑の気球だけでなく。積み込まれたシリンダーにバナー等、お目にかかる機会の少ない内部構造にまでキソラとティアンはシャッターを切りまくる。
 ぱしゃぱしゃ、パシャパシャ。
 緩く昇りゆくゴンドラの中、賑やかな二人の風情にサイガは肩を竦めて『はぁ』と短い息を吐く。【空団】での空中散歩。状況と面子からしてこの後は、
「折角だ、サイガとキソラの写真も撮っていい?」
「えー、それなら3人で撮ればいいんじゃナイ? きっとイケるイケる。レッツ自撮り!」
「なるほど、ジドリ」
 予想通りの展開に。サイガは「やっぱりな」ともういちど肩を竦めると「折角なら背景のカラフルも入れとけ」と天邪鬼な同意を放る。
 場所柄、絵柄。どれをとってもレア感満載な状況に、キソラの興味と興奮は尽きず。ティアンの翼ある人に運ばれての空中散歩経験談にも青い瞳をキラキラ。
 自由気ままな空の旅。難点なのは、舵が風任せなこと。
「え、これこんまんま降りられなくなったらどうするよ」
 折角だから雲を齧ってみたかったサイガの憂慮に、然してサイガとティアンはけろり。
「降りらんなくはなんねーでしょ。ヘリオンからだって降りるンだし」
「なにせケルベロスは死に辛い。この高さくらいじゃ還れないだろ」
 ……何とも夢のない応えに、サイガはけらり。
「アンタらは還り先が別々そーで大変ね」
 空とキソラと海のティアン。揶揄って笑えば、二人も顔を見合わせ――サイガは破顔し、ティアンはこくんと頷く。
 でも、折角とった写真が勿体ないから。今日はちゃあんと普通に地上へ帰ろう。

 翼はあるのに、飛べないのがサキュバス。つまり、自分で飛べることへの憧れは強い。
 然してルリィは白を基調の、ユーロは赤を基調のパラグライダーを繰り、念願の空の自由を堪能する。
 落ち着きのない軌道は、はしゃぐ二人の心を投影したもの。
 時に絡み合いそうになるのにヒヤリとしながら、空に溶けそうなパラグライダーを操るカレンは、並んで飛ぶラクシュミへ穏やかな微笑みを投げる。
「お誕生日、おめでとう。定命化してから誕生日の楽しみも増えたかな?」
 妹たちの分も含めた祝福に、既に慣れた様子でパラグライダーで滑空するラクシュミは満面の笑みを花咲かす。
「そういえば、そのTシャツ。妹達が気にしていたの」
「ふふ、後でお店の場所をお教えしますね」
 ――なんて和やかなやり取りも、万一の事態にも命に危険が及ばぬケルベロスならでは。と、来れば。もっとスリリングな事に挑戦してみたくなる好奇心が疼き出す。
「もしかしたら、このまま飛び降りたらバンジーも一緒に楽しめるのかな?」
 間近に迫る着地ポイントにユーロの瞳がキラリ。
「全て焼き尽くす! この真紅の炎で!!」
 発動させたのは、ユーロだけのとっておき。デウスエクスをも焼く灼熱の炎に加速した少女は軌道を調整して地上へまっしぐら。
「もう、ユーロったら子供っぽいんだから――……ッ」
 呆れを装うルリィも、誘惑には抗えず。衝撃波を放ち、小さな翼で空を征く。
 発想次第で可能性は無限大。一頻り楽しんだ後は、ラクシュミを囲んでメロンパンパーティーが幕を開ける。
 そしていぶきと結弦もサキュバス。
「見て見て、いぶくん! 僕たち鳥といっしょに飛んでるよ。すごい、すごいね」
「はい、とっても凄いです」
 はしゃぐ結弦をしっかり支えながら、いぶきは習ったばかりの操縦法で仮初めの翼で舵を切る。
 二人で一基のパラグライダー。撮影を任された結弦は伸縮棒の先にとりつけたカメラをあっちに向け、こっちに向け。
 奇跡のような空の二人旅。飛べない羽へいつか感じた物足りなさも、遥か宙の彼方。
「へへへー、いぶくんも撮っちゃうぞー。笑顔くーださーい」
 求められる声に、応えていぶきは視線をレンズへ向ける。けれど笑顔を『作る』必要はない。だってこの空に結弦と在って、笑みにならぬ筈がないのだ。むしろ結弦ばかりを見ているのがバレないかが気掛かりなほど。
 切り取る一瞬は、二つのピースサインの満面笑顔。
「って、いぶくん。ちゃんと前見てねー?」
 視線を催促したのは棚に上げ、結弦は求めもくるりくるり。しかしそれさえ愛おしみ慈しみ、お任せくださいとパイロットいぶきは風を読む。

「えへへ、お揃いっぽくありません?」
 ピンクのパーカーの裾を弄りはにかみ笑う灯へ、ラクシュミも嬉しそうに口元を綻ばす。
「もしかして姉妹に見えたりするのかしら」
 くすくすと少女と女は内緒話をするよう笑み交わす。
 高い高い空の上は、小さい頃に母と飛んでいたのと同じ色。飛べぬ父が羨みながら見上げていたのとも同じ色。
 トキメキ疲れて灯が零した呟きに、ラクシュミは猫耳フードの頭へそろりと手を伸ばす。
「優しい思い出があるのですね――それに。翼がなくても飛べますよ、私みたいに」
 ああ、本当にそうだ。
 撫でられながら灯は世界を見渡す。好きな人と一緒に飛ぶ方法は、幾らでも。
 世界は可能性と希望に満ちている。
 ふわりふわり漂う熱気球。開けた視界は、明日までも繋がっていそうで。灯とラクシュミは、誰へとなく大きく手を振った。

作者:七凪臣 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年5月18日
難度:易しい
参加:30人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 3
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