夢色レイニーデイ

作者:東間

●きらきら、しゃらしゃら
 暗闇に、雨が灯る。
 天井から連なって降る雨粒はティアドロップと小さな珠。長く真っ直ぐ垂れながら明かり色に染まり、澄んだ白や金、青、薄桃と、色は無限に変化する。
 それは、六月半ばから七月半ば限定で現れる、真っ暗な室内にのみ降る特別な雨。ひとたび灯れば艶々とした床と壁、天井に映り込み、無限に広がる硝子雨に囚われるよう――そんな、揺れればかすかな音を奏でる硝子の雨だ。
 ひとの手によって創られた、煌めき灯る硝子雨の名は『夢色レイニーデイ』。
 硝子職人・照明専門の会社・イベント運営スタッフ・会場であるビルのオーナーが一丸となって届けるイベントで、『夢色レイニーデイ』は今年も灯される事になっており――開催を数日後に控えた夜、デウスエクスが暴れた事によって風前の灯火となっていた。

●夢色レイニーデイ
「という訳で君達に会場周辺のヒールを頼みたいんだ」
 主なヒール箇所は道路で、建物もいくつか壊されてしまったらしい。
 人的被害は幸いにもなかったようだが、破壊された街の風景は様々な場所に暗い影を落とすだろう。
 会場ビルそのものは被害を免れた為、ヒール修復が終わり次第、安全域で待機している硝子職人や照明会社、イベント運営スタッフが総出で準備に当たるようだ。
 どうかな、とラシード・ファルカ(赫月のヘリオライダー・en0118)が視線で問いかければ、獣耳を生やした頭が二つ。一も二もなく頷いた。
「イベント準備時間の為にも、迅速にヒールしていかないといけませんね」
「時は金なり、ね。イベントを楽しみにしている人の為にも、手分けしていきましょう」
 壱条・継吾(土蔵篭り・en0279)と花房・光(戦花・en0150)。並ぶ生真面目な表情にヒール依頼を持ってきた男は礼を言いながら笑み、ヒール修復後の事だけど、と続けた。
 街の代表者から届いたヒール依頼の中に「ヒールのお礼に、一足先に『夢色レイニーデイ』を楽しんでいただければ幸いです」と、ビルオーナーからのメッセージも添えられていたという。
 硝子雨は天井から床上20cmまで。
 数多の硝子雨を密に並べ部屋の片側を埋めた部屋、硝子雨の中に作られた一本道を行く部屋、硝子雨と人一人分のスペースが順々に並ぶ部屋と、展示スタイルは様々。触れてよし、なので触った瞬間の煌めきを楽しむ事も出来る。
 全ての部屋で起きる色の移り変わりはとても穏やかだ。ゆるりと静かに変化していく様は、一色だった時とはまた違った美しさがあるだろう。
「硝子の雨なのに、桜や藤とも出逢えそうですね」
 表情を和らげた継吾の言葉に、ラシードが「それじゃあ」と考える顔をした。
「金なら星屑、オレンジやグリーンだったらサイダーかな」
「あら」
 くすりと笑った光の尻尾がぱたりと揺れる。
 淡い水色だったら、空に被る霧かしら。年下のコメントに、年長者の男は「俺は花も団子もなので」と笑う。
 街のかたちを取り戻したら、出かけよう。
 暗闇に灯る硝子の雨、音色、色彩、そこに見る別の姿――全てが『夢色』な、雨の日へ。


■リプレイ

 真珠色の光を浴びながら建物の亀裂に染み込んでいく雨。ヒール活動に目を輝かせ“降らせて”いたウォーレンは、きらきらした眼差しを屋上に向ける。
「上の方良い感じになったかなー?」
「おう、こっちはばっちりや」
 あっちの屋上こっちの屋上と、上を担当していた光流の顔がヒョッコリ、からの、ピタリ。
 真珠雨降らす様が綺麗で見とれてたと言われたら、ウォーレンの快楽エネルギーは過剰気味。照れ顔も褒められつつヒール活動に励めば、周りはすっかり綺麗になっていた。
「もうちょっとで全部直りそうかな」
「せやな。君が張り切ってお仕事頑張ったさかい、この辺はもう大丈夫やな」
「じゃあ、まだのとこ直したらすぐかな。イベント楽しみだね」
 触れられる雨はきっと素敵。
 光景を思い描いて笑うウォーレンの視界が、ふわりと横移動。
「触れられる雨やったら……ここにもおる。レニ、俺の雨の君。キスしても良え?」
 いくつかある愛称から「レイニーに似てるから」と光流が選んだ響きと、お願い一つ。周りに人はいない。いいよと言って――前にもこんなことがあったようなと、ほんわり思い返し夢見心地の“雨”に光流は触れる。
(「こういう事できる雨はたぶん君くらいや」)

 ヒールのご褒美には最高過ぎる硝子雨を背に、自撮りにツーショットにと萌花と如月は目一杯楽しくデート中。SNSへの投稿は大歓迎との事だけれど、まずは。
「如月ちゃん、あっち行ってみない?」
「うん♪」
 手を繋ぎ飛び込んだ先は硝子雨の一本道。しゃらしゃらとした雨音は如月に音楽室のウィンド・ベルを思い出させ、目に映る風景はまるで夢の中。
 青から赤紫へと色を変え始めた雨道の先、雨を見上げていたラシードに萌花は今回の礼を言い――瞳をきらり。
「ね、ね、いいカメラ持ってんね? あたしたちのことも撮ってくんない?」
「って流石に遠慮なさすぎなのよぅもなちゃん!?」
「大丈夫大丈夫。ご指名頂き光栄の極み、ってやつさ」
 カメラマン指名を受けた男は畏まってから楽しげに笑い、萌花と如月も笑ってから向かい合う。
 手を絡めて繋いで。目線はカメラへ。
 撮られる側は慣れてる二人。レンズに見つめられても堂々自然体。
 なのにどうしてか、如月はそっと横目で萌花に見惚れていた。しゃら、とそよいだ硝子雨に、胸の高鳴りが重なって。
「綺麗に撮ってね?」
 なぁんて。萌花の悪戯っぽい囁きが雨音に混じり、おっと緊張で動悸がとラシードがノる。如月もくすっと笑い、大丈夫と囁いた。
「きっと綺麗に撮れるのよぅ」
 どうしても顔に出る嬉しい気持ち。
 それがさっきからずうっと、硝子雨の色に染まったままだから。

 デートなのじゃ! とテンション高めだった早苗は、現在、赤茶の瞳に硝子雨を映して思案顔。柔い白色に輝く硝子雨は、真っ暗な頭上から静かに現れていた。
「ふぅむ、なんだか不思議じゃのう。のうルルド、これってほんとに降ってるんじゃろうか?」
「硝子だから強い衝撃受けると割れちまいそうだし……どうなってんだろうな?」
「……触ってもよいのじゃっけ」
 早苗の目は興味津々キラキラリ。すごく気になるのじゃ、と弾む声にルルドは慌てて声をかける。
「壊すなよ……壊すなよ……振りじゃねえからな?」
 見守るルルドの前、早苗の指がそっと硝子雨に触れて――しゃらり。音を奏で、柔い白色から桜色へと移ろった。
「おぉ……見たかルルド、聞いたかルルド。なんかすごいぞ!」
「……あぁ、見た。でもな、その。うん。光が映った早苗の方が綺麗だった」
「!」
 ぼっ、と紅色に染まる肌。そうやって突然、と頬は小さく膨らみ唇も尖るものの、嬉しかったのだろう。ルルドの前に笑顔が咲く。
「さ、他の部屋も見て回ろうかの!」
「そうだな、なら次は壁に敷き詰めてるやつでも見に行こうか?」
 次に見る雨が映ったら。それもきっと、綺麗だろう。

 右も左も青い硝子雨。一本道を行くティアンの全身は青い雨の光彩が静かに映り込み、常とは違う色合いになっていた。
 想像以上に煌めく硝子雨の世界は、デジカメ握るキソラに職人技を魅せていく。お言葉に甘えてと指先で硝子雨を軽く揺らせば、しゃらしゃら鳴いた。
「森の中の雨音みたいだなあ」
「森か。ティアンは、一面青空に晴れてるみたいだと思った」
 頭上は艶やかな黒色のまま、雨雲の灰色は見あたらない。叩き付けるようなスコールの痛さもない。日本語でいうと、確か。
「そう、キツネノヨメイリ」
「ナルホド、狐の嫁入り。濡れもしねぇし、こんだけ煌びやかなら祝いにゃもってこいだなぁ」
 祝いに似合いの雨空はレンズを濡らす事もない。どんな写真撮るのと訊ねるティアンへ、キソラは間を空けた後「光、かなぁ」と言った。一瞬だって同じものはないから、どれだけ撮っても撮り足りない。
「そう。きっといい写真になる」
「ティアンちゃんは?」
「どうしようかな」
 くるくる見回したティアンがその場に屈み込む。邪魔しないよう近くに立ったキソラは興味深げに覗き込み、イイねと破顔した。地面で弾ける20cm手前の青い雫はティアンが見つけた“一瞬”。じゃあ、自分は。
「そうしてるティアンちゃん撮ってイイ?」
「構わないけれど。たのしい?」
「んーそうだな、最近、楽しい」
 見つけた一瞬を切り取って、刻んで。その間にも涼やかに鳴る雨の色はゆるりと変化し、同じ形なのに同じ姿は一瞬としてないから、厭きが来ない。
 硝子雨は他の部屋にもある。
 そこで自分達を待つ色は、光は、どんな“一瞬”を持っているだろう。

 ウリルの手がしゃらしゃらと優しい雨音を奏で、リュシエンヌの耳に心地良く染み込んでいく。
「これならルルも好き?」
「うん、好き」
 笑いかけてくるウリルを真似、透き通った硝子雨にそっと触れれば――しゃらら。思わず微笑むような、軽やかな雨音がした。
 雨の日が少しだけ苦手なリュシエンヌだが、この雨音は地に染み込むような音とは違う。
 それに。
「この雨なら濡れないし……こうして、うりるさんと雫の中をゆっくりお散歩もできるもん」
「確かに……」
 腕を組んで歩く世界は、暗闇に青く透き通った雨雫が夢幻に灯るばかり。時折きらりと青い光を弾いていた硝子雨が、海中から青空の下へ向かうように、水色に染まり始めた。
(「彼女は、今何を思っているんだろう」)
 ここでは変わりゆく色の音は聞こえず、感じるのは硝子雨の澄んだ音と、二人の息遣いだけ。まるで――。
「ね……うりるさんとルルだけの世界に居るみたいね?」
「二人だから……そうかもしれないね」
 世界から隔離されているような、静寂に満ちた世界。時折しゃらりと零れる澄んだ音。夢幻に変わる雨の色。
 広がる風景を眺めるウリルの腕に、リュシエンヌはそっと顔を寄せた。ひとりなら取り残されてしまいそうな場所でも、ふたりで居るから大切な世界になる。
 光の雫はどこまでも広がるけれど。きっと、互いを見失う事はない。

 空が曇り、ぱたぱたと水が降る雨天。
 家から出られなかった子供には外で起きるその変化が楽しくて――だから、当時子供だったナザクは雨の日が好きだった。
 けれど、大人になると少し苦手になった。理由はそう深刻なものでなく、出掛ける準備が億劫になる・頭が痛くなるといったありふれたもの。
(「でもこれはそのどちらも解消してくれるのか。これは童心に帰らないとな」)
 ただし、胸のわくわく期待はいつもの涼しげな顔の奥に隠していく。
 真白に灯る硝子雨の中を歩み、そ、と手を伸ばして触れる。――しゃん、と、かすかな音色と煌めきが踊り、その変化が一つの思い出を掬い上げる。
(「……本当に、子供の頃を思い出すな」)
 人里離れ生きていた子供は流行りの玩具とは無縁だったけれど、代わりに家にあった綺麗な硝子の花を、今のように眺めて楽しんだりしたものだ。
 だけど。
(「あの人は、あれをどこで買ったのだろうね」)
 ナザクの静かな眼差し受けた硝子雨が、変化する。
 真白に別の色が差し――紫へ。

 足元は暗いけれど、ここに降る――灯る雨を浴びるとエトヴァは温かな心地になる。光る雨を背に笑むエトヴァに頭痛の心配はなさそうで、ジェミはここなら雨粒の煌めきを好きなだけ楽しめるねと微笑んだ。
「ここの雨粒達は、中に虹を飼っているみたい」
 ほら、と触れた雨粒の連なりは丁度色を変え始めた所。虹を飼う、なんて。まるで。
「夢を見るような、雨たちですネ」
 そんなジェミは虹の煌めき纏う天使のようだ。その感想をエトヴァは秘密にして、幻想的な雨天を共に見る。
 雨に閉ざされているようでいて、実はどこまでも広がっていそうな雨の天。
「迷っちゃう? 良ければ、手、繋ぐ?」
 互いの視線は、見上げていた雨から、傍らへ。
「……迷わないように、一緒にいマス」
 柔らかな笑みと共に手を繋ぎ、歩き出せば硝子雨がしゃらり。その音は祝福しているようで、澄んだ夢色の彩は魔法の雫のよう。ふとジェミはきらきらしたものを感じ取って――。
「虹の天使サンと一緒なラ、俺も空へ昇れるかも」
「……エトヴァも天使様だということが判明しました」
「……俺もデス?」
 ほら、と指差したのは先程感じ取ったもの。蒼穹の髪に、きらきら輪っかが光っていた。
「二人で一緒なら飛べるかも」
 なんて天使から誘われたら、一緒に飛んでみまショウカと、一方の天使も照れたような笑み付の返事をするわけで。
 二人、共に光溢れる雨空へ。
 通った後に、しゃららと雨音がさざめいた。

 艶黒の空間に生まれて広がる光と色。映り込む様は万華鏡、踊る色彩は夢のよう。
 藤尾はそれを睫毛に翳し、ゆっくりおろしていく。ファインダーをそうするように記憶に焼き付け――ふ、と唇に弧を描く。硝子雨に囚われるよう。そう聞くと打破りたくなる性分を抱いているのは、己だけだろうか。
 獰猛の発露は微笑みで御し、清らかな雨音にコツコツとヒールの音を控えめに奏でながら、夢から夢への小旅行。
 継吾を見つけたのはその道すがら。挨拶の後、その足を留めるのはどんな花色の雨か興味が湧いた。
「どれがお気に召しましたの」
「それが、いざ実物を目にするとなかなか選べず……」
 思案を滲ませた表情が向く先では、硝子雨が芽吹き始めの草に似た萌葱に染まっていた。
 暫しその色を見つめた藤尾は、わたくしが思うに、と一言添えて微笑む。
「儚い薄紅の色に包まれる、桜の雨がお似合いですよ」
 心のままの称賛を言葉に添えた時、萌葱色に別の春色が差し込んだ。

 雨の中、二人とテレビウムが行く。空から降る雫ではなく、人の手で創られた硝子雨は、白藍に輝きながら黒色にその姿を映し広げていた。
「出口がないと錯覚しそうな景色ですわね……」
 頃子の呟きに、しゃら、と雨音が重なる。
 彼女の誘いならと渋々重い腰を上げて来た乃亜は、なるほどねと煌めく雨を見た。人工の雨なら降られないし妖刀も大人しい。――愛する人が居なくなるような、嫌な記憶も、浮かばない。
「……こんな雨もあるなんてね」
 ジョーカーさんと共に雨をじっと見つめる頃子が自分を連れ出したのは、梅雨時期で塞ぐ姿を見かねての事だろう。
 手袋に包まれた頃子は、近くの硝子雨を優しくつついていて――しゃらん。“その時”だったらしく白藍が菖蒲色に染まり始める。
「まあ! ご覧下さいまし!」
 振り返ろうとした頃子をジョーカーさんがつつく。とても綺麗ですわとボリューム落とした頃子の目は、乃亜を見てかすかに見開かれ――笑った。
「ええ、……とても綺麗ですわ」
 硝子雨だけでなく、広がる夢色を銀髪に映した乃亜も。
 連れ出した理由を口にせず、ただ、共に。さり気ない優しさに気付いてしまったから、乃亜は思わず紫髪を優しく撫でていた。
「見てるよ。……ほんと、綺麗だな」
 その言葉が頃子を満たす。苦手な雨が続く季節だけれど、この人は美味しい思い出を得られた。そして、会う事のない彼の想い人に思うのだ。
(「束の間の安寧を許してください。貴女はこの人を永遠に苦しめるのだから」)
 せめて今は優しく、穏やかに。

 ほのかに揺れた金色の硝子雨が、光の粒を散らすように反射する。
「ラシードんちにもありそうなモンだが。パシャるあたりレアいんか」
「あ。そういえば似たドレス見たな……あぁいや、俺のじゃなくってね」
 サイガは誰のと訊かずおうおうと頷いて、シゴトついでだと硝子雨しゃらしゃら係に立候補。写り込まない程度に角度にも気を使ってしゃらりとやれば、
「……冷たかないな。当然か」
「だけど熱くもないから安心だろう?」
 澄んだ金に紅が差し、変わり始めたそこを男がパシャリ。それを眺めたサイガが思い浮かべたのは、硝子雨の一番美味そうなタイミングは、いつか。
「赤から黄、緑のグラデはリンゴ感あってよろしい。青から銀は俺的にゃ魚。アンタはナニ食いてえワケ」
「俺は紫に巨峰を感じる。しっかり冷やしたやつを一房食べたい」
「体冷やしっぱは暑さにやられやすくなンじゃねえの」
「うっ。じゃあ、スカーレットでミネストローネを」
「よし」
 間もなく四十路の男にそれはきっと最適だろう。サイガはニヤリ笑い、指先から硝子雨を零れるように流れさす。しゃらららと鳴いた硝子雨は、緑色。
「……腹減った」
「うん、俺も」
 いつの間にか灯っていたリンゴ感。果物なら、どこかで売ってるだろうか。

 雨はあまり好きになれないキースだけれど、硝子雨が灯るここは、少し違っていた。
 とても不思議な空間に灯る雫は星屑めいていて、見つめてる間に口はぽっかり。鏡があったら、見事な阿呆面と自ら評したかも知れない。
 口内に映っていた雨粒は、見慣れた白色もとい光を見つけて追い出される。こんにちはを交わし、改めて見る硝子雨は鮮やかな瑠璃に煌めいていた。
「この空間はとても不思議だな。手の届く場所に星屑が散りばめられている」
「じゃあ、ここは空じゃなくて宇宙かしら?」
 光は興味深そうに硝子雨へ手を伸ばすも、触れず添えるだけに留めている。それをじっと見たキースは、触れてしまったらすぐに消えそうだけれど、それはそれで面白いような――いや、面白くないのか? と思考は行ったり来たり。
 好奇心は押さえきれず、こくり頷いた光に背を押され――ちょんっ。しゃらっ。
「おお……光もやってみるか? 星に触れる滅多にない機会だ。とても、楽しい」
「ええ!」
 ひそひそ声を弾ませ、触れれば雨音が漣のように。
 あちらの雨はどんな雨だろう。美味しい雨なのだろうか。何色だろう。
 ここの雨は逃げない不思議な雨だ。ならば次を、確かめに。

 最愛の人と手を繋ぎ進む硝子雨の間。その色彩は穏やかに移り変わる空のようだった。
 星瞬く夜に暁の時間が訪れ、明けた世界は晴れた青空へ。そして橙から桃色へ移り変われば、茜に染まる夕暮れに。そしてまた、穏やかな星の時間がやって来る。
 硝子の雨雫が紡ぐそのひとときはまるで、空を散歩しているようだった。
「……父さん」
 思わず呟いてしまったのは、その色彩が有理を幼い頃へと還していたから。
 そして、冬真にも彼女の父との思い出を蘇らせていた。
 幼い有理を腕に抱いて空を飛ぶ竜人と、空に手を伸ばす少女。自分にも翼があれば、同じように楽しませてあげられたろうか――。そう考えた事もあるけれど、今は。
「こんな風に二人で歩く空もいいものだね」
 小さな手の温もりは絶えず幸せをくれる。
 愛しい瞳を覗き込む目は優しく微笑んでいて、有理も微笑み返すと、大きな手をぎゅっと握り幸せだと伝えた。
 あの頃がとても懐かしいけれど、日々の幸せはこの人の温もりが傍に在るから。
「ふふ。冬真と同じ空を見ているの、すごく嬉しいな」
 繋いだ手に冬真の唇が幸いの印を伝えたなら、有理も自分を包んでくれる温かな手に口付けた。
 ――君が。
 ――貴方が。
 この人が隣に居るから、毎日の空色が特別に見える。
 どこまでも、飛んでいける。

 本日の天気は雨時々、夢色日和。柔らかに移ろう硝子雨の彩はきらきら眩しく、触れれば囁くような音色が心にも煌めきを生むでしょう――そして――。
「ねえ、シズネ」
 ラウルが自分達を抱く硝子雨に触れる。
 この花色は春告げの馨しい枝垂れ梅であり、老樹に寄り添うように共に生きる藤の花。
「……君と見た優しい彩の世界を思い出すよ」
「オレだって」
 灯り始めたエメラルドは蛍が魅せた命の光。金と宵色連なるきらぼしは秋の夜に見た星の海だ。
 硝子雨が灯す色の移ろいが、共に過ごし、重ねた大事な記憶――ふたりだけの思い出に重なっていく。
「ちゃんと覚えてるか?」
「憶えてるよ、ぜんぶ」
 意地悪く聞いたシズネに、ラウルは静かに頷いた。淡い煌めき全てが、その時の彩を脳裏へと当たり前のように過ぎらせたのだから。
 ゆるり過ごす間に、硝子雨は黄昏色へ。そっと触れると、ひどくか弱い音がした。
「夢色で溢れる世界だけど……俺の色を見失わないでね」
 どこか悪戯な眼差しを向ければ、それは正面から受け止められ――捕らえられる。
「見失うわけねぇだろ、オレが」
 同じように手を伸ばしたシズネだけれど、手を取った薄縹色は硝子雨ではなく、この世に唯一の、ふたつの薄縹色。
 さあまだ見ぬ雨を見に行こう。
 煌めく雨を抜けた先へ、ふたりいっしょに、何度でも!

作者:東間 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年6月28日
難度:易しい
参加:22人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 0
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