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黄昏時の公園にヒールを鳴らして歩く女性の姿があった。
手には紙袋を大事そうに抱え、いそいそと家路へと向かい公園内を歩いている。
橙の光に照らされた公園の花壇には赤や白、黄色などの色とりどりのチューリップが立派に咲いていた。女性は鮮やかに咲くチューリップを見ると微笑み、紙袋の中身に思いをはせた。
その紙袋は公園近くにあるカフェのもの。中身はチューリップの花びらの入ったジャムとゼリーだ。
珍しいチューリップのエディブルフラワーはこの時期にぴったりで、女性は今日のデザートと明日の朝食にうきうきしているためか、植わっているチューリップが一つ風もないのにゆっくりと、首を振るかのように揺れているのに気付かなかった。
彼女以外誰もいない公園で、チューリップは揺れながらその身を大きくしていく。橙の光が途絶えたのに気付いた女性が振り返れば、そこには女性の背丈よりも大きな影。
「ヒッ!」
喉が張り付いたような声が漏れた瞬間、女性の体は大きなチューリップに飲み込まれてしまった。
●
「集まってくれてありがとう、さっそくなんだけど……湯川・麻亜弥(大海原の守護者・e20324)さんが危惧していた通り、チューリップの攻性植物が現れたんだ」
公園内に咲くチューリップが攻性植物となり、帰宅途中の女性を取り込んでしまったと中原・鴻(サキュバスのヘリオライダー・en0299)は続けると、その続きを赤髪の青年――河野・鵠(ドラゴニアンの妖剣士・en0303)が割り込むように話し出した。
「1体のみで配下はいないってことらしいんだけど、普通に倒しちゃうとこの女性も死んじゃうだ……と初めまして、河野・鵠って言います、好きに呼んでくれていいよ」
説明と同時に鵠は笑顔を浮かべて自己紹介をすれば、鴻は持っていた本の背で鵠の頭を小突いて、話を進めていく。
「まぁ彼が言った通りなんだけど、攻性植物にヒールをかけながら戦えば……戦闘終了後に取り込まれた女性を救出できる可能性があるんだよ」
ヒール不能ダメージを少しずつ蓄積させて、攻性植物を倒してなんとか女性も救出してほしいと鴻は集まったケルベロス達に告げた。
夕方の公園には女性以外の人はおらず、とくに避難誘導もしなくて大丈夫とのことだ。
「大変かもしれないけど、君たちなら出来るって信じてるよ」
「終わったら、公園近くにカフェがあるみたいだから、みんなでお茶してもいいかも!」
鵠がでしゃばる様に発言すれば、鴻がまた本の背で鵠を小突くのだった。
参加者 | |
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タキオン・リンデンバウム(知識の探究者・e18641) |
湯川・麻亜弥(大海原の守護者・e20324) |
藤林・九十九(藤林一刀流免許皆伝・e67549) |
紺野・雅雪(緋桜の吹雪・e76839) |
グラニテ・ジョグラール(多彩鮮やかに・e79264) |
エレインフィーラ・シュラントッド(翠花白空のサプレション・e79280) |
●残る橙
橙を引き連れる太陽は西へとゆっくり落ちていき、濃紺の絨毯を空へと広げていく間際。
夕日の橙と夜色が混ざり合う時間帯に6人の影が公園に落ちた。
通常のものよりも、だいぶ大きくなった黄色のチューリップが一つ蔓をしならせ、地面を打ちながらその影へと伸ばされるが、
「チューリップ、まさに春の花ですね。ですが、それが攻性植物になるとは、必ず悲劇を止めましょう」
夜の濃紺とは違う、深い海のような髪を風に遊ばせその蔓を物ともしない湯川・麻亜弥(大海原の守護者・e20324)が、目の前にあるチューリップを見つめて呟いた。
可愛らしい花が攻性植物となったとはなんとも悲しいものだ。
「回復は任せてください」
「はい、お願いします」
駆け出していく麻亜弥の背を見つめ、共に駆け付けた仲間にタキオン・リンデンバウム(知識の探究者・e18641)は言いながら、ライトニングロッドを振りかざす。
「雷の障壁よ、仲間を護る盾となって下さい!」
タキオンの手によって構築された雷の壁は、これから始まる戦いへの合図を出すかのように前衛を護ると、麻亜弥がチューリップを爆破させていった。
爆風が吹く中、グラニテ・ジョグラール(多彩鮮やかに・e79264)はチューリップの様子を観察し、そして女性の姿を見つける。
葉と茎の間。そこに女性は取り込まれていたのだ。
まるで子どもを守る揺り籠のようになった葉は、女性の姿を覆ってしまって見付けづらく状態も把握は仕切れない。
グラニテは視線を河野・鵠(ドラゴニアンの妖剣士・en0303)へと向けて、指示を投げると、具現化した光の剣を握る。
「鵠ー! ダメージ蓄積が難しくなるものを除いた攻撃をしてくれたら嬉しいー!」
好奇心が溢れているだろうグラニテは指示をする声とともに、勢い良く光の剣でチューリップの葉を斬り裂くが、通常のものよりも大きく厚さもあるせいか傷を付けるくらいにしかならなかった。
チューリップが次の攻撃に動く前にと、エレインフィーラ・シュラントッド(翠花白空のサプレション・e79280)が前衛に光輝くオウガ粒子を放出していく。西に沈み行く光が、オウガ粒子の光を更に輝かせてはケルベロスたちの体に溶けていくように見える。
完璧な夜へと変わらないうちに女性を助けなければと、エレインフィーラは強く思ったのだろうか。顔の左側を覆う溶けない氷のマスクが形状を変えていく。
「自然を廻る霊達よ、人々の傍で見守る霊達よ。我が声に応え、その治癒の力を与え給え!」
自分の周囲を浮遊する精霊たちに声を掛けた紺野・雅雪(緋桜の吹雪・e76839)が、チューリップ……否、取り込まれた女性を癒すため精霊に力を貸してもらう。
その雅雪が使う癒しの力が女性ごとチューリップを包み込んでいくと、ビハインドの璃珠と藤林・九十九(藤林一刀流免許皆伝・e67549)が攻撃へと出た。
雅雪が回復をしている間に、全身に力を溜めていた九十九が超高速の斬撃を放っていき、璃珠はキラキラとした念を公園にあるベンチやらに籠めると、それをチューリップへと飛ばした。
もろもろの攻撃は、大きくなったチューリップを刈り取るにはまだ足りないのだろう、瑞々しい葉も茎も傷がついてはいるが、致命傷には至ってはいないように見える。
葉の揺り籠に包まれる女性もまだ意識を戻しそうになかった。
●橙と藍
夜の帳が広がり、ゆっくりと橙が落ちていく空。
公園内に設置された街灯も、ぽつぽつと明かりが灯り始めると、ああ夜がやってくるのだと実感が湧いてくる。
目の前に揺れる大きなチューリップは蔓で地面を叩くと、そのまま地面に潜り込ませた。
地面に接する体の一部を融合しては侵食し、ケルベロスたちを飲み込もうと激しい揺れと共に襲ってくる。
激しい揺れは麻亜弥たちの脳をも揺らすかのようで、揺れる地面に耐えるべくグラニテもエレインフィーラも足に力を籠めては眼前に立ちはだかる大きなチューリップを睨みつけていた。
その揺れで同じように耐えていた九十九の周りを心配そうに璃珠がふわふわと浮いている。
「薬液の雨よ、皆を清め給え」
藍色にゆっくり染まる世界にタキオンが薬液の雨を降らせていく。
しとしとと、まるで通り雨のように体に染み渡る薬液の雨は麻亜弥たちに癒しを与えてくれるものだった。
その雨を浴びた麻亜弥が袖口からギザギザした暗器を引き抜くと、暮れる西日に照らされるチューリップを切り刻むために動く。
「海の暴君よ、その牙で敵を食い散らせ……」
鮫の牙を思わせる麻亜弥の刃物は、チューリップの瑞々しい葉を幾度も切り刻んでいく。悲鳴をあげるかのように蔓をしならせ地面に打ち付けるチューリップにも、痛覚はあるのだろうか。
麻亜弥が切り刻んだ葉に、グラニテが惨殺ナイフで追撃すれば、瑞々しい葉はあっけなく刈り取られ、そこに取り込まれた女性がケルベロスたちに見えるようになった。
「女性の姿は見えたが、これじゃあ状態は分からなそうだな」
雅雪が言った通り、女性がいることは見てわかるが、どんな状態かまでは把握できる様子ではないようで、
「そうですね……状態が分からなくとも、早く攻性植物を倒してしまえば」
「女性を助けることができますね」
タキオンの言葉に、麻亜弥も同じことを思っていたと言うように言葉を重ねていけば、他のケルベロスたちもそうだと同意するように頷いていた。
持久戦必至の作戦になるだろうが、早いとこ決着をつけてしまいたいのも道理で。それでもチューリップの動きを読みながら、仲間の動きや言葉に反応しながらエレインフィーラも攻撃の手に出る。
攻撃手段の多彩な相手だろうと、元軍人で訓練された戦術眼は破れないはずだ。
エレインフィーラが攻撃の手に出るならば、女性を護るために雅雪が精霊の木霊で回復を行っていく。
魔法少女のようなキラキラとした煌めきを放ちながら璃珠も、九十九と共に攻撃へと。
「俺の剣技は無辜の民を傷つけるものではないんでな」
九十九が振るう軍刀がチューリップの茎を深く斬り裂いていく。
女性を無事に救い出すために、ケルベロスたちはその武器を奮っていくのだ。
●藍色
太陽はもう沈み、藍色の絨毯が空を覆ってしまった。
街灯の明かりが星のように輝く時間が始まり、夕日の温かさが公園に少しだけ残っている。
冬よりも伸びた太陽の時間であっても、チューリップとの交戦でそんなに時間が経っていないはずなのに、あっという間に沈んでしまうものだと、誰しもが胸に思っているのかもしれない。
「チューリップもだいぶボロボロっぽいなー!」
沈んだ太陽はどこへ向かったのだろうか、なんて興味が湧いてしまうのは子ども心には誰もが思ったことがあるかもしれない。そんな興味がグラニテの胸中に顔を出してはいるが、今はそれよりも目の前のチューリップを倒さなくてはと意識を集中する。
グラニテの言った通りボロボロになったチューリップ、自分たちの回復をしっかり回して火力で押し切れば倒せるはずだ。
それならばとエレインフィーラもタキオンと回復の重複を防ぐために声を掛け合って、その中を攻撃する為にグラニテが煌めく氷の世界を歌う。
「きらきら煌めく夜の中で、ひときわ輝くもの。ほら、きみにもきっと見えるはずだよー。だって、あれは」
藍色の絨毯が敷かれる夜空に、群青絵具の夜空を重ねる。流れ落ちるのは空か、それとも星か。
そんな夜空の星が輝くようなグラニテのグラビティに、今度は氷の吐息を含んだエレインフィーラのグラビティが舞った。
「凍える吹雪の中にあって、雪は時にあなたを温める事もあるのをご存知かしら?」
身を冷やすような吹雪が麻亜弥の傷を覆っては痛みを和らげる。それは冷たいはずなのに何故か温かく、エレインフィーラの心を表しているのかもしれないようだと感じるものだった。
「大丈夫だ、俺たちが必ず助けるから、俺たちを信じてくれ」
女性を励ますために耐えず声をかけていた雅雪。その思いを、回復する力に乗せて精霊の木霊で女性を回復していく。
茎に埋もれる女性の状態はいまだに把握できなくとも、ケルベロスたちは大丈夫だと、助けられると信じてチューリップへと攻撃を続けては、回復を繰り返していた。動き回る体に滲む汗。蠢く蔓による攻撃の痛みも、何もかも耐え抜けばきっと悲劇を止めることが出来る。
「璃珠、もう一踏ん張りだ」
仲間の繰り返される攻撃に、少しでも女性の体が、命が耐えられるようにと九十九が居合で穏やかな風を吹かせていけば、それに乗って璃珠がチューリップに金縛りで攻撃していった。
チューリップは積み重なる攻撃によるダメージに、やり返すことが儘ならないのだろう。ただ悔し気に蔓を蠢かしては、ケルベロスたちを睨んでいるようだった。
「もう少し……ですかね」
「そうですね」
麻亜弥の呟いた言葉をタキオンが拾い上げれば、チューリップにとどめを差すために武器を構えていく。
チューリップの太い茎に狙いを付けたタキオンは、その捕捉した場所を素早くクォーク加速放射(クォークカソクホウシャ)で射抜いた。
茎の半分が削り取られ、項垂れるチューリップに麻亜弥の暗器【鮫の牙】が、タキオンが削り取った茎の傷口を開くように幾度も切り刻んでいき、瑞々しい茎はズタズタになって、花びらが落ちいく。
ふわりと着地した麻亜弥の背後では、崩れていくチューリップが女性を残して春の夜に消えていったのだった。
●赤、青、黄色
消えたチューリップの場所には女性が横たわっていた。
エレインフィーラはそっと女性の体を起こして、付いていた砂をそっと拭いあげると、女性の睫毛がわずかに震え、ゆっくりと瞼が開かれる。
「大丈夫ですか?」
不安そうな表情を浮かべる女性の顔を覗き込んだ雅雪はそう尋ねると、戸惑いを含んだ声が小さく漏れて聞こえた。
そんな声にエレインフィーラが、女性の戸惑いと不安を少しでも消せるようにと、
「災難でしたが、アレは私たちが倒しましたから」
と話し出せば、女性は不思議な表情へと変わり、タキオンと麻亜弥が傷の確認をしてヒールと応急手当をしていく。
公園のヒールへと回っていた九十九は仲間たちが女性の介抱をしているのを横目で見て、大丈夫そうだなと安堵の息を漏らせば、九十九の周りを璃珠が甘えるように近寄っていた。
無事に終わった戦いにグラニテは公園近くのカフェに興味が取られて、そわそわと落ち着かなそうにいるのが見て取れるようで、女性も怪我もなく意識もはっきりしていて落ちていた荷物を持って家路へと帰っていくのをケルベロスたちは見守るのだった――。
「エディブルフラワーですか、とても綺麗ですね。食べるのが勿体ないです」
麻亜弥は目の前に並んだ色鮮やかな花が飾られたスイーツを見て、表情を和らげた。
エディブルフラワーが入ったゼリー、マカロン、ロールケーキ。
スイーツに合わせた紅茶まで、様々なものがテーブルに並んでは見る者の目を楽しませている。
タキオンも目の前に並んでいたクッキーを一つ手にして口に運び、程よい甘さとサクサクとした歯ごたえに目を細めて舌鼓を打てば、皆もそれに続いて自分の好きなものに手を伸ばしていった。
その中にある花びらがふんだんに入ったゼリーを一匙救った雅雪が、
「エディブルフラワーって初めて食べるが、花って食べられる物もあったんだな。楽しみだ」
と話してからスプーンを口に運んで、その美味しさにチューリップとの戦いでの疲れが癒されたようだと笑った。
「目だけじゃなくて、舌でも楽しめるなんてすごいなー……!」
「本当ですわ、クリームも甘すぎず……ちょうどいいです」
きらきらと瞳を輝かせたグラニテも、エディブルフラワーを使ったスイーツに興味津々のようで、一口食べては美味しい! と声を上げて皆にも食べてと勧めていく様子は微笑ましかった。
皆と初めて一緒に戦った鵠もそんな様子にほっこりして、グラニテが勧めてくれたスイーツを味わっていく。
せがんでいたケーキセットを前に璃珠は喜び、九十九はそんな姿を見て微笑むとブラックコーヒーを啜る。
聞こえてくる仲間たちの声が店内に広がり、穏やかな時間はこうして過ぎていったのだった。
作者:猫鮫樹 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2019年5月6日
難度:普通
参加:6人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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