大阪府大阪市中央区。
ユグドラシルの一部と化した大阪城に、5つの勢力と、5つに砕かれたグランドロンが集結していた。
一つはエインヘリアルの第二王女、ハール。この地に残りの4勢力を招聘した本人である。
一つはダモクレスの科学者、ジュモー・エレクトリシアン。機械の瞳は静かに周囲を見渡していた。
一つは螺旋忍軍が一人、ソフィステギア。マスタービーストの継承者を自称する彼女は何処となく優雅に微笑う。
一つは第七の魔女、グレーテル。寓話六塔の座を虎視眈々と狙う彼女は場違いな明るい表情を浮かべ、しかし、それを気にするものは居ない。
そして、最後の一つはエインヘリアルの第四王女、レリ。腕を組み腰掛ける彼女に宿った瞳は、全てを拒絶する様な憮然とした物だった。
ハールも含め、グランドロンの欠片の主である彼女達の間に、信頼も友愛も存在しない。ただの利害関係のみである。それは姉妹であるハールとレリも同様であった。
呉越同舟とも呼べる会談は、今後の同盟関係を意味していた。その核となる者は第二王女ハール、そして彼女が関係を結ぶ攻性植物たちであった。
「定命化に苦しむ勢力は私たちだけではありません。皆様もそれをご存じのはず」
ハールの提言に、一同は頷く。
皆が共有する映像は、個体最強とまで呼ばれたデウスエクスの一団だった。場合によっては自身らの脅威となりうる存在であったが、ユグドラシルの萌芽によって懐柔を果たそうとする今、畏れなど抱きようもなかった。
「……ドラゴン」
誰かがその種族名を口にし、誰かが頷く。全ての益を得るためには、それは避けられない名であった。
多くのデウスエクス勢力を糾合した、大作戦が、今、動き出そうとしていた。
「アイスエルフ達の救出、お疲れ様。皆の頑張りで数百名のアイスエルフと多数のコギトエルゴスムを救出する事が出来たわ」
ヘリポートに集ったケルベロス達を迎えたのは、リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)による労いだった。快勝とも呼べる結果は誰しもに満足するものであった。
それで、とリーシャは言葉を続ける。新たにアイスエルフ達が齎した情報によって、第二王女ハール達に動きがあったことが判明したのだ。
「彼女を含めた5つの勢力が大阪城に集結しているわ」
攻性植物、エインヘリアル、ダモクレス、螺旋忍軍、ドリームイーター。これらがグランドロンを用いて何らかの作戦を行うだけでも脅威であるが、得た情報は、それに留まらなかった様だ。
「――ドラゴン」
抑揚のない声でリーシャはその種族名を告げる。
「攻性植物と第二王女ハールは『限定的な始まりの萌芽』を引き起こし、ドラゴン勢力の拠点たる『城ヶ島』をユグドラシル化する事で、竜十字島のドラゴン勢力も自勢力に引き込もうとしているの」
ユグドラシル化することで、定命化の克服が出来る様だ。現に大阪城のユグドラシル庇護下においては定命化の進行遅延が確認されているらしい。
「その方法として、大阪から神奈川県の城ヶ島までユグドラシルの根を伸ばそうとしているみたいね」
もし、ドラゴンまでが一つの勢力に糾合されれば、大変な事態に陥るのは火を見るより明らかであった。
大阪城より出撃する5つのグランドロンを撃退し、その野望を阻止する必要があった。
「まず戦場だけど、『奈良』『伊勢』『浜松』『静岡』『熱海』のいずれかを担当して貰うことになるわ」
5つに分かれたグランドロンが各地域に進軍するようだ。当然、各々のグランドロンを確保した勢力もまた、共に侵攻する事となる。
「『萌芽』はこの5つの拠点で充分な量のグラビティ・チェインを注ぎ込めば完成する。その作業に必要な時間は三十分ほど。逆を言えば、三十分内に各々のグランドロンを撤退に追い込めば、デウスエクス側の作戦は失敗となるわ」
そして、5か所中3か所以上が作戦成功となれば、萌芽は完全阻止となる。2か所以下のみの成功となった場合、如何に戦績が優れていても、城ヶ島のユグドラシル化は完成してしまうだろう。
「その上でなんだけど、『成功させるだけ』ならば、各々のグランドロンを撤退させるだけで良いことは、覚えておいてね」
グランドロンの宝物庫にはアイスエルフ達の様に、妖精8種族のコギトエルゴスムが眠っている。その奪取、或いは救出を行うことが出来れば、彼らを仲間に迎えることや敵勢力の弱体化を狙うことも出来るのだ。
また、グランドロンそのものの制圧まで至れば、その地域へ進軍を指揮する有力敵の撃破も可能となるだろう。
「今現在、グランドロンがその地域のどの街を着地地点に選ぶかは不明。それと、グランドロンは着地後、グラビティ・チェインを地面に注ぐ作業に入ってしまい、無力化しちゃうので、共に進軍するデウスエクス達はまず、周囲の邪魔になる物を掃討。その後、グランドロンの護衛に入る物と思われるわ」
その為、該当地域の住民には既に避難勧告が発令されている。グランドロン到着時には無人となる為、ケルベロス達は地域住民を気にせず、作戦行動に従ずる事が出来る。
「無防備となったグランドロンの外壁に攻撃を集中すれば、侵入経路を作ることは出来るわ。まぁ、扉とか窓とか破壊しやすい場所を狙う方が良いと思うけど」
グランドロン内部にはコアと有力敵、そしてその護衛、合わせて宝物庫を守る守備隊が残っていると推測される。
「それと、各軍にも特色があるわね。皆の戦力を分ける際の参考にして欲しいの」
奈良の第二王女軍は陽動に徹する様だ。よって、ケルベロス達の戦力がある程度強力だった場合、即座の撤退を行うだろう。この軍は第二王女旗下、そして彼女に協力する少数のメリュジーヌ、攻性植物で構成されている。
伊勢のダモクレス軍は実験部隊としての側面もある様だ。ダモクレスと攻性植物からなるこの軍は戦力もそれなりにあるが、ケルベロス達がグランドロンそのものを攻撃出来る戦力を揃えてきた場合は撤退を選ぶだろう。
浜松のドリームイーター軍は、寓話六塔戦争の残党軍で構成されている。攻性植物の援軍もあるが、戦意はあまり高くなく、ケルベロス達の戦力が多い事を確認したら、無理せずに撤退する物と思われる。
そして静岡の螺旋忍軍達。動物型螺旋忍軍と狂月病病魔からなるこの集団は、螺旋忍軍が核と言うだけあって諜報能力が高く、大軍が攻めてきた様に見せかけて撤退させる、と言うような計略便りで襲撃すると、それそのものを看過される可能性が高い。
最後に熱海の第四王女軍だ。ここには城ヶ島から飛んできたドラゴンたちも合流している。ここは士気が高く、第四王女もドラゴンたちも後がないため、撤退は考えないだろう。戦力は第四王女と彼女に協力するシャイターン、そしてオークや竜牙兵、ドラゴンとなる。
「ハール王女の狙いは攻性植物やドラゴンの力を借りて、エインヘリアルの王位簒奪に間違いなさそうね」
でも、とリーシャは言葉を句切る。逆を言えば、これは大きなチャンスだと。グランドロンへの侵入を為し、コギトエルゴスムの奪取を行うことが出来れば……。
「あとは皆が為したいことを為せばいいわ。……頑張ってね」
そうしてリーシャはケルベロス達を送り出すのであった。
参加者 | |
---|---|
エステル・ティエスト(紅い太陽のガーネット・e01557) |
ヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020) |
ヒメ・シェナンドアー(白刃・e12330) |
リューディガー・ヴァルトラウテ(猛き銀狼・e18197) |
塩谷・翔子(放浪ドクター・e25598) |
北條・計都(凶兆の鋼鴉・e28570) |
フェルディス・プローレット(すっとこどっこいシスター・e39720) |
天羽・蛍(突撃戦闘機・e39796) |
●螺旋忍軍と狂月病
空に現れた巨大なそれは、例えるならば空中要塞と言う外観だった。
「アレがソフィステギアのグランドロンか……」
雲を縫う巨大な塊を見上げ、天羽・蛍(突撃戦闘機・e39796)は感嘆にも似た吐息を零していた。
遠くに見える富士山とも遜色ない大きさを見て計るに、全長だけで200メートルは超えているだろうか。一見、船と形容出来ない歪な形なのは、別たれたグランドロンの『破片』の一つだからに違いない。
「周囲に敵の影も見える。……やっぱり、螺旋忍軍と狂月病の病魔が主だね」
目を凝らすヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020)の言葉に、ヒメ・シェナンドアー(白刃・e12330)が「そう」と小さく応じる。
ヴィルフレッドの言葉はヘリオライダーの予知の反芻でもあった。ならば、彼の侵略者達の目的も、既にヘリオライダーによって語られている。
(「城ヶ島のユグドラシル化……。誰もが先を見据えているとは言え看過出来ない」)
阻ませて貰うわ。小声での宣言は、むしろ決意として紡がれていた。
「準備は宜しいですか?」
淑女宜しく仲間に問う声はエステル・ティエスト(紅い太陽のガーネット・e01557)からのものだった。穏やかな表情に、しかし、紅玉を思わせる瞳だけが爛々と輝いている事から、これからの戦いに掛ける彼女の意気込みが、窺い知れた。
「ああ。いつでも行ける」
「周りの螺旋忍軍と病魔を蹴散らし、グランドロンに取りつく。その後、外壁、或いは扉を破壊して潜入。中を突破し、セントールのコギトエルゴスムを奪取。いいね?」
応じたのは北條・計都(凶兆の鋼鴉・e28570)の短い声と、咥え煙草の塩谷・翔子(放浪ドクター・e25598)による首肯だった。
(「無事で居てくれよ……」)
共に同じ戦場を渡る事は出来なかったが、志は同じだとリューディガー・ヴァルトラウテ(猛き銀狼・e18197)は大切な存在を想い、西の空を仰ぐ。
おそらく彼女も今頃、自身の対峙するべきグランドロンに向き合っている頃か。あちらも作戦行動間際である事は想像に難くない。
「それじゃ、行きましょう!」
殊更元気な声を振り上げる修道女姿のフェルディス・プローレット(すっとこどっこいシスター・e39720)の言葉に、一同は己が得物を構え、応と返すのであった。
(「変ですね……」)
それは異変と言うにはあまりにも小さすぎる違和感だった。否、違和感ですらない。ともすれば、勘違いとも首を捻りそうな、ただそれだけの感覚――一種の悪寒の類いだった。
相手は螺旋忍軍。策謀と工作を是とする侵略者だ。俗に言えば、ただの厭らしい存在であった。
故に、一瞬だけ浮かんだ感覚を、フェルディスは思考の底へと沈めていく。
それが7人全員が感じていた違和感だとは、この瞬間、知る由もなかった。
●呉越同舟の宴
「ああ、ケルベロスか」
グランドロンの外部を映すビジョンに視線を走らせた眉目秀麗の美女――ソフィステギアはふむと頷く。
グランドロンを取り囲む護衛のデウスエクス達を更に取り囲む40を超える無数の影。それこそがデウスエクスを殺す牙を持つ猟犬、地獄の番犬ケルベロス達の姿であった。
(「どうする……?」)
部下の誰かの問いに、ソフィステギアは唇を歪める。
「適当に遊んでやれ。ハールからは引くなとの要請を受けているわけではない。義理を通しさえすれば良いだろう」
命令を伝達した後、もっとも……と嗤う。
「策も謀も禄に出来ぬ猪突猛進なお子様達だ。留意してやれ」
御意、との声を聞かずとも判る。配下達は自身の意図を汲み取り、上手くやってくれるだろう。
さぁ、せめても無聊の慰めだ。楽しませておくれ。
道化の踊りは真摯な物ほど面白い物なのだから。
「来たぞ」
吐き捨てる様に独白した翔子は自身を含めた4人と1体の前衛の前に雷の壁を構築する。
自身らに取り憑いたのは山羊の頭蓋――ドクロの様な頭をした病魔だ。直接の面識はなかったが、こいつらが狂月病の病魔だと言う事は諸処の報告書で理解している。
ならば、彼奴らの次の手は推測出来た。
ドクロの口が開き、悲鳴にも似た反響音が辺りに響く。3体同時の音波攻撃に晒されたケルベロス達は、刹那、動きを止めてしまう。
シャァァとの怪音は、空気を裂く一撃と共に。それが病魔の拳の唸りであると悟った時は、既にその一体がエステルに肉薄した直後だった。
「こがらす丸!」
だが、破砕音は別の処から響き渡る。
計都の命令の元、エステルと病魔の間に割り込んだこがらす丸が自身の身を盾にと拳を受け止めたのだ。盾にした風防は無残にも砕けていたが、その傷を案ずる必要は無い。
「特別製だよ、ヒーリングバレット!」
「キュウ!」
砕かれた風防は蛍の放つ薬液の弾丸、そして翔子のサーヴァント、シロが付与するに属性によって修復されていく。
「――射抜く」
一瞬の攻防の後、紡がれたのはヒメによる刺突だった。無数の突撃が、初撃、次撃と身軽に躱した病魔の身体を貫くのに時間を要さない。その動きだけで悟る。
「計都は足止めを! ヴィルフレッド、リューディガーは狙いの補助を。――こいつら、キャスターよ!」
護衛の相場とくれば盾役か回避役か、それとも治癒役と言った処だろう。病魔が纏った加護は、当然の選択であった。ヒメの叫びに、一同は強く頷く。
「1発なら躱される弾丸でも、6発同時なら!」
計都の弾丸は病魔の背に携えられた羽根を貫き、ライドキャリバーのこがらす丸の車輪は彼らの脚を挽き潰していく。
「この戦い、決して負けられん。全力で行くぞ!」
「特別サービス、この情報はタダで教えてあげるよ!」
リューディガーの気合い混じりの咆哮と、ヴィルフレッドの悪戯混じりの笑みが重なる。偉丈夫の召喚した蝶の幻影はエステルの、そして蠱惑的なシャドウエルフの微笑は前衛に立つ仲間全ての感覚を研ぎ澄ましていく。
「汚ぇ病魔如きが! 他人の技、パクってんじゃねーよ!」
口汚い罵倒が響いたのは、その瞬間だった。
ぎょっと目を剥く仲間を余所に、エステルは罵詈雑言と共に、獣の叫びを病魔達に叩きつける。先程自身らが行ったと同じ音波攻撃を受けた病魔達が脚を止めたのは、グラビティの効果故か、それとも自身に向けられた気迫に恐れ戦いた為か。
「相棒はまたいつもの激昂クセですか」
仲間の集中砲火を受け、ボロボロになった病魔の一体を竜砲弾で叩き落としながら、フェルディスは「くはっ」と苦笑いを浮かべる。
残念だが、今回の戦いも敵と相棒の補助の双方で苦労しそうだと、楽しげな予感に身を震わせていた。
やがて。4体居た病魔も1体までに削られていく。
8人と2体による連携は、ただ、グラビティを振り回すだけの病魔に止める事は出来なかった。
「落ちて行け。夜の中に」
そして、最期を彩ったのは、エステルの投げ技だった。首を担ぎ、全身のバネを総動員して力任せに地面へと叩きつける。首刈りから始まる一本背負いはウサギの脚力で空を舞い、次の瞬間、病魔の頭蓋を地面に叩きつけていた。
ぐしゃりと頭蓋を潰され、命を潰えた病魔はそのまま、光の粒へと消えていく。
「シャアアアアアア!」
狂戦士さながらの雄叫びは勝ち鬨とは思えないほど、凶暴なものだった。
●攻防は交われど
飛来した手裏剣はリューディガーに打ち払われ、投擲によって体勢の崩れた螺旋忍軍の一体を、エステルのライフル弾と計都の可動式戦鎚による重撃、こがらす丸の掃射が撃ち抜く。――一体、撃破。
猫を思わせる病魔の穢れた爪撃はしかし、翔子の錆びた金槌に阻まれ、彼女を飛び越えたヒメの緋色と碧色の斬撃、フェルディスの跳び蹴りによって打ち砕かれる。――一体、撃破。
グランドロンを取り囲むデウスエクス達は、ケルベロス達の攻撃によってその数を一体、また一体と死へと追いやられていく。
その事自体は喜ばしい。その筈なのに。
「違和感……あるよね?」
シロと共に仲間に治癒を施しながら呟かれた蛍の台詞に、螺旋状の氷武器を構えたヴィルフレッドは是と頷く。
最初に感じた違和感は、チクリと感じるぐらいの、謂わば針傷と言った程度の物であった。だが、それは針の先に仕込まれた毒の様に身体を蝕んでいる気がする。
「そうだな。戦場に出ている大半は病魔で、螺旋忍軍はほんの一握りだ。――未だ、デウスエクスはケルベロスを舐めているのか?」
ケルベロスの出現当初、デウスエクス達はその危険性を真っ向に考える事なく、ただの地球人同様、グラビティ・チェインを搾取されるだけの存在と見下していた。
幾多のデウスエクスのゲートを破壊した今でも、その考えを改めないデウスエクスが居るのも事実。
だが、幾多も作戦失敗を重ねたソフィステギアが未だその選民思想に染まっているとは考えがたい。故にヴィルフレッドはその言葉を否定しようとした。
「そんなわけは――あっ」
そこで思い至る。戦場に出ている大半は病魔。そして、少数の螺旋忍軍は――。
「使い捨て……?」
下忍と呼ばれる彼らと、儀式によって増やせる病魔しか戦場に出ていない事実に思い当たる単語は一つしかない。
「どう言う事だ?」
怪訝な表情を浮かべる翔子は、人狼を思わせる病魔を薙ぎながらヴィルフレッドへ問う。
「そのままの意味だよ! 外にいる敵は全部使い捨てだよ。だったらっ!」
「ソフィステギアの狙いは……?」
独白と共にフェルディスはヘリオライダーの言葉をそのまま反芻する。
(「『大軍が攻めてきた様に見せかけて撤退させる、と言うような計略便りで襲撃すると、それそのものを看過される可能性が高い』……でしたよね」)
そう、ヘリオライダーの未来予知は万能ではない。否、未来予知の内容に関する精度そのものの高さは誰もが知る事だが、彼女らの語る未来予知が未来の全てを網羅している訳でもなく、そして、もしも、そこに語られていない事があれば、ケルベロス達が作戦や行動を以て、その穴を埋めるしかない。
(「もしも螺旋忍軍の裏を掻かないといけないのならば、それ以上の計略を以て対処する必要があった……?」)
ヘリオライダーの予知内容を逆手にとって、ケルベロス側が撤退を促そうと企てている。そう錯覚させる事が出来れば。
或いは、ケルベロス側が少数の軍勢、或いは弱軍と見せかける事が出来ていれば。
搦め手を得手とする敵に、しかし、ケルベロス達は真っ向突破を選択していた。
ならば敵は――。
「相棒!」
フェルディスの叫びはしかし、狂乱の渦中にあるエステルには届かない。
同じくグランドロンに取りついたヒメと共に、破壊のグラビティをグランドロンに叩きつける。ドアすらも引きちぎる膂力と、紫の閃光による刺突がグランドロンに亀裂を生み出していく。抉られ、僅かに刻まれた入り口を、押し広げるのは計都とこがらす丸による射撃だ。金属と金属のぶつかり合う音が響く都度、二人によって開けられた穴は少しずつ巨大化していく。
そして、事が起きたのは、その穴が人一人分に及んだ、その刹那だった。
「――浮上!?」
「逃げる気か!!」
最初の叫びは誰が上げた物だろうか。
リューディガーの咆哮に、しかし、応じる声はない。
見れば、周囲に居た病魔達、そして螺旋忍軍達の姿は何処にもなかった。
「――っ!」
「駄目だ、蛍さん!!」
己の翼を広げ、飛びつこうとした蛍をヴィルフレッドの手が制止する。
彼女だけではない。幾人の飛行能力を持つ者達は翼を広げ、しかし、彼女同様、仲間に止められていた。
敵陣となるグランドロンへの吶喊は自死を選ぶ様なもの。そのような無謀な突撃を看過するわけに行かない。それは誰もが同じ気持ちだっただろう。
見上げるケルベロス達の視線の上で、ぽとりぽとりとグランドロンから落下する者達がいた。
それがグランドロンに取りついた仲間だと気付いたのは、その身体が視認出来る程に大きく映った頃であった。
やがて、グランドロンの姿は雲間へと消えていく。それを追う事は、誰にも出来なかった。
「作戦は成功した、けど」
見上げた計都は大きく溜め息を吐く。グランドロンが撤退した今、勝敗は彼の言葉の通りであった。
「――得るものはなかった、か。ちっ」
苦々しげな紫煙が、悪態と共に翔子の唇から零れていた。
●船よさらば
西の空を見上げるリューディガーは、ただ、その先にある奈良の街に祈りを捧げていた。
無事で居て欲しい。戦いの前に祈った想いは戦いが終わった今も変わらない。
大丈夫、と信じている。ハールはこの戦場――ソフィステギア以上に慎重に行動するとの未来予知があった筈だ。戦場に立ったケルベロス達次第だが、おそらく即座の撤退となっただろう。それこそ、自身の願望と理解しても、そう願わずにいられなかった。
「……ですね」
フェルディスとヴィルフレッド、そしてヒメの表情は暗い。
リューディガーの心中通り、ハールは慎重な動きを取っている。それこそ臆病だと揶揄出来る程に。
そうだ。そうなのだ。彼女たちは混成軍で、そして、それぞれに特色のある戦略を展開していた。
直情なレリ王女と、後がないドラゴンによって構成された熱海の兵力は撤退を選ばない。ならば真っ向勝負、或いは勝負そのものを回避すると言う手段が取れた。
それ以外の軍に共通する事は、戦力差が明確ならば撤退を選ぶと言う事が挙げられた。
それを欺く方策を選ぶ事が出来れば、或いは、潜入班である自身らが、潜入後だけではなく、潜入の為の工作に意識を割く事が出来れば――。
「仕方ない……ですよね」
言葉とは裏腹に、悔しさを表情に滲ませながら、エステルは仲間の背を押す。
静岡の地における萌芽の儀式は遮った。それは誇るべき事だ。願わくば、他の地域における儀式の阻害、並びに一箇所でも良い。コギトエルゴスムの奪取が成されていれば。それが彼女達の願いでもあった。
「悔しいよね」
自身の出来る事を精一杯やった筈だ。だが、やれた事、やり残した事があったのではないか。
自責の念を言葉に込め、計都が独白する。
「何処かでまた機会があるさ」
気持ちは分かるとの翔子の言葉は、セントールのコギトエルゴスムを助けられなかった事に対してだろう。気休めだとしても、それを告げないわけに行かない。それが大人の役目だと言わんばかりの彼女の声はしかし、絞り出す様に紡がれていた。
「――次があれば、必ず」
決意を込め、蛍は拳を振り上げる。今回は出来なかったが、セントールのコギトエルゴスムを奪還する機会が奪われた訳ではない。今は、まだそう信じるしかないとしても、自分が信じなければそれが叶う事はないと言わんばかりの決意――それもまた、祈りの形だった。
何処かでそれを嗤う、侮蔑の高笑いが響いた気がした。
作者:秋月きり |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2019年5月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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