ミッション破壊作戦～邪霊怨嗟煉獄変

■リプレイ

●豪雪都市の毒
　感じる空気は卯月の風としては、冷たく、寒々しい物だった。
「遠くに来たもんだねぇ」
　光り輝く強襲型魔空回廊用兵器、グラディウスを携えた水無月・鬼人（重力の鬼・e00414）は独り言ちる。びゅうびゅうっと身体が切り裂く空気は4月末の時分と言えど、未だ、冬の気配を残していた。
　当然だ。ここは越後、新潟県上越市の上空なのだ。日本海の側に位置するこの町は、慣れ親しんだ場所の空気とは何もかも違う。
「見えてきたよ！」
　その言葉は安海・藤子（終端の夢・e36211）から。鬼人と同じくグラディウスを携えた彼女は、やはり同じく、越州の空気を切り裂きながら、降下している。
　――そう、彼らは降下していた。
　4人からなる小隊の彼らが抱く目的は、強襲型魔空回廊の破壊。その為のグラディウス、そして魔空回廊へのダイブだ。
（「……4人、か」）
　仲間達の顔を見渡し、旗楽・嘉内（フルアーマーウィザード・e72630）は内心で嘆息する。
　多数を以て事を為すケルベロスにして、4人とは最低限の人員だ。皆の顔が強張っているのも、緊張だけでは無いだろう。
　いざとなればこの身を捨ててでも彼らを守る。それが年長者たる自身の義務であり責任だと、覚悟はあった。
（「何も無ければそれに超したことはない、けども」）
　それは祈りにも似た願望だった。
　だが、賽は投げられた。こうして4人はグラディウスを抱き、ヘリオンから魔空回廊へと飛び出した。
　新潟県上越市。未だ、一度の攻略がされていないミッション地域。初撃を決めるのは自分達だ。
　故に、とシヴィル・カジャス（太陽の騎士・e00374）は青き瞳を爛々と輝かす。この一度でこの地を攻略し、平和を約束する。その想いは、気概だけはデウスエクスに負けるつもりはない。
「太陽の騎士シヴィル・カジャス、ここに見参！」
　鬨の声が寒き空に猛々しく響き渡る。

「太陽の騎士シヴィル・カジャス、ここに見参！」
　グラディウスと共に振るうグラビティは魂の叫びとも言うべき、内なる叫びと共に発露される。
　それがグラディウスの攻撃を――魔空回廊への攻撃を最大限に転換する為の方法であった。
「普通の攻撃であれば目に見えるが、毒と言うのは目に見えない分、厄介だな！　デウスエクスであれば毒等使わなくても人を殺せるだろうに、わざわざ毒を使う等なんて、なんて悪趣味なデウスエクスなんだ！」
　絶叫は雲間に拡がり、辺りに浸透していく。
「太陽の騎士を名乗る者として、人々の明るく太陽のような笑顔を、『勇者を選定する』為だけに奪う貴様らを許しておくわけにはいかない！　これまで貴様らが奪ってきた命の重さを思い知らせてやる！」
　何よりも拡がるのはグラディウスの抱く輝きだった。黄金の輝きは暗雲を切り裂く様、四方八方を貫いていく。
「毒を撒いて勇者の選定だと？！　……シャイターンは、どいつもこいつも！　そんな事の為に無辜の人々の健康を損ねて苦しめるなど……許せん！」
　毒に対する怒りは、嘉内の叫びからも零れていた。
　この地の人々が訴える体調不良がシャイターンの悪行である事は誰もが知ること。ならば、その破壊に毒への憎しみを抱くのも正しい怒りだった。
「私の憤怒を伝えろ、グラディウス！　その非道、これで止めてやる！」
　シヴィルに続く嘉内のグラディウスもまた、新潟の空を眩く照らしていた。
「毒を使ってってのが気に食わないわ」
　静かに紡がれた怒りは、藤子の叫びだった。
「誰だって人生を生きるのにもがいてるってのに、その姿が勇者に相応しい？　バカも休み休み言えよ」
　この世界、誰しも生きるのに必死だ。ならば、その中で苦しみだってあるだろう。だが、その苦しみは誰かが押し付けて良いものでもない。まして、侵略者になんて――。
「しかも毒ってのが気に食わない。大人も子供も関係無しじゃないか。誰もが大事な人と別れたくない、その為に足掻いてるのに」
　別れの形は様々あっても、本当に大切な人との別れを望む者はいない。
（「――貴方も、よね」）
　脳裏に浮かぶのは一人の少女だった。理不尽な別れを強いられる事は自分達だけで十分な筈だ。
「そんな理不尽な別れを強いる奴なんて許せねぇよ。だから、さっさと失せろよ」
　だから、不条理に縁を切り裂く毒なんて許せるはずもない。
　藤子の叫びはグラディウスを輝かせ、極限の光を抱かせる。
「他人様の星を勝手に占拠して、勝手に試練を与えるってか？　神様気取りもいい加減にしろよな！」
　デウスエクスとは異郷の神。常軌を超えた異能を以て、傍若無人に力と我欲を振りまく侵略者の事だ。
　それに巻き込まれた一般人はたまった物ではないと鬼人は憤りをぶつける。
「そんなに試練が好きなら、俺からも与えてやらぁな！　此奴をぶっ壊して、俺達に倒されるって試練を、なぁ！」
　我らは地獄の番犬、ケルベロス。不死者の心臓に重力の楔を撃ち、死を与える牙を持つ猟犬だ。
「我流剣術、鬼砕き！　理不尽を打ち砕け！」
　4つの叫びは光の矢と化し、魔空回廊を包む障壁――バリアを穿つ。
　立ち上る爆炎と雷鳴は、彼らの重力がバリアを、そして魔空回廊を蹂躙していく証。
　だが、それでも。
「――魔空回廊、健在」
　これからの戦いを思い、口調を転じる藤子は己が顔を覆う面を外す。
　翠玉を思わせる瞳が見つめる物は、炎と雷に蹂躙されながら、それでも健在な魔空回廊だった。
「くっ。おのれ」
「撤退するぞ！」
「応！」
　着地と同時に零れた独白は、悔しげに紡がれたシヴィルのもの。同時に鬼人と嘉内の叫びが、黒煙溢れる町の中に響いていた。

●毒の名は『悪意』
　風が吹いている。仲春にしては冷たい風が孕むものは冷気のみではない。この地に撒かれた毒と、そして、グラディウス攻撃の爪痕――爆炎と雷光による熱気だった。
（「このまま見つからなければ――」）
　鬼人の祈りはしかし、叶わない事は自身が一番知っていた。
　建屋を躱し、路地を抜け、可能な限り障害物の多い道を選択する。川を目印に南下するのは、巡り巡って市街地に戻らない為の措置である。魔空回廊からある程度の距離をとれば、ヘリオンと合流しこの地から脱出となる。
　つまり――。
「ケルベロス！」
　怒りの声と共に、空から飛来してくるのは、申し訳程度の布を身に着けた褐色肌の女性だった。空中の自身を浮かせるタールの翼、そして妖精族特有の尖った耳は彼女が地球人でないことを示していた。
　炎と略奪を司る妖精、シャイターン。その名を『毒使いクーリヤ』と言った。
「クーリヤっ！」
　裂帛の気合いを伴った一撃はシヴィルからだった。高潔な騎士の一撃を毒粉混じりの風で受け止めたクーリヤは、にぃっと表情を歪ませる。
　それはあからさまな嘲笑で、蠱惑的な微笑でもあった。
「まだ勇者の選定をしているようだな！　貴様らシャイターンはいつもそれだ。同じ仕事ばかりしていて虚しくならないのか？」
　カボチャ型のヒールドローンを召喚しながらの彼女の台詞にしかし、返ってきた台詞はそれに準えた嘲り。
「相変わらずデウスエクスを殺しまわっているようね、ケルベロス。強襲型魔空回廊を破壊しようとして失敗続き。虚しくならないの？」
「――くっ」
　それデウスエクスを穿つ番犬同様、自身の仕事だと揶揄を交えて紡がれた言葉はしかし、横殴りの斬撃、そして砲撃によって塞がれていく。
　霊体のみを汚染破壊する斬撃は鬼人が切り結ぶ武骨な斬霊刀から。そして、嘉内の竜砲弾はクーリヤを穿ち、吹き飛ばす。
　タールの翼で態勢を整えた藤子のサーヴァント、オルトロスによる剣の一撃だ。
　ざっくりと切れた肌から零れる赤黒い液体は、まごうこともなく血潮であった。
「悪鬼め……」
　磨羯宮の加護を描きながら零れた台詞は、クーリヤに対する非難であり、しかし、それを受けたシャイターンは笑みを崩すことはない。己が傷を薬粉で癒やしながら浮かぶそれは、まるで親しい友人に向けるような柔らかな物であった。
（「違うっ」）
　ベールの下に形成された笑みを睨みながら、嘉内は唾棄の思いで独白する。
　彼奴の笑みは柔らかく、だが、禍々しい。下郎。邪霊。悪鬼。様々な異名を恣にするシャイターンそのものの笑みは扇情的であり、そして、破滅を呼ぶ毒だと思い知る。
「勇者、ねぇ」
　シヴィルの問いに興味を持ったのか、穏やかな声が応じる。
「確かに私たちは毒という試練を課し、勇者を探している。苦しみの中、それでも生きる意志を失わない者こそ勇者に相応しい」
　それが存在理由だと言わんばかりに。
「だから、断じて上げる。今回も失敗した、とね」
「俺たち含め、まだ勇者を見つけてないって事か！」
　鬼人の弧を描く斬撃は袈裟掛けにクーリヤを切り裂き、薄手の布を剥ぎ取っていく。裂かれた薬帯も、露わとなる乳房も、そしてそこに走る傷すら気にもとめず、クーリヤは嗤う。
「ええ。そうね。少なくとも、貴方たちは勇者では無い」
「お眼鏡に適わず何よりだぜ！　此はデウスエクスの闇を祓い、未来を導く希望の翼――。その羽ばたきは、何人たりとも逃しはしない！」
　翠玉の翼は嘉内が射出したナノマシンによって生み出せた得物であった。
　放たれた無数の羽根弾は、苦無斯くやとクーリヤに突き刺さり、赤黒い華を空に咲かせる。
　エメラルドの輝きを持つ弾丸はしかし次の瞬間、血毒に侵され、じゅっと溶けていった。
　返す刀で散布されたのは病冒す毒であった。自身の内から込み上げる熱を飲み込むものの、胃酸とは異なる刺激に、ボロボロと涙すら零れてくる。
「戯れに聞こうか。俺たちを勇者と呼べない理由を」
　魔力を付与しながらの藤子の問いに帰ってきたのは「知れたこと」との短い返答だった。
「グラディウスの力を最大限に生かせないのがその理由。攻城兵器たるグラディウスも数が揃わなければ意味が無い。地球人程度の精神力でそれらを扱うなら少なくとも8条――否、6条は用意してみなさいな」
　だからと嘲笑する。故にと哄笑する。
「もっとも、孤高の勇者を気取っているのでなければ、ね」
「忠告、痛み入ると言ってやろう」
　治癒のオーラで自身を癒やすカジャスの皮肉に「どういたしまして」と返ってきたのはデウスエクスなりの皮肉か。
　そして、次の瞬間、振りまかれた毒はその治癒を無為に貶めていく。
「今、ここで失敗しても、第二第三の俺たちがここを攻略する。それは何れ、この地の魔空回廊の破壊へとつながるだろう！」
　自身に纏わり付く毒の粉を拭い、突進するオルトロスと、それを使役しながら叫ぶ藤子の台詞は、確かにいずれか叶うだろう。
「我が言の葉に従い、この場に顕現せよ。そは静かなる冴の化身。全てを誘い、静謐の檻へ閉ざせ。その憂い晴れるその時まで……」
　そして紡がれた詠唱は氷の龍を呼び、クーリエの身体を穿つ。
　薄布のみを纏う身体を縛る氷の戒めに、そして自身を裂く氷の爪牙に、クーリエの表情はとても疎ましい物へと転じていった。

●毒晴れぬ場所を後にして
　どのくらいの時間が経過しただろう。
　遠くで鳴り響く雷鳴も、爆音も、陰りを見せ始めて来ている。終局は近かった。
「我流剣術『鬼砕き』、食らいやがれ！」
　クーリエの身体を切り裂く一刀は――否、三振りの刀撃は鬼人によって紡がれていた。治癒薬で修復した薄衣も、そして傷も、その攻撃に耐えられる物では無い。
　悲鳴と共に空を飛んだクーリエはしかし、千切れそうな薬帯をそのまま、デウスエクスの膂力で引きちぎる。
「――？！」
　それはおそらく彼女の有している全ての毒なのだろう。
　雨霰と降り注ぐ極彩色な液体に、ケルベロス達は両手でその身を庇うのが精々だった。
「――ちっ！」
　薬液が肌に付着し、じゅっと音を立てる。鎧を、衣服を焦がし、きな臭い臭いを周囲に巻き散らす。
　だが、それが最後だった。
「逃げた？！」
「おのれ、卑怯だぞ！」
　嘉内の言葉は踵を返し、一直線に魔空回廊へと飛んでいくクーリエに。シヴィルの罵倒もそこに注がれる。
「いや、こちらも逃げるよ！」
　爆炎と雷鳴が収まり掛けた魔空回廊を見やった藤子が鋭い声を上げる。
　毒では殺しきれない。そう判断したクーリエは戦場からの離脱と、援軍の招聘に向かったのだ。ここで時間を食えば、自分達の破滅となる。
　遠目だが、遙か彼方に見える小さな点は、集団を形成し始めているような気がする。このままだとここも危うい。
「了解した！」
　そしてケルベロス達は一目散に走り出す。無駄な戦いを継続する意味は無いとばかりに。

（「――ほんと、早く解放されてくれればいいんだがな」）
　ロザリオに手を当てて零す鬼人の独白だけが、寒空の街に消えていった。

作者：秋月きり	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2019年4月28日 難度：普通 参加：4人 結果：成功！
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