グランドロン迎撃戦~機略と踊る

作者:黒塚婁

●グランドロン同盟
 大阪城――それが攻性植物のゲートとして、ユグドラシルの一部と化し、長らく経つ。
 そして今この地に、リザレクト・ジェネシスの戦いで五つに砕かれたグランドロンが、エインヘリアルの第二王女・ハールの招聘に従って集結していた。
 ダモクレスの進化を目論む科学者、ジュモー・エレクトリシアン。
 マスタービーストの継承者を自称する乱戦忍軍、ソフィステギア。
 寓話六塔の座を虎視眈々と狙う、第七の魔女・グレーテル。
 そして、女性の地位向上に取り組む、エインヘリアルの第四王女・レリ――此処に集うものはハール含め、信頼や友愛など持ち合わせず、ただ、利害で繋がるのみ。
 攻性植物の勢力の懐にて、同盟を組んだ彼らは更なる勢力拡大を目指し、定命化の危機に瀕するドラゴンを見据えている。
 斯くて、戦況は大きく動き出す。
 数多デウスエクス勢力を糾合した作戦、その結実は成るか――。

●グランドロン迎撃戦
 アイスエルフは無事解放され、同胞と加わった――その一件に関して短いながらケルベロスを労いつつ、雁金・辰砂(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0077)はすぐさま次の用件を語り出す。
「同時に情報を得た結果……エインヘリアル第二王女ハールを含む複数のデウスエクス勢力が、グランドロンと共に大阪城に集結せんとしているらしい」
 攻性植物、エインヘリアル、ダモクレス、螺旋忍軍、ドリームイーターの五勢力が大阪城に揃う――そのことばひとつ聞き付けても、看過できる状況ではない。
 しかし状況はそこに留まらず、攻性植物と第二王女ハールは『限定的な始まりの萌芽』を引き起こし、ドラゴン勢力の拠点である『城ヶ島』をユグドラシル化する事で、竜十字島のドラゴンどもも引き込もうとしているということが予知にて明らかとなった。
 これを認めれば、ドラゴンたちが定命化を克服する可能性すらある――。
「果たされれば、ひとまとめに叩けて丁度良いなどと、冗談ではすまぬ状況になるだろう。ゆえに貴様らは疾くグランドロンを撃退せよ――と、そういうことだ」
 辰砂は目を細めて、ケルベロス達を見つめる。
 そして、ゆっくりと反応を確かめると、小さく頷く。
「この策を成すには『大阪城から城ヶ島までの根の通り道に、莫大なグラビティ・チェインを注ぎ込みユグドラシルの根を成長させる』必要がある。どうやって達成するか……そこに、グランドロンを利用するようだ」
 五つに分かれたグランドロンが各地点に進撃、グラビティ・チェインを地中に注ぐつもりらしい。
 この作戦が三カ所以上で成功すれば、城ヶ島のユグドラシル化は達成される。
 用意された時間は三十分――この間にグランドロンを撤退、撃破すれば良いのだが。
「その宝物庫には『妖精八種族のコギトエルゴスム』が存在する。内部に忍び込み、これらを確保できれば、彼らを解放できるだろう」
 更に、その地のグランドロンを完全制圧、撃破すれば――コギトエルゴスムを確保した上に、それを繰る将の討伐まで可能だろう。
 無論、それには綿密な計画が必要となる――ひとつの有力勢力を潰せることは魅力的であるが、全体を見て、果たさねばならぬ最低限は押さえねばならぬ。
「ひとつ朗報がある。この同盟は各勢力が己の利害を優先した結果、成立したもの――故に、ハールもそれぞれに『命を賭せ』と命じられなかった。殊に『第二王女軍』と『螺旋忍軍』は撤退に関しては判断が速いだろう。判断する条件は異なるが、胸に留めておくといい」
 そして反対に、絶対に退けない勢力がひとつ。
 それこそが『第四王女軍』――ここにはドラゴン勢力が加勢に加わっており、彼らはこの作戦にすべてを賭けている。よって、己が役割を果たすまで、撤退はない。
「他の情報は纏めておいた。じっくりと検討すると良い。あちらも死の物狂いゆえ、立ち塞がる戦力は脅威ではあるが……瀬戸際を渡っている事に変わりは無い。ここを崩し、そのまま瓦解させるも、一興だろう」
 少し愉しそうに辰砂は口の端を持ち上げて、直ぐに消した。
 さて、何処へ向かう――彼はそう問うて、ケルベロス達の判断を待つのであった。


参加者
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)
火岬・律(迷蝶・e05593)
シア・ベクルクス(花虎の尾・e10131)
輝島・華(夢見花・e11960)
一之瀬・瑛華(ガンスリンガーレディ・e12053)
翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)
イズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)
プラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)

■リプレイ

●運命の地
 ヘリオン内にて、グランドロンとその足元に蠢く無数の敵影を確認する――人々の気配は一切しないが、地上は随分と賑わっている。
「多くの勢力が揃うだけでも脅威だというのに……城ヶ島のユグドラシル化、それにドラゴン勢力が定命化克服の可能性……」
 翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)に寄り添っていたシャティレが、静かに空へと舞う。風が髪を攫う。
 すべての音を掻き消すような風の前でも、彼女の声音は不思議と通った。
「これ以上数多の命が奪われる危険性が生まれる事は、何としても阻止しませんと」
 彼女の言葉に、そうね、とプラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)が目を細める。
「城ヶ島ユグドラシル化……ドラゴンに定命化を克服されたら拙いし止めないとね」
「ドラゴンが定命化を克服なんてそんな事は絶対にさせません!」
 プランの言葉に大きく頷き――輝島・華(夢見花・e11960)が宣言する。ふわりとした口調は封印し、信じられる仲間と――傍らに控えていたブルームに行きますよ、と声を掛ければ、花咲く箒のような形のライドキャリバーは応えるようにくるりと転回した。
「ソフィステギアって、狂月病の病魔を使って神造デウスエクスを生み出そうとしてた螺旋忍軍だよね――今度はドラゴンも仲間に取り込もうとしてるなんて、そんなこと絶対させないんだから」
 イズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)の緋色の瞳がグランドロンをじっと見つめる。
 神秘の植物を育むことは、とても興味深いことだけれど。
 それを許すわけにはいかない――そっと彼女が囁くと、
「木がのびのび根を張るのは本来望ましいけれど……此度に限っては止めさせて頂きます」
 シア・ベクルクス(花虎の尾・e10131)がその横に並び、凛然と告げる。
 柔らかな緑髪に咲くミモザの花が、風に揺れて、きらきらと輝いた。

 ――彼らが地上に降り立てば、すぐさま犬が吠え立てる声が響いた。
 呼び掛けに応じ、数体の影が凄まじい速度で近づいてくる。どれも犬――色は様々だが、四肢を躍動させあっという間に距離を詰めてこようとしている。
 それらは只の犬では無い――螺旋忍軍の、立派な螺旋忍者である。
「此処で戦いますか?」
 火岬・律(迷蝶・e05593)が短く問うた。遮るもののない開けた土地。戦いやすいが四方八方から目につきやすい。遊撃としては、申し分ない状況であるが。
「螺旋忍軍だけの部隊のようですね……単なる巡回部隊か、斥候部隊か――」
 逡巡は一瞬。カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)が少しだけ移動しましょう、と提案する。
「三十分の長丁場ですからね。最初に飛ばしすぎて息切れ、なんて事にならないように注意しませんと」
 まずは相手の様子を見たいというのは、共通の意見であろう。
「徐々に激しく、ということですね」
 くすりと小さく笑い、一之瀬・瑛華(ガンスリンガーレディ・e12053)が言う――見目こそ淑やかな微笑みであったが、涼しげな色の瞳には戦いに向けた昂揚が混ざっていた。
 皆の表情を一瞥し、律が半身振り返る――視界の先には住宅街があった。
「では、追いつかれる前に、あちらの路地へ」

●小手調べ
 黒と白の犬が地を蹴った。螺旋の力を口腔内に作り出し、ケルベロス達に喰らいつこうと跳びかかってきた。
 その前へと身を投じるのはブルーム。もう一体へは律が打刀を閃かせて応じた。
 螺旋の力が玉鋼の上で弾けて、腕まで揺さぶる。だが、表情一つ変えず、印を切るように柄へ指を添える。
「土、水、木、火、金、月、日、計、羅」
 彼が唱えるは九曜の調。
 その呪は視覚を制御し強化するが――呪であるゆえ、一時的に全身に無数の疵が走り、蒼き螺旋の眩みが世界を紫に替える。
 更に、後方からカラフルな爆炎とともに、花弁が舞う。
「皆様を支えられるよう私も最善を尽くして頑張ります」
 華の言葉と共に、奥底から力が高まる感覚が湧いてくるようだ――思い、風音は前方へ縛霊手を差し出す。
 後方の犬が放った氷結の螺旋が止まって見えた――縛霊手より打ち出された巨大光弾が螺旋を呑み込んでいく。
 瑛華が巧みに操る黒檀のヌンチャクが空を裂く。背面より肘を曲げ、正面へと投じるような姿勢から、ひとつなぎの長い棍と繋がり伸びた。
 そのまま強かに犬の喉を突いて、後ろへと押しやる。
 いっそ一度退こうとするのを阻むよう、天空より無数の刀剣が降る。シアのやや紫かかった視界で、地を蹴り壁を蹴り、中天にしなやかに跳んだプランの艶やかな唇が三日月のように弧を描く。
「踏んであげる 悦んでいいよ」
 流星の輝きと重力を宿した黒革のブーツで急降下すると、地に伏した犬をぐりぐりと踏みつけ、にこりと微笑んだ。
 仲間を救おうと、横から苦無を噛みしめた犬が跳びかかってくる。
 そこに向けカルナの魔術が解き放たれる。
「風よ、嵐を告げよ」
 氷晶の嵐が舞う――次元異相から召喚されたそれは如何なる熱にも溶けぬ。白い犬の毛皮を朱で斑に染めた。
 更に白いドレスを翻し、イズナが距離を詰めている。
 冥府深層の冷気を帯びた手刀をその首筋に滑らせた。氷は犬たちの鼻先を白く染め、彼らは思わず悲鳴をあげて飛び退いた。
 次へ備え、シャティレが属性を注ぐ――振り返った風音が、次の楽曲を奏でようとしたところで、背後に迫っていた犬たちは、そのまま彼らの合間を擦り抜け、逃げていった。
「……それでは、今度は攻め込みましょうか。グランドロンのほど近くまで」
 眼鏡のブリッジに触れながら律がかっちりと言うと、カルナはのんびりと同調した。
「はい。こちらへ沢山連れてきてくれると良いですね」

●防衛部隊
 陽動と動く彼らは呼び寄せた部隊と戦いながら、今度は敢えて逃れるような動きを見せた。注意すべきはグランドロン突入を図る部隊に戦力を流さないこと――。
 別行動する部隊の動きは掴みにくいが、散らばった敵部隊を確認するに、無事務めているはずだ。
 見かける敵は、動物型螺旋忍軍が多く、それに病魔――神造デウスエクスモドキ、攻性植物が従う。セントールの姿は殆ど見かけぬ。大地に蹄の後が残っているので、全くの不在というわけでもないようだが。
 グランドロンに近づくにつれ、敵戦力は厚くなっていく。これらを掻き乱すことこそ、この班の役割。
「ふふ、こんにちは。みんな纏めて、遊んであげる」
 稼働させ唸りをたてる永夜を振り翳しながら、プランがウインクを送る。
 声音には隠しきれぬ艶――けたたましく回転する剣は庇いに入った竹の攻性植物の腕を容赦なく斬り飛ばす。
 次いで、物陰から突如と躍りかかってきたケルベロスに慌てることなく、斑の毛皮の犬が遠吠えを放つ。
 一回り大きいそれがここの指揮官なのだろう。その咆哮は魔力を帯びて強く響き、ケルベロス達を牽制する。
「調っています、任せてください」
 華がすかさず薬液の雨を皆へと捧ぐ。同時にブルームが敵陣に突進し、激しくスピンし、蹴散らした。
「皆様に危害は加えさせません――私達が守ります」
 彼女の強い意志に背中を押され、イズナが前へと出る。
「わたしのジュデッカの刃でまとめて凍らせてあげるよ!」
 横薙ぎに腕を振るえば、冥府深層の冷気が吹き荒れる。
 重ね、既に集中を高めた律が怒りを激しい雷へと変じて放つ。砕けた氷の合間を雷が走って、青白く爆ぜた。
 それらが靄と消え失せるより先、シアが無数の刀剣を召喚する。雨あられと降り注ぐ剣の合間を瑛華が駆って、グラビティで編んだ鎖を、立ち塞がる黒猫の怪物に巻き付ける。
 其は敵と瑛華を繋ぎ、逃さぬ鎖の決闘場――彼女は儚げに微笑んだ儘、鎖を引いて距離を詰め、回転しながら黒のハイヒールを躊躇いなく振り上げた。
 高く振り上げた後ろ蹴りが眉間を貫き穿てば、敵は大きく仰け反って、霞のように消えた。
 間隙おかず、銀砂の髪を揺らしカルナが魔を呼ぶ。
 高速演算で導いた急所へと滑り込んだ魔法が、攻性植物を内側から破壊する。
「その場凌ぎの同盟なんて破綻するのが世の常――物理的な意味でも思いっきりぶっ壊してあげましょうか」
 翡翠の瞳は静かに相手をみつめ、彼は有言実行してみせる。
 吹き飛ぶ竹の欠片を、風音の向けた巨大光弾が呑み込んでゆき、更には奥に控えている螺旋忍軍達を襲う。
 光に飲まれていく――否、突き抜けて、次々と犬の螺旋忍軍が飛びかかってきた。
 覚悟をもって低い姿勢で待ち構えた律であるが、犬どもは次々と手裏剣を放つと、すぐさま飛び退いた。
 打刀で叩き落としきれなかった刃で、肩や足に薄く傷が走る。痺れるような感覚は――シャティレのお陰で、すぐに軽くなった。
「……増えましたね」
 その主である風音がそっと囁く。
 彼女と背中を合わせるような位置に、シアが立つ。まだ扇状に広く前を塞がれている形だが、後ろから援軍が来る可能性もあるだろう。
「退路の確保も意識した方が良いですね」
「はい――ただ、あと数分は退くわけにいかないので……」
 カルナの視線が、華へ向く。彼女も心得ていると確り頷いて返す。
「でも何か、もやもやするよね……来るかなって思うと、そうでもないような、はっきりしない感じ」
 相手の出方にイズナが小さく首を傾げた。
 彼女の言う通り、数が多い割に――何処か戦いに積極的ではない印象だ。奴らが時間稼ぎを狙うのは当然であるとはいえ、まるで消耗を避けるような――。
(「これは、どちらの賭けが勝るか耐え抜く闘いだ」)
 小さく被りを振って、律は一歩前へ踏み込んだ。過去、討ち取った彼の縁敵は螺旋忍者――この場に直接的な繋がりは無くとも、一種の導きを覚えていた。
 ゆえに、退けぬ。
「この場では、先に降りた方が負ける」
 ええ、周囲を見渡し瑛華が涼やかに笑う。
「そろそろ、一つ目の正念場のようですから」
 ちらりと彼女が視線を送る先を追えば――グランドロンの周辺で、異変が起ころうとしている。
 へえ、プランが獲物を見定めたように、妖しく笑んだ。
「うん、こういう状況も嫌いじゃないよ……――ちょっと力を借りるよ」
 ンッ……ハッ……、彼女の唇から零れる声。
 暴走ロボットのエネルギー体を召喚し、それを自らに同化憑依させる――御しがたい殺戮衝動を押さえ込み、彼女は翼を広げる。
 そして、地を滑るように距離を詰めた。半機械化した彼女の表情は無に近い。僅かな空気の揺らぎに乗って敵の手を躱し、半身を凍らせている犬へと向かうと、刃と化した翼で、ずたずたに斬り刻んだ――あっという間のことだった。
 すると、戦場が漣が立つ――螺旋忍軍は一斉に左右に分かれ、攻め込んできた。
 獣爪に牙を剥く蔓、次々と襲い掛かるものどもを、ブルームが翻弄するように駆けていく。
 零れた敵が律へと殺到する。否、彼がその前に立ち塞がった。
 静かな呼気と共に、静かな姿勢から霊体を憑依させた刃を振るう。一体をすれ違い様に斬り伏せる。だが片腕を攻性植物に捕られ、更に別の攻性植物が押し寄せる――表情一つ変えずに覚悟を決めた彼の背後、雷鳴が織りなすかのような歌が響き渡った。
「嘆きの歌を紡ぎし音よ、光の鉾となりて彼の者を貫け!」
 風音の紡ぐ音で作られた光の鉾が、それを捉えて穿つ。
 一瞬の衝撃は、雷神の嘆きの如く。
「どのような相手でも、皆さんを必ず護るまで。作戦達成される最後まで戦います」
 一撃でそれを炭へと変えると、彼女は凛と言い放つ。
 その死骸を踏み抜き襲い掛かってきた黒猫の怪物へ――シアがそっと足元へ指を向ける。
「ただ、一輪。」
 指し示した先、可憐な花が咲いている。それは妙に目を惹いて、自ずと首を垂れる――喩え人で無くとも。それが響くならば、心を暴き、搦め捕る。
 次々に前衛が葬られることで、敵陣が崩れ――ブルームが敵達の間を抜けて、戻って来た。華は少し安堵の息を吐き、シャティレと共に渾身の手技で、律を癒やす。
 激しい戦闘中は余計な事を考えずに済むのが良いですね、少し楽しそうにカルナは笑むと、地を滑走し、纏う暴風を叩きつける。
 土埃と、朱が巻き上がった。その奥で、翡翠を細めて彼は穏やかに告げる。
「さぁ、もう少し付き合ってくださいよ」
 揺らめいた一体の犬の頚に、背後からグラビティの鎖をくるりと仕掛け、華やぐ微笑みを瑛華は見せた。
「終わりにしましょうか」
 バトルオーラで固め、構えた拳。繊細な印象の細腕からは予想も付かぬ破壊力を、あくまで優美に披露した。

●撤退
 近く、遠く――破壊音が轟く。確かめるまでもない。ついにグランドロンが穿たれたのだ。
 だが、それを確認して間もなく『その』グランドロンが動き出した。何故と問う意味はあるまい――撤退の為の浮上だ。
「えっ、早すぎない……?」
 思わず振り返り、イズナが幾度か目を瞬く。
 律は深紫の瞳を僅か細め――先程から煮え切らぬ敵の動きの意味に、漸く得心がいったと小さく零した。
「相手の警戒心を刺激しすぎたようです……つまり、私達は『的確に』突入班を援護できていたと誉れをいただいたような形ですが」
「もう少し劣勢を装うべきでしたか?」
 僅か首を傾げたカルナの言葉に、困ったような笑みを瑛華は見せた。
 そして波状と寄せる敵を前に、少々熱が籠もり過ぎたか。
 敵は即時撤退に躊躇いがない。
 ケルベロス達はグランドロン侵入という明確な目的に向け、各班、役割を意識し連携した動きを見せ――螺旋忍軍において充分に脅威と判断されたということだ。
「しかし……わたし達はわたし達にできることを」
 瑛華は冷静に囁く。作戦が失敗したわけではない――目下の脅威を退けられるのだ。これは先に繋がる戦いとなる。
「彼らは足止め……のつもりでしょうか」
 風音が眼前の敵を見る。この場に黒猫の神造デウスエクスモドキ、犬の忍者が数体残り、周囲の敵がすっと退いていくのを感じる。
 シャティレもやや高所で周囲を警戒してくれているが、これ以上の敵に囲まれることはないだろう。
 逃げ足の速い螺旋忍軍らしい――多数を残すため、命を使う策か。
 元より撤退せずに戦いきるつもりでいたのだ。戦いの継続に異論は無い。
「はあ……仕方ないなあ。時間いっぱい遊んであげる」
 言葉こそ気乗りしない風ではあるが、プランの瞳は仄かに熱情を湛えている。
 救い出せなかったコギトエルゴスム、追い切れぬ指揮官。いずれも重たくのし掛かってくるが――反省は後だと自らに告げ、シアは金色の瞳で敵を見据える。
 ブルームがケルベロス達の先頭にたつように前へと躍り出る。励まされるようだ、華は顔をあげる。
「はい――最後まで皆様を支えます」
 強い決意と共に、スイッチを押せば。
 色とりどりの花びらがふわりと舞い上がり、皆を包む。様々な思いはあれど――今は最良の結果を信じて、戦いきると。

作者:黒塚婁 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年5月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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