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桜の花びらが浮かぶ満水の堀を渡ると、眼前に攻性植物のゲートであり、ユグドラシルの一部と化した大阪城が迫ってくる。在りし日の雄姿は見る影もなく、石垣からは巨大な木々が生い茂り、植物に覆われた無残な姿をさらしていた。
大阪城の天守閣に、リザレクト・ジェネシスの戦いで5つに砕かれたグランドロンが、エインヘリアルの第二王女・ハールの招聘に従って集結していた。
「よくぞ参られた」
軽く頭を下げると、ハールは鷹のように鋭い目で集まったデウスエクスたちを見据えた。その悠然とした立ち居振る舞いは、相対する者を圧倒する迫力がある。
その火花を散らすような緊張感をはらむ場に集った者たちにも、端促すべからざるものがあった。
ダモクレスの進化を目論む科学者、ジュモー・エレクトリシアン。
マスタービーストの継承者を自称する乱戦忍軍、ソフィステギア。
寓話六塔の座を虎視眈々と狙う、第七の魔女・グレーテル。
そして、女性の地位向上に取り組む、エインヘリアルの第四王女・レリ……。
次なる作戦は、定命化の危機に瀕するドラゴンを懐柔して勢力に加える事。
ハールも含め、グランドロンの欠片の主である彼女達の間に、信頼も友愛も存在しない。ただ、互いに利用し合う利害関係でもって、彼女たちは攻性植物と第二王女ハールを主軸とする同盟を組むに至った。
多くのデウスエクス勢力を糾合した大作戦が、今、動き出そうとしていた。
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「アイスエルフ救出戦に参加した人も、留守を守ってくれていた人も、みんな、お疲れさま。おかげで作戦は成功。数百名のアイスエルフと、それよりも多数のアイスエルフのコギトエルゴスムを救出する事ができたよ」
ここでゼノ・モルス(サキュバスのヘリオライダー・en0206)は言葉を切った。笑みを落として真面目な顔になる。
「しかし、一難去ってまた一難。この作戦時に得られた情報から、第二王女ハールを含む複数の勢力がグランドロンと共に大阪城に集結、竜十字島のドラゴン勢力を取り込まんと決起を図っている事が判明したんだ」
すでに、攻性植物、エインヘリアル、ダモクレス、螺旋忍軍、ドリームイーターの5勢力が大阪城に揃っていた。これだけでも非常に危険な状況である。そこにドラゴンまでが一つの勢力に糾合されれば、大変な事態に陥るのは明白。
「攻性植物と第二王女ハールは、『限定的な始まりの萌芽』を引き起こし、ドラゴン勢力の拠点だる『城ヶ島』をユグドラシル化しようとしているんだ。そうする事で、竜十字島のドラゴン勢力を引き込もうとしている」
作戦に参加したグランドロンらを撃退し、この恐るべき作戦を阻止しなければならない。
「第二王女ハールが立てた計画はこうだよ。『5つに分かれたグランドロン』を利用して、莫大なグラビティ・チェインを中継ポイントとなる『5つの都市』の地下に注ぎ込み、根を城ヶ島まで伸ばしてユグドラシル化する……広範囲で同時に行われる、まさに大作戦だね」
ゼノはヘリオン内部の壁に日本地図を張り出した。
レーザーポインターで5つの都市を西から順に指示していく。
「グランドロンを確保した勢力が、それぞれ特定の地点にグランドロンを出撃させる。
奈良、第二王女軍(メリュジーヌ)。
伊勢、ダモクレス軍(グランドロン)。
浜松、ドリームイーター軍(ティターニア)。
静岡、螺旋忍軍軍(セントール)。
熱海、第四王女軍+ドラゴン。
この5つの都市の地下に充分なグラビティ・チェインを注ぎ込むには、30分以上その場に留まって作業を行う必要があるみたいなんだ。つまり、みんなは全力で敵を押して、30分以内にグランドロンを撤退させなくちゃダメってこと」
日本地図を壁から外して巻くと、ゼノはグランドロンと戦場についての説明を始めた。
「グランドロンは全長200m~500m程度で、歪な形をしているよ。グランドロンは市街地に着陸した後、全力でグラビティ・チェインを地中に送り始める。十分な量が溜まるまでは無防備になるんだ。だからだろうね、着陸前に護衛のデウスエクスが地上に降下し、着陸地点の敵を掃討する。グランドロン着陸後は、そのまま周囲の警備につく」
着陸地点については市街地である事はわかっているが、詳細は不明らしい。そこまで予知できなかった、とゼノは悔しそうに下唇をかんだ。
「ただ、あらかじめ各都市で市民の避難は終わっている。市街地は無人だから、思う存分戦えるよ。護衛のデウスエクスを蹴散らして、無防備になったグランドロンの外壁に攻撃を集中することができれば、内部に侵入も不可能じゃない」
グランドロン内部には、コア部分に有力敵と護衛、宝物庫にコギトエルゴスムを守る守備隊などが残っていると思われる。
ここでケルベロスたちは、いまだにヘリオンがヘリポートを飛び立っていないことに気づいた。
「うん、まだみんなをどの都市に運ぶか……決まっていないんだ。行先はこの戦いに参加するすべてのケルベロスたちで話し合って決めてほしい」
最低限の成功条件は『3地点のグランドロンを撤退させる』事だ。
「全都市撤退にこだわらなければ、戦力に余裕が出ると思う。その余裕分の戦力をうまく配分すれば、妖精八種族のコギトエルゴスムの救出や、グランドロンの撃破も考えられるんじゃないかな」
ゼノは丸めた日本地図をわきに抱えた。
「第二王女ハールの狙いは、攻性植物やドラゴンの力を借りて、エインヘリアルの王位を簒奪する事。彼女の野望を止められるのは、ここに集ったケルベロスだけなんだ。絶対、成功させよう」
行先が決まったら知らせてね。ケルベロスたちを残し、ゼノはパイロット席へ向かった。
参加者 | |
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据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357) |
アストラ・デュアプリズム(グッドナイト・e05909) |
淡島・死狼(シニガミヘッズ・e16447) |
アリャリァリャ・ロートクロム(悪食・e35846) |
ケル・カブラ(グレガリボ・e68623) |
エイシャナ・ウルツカーン(生真面目一途な元ヤン娘・e77278) |
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据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)は、隠密気流で気配を掻き消し、物陰に身を潜めていた。
壁に背を預け、足の間に置いたドラゴンハンマーの柄に手を重ね置き、グランドロンが着陸するその時をゆったりと待つ。
「さて、いまいるこの場所が着陸地点から遠く離れていなければよいのですが」
浜松の市街地にグランドロンが着陸することは予知されているが、詳細な地点までは分かっていなかった。あまりに離れすぎていると、陽動にもならない。
(「まあ、いまこんなことを考えても仕方ありませんね。その時はその時、グランドロンに向かって全速力で走りましょう。根が長く伸びるのは、筍だけでたくさんです。侵略の根は、ここで絶たせてもらう」)
決意を新たにし、赤煙は無の境地に入った。
半眼になった赤竜の横を、アリャリァリャ・ロートクロム(悪食・e35846)が、やはり隠密気流を身にまとわせながら物陰から物陰へと移動していく。
自分たちは、グランドロンに潜入するチームたちから敵の目引きつけておく陽動チームの一つだが、どうせ戦うからにはできる限りの戦果をあげたい。
アリャリァリャはそのために、待ち時間を使ってベストポジションを探していた。グランドロンの接近をいち早く捕え、仲間に知らせるのだ。
「ギヒヒヒ、おいしいところはぜんぶウチがいただきマス!」
アストラ・デュアプリズム(グッドナイト・e05909)は大規模作戦に久々の参加だった。
パートナーのボックスナイトとともに赤煙の隣に座り、やや緊張した面持ちで大阪方面の空を睨む。
(「ほんとうに久しぶりだけど、ボクなりに頑張らせてもらうよ」)
――と、そこへケル・カブラ(グレガリボ・e68623)の呑気な鼻歌が聞こえて来た。
「ち、ちょっと。いま作戦行動中だよ。しー、静かに」
アストラが小声で叱咤すると、きょとんとした顔をする。どうして叱られたのかが分からぬ様子だ。
「静かにしていたら、陽動にならないデスよ」
「陽動も何も……降りてくる前にアストラたちが待ち受けていることが敵に知れたら、逃げられるかもしれないでしょ?」
「それならそれで、浜松に被害が出ないからいいじゃないデスか」
二人のやり取とりを近くで聞いていたエイシャナ・ウルツカーン(生真面目一途な元ヤン娘・e77278)が、赤茶の目をくるりと回す。
「あきれた。よく考えてみてください。ヘリオライダーが予知したことを変えてしまったら、別の街にグランドロンが着陸するかもしませんよ。そうなってしまったら大変です」
あ、と短く声があがった。
淡島・死狼(シニガミヘッズ・e16447)は仲間の無邪気さに苦笑しつつ、半ば自分のために作戦のおさらいを始める。
「今回は最低限、『3地点のグランドロンを大阪へ撤退させる』事が重要だ。だから、いまさら別の街に移動されると困る。そのほかにも、絶対条件じゃないけど、妖精八種族のコギトエルゴスムの救出や、グランドロン自体の撃破もやった方がいい……そのためにボクたちが陽動して敵を引きつけるんだ」
解った、と勢いよく頷くサキュバスボーイに、赤煙たちの疑惑の目が向けられる。
「ボクの頭はだいたいいつもすっからかんなので、陽動はちょうどいいのデース!!」
やっぱり解っていなさそうだ。
死狼は指で眉尻を掻いた。
まあ、大暴れして目立てばそれが陽動になる。頭で考える必要は……特にないだろう。たぶん。
エイシャナはため息をそっと落とすと、黒豹に変身した。
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それから間もなくのこと。浜松に向かって近づいてくる歪で巨大な影が空に現れた。チームの中で真っ先に見つけたのは、アリャリァリャだ。
グランドロンが空中で制止した。降下地点の安全を確保するためだろう。グランドロンは地上にデウスエクスの雨を降らせた。
アリャリァリャはギザギザの鋭い歯に春の陽を反射させて、ギヒヒギヒヒと笑った。種類まではわからなかったが、混成部隊のようだ。
安全を確保したグランドロンが着陸し、地揺れが収まると、舌なめずりしながらきっかり二十分後にタイマーのアラームをセットした。
最初はわざと苦戦を演じてできる限りの敵をグランドロンから引き離し、アラーム音とともに攻勢に転ずるのだ。
ちなみにアラーム音は、アリャリァリャの変な笑い声になっている。戦場に響き渡る狂戦士の哄笑の声に、デウスエクスたちは必ず怯えるだろう。
地中に根が降ろされ、グラビティ・チェインが送り込まれ始めたようだ。防衛のために、まず攻勢植物がグランドロンの中から出てきた。次いでモザイクがかかったドリームイーターたちがつぎはぎされた屍隷兵を従えて姿を現すのを、金色の目はしっかりと捉えていた。
ここからグランドロンまで少し距離があるが、まあいい。さあ、狩りを始めようか。
「やかましイのは得意ダゾ!」
口を大きく開き、ずらりと並んだ三角形の歯をむきだしにして叫ぶ。
「コンニチハ! ケルベロスでス!! グランドロンはイタダいていくゾーーーー!!」
宣戦布告とともに、物陰に潜んでいた仲間たちもデウスエクスたちの前に飛び出した。紙兵を二段階に分けてばら撒き、まずは仲間たちの守りを固める。
エイシャナは敵の側面を突くべく、そっと仲間の元を離れた。
敵混成部隊の後列にいる攻勢植物たちをみて、アストラが口を尖らせた。
「なんなの、あれ。やたらカラフルだけど」
ガーベラ、菊、スイートピー、フリージアなどなど、浜松市は全国屈指の花の生産地だ。だからというわけではなかろうが、攻勢植物たちも体に色とりどりの花を咲かせていた。
「春? 春だからなの?」
いくらオラトリオでも、攻勢植物の花は愛でない。むしろ毒々しさにムカつく。
ボックスナイトをディフェンダーとして前に出し、自身はいつ火を放たれても仲間を回復できるよう身構えた。
「あれはデザートだナ。メのまえのゴチソウからくうゾ! まずシタゴシラエからダ」
飽くなき食欲に突き動かされて、アリャリァリャが舞いを演ずる。すると天空に無数の刀剣が現れ、広く戦場に降り注いだ。
剣山と化した道を進み、ケルベロスたちに向かってくるつぎはぎの屍隷兵たちに、赤煙の咆哮が炸裂する。
「パッチワークの暗躍もここまでです! ケルベロスの牙でもって、端切れに戻してさしあげましょうぞ!!」
怒りの炎が空いっぱいに広がった。炎の天蓋は火の粉をまき散らしながら崩れ、接近しつつあった屍隷兵ラミア三体を飲み込んだ。
死狼は火だるまになって飛び出してきたラミアの首にケルベロスチェインを巻きつけた。両腕で締めながら持ち上げると、頭から力いっぱい地面に叩きつけてトドメを刺した。
別のラミアが交差させた剣の間から、赤煙に毒霧を吹きかけた。
「大丈夫、安心して。アストラがすぐ治してあげる」
癒しのオーラをヴェールのように広げて赤煙にかけ、体内に入り込んだ毒を浄化する。
死狼はすぐに毒を吐いたラミアの背後を取り、捕食モードにしたブラックスライムで丸呑みにした。
残り一体が振るうテイルを、ボックスナイトが身を挺して抑え込んだ。
「危ない!」
小さな体に魔剣が突きたてられる寸前、横手から黒豹が飛びかかってラミアを押し倒す。
エイシャナは変身を解くとさっと立ちあがった。堂々、名乗りを上げる。
「月兎一刀流・改、見参!!」
腰の刀に手をやり、両眼を閉じて柄を軽く握る。
『我が剣、風にしてその太刀筋は影。……逃れざる罰撃……、これぞ月兎一刀流が居合術っ、マッハ斬り!』
エイシャナが半身を静かに引くと、白蛇のような刃が手首の先に現れた。光の玉を滑らしながら、鋼の臭いとともに刀が唸りを上げて飛ぶ。
ラミアは斬られた事すらわからず、倒された。
「てめぇら全員、無事に帰れると思ってるんじゃねえぞ!!」
雷鳴のごとき死狼の啖呵に気圧され、デウスエクスたちの足が一瞬止まる。
だが、数の上ではまだ圧倒的に有利と踏んだか、ケルベロスたちの第一撃をくぐりぬけた中衛の屍隷兵――フライガールたちが耳障りな羽音を響かせながら、飛ぶように走ってきた。
ケルは興奮に瞳を輝かせながら、血染めの包帯を解いた。屍隷兵といえども女性には違いない。それが両腕を広げながら向かってくるのだ。死の抱擁を甘んじて受ける気はさらさらないが、サキュバスとしては実に喜ばしい。
「カワイくて! セクシーな! ボクを見てクダサーイ! タダじゃ済まないデスケドネ!!」
挑発を受けたフライガールたちが歯を剥く。
手首からだらりと垂れ下がる包帯から呪われた黒い血が溢れ出し、敵に向かって流れていく。黒血はひとところに留まると、広がって池を作った。
ケルに集中し、足元への注意を怠ったフライガールたちが次々と黒血の沼に落ちていく。
「おいしそうだからって齧りつくのはダメデース! お行儀悪いデスヨ!」
まだ、グランドロンとの間に攻勢植物たちが残っていた。
光る花から火玉を飛ばして、じり、じり、と前進し、ケルベロスたちを押し戻す。
ほかの陽動チームもグランドロンに向けて進軍しようとしていたが、デウスエクス混成部隊に阻まれて近づけない。
もちろん、それは作戦によるケルベロスの演技なのだが、混成部隊の隊長各であるドリームイーターはすっかり騙されてくれたようだ。勝利を確信し、軽薄そのものの顔に笑いを浮かべていた。
ボックスナイトが身を盾にして襲い掛かる触手を防ぎながら、赤煙とケル、エイシャナの三人が交互に大地に根を広げる攻勢植物に攻撃を叩き込む。
大地の侵食による眠りの波動がケルベロスたちの間に広がると、アストラは回復を行いつつ片手でスマホを起動、アリャリァリャと死狼に向けて煽りコメントの弾幕を送信した。
『弾幕薄いよ、なにやってんの!』
「イマやるトコロだヨ!」
アリャリァリャは見切られぬよう攻撃の流れに注意しながら、再び死天剣戟陣を舞った。降り注ぐ刃に慌てふためく攻勢植物たちに向けて、死狼がサイコフォースを放つ。
しばらくの間、一進一退の攻防戦が続いた。
突然、戦場にアリャリァリャの笑い声がけたたましく響き渡った。作戦開始から二十分後にセットしておいたタイマーのアラームだ。
「時間だ!」
ぐらり。大地が大きく揺れる。
怯え、慌てふためきだした攻勢植物たちの頭の向こうに、浮上したグランドロンがあった。ドリームイーターの隊長が上ずった声で撤退を宣言する。
「どうやら潜入部隊がやってくれたようですね!」
エイシャナが歓喜を爆発させて飛び跳ねた。
グランドロンは地上に残した仲間たちを見捨てて、ぐんぐんと高度を上げていく。
潜入チームが脱出した姿は確認できなかったが、きっと無事だ。
赤煙は着物にシュッと指を走らせて、襟を正した。
あとは自分たちの仕事を残すのみ。
「それでは皆さん、反撃と参りましょうか」
「待って、その前に」
アストラは癒しのオーラで仲間たちを祝福し、体力を回復させた。
「ありがとう、元気百倍デース!」
ケルが腕に力瘤を作って見せる。
「さあ、一体も逃しませんよ。覚悟!」
エイシャナは再び黒豹の姿になると、グランドロンを追いかけて逃げて行くデウスエクスに襲い掛かった。
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小さな点になっていくグランドロンを見やりながら、赤煙はやれやれと瓦礫の山に腰を下ろした。懐から粋な柄の日本手ぬぐいを取りだし、眼鏡を外して丸レンズについた土埃を拭きとる。
「どうやら今度も、手遅れにならずに済んだようですな」
終わってみれば、手遅れどころか大勝利であった。
これも後でわかったことだが、本左遷の成功により大量のコギトエルゴスムが救出されていた。復活していたタイタニア数名が、グランドロン内部に潜入したケルベロスたちと合流し、一緒にコギトエルゴスムを集めて脱出していたのだ。
自チームに限ってみても、倒したデウスエクスは数知れず。この勝利に大いに貢献したのは間違いない。
「ウチはゼンゼン、モノたりない。クイいたりない。マダマダ、体はツメタイままダ。それよりなにより、グランドロンをイタダキそこねたのがクヤシイ!!」
不満も露わに、アリャリァリャが鋭い牙をガチリガチリと噛み鳴らす。足を痛めていなければ、地団駄踏んでいただろう。
「まあまあ、いまは素直に勝利を喜ぼうよ」
アストラが遠くからなだめる。
一つの戦いが終わり、束の間ではあるが浜初に穏やかな時が戻ってきた。だが、次の戦いはそう遠くない。レリ女王たちはすぐに次の一手を打ってくるはずだ。
「だから、ちゃんと備えておかないとね」
アストラは歌うようにいうと、空へ桜の花びらに似た癒しのオーラを吹きあげる。腕を振るい、見えないタクトで癒しの曲を奏で、アリャリァリャの足の傷を癒した。
風に流され、夕日にキラキラと溶けていくオーラの断片を、黒豹姿のままのエイシャナが追いかけていく。
戦いの緊張感が場から失われたいま、小さな体躯と相まって、じゃれている姿は黒猫のように愛らしい……などと本人に言えば、間違いなく怒るだろう。だが、エイシャナの行動は疲れ切った仲間たちをほっこりさせ、笑顔にした。
ただ一人を除いて。
赤煙は日本手ぬぐいを広げて肩に掛けた。
斜め下で敵が去った方角へ難しい顔を向ける死狼に声をかける。
「どうなされました。何か気になることでも」
「うん……この戦いで、ドリームイーターたちの考えていることがいま一つ分からなかったなって。権力争いの絡みで来ていたようだけど――」
「ハーイ!」
ケルが元気よく死狼の前に飛び出した。
驚いた死狼が大げさに仰け反る。
「答えの出ないことをグデグデ考えるのはそこまでデース。勝ったんだからスマイル、スマイル! ねえ、アストラ。戦いで脳みそがなんかダメになっちゃってるボクたちを、回復してくださいデース!」
ぴんと腕を上げ伸ばし、離れたところにいるアストラにアピールするケルの背を、変身を解いたエイシャナがどやしつけた。
「脳みそがなんかダメになっちゃっているのって、ケルさんだけですよね? さりげなく死狼さんたちを一緒にしちゃダメですよ」
「え、まさか……私も?」
赤竜の鼻先まで落ちた丸眼鏡に、元気よく頷いたケルの顔が映しだされる。
「もちろん。アリャリァリャも一緒だヨ」
「ウチはさっきやってもらった。イヤ、そうじゃナイ。イッショにするナ。ダイイチ、いくらなんでも、なんかダメになっているノウみそはムリムリ。ダレにもなおせないゾ」
なっ、とオラトリオの少女に顔を向ける。
「うん。それはさすがに……聖女王さまでも無理だと思うよ」
えー、とケルが大げさに肩を落とす。
死狼がぷっと吹きだした。
それを合図に明るい笑い声が次々と上がり、一番星を瞬かせた。
作者:そうすけ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2019年5月2日
難度:普通
参加:6人
結果:成功!
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