グランドロン迎撃戦～竜の棺は緑に抱かれ

■リプレイ

●すれ違う思惑
　水たまりを踏み込む高い音がバシャリと響いた。
　グランドロンの降下予想地点の周囲に展開していた攻性植物とエインヘリアルの軍団、その中に混じっているメリュジーヌのひとりがピクリと耳を立てた。
　ばくばくと高鳴る心臓の鼓動を感じながら、四方堂・幽梨（義狂剣鬼・e25168）は身を屈め両手で口を塞ぎながら、向けられた視線が外されることを祈った。
（「ふう、あぶなかった」）
　不確実な幸運により発見を免れたことに幽梨は安堵の息を吐きだした。
　同時にグランドロンから続々と降りてくる敵影を認めると、降下までの猶予は多くないだろうと思った。
（「いざ、参る」）
　心の中で覚悟を決めて、幽梨はスズランが焼き絵された白鞘から刀を抜き放つと、叫び声と共に駆け始める。
「て、敵襲！！」
「遅い……よ！」
　三日月の如きカーブを描く斬撃が一撃で緑の軍服を纏った竹の攻性植物を両断すると、その凄まじい威力に攻性植物たちは強敵が攻めて来たと大いに慌ててざわめいた。
「奇襲は成功のようですね」
　前進してきた、之武良・しおん（太子流降魔拳士・e41147）が、幽梨と背中合わせの位置を取り、スターサンクチュアリを発動する。しおんの足下から伸び始めた光の筋が地面に守護星座を描く。直後、青白い光が立ち昇り、濃厚な加護の気配が戦場に満ちた。
「他班の様子は分かりませんが、上手くやれているでしょうか？」
「たぶん——」
　思いがけずに声を掛けられ、幽梨は何と応じてよいか分からない。顔を向けないまま頷くのが彼女にとっての精一杯の意思表示であった。
「しかし、よりによって、こんな場所に降りようとしますか、最悪です。そう思いませんか？」
「うん」
　そんな幽梨の気持ちを知ってか知らずか、しおんは機関銃のように言葉を発しながら、空中のグランドロンの動向を確りと観察する。
「変です。止まって——ませんか？」
　地上で戦闘が始まったことを認めて、どうやら降下を中断したらしい。
　一斉攻撃によりグランドロンの攻略の糸口を掴もうとしていた者たちの目論見を全て台無しにする、無慈悲かつ理不尽な最悪手であった。
「え？！　どういうことなの？　あれが降りてこなかったら突入出来ないわよね」
　どのように作戦を軌道修正すれば良いのか、思案を巡らせつつも、戦いは続けなければならない。ガートルード・コロネーション（コロネじゃないもん・e45615）は、脳の血管が急激に熱を帯びるのを感じながら、まずは。長期戦に備えて混沌の水を撒き——。
「この力が仲間の支えとなるなら……存分に振るおう。異形の力を！　誰ひとり……倒れさせない！」
　続けて詠唱と共に、その水分を癒しの力を引き出す霧と変えた。
　相棒のミミックと共に前に出た、リュセフィー・オルソン（オラトリオのウィッチドクター・e08996）が集中攻撃に晒されながら、いつ一斉攻撃をすればいいのかと、救いを求めるような視線を向けてくる。
「城ヶ島のグランドロン化は、絶対にさせはしません！！　しかし……」
　グランドロンの降下中に奇襲攻撃を掛け、出来るだけ派手に戦うことで戦力を過大に見せかけ、敵の混乱に乗じて、外壁を破壊、一気呵成に中枢を狙う——というのが大雑把な目論見であった。
「もとより、戦力的に心許ないのよね……目の前の敵を片付けて行くしかなさそうね。そしたらグランドロンも撤退を考えるかも知れないしね」
　グランドロンが空中に留まって降りてこないという、想定外の事態に誰もが困惑するなか、ロイ・ベイロード（剣聖・e05377）だけは、全く動じること無く、落ち着き払っていた。
「さて、敵も出てきたし、なんとかしてやるか」
　悠然と言い放ち、前に出ると、ロイは構えた剣に心・技・体の全てを込め、軍服姿の攻性植物に狙いを定める。
「これがっ！！　必殺の一撃だ！！」
　叫びとと共にベイロード家に伝わる古の剣術奥義が唸る。リュセフィーからのエレキブーストの力にも背中を押されて、右から逆袈裟斬りが炸裂、一撃で軍服姿の攻性植物の一体を二つに叩き斬った。
「こうなった以上、今はハールの計画を阻止するため、自分たちに出来ることをやりましょう」
　できる限り多くの戦力を消耗させ、ハールが撤退の判断をせざるを得ない状況に追い込む。グランドロンへの突入が出来ない状況で、チェレスタ・ロスヴァイセ（白花の歌姫・e06614）が思い描いた次善の策であった。
　決意と共に力を込める。意図を察したオウガメタルの銀の身体が沸き立って、瞬きの間に惑星レギオンレイドを照らす漆黒の太陽を具現化する。あらゆる色を吸い込むが如き黒の深さに、敵群は思わず上を見上げ、その機を逃さずにチェレスタは掲げた腕を振り下ろす。その動作に導かれるようにして照射された黒光が、ケルベロスの強さを目の当たりにして浮き足立つ敵群に追い打ちを掛ける。
「どこまで騙しきれますでしょう——か」
「失敗した時のことを考えても仕方がないよね。がんばろう、きっとうまく行く！」
　莫大な癒しの力を操る、ガートルードの明るい声にチェレスタの不安も和らぐような気がした。

●泥沼の如き戦い
　他の2班の様子をうかがい知る手立ては無かったが、浮き足立っている敵の様子を見れば、グランドロンを撤退に追い込むという、恐らく同じ目的のために確かに頑張っていることは想像できた。
　突入するという当初の計画は変更を余儀なくされたが、何とか立て直せそうだと、只管に刀を振るい続けていた幽梨も思えるようになってきた。
（「音楽は好きですよ。出来れば別の場面でお会いしたかったですね」）
　幽梨の抜き身の刃の前に果てる、名前も知らないメリュジーヌに心の中で手向けの言葉を送りつつ、襲いかかってくる別のメリュジーヌ向かって、呼びかけるしおん。
「退いてください。用があるのはあなた達ではありません」
「……？　異なことを言う。その真意はなんじゃ？」
　刹那の沈黙。
「私たちは、あのグランドロンさえ破壊できれば、良いのです——引き下がって頂けますか？」
　ここにいるメリュジーヌの忠誠心がどの程度のものかは分からない。だが声を掛けてみなければ何を考えているのかも分からない。
　上手く行かなくとも、結局は敵として撃破すると考えれば、知られて困る秘密も無いはずだ。
「残念じゃが、戦いをやめるわけには行かないのじゃ」
「そうですか……」
　戦っている最中の敵兵が挨拶程度の言葉のやり取りだけで心を開くだろうか？　もとより大きな期待はしていない、しおんであったが、予想通りの反応に心の重荷が消えるのを感じた。
　瞬間、メリュジーヌと共に戦っていた、攻性植物がチェレスタの放った弾丸に穿たれ、未来のあらゆる可能性を凍結されて果てるのが見えた。軽い身のこなしで間合いを広げたメリュジーヌはそれ以上語ることは無い。
　ケルベロス同士に人間関係があるように敵の間にも力関係や抱く感情がある。宝物庫に保管されたコギトエルゴスムのように意思に関係なく持ち帰るわけにも行かない。
　毒のオーラを纏った尾に打ち据えられたリュセフィーの表情が苦痛に歪む。
「出来ればメリュジーヌは助けたかったです……でも、失敗するわけには、いきませんの」
　助けられる相手なら助けたい。リュセフィーも胸の中に抱く気持ちは同様であった。しかし、望んでいなくともメリュジーヌは武力を操り敵として立ちはだかっている。
　ここまで個人の戦いの技量の高さもあって、優勢に戦いを進めてきたケルベロスであったが、人数が少ないという事実が、被弾数の増加という冷徹な結果となって次第に戦況を悪くしはじめていた。
　ロイ自身もどうして、この切羽詰まった状況で、デウスエクスであるメリュジーヌに対して、手加減をしなければいけないと思ったのかは、分からなかった。しかし漠然とした動機から情けをかけて、倒せるはずの敵を倒さなかったことが、最大のミスであり致命傷に繋がった。
「しまった——」
　至近距離からの毒尾の一撃が不運も重なって、ロイの急所を捉えていた。瞬く間に体内を巡る猛毒に目の前が真っ赤に変わる、足下の地面が底の無い泥沼に変わったかの如くに意識が揺らぎ、意識を保とうと食いしばる奥歯が崩れ落ちるような激痛が襲い来る。
「ロイさん！」
　救おうとして呼びかけるガートルードの声が聞こえたが、応じることも出来ないまま、ロイの意識は闇に沈み、倒れ伏して動けなくなった。
「なんてことだ……」
　やられる前にやれ。心のなかの鬼と共に刀を握る幽梨にとって、倒すべき敵を故意に倒さないなどあり得ないこと。次の瞬間、幽梨は距離を詰める横跳びの動きからの一閃でメリュジーヌを斬り倒した。
　パーティの中で最強とも言える戦闘能力を誇る幽梨であったが、消えないダメージの蓄積から来る疲労を感じ始めていた。
　チェレスタの具現化した黒太陽が宙を巡り、照射する絶望の黒光が勢いに乗ろうとする敵群を一掃する。
「他班の状況はどうなのでしょう？　まだ戦っているのなら、敵にとっては相当の打撃のはずですが……」
　チェレスタは戦いの汚れに塗れた顔で、攻撃の届かない空中に留まったままのグランドロン見上げた。

●終わりの始まり
「敵の数も減ってきたよね！　だいじょうぶ、あと少しで、きっと勝てる！！」
　励ますような、ガートルードの呼びかけ続いて、濃密な癒術の気配が広がった。
「これは……」
　暖かな温もりに傷が癒やされる感覚にリュセフィーが視線を上に向ければ、彼女を防護するように新たな光の盾が具現化されていた。
　ここまで助けてくれた、相棒のミミックは倒れ、癒やすことの出来ないダメージに体力の大半を削り取られている状況だったが、それを補おうとしてくれるガートルードの優しさが温かかった。
「えっ……？」
　そんなタイミングで、しおんはグランドロンから、続々と降下を始めた新たな敵影に気がついた。
「今さら切り札の投入というわけか、回りくどいし、愚手だが……」
　戦力を小出しにして各個撃破されるというのは最も愚かとされる戦術のひとつだが、疲労と消耗を積み重ねた一行にとって、新たな増援が残敵に加わるという事態は致命的な状況悪化であった。
「撤退の意図を悟られてはいけません。ですが負傷者を連れてまずは後退を！」
　チェレスタの声に一行が頷きを返したのと機を同じくして、ガトリングガンが唸りを上げて回転して、着地するエインヘリアル——第二王女配下のエインヘリアル『フェーミナ騎士団』主力部隊の頭の上に弾丸の雨を降らせる。
「ものすごい数です。……目的は撤退ですから、深入りは避けて下さい」
　兎に角時間を作る。前に出ようとする、幽梨、そしてディフェンダーですから私も、と続くリュセフィーに向けて、しおんは冷静に告げる。
「分かってるよ。だがな、今すぐ引いたら、まだ戦っているかも知れない他班はどうなる？」
　奈良に来た、他の二班の動向が分からない以上、どこかの班が殿に準じた行動を取らねば三班が共に総崩れになる可能性がある。
「敵わないから逃げるって、自分のことだけ考える訳にも行かないしな」
　それに、バラバラに行動した結果、自分だけが生き残るなんてことは、もう二度と御免だ。幽梨はまるで在るべき所に左耳が在るような痛みを感じながら、いつになく雄弁に言った。
「ああっ、すごい数の敵がっ！！」
　気持ちだけで立っていたリュセフィーが悲鳴のような声を上げ、フェーミナ騎士団の集中攻撃を受けて崩れ落ちる。
「あたしひとりなら、何とかできる。だから急げ！」
　そこに残っているはずのしおんと、チェレスタに向けて言い放ち、幽梨は前を見据え愛刀を振るう。
「先に行っています！」
「分かった——」
　どのくらい戦ったのだろうか？
　その後はもう時間の感覚など無かった。振るい続けた愛刀はボロボロになって美しかった姿は見る影も無い。
　——こんな終わり方でいいのか？
　心の中に居るはずの鬼が、老いた姿の幻となって、目を細めて、語りかけてくるような気がした。
　瞬間、手足の感覚が失われて、幽梨は前のめりに膝をつく。
　相対していた騎士たちが間合いを詰める足音が聞こえる。
　良いはず——無い。
　まだやるべきことがある。
　その強い気持ちに応じるように身体の内から得体の知れぬ力が沸きあがろうとした瞬間、無数の炸裂弾が爆ぜる音が間近で響いて、きつい硝煙の臭いが鼻腔を刺激した。
「遅すぎですから、迎えにきましたよ」
　ふわりと身体が持ち上げられる感覚と共に、幽梨の右耳のすぐ近くでしおんの声がした。
「今のうちに急いで下さい！」
　ガトリングガンの連射を続けるチェレスタの怒号の如き声が飛ぶ中、ガートルードのサイコフォースの輝きが爆ぜ、刹那、真白な光が戦場を満たす。
「危なすぎるわよ、まったく——ひとりでなんとか出来ることなんて限られているの！」
　その声に幽梨は、ロイとリュセフィーを運び終えた、チェレスタとしおんとガートルードが自分を助けるために、危険を顧みずに戻って来てくれたことに気がついた。
「ごめん、あたしのためにありがとう」
　血が滲む程に強く唇を噛み締めて、その痛覚に幽梨は生きていることを実感する。
　かくして奈良におけるグランドロン迎撃戦は、ケルベロスたちの敗北で幕を閉じた。

作者：ほむらもやし	重傷：ロイ・ベイロード（剣聖・e05377） リュセフィー・オルソン（オラトリオのウィッチドクター・e08996） 四方堂・幽梨（義狂剣鬼・e25168）  死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2019年5月2日 難度：普通 参加：6人 結果：成功！
得票：格好よかった 1／感動した 2／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 5
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