春風舞う川沿いにて

作者:猫鮫樹


 よく晴れた春の日だった。
 いつもより早く目覚めてしまった青年は、窓から差し込む日の光が温かく微睡んでしまう体を起こして、朝の散歩でもしようと家を出る。
 自宅からほどよく離れた川沿い。桜ももう満開で静かに花びらを散らして、春を精一杯盛り上げようとしているように見えた。
 さすがに朝も早いからか、人の姿は青年以外には見当たらず、まるで貸し切ったような川沿いの道を一人歩く。
 足元に咲くたんぽぽも規則正しい生活をしているのか、どこを見ても大きく花開いては日の光を浴び何だが輝いて見えた。
 青年はしゃがみ込んで花開くたんぽぽを見つめて、幼い頃を思い出してしまって苦笑を漏らした。
 幼い頃を思い出すなんて、年を取った証か。綿毛になったたんぽぽを一輪手に取って、それに息を吹きかける。
 離れていく綿毛が幼い頃の自分と今の自分を切り離すように、ふわふわと風に乗って飛んでいく。
 飛んでいく綿毛を見つめていた青年の足元に咲くたんぽぽに花粉がふわり。青年は花粉に気付かずに、家に帰るために立ち上がった、その瞬間。
 黄色い花は青年を飲み込んだ。


 春特有の温かな光がヘリオン内を満たし、その中で持っていた本を静かに閉じた中原・鴻(サキュバスのヘリオライダー・en0299)が口を開いた。
「集まってくれてありがとう。どうやら堂道・花火(光彩陸離・e40184)さんが危惧していた通り、川沿いの遊歩道に攻性植物が現れたんだ」
 川沿いに咲いていたたんぽぽは何らかの胞子を受け入れて、攻性植物に変化してしまったようだった。
 この攻性植物は散歩していた青年を襲って宿主にしてしまっている状態らしく、鴻はケルベロス達に急ぎヘリオンで現場に向かい、倒してほしいと続けた。
「たんぽぽの攻性植物は1体のみだよ。取り込まれた青年は一体化してしまっていて、普通に攻性植物を倒してしまうと青年も死んでしまうんだよねぇ」
 攻性植物にヒールをかけながら戦えば、時間はかかってしまうが戦闘終了後に取り込まれた青年を救出できる可能性がある。
 説明をしていた鴻は一つ息を吐き出して、赤目を細めた。
「粘り強く攻撃して、可能ならその青年も救出してあげてくれないかい?」
 ケルベロス達を見て、鴻は皆ならできると信じてるかのように笑うのだった。


参加者
フィスト・フィズム(白銀のドラゴンメイド・e02308)
彼方・悠乃(永遠のひとかけら・e07456)
千歳緑・豊(喜懼・e09097)
堂道・花火(光彩陸離・e40184)
ヴィクトル・ヴェルマン(ネズミ機兵・e44135)
 

■リプレイ

●揺れる黄色1
 心地よい朝の気温。温かな風が川沿いに咲く花や草を揺らす中、砂利を蹴る足音が響いた。
 獅子の鬣のように凛々しく、それでいて鮮やかな黄色は愛らしく。
 そんなたんぽぽは青年を取り込んだ太い茎をぶるりと震わせて、来訪者を見下ろしていた。
 穏やかな風が吹いては、川沿いの青々とした草を揺らし、色とりどりの花が日の光を浴びては輝く。そして混じる白い綿毛がふわりと、次の世代となるために舞い上がる様を堂道・花火(光彩陸離・e40184)は静かに見ていた。
 青年を取り込んだたんぽぽの攻性植物から伸びた蔓は、蛇のように蠢いて砂利道を叩いて警戒を露わにする。
「春らしい光景……だけど攻性植物は余計ッス!」
 そう吐き出した花火が両腕を構えれば、雷電の撃鉄を起こして銃口を攻性植物に向けた千歳緑・豊(喜懼・e09097)はトリガーを引いて、弾丸を撃ち出した。
「純粋な殺し合いの方が好きなんだがね。だが、救える命があるのなら、そちらを優先するのは吝かじゃない」
 銃声音が響く中、蠢く攻性植物が蔓をしならせて邪魔者を排除すべく動けば、ケルベロスたちも各々が持つ武器を構えて臨戦態勢をとる。
「漂う癒し、繋げる手、浄化の霧を今ここに」
 温かな春の風が舞う中に霧が漂う。彼方・悠乃(永遠のひとかけら・e07456)は自分の回復能力を高める薬液の霧を身に纏い、取り込まれた青年への回復が万全となるように備えると、花火が駆け出す。
 電光石火の蹴りを一つ。たくさんの舌状花が広がる部分に花火の蹴りが入るのと同時に、蠢く蔓が花火の横を通り過ぎる。
 それを打ち落とすにはタイミングが合わないと花火は思い身を捻り、豊も銃口を蔓へと向けると、その蔓はフィスト・フィズム(白銀のドラゴンメイド・e02308)の白銀の鱗を剥ぐように踊る。
「フィスト、大丈夫か?」
 フィストが肌を舐めるように蠢く蔓を掴めば、そっと香る葉巻の匂いが鼻に届いた。ヴィクトル・ヴェルマン(ネズミ機兵・e44135)が好んで吸う葉巻は春の風と混ざり、川沿いを駆け抜けていっているのだろう。
「問題ない。青年も二人の攻撃の振動でも反応しないところを見ると、気を失っているのだろう」
「そうか……早めの除草が必要だな」
 掴んだ蔓をフィストは自分の元へと引っ張り、その勢いのまま神速の突きを繰り出せば、それに合わせるようにヴィクトルに目配せを一つ。
 フィストの相棒であるヴィクトルはそれに頷いて、ガジェットに自らのグラビティチェインを絡めて戦車のような形態へと変化させて叫ぶ。
「Chaaaaaarge!!」
 突撃するヴィクトル。その後方ではフィストのサーヴァントであるウイングキャットの『テラ』が邪気を祓うように前衛に立つ者へと翼を羽ばたかせていった。

●揺れる黄色2
 未だに茎に捕らわれた青年はぴくりとも反応を示さない。
 それでもケルベロスたちが繰り出す攻撃は攻性植物もろとも、青年の命を脅かして仕舞うものに変わりはない。
 悠乃は青年のダメージを気遣いながら、大自然の護りを施していく。
「蔓がうねうねと邪魔ッスね!」
 蠢く蔓を撃ち落としつつ花火は、攻性植物の花びら部分を狙い攻撃していくが、こうも蔓が次々と現れると動きも制限されてしまうのだろう。
 雷電を発砲している豊も、時折掠める蔓からのダメージをフレイムグリードで回復しつつ攻性植物にダメージを与えていく。
「悠乃の嬢さん、青年の回復は任せる。フィストいくぞ」
「ああ!」
 蠢く蔓を掻い潜りながら、フィストとヴィクトルが攻性植物に近づいていく。春風に混ざるヴィクトルの葉巻の香りがだんだんと薄れゆく時間は、ただ青年を救出して攻性植物を倒せるようにと祈るばかりで。
 フィストの星座の重力を宿した剣が、青年に当たらないようにしながら太い茎を抉れば、それに反応した蔓はフィストへと伸びていく。だがやすやすと、フィストを狙わせるわけがなかったのだ。
 二人の連携には隙がない。
 蔓が伸びる前には星型のオーラを纏ったヴィクトルの蹴りが、蔓を巻き込んで太い茎へと叩き込まれた。
 二人の連携に豊はほうと関心を示すと、再び雷電の引き金を引く。耳に響く銃声とともに、舌状花がひらひらと幾重にも舞い落ち、春の風に掬い上げられては川へと運ばれ流れていく。
 そんな風流な様子を楽しめるほどの暇はないのだけれども。
 攻性植物が蔓の一部分を変化させた。
「あれは……果実?」
 悠乃が見つめる蔓の先には、黄金に輝く実が膨らんでいく。
 その身はバスケットボール程にまで大きくなると、蔓から切り離されて攻性植物の体を癒していけば、その回復のせいなのか青年の体が震えた。
「意識が戻ったのか?」
 フィストが青年を見て呟くと、それと同時に花火が青年へと声をかける。
「大丈夫ッスか!?」
 青年は花火の言葉に反応を示すことはなく、意識が戻っていないことがわかる。だが、青年の呼吸は小さくとも乱れた様子も今はなさそうで、早めに攻性植物を倒してしまえば青年を無事に救出することは可能だろう。
「取り込まれていても、多少は痛かったりするのかな? だとしても、手術みたいなものと思って耐えてもらう以外ないんだが」
 攻性植物の動きを弱らせるように、豊は弾丸をばら撒くように撃ちこめば、その振動に青年が少しだけ呻く。
 青年のダメージはまだそれほど積み重なってはいないはず。悠乃は自分に施した薬液の霧をテラへと纏わせて回復能力を高めさせ、青年のダメージに気を配る。
「絶対助けるッス、それまで我慢して欲しいッス!」
 青年の呻く声が聞こえていたのだろうか、花火は青年を励ますように声をかけて拳を強く握って太い茎を穿つ。
 衝撃が凄まじいのか太い茎が後ろへとしなっていくのが皆の目に映るのだった。

●ライオンの歯
 豊の撃ちだした弾丸が幾重にも舌状花を払い落としていく中、攻性植物の体力も残り少ないのだろう。
 呻く青年も弱る攻性植物とともに少しだけ呼吸が荒くなっていた。
 悠乃が青年を癒すために大自然の護りを施すが、それでも青年の呼吸は荒いままだ。
 すると今度は攻性植物が黄色の頭を持ち上げてそこに光を集め始める。
 舌状花が集まる花びらは、獅子が吠えるように牙を剥き、ケルベロスたちを噛みつかんとばかりに狙い、日の光や反射する川の光すらも飲み込むような輝きを伴って放出された。
「悠乃さん!!」
 放出された光はまっすぐ悠乃に向かって撃ちだされていたが、その光を花火が受け止めた。熱くひりつく感覚に眉をしかめる花火は、それでも膝をつくことはない。
 この腕は誰かを護るためにあるのだから。
「このまま攻撃したら青年の命も危ないッスね」
「そうですね……回復を多めに回すしかないでしょうか」
 花火の言葉に悠乃も頷き、他のケルベロスたちも攻性植物と青年の状態を見やる。
「なら俺が回復していくので、みなさん攻撃お願いするッス」
「私とテラは花火の回復をしようか、ヴィクトルその間攻撃を頼んだ」
 両腕の地獄の炎にグラビティを籠めた花火がそう告げると、守護の力を展開して攻性植物へと施し、その花火を今度はフィストが黄金に輝く光で回復する。
「其は焼き払われ、其は過去へ葬られし美しき我が故郷の思い出のひと欠片…幼き我が記憶を以ってここに顕現せよ! グリューン……サルヴ!!」
 花火を護る結界が作られると、今度はヴィクトルが邪魔されないようにと砂利を蹴り上げる。
「タンポポは……レーベンツァーンと俺達の国で言う名だが、ここまでくればさもありなん、だな」
 レーベンツァーン、ライオンの歯。
 たんぽぽの見た目からそう取られたのだろう、その名を呟いてヴィクトルが回転衝角形態に変形させたガジェットで太い茎を貫いていった。
 かろうじて繋がっている黄色の花。
 あともう少しだろう。
 テラの邪気を祓う翼が舞う中で、豊がただただ静かに花火へと言ったのだ。
「手伝いを呼ぼうか」
 その言葉に反応して花火のすぐそばに現れた地獄の炎の獣。
 牙を剥く大柄な犬のようなそれは、豊の尨犬(ムクイヌ)だ。燃える炎は花火の残っていた傷を癒していった。
 痛みのひいた体は動くのには十分で、強く拳を握った花火。悠乃はすかさず青年の命を護るために癒しを施しているのが見えた。
 飛び交う蔓もフィストが庇っている。
 握った拳に力を込めて、叩き込むために走り出した足は砂利を蹴れば、かろうじて繋がる黄色の花を落とすための威力は十分。
 音速を超える花火の拳は、春の風とともに攻性植物を吹き飛ばしたのだった。

●春風舞う川沿いで
 倒れた攻性植物は舌状花の花びらを散らして、塵へと変わり消え去っていった。姿を消した攻性植物の跡地には青年が横たわっているだけだった。
「彼は無事かね?」
 駆け付ける仲間に、青年の安否を気にして声を掛けた豊。
 悠乃とフィストが青年の体を支え、ヒールを施せば程なくしてその目が開いた。どうやら青年は無事のようで、ケルベロスたちが安堵の息を漏らした。
「痛みはないッスか?」
 暖かなヒールはまるで春に抱かれているようで、微睡む青年はただ一つ大丈夫です、と声を漏らし、それに悠乃も安心したように笑みを浮かべている。
 豊も青年が無事のようでなによりだと安堵し、戦闘痕残る川沿いの道にヒールを施す。
 咲いているたんぽぽは、外来種の西洋たんぽぽ。希少なニホンタンポポはあまり見かけないのは少し寂しいものだが、それでも日本の春を告げる花に変わりはないのだ、しっかり回復させてやろうと豊はヒールを入念にしていく。
 青年の様子や川沿いを修復する仲間を見守っていたヴィクトルは、持ってきていたたんぽぽ茶を人数分のカップに入れるとそれを配っていく。フィストのそばまで持っていき、まだぼんやりとする青年にもカップを渡す。
「たんぽぽは身体に良いからな、飲むといい」
「あ、ありがとうございます」
 少しだけ冷えた体にはとても温かなたんぽぽ茶だった。
 温かな春の花のお茶を飲み干して、立ち上がる青年に今度はフィストがテラとともに声を掛けた。いくらヒールをしていたとしても万全ではないはずだろうと、青年を家まで送ろうとのことだった。
 ヴィクトルもそれは良いと、フィストとテラとともに青年を送るために川沿いの道を歩いていけば残された三人もそれぞれ動き出した。
 そろそろ桜も終わる時期だ、懸命に咲く桜と足元に咲き誇るたんぽぽを見る為に、そしてさわやかな朝の光と春の風を楽しむ為に、花火は川沿いをのんびりと歩き出すのだった。

作者:猫鮫樹 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年4月26日
難度:普通
参加:5人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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