戦慄のピアニスト

作者:MILLA

●破壊を奏でる者
 廃品として打ち捨てられていた電子ピアノ。今回、蜘蛛の如き小型ダモクレスが目を付けたのは、その電子ピアノだった。機械的なヒールによって作り変えられたそれは、華やかなドレスを纏った美少女に生まれ変わる。
 人の憩う広場に、少女は現れる。
「一曲披露いたしましょう」
 スカートのすそをつまんで軽やかにお辞儀をした少女は、グラビティで生成した鍵盤の上に指を滑らせる。
 優雅で洗練されたその旋律は蜘蛛の糸のごとく形となって広がり、音楽に聞き惚れていた人々たちを縛り上げた。
「美しい旋律に絡めとられたまま逝かせて差し上げますわ」

●予知
「捨てられていた電子ピアノがダモクレスと化してしまう事件が予知されました。ダモクレスは休日の広場に出没するようです。放置すれば、多くの人々が犠牲になるでしょう。その前にダモクレスを撃破して欲しいのです」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が熱心に説明する。
「広場には数十人の人々がいます。このダモクレスは見た目こそ可愛らしいものの、その能力は恐ろしく、音楽を物質化する特異な能力を持つようです。音を巨大なハンマーとして、あるいは、旋律を強靭な糸にして。十分注意してください!」
 セリカは拳を固めた。
「人々の憩いの場を、凶悪な音楽で台無しにさせるわけにはいきません! なんとしても撃破してください!」


参加者
ジョルディ・クレイグ(黒影の重騎士・e00466)
呉羽・律(凱歌継承者・e00780)
ジゼル・クラウン(ルチルクォーツ・e01651)
彩咲・紫(ラベンダーの妖精術士・e13306)
篠・佐久弥(塵塚怪王・e19558)
清水・湖満(氷雨・e25983)
黒影・碧威(獅子奮迅・e27360)

■リプレイ

●広場のオペレッタ
 広場の噴水前、呉羽・律(凱歌継承者・e00780)がアコーディオン、ジークリート・ラッツィンガー(神の子・e78718)がバイオリンで奏で始めた序曲。
 心弾むようでいてどこか物悲し気な調べに、人々は何事かと振り返る。ジョルディ・クレイグ(黒影の重騎士・e00466)が筋骨隆々たるその容貌からは及びもつかない軽やかなダンスを披露しつつ、
「死すべき定めは、心無き機械人形のみ! ヒトは退りて天寿を全うせよ!」
 そう歌い、舞台『オルフェウス』のスピンオフ公演が始まることを報せる。
 そういえばと見覚えのある舞台役者の顔にざわめく人々に、篠・佐久弥(塵塚怪王・e19558)が舞台役者さながらの凛とした態度で、舞台となる広場から離れるようにと人々を誘導していく。
「さて、後は本日の影の主役ともいうべきダモクレスさんを舞台に迎えるだけっすよ」
「デウスエクスの襲撃ではなく、舞台公演だとして人々を安心させる、か……。うまく考えたものだ。準備はいいのか?」
 黒影・碧威(獅子奮迅・e27360)が声をかける。
「ええ」
 頷く清水・湖満(氷雨・e25983)。普段は和服姿の多い彼女が、黒いドレスとヴェールを身に纏っている。
「冥王妃ニュクスとして、立派に演じて見せるよ。冥王ハーデス(ジョルディ)の妃として、冥府の番人トルト(律)の友として」
 そう決意を語る湖満の口元が引き締まった。
 そして、敵役は来る。
 軽やかに舞い降りた可憐なダモクレスは、哀し気な笑みを浮かべつつ、スカートの裾をつまんで会釈した。

●見捨てられし悲しき少女の舞台
 物言わぬ少女は虚空より鍵盤を召喚、指が滑るように鍵盤上を駆け抜けていく。その淀みない調べが凶器と化す。
 仲間、そして一般人に被害がいかないように真っ先に前に飛び出した佐久弥。
「ぐっ……重い!?」
 音が質量を持つようだ。ズシッと骨に響く。
 その特殊な攻撃に、彩咲・紫(ラベンダーの妖精術士・e13306)の顔がにわかに曇った。
「あまりお上品な音楽ではないようですね。ピアノの旋律は好きですが、あなたの奏でる調べはいただけません」
「破壊しか奏でられぬなら、キミの出番はない。せめて同じ紛い者同士、派手に付き合うとしよう」
 自身もピアノを弾きこそすれ、レプリカントであるが故なのか、その音色には真実が宿らないと自覚しているジゼル・クラウン(ルチルクォーツ・e01651)、目の前の敵に対して煮え切らない思いを抱きつつ、ルーンアックスで斬りかかる。
 機械の少女は軽やかに舞い上がり、その一撃から逃れる。そこを紫が狙っていた。
「雷光よ、迸りなさい、そして敵を貫きなさい!」
 奏でる旋律は糸となり、木の枝に巻き付いて、機械の少女に急激な方向転換を可能とさせる。つづけて放たれた音楽の重さが、追撃に打って出ていたジゼルを大きく弾き飛ばした。
 漆黒のドレスを風に靡かせ、足音立てぬ静けさで敵役の前に歩み出る湖満演じるニュクス、
「音楽は人を傷つけるものではなく、人を癒して救うための美しいものです。決して、許しません。……てか、私の方が絶対演奏上手いから!!」
 そう本音をだだ漏らすので、音楽で勝負するのかと思いきや、大胆な飛び蹴りで襲い掛かり、肉弾戦に持ち込む。ピアノさえ弾かせなければ、という目論見もあるのかもしれない。しかし機械の少女はすばしっこく、その動きを捉えることは難しい。
「落ち着いて行け! 捉えられん相手ではないはずだ」
 横から碧威が割って入り、相手の動きを見極め、蹴りを叩き込む。
 大きく弾き飛ばされた少女はすかさず鍵盤に指を滑らせる。
 質量を持った音楽が湖満に襲い来るも、それを身を盾にして防いだのはジョルディだった。
「我が妃を手にかけようとは、その狼藉、もはや許せぬ!」
 漆黒の甲冑に覆われた身に闘気が漲る。
「ふふふ、両手に花ですわね」
 湖満が笑みをこぼした矢先、冷たい言葉が走った。
「愛されることしか知らない愚かな女……」
 奏でられた旋律が戦慄と化す。蜘蛛の糸のように広がっていき、その旋律の糸にケルベロスたちは絡めとられていくのだ。身動きままならない、まさに蜘蛛の巣にかかった蝶のように。あとは岩をも砕く音量が襲い掛かってくるばかり。
「ふふふ、せっかくなんですもの、アンサンブルと行きましょう、機械のお姉さま」
 にやりと子供らしくない笑みを浮かべるジークリート、ドレスを翻し、天に飛翔。より高きところからバイオリンを奏で、その満ち足りた調べによって、旋律の糸を断ち切っていく。
「音楽ならいくらでもお付き合いしましてよ。共にセッションを楽しみましょうな。お姉さまは悲しい曲がお好き?」
「……私を捨てた者……裏切った者……」
 機械の少女の声に一抹の悲しみと怒りが感じられた。
 冥界の番人トルト演じる律はやるせなく首を左右に振った。
「そうか、君はエウリュディケなんだね。オルフェウスの過ちによって冥界に取り残された哀れな少女。それでもなお未練が断てず、こちらに戻ってきてしまった可哀そうなエウリュディケ」

●残されたもののための旋律
「だが、悲しみだけの音色では、誰の心にも響きはしない!」
 悲壮感伝わる旋律を断ち切ろうと、律が剣を抜いて突きかかる。その一突きを胸に受けても、少女はたじろがなかった。
「……どうだっていい。私はお前たちを殺すだけ」
「あなたが本当にそう思っているのなら! 私たちが必ずあなたを止めますわ!」
 紫華扇を振るい、時さえも凍てつく気弾を放つ。
「こんなもの……! お前たちみんな、地獄へ落ちてしまえ……!」
 機械の少女の体を禍々しいオーラが包む。紡がれてゆく旋律。それは未だかつて人類が知り得なかった未知の恐怖に彩られていた。冥府の光景がまざまざと目に浮かぶような……。
「ぬう……」
 冥府の王を演じるジョルディもたまらず膝を地につく。
 ジゼルもまた惑う。同じレプリカントでありながら、ここまでの表現力を持ち得るものなのかと。だが、これはどこか違うとも感じていた。
「機械でありながら、いつかは捨てられると知りながら、人間に付き従っている哀れな人形。お前から始末してあげる」
 ジゼルを襲う巨大な音の塊。ごうごうと嘆きの声を上げながら迫りくる。
「危ない!」
 佐久弥が身を投げ出した。全身がひび割れるような衝撃に、佐久弥は吹き飛んだ。
「愚かな……。お前も機械人形でありながら、どうして足掻く?」
「さあ、どうしてかな……」
 身を起こし、相手を睨み据える佐久弥。容赦のない音量が佐久弥を幾度も襲う。それでも彼は倒れない。
「何故そうも立っていられる? そうする意味などないというのに?」
「……俺もかつては捨てられたモノだから」
 佐久弥は静かに告げる。
「俺には、ゴミとして捨てられたモノたちの意志が宿っている。愛され、捨てられ、憎み、それでもなおヒトを愛する“我ら”が故に……手放されて、憎くて、それでも好きだから――守るんす!」
 その叫びとともに、再起は成される。不屈の魂が肉体を凌駕する。
「君にその心さえなくなったというのなら……!」

●旋律のフィナーレ
「はああああっ!!」
 闘気に満ちた佐久弥が、敵の足元にマグマの濁流を生む。
「小賢しいことを……!」
 後方に飛びのいた機械の少女。その背後に冥界の王妃が忍び寄っていた。
「骸と成って沈め」
「くっ……」
 連続的に手刀を突き入れる湖満は、死神のように何処までも機械の少女を追いまわす。その様子はさながら二人で舞踏を踊るよう。
「退け、湖満!」
 その掛け声を合図に湖満がすうっと身を引いた後、碧威が気合を込めて拳を固める。刹那、引き起こされる爆発に呑まれた機械の少女。一気に間合いを詰めた碧威は、少女を地に叩き落とす。
「……!」
 怒りに満ちた音色が、途方もない質量を持つ。
「ノク、コーディングを頼んだぞ」
 指輪に擬態しているオウガメタルが応じるように姿を変える。律は気合一閃、拳を振るい、音量そのものを殴り飛ばす。そうした後ろからジョルディが飛び出してきては、
「我が冥府を荒らすのは、ここまでにしてもらおう!」
 と、大斧を振るうのだ。
 激闘続き、機械の少女が身に纏っていた可憐なドレスにもあちこち綻びが出ていた。
「わたしは生まれ変わったはずなのに……」
 緊迫の旋律が奏でられ、ケルベロスたちを捕縛せんと広がっていく。
「そうはさせませんわ!」
 紫が紫華扇を構えた。
「音楽が時を操る芸術であるのなら、今度こそ貴女の時間ごと、凍結して差し上げますわ!」
 放たれた気弾は弾け、波動となりて、旋律の糸を凍り付かせていく。そしてその旋律を奏でし少女をも凍てつかせたのだ。
「ぐっ……おのれ!」
 うずくまる機械の少女に、佐久弥が立った。
「君だって、人の手によって音楽を奏でた幸せな日々を覚えているはずだ。だったら」
 そう手を差し伸べる。
「一緒にどうだい?」
 こちらの世界で共に生きることができるはずだ――そう差し伸ばされた手。
 少女はその手を握り返そうと、おずおず手を伸ばした。
 が、寸前で彼女は佐久弥の手を払いのけ、逃げるように飛び出した。
「……君は!?」
「もう遅い! 遅すぎた!」
 少女は鍵盤を叩き、巨大な音の塊で湖満を襲う。
 その攻撃にたまらず地に倒れ伏す湖満。
「死ね!」
 冥府の王妃を庇い、少女の暴走を止めたのは、碧威だった。
「残念だが、そう易々とやらせるわけにはいかない」
 そう告げ、機械の少女を投げ飛ばす。
「そろそろフィナーレですかしらね」
 クスクス笑うジークリートはバイオリンを番え、天から調べを奏でた。
 朗々と降り注ぐ光に満ちた希望の旋律。
 律とジョルディは互いに目配せをした。
「俺達の歌を聞け!」
 律のテノールが紡ぐ歌は、星々と人を繋ぎ、勝利を引き寄せる宿命の凱歌。その歌声は、拡声器状に変形したジョルディのアームドフォートによって宇宙規模にまで増幅されていくのだ。世界はまったく星空に包まれているようだった。
「ちいっ!」
 焦った機械の少女はその歌声を打ち消そうと鍵盤を叩こうとするが――。
「させないよ!」
 その星空から二つの星が飛んできたかのようだった。その双子のような光が、少女の指を止めた。
 ジゼルは告げる。
「彼等は実に多彩に音を奏でる。かつてのキミの奏者もそうだったんじゃないかな」
「うるさいっ!」
 少女はジゼルに襲い掛かった。
「まだわからないのか!」
 ジゼルは再び星の光を呼び起こそうと振り上げた手を止めて、仲間たちを振り返った。
「まだ自分には他人を感動させる音を奏でることは出来ない。リツやコミチ、彼女等こそが表現者なんだろうな」
 冥府の王は目標を捉える。
 コア機関『HADES』のリミッターを解除、全身が地獄化した最終形態『インフェルノ・フォーム』へと変身――コアに凄絶なエネルギーが集中する。
「行くぞ、トルトよ!」
 冥府の番人役はうなずく。
「鉄鴉連奏! 魂の狂葬曲! 第二楽章”破獄”!」
 逃れえぬ破滅の光線は放たれた。宇宙の深淵からやってきて、すべてを呑み込む圧倒的な光。間際、律は少女を振り返る。
「さようなら、可哀そうなエウリュディケ。せめて安らかにあの世で……」
 光が費え、音楽が費え、宇宙の幻影も費えたとき、そこには至極平凡な広場という現実の舞台だけが取り残されていた。
「戦劇……終演!」
 ジョルディのアームドフォートもおだやかに通常形態へと戻っていく。

●日常のアンコール
「無事……終わりましたわね」
 人々の様子を見るに、どうやら最後まで舞台であると押し通せたものらしい。紫が手を胸に当て、安堵の吐息を漏らす。デウスエクスと戦うより、役者をやるほうがよっぽど緊張したのだろう。
「大丈夫だったか、湖満?」
 碧威が婚約者を気遣う。湖満はヴェールをまくり上げ、
「どうやった? ちゃんと王妃役を演れてた?」
「そうだな」
「じゃあ、妬けた?」
 悪戯っぽく問いかける。碧威は黙して答えない。
「ふふ、帰ったらマッサージでもしてもらおうかしら」
 佐久弥は、ダモクレスがとり憑いていた電子ピアノを前に佇んでいた。
「まだ音は出ますの?」
 ジークリートの問いに、佐久弥は首を横に振る。
「ダメっす。壊れているから……」
「そうか。少し残念だな」
 ジゼルはほんの少し寂し気にそう言った。
「そうですわね。だけど、下を向いている暇はありませんわ。みなさん、アンコールを待っているみたい。平和な毎日に戻るためのアンコールを」
 ジークリートは広場を取り巻く人々を振り返り、スカートの裾をつまんで会釈、バイオリンを番えた。
 青空の下に、やわらかな調べが鳴り響いた。

作者:MILLA 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年4月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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