黄泉路の聲

作者:朱凪

●其は境目の場所
 蝉の声がする。
 じっとりと纏わりつく湿度に霧島・トウマ(暴流破天の凍魔機人・e35882)はうんざりと息をひとつ吐いて右足を踏み出す。
 沈み始めた陽は赤く朱く暑く温かに空を照らしている。
「……それで、なんか用かよ」
 そのあたたかさを、全て呑み込むような這い寄る冷気──否、霊気にトウマはまず言葉で牽制し、それからゆるりと振り返る。
 そこに居たのはひとりの少女。
 白い髪、煌々と輝く紅い瞳。
 しとやかに微笑んだ唇は、鈴を転がすような音を立てた。
「──お前さま、吾のお人形になってくりゃれ」
「はァ?」
 その気配が、デウスエクスであることに気付かぬほどトウマも気を抜いていない。く、と顎を上げ目を眇めて見せれば、少女の背後にふたりの影が現れた。似た顔の──あの指は、レプリカント?
 微かに眉をしかめたトウマの様子に気付くふうもなく、白い少女はうっとりと己の背後を振り返り、トウマへと視線を戻してまた笑う。
「これらは吾のお人形。お前さま、お前さまも吾のお人形になってくりゃれ」
 そして、紅い瞳が輝いた。

●生と死、あるいは他のなにか
 ヘリポートに集まった仲間へ強く肯き、暮洲・チロル(夢翠のヘリオライダー・en0126)は愛用の幻想帯びた拡声器を口許へ添えた。
「乗ってください、Dear」
 霧島・トウマがひとり、デウスエクスと対峙しているとの予知を『追いかける』。
「彼への連絡は未だ取れませんが、極力急ぎます。どうか、手助けをお願いします」
「わかった」
 チロルの言葉にユノ・ハーヴィスト(宵燈・en0173)も小さく肯いて、ヘリオンへと乗り込んだ。
 地獄の番犬達の準備を確認して、ヘリオンは上空へと飛び立つ。
「俺が調べた限りでは、敵は『ひらさかさま』と呼ばれる死神──これから向かう地域ではひとつの都市伝説のような扱いを受けているようですね」
「都市伝説」
 語尾の上がらぬ疑問文と共にユノが首を傾げる。はい、と操縦席からの声が届く。
「黄昏時、『ひらさかさま』と出会ってしまったら魂を奪われて──彼女の人形にされる、とのことらしいです」
 これからの時期に似合いの怪談話、だがそこに犠牲は確かに生まれている。聞き流すわけにはいかない。
 『ひらさかさま』の厄介なところはなんと言っても防御力が高いうえに気力も高いことだと言えるだろう。
「ですが、Dear達が揃えば倒せない敵ではありません。どうか、お願いします。──では、目的輸送地、境目の場所、以上。……飛ばしますよ」
 彼の意思を汲むかのように、ヘリオンは速度と高度を上げた。


参加者
霧島・カイト(凍護機人と甘味な仔竜・e01725)
ビーツー・タイト(火を灯す黒瑪瑙・e04339)
ラランジャ・フロル(ビタミンチャージ・e05926)
風魔・遊鬼(鐵風鎖・e08021)
アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)
霧島・トウマ(暴流破天の凍魔機人・e35882)
 

■リプレイ

●黄昏の邂逅
 陽は低く、道に長く影を伸ばす。
「さあお前さま。吾のお人形になってくりゃれ」
 紅い瞳を細める『少女』に、霧島・トウマ(暴流破天の凍魔機人・e35882)は軽くかぶりを振って息を吐いた。
「……なんで、昔を思い出すような奴と会っちまったんだろうなァ」
 量産型のレプリカント。『兄貴』と同じ顔の、幾多数多の『お人形』達。
 ──ああ、嫌だ嫌だ。
 瞼を伏せて、開いて。
 その刹那に彼の『感情』は切り替わった。敵は一体。感じるデータは敵の手強さを示し、冷静に戦闘方法について弾き出す。こちらはひとりだ。このままでは勝てない。機を計る。紅い目。──来る。
「さあ、さあ、お前さま、」
「悪いなァ、人形にもなりたくはないし俺は──」
 く、と膝を沈めたそのとき。

「トウマッ!!」
「!」

 力強い手が彼を突き飛ばした。紅い光が包み込んだのは同じ形の、
「兄貴!」
 傍に追いついた焼き色香ばしそうな見目のボクスドラゴン──たいやきの姿を認めれば、もう間違いない。霧島・カイト(凍護機人と甘味な仔竜・e01725)、彼の『兄貴』。
 そして、
「間に合ったか。随分とたちの悪い人形遊びに巻き込まれたみてえだな」
「都市伝説、ッスか……うへえ、フンイキのある場所で、日本人形みたいな死神ッスね」
「ああ……怪談の題材となっても不自然ではないが、行いを見れば単なる猟奇的な殺人者だな」
「確かに。幽霊の正体見たり……とでも言うのかな。けど」
 ──物騒な噂話は今日でおしまいだよ。
 静かな声音と共に、駆け付けたケルベロス達がトウマの傍に立ち並んだ。
 グレイン・シュリーフェン(森狼・e02868)は軽く耳を倒し蒼天の瞳は呆れたように敵を見据え。
 ラランジャ・フロル(ビタミンチャージ・e05926)は「でもでも、トウマさんをお人形にさせる訳にはいかねッスよ」引き下げた口角を笑みに変え。
 ビーツー・タイト(火を灯す黒瑪瑙・e04339)とその相棒『ボクス』は、揺らがぬ表情で迷いなく肯き。
 アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)はその腕の攻性植物で結ばれた人形を抱え直し微笑んだ。
「手を貸しましょう」
 囁くように、けれど風に巻かれず届いた風魔・遊鬼(鐵風鎖・e08021)の申し出にトウマは「助かる」と短く応じたとき、ふらりとよろめきながらもカイトが振り返った。
「──ったく……都市伝説っていうか、最早怪談の一種だろこれ。トウマはなんでこんなの調べてたんだ……」
「いや、すっごいたまたま興味本位で、調べてただけなんだがなァ……」
 『兄』の言葉にどこか困ったような声音と共にバイザー越しの藍の瞳を見たトウマは、
「ッ?!」
「エッうそ?!」
 繰り出された『兄』の装甲纏う音速の拳を、紙一重で弾いた。
 ラランジャの困惑と全く同じタイミングで「やっぱりか」即座にグレインが動く。トウマが見たのは光を失ったカイトの双眸──紅い目による催眠だ。
 グレインが練り上げた森色のオーラを与えるのを確認してから、トウマは自らの胸の奥に燃え上がる『なにか』の存在にすら気付かぬままひらさかさまを睨めつけ、そして駆けた。
「お前さま」
 ひと息に距離を殺したトウマの眼前で人形のような『少女』が変わらぬ笑顔を浮かべ、彼は手を伸ばす。ひらさかさまの額の前に五指を翳す。
 脳裏に過るのはつい数秒先の光景。それと『同じ』、景色──、
「断る。俺は……同じ顔の人形は、壊し飽きてるんだよ!」
 掌から溢れ出す嵐の如き『感情の奔流』。嵐獄想:葬想起──テンペストパルスノクターン。「っ!」膨大なデータがひらさかさまへと叩きつけられ、紅い瞳は混乱に暫時焦点を失った。
 敵が立ち直るより迅く、アンセルムが跳ぶ。ひらさかさまの細い腕に巻き付いた蔦が大蛇の如く捻り集まり、大きく咢を開いた。
「ぐぅ……!」
 蛇の牙が深々と突き刺さったと同時、ぼんやりと曖昧な輪郭の白い肌に毒の浸食する生々しい色が拡がった。「!」ひらさかさまが腕を振り払うのを変わらず湛える微笑でアンセルムはひらりと身を躱して退いた。変容:妄執の大蛇──グラッジスネイク。その毒は敵の動きを鈍らせる。
「ハーヴィスト、頼んだよ」
「任せて」
 彼の指示を受けてユノ・ハーヴィスト(宵燈・en0173)は光の翼を広げ追悼の唄を歌い、グレインのオーラを受けていたカイトは目を覆うバイザーを押さえるようにして彼へ向けて小さく首を振った。
「あー、くっそ……悪い、」
「気にしなくていいぜ、これからだ」
「ああ、そうだな。さあ行くぜチビ」
 グレインの言葉に大きく肯いて立ち上がって傍らの相棒へと声を掛け、カイトはひらさかさまと対峙するトウマの背を「いっ?!」大きく叩いた。思わず目を見開いたトウマの横に並んで前を向けば、たいやきも並んで笑うみたいに口角を上げた。
「相手がただのデウスエクスならしばいて終わるぞ!」

●傀儡とお人形
 長く黒い襟巻の尾を引いて、遊鬼の繰り出す切っ先が『少女』を容赦なく斬り裂く。
「疾く大人しう、お人形になってくりゃれ」
 ひらさかさまの笑みは変わらない。ガクン、と背後にいた彼女の『お人形』達が見えない鎖に操られ、手にした刃を左右から振り下ろすのを、
「おっとぉ!」
 けれどラランジャも長大な鉄塊剣を振り回して相殺し「喰らわねッスよ!」笑った。遠心力で描いた円の中心にその剣を突き立てると瞼を伏せる。大地から湧き起こる、淡く柔らかな光が前列の仲間達を包み込んだ。
「光よ……頼むッスよ!」
 それはAmuleto de luz。光の守護。
 まず、ひらさかさまから与えられる状態異常を防ぐ。気力も防御力も格上の相手に挑むに際して彼等は確実さを選択した。
 ──長期戦になることだって覚悟の上ッス!
 仕上げとばかりに最後にたいやきがラランジャへと属性インストール──鯛焼き属性──するのを見るともなしに見たボクスの溶岩色の瞳がつ、とビーツーを見上げる。その視線をビーツーは軽く手を振っていなした。
 鯛焼き一ヶ月分な。判った判った。言ったな。ああ、好きに取れ。言葉なんてなくても伝わる、そんなやりとり。そこにあるのは確かな信頼と実績だ。
 瞬きひとつ。彼がふぉん、とテルミットアクスを振ると同時に飛んだボクスの吐く超高温を内包する白橙色の炎のブレスがごぉッ! と『お人形』ごとひらさかさまを襲った。
「く……!」
 バチバチ、と『お人形』達の身体が灼熱に耐えかねて音を立てる。ブレスの炎は目隠しの壁となり邪魔をされることなくアンセルムへと破壊のルーンを授けたビーツーは隙なく敵を見据えて静かに告げた。
「ただの殺人者、まして死神だというのなら、現世からご退場いただかねばなるまい」
「ああ。それで何人を人形にしてきた、……と言ってもそんなの覚えちゃいないか」
 グレインも続けるが『少女』の傷付けど変わらぬ笑みに彼は軽く肩を竦める。
 数多く存在するデウスエクスの中でも、未だ死神──デウスエクス・デスバレスの目的とするところは見えて来ない現状だ。反省もなければ、顧みることすらないのだろう。
 そのしとやかにすら見える姿にカイトは微かに目を眇めた。同時に指先へほんの僅かな力を籠めるだけで爆音と共に虹色に輝く氷柱がいくつも周囲へと生えて仲間への鼓舞と成った。
 『兄』からの支援を受けて、トウマは右腕の先を高速回転するドリルへと変形させて、地を蹴る。ただダメージを与えるだけではなく、僅かでも防御力も削る。でないと、
「どーも硬そうだしな。……お前じゃなくって、その『人形』達がなァ」
「! お前さま!」
 そのお人形は、ケルベロスでもなんでもない、ただのレプリカントの少女、だったのかもしれない。相殺を狙い見えぬ鎖で前へ立たされたその『遺骸』は何度目かの攻撃で──特にボクスの灼熱のブレスによって傷んでいたために、彼のドリルによって激しく損傷し、身体の半分ほども抉れて中の機構が覗く状態となり崩れ落ちた。
 『少女』は、丸い紅い瞳を瞬いた。
 表情は、変わらない。しとやかな、妖しい笑みのまま。
 それでも、纏う空気が、
「お人形を壊されて怒ったのか? けど、そりゃ自業自得ってもんだろ」
「ああ。大事なものなら、大切に扱わねばな」
 どこか呆れた声音のグレインに、ごく冷静ななビーツーの声色が追う。
 ──……、
 そんな仲間達の声を、回路にバグでも起こしたみたいな遠い感覚でトウマは聞いていた。そしてひらさかさまは黙したまま、
「!」
 トウマ達へと紅い目から光を迸らせた。
 けれど。
「へへっ、さっきはちょっとビックリしたッスけど、もう平気ッスよ!」
「ユノ、手伝ってくれ」
「うん、わかった」
 催眠、という効果を持つ攻撃を初めて目の当たりにしたラランジャは思わず最初、驚いてしまったけれど。
 今は、仲間が居る。
 大地。木々。風。空。力を貸してくれ。
 ──護る力を……!
 瞼を伏せ、祈るように語りかけるように、グレインは大自然の力を喚ぶ。どこからともなくそよ風が彼の髪を、耳を、尾をさらい、遠い蝉の鳴く木々から、朱い空から、石畳の続く大地から。なにものをも傷付けないエネルギーで球体を形成して、トウマの傷を癒していく。
 その向こう側では、ユノも遊鬼の背へと両の手をかざして癒しを送り「よし、俺も手伝おう」ビーツー自身も避雷針を軽く上げれば、奔った青白い稲妻の壁が仲間の周囲へと構築された。
 そう。今は、仲間が居る。
 トウマ、カイトを初め、たいやき、ビーツー、ボクス、そして遊鬼。前衛だけで六人となり、敵の範囲攻撃の威力は減退しており、致命傷には至らないのだ。
「もちろんこちらの回復量も多くはないが」
 しかし、心配は要らない。たいやきとビーツーが片割れの指示を聞くまでもなく飛び上がり、それぞれの属性を仲間達へ与えて見る間に気力を満たしていく。
 ひらさかさまの表情は、相も変わらず笑みのまま。
 『少女』はゆるりとアンセルムを見上げた。正しくは、その腕の上の人形を、だったのかもしれない。
「お前さま。なに故か。なに故。お人形は佳いものなのに──お前さま方は其れに成るのを厭うのか」
 それは地球に住む者として至極当然の抵抗。グラビティ・チェインを奪われ死してなお、『人形』として操られることを良しとする者などいるはずもない。死神の問いは、初めから破綻している。
 けれどアンセルムはちょっぴり困ったみたいに眉を寄せた。
「うぅん……人形が佳いものであることはボクも認めるけど」
 そしてちらりと自らと蔦で繋がった人形を見て、微笑んで。どこか晴れやかに彼は肯いて答えた。
「人形は最初から人形だから素晴らしいんだよ。人を人形にしたところでそれは所詮『人』という存在の延長線上でしかない。それを人形とは、ボクは呼ばないな」
「──……」
 初めて、ひらさかさまの慎ましい口許から笑みが消えた。アンセルムは、頓着しない。
「レプリカントを選んでいるのも、キミのお人形へのこだわりかい? ボクはそれも違うと思うけどね。人形は人形として造られたものだからこそ、素敵な人形になるんだから」
「、」
「……残念……お前さまなら、判ってくりゃるかと思うたのに」
「うん、残念だね」
 ひと欠片も残念に思っていない声色で応えるアンセルムは擦過に斬れるほど素早い蹴撃を容赦なく繰り出してひらさかさまへと決裂を突きつける。ほんの少し目を見開いたトウマの様子に気付くこともなく。
 その横顔を、カイトは見てしまったけれど。

 ふッ、と短く息を吐く。集中した意識は爆ぜて残る『人形』の肩と右腕を吹き飛ばし、「っし!」ラランジャは強く拳を握った。盾にされた人形はもはや左半身も跡形もなく、攻撃にも防御にも機能はしない。
「これで残りはあんただけッスよ!」
 に、と笑うラランジャとひらさかさまの直線上に突如現れた遊鬼が振るう刃。「っ!」咄嗟に避けようとした『少女』の足が、──動かない。
 風魔式斬撃術『双鬼』が死神を二度喰らい、小柄な『少女』の身体は手毬みたいにあっけなく石畳の上を転がった。
「ようやく効いてくれたね」
「いや、……この夏の暑さに負けねえくらいのしつこさだな」
 アンセルムが軽く安堵の息を吐くが、それでも寸間おかずに立ち上がろうとするその姿にグレインが口許を引き攣らせた。
「吾のお人形。喪ったのならば、新しく造れば良いだけのこと……さあ、さあ、お前さま」
 ぎし、と。
 まるで人形の関節が軋むかのように、ひらさかさまの腕はけれど、途中で動きを止めた。見えぬ鎖も、呪いの焔も、なにものをも生み出すことができない。
 入念な回復と、丁寧に積み重ねた状態異常。駆けつけてくれた仲間も居た。
 地獄の番犬達を前に、死神は笑みを浮かべ続ける。その笑顔はどこか引き攣っているようにも見えて、確かに終りが近いことを示していた。
 グレインはひとつ、息を吐いた。
「趣味の悪い人形遊びはここまでにしようぜ」
「そんなに悪いものでもないんだけどね。迷惑をかけるのはいただけないな」
 おうし座の守護を得た重い斬撃に、アンセルムの綺羅星の蹴撃が更に死神を叩きのめす。再び転がるみたいに崩れ落ちた敵へとカイトが掌を向ければ、まるでこの世のものではないかのような『少女』は、青白い炎に包まれて甲高い悲鳴を上げた。
「トウマ!」
「!」
 それは、思い掛けない促しだった。この敵のことを、確かに調べては居た。けれど、結局判らないことだらけで、だからとどめを刺したいとか、そういう想いは、心は、
「……ああ」
 けれどトウマの足は、躊躇いも戸惑いもなく前へ進み出た。
 そしてひらさかさまの額へと掌をかざす。強く、強く、集中する膨大な感情データ。ダムが決壊するかの如き強大な衝撃が敵を揺さぶり、狂わせ、壊す。
「──……っ……!」
 崩れ、消えていく死神の残滓を眺める。
 敵へと叩き付けた『その感情』がなんなのか、彼自身も知らないまま。

●境目、あるいは岐路
「……まァ、その何だ。アイツに縁はねぇよ」
 まるで言い訳みたいに、すべてが終ってトウマは零した。
「俺の調べた範囲でも『人形』に執着してるってことしか分かってねェし。けど、……来てくれて助かったぜ」
「間に合って良かったッス!」
 そう礼を告げれば翳りのない笑顔でラランジャが返す。
 抉れた道や焦げた土くれを整えるアンセルムをユノが手伝い、いつしか夕闇に紛れて遊鬼の影が消える。
 ──けれども……。
 蝉の声に混ざり蛙の鳴き始めた夜が近付き始める空を見上げ、トウマは敢えて呑み込んだ言葉の先を考え、そして首を振る動作で頭の中からそれを追い払う。
「気のせいか。俺の昔話まで見透かされてたとか言うのは溜まったもんじゃねェし」
「……そうか」
 小さく笑って見せるトウマに、ビーツーはただ静かに応じる。彼、とその『兄』たるカイト、更にアルト達、『兄弟』。共に日当たりの良いあの廃ビルに集う戦友だが、踏み入るべきかどうかの分別はビーツーとて充分に弁えている。
 そしてそんなふたりから少しだけ距離を取って、カイトはその横顔を眺めた。
 ──……なんとなく察する物はあるけど、掘り下げないでおこう。
「なんというか、自分の兄弟の昔話とか、聞くと逆に自分を責めそうだし……」
 見上げてくるたいやきにこちらも言い訳めいて呟いても、小さな相棒は足許で首を傾げるばかり。それを見てカイトも口許を緩める。
 彼らの境界は、未だに曖昧で。
 だからこその『兄弟』ではあるのだけれど。

「「、」」
 どちらからともなく視線が合えば、彼等は互いに少し困ったみたいに笑ってみせた。

作者:朱凪 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年8月16日
難度:普通
参加:7人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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