決戦イグザクトリィ~桜花の咎

作者:深水つぐら

●桜花
 うつくし、うつくしという姿に見惚れた。
 まるでそれはかつての自分が母に可愛がられていた時の様だと思った。面影を胸に桜の枝に手を伸ばした井上梓(いのうえ・あずさ)は瞬きをして唇を噛み締める。
 目の前にある薄紅の花は誘う様に揺れていた。学校の裏門から続いている桜並木は、梓が通う事になる高校の裏門からその艶やかさを惜しげもなく見せながら続いている。
 その様子が気に障った。
 幸せそうに、朗らかに、温かな笑顔を見せて。そんな心躍るような姿を来たくも無かった学校に、親の意思だけで来た梓に、見せつける事は許せなかった。だからバラバラにしてしまおうと手を伸ばしたのだ。もうこのまま何もかもめちゃくちゃにする不良生徒になってしまおう。
 憎々しい心のままに枝を摘み、その美しさに蕾だけを摘む。
 ぷちん、と取ったのはひと花だけ。
 これではまるで桜を啄むメジロではないか。
「酷い人。入学前に桜を手折ってしまおうとしているのね」
 なんて小さい。そして雅な悪戯でしょう──背後から聞こえた言葉に振り返り、一瞬怯んだ梓だったがすぐに首を振ると、現れた少女に向かってはっきりと告げた。
「そうよ、私はこの学校をめちゃめちゃにして壊したい。暴れてやるの。だって……だってそう言う悪い子になれば私も居場所が……」
 落ち込んでしまった梓に、眼鏡をかけた少女は息を吐く。
「ただでさえフューチャーが欠けて忙しいというのに……さっさとして頂戴」
 その言葉の意味を理解する前に現れた巨大な鍵は梓の胸を貫いた。
 瞬間、風が吹き荒れる。
 それは反抗する梓の心の様なもの――強く荒れ狂う風は周辺の桜を乱暴に揺らし、満開の桜を散らせていく。
「このまま悪に仕立ててあげる」
「いや、やめてぇえええ!」
 叫んだ梓の背中から細い指が伸びていく。その手に触れるのは梓の目から落ちた涙と風に攫われた桜の花弁。新たに生まれようとする夢喰いの手は見目美しい桜の色をしていた。

●桜花の咎
 貫かれた直後ならばまだ生まれないかもしれない。
 そう告げたギュスターヴ・ドイズ(黒願のヘリオライダー・en0112)は、改めて傍らに腰掛けた款冬・冰(冬の兵士・e42446)の方を見ると小さく頷いた。
「冰の予測により調査をした所、高校を襲撃するドリームイーターの一体が出現する予知が見えた。それはイグザクトリィだ」
 それは全国の高校を襲うドリームイーター──先日、そのひとりが倒され、今度は違う者の足跡を掴む事ができたのである。元々、ドリームイーターを生み出していた彼らはケルベロスが到着する前に立ち去っていたが、今回はイグザクトリィがいる現場に介入できるという。
「千載一遇、という訳。逃がす筈も無い」
「その通り。今回倒してしまえば高校を襲うドリームイーターの作戦をさらに阻止できる」
 冰の言葉をそう継いだギュスターヴは、自身の手帳を捲ると改めて今回の現場について話を進めていく。
「現場は入学式の始まる高校の裏門だ。式典の最中という事と裏門という場所から周囲に人はいない。その時点では人払いの心配はなくとも、時間が経てば騒ぎに気が付いた人間が集まってくるだろう」
 つまり、長引けば周囲に気を払わなくてはならなくなる。ならば短期決戦で済ませるか。それとも時間がかかっても事前準備を済ませるか。人の通る場所である以上、遮蔽物がない事は有難いがそれ故に見つかりやすい。
 時間が掛かる事が不利になる。そんな説明にケルベロス達が疑問を持つと、ギュスターヴは新たな情報を付け足していく。それは予知の直前に攻撃によって介入すれば、新たに生まれるであろうドリームイーターの力を削ぐ事ができるというのだ。
「だからこそ、先ほどの条件選択がある。もちろんいい案があるならば君らの意見を優先してくれ」
 ケルベロスの歩む道はいつだって最良であると信じているから。
 そう言ってギュスターヴは手帳を捲ると、もちろんこれまでの事件と同様にドリームイーターの夢の源泉である『不良への憧れ』を弱めるような説得ができれば、弱体化させる事が可能だとも告げた。
「今回は予知で見えた通り夢主の梓には思う所があるようだ。その部分を理解して言葉をかければ奇襲が上手くいかなかった場合でも力を削げるだろう」
 もちろんどちらも上手く言えばより戦闘は有利になる。
 それからギュスターヴのもたらした情報は、イグザクトリィの力は威力自体もそうでもないがその分、命中の正確さでカバーされているという事だった。
 そこまでわかっているからこそ、この機会を逃す訳にはいかない。
「この事件にはまだ敵は多い。だがその一角を潰せるのならば確実に仕留めてほしい」
「もちろんです。逃がすつもりもなく」
 ギュスターヴの言葉に冰は立ち上がると、己が得物を手に取って集まった一同へと視線を投げた。
 動かなければ終わらない。
 この地球を救えるのはケルベロスだけなのだ。
「君らは希望だ。その一歩を進めてほしい」
 そう告げた黒龍は猟犬達に向かって静かに微笑んだ。


参加者
水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)
ウィッカ・アルマンダイン(魔導の探究者・e02707)
フィー・フリューア(歩く救急箱・e05301)
知井宮・信乃(特別保線係・e23899)
豊田・姶玖亜(ヴァルキュリアのガンスリンガー・e29077)
款冬・冰(冬の兵士・e42446)
賽賀・ひとな(剣闘の炎・e76271)

■リプレイ

●蕾々
 叫ぶ少女──井上梓の背からは透明な細い指が翼のように生えていた。それは梓の瞳から落ちる雫と風に攫われる桜の花弁に触れ、美しい桜の色に染まっていく。
 新たな夢喰いの誕生。
 その瞬間に待ったをかけたのはマリオン・オウィディウス(響拳・e15881)の声だった。
「そこまでです。望まれぬ悪を生むその所業、今日でお終いとさせてもらいますよ、イグザクトリィ」
 彼女の相棒であるミミックの田吾作も賛同する様にがちゃんと箱の中身を揺らす。
 その声に反応した少女──イグザクトリィは手にしたライターをぱちりと閉じ、艶やかな黒髪を桜風に流して振り返った。
「ケルベロス、ね」
 ここで邪魔をするならば、と理解したのだろう。見返してくる夢喰いを余所に同じく姿を現した賽賀・ひとな(剣闘の炎・e76271)はその背後へと視線を向けていた。
 ひとなが見つめるのは生まれようとしているドリームイーターの姿である。呻き声を上げて蹲る梓の背からは桜色を基調にした斑の手が生え、更に触手の様なものが這い出ようとしている。これが自ら規則規律を破るのはカッコいいと思っている不良への憧れなのだろうか。
(「その考えが間違っていることを教えてあげましょう」)
 ひとなが唇を引き締めている隣では、最後に姿を現した知井宮・信乃(特別保線係・e23899)が自身の手を強く握っていた。信乃の射干玉の瞳が見つめるのはやはり夢喰いを生もうとしている梓である。その姿に信乃の胸が痛みを帯びた。
(「今、目の前にいるたった一人を守ることだってあります。物理的な意味だけじゃなくて、心も」)
 ケルベロスは世界を守るのが仕事だがそれは世界中の人々を守るだけではない。だから今やらなければならない。想いを胸にイグザクトリィをねめつけると、相手の口が穏やかに笑うのが見えた。
「遅かったけれどこの子は……」
 余裕の言葉を裂く様に夢喰いの背後で閃光が散った。
「なに?!」
 それはウィッカ・アルマンダイン(魔導の探究者・e02707)の放った竜砲弾であり、次いで接近したフィー・フリューア(歩く救急箱・e05301)のスパイラルアームの一撃でもあった。その連撃にぐねりと蠢いた桜の斑──サクラモザイクとも言うべき夢喰いは、なおもびちびちと複数の腕を生やしながら梓の背から這い出ようともがいている。その腕に銀眼のヴァルキュリアが放った矢が妖精の加護と共に突き刺さる。
「やれやれ。この年で学生さんの服を着るとは思わなかった」
 しかし、ボクもまだまだいけそうじゃないか──そんな冗談を零しながら豊田・姶玖亜(ヴァルキュリアのガンスリンガー・e29077)が姿を現すとその横を影がすり抜けた。一足飛びに戦場を駆けたのは水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)だ。
「……刀の極意。その名、無拍子」
 鬼人の告げた後でその身に反動は無い。極限まで無駄を省き、長き時を刀と共に過ごし、常に刀を振るい続けた者の一閃が新たな敵の身を切り裂くと、次いで躍った款冬・冰(冬の兵士・e42446)の得物が緩やかな弧を描いてさらなる斬撃を見舞った。
 散るのは鮮血ではなく御目を潤す見事な桜。吹雪と似た花の嵐を従えて、新たに現れたケルベロス達は己が得物を携えてドリームイーター達と対峙する。
「じゃあ、桜の姫君のハートを……こっそりいただこうか」
 姶玖亜の口元が悪戯っ子の様に笑みを作った。その直後に梓の背中からぶわりとサクラモザイクが『噴出』する。ケルベロス達が驚きの声を上げる間にぞろりと這い出した新たなドリームイーターは、夢主である梓をから離れるとその歪な姿を一同の前に現した。
「くっ、不完全な……」
 口惜し気にイグザクトリィが呟いた通りサクラモザイクの身は半分が崩れていた。それは奇襲の成功を意味し、同時にその対策をイグザクトリィが判断した瞬間でもあった。
「いいわ、いい加減に邪魔をされるのも嫌になっていたところよ。お前達は私が片付けてあげる!」
 切り替えが早い。ケルベロスが悟った直後にイグザクトリィの手にあったライターからモザイクの牙が生まれた。次いでサクラモザイクが咆哮すると瞬く間に桜色の巨大な手が最前列を守る者の周囲に現れる。
「さあ、悪夢が始まるわ」
 夢喰いが告げた瞬間、ぱんと手拍子を打つ音がした。

●豊膨
 顔の表面を無数の手が覆ったと思った。その指に心を蝕まれていく様を鬼人は不愉快だと思った。
 けれども。
「こんな事もあろうかと、特製薬も準備万端、ってね」
 唐突に聞こえたフィーの声は朗らかな光の様だった。フィーが撒いた薬瓶から無数の光が現れ、悪夢に囚われていた者を浄化する。その間に前に飛び出したのはウィッカだった。
 その手が導くのは敵の熱を奪う凍結光──貫かんと解き放たれた白銀の光は眼前で身を捩るサクラモザイクに直撃する。射抜いた光が桜色の斑が欠片になって周囲へ散って行く。その先に倒れている梓の顔が見えた。
 歪む顔、握られた拳、必死になって堪える姿に、ウィッカは『夢主は戦っているのだ』と悟る。だからこそ声をかける事に意味があると思った。
「悪い子になっても、居場所ができることはありません」
「ええ、それに不良に憧れているからと言って、貴女が不良になってそれで満足を得られるとは思えませんね」
 口火として切られた言葉は仲間へ癒しと保護を施していたひとなにも口を開かせる。そう、憧れは自分が持っていないものだからこそ憧れるもの。ならば自身が不良になっても憧れる事ができるだろうか。
「自身が不良になっても、皆から迫害され、待ち受けるのは虚無感のみだと思います」
 静かに告げたひとなの言葉にサクラモザイクの動きが僅かに止まり、それを見た信乃もまた梓に近い歳であるからこそ彼女の考えを理解できると口にした。ただ、少し年上の経験分だけの他の術を知っていた。
「私の大切な人が教えてくれたんです。どちらに進むか迷ったときは、しんどい方を選ぶと案外うまくいく、って」
 それは彼女が得た工夫だった。その答えに今度は姶玖亜が頷く。
「居場所なんて別のところにあるもんじゃない。居たいとか居たくないとか関係ない。君が居るところが……君の居場所さ」
 自分の居るところが居場所。その言葉に戸惑う様な暗色が夢喰いの下部に生まれた。しかし姶玖亜は至って落ち着いて言葉を紡ぐ。
「今の居場所が気に入らないなら、別の場所に行くのも、今の場所を変えるのもどうするかは君次第だろう。決めたのも、決めるのも君さ。その自由は誰も阻むことはできない」
 但し。
「類は友を呼ぶとも言う悪に手を染め、更なる悪友に深みに誘われ堕ちて……そんな姿を見て、大切な人達はどう思うかな」
「よく考えて思い浮かべてみて? 貴方の大切な人が何と言うのか」
 信乃がそう結ぶ。それは夢主の梓へ願う様な口振り――そんな言葉達に嘲る笑いが高らかに応える。
「無駄よ、その子には聞こえないわだって私が無理やり夢の鎧で覆ったんですもの」
 告げた直後に夢喰いの鍵剣が悪夢の斑を生んでいく。次いで姶玖亜に振り被られた得物はぎりぎりで止まっている。受け止めたマリオンは静かに夢喰いをねめつけていた。
「もし聞こえないとしても、踏み込まない理由にはなりません」
 マリオンは心を得た筈だがその在り方は未だわからない。けれど力なき誰かが暴虐に晒される事を良しとは思いたくは無い気がする。だからこそ言葉を捨てる事はできない。
「暴力で出来た居場所はあなたにとって心地いい場所となるのでしょうか」
 それは誤った居場所づくりではないのか。そう告げると拮抗していた夢喰いの鍵剣を押し払い、牽制する様にエクトプラズムの大霊弾を解き放つ。その間に冰は悶えるサクラモザイクへと歩み出してはっきりと告げた。
「暴れた末に得た居場所では、それ相応のものしか集まらず、財に恵まれることはない」
 同時に彼女が示したのは『道は複数ある』という事だった。ゲーム、音楽、或いは折紙など、趣味が切欠でも構わない。より良い居場所を求めていけば良い。
「それらで得た他者との縁で紡ぎ作り上げた居場所は……何より有意義なものになるはずだから」
 冰の言葉にサクラモザイクは震えたが、堪え切れなかったのか膨れ上がって斑を噴出させる。まずい、と思った瞬間に鬼人の得物が閃き傷跡を切り開いていた。
「不良だなんだと言っていられるのは今この時期だけ社会では、いい子も悪い子も皆、一緒だ」
 高校卒業資格を取った彼には学校へ行かせてもらえるだけでも幸せだと思う。生きる事は気に入らない事だらけだと受け入れた上で何が自由なのか考える事が今の梓がやるべき事──そう言った鬼人は敢えて再び刃を向けた。
 切り口からは桜の花が散っていた。涙の様に散る花弁を見てフィーは寂し気に首を振る。
「不良って損だね。やりたくもないのに暴れる他に思いつかず、それで影で疎まれるんだから」
 寂しく思う事を告げては消す。
「来たくないなら無理に来ないでいいと思うけど、中身も見ずに壊すのは、まだ早くない?」
 描いた理想だけが正解じゃないと思うんだよね──だからこそ、どうすべきか。そうして改めてウィッカが口を開く。
「来たのが親の意志でも、来てからの行動は貴女の意志でできるはずです。忌避するのでなく、自分から声をかけて友人となれば居場所もできるのではないでしょうか?」
 その言葉にサクラモザイクの腕がざあっと音を立てて桜の花へと消えて散った。体の半分以上を崩した状態ではもう腕を動かす事もできまい。その姿にイグザクトリィが舌打ちする。
「奮い立ちなさい、あなたの悪夢は続くのよ!」
 叫んだ途端、倒れた梓の口から悲鳴が聞こえた。

●開花
 それは泣く子に鞭を打つ様なものだった。放たれた癒しの力によって強制的に体を繋ぎ止められたサクラモザイクは咆哮と共に身を震わせる。
「勝負はまだよ」
「笑止。それはさせない」
 冷ややかな言葉は戦場の上からだった。
 見上げる暇も有らばこそ、流星の煌めきと重力を帯びた蹴撃がサクラモザイクへと叩き込まれる。どっと重い音の後に桜の嵐を割って立ち上がったのは銀糸の髪を纏う冰だった。
「なっ」
「おっと、逃がさないよ。ここは通行止めだ」
 驚愕の声を上げて後退ったイグザクトリィに肉薄したのは姶玖亜だ。己が得物が解き放つのは踊る様に仕向ける弾丸の雨だ。
「さあ、踊ってくれないかい? と言っても、踊るのはキミだけだけどね!」
「このっ……」
 姶玖亜の言葉に怒気を孕んだイグザクトリィは鍵剣を振り回そうとしたが、滑り込んだ鬼人の無名刀ががっちりと押さえつけていく。鬼人の藍の瞳が相手をねめつけ、一歩も引かぬとばかりに静かに猛ていた。
「逃げられると思うな」
「それはこっちのセリフだわ」
 言って弾き合い間合いを取るとマリオンのミミック・田吾作が待ってましたとばかりにイグザクトリィへ食らい付く。悲鳴を上げた夢喰いにさらに肉薄したのは冰だった。
「一刀にて、積もる悪徳を月並みとする」
 雪月華。その三つ音が表す斬撃は雪崩のように冷厳に斬り下ろし、冬月のように円形に鋭く斬り裂き、涙氷と氷華を散らす。雪と桜の舞う中でさらにフィーがウイルスカプセルを投射すると、今度はマリオンが朗々と告げた。
「Call、八角の牢獄」
 掌に浮かぶのは正八角柱の結界だ。その模倣物がイグザクトリィを包むと深海が如き高圧力を発生させていく。押し潰される衝撃に耐える夢喰いへマリオンはにやりと笑みを送る。
「やめてと彼女は言ったのです。そこでやめない以上、相応の仕打ちは覚悟していますよね?」
 言葉の後で鍵剣が一閃し、結界が飴細工の様に割れ散っていく。後に立っていたのは肩で荒く息をして足元をふら付かせたイグザクトリィの姿だった。
 その様子に信乃は素早く周囲へ視線を走らせ戦況を把握する。ケルベロスの負傷状態は軽くはないが互いの声掛けや的確な応答から、殆どが致命傷を帯びてはいなかった。それならば十分である。そう判断した信乃は最後の支援としてひとなへ分身の幻影を纏わせる。
「こんな、こんな奴らに!!」
「この一閃で全てを断つ……食らいなさい!」
 吼えた夢喰いの前に躍り出たのは剣闘の炎──伏せた目のまま相手の気配を捕え、ひとなは素早く一閃する。それは見事にイグザクトリィの腹を裂き鮮血の花を開かせた。こぽりと昇る口元の血潮は生きるには禍々しいが鮮やかだ。
「あなたの油断が最大のミスです」
 その血を憐れむ様にウィッカの繰る刃は、影の如き見えぬ太刀筋としてイグザクトリィの身を裂いた。

●薫風
 桜を運ぶ風の行方を知る事はない。
 切り裂かれた夢喰いが咆哮した瞬間に嵐の様に桜が散りケルベロス達の視界を覆った。
「なに、目くらまし?!」
 動揺する仲間が顔を覆い嵐に耐えた後には金色に輝く鍵剣がぽつんと残されていた。だがその名残も青白い焔が包むと白く白く砂糖の様に崩れながら溶けていく。後に残ったのは小さく固まった桜の花びらだけだった。
 それがイグザクトリィと称したドリームイーターの最後だった。
 ようやくその尻尾を掴み直接叩く事が出来た。絶対に逃がさないと心に決めていたウィッカは、ほっと胸を撫で下ろして燃え消えそうな鍵剣の残骸を眺めていた。人の心を利用するイグザクトリィはここで倒れたのだ。
 同じ様に燃え尽きかけた残骸に冰は静かな視線を向けていた。
「ねえ、あなたは。悪になろうとも何かを成そうとする人々を見て。どう思った?」
 問い掛けても答えはない。やがて独り言ちた冰は静かに瞬きをする。静かに流れた風がなおも桜を花雨と降らせる様子に、ひとなは顔を上げると眩しそうに目を細めた。
「あとは、桜の花の見納めですね」
「そうですね」
 同じ様にマリオンも目を細めると傍らの田吾作がぴょこんと飛び跳ねた。そんな愛らしい様子に姶玖亜が破願していると、今度は柔らかな風が桜並木を揺らしていく。その桜を望みながら鬼人は自身のロザリオに触れて静かに目を閉じる。
 また来年の春には綺麗な花を咲かせるだろう。
 改めて信乃が梓の傍により声をかけると、どうやら疲弊してはいるが無事だという事が分かった。
「ごめんなさい……」
 その言葉に頭を振ったフィーはにっこりと笑って自分もかつてはひとりぼっちだったと告げた。けれども今は友達も親友も相棒も、自分に繋がりがある人ができているのだと胸を張る。
「ケルベロスだからじゃない、誰でも持ってる力だよ。だからきっと」
 あなたにもそうして繋がってくれる人ができるはず。
 春は別れと出会いの季節だという。物悲しさと期待と混じり合った先で居場所を探す者がいる。もしかすると夢喰いの欲した心はそんなものだったのかもしれない。
 燃え尽きた灰は白く、桜の花弁に包まれると紛れて散って行った。

作者:深水つぐら 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年4月21日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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