●夜桜を切り裂く使者
月が妖しく光る夜、黒衣を身に纏う美貌の死神は桜吹雪に遊ぶ。陽気に舞い踊る彼女の前には、一体のダモクレスが横たわっていた。銅の甲冑を身に纏いし武者の姿をしたダモクレス。顔を鬼の仮面で隠して。
「ふふふ」
微笑む死神は球根のような『死神の因子』をダモクレスの額に植え付けた。
ダモクレスは封印を解かれたように目覚める。
「この美しい夜、あなたは何をすべきかわかっているわね? 散らせなさい、桜吹雪のように命を。たくさんの人間の命を散らせて、グラビティ・チェインを蓄えてくるのよ」
「御意。拙者の刃も今宵は血に飢えております」
武者の姿をしたダモクレスは刀を月の光に赤く輝かせた。
死神は妖しく微笑む。
「たくさん、たくさん、グラビティ・チェインを集めなさい。然る後にあなたも美しく散るのです」
ダモクレスが去った後、死神はまた桜吹雪に戯れる。
ライトアップされた夜桜を天守閣から見下ろす人々。
魔の手は彼らの背後から忍び寄る。
「さあ、存分に命を散らせるがよかろう」
武者は左右両手に刀を握り、その二本の刃で人々の命を刈り取っていく。
●予知
セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は集まったケルベロスたちに説明を始めた。
「死神によって『死神の因子』を埋め込まれたダモクレスがあるお城で暴走するという予知が出ました。死神の因子を埋め込まれたこのダモクレスは、大量のグラビティ・チェインを得るために、人を殺めようとするでしょう。もしこのダモクレスが大量のグラビティ・チェインを獲得してしまえば、死神の強力な手駒となってしまいます。そんな最悪の事態を防ぐためにも、このダモクレスが、人を殺めるよりも早く撃破しなければなりません」
セリカは取り急ぎ状況の説明へと移る。
「敵は夜間の天守閣に現れます。速やかに目標を発見、討伐してください。二本の刀を武器に戦う猛者で、甲冑姿ですから見間違えることはありません。その剣技は他を寄せ付けぬほどの腕前ですので、くれぐれも注意してください」
セリカはさらにこう続けた。
「このダモクレスを倒すと、その体は彼岸花のような花が咲いた後にどこかへ消えてしまいます。死体ごとグラビティ・チェインが死神に回収されてしまうのでしょう。ですが、もし敵に過剰な損壊を与えて死亡させた場合は、体内の死神の因子が一緒に破壊されるため、死体は死神に回収されず、死神にグラビティ・チェインを明け渡す事態も回避できるようです」
セリカはケルベロスたちを信頼しきった揺るぎない眼差しで、彼らを見つめた。
「皆さんなら、今回の敵も無事撃破できると信じています」
参加者 | |
---|---|
椏古鵺・笙月(蒼キ黄昏ノ銀晶麗龍・e00768) |
クリュティア・ドロウエント(シュヴァルツヴァルト・e02036) |
七種・酸塊(七色ファイター・e03205) |
ロウガ・ジェラフィード(金色の戦天使・e04854) |
湯川・麻亜弥(大海原の守護者・e20324) |
天喰・雨生(雨渡り・e36450) |
長久・千翠(泥中より空を望む者・e50574) |
スタンレイド・ブローバック(無明無刀の剣鬼・e78690) |
●朱に濡れる夜桜
その夜は良い月が出ていた。月明かりに濡れた桜は艶めかしいほどに美しい。
天守閣から、キセルを片手に夜桜を見下ろしつつ、椏古鵺・笙月(蒼キ黄昏ノ銀晶麗龍・e00768)は艶やかな口調で呟く。
「世間はお花見時期でありんす。されど我らケルベロスはなにかと忙しない。さて……」
予知にあった件の敵を索敵すべく、笙月は翼を広げ飛び立った。
地上から入念に索敵を続けていたのは、スタンレイド・ブローバック(無明無刀の剣鬼・e78690)。相棒のライドキャリバー・ヒノマルタロウを駆り、天守閣を囲む桜に目を向ける。
「心眼で眺める桜もまた一興。無論、この静けさを乱す輩がいなければでござるが……」
スタンレイドは天守閣を見上げた。
天守閣の最上階。そこには何も知らぬ人々がライトアップされた桜に見惚れていた。彼らは背後から忍び寄る気配に振り返る。忌まわしい妖気を纏いた鬼武者が足音重く歩み寄ってくる。
「よいよい、今宵は美しき夜ぞ。そなたらも心置きなく命を散らせよう……」
ギラリと二本の刀が不気味に輝く。
「ざけんな!」
七種・酸塊(七色ファイター・e03205)が飛び込んでくるなり鬼武者に体当たりを食らわし、間に割って入る。
「散るのは桜だけで十分だぜ! ああ、あとお前もだったな!」
避難を呼びかけるも、腰が砕けた人々の動きは鈍い。歯噛みする酸塊、自身の体を張って人々を守る覚悟だが、一人で庇うには多すぎる人数でもある。
「案ずるな、ドラゴニアンの少女よ」
白い羽が室内に舞う。一陣の風のように飛び込んできたのは、ロウガ・ジェラフィード(金色の戦天使・e04854)だった。
「一旦、預かる!」
剣を抜き、鬼武者と刃を交わす。その隙に酸塊は人々の避難を促す。
「天使よ、邪魔者がいなくなって満足か?」
「見抜いていながら、何故?」
「ククク……なかなかの手練れと見た。お互い存分にやれたほうがよかろう」
と、鬼武者は太刀を一閃。凄まじい剣圧。触れてもいないのに、床が裂ける。無用に建物に被害を与えたくはないし、この狭い空間では立ち回りづらくもある。ロウガは猛然と突っ込み、鬼武者を天守閣の外へと押し出した。
月に重なり影と化していた笙月は優美に微笑む。
「どうやら敵が炙り出されたようでありんすなあ」
地上に落下する鬼武者に攻撃を仕掛けようというのは、クリュティア・ドロウエント(シュヴァルツヴァルト・e02036)だった。豊満な胸を揺らしつつ、鬼瓦や唐破風にチェインを引っかけて、猛スピードで鬼武者に迫る。
「ドーモ。初めまして。ムシャ・ダモクレス=サン。クリュティア・ドロウエントにござる」と律儀にも合掌して一礼。そこから黒影弾を放つ。
「ぬう、小癪な!」
鬼武者も手練れである。宙にあってバランスが取れない中、迫りくる黒影弾を刀で裂く。
「まだまだまだ! イヤーッ! イヤーッ!」
続けざまにクナイを投げつけるクリュティア。そのクナイに手こずりながらも、鬼武者は地上に着地。
風が吹き、桜吹雪く。夜の色をした髪が靡いた。
「お待ちしていました」
湯川・麻亜弥(大海原の守護者・e20324)が髪を手で押さえながら、巨大な剣を構えた。
「ここで行き止まりです。夜桜が綺麗なこの天守閣に、醜いダモクレスは不似合いですよ。せめて、死神の手駒にされない様に、安らかに眠らせてあげます」
●桜舞う激戦
天喰・雨生(雨渡り・e36450)は殺界を形成した後、鬼武者を振り向いた。
「おいでよ、武士気取り。散るのは花と、お前の存在だけで十分だ」
「桜を散らせるのは、もったいないけどね。まあ、いっちょ行くか!」
長久・千翠(泥中より空を望む者・e50574)は拳を固めて、メタリックバースト。放出されたオウガ粒子によって感覚が研ぎ澄まされた雨生は、光の剣で鬼武者に斬りかかる。
その一撃を二刀の刃で受け止める鬼武者。
「甘いわ、小童!」
雨生を押しやり反撃にかかろうとした鬼武者の頭上に、麻亜弥が迫る。
「覚悟なさい。地獄の炎で、叩き潰してあげます!」
炎が纏わりつく巨大な剣を振り下ろす。ごうっと巻き上がった炎の中から、鬼武者が飛び出した。
「小癪な! これでも喰らえい!」
薙ぎ払った刃が旋風を巻き起こす。その凄まじい風圧に前衛にいたケルベロスたちの足が止まった。
「折角、可愛い愛娘とお花見に洒落こもうとしておった矢先であったものを……。楽しみを台無しにしてくれた報いは受けてもらいんしょう」
宙から戦況を見つめていた笙月はそう言葉を洩らし、手の中でガネーシャパズルを弄ぶ。すると、パズルから竜の姿に似た稲妻が走り、鬼武者に襲い掛かる。
刃をクロスさせ、鬼武者は稲妻から身を護る。だが、懐にクリュティアが忍び込んでいた。
「弾き飛ぶでござる! やあっ!!」
あらんかぎりの螺旋の力を開放し、両の掌を突き出す。
バチッ!! 凄まじい音が鳴り、鬼武者は後方へと弾かれた。
「ぬうっ……」
片膝ついた鬼武者だったが、不気味に肩を上下させて笑う。
「ククク……面白い。相手にとって不足なし!」
妖気が鎮まり、それに勝る闘気が満ち満ちた。その圧迫感たるや凄まじい。
「こっからが本番ってわけかよ? やらせるもんか!」
酸塊は願いを込めるように味方を防護する光の盾を生成していく。
「しゃらくさい!」
襲い掛かるカマイタチ。その切れ味たるや、先ほどまでとは比べ物にならない。吹き抜けては、樹木ごと桜を散らせていく。
「散り際の安らぎを、花の生きた時間を弄ぶとは……。花と時間を司るオラトリオへの最大の侮辱、許し難い。せめて安らかに眠らせてやろう」
剣を構えるロウガに、
「貴様の腕前、見せてもらおう!」
鬼武者は闘気を漲らせて襲い掛かる。
「時の理、我が刃にて封じる!」
ロウガは一旦後ろに引き、剣を振るい、青白い三日月形の衝撃を放つ。相手がその連撃に手間取っているうちに距離を詰め、必殺の間合いで互いに斬り結ぶ。どちらも引かない、一進一退の攻防。
「ふはははは、よもやこれほどの腕前とは! 腕が鳴るぞ!」
二人の斬り合い、闘気を感じ、スタンレイドはむずむずし、ついには耐え切れなくなった。横から間に割って入る。
「刀を振るう機械武者とは、心が踊るわ……! しかし所詮は有形、無形の太刀を得た某の敵にござらん!」
「面白い、今度は貴様が相手をするというか!」
歓喜に打ち震える鬼武者から、業火のごとき闘気が立ち昇る。
「この威圧感……待ち望んだ高揚! 我が心の錆となれぃ! 剣鬼よ!」
果敢に斬りかかっていくスタンレイド。鬼武者の反撃に身を切られようと、怯むことはない。
「まだまだまだあ!」
気合とともに体ごとぶつかっていく。
「心意気や、よし! だが!」
鬼武者はスタンレイドをいなし、一撃を見舞う。さらに刀を振り上げ、地に伏したスタンレイドの首に狙いを定める。
「トドメだ!」
「やらせはしないのでござる!」
クリュティアがクナイで牽制。
舌打ちをし、鬼武者は大きく飛びのいた。
「ちょろちょろと鬱陶しい蠅どもよ。確実に葬ってやろう」
鬼武者は二振りの刃を交叉させ、ただならぬ妖気を発し始めた。
●散りゆくもの
「くたばれい!」
歌舞伎役者のように見栄を切り、二刀の刃から放たれたるは凄まじい剣気。地を裂き、塀を裂き、桜を散らす。
「く……なんて威力だ! まともに喰らったらやばいぜ!」
千翠が注意を呼びかけると、ケルベロスは八方に散り散りに飛ぶ。
「ククク……逃げられると思うな!」
鬼武者の猛攻に押されていく。雨生が静かに瞳に闘志を漲らせる。
「好きにはさせない……!」
虚を衝き、雨生は光の剣で一太刀入れるが……浅いか。甲冑に亀裂が入った程度。
「食い止めます。海の暴君よ、その牙で敵を食い散らせ……」
麻亜弥が袖から暗器を引き出し、その亀裂に牙を突き入れても……!
「その程度で我が身を砕けると思うてか!」
麻亜弥を突き飛ばし、再び刀に剣気を漲らせる。
「死ねい!」
放たれた剣気。この至近距離で喰らえば、ひとたまりもないだろう。
「間に合えー!!」
酸塊が身を投げ出した。自身を盾にして。オウガメタルを伸ばして防護したが、それでも竜の翼がざっくり斬り裂かれた。
「……酸塊さん!? 許さない!」
麻亜弥はきっと敵を睨み据え、怒りを炎として放つ。
敵が爆炎に呑まれている隙に、千翠が酸塊の手当てに向かう。
「満たせ。盛りを映せ」
千翠が見上げた満月。彼はその月の中に、敵の攻撃に倒れる前の酸塊を見る。朧げに、徐々に鮮明に。
今だ――!!
鮮明な像と記憶が結ばれ、時が巻き戻るように、彼女を負傷前の状態へと導いていく。まるで散った桜の花びらが梢に戻って再び咲き誇るような。
月の中にいた笙月はキセルを吹かして、妖艶に笑む。
「夜が深まる。今宵の宴もそろそろ仕舞いに致しんしょう」
爆炎の中から飛び出してきた鬼武者に狙いを定める。
「冥き砂塵、螺旋と巡りて、流転せよ」
キセルを突き上げたその先から舞い降りる無数の黒き羽根。それは鋭利な刃となりて、鬼武者に降り注ぐ。
漆黒の翼の刃に付き纏われ、鬼武者は闇雲にカマイタチを巻き起こしつつ逃げ惑う。
桜が激しく吹雪いたその先にロウガが待っていた。ロウガは掌に花びらを掬う。
「ひとひらの花びらに、己の散り際を見るがよい」
桜吹雪がロウガを包むように舞う。
「刃に舞うは末期の華、踊り狂うは刹那の剣風、乱れ華やぎ美しく――」
桜舞い踊る中、剣は艶やかな軌道を描く。だが、放たれる剣気は相手の時そのものを縮めるほどに容赦なく――。
鬼武者は地に膝をつくが、猛者を求める魂に変わりはない。刀を構え、突きかかるが――。
「おおっと! 貴殿の相手はそれがしが引き受ける!」
剣の道を究めんがために自らその目を潰した信念の男スタンレイドは、満身創痍ながらも笑みを浮かべ、鬼武者と剣を交える。
「無観無携こそ我が月兎一刀流の極意。音と影だけを残して白刃を用いず叩き斬る。刮目せよ、これぞ我が心眼心剣、その名も雷影刃!」
月兎一刀流最強にして最終、唯一の技。目に非ず、心にて捉え、刀に非ず、心にて斬る。
凄まじい斬撃音が生じるも、太刀筋さえ影と残らない。ただ、鬼武者の甲冑に深い傷を突き入れ、胸部が割れ落ちた。
「……これがそれがしの技よ……!」
力尽きたか、それでいて満足げな笑みを浮かべたまま、スタンレイドは己の剣に寄りかかり、気を失った。
「おのれ、許さぬ!」
鬼武者はスタンレイドの首を取りに行く。
「そうはさせないでござる!」
クリュティアが放つ螺旋氷縛波が鬼武者の動きを止める。
「お主にこのキャッスルとサクラは似合わぬでござる、お主にはスクラップヤードが実際お似合いでござる!」
「ええ、ここで終わらせてあげます!」
麻亜弥の剣が再び業火を纏う。
「炎の花の中に散りなさい!」
放たれた一撃。噴き上がる艶花なる業火。
鬼武者は死に物狂いで逃げ惑う。
「逃さない」
桜吹雪く中、高下駄の音が鳴る。
「彼岸への渡し花は、咲かせやしない。初めはこぽりと鳴る小さな音、聞こえた頃にはもう遅い」
左半身に刻まれた梵字が赤黒く輝きを放ち始める。天喰らう雨喚びの血族に伝わる呪が解かれた。瞬く間に、雨生は鬼武者の間合いに入っていた。
胸に突き入れられた手刀。鬼武者はその傷口に雨の音を聞く。
そして、それが死神に操られし哀れな鎧人形の聞いた最後の音となった。鬼武者は桜が散るようにかすかな物音さえも許されることなく息絶えたのだから。
●艶やかなる春の宵に
目覚めた酸塊の頬に桜の花びらが乗った。
「大丈夫か?」
千翠が言葉をかけると、酸塊は微笑み、夜桜を見上げた。
「綺麗だな」
「ああ、折角だから夜桜でも見ていくか」
二人のそばでクリュティアが大きくうなずいた。
「ナイト・サクラと言うのも悪くないでござるな」
「そうだね、悪くない」
と雨生も同意する。
「しかし手強い敵でござった。あの剣技の冴え、人であらば……」
精進せねばと、スタンレイドは仲間たちに別れを告げ、ヒノマルタロウで走り出したところ、ふと夜桜見上げて気が散ってしまい、桜の木にぶつかってしまう。
深い夜の色に長い髪を溶け込ませるように麻亜弥は舞い散る桜を見つめ、散り行くもののためにロウガは祈る。
「さてさて、美しい宵でありんした。永遠に留めおきたいものでありんすが、そうもできぬのが世の儚さでありんすなあ」
笙月は艶美に微笑み、美しく儚く舞う桜吹雪を愛でるのだった。
作者:MILLA |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2019年4月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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