そこにいるべきは

作者:吉北遥人

「――コーヒー飲むか?」
 誰かの呼びかけに、九十九折・かだん(はふり・e18614)は、蹴り上げられたかのようにハッと顔を上げた。立ち上がった拍子に木椅子が後ろに倒れる。
「おいおい。寝てたのか?」
 カウンターの向こうで見慣れた顔の女性が腕組みしていた。呆れたように笑う口元からはギザギザ歯が覗いている。
「ここは……」
 カウンターから出てきた女性が椅子を起こしにかかるのを肌で感じながら、かだんは周囲に目をやった。テーブル席がいくつかあるそう広くもない室内には、懐かしい木の匂いと芳しいコーヒーの香りがただよっている。
「なんだ。ここか……」
 よく知っている店だった。とても落ち着く場所、心安らぐ空間だ。起こしてもらった椅子に深く座り直しながらホッと息をついて――しかし同時に、かだんはかすかに眉をひそめた。
 いったい、いつから私はここにいるんだろう。
 たしか今日は外出していた気がする。空腹のまま街を抜け、森をさまよい、途中で妙な気配を感じて、それから――。
 陶器が触れ合うカチャリという音と、鼻腔をくすぐる芳香が、かだんの思考を中断させた。
「にしし、なんか難しい顔してんな。まあ、とりあえず冷めないうちに飲めよ」
「……ああ。そうだな」
 ギザ歯を見せて笑う友――いや、友以上の存在だ――の気遣いに、かだんはカップを持ち上げた。
 いつからとか、そんなことを考えるのはやめだ。どうだっていい。うたた寝して夢でも見てたんだろう。
 そんなことより今は、この時間を味わいたい。
「美味いな」
 カップから一口すすって、かだんは温かな息を吐いた。飢えた体に沁み渡っていくのを感じる。甘味と苦味がほどよく同居した、舌に合う美味しさ……。
「…………」
「どした? まずかったか?」
「いや……」
 沈黙を不審に思ったか顔を覗き込んできた友に、かだんはコーヒーの水面を見つめたまま、どこか喋りづらそうにぽつぽつと答えた。
「すごく、美味かった。腕を上げたな…………なあ」
 何に引っかかって黙り込んだのか、自分でもはっきりと理解できていないまま、かだんは顔を上げて、友と目を合わせた。

「お前、誰だ?」

 私は何を訊いてるんだ――問いを発してから、かだんは苦い塊でも飲んだ気分で自分を責めた。
 誰だも何も、わかりきったことだ。カウンターを挟んで向かいに立つ友がそれ以外の人物なわけがない。馬鹿げた質問を、目を丸くした友が次の瞬間には笑い飛ばしてくれるのをかだんは期待した。
「なんだよ、それ」
 だが、現実は期待に沿わなかった。
 泣きたいのを無理にこらえるような顔で、友が笑った。
「『わかっちまう』のか、やっぱ」
 ――まるでその言葉が世界を砕いたかのようだった。
 友の背後で店の壁が、いや、背景そのものが崩れていく。パネル板がひっくり返るようにぱたぱたと。あとに残るのは、粘性の液体のような空間。
「ワイルドスペース……?」
 カウンターも床も椅子も崩れ去って、尻餅をつくように倒れながら、かだんは周囲の変化を受け入れきれずにいた。日常が崩れるような光景を拒みたかった。
 だが無情にもケルベロスとしての眼力は、目の前の友に対して、常人やケルベロスではありえないほど低い確実度を算出している。
「やっぱダメだな。お前を選ぶんじゃなかった。お前みたいに察しのいい奴は、私の『日常』を満たしてくれない」
 友と同じ姿で、同じ声で、そいつはかだんを見下ろす。
 絶望したような薄い笑みを浮かべながら。

●日々割れ
「集まってくれてありがとう。時間もないから簡潔に言うよ。かだんがドリームイーターに襲われる。彼女が無事なうちに救援に向かって欲しいんだ」
 普段と変わらぬ声音でティトリート・コットン(ドワーフのヘリオライダー・en0245)は予知内容を告げた。もっとも声こそ平静だが、皆をヘリオンに乗るよう促す姿は忙しない。
「彼女にも連絡をとろうとしたんだけど、うまくいかなくてね。もう現地へ向かうしか手はない。それで、肝心の敵の情報だけど」
 搭乗したヘリオライダーとケルベロスたちが、通路を足早に進む。
「個体名は『日々割れ』。日常が欠損し、日常に憧れるドリームイーター。欠損を埋めるため、狙いを定めた特定個人の、日常に特に深く根差す存在に擬態する」
 そして自らが展開する特殊な空間の中で、捕えた対象にとっての日常を模倣するのだ。
 欠損が満たされるか、捕えた対象が衰弱死するという終焉を迎えるまで。
「かだんは不意を突かれたのか、それに囚われた。そして偽りの日常に気付けたがために襲われるんだよ。彼女を救うため皆には、ドリームイーターが展開する空間に突入してもらうことになる」
 突入時やその後の内部の活動に関しては、特に警戒するポイントはない。負担や制限などはないので、戦いに集中できるだろう。
「言うまでもないことだけど……」
 談話室のソファに着席するケルベロスたちへと、ティトリートは操縦席に向かう前にもう一度振り返った。
「かだんを助けて、キミたちもちゃんと無事に帰ってくるんだよ。キミたちを待つ日常にね」


参加者
安曇・柊(天騎士・e00166)
クロハ・ラーヴァ(熾火・e00621)
桐山・憩(おまえじゃない・e00836)
樫木・正彦(牡羊座の人間要塞・e00916)
葛籠川・オルン(澆薄たる影月・e03127)
ミゼット・ラグテイル(星は地より出でて・e13284)
九十九折・かだん(生活・e18614)
犬曇・猫晴(ワンニャンウェザー・e62561)

■リプレイ

●静寂ヒビ割れて
「やっぱダメだな。お前を選ぶんじゃなかった。お前みたいに察しのいい奴は、私の『日常』を満たしてくれない」
 九十九折・かだん(生活・e18614)にとって大切な者と同じ姿形で、そいつは――ドリームイーター『日々割れ』は尻餅をついた彼女を見下ろす。
 その周囲に浮かび上がったのは三機のドローンだ。レプリカントがヒールの際に駆使するものに似たそれらは、殺意の冷気を宿して滞空している。
「『日常』……私たちの日常が、欲しかったのか」
「ああ……でも、もういい」
 ドローンが急発進した。凍えるグラビティが三方向から照射される――。
「私の知らない所で、私の顔を模倣して――」
 だが、冷気がかだんを蝕むことはなかった。冷凍光線の収束地点に何者かが立ちはだかったのだ。
「私のかだんに何してる!」
 顔前で十字に組んでいた腕を、桐山・憩(おまえじゃない・e00836)が勢いよく振りほどいた。冷気が細かな霧となって散る。
「お前は……!」
「楽しかったろ? でも、テメェじゃ役不足なんだよバーーーカ!!!!」
 鏡写しのように同じ顔が向かい合った。憩の嘲弄に応じたわけではなさそうだったが、日々割れのドローンが再度、青白いグラビティの光に瞬く。
 だが冷凍光線が放たれるよりも、グルカナイフの突き込みの方が早かった。とっさに跳び退った日々割れを掠め、クロハ・ラーヴァ(熾火・e00621)のブレイズクラッシュは斬り込みの軌道線上にあったドローン一機を爆砕する。
「やぁ、生きてますか? 何度目かも忘れましたがお節介をしにきましたよ」
 こと、かだんの救助という点においてはエキスパートと呼ぶに相応しい竜人は、その熾火の瞳にまだ尻餅ついたままの友人を映し、相好を崩した。
「貴方もよくよく絡まれる人ですね……何か惹きつける匂いでも出してません? まぁ……今回は少々、特殊な気もしますが、ね」
 クロハが視線を転じた先では、日々割れが飛来する気咬弾を回避していた。安曇・柊(天騎士・e00166)が次々と撃ちだす光弾は鋭く対象を追尾するが、右に左にと素早く動きを切り返す日々割れをあと一歩のところで捉えきれない。
 死角から跳ね上がった犬曇・猫晴(ワンニャンウェザー・e62561)のスターゲイザーも、まるで後頭部に目がついているかのように空を切る。お返しとばかりに振るわれた機械の腕を、猫晴はのけぞって回避した。
「やっほーかだんちゃん、無事? これで三度目、モッテモテで羨ましいね」
 仲間たちのもとまで下がって、猫晴がへらっと笑いかけた。敵へと視線を戻すや、わざとらしく額の汗をぬぐうふりをする。
「おや、憩ちゃんが二人!? あっははぁ、これはあれだね? 間違えて本物を殴ったらまた骨を折られるパターンだ。気をつけないと」
「今すぐ折ってやろうかワンニャンウェザー!!」
「やめなさい、貴方たち。いくら似ていても、本物の方が聊か凶暴そうなのですから間違えることはないでしょう」
「テメェもたいがいだなクロハ!!」
 ……自らを庇うように立つ者たちの会話を聞きながら、眠りの淵から這い上がるように、かだんは身を起こそうとした。
「立てますか、ヘラジカさん」
 震えるシャーマンズゴーストのアルバを背後に伴い、ミゼット・ラグテイル(星は地より出でて・e13284)が手を差し伸べた。だが。
「必要ねぇぞミゼット」
 後ろを見ぬまま、憩が霜の張った袖をぷらぷらさせた。
「かだんは王だから自力で立てる。だろ?」
「……ああ。そうだな」
 いつまで無様にこうしている。
 屈するな。地を踏みしめろ。胸を張れ。
 私は王。森の王――。
「復活ですね、九十九折さん。気分はいかがですか」
 ロッドを肩に担いで葛籠川・オルン(澆薄たる影月・e03127)が訊ねる。覚醒した面持ちでかだんは顎を引いた。
「ケツが痛い」

 気咬弾の合間にボクスドラゴンの天花を向かわせた柊が、ふと、かだんたちを無言で見やる樫木・正彦(牡羊座の人間要塞・e00916)に気付いた。
「どうかしましたか、樫木さん」
「……ああ、僕には手に入らないものが見えてね」
 クロハや猫晴にも負けず、かだん救出の常連である豚のウェアライダーは何でもないことのようにそう答えると、ライフルを胸前に捧げ持った。
 正彦の豚の顔が、次の瞬間、人間のそれへと変わる。
「それはさておき仕事はしよう」
 ジャマー効果で増幅された『戦狂』の波動が空間を震わせて、後衛の精神に作用する。
「向けよ、巡らせ、交わせ、注げ――」
 同時にミゼットも呪文を紡ぎだした。掲げる杖から光弾が真上へと放たれる。
「――射貫け、夜のこどもたち!」
 夜天の月のように、光弾が魔女の祝福を下界へもたらす。その光を白翼を戴くロッドが受け取った。オルンの緑瞳が冷たく、日々割れを映す。
「キミたちドリームイーターが、どれほどの衝動を以て欠落を埋めたがるか知らないが、こんな真似をしても飢餓感が増すばかりだろうに……しかし、次はありませんので言うだけ無駄ですね」
 オルンの手に、闇が渦巻いた。蒼く昏い怨讐の影が、幾体もの獣となって空を裂く。
「貴女は人類の敵で、ここで斃される。それだけだ」

●日常
 オルンの『慰撫求む青』は悪魔めいた精確さで目標に迫った。正彦とミゼットによって引き上げられた精度が、日々割れの足首をかろうじて掴ませる。
「オルンッ!!」
 一喝して、日々割れが影の化生どもを無理やり振り払った。ドローンが光線で掃射する。
「安曇! ミゼット! クロハ! 樫木! 犬曇!……見せつけてくれるな、かだん。お前の『日常』! こんなとこまで来てくれるとは羨ましいもんだ!」
 凍結した影たちが砕け散るのをバックに、日々割れが大笑した。それは憩本人ならば決してしないであろう昏い類いの笑いだ。
「今度はそいつらの日常を貰おうか。それとも皆殺しにしてなりすましてやるか、どっちが――」
「なあお前」
 暗澹たる提案の最中、かだんが呼びかけた。
 まるで家出した我が子をついに見つけたような、そんな呼び声。
「もっと、楽しい顔、していたかったよな。ごめんな」
「……なんだと?」
「なあ、すごく速いいこい。私が、お前を愛しいと思った今のうちに」
 ――お前を害悪と見なすより前に。
「私はお前を殺すから。よろしくな」
「上等だ……やってみろよ、かだん!!」
 叫んだときには、日々割れはケルベロスに向けて突進を仕掛けていた。
「みんな。あいつは憩の形を真似てるけど、偽物ってふうに見るのは、やめてあげてほしい」
「何言ってんだ、かだん?」
 サークリットチェインを前衛に敷きながら憩が聞き返す。やめてあげるなど、およそ敵に対してする配慮じゃない。
「あの子、私たちの日常で、嬉しそうな顔してくれた。それを奪われる事に、あんなに悲しい顔をしてくれた」
 メタリックバーストを展開しつつ、かだんが吐露する。
 その心は偽りじゃないから。
 安易に貶められていいものじゃないから。
「――ま、そこがかだんちゃんのいい所だしね!」
 一瞬、その目に剣呑な光が灯ったように見えたのは気のせいだろう。軽薄そうに笑ったときには、猫晴は拳を固めて駆け出している。
 戦術超鋼拳は敵のシャツの肩口を裂いた。だが同時に、ドローンの光線が直撃し、猫晴がよろめく。
「愛しい人のツラで『お前を選ぶんじゃなかった』なんて口走る奴、私だったら心底気にくわないですけど」
 呆れながらも尊敬の念を滲ませ、ミゼットが杖の下端を地に突いた。
「ヘラジカさんが、なさりたいように為せば宜しいです。貴女がそう望まれるなら全力でお手伝い致しましょう」
 共鳴するウィッチオペレーションが猫晴の傷を癒した。アルバも祈りを捧げ、仲間の回復に寄与する。
「かだん、貴方の意志を尊重しますよ――ただし、命に関わらない範囲で」
 低い体勢から迫ったクロハの爪先が跳ね上がる。しかしこれは、敵の回避能力にきわどく軍配が上がった。
 顎を砕くかと思われたクロハの蹴撃を間一髪かわすと、日々割れはクロハたちには目もくれず疾走を再開した。その先にいるのは『戦狂』を継続発動する正彦だ。
「知ってんだよ、お前が命中率を上げるサポーターってな! だったらお前から潰すまでだ!」
「おや、模倣の際にそういう知識も得たのかな?」
 回避は絶望的だ。だが唸りをあげる機械の腕を前に、正彦に焦りはない。
「ところでこう考えたことはないかい? 君の動きは――」
「私にまる分かりだってなぁ!!」
 正彦の前に躍り出た憩が発言を引き継いで叫んだ瞬間、甲高い破砕音が響いた。
 繰り出された衝撃をまともに受けた憩の両腕が、ありえない方向に曲がっている。
「テメェの〝ダメ〟はかだんを選んだことだけじゃねぇ。私のナリを選んだことも忘れんな。シシシ」
 しかし逆に一撃加えてやったかのように憩は歯を見せた。
 日々割れのデイリーイミテーションをくらった刹那、憩は、かだんに攻撃される幻影を見せられたことで肉体と精神の両面に重いダメージを受けた。そのはず……なのになぜそんなふうに笑っていられる!?
「つーかテメェ、さっきから卑屈な笑いばっかしてよぉ」
 息がかかるほどの間合いで、憩は自分と同じ顔を睨めつけた。
「誰の真似してると思ってんだ。もっと不遜に嗤え! それが、私だ!」
「!」
 頭突きに日々割れが額を抑えながら後ずさった。倒れる憩の元にはアルバとエイブラハムが急行する一方、日々割れには柊が斬り込んでいた。
「九十九折さんの気持ちもわかりますし、日常が欲しいっていうあなたのことも、可哀想と思う……けど、すみません。今回の僕は、完全に私的な感情で、来ているので……」
 チェーンソー斬りは浅く裂くにとどまったが、直後に柊が繰り出した蹴撃は敵をまともに捉え、打ち上げた。
「僕たちの結婚式に来てくださった憩さんはたったひとりですから、憩さんの顔、していて欲しくなくて」
 弱々しく、しかし毅然と告げる柊に、ドローンから冷気が照射された。が、それは天花が代わりに被弾する。翼が凍って墜ちる寸前、ミゼットの気力溜めが天花の氷を溶かした。誰も倒れさせないという彼女の強い意思が、竜を再び舞い上がらせる。
「日常なんて、そんな簡単に手に入るわけないよ」
 凍れる鈍器と化したライフルを振るう正彦の言葉には、口先だけのものではない重みがあった。
「どんなに願ったって、届く人には届き、届かざる者には届かない」
 本来なら容易く捌けただろうが、ここまでの蹴撃の蓄積が足取りを鈍らせた。正彦の大器晩成撃に腕を凍らされながら、日々割れがドローンを散開。砲撃が降りそそぐ。
「……『日常が見たい』。バケモノとして生まれたのにそんなのを望むなんて、ちょっと傲慢じゃあないかな?」
 光の雨に全身を貫かれながら、猫晴は走る速度を緩めなかった。日々割れが一歩下がったのを見逃さず、その隙間へと踏み込む。右ストレートが腹部を捉えた。
「諦めるべきなんだよ、グラビティを操るバケモノの時点で、ね」
 霜の張る刃のように猫晴が告げたとき、日々割れは何と零しただろうか。か細い苦鳴を掻き消して、クロハの炎が燃え盛る。
「日常とはその人のもの、その人にしか紡げぬもの――結局、他人の日常には馴染めぬものですよ」
 炎を纏う脚が旋回し、首に直撃した。反転してもう一撃、突き刺さる。命中率だけがネックだったクラッシャーの強力無比な攻勢に、日々割れの反攻が目に見えて鈍る。そこへ銃弾が叩き込まれた。
「誰かの日常を偽りたる自分で埋めたところで、その本人に否定されて仕舞えば、より欠落が際立つだけでしょう」
 銃撃から雷撃に切り替えながら、オルンはかすかに憐憫の念も覚えていた。
『やっぱ』――何度も何度も繰り返し、そして失敗してきた者の言葉だ。その苦悩は計り知れない。とはいえ。
「キミは所詮、人を害するデウスエクスだ」
「なんでだよ……なんで見えないんだよ……!」
 オルンが最後に見せた斬殺ナイフの鏡面に何が映ったのか。日々割れが顔を抑えながらでたらめに腕を振り回す。
「何もない……寒い……思い出せない……私とお前らの何が違って……」
「――私の日常は、お前にとっても、贅沢なものであったかな」
 森の王が歩む。瞑目する。大切な憩がまぶたに浮かぶ。
 憩のそばで生きたい。食べていきたい。
「でもこれは私たちのものだし、私は生きて憩の傍に在りたいし、珈琲は酸っぱいんだ。ありえないだろ。笑っちゃうよな」
 殴られることも厭わず近づいて、かだんは日々割れの頰に触れた。
 その頰が緑化し、変貌が徐々に全身に及んでいく。『萌芽』による植物への作り替えだ。
「生まれ変わったらウチに来い」
 大の字に倒れたまま憩が声を張り上げた。
「本物の珈琲、飲ませてやるよ」
「……本物の珈琲が、酸っぱい、って?」
 なんだよ、それ――憩と同じ顔が枝葉に覆い隠される。
 滞空していたドローンが一斉に墜落し、煙をあげて消滅した。

●愛しい日々へ
「かーだーんー」
 改めて見る憩の顔は怒っているように見えた。確認するまでもないと思いつつ、かだんが訊ねる。
「怒ってる?」
「当たり前だ! 連絡もなしに遠出してこんな目に遭って、こっちの身にもなれ!」
「ごめん。けど」
 子どものように項垂れながら、かだんは嬉しさも滲ませて言った。
「他の誰が犠牲になるでもなく、私が、あの子に出逢えて、よかった」
 その言葉に、憩は何か言いたげに口をぱくぱくさせていたが、やがて諦めたように大きく息を吐いた。黙ってかだんの背中をばんばん叩く。
 丸く収まった様子に、柊とオルンも顔を見合わせてひと息つく。ケンカになろうものなら仲裁するつもりだったが、無用の心配だったようだ。
「あの憩は美味い珈琲を淹れられたんだよね。もう飲めないのは残念だな」
 豚顔に戻った正彦が思い出したように振り返った。
「ところで僕的にはこのジャンル、NTR失敗と看破するけど、みんなはどう思う」
「そんな締めくくり方がありますか。珈琲については同感ですけどね。一杯くらいご馳走になりたかったものです」
「お? 仕方ねぇなクロハ、それじゃ私が本物の」
「遠慮しておきます」
「早いなおい!」
「桐山様、なんか目が覚めるやつが飲みたい気分です!」
 酸味はほどほどで、というミゼットのリクエストに憩がにししと笑う。
「任せとけミゼット! ついでにオルンと犬曇の分も淹れてやるぞ。飲んだことなかったろ」
「はっはっは、サービスが過ぎるよ憩ちゃん……あれ、ひょっとして強制的に飲まされる流れかな?」
「どれだけ酸っぱいんですか……いえ、察しはつくからいいんですけど」
 青ざめる二人に、かだんも思わず口元を綻ばせた。

 悲喜交々連れて一行は帰っていく。
 とあるドリームイーターが羨んでやまなかった、ありきたりな『日常』へ。

作者:吉北遥人 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年5月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。