春告げの君

作者:東間

●目覚めし君
 山中を走るその道路は人も車も滅多に通らない。何せ道路は他にもあり、そちらの方が便利だからだ。通るものといえば、風か、獣だけ。
 故に『それ』を捨てた者はここを選んだのだろうか。ここには人の目も、監視する機械の目も無い。
 しかし、『それ』が捨てられてから随分と経っている為、確かめる術はどこにも無く――捨てられた『それ』を利用するのは、草をかき分け現れた小型ダモクレスだけ。
 小型ダモクレスは開いたままのそこから中に入り込み、機械的なヒールで何もかもを作り変えていく。流れるように変わっていく姿の影響で、周りの草が激しく撫ぜられては舞い、ひらり落ちてきたそれを激しくうねった銀色が弾き飛ばした。
 ダモクレスへと生まれ変わった『それ』は周囲に目を凝らす。
 周りにあるのは草、木、緑色。そして薄紅梅色の――。
 しかしダモクレスがそれらを目に映したのは僅か数秒。首をもたげ、ざああ、と音を響かせながら移動をし始めた。

●春告げの君
「ラジカセが大蛇型ダモクレスにですか。また随分と派手に変わったようですね」
 微笑み浮かべた春日・いぶき(藤咲・e00678)の感想に、ラシード・ファルカ(赫月のヘリオライダー・en0118)が頷きながら「派手だった、本当に派手だった」と繰り返す。
 ようやく春を迎えた東北のとある地にて、誰かが不法投棄したらしいラジカセはダモクレスとなった事で体高3メートル近い銀の大蛇と化した。
 幸い、ダモクレスの出現場所が山中であり、更に過疎化が進んでいる事もあってか近辺に住む者がいない為、一般人を巻き込む恐れはない。
「一番近い集落までかなりの距離があるからね。近くに駅や高速道路も無いし、道路からも離れている。万が一車が通っても、戦いに巻き込む可能性は無いと思っていいよ」
 ただ、戦場と呼ぶにはあまりにも幻想的でねとラシードは笑う。
「気になる言い方をされますね。さあ、どうぞ。詳しく語ってください」
「ファルカさん、僕も詳しく知りたいです」
 いぶきは楽しげに笑み、話を聞いていた壱条・継吾(土蔵篭り・en0279)も頷く。
 それじゃあと笑ったラシード曰く、ラジカセがダモクレス化したそこは、緑深い山中にぽつんと出来た枝垂れ梅の里。花の色は春の穏やかさを象徴するようなピンク色で、枝いっぱいに咲いて揺れる様は、レースが踊るような美しさだという。
 参考画像はこれ、とラシードが見せた枝垂れ梅の画像検索結果に、いぶきは成る程と微笑んだ。
「梅の名所、それも穴場中の穴場ですね。そこに大蛇のダモクレスとなると、手早く片付けたい気もしますが」
「そうだね。向こうは攻撃力が自慢のようだけど……うん、君達ならきっと大丈夫さ」
 大蛇となったダモクレスは大口を開けての光線発射や、内臓しているCD型ミサイルの一斉射、両目からの凍結光線を放ってくるが、しっかりと対策を取れば後れを取る事はない。
 ケルベロス達への信頼を浮かべ「後は頼んだよ」と笑うラシードへ、いぶきも笑みを返す。
 大蛇を倒せば、たおやかに咲き誇る枝垂れ梅と共に訪れたばかりの春を過ごせるだろう。
 梅が咲けば、桃が、桜が。春の気配と共に花々が目覚めていく。
 その流れに人々の悲鳴が重ならないよう、銀に輝く大蛇には、改めて眠りについてもらわねば。


参加者
春日・いぶき(藤咲・e00678)
落内・眠堂(指切り・e01178)
キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)
サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)
藍染・夜(蒼風聲・e20064)
左潟・十郎(落果・e25634)
四十川・藤尾(七絹祷・e61672)

■リプレイ

●銀鱗の君
 梅花揺れる場所で銀に煌めく蛇1匹と出逢う。それは、昔話であれば神秘的だが。
「でっか!」
 見た瞬間キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)がそう言うのも納得の銀色大蛇――ダモクレスとなれば、日本神話な空気は遥か彼方。
「梅苑に侍る蛇ですのね」
 誘われたか、唆すつもりか。どちらでも『楽しいお話』になりそうで、と笑み深める四十川・藤尾(七絹祷・e61672)の視界、頭をもたげた大蛇の動きに合わせ聞こえた涼やかな音、肉体の元は最新家電に活躍を譲ったアレだというが。
「ラジカセとはまた、懐かしい……」
 左潟・十郎(落果・e25634)は、しみじみぽつり。実家に古い物が一台あったが、あまり裕福でなかった為、大事に使っていた事を思い出し――。
「ラジ……カセ? なんだそりゃ」
「え」
 サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)の疑問に驚いたケルベロスは、さて、何人。
「家電なのはわかっけどさあ。ケーゴクン知ってる?」
「はい。『上』の家族がよく、落語を録音したカセットテープを再生しているので」
「カセッ……何て?」
「嘘だろ」
 ジェネレーションギャップの風が吹き荒れかけた瞬間、大蛇がその体を大きくうねらせた。ざああと音奏でた体の両サイドに次々と『窓』が開き、鋭く飛翔したのは七色滲ませた銀の円盤群。
 ラウル・フェルディナンド(缺星・e01243)を狙った円盤は、キソラが振り下ろした黒の鉄梃を受けて。サイガへ堕ちかけた円盤は護符を手にした落内・眠堂(指切り・e01178)によって炸裂し、盾2人に名誉の勲章を刻み付ける。
 サンキュ、と短い礼に庇った者は手をひらり。
 ラジカセから銀の大蛇へ。ちょっと格好良い、と思うラウルの指は『Bellona』の引き金へ。鋼の鱗が立てる音も趣があるが。
「薄紅の梅花を……早春の息吹を散らされるワケにはいかねえな」
「それね。コレはコレでちょっと楽しいンだけど、花盛りを荒らす訳にもネ」
 デカいのは浪漫なんだけどと聞こえた声に、ラウルの笑みがほのかに柔らかなものになり――再度、心の刃を映し出す。今一度心安らかな眠りをと放った一発は一瞬で大蛇の頭を撃ち、ガァンッ! と音が爆ぜて頭は弾かれるように上へ。さなか沸き立った礫は十郎の技を彩る旋風になり、
「こんだけデカけりゃ食いでがあるか」
 ニィと笑ったサイガの姿は既に大蛇の頭上。叩き込んだ蹴撃は大蛇の頭を下へ戻し、継吾の生んだ満月がラウルに降る。
 陽に煌めく雪嶺に似た美しさ持つ大蛇に、藍染・夜(蒼風聲・e20064)の微笑が向いた。視界を照らすように咲く梅の色を始まりとして、これから満を持して花々が雪崩れるように咲き乱れるのならば。
「蛇を討って雪融けと成し、梅咲く地に春を重ねようか」
「だな。春になりゃ色んな命が活動し始めるもんだが、こうもデカいのはいただけない」
 さぁ、冬は疾うに仕舞い。音と衝撃が大蛇の全身に轟き、十郎の作り出した疑似肉体が前衛陣の体にひたひたとくっついていく。
 くすり笑った藤尾が大蛇を『呼んだ』瞬間、声と共に深く絡み付いたものが大蛇を縛った。無理矢理にでも引きちぎろうと巨体が暴れる度、踊った若葉色は地面覆う草。その向こうには、溢れんばかりに咲いて揺れる梅の園。
(「忘れられた梅の里、でしょうか」)
 殆ど人が訪れないとはいえ、荒らされるのは春日・いぶき(藤咲・e00678)の本意ではない。ようやく咲いた花々を気遣いながら、前衛にきらきらと硝子の守護を降らせた。

●鉄の音
 踊る煌めきの向こう、命喰らわんと大口開ける大蛇の放つ輝きは、それとは全く別物で。ああ、と眠堂は僅か一瞬、表情を歪ませて。眼差しを注ぎ、陽光反射する体の一部を爆破する。その目覚めの源がデウスエクスの力に依るものでなければ、
(「春とともにお前のことを喜べたのにな」)
 機械の体であっても、音を記録し再生するラジカセのままであったなら。
 きっと、違う形で春という季節を見られた筈。
 爆発で吹き飛んだ銀色の一部が眩く煌めき、落ちてすぐ。大蛇の喉に光がうっすら浮かび、がぱぁ、と口が開いた。
『――!』
 迸った熱線へ咄嗟に飛び込んだ眠堂の肌が容赦なく灼かれる。自分を見たラウルへ大丈夫だと目で伝えれば、薄縹色は即座に大蛇を捉えた。オーラの弾丸が翔るその後ろ、眠堂の放った三連の矢も風となって続く。
「お願いしていいですか、継吾さん」
「勿論です」
 間髪入れず叩き込まれた攻撃が大蛇を抑えている間に、後衛には煌めく硝子の雨が、眠堂には力高める満月が。更に舞い踊った紙兵の主、キソラは大蛇の目が向くよう円盤叩き壊した得物をくるりと踊らせた。
「蛇サンこちらってね」
 仲間だけでなく梅も守ろうと、不敵に笑ったキソラへ大蛇の双眸が向く。
 しかしその眼差しを吹き飛ばす勢いで竜砲弾が一発、藤尾の手によって見舞われた。目覚めの一発とするには大き過ぎる音が轟くが、ダモクレスとなった大蛇相手ならば問題はない。
 もくもくと上る黒煙を、ぼっ、と突っ切り飛び込んだサイガの顔にも不敵な笑み。
「デカすぎだがまぁ、ヘビってのぁイイ。アレだろ、冬眠から起きたっつう」
 それに、獲物が大きい分だけ気分も『アガる』。目覚めたての大蛇に遠慮なく突き刺した杭は一瞬で銀鱗に冬化粧を広げ、別の所は夜が流星の蹴撃で破壊という彩りを添えていく。
 大蛇がどうっと地に倒れたのは数秒。ざざざ、ざああと音を響かせ芝生の上を滑りながら体を起こし、鉄色の舌を覗かせながら機を伺うように頭を上へ下へ。
「音は綺麗なんだけどな、音は」
 十郎はぴくりと耳を動かしながら疑似肉体による支えを後衛へと届け、尚も聞こえる美しい音に心を傾ける。捨てられる前は、美しい音で人の耳を楽しませていたのだろう。鱗が奏でる音色は、その名残だろうか。
 その音色――間近で聞く音の元である銀の鱗は、大蛇が動く度にその音を響かせた。
 ケルベロス達を喰らおうと身をくねらせた時。ケルベロス達の攻撃で体が揺れ、倒れた身を起こす時。ざああと波のように涼しげだったその音は、戦いが続くうちに変化する。
 傷を癒す術を持たない大蛇の鱗は所々剥がれ落ち、亀裂やひびといった傷みも浮かべ、態勢を変えようと地を滑るように動けば歪な音が混じって響く。それでも鋭い牙を剥き、持てる技全てで食い尽くそうとする様は変わらない。
「御見事です」
 なればこそ、藤尾の心も猛るというもの。
 くすり笑った女に応えるように、大蛇の双眸に別の色と熱が浮かび上がれば、気付いたラウルが口の端を上げる。来ると分かったから仲間に声をかけ、そして人知れず咲いて春を告げていた梅が傷付かぬようにと、敢えて受け止めた大蛇の『視線』。
「熱いんだか冷たいんだか」
 傷みの熱と凍える冷たさ。
 そんな感想を言えるのも、いぶきと継吾の手厚い癒し。そして。
「だいぶ効いてきてるな」
 やっぱりこいつか。眠堂の言葉を裏付けるように、翔た一陣の風――連なる三連の矢。
 ならばと笑んだ夜は、終わりが近付きつつある大蛇の全身を、触れられぬ霞みの檻で閉じ込める。
「春の暖かさに包まれて――お休み」
『――!』
 そういう機能がないのか。大きくのたうつ大蛇は悲鳴ではなく鱗の音を多重に響かせて。
「音が聞けんだっけか? 上手に歌ってみせろよ、ほら」
 サイガの拳は大蛇の巨体、丁度中間部分を抉るように。ギイィ、ガチンッと鋼がちぎれる音したそこへ、キソラは深々と鉄梃の先端を引っかけた。いつぞや語り合った『死に際に聴きたい音』を思い出し、
「やっぱそうじゃねェか」
「あ? 何が」
「なぁンでも!」
 内部の機械も巻き込んで引き剥がした鱗が、高低入り交じった音を立てる。その大きさに比例するように大蛇が暴れれば、いぶきは子供へ向けるような笑みを浮かべた。
「春眠暁を覚えず、でいたら良かったんでしょうね」
 過ぎる時に気付かないまま眠っていられたら、眠れないほどの攻撃を絶えず受ける事もなかったろう。しかし目覚めさせられた機械の大蛇は神の遣いになれはしないから。
「ラウルさん」
「ああ」
 癒し手として皆を見ていたからこそ、最後の一撃を頼んで呼べば、応えた声は短く――繰り出した攻撃は、大蛇を鎮める一撃となる。

●春の衣
 施したヒールグラビティは、そこに天使の梯子が下りているかのような輝きを浮かべ始めた。照らされているように、芝生の一部がふわり、ほわりと輝くその上。たおやかに揺れる薄紅の花の房が、その甘やかな香気で語りかけてくる。枝垂れ咲く花を撮っていた継吾を見かけた藤尾は、美しいですわねと声をかけた。
「梅がお好きですの? それとも春を、かしら」
「春を……でしょうか」
 ただ、どの季節も眩しい所があり、いつが一番とは決められない。
 そう言った継吾と別れた後、律は山中故の肌寒さもあろうと、持参した羽織を藤尾へ手渡そうとして。
「あら、嬉しいこと。でも手が疲れています。肩へ、掛けてくださりませんこと?」
「……」
 気遣いに返る微笑と強請り。律は数秒逡巡で応えた後、動かないと見て無言のまま羽織をかけた。朧気で掴み切れぬままも、徐々に藤尾という女を把握している己が内に見え――。
(「最初から食えない」)
 判っても離れがたいそれも、己の性だろうか。
 先の戦いで得た猛る血潮の熱と比べ、儚い温もり。掴んだ勝ちでもあるそれに藤尾は瞳をうっとり細め、律はその向こうへちらつく仮面の幻を視、瞳を伏せた。どこか残忍で艶やかな微笑みと、厳冬を越えて煌めき揺れる梅の春色が焼き付く。瞼の闇に春告げの梅香も強く浮かんで――それは、藤尾の視界染める梅が漂わす甘い香り。
 幽玄へ連れ往くような。眠る子の目覚めを促すような。目眩そうなほどのそれがもたらすのは、どちら。

 枝を満たす梅花は光に透け、薄紗の如く。レースの傘か花のドームに包まれたか、或いは、春の繭の中。
 百花のさきがけといわれる梅から、春が羽化する。双眸を細めて眩い春を臨む夜の傍、瞼を閉じた十郎の心は安らかだ。こうしていても頭上の花は柔らかな香りを優しく降らせている。花々が賑やかに咲き始める前。今だけの、静かな季節。この空気が、とても好きだ。
「……いっそ、このまま眠りたい」
 膝を抱え上を見る。風に揺れた枝垂れ梅が、さあ、と音を奏で――。
「寝ても良いよ。起こしてあげないけど」
「何だよ、起こしてくれねぇの?」
 枝の隙間から降り注ぐ光へ手を差し伸べる夜の目は、掌に映る薄紅の影へ。悪戯に笑う友人に十郎は幽玄な景色に些か酔っただけだと笑い、頭上の梅を見る。
「梅って、佳い女感無い?」
 冬に耐え花芽を抱くいじらしさ。咲いた花の慎ましい姿、毎年春を連れてくる一途さが。
「ほぅ。其れが君の趣味か」
 と返した夜だが、目の前の花に日傘を思い浮かべ、貴婦人を想起した事は秘めたまま。
 気安さの証でもあるその返答に、十郎も続けかけた言葉を笑みの裏にしまい、立ち上がろうと友に手を伸ばす。
 素直に差し出された手を見た目に悪戯の色が浮かんですぐ、枝垂れ梅の下で派手に転ぶ2人の姿。それを見下ろす花色がひとつふたつと降ってきて、目覚めた季節の香りと世界に、春喜ぶ笑顔が並ぶ。

 ふわり、ふわり。柔らかなピンク色の枝が眠堂とシィラを歓迎するように揺れては踊る。可憐な彩は羽衣に似て、シィラの唇からは感嘆の吐息ひとつ。
 幻想的な夢を見てるみたい!
 自分に歩幅合わせて梅の中を行く友を見上げれば、自然と笑みも深まるばかり。そよそよ揺れる春色の幕は、普段視線の高さが違う2人に同じ風景――春の始まりを見せている。
「其れがとても嬉しいのです」
 柔らかに笑む灰色の瞳に、黒い瞳も楽しげに笑った。見える風景が同じ。実に良い。
「そうだな、枝垂れ梅に感謝しねえと。……美人に花の取り合わせ。双方引き立って絵になるぜ」
「ふふ、美男に華も絵になりますよ。ミンミンさんは特に風雅が似合いますもの」
 ところで。今日は美男と美女、梅の花が揃っている。折角の、であり、絶好の機会。自撮りでも如何かしらと笑むシィラに、褒め言葉に目を瞠っていた眠堂は「自撮りは初体験だ」と声も心も弾ませる。それに美人からの名案、光栄以外の何があるだろう。
「また幾度季節が巡っても、こうして遊びに行きましょうね」
「ああ。また遊ぼうな」
 咲き誇る梅花。笑顔の美男美女。
 シャッターが切り取った一瞬に、楽しい約束も刻まれる。

 北空翔る風には冬の名残が、まだ。だがシズネの前で揺れる枝に、ぽ、ぽ、と咲いた小さな桃色の花は濃い命を現していた。
 春を生きている。
 眺めるその時間が、その事を心にしっかり刻ませて。隣の温もり――ラウルは目覚めた春彩のコントラストに息を呑み、その一瞬をシズネと共に見られた喜びに浸る。枝垂れ梅の下で仰げば開くような花の雨に抱かれ、数多の薄紅梅の色と香りには酔う心地。
「此の場所はまるで鳥籠のようだね」
 幾重にもなって自分達を抱くひとつ、梅にそっと触れ眦緩めて囁いて。それに、梅花から透かして見る世界はいつもと違って見えるよ、と言えば傍の橙が愉しげに輝いた。
「じゃあオレ達が鳥だな!」
 ここからだと世界は確かにそう見えるかもしれないが。
 梅花越しにラウルを見る。花に触れる姿は檻に囚われてるよう。枝垂れる梅の間に手を入れ、揺れる花雨の内で穏やかな笑み湛えていたラウルと手を繋ぐ。ふわり揺れた枝垂れ梅の下から飛び出した背に、翼がなくとも。
(「君となら」)
(「おめぇとなら」)
 どこへでも、どこまでも――どんな季節だろうと、どんな世界であろうとも、一緒なら自由に往けるから。
 手を引き歩くシズネの目は導のように輝いて、ラウルの瞳に沢山の春を告げていく。

 待ってましたとキソラのカメラが向く先は、視界いっぱいに広がる春告げの里。山深くの春を切り取ってさて次は、というそこにだらっと入り込んだのは「桜じゃん」というサイガの声。
「うまそー」
「うまそー、って。てか、梅と桜じゃ全然匂いが違うだろ」
 まぁ、自分も他に分かる事と言ったら『梅の方が少し空が寒い』程度だが。カメラ覗く前、ちろりとサイガに目をやれば、すんすん鼻を鳴らし枝垂れ梅集まる地帯に踏み込んだ所。花が降ってきてるみてぇ、と笑えば怪訝そうな顔が返る。
「においぃ? 酸っぱくねえし……」
 桜ではなく梅らしいが。酸っぱさはいずことサイガは落ちていた花を拾い上げ、まじまじ眺めると――ひょいぱく。
「甘くもねえし」
「あ! 拾い食いの現場押さえたり!」
 しっかりレンズに梅花拾い食い現場の物的証拠を収められたのは、常日頃から様々なものを撮ってきた賜物か。しかしキソラがレンズ越しに見ていたサイガが、にんまり笑う。ひょいと梅花拾い上げ、
「あぁ? 共犯にしたろうか」
 じりじり、じりじり。思わぬ反撃にキソラは慌ててカメラから顔を離し、数歩さがる。
「いやオレ肉食なんで!」
「遠慮すんなよ」
 あくどい笑みでにじり寄った手がレンズを押さえ、だがしっかり確保されていたデータはキソラの手元に。そんな2人を、ふわふわ揺れる梅が見下ろしていた。

「お仕事頑張ったので誉めてください」
「うんうん、えらいえらーい」
 手を差し出して。頭を撫でて。
 えへへと笑って。差し出された手を取って。
 互いに嬉しいを抱えて始まった、いぶきと結弦の梅花見。普段花より団子ないぶきだが、『今日』は結弦と景色を楽しむ日。
「いぶくん、あそこなんてどうかなー?」
 結弦のお眼鏡に適った枝垂れ梅の下は、いぶきの理想通り。一緒に視界を花でいっぱいにしたら、はいチーズ。梅花に包まれ『ダブピ』でにっこりな結弦は、いぶきの思い出に必要不可欠な1枚になる。
「いいにおいー。いぶくん、あまぁいお団子も、あとから食べようね」
 やっぱり団子も好きだから、いぶきはふにゃり微笑んだ。
「楽しみです。ゆづさんは寒くないですか?」
 自分は、こうして手を繋いでいれば暖かい。それに。
「しっかり捕まえていれば、貴方が花にさらわれる心配もありません」
 なんて。握る手に少し力を入れると、指が絡んできて、手を繋ぎ直される。
「えー、さらわれないよー」
 すぐ傍で甘い花色の瞳が笑った。
 だって藤は、弦を絡めて離さないでしょ?

作者:東間 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年4月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 4
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