試練

作者:藍鳶カナン

●試練
 瑞兆とも凶兆とも感じられた。予感がしたのだ。『そのとき』が来るのだと。
 高揚とも畏怖とも思える何かに衝き動かされ、春の星空のもとを竜騎士の雛が飛翔する。理屈ではなく、己が魂が命じるままに翔けたティノ・ベネデッタ(ビコロール・e11985)が辿りついたのは、遮るものなく岩の大地が広がる荒野。
 相応しいと思った。程なくしてここは戦場となるはずだから。
 騎士として戦いに臨むべく首元のタイを調えた。ふと瞳を向けた北天には北極星が輝き、街中と比すれば圧倒的なほどの星々のなかで少年は無意識に星座を辿る。翡翠色の眼差しが竜座をなぞった、刹那。
 岩の大地に輝きが渦巻いた。
 光の花々と見える輝きを伴って現れたのは美しい女性。
 だが、ティノの眼を惹いたのは、その美貌でも薄絹があらわにする肢体の曲線でもなく、装飾のごとき流麗な角と、彼女が左腕に纏う金色の装具だった。
「……僕から名乗ろう。ティノ・ベネデッタだ。其方の名も聴かせてもらいたい」
『――貴方の礼節に応えましょう。私の名は、ジュスティツィア』
 正面から名乗りをあげた小さな竜騎士に彼女が応えた名乗りは、少年の鱗のみならず胸も震わせた。やはり『そのとき』が来たのだ、と。
「護持竜ジュスティツィア……審判竜。僕へ力の意味を問いに来たか――!」
『私が何者であるか、何故ここに現れたのか、答えは貴方の心の裡にあるはずです』
 先の名乗りが特別であったのだとティノは理解する。
 彼女への問いから答えを得ることはできない。自分は『試される』側だ。
 問答ではなく、戦いによって。
 容赦なく力を揮う存在だと感じられた。敗北は即ち死であるとも。
 だが、眼力で視ただけでも己ひとりでは到底敵わぬ相手だと解る。ということは。
「成程……この宿命のときに誰かが駆けつけてくれる、そんな縁や運を持っているか否かも僕の資質のひとつとして問われるわけだな」
 ――ならば、救援を信じ、己のすべてをかけて挑むまで。

●宿縁邂逅
 北天に輝く竜の星を望む、岩の大地で。
「ティノさんが邂逅する相手は、ドラグナーだ」
 天堂・遥夏(ブルーヘリオライダー・en0232)は緊急招集に応じてくれたケルベロス達へ予知を語り、そう断言した。ティノへの連絡は一切不通。
「このままだとティノさんは敗北して死を迎える。けれど彼はあなた達の救援を信じてる。だから今すぐ手を貸せるってひとはこのまま僕のヘリオンにお願い。飛ぶよ、彼の許へ」
 現場はティノとドラグナーの他には誰もいない岩の大地。
 恐らく余人の訪れを拒む術が施されているのだろう。何ひとつ憂いなく戦える地だ。
「ティノさん自身が用意していったあかりがあるから、視界も良好。あなた達は全力で彼を救援して、ドラグナーを倒すことに集中して」
 相手は光の花吹雪で標的の勢いを鈍らせる範囲魔法、光の斬撃で標的の攻撃力を鈍らせる技で攻撃し、光で己の傷を癒し攻撃力を高める術も持つ。
「留意してほしいのは、ポジションがメディックだってところ。ヒールはかなり強力だし、攻撃には破魔が、癒しには浄化が乗る。更には、相手がドラグナーだってところだね」
 擬似的にとは言え、戦ううちにドラゴンに変身する可能性がある。
 油断してかかれば結果がどうなるかは語るまでもない。
「二人の関係は現状では不明。ティノさんは心当たりがある様子だったけど――」
 彼の出自は由緒正しい勇者の家系であるというから、先祖伝来の言い伝えで何かを聴いているのかもしれない。だが、長い年月や『巻き戻し』の影響などで言い伝えの内容が正確なものではなくなっている可能性や、言い伝えに残っていない秘められた事実がある可能性も念頭に置いておくべきだろう。
「相手に何か訊ねても、予知での光景と同様に『答えは貴方の心の裡にあるはずです』って返ると思う。ティノさんが訊いても、誰が訊いても。――だから、観たまま、感じたままを受けとめるのが一番じゃないかな。ティノさんも、あなた達も」
 但し、唯ひとつ揺るぎない事実がある。
 救援がなければ、ティノは敗北し、死を迎えるということだ。
「あなた達の救援があっても苦戦になるかもしれない。けれど、あなた達ならティノさんを救援して、確実に勝利してきてくれる。そうだよね?」
 さあ、空を翔けていこうか。北天に輝く竜の星を望む、岩の大地へ。
 宿命のときと相対する、小さな竜騎士の許へ。


参加者
鉋原・ヒノト(焔廻・e00023)
落内・眠堂(指切り・e01178)
キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)
アイヴォリー・ロム(ミケ・e07918)
ティノ・ベネデッタ(ビコロール・e11985)
藍染・夜(蒼風聲・e20064)
杜乃院・藤(狼纏イノ羊・e20564)
鮫洲・紗羅沙(ふわふわ銀狐巫女さん・e40779)

■リプレイ

●試練
 北天に輝く竜の星も、圧倒的なほどの星々も、最早小さな竜騎士の眼には映らない。
 光の花々が渦巻く輝きを纏った女性は眩く、神々しくさえも感じられて、高揚と鬩ぎ合う畏怖にティノ・ベネデッタ(ビコロール・e11985)の意気は怯みかけた。
 彼女の――ジュスティツィアの手に光の剣が顕れる。
 舞のようと感じられるのに眼で追えぬ神速の一閃。然れど、
「僕は独りではない! そう信じている!!」
「ああ、その通りだ! ティノ!!」
 ゆえに怯まず立ち向かうのだと決意を新たにした刹那、星々の天穹から降り落ちて一気に跳躍した鉋原・ヒノト(焔廻・e00023)が小さな竜騎士の盾となった。氷花が咲いた日にも焔鳥が羽ばたいた夜にも支えてくれた友を今度は自分が支えると、防具で殺してなお鮮烈な斬撃を笑みで堪え、掌中に生み出した極小の星で反撃に出る。
「ティノはね、強いよ……。何よりその、心のありようが。だから」
「ええ。ティノさんの心が素晴らしき縁を紡いだこと、私達で証明してみせましょう!」
 彼女の肩口を穿った星のごときカプセルが神殺しのウイルスを溢れさせたのとほぼ同時、狙いを研ぎ澄ませた杜乃院・藤(狼纏イノ羊・e20564)が星飾りに更なる流星の煌き燈した蹴撃で相手を退かせ、その隙に鮫洲・紗羅沙(ふわふわ銀狐巫女さん・e40779)が、
 ――幻影の月よ、生命を象りなさい。
 清麗に輝く光球、幻影の月を象る光が共鳴する癒しをヒノトへ注げば、
「試練だナンだってぇのは気に食わンが、ティノに必要だってンなら否はねぇ」
「何処へでも駆けつけ、何時だって手を貸しますとも! 大事な部下のためならば!」
 小さな竜騎士も皆も護りきると不敵な笑みで示すキソラ・ライゼ(空の破片・e02771)が審判竜と呼ばれた女へ瞬時に肉薄、突きつけた指先から治癒を許さぬ雨を沁ませ、ティノと二人で前衛の矛となるべく降り立ったアイヴォリー・ロム(ミケ・e07918)が泡沫の煌きを『彼女』めがけて翻す。
 煌きから凝らせ撃ち込まれた気咬弾。無事だと信じていたよ、と小さな竜騎士へ言の葉を届けると同時、藍染・夜(蒼風聲・e20064)は輝きの弾丸を追う勢いで距離を殺して、
「此れもまた御眼鏡に適うだろうか、なんて」
「適うだろうさ、俺達が添える手もティノの力だ。だから悔い無く存分に行け、ティノ!」
 天に逆巻く旋風のごとき『竜気』の加速を得た超鋼の鎚で竜の眷属へ強撃を打ち込めば、幾重もの紙兵の加護を前衛へ展開した落内・眠堂(指切り・e01178)も揺るがぬ声で少年の背を押した。お前さんが頼もしい騎士だからこそ手を添えたいのだと。
 悔い無く、力も心も示せるように。
 恐らく予知情報から皆が大まかな事情も察してくれたのだと悟った。瞳の奥に燈った熱を信頼できる皆と試練に挑める高揚だと己に言い聞かせ、
「皆、力を貸してくれ。僕は皆とともに、この試練を必ず超えてみせる!」
 彼女へ、ジュスティツィアへティノが撃ち込む力は友から贈られた光の焔から織り成した気咬弾、払わんとした腕を掻い潜ったそれが彼女の胸元に喰らいついた次の瞬間、その身が纏う光の花々が嵐のごとき暴威となって襲いかかってきた。
 だが前衛を呑む光の花吹雪の芯へ迷わずキソラが身を躍らせる。
 紙兵の幾つかが癒し手の破魔で弾け飛ぶが、
「そう簡単にウチの若ぇのを傷つけさせるワケにゃいかねぇ、ってな!」
「頼もしいです! 確り支えさせていただきますね……!」
 その威と魔法の重圧をティノの分まで彼が引き受けたなら、癒し手たる紗羅沙がすぐさま紡ぎ上げる旋律が二重の浄化で前衛陣を圧力から解き放つ。生きる事の罪を肯定する音色、それが最高潮に達すると同時にキソラが凝らせた意志の魔力が竜の眷属に爆ぜれば、
「存分に攻めていきましょう、ティノ!」
「了解だ、アイヴォリー!」
 爆発に紛らせるように迸らせたアイヴォリーの御業が彼女を鷲掴みにし、即座にティノが翻した機関銃が光と弾丸の嵐を連射。骨董ものの羽織と被衣のごとき闘気を翻した男が続け様に岩の大地を馳せるが、ルーンディバイドは恐らく躱されると眼力で看破すれば、眠堂は己が斧へ瞬時に冴ゆる技を乗せた。達人の一撃が三重の氷を齎した刹那、鋭い一閃が奔る。
 星空に氷片と血飛沫を躍らせたのは隼の急襲のごとき夜の一撃、だが、間髪容れず銃撃で続かんとした藤は白き銃握る手を強張らせ、逆の手で気咬弾を迸らせた。
「今クイックドロウ撃つのは無謀だった……。ティノの宿命の相手が雑魚なわけないよね」
「だよな。審判竜……こいつにティノが試されてるってわけか、油断せずにいくぜ!」
 流星の蹴撃と速撃ち、双方ともに素早さが身上たる技を連続で繰り出せば見切られる。
 相手は精鋭ケルベロスを優に上回る力量を持つデウスエクスだ。この場で最も練度の浅い藤の場合、見切られれば狙撃手の恩恵をもってしても命中の見込みは薄い。
 ――集え、冱てし白藍の穿氷よ!
 全神経をいっそう研ぎ澄ませ、赤水晶を戴くロッドからヒノトが撃ち込むのは竜の眷属を鋭く穿つ数多の氷。彼女が自分達の加勢を容認していることは理屈でなく感覚で解った。
 自分達の縁や絆もティノの力になるというのなら。
 最後まで友の背を支えて、見届ける。

●精練
 此方の矛の勢いを圧し、矛の鋭さを鈍らせる光を揮われるたび、魂までも照らし出される心地になった。試されているのだとティノは改めて痛感する。いまだ『力の意味』が確かな言の葉にならぬと見透かされているようで。
「だが僕は俯きはしない。向き合わせてもらうぞ、審判竜!」
「その意気です、背中は私達が支えますから!」
「振り向かなくていいぜ、何もかもお前さんの心のままに!」
 優しくも凛然と癒しと浄化を響かせる紗羅沙の歌声に心も鼓舞される想いでティノが光を手繰る。夜風を翔ける彼の気咬弾、それを透かしたような淡い金の輝きが揺らぐ被衣の光で燈る神代の文字を眠堂の声が謳った。
 ――此の地は籠。此の世の籠。
 意を宿し力となって襲いかかる術は、彼女の癒しを深く阻む魔法。
 次の瞬間、眩くも清麗な光が地に満ちたが、
『……!!』
 幾重にも重ねられた治癒を阻む禍がジュスティツィアの癒しの威を激減させる。それでも傷が癒え、幾つかの禍が霧散し、彼女の力を高める輝きが宿る。迷わず竜の爪を硬化させたティノが跳び込むが、光の剣が竜爪撃を相殺。然れど、
「――いいえ、まだです!」
「うん。おれ達も、いるよ」
 小さな竜騎士の背後から跳躍したアイヴォリーが菫色引く星剣で打ち下ろす斬撃、そして一瞬で横合いに跳び込んでいた藤の超音速の拳、その連撃が輝きの加護を破砕した。しかし相手の浄化直後ゆえに命中は辛うじてのもの。だが、
「癒しが強力なのは解ってるからな。とことん邪魔させてもらうぞ、審判竜!」
 真っ向からヒノトが撃ち込んだ神殺しの星は彼女が防がんとするより速くその喉を穿つ。見極めた夜が口許に笑みを刷く。
「成程。理力攻撃を受けるのは不得手とお見受けしたよ、審判者殿」
 言うが早いかその手に咲くのは禁断を証す指輪から顕現した光の剣、誰よりも精度を研ぎ澄まされた一閃が完璧な軌跡をジュスティツィアに描いた。荒ぶ光の花嵐が後衛を呑むが、相手の瑕疵が暴かれた今、弛まぬ連携で猛攻をかける番犬達の勢いは増すばかり。
 彼女がドラグナーである以上、その主はあくまでドラゴン――すなわち、デウスエクス・ドラゴニアであるはずだ。
 それがデウスエクスの敵たるティノにこうした形で関わるのは、
「ティノの一族に個人的な思い入れがあるってコトなンかね、やっぱ」
 新緑の瞳、白華の片。いまだ褪せぬ己が宿縁の記憶にも連なる感情は秘めたまま、彼女を見据えたキソラが空色の双眸を薄めた刹那、相手の装飾的な角が大きく爆ぜて砕け散った。続け様にティノの手から翔けたのは神殺しの星。
 治癒阻害は癒しの瞬間、浄化の前に効果を顕すこと。
 理力の術であれば確実な命中が見込めること。
「皆の戦いがそれを教えてくれた今、僕もこれを使わぬ手はないからな」
 独りで何でも出来るようにならねばと、心など見せてはならぬと思っていた。
 ――だが、今は。
 彼の胸裡を掬った夜が笑みを深めて馳せる。縁の絲を縒り、強固で暖かな絆を編み。
「皆でティノの盾とも鎧とも剣ともなりに、馳せ参じたよ」
「そう、わたくしも皆も、今はティノの盾で鎧で剣。どうぞ存分に振るってくださいな!」
 雷の霊力を乗せた夜が揮った竜の鎚が護りを砕いた刹那、星空から降り落ちるのは灼けた断罪のギロチン、アイヴォリーが顕現させた自陣最高火力の刃が逃れえぬ勢いで竜の眷属を強襲すれば、彼女が癒しの光に包まれた。
 治癒を減じられた光が弱まるが、不意に背筋を奔った感覚に眠堂が声を張る。
「……! こういう場合も真打ち登場って言うのかね。来るぞ、ドラゴンに変身する!!」
「派手だネほんと。ケド、いっそう気合入れていきマスよっと」
 光の裡から、皆の眼だけでなく魂まで眩みそうな輝きが溢れだした。怯んでなるものかと眠堂が撃ち込む気咬弾が輝きの芯に喰らいつく。剣呑に双眸を煌かせたキソラが鉄梃を手に躍りかかった瞬間。
 巨大な光が岩の大地に顕現した。
 金色とも琥珀色とも見ゆる輝きを纏う、ドラゴン。
「――……!!」
「大丈夫です、ティノさんも負けないくらい輝いています」
 竜鱗だけでなく、心と矜持が。
 神々しい威容に一瞬言葉を失った少年にそう笑んで、花浅葱の装束と銀狐の尾を躍らせた紗羅沙が如意棒から変じた双節棍でドラゴンの武威を削ぐべく舞い、
「ここまでしなきゃティノの力や心を確かめられないなんて……頭固すぎるんじゃない?」
 友が礼節を尽くす相手だと思えば藤も毒舌全開とはいかなかったが、それでも彼が揮った術は確かにドラゴンへ痛手を齎し、その心から彼女にしか見えぬ敵を引き摺りだす。途端に襲いくるのは、黄金の、琥珀色の、灼熱。
 自身では避けようのない凄絶な勢いの竜炎に羊の少年が息を呑んだが、
「任せてくれ! ティノも護るし、藤も焼かせたりしない!」
 淡い余波だけでも肺が焦げそうな炎をヒノトが引き受ける。火が天敵たる藤を案じていた眠堂が安堵の息をつく。皆の勇姿に、心に、ティノの心も再び奮い立った。
 言の葉にならずにいたものに手が届く。
 ――求めるのと同じくらいの気持ちで、与えたくなる。
 春暁に聴いた言葉を実感する。恋はいまだ識らずとも、
「僕が力を求める理由は――皆を、優しい人たちを守りたいからだ! 審判竜!!」

●審判
 輝く竜と化した彼女は少年の言葉を確と受けとめたように見えた。
 然れど、ならばその『力』を証してみせよとばかりに、光が、炎が苛烈さを増す。猛然と自陣を蹂躙する光や炎の嵐、生きぬくもの達のための紗羅沙の歌声がそれらを押し返さんと響き渡り、軽やかに地を馳せるキソラが降らせる光の花が癒しと浄化を後押しする。
 鋭き流星となってドラゴンへ星の重力を打ち込む藤に甘やかに爪を彩られた指先を翻したアイヴォリーが続く。迸ったのは黄金の竜をも容赦なく鷲掴みにする御業、挙動を鈍らせた巨躯めがけて眠堂が跳ぶ。意を決して打ち下ろす斧に今度こそ輝くルーンの呪力。
 彼女の護りが三重に破られた瞬間、
「行け、アカ! 俺と一緒にティノの力になってくれ!」
「僕も頼りにさせてもらうぞ、アカ!」
 赤水晶を戴くロッドから戻ったネズミがヒノトの掌上からドラゴンへ跳び込んで、数多の縛めが強められたところへティノの気咬弾が深々と喰らいついた。
 猛攻を重ねるほどに、神々しい威容を誇っていた竜の輝きが褪せていく。
 だが、なおも傲然と輝く光の剣、ティノめがけて撃ち込まれたそれを真っ向から跳び込む勢いで受けとめて、痛撃を流れる雲のように受け流して殺したキソラが錆びた鉄梃を一閃、冴ゆる軌跡が凍気を引けば、天翔ける隼が獲物に喰らいつくかのごとき夜の剣閃が、氷ごと黄金竜の喉を裂いた。
「遠慮するンじゃねぇぞ、残らずぶつけてこい。全部てめぇが引き寄せた力だ」
「示しておいで。君の力の限りを、存分に」
 キソラと夜の声に導かれ、
「これは貴方の軌跡が結んだ力ですもの。――さあ、胸を張って」
 アイヴォリーの声に背筋が伸びる。瞳をめぐらせれば眠堂と紗羅沙の笑み。

 幾度も勝利を分かち合った戦友達。
 一つのことを皆で成しえる楽しさを教えてくれた上司。
 兄や姉のように導き、暖かく見守ってくれる人達。
 そして純粋に人を思いやり、何より強く優しい心を持った友達。
 ――皆に、人に信を置く事を教わった。

「ティノはね、強いよ……。もう、彼女もわかってるんじゃないかな」
「ああ、俺達も信じてるぜ。証明してこい、ティノ!」
 背を押してくれる藤とヒノトの声に力強い頷きで応え、
「審判竜、今こそ其方に示す。これが、僕の紡いできた『力』だ!!」
 真っ向からジュスティツィアを捉えた銃口から、ティノは強大な閃光を解き放った。眩く鮮烈に世界を染める閃光の奔流が巨躯を呑めば、疑似的にドラゴンへ変じていた身がひとの姿へ戻っていく。
 輝きの余韻が消えゆくなか、彼女は、優雅に、礼節をもって一礼した。
 最期の力をそのためだけに費やしたのは誰の眼にも明らかだった。
『――佳き戦いでした、ティノ・ベネデッタ。そして、ケルベロス達』
「僕のほうこそだ。ありがとう、護持竜ジュスティツィア……審判竜」
 万感を籠めて礼を返したティノの眼前で、彼女が光になって消えていく。
 全てが消え去った後に、残ったものは――。

 遥かなる天穹。
 圧倒的なまでに満ちて輝く星々を仰げば、僕は小さいなと改めて思ったけれど。
 信じる仲間とともに在れる誇らしさがティノの胸には満ちる。
「皆、ありがとう。僕は本当に、幸せ者だ」
 古めかしくも荘厳なバスターライフルを大切に抱く小さな竜騎士、その右肩をヒノトが、左肩を夜が労いをこめて叩けば、アイヴォリーが眩しげに笑んだ。
 きっと貴方の物語は、ここが始まり。
「あれが竜の星……竜座なんですね~」
 冷える夜風を和らげるような紗羅沙の声に誘われ、皆が北天を振り仰ぐ。
 お星様の写真が上手く撮れないと藤がしょんぼりしつつ羊に変身すれば、ぽふりと眠堂の裾にじゃれつく彼に、今度レンズや機材を揃えて皆で星空撮影会しに来ねぇ? とキソラが笑いかけた。
 いいねと笑み返した夜の眼差しが再び竜の星を辿る。けれど天涯を見霽かすような双眸の先にあるものが解った気がして、アイヴォリーはそっと、強く、懐中時計を握り込んだ。
 この夜は終着点にあらず。ティノにとっても、誰にとっても。
 一歩前進だねと言いたげに蹄を振る羊な藤に頷き、眠堂も改めて星空を仰ぎ見た。
 ――この先の夜明けも、その先に皆が見る空も、澄んだものであればいい。

作者:藍鳶カナン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年4月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 0
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