テレイドスコープ

作者:藍鳶カナン

●テレイドスコープ
 世界が花になる魔法を、あなたのてのひらに――。
 街の夜景が色とりどりの煌きを燈すなかに、桜の花びらが舞う春の宵。
 万華鏡専門店が掲げた謳い文句に惹かれたひとびとが買い求めたのは掌に収まる万華鏡。――否、万華鏡、即ちカレイドスコープではなく、テレイドスコープと呼ばれる品だった。
 美しい色彩の硝子ビーズなどのオブジェクトを筒の先端に収め、くるり回しながら覗いて鏡の反射とオブジェクトの色彩が織り成す模様を楽しむのが万華鏡。
 だが、外観鏡とも呼ばれるテレイドスコープの先には透明な水晶玉が嵌められている。
 観るのは予め収められたオブジェクトではなく、水晶玉を通した世界そのもの。
 夜景を観ればその夜景が、桜を観ればその桜が、光の華のような雪結晶のような、美しい万華鏡の模様を描きだすのだ。
 春の宵を迎えてから飛ぶようにこの品が売れていくのは、この万華鏡専門店が面している大きな交差点の向こうに、満開の桜並木をぼんぼりが照らす夜桜の遊歩道があるから。
 買ったばかりのテレイドスコープを、世界が花になる魔法を手にしたひとびとが、夜にも大勢が行き交う交差点を急ぎ足で渡っていく。夜桜を、ぼんぼり達に照らされた満開の桜をこの魔法で観たなら、どんな花が観られるだろうと胸も足取りも弾ませて。
 だが、夜空に何かが煌いたと見えた次の瞬間、春宵の空気が一変した。
『スバらしきこのヨルを、ドラゴンサマに、ササげる!』
『オマエたちの、グラビティ・チェインを、ゾウオを、キョゼツを!』
『ワレらがドラゴンサマは、タイソウおヨロコびになるにチガいナイ!!』
 夜空から交差点へ降り落ちた巨大な牙が五体の竜牙兵となり、剣の閃きで、星座の輝きで春宵を彩っていく。夜風が連れてきた桜の花びらも、ひとびとの血に濡らして。

●世界が花になる魔法
「ああん待って待って、そのテレイドスコープすごく欲しいの~!!」
「はい。かなり人気のある品のようですし、きっと素敵な『花』が観られると思いますよ」
 真白・桃花(めざめ・en0142)の尻尾がぴこぴこぴっこーんと大反応。その様に微笑んだセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は招集に応じてくれたケルベロス達を改めて見渡して、そのためにも竜牙兵達の撃破をお願いします、と続けた。
「敵の襲撃地点は、その万華鏡専門店が面している大きな交差点です」
 事前にひとびとを避難させれば竜牙兵の襲撃目標が変わって事件阻止が叶わなくなる。
 ゆえに竜牙兵の出現と同時にケルベロス達がヘリオンから降下して戦闘を仕掛け、それと時を同じくして警察による一般人達の避難誘導が開始される手筈だとセリカは語る。
「竜牙兵達の数は五体。そのすべての注意を惹きつけてもらう必要がありますので、初手は皆さん全員での攻撃をお願いします。一般人の避難は警察にすべて任せてください」
「合点承知! 初っ端から派手に攻撃かましますなの~!」
 有事の対応なら警察もプロである。
 だが、デウスエクスと戦えるのはケルベロスだけ。ゆえにケルベロス達は竜牙兵の撃破に専念する。それが最も確実に人的被害をゼロにする手段なのだ。
「五体の竜牙兵は全てゾディアックソードを持っています。三体程度で襲撃してくる個体に比べると能力的には劣りますが、五体全てがディフェンダーですから、此方の作戦や連携が確りしていないと長期戦になるかもしれません。油断せず、全力でお願いしますね」
 無事に勝利できれば、世界が花になる魔法を手に、春宵の、夜桜の世界へ。
 万華鏡専門店でテレイドスコープを買って、夜桜の散歩道へと繰り出そう。
 掌に収まる八センチ程のテレイドスコープは、飾りのないものもあれば、キーホルダーやストラップ、ペンダントになっているものもあり、筒の部分も桜模様や扇模様、花火模様に雪結晶模様と様々なものがあるという。
 けれどその先端に嵌められているものは全て透明な水晶玉。
 だが、覗けば観える模様は、それこそ無限で夢幻の煌きだ。
 夜桜越しの夜景、ぼんぼりに照らされる桜の梢、視界一面の桜、観るもの全てがとびきり美しい、そのとき限りの世界の花になる。
「ふふふ~。わたしは夜桜とぼんぼりを空からテレイドスコープで観てみようかしら~」
 竜の娘が翼をぱたりと揺らす。世界が花になる魔法を、このてのひらに。
 そうしてまた一歩進むのだ。
 この世界を、デウスエクスの脅威より解き放たれた――真に自由な楽園にするために。


参加者
メイア・ヤレアッハ(空色・e00218)
エルス・キャナリー(月啼鳥・e00859)
平坂・サヤ(こととい・e01301)
千世・哭(睚眦・e05429)
御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)
グレッグ・ロックハート(浅き夢見じ・e23784)
霧咲・シキ(四季彩・e61704)
紺野・雅雪(緋桜の吹雪・e76839)

■リプレイ

●ホロスコープ
 地上に彩り豊かな星空を描く街の夜景、夜の街に柔い薄紅色の輝きを棚引かせる花霞。
 だが感嘆の吐息を洩らす間すら惜しんで夜風を突き抜けて、地獄の番犬達が降り立つ先は街に大きな十字の空間を生み出す交差点。僅か先にアスファルトへ突き立った牙が竜牙兵に変じるが、竜十字島での記憶が純真無垢なる天使を白金の戦女神へと変える。
 散らしても散らしても降りやまぬ竜牙竜星雨、なれど竜とその眷属達への復讐の炎を魂に燃え上がらせたエルス・キャナリー(月啼鳥・e00859)は決して心を折られはせず、
「いくら湧こうと全部潰せばいいわ。さあ、ケルベロスがお前らの相手をしてあげます!」
「無粋な輩には御退場願いますねえ。サヤが見たいのは血のいろではなく桜いろですゆえ」
 純銀の髪も純白の翼も苛烈な魔力に躍らせて、凄まじい勢いで氷河期の精霊達が荒れ狂う吹雪で竜の走狗どもを呑み込んだ。敵勢ほぼ全てを完璧なる狙いで急襲した雪嵐、幸運にも同胞に護られた竜牙兵めがけ、平坂・サヤ(こととい・e01301)の掌から顕現した幻影竜の炎が夜を真昼に変える勢いで襲いかかる。
『けるべろす……!』
『ワレらのエモノをニがすキか!』
 氷の粒や火の粉を撒き散らしつつ竜牙兵達が熱り立つが、
「あら。わたくしたちを見てくれないといやだわ」
「余所見してると痛い目みるっすよ、こっちは景気良くいかせてもらうっすからねー!」
 彼らの虚ろな眼窩が避難していく一般人に向くより速く、青海波文の絵巻物が宙に広がり躍った。気づけば敵は泡沫躍る水のなか、メイア・ヤレアッハ(空色・e00218)が織り成す優美な琉金の尾びれを持つ人魚姫の物語に溺れて幾重にも逃げ足を奪われて、間髪容れずに霧咲・シキ(四季彩・e61704)が叩き込む絶対零度手榴弾が敵群を幾重もの氷で冒す凍気を炸裂させる。一瞬で彼が脳裏に灼きつけたのは戦場に燈る彩。
 春宵を染める氷霧に夜風と舞い込む桜の花片、
「いい春宵だ、お前達の主に捧げるなど惜しい」
「そういうコト! 俺達を倒さなきゃアンタらは何も捧げらんないっすよ!!」
 氷と桜の競演を疾駆した御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)が光風めいた闘気を刃と成し、同胞の盾となった竜牙兵を達人の一撃で斬り伏せた時にはもう千世・哭(睚眦・e05429)が後方から跳躍、敵勢の頭上に舞っていた。
 桜並木ではなく交差点が戦場であることに安堵しつつ、アスファルトに舞い降りた桜花を連れて躍り上がった春宵の風、思う様揮った錆色の竜の尾を鋭い氷片ごと叩きつけたなら、互いに庇い合った竜牙兵達の中心に撃ち込まれた火球が盛大に爆ぜる。
 熱に揺らぐ春宵の夜気、グレッグ・ロックハート(浅き夢見じ・e23784)は深紅の花咲く杖から自身が解き放った火球の余波の中、紺野・雅雪(緋桜の吹雪・e76839)が星の聖域を描かんとする様を見て、
「雅雪、攻撃を――!」
 咄嗟に声を張ったが、『初手は全員で攻撃を』というヘリオライダーからの要請も皆との連携も意識していない雅雪に即応は叶わない。だが、
「グレッグ! おれにも手伝わせて!」
「ノル!!」
 紅蓮の火球と挟撃する位置からノル・キサラギ(銀花・e01639)が迸らせた蒼銀の電撃が十字の輝きとともに竜牙兵の足を砕き、
「わたくし達にも彩りを添えさせてくださいな」
「春宵の花逍遥のためにも、ね」
「アイヴォリー!」
「夜ちゃんも!!」
 菫色とも濃紫とも見ゆる煌き帯びた凍気の波濤でアイヴォリー・ロム(ミケ・e07918)が敵陣を呑めば、藍染・夜(蒼風聲・e20064)の許から羽ばたく数多の夜明け鴉が竜牙兵達を強襲し、哭の笑みが、メイアの歓声が咲いた、次の瞬間。
 戦場に竜牙兵達が揮う星座の輝きが躍った。
 然れど敵の殺意すべてが番犬達に向かったなら真っ向から打ち砕くまで。支援の手を得て自陣の攻勢は加速し、襲い来る星座の凍気を阻むべくふわふわな毛並みのボクスドラゴンや青き炎を纏うオルトロスが跳び込んでいく。
 星座の重力を乗せた斬撃を盾として受けとめて、
「そう逸るな。お前達へは順に終焉をくれてやる」
 青蓮華を秘めた縛霊手で刃を押し返した蓮が深手の敵へ撃ち込んだのは御業の炎弾、彼に護られたグレッグは感謝すると告げると同時、敵陣に輝く星の聖域を打ち砕く嵐となった。精鋭にして前衛の矛たる彼の蹴撃の嵐は猛然たる暴風で竜牙兵達を蹂躙、
「悪くない手応えだ。畳みかけてくれ!!」
「合点承知! がつんとお願いしますなの、サヤちゃん!」
「はぁい、サヤにお任せですよう!!」
 荒ぶ嵐に真白・桃花(めざめ・en0142)が重ねた制圧射撃が彼らの逃げ場を削ったなら、夜闇に蜜の煌き躍るサヤの外套が竜気に翻る。凄まじい加速を乗せた竜の槌を振り上げれば獲物は激烈な痛打で顎から頭蓋まで砕かれて、その命ごと全て霧散した。
 ――おまえたちにくれてやる夜など、ここにはないのですよ。
『オノレ!』
 彼女めがけて星剣が閃かんとするが、シキの指が釦に躍るほうが速い。
「そーはいかないっすよ! エルス、頼むっす!」
「ありがとうシキ様! こいつらが仲間を傷つけることを、私は絶対に許さない――!!」
 幾重にも味方を鼓舞する七彩の爆風を咲かせたのは敵の破魔が届かぬ後衛、満ちて溢れる魔力を存分に揮ったエルスが解き放つ黒き針の群れも逃れえぬ嵐となって敵陣に吹き荒び、嵐を越えて来る斬撃や凍気に護り手達が身を挺す。
「いい感じで押してるな。俺も全力で支えさせてもらうぜ!」
 幾多の氷を纏った前衛陣へ押し寄せる光のヴェールは雅雪が二重の浄化を乗せて解き放つ極光の癒し、翡翠から桜へ移ろう輝きの裡で、灼熱が咲いた。
「早々に焼き尽くしてしまうとするか」
「大賛成なの。佳い夜にこんな子たちは要らないもの」
 大切なひとから預かった赤い小狐はグレッグの手に杖として馴染み、苛烈な火球を放って敵勢を爆炎に呑んで、メイアが純白の翼から咲かせた聖なる輝きも春の宵に乱舞して、炎をいっそう燃え上がらせる。
「次はどいつを仕留めるっすか!?」
「こいつがおすすめなのですよう!」
 炎に輝く敵勢へ躍り込むのは哭とサヤ、星空が彩る靴先に『対象が貫通される可能性』を瞬時に集約し、魔法使いの蹴撃が真っ向から竜牙兵を貫いた刹那、獲物の側面に踏み込んだ哭が黒い焔を伝わせた刃を一閃。黒の颶風が二体目の獲物を粉微塵にして夜風に浚わせた。
 だが劣勢に陥ってもなお竜の走狗どもは退かぬ。
「望むところです! 全部叩き潰してやるわ」
「ええ、ばっちり粉砕してくれましょうねえ」
 敵陣に輝く星の聖域、自陣に押し寄せる星の凍気。氷の波濤を突き抜けたエルスも同じく星剣を揮い、骨の足ごと加護を砕けば、聖域に護られたもう一体をサヤの超音速の拳が殴り飛ばす。横合いから打ち込まれた敵の斬撃へ跳び込んだのは白き箱竜、
「っと。がっつり護りを固めておくっすよー」
「それでもまだ傷は深いか? それなら――自然を廻る霊達よ、人々の傍で見守る霊達よ」
 ――我が声に応え、その治癒の力を与え給え!
 重い斬撃で路面に叩きつけられた箱竜へすかさずシキが贈ったのは、敵の破魔にも容易く無にはならぬ魔導片と蒸気の三重の護り、続けて雅雪が辺りの精霊達から借り受け、大きく共鳴させた癒しを注ぎ込んだなら、
「二人ともありがとうなの。コハブ、頑張りすぎて倒れちゃメッなのよ!」
 でもサヤちゃんを護ったのは偉いわ、と箱竜を褒め、親指ひとつでメイアがぽんっと硝子小瓶の蓋を開けた途端、氷河期の精霊たる吹雪が敵勢へ襲いかかった。
「負けてはいられんな。行くぞ、空木!」
 主に応え、同胞の分まで吹雪を受けた獲物を急襲したのは強面の神犬、相棒の神器の剣が骨の躯を斬り裂いた瞬間、蓮に降りた古書に宿る思念が赤黒い影の鬼として顕現する。雷と暴風を連れた鬼の豪腕が竜牙兵を粉砕すれば、もはや再び敵陣に燈された星の聖域の癒しも焼け石に水、その輝きも風前の灯火とさえ見えて来て。
「ここは畳みかけるとこっすよねー!」
「ああ。――仕留める」
 桜花を連れた春宵の風を追い風とする心地でシキが迸らせるのは街あかりに煌く桜の彩、三重の追撃を乗せた怒涛のペイントラッシュに塗り潰された獲物へ翻ったグレッグの足には蒼炎が揺らぎ、自陣最高火力を誇る蹴打の連撃が息もつかせず骨の躯を無に還せば、最後の竜牙兵が星剣を揮うより速く、二つの影が躍りかかった。
「仕掛けるっすよ! 骨の吹雪になりやがれ、ってね!」
「だな。粉々に砕けて散り消えろ」
 錆色の鉄塊剣に夏の黄昏めく彩の獄炎を燃え上がらせた哭と、光風めく闘気の刃を冴ゆる達人の技量で揮う蓮、鮮烈な炎と氷の煌きを引く剣閃が左右から獲物の腕や肋骨を割れば、その双つの眼窩を真っ向から見据えたエルスが一片の慈悲も無く告げる。
「存分に死の恐怖を味わって、何も残さず死ぬといい」
 大いなる虚無魔法が竜の走狗を捉えた。
 逃れ様もない正確さで撃ち込まれた不可視の消滅球が竜牙兵を確実に抉り潰す。
 微細な骨の欠片が春の宵に散ったのも一瞬のこと。夜風が連れてきた桜の花片が舞えば、骨も星座の力を宿す剣も、全て夢の泡沫のごとく消え果てた。
 牙に穿たれた路面へと雅雪が描いた守護星座の輝きが、次なる夢を燈す。
 癒しに潤された路面に咲いた幻想は、桜と星がゆうるり廻る万華鏡模様。

●テレイドスコープ
 満開の桜並木、爛漫たる染井吉野がぼんぼりに照らされて、春の宵に柔い花霞をかける。
 世界が花になる魔法を手にすれば哭の尻尾は御機嫌に跳ね、弾む鼓動も腕時計が刻む時の音と響き合って躍るよう。紅緋のあかりを燈したぼんぼり達は艶冶な輝きで甘く柔く宵闇を融かし、浮かびあがるような夜桜を振り仰げば魂までもが浮遊感を覚えるけれど、
「うわ……こーして観ると、花に鎖された世界に落っこちるみたいだ」
 掌の魔法、テレイドスコープを覗いてくるりと回せば、仄光る桜の花々が繊細な雪結晶を幾つも煌かせ、数多の結晶が無限に展開したかと思えば紅緋のあかりが花火のように咲いて躍って広がって。哭自身もくるり辺りを廻れば、涯てなき光の迷宮へ呑み込まれる夢心地。
 ねえ、酔い痴れたらもう、
 ――魂まで閉じ込められてしまいそう、なんて。
 咲き溢れる花爛漫を仰いで覗けば夜桜が大聖堂のステンドグラスやモザイクめいた精緻な幾何学模様を描いてくるくる回ってエルスへ降りそそいでくる心地。ふわり羽ばたき至近で桜花を覗いたテレイドスコープをゆうるり回せば、無限の雪結晶の合間に閉じられた桜花が再び開花する。幾つも、幾つも。
「何だか世界が全く変わったようです……! これはどうやって出来たのですか……!?」
「万華鏡と仕組みは同じっすよねー。観た光景を筒の中の鏡が反射させあって――」
 楽しい興奮に天使の翼をぱたぱたさせたエルスに届いたのはシキの声。
「そうやって、魔法になるんすよー」
「不思議です……! ありがとうシキ様、私、飛んでくるね……!」
 純真無垢な天使に戻った少女は無邪気に礼を述べ、夜空へ舞い上がった。
 ひときわ艶めかしい春宵の風に抱かれて見下ろせば、紅緋のあかりをやんわり透かす桜の花霞、掌の魔法を通せば、夢幻の燈火の花が無限に咲き誇る。
 彼女を見送ったシキも首に掛けた細鎖をしゃらりと鳴らして、その先にある飾り気のない銀色のテレイドスコープを覗き込む。銀の筒はシンプルでもそれは万の景色と万の華を齎す魔法、桜舞う春の宵を観たならば、世界そのものが無数の微細なかけらになって雪のごとく結晶化して咲き溢れ、想像を遥かに超える万の華に吸い込まれる心地。
 思い描いていた春の宵とはまるで違うひとときに溺れるような心地は雅雪も同様で。
「そうか、筒の先がオブジェクトか水晶玉越しの世界かって違いだけなんだな」
 だが、唯それだけで、万華鏡――カレイドスコープとテレイドスコープは大きく変わる。華麗にして繊細な幾何学模様が無限に広がる様は同じ、然れど彩り豊かな星空めく夜景から夜桜へと掌の魔法をゆるり回しながら廻らせたなら、夜闇に小さな花火が数多咲き、桜色の雪結晶が溢れきて、覗く光景ごとにがらりとその彩を変える。
 羽根雲みたいに軽やかなスプリングコートのリボンをひらりと夜風に遊ばせて、ふわもふ箱竜を連れて羽ばたいたメイアも夜空へと舞い上がった。ちゃり、と掌中で鳴るのは世界が花になる魔法をポシェットに着けて持ち歩くためのキーホルダー、銀色の環を踊らせながら遥か彼方に星々瞬く天穹を覗けば光が足りず、テレイドスコープの先は闇の色。
 けれど勿論それは承知の上、魔法を覗いたまま暗い空から眼下の花霞へ筒を廻らせれば、甘く柔らかな紅緋のぼんぼりのあかりが華やかな花火を咲かせて、薄紅から淡桃、真白へと彩り変わる夜桜が夢幻の模様に結晶しながらくるりくるりとメイアの世界を満たす。
 わあ、と歓声咲かせ、更に魔法を廻らせれば、きらりと結晶に紛れ込む金の彩。
「桃花ちゃん、素敵な景色には出逢えた?」
「ああんそれはもう! でもこうしたら……一段と素敵かもって思うの~♪」
 竜の娘に耳打ちされた提案に、面白そう、と瓶屋を営む少女は瞬いて、花霞を透かし観た硝子瓶を更にテレイドスコープで覗いてみたなら、先程観た同じ光景が、ひときわ細やかで精緻な結晶になってきらきらと踊った。
 春の宵にサヤが手にした魔法は桜の模様。
 艶めかしく心地好い風と舞う桜に誘われるまま漫ろ歩く足取りはふわふわ夢心地で、掌に収まる小さな魔法を覗けば、華麗に咲いてくるり回って、きらきらと煌きを零す夢幻の桜の結晶にそわそわと心が浮き立った。サヤだけの光の花、世界の花。
 己だけにしか見えないからこそ、誰かに話したくなって心が弾む。
 ――嗚呼、佳い夜ですねえ。
 ふわり仰ぎ見れば、夜桜色の結晶に鏤められた空色と春色、手を振ってみたなら、サヤの左右にメイアと桃花が舞い降りてきた。
「サヤちゃんも観てみる? 硝子瓶を透かした光景を覗くともっと綺麗な模様になるのよ」
「ふふふ~。それを空からなんてどうかしら~? わたしが抱っこして飛びますなのー!」
「わあ……それはまた、大変魅惑的なお誘いですねえ」
 空を飛べる皆様がちょっとだけ羨ましい――と思っていたけれど。
 望めば夜空から観る世界の花も、サヤの掌のなか。
 世界が花になる魔法で最初に観たのは、誰よりも愛しいひと。
 雪結晶のように、花火のように、幾何学模様のように、無限に広がる花に鏤められるその姿に、グレッグがいっぱいだ、と笑みを咲かせるノルを確り抱いて、純白の翼を広げた男は夜空へ羽ばたいた。
 愛しいひとを見つめるなら直接がいい。けれど、夜空から眼下に望む花霞は、ともに掌の魔法越しに。紅緋のあかりを透かし柔く光る桜の爛漫、夜桜を楽しむ、この手で護ったひとびとも、水晶玉越しに筒の鏡に躍って幾重にも花開き。
 ねえ、グレッグ。そう囁くノルの声が幸福に潤む。
 ――願わくば、花の下にて……って、ずっと思っていた。
「でも、おれたちは今、花の上にいるんだねえ」
「ああ。ノルが望んでくれるから、俺はこうして空を飛べる」
 幸せな一瞬を永遠に変えて、そのなかで死ぬのではなく。
 一緒に生きていこう。廻る春を、幾度も愛でながら。
 桜の樹皮艶めく樺細工は手に樹のぬくもりを連れてくる。
 世界の花もきっと、と夜が手渡せば、早速テレイドスコープで紅緋のあかりに映える桜を覗いたアイヴォリーに歓声が咲いた。
 絢爛たる世界の花、彼にも見せたくて、けれど心奪われて欲しくはなくて。
 ――ね、わたくしごと貴方の視界に閉じ込めて、世界の花にしてくださいな。
 純白の翼を広げて見せる彼女から受け取って、夜も魔法を覗き込めば無限の雪結晶に宿る数多の夜桜と愛しい天使。だが世界の花が全て桜色に染まった刹那、桜吹雪に覆われた姿へ咄嗟に手を伸ばして抱き寄せて。
「……一緒に花めく世界を眺めよう」
「――魔法越しでなくて、いいの?」
 瞼に唇を寄せればきっと、花模様も彼自身も、彼女の心に灼きつくから。
 深い青に白花が咲く蓮水・志苑(六出花・e14436)のテレイドスコープは、彼女にどんな煌きを見せているのだろう。掌の魔法に見入る彼女の足元を気遣いつつ蓮も己が掌の魔法を覗き、息を呑んだ。
「……凄いな」
 幼い頃にビー玉を透かして見た光景、それに似ているのだろうかと想像していたが、大分違う。鏡の反射で無限に夢幻の花を咲かす万華鏡は偏光角の実験から誕生した光学の結晶、同じ原理で世界を花へと変えるテレイドスコープもそれは同様で、街の夜景が、ぼんぼりに照らされる桜が、微細なかけらに変じて精緻な雪結晶めく模様に鏤められて、無限に咲いて展開して。
 雪はどのように見えるのでしょうか――と零れた志苑の声で我に返って、それならいつも持ち歩いて四季を通して観ればいい、と応えた蓮は、自覚した望みを言の葉に乗せた。
「俺も見たい、あんたと一緒に」
「素敵ですね。次は……藤でしょうか」
 彼女の頬に桜色が燈ったように見えたのは、あかりのせいか、それとも。
 だが、四季を通してともに在りたいという望みに確たる応えが今はなくとも。
 この春宵に萌した、一緒に観たいという気持ちは、互いに、きっと――。

作者:藍鳶カナン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年4月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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