ミッション破壊作戦~穢れた大地と癒しの接吻

作者:ほむらもやし

●二八月目
「もう桜も満開だね。すっかり春らしくなった地域も多いんじゃないかな? でもデウスエクスに故郷を奪われた人は春の喜びを享受できないまま、今この瞬間も苦しんでいる。だから諸君の力を貸して貰えないだろうか?」
 ひと月が経過して再びグラディウスが使用できるようになったことを、ケンジ・サルヴァトーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)は告げると、今月のミッション破壊作戦の説明を始めた。
「今回も向かえるのは攻性植物のミッション地域だ。行き先によって多少の違いはあるけれど、作戦の流れに自体に変更は無いから、仲間とコミュニケーションをとれる人ならまず大丈夫だろう」
 向かう地域の選択は、場所に思い入れがあるとか、見過ごせない敵がいるからとか、強敵に挑んでみたいとか。分かりやすい動機があれば充分だ。
「で、これがグラディウス。通常の武器としては使えないけれど、『強襲型魔空回廊』を攻撃できる武器と判明している。使い方はバリアに刃を接触させれば良い。注意事項は何度も再利用する貴重品でだから捨てずに持ち帰ることだ」
 蛇足になるかも知れないが、グラディウスは使用時に気持ちを高めて叫ぶと、威力が上がり与えるダメージが増大すると言われている。
 君の尊い思いがミッション地域の解放の一助になるのだから、大いに気持ちをぶつけて欲しい。
 攻撃を掛けるのは、通常のミッション攻略では、決して辿りつくことも目にすることも出来ないミッション地域の中枢にあたる、強襲型魔空回廊。
 高高度から侵入したヘリオンによる降下攻撃などという、熱いシチュエーションはミッション破壊作戦の他には無い。

 グラディウスによる魔空回廊への攻撃を終えると、作戦目標は撤退に変わる。
 グラディウスの行使は個人的な思いさえあれば成果が見込めるが、撤退戦に関しては、仲間と協力できなければ困ったことになってしまう。
「端的に言えば、撤退に時間を掛けすぎれば全滅する。『戦いが不利なら戦いをやめて撤退すればいい』などと甘く考えている者がいるなら、それは出来ないと認識を改めて欲しい。敵の占領地である以上周りは全て敵。万一戦闘中に増援の到着を許すような状況を招けばその時点でバッドエンドだ」
 但し、此方にとって大きく有利な点もある。
 グラディウスの攻撃の余波である爆炎や雷光のダメージや、同時に発生する爆煙(スモーク)に視界を奪われたことで、敵は大混乱に陥っている。
 それが、全滅の危険がある敵地であっても、少人数の奇襲が成功可能な理由である。
 実際、殆どの場合1回の戦闘で強敵を撃破して撤退に成功している。
「ただし、スモークはグラディウス攻撃を終えた後は急速に薄まって行く。向かった場所やその日の状況で多少の違いはあるけれど、何十分も効果が持続するものでは無いから、常に緊張感をもって」
 怖い話をしたけれど、過去二七月間のミッション破壊作戦中に、ケルベロスが死亡した事例は無く、暴走した少数の者も、把握している限りは、漏れなく救助作戦が実施され、生還している。
 敵の戦闘傾向は既に明らかにされている情報が有用だ。
 ダメージ耐性や命中回避の耐性が分かっているのなら使わない手は無い。
 他にも、ミッション地域が森なのか、街なのか、海なのかは分かるはず。
 撤退でも速やかに動けるよう、作戦やプランを立てることは出来るだろう。
「ミッション地域の存在は、今も人々に耐えがたい苦しみを与え続けている。だから、どうかお願いする。諸君が正しいと信じる思いをぶつけて、理不尽な苦しみに終止符を——再生への物語、この世には遍く幸福があることを示して下さい」
 成功を祈る。そう言って、ケンジは頭を下げると、出発の刻を告げる。


参加者
瀬戸口・灰(忘れじの・e04992)
機理原・真理(フォートレスガール・e08508)
アイクル・フォレストハリアー(ラディアントクロスオーバー・e26796)
田津原・マリア(ドラゴニアンのウィッチドクター・e40514)
ジュスティシア・ファーレル(エルフの砲撃騎士・e63719)
フレデリ・アルフォンス(ウィッチドクターで甲冑騎士・e69627)

■リプレイ

●降下攻撃
 群馬県上毛高原駅——その近くの山中。
 夜が明けたばかりの空を一条の稲妻の如き軌跡が貫いた。
「ここからさっさと出て行ってもらおうか!」
 響き渡る、瀬戸口・灰(忘れじの・e04992)の叫び、轟音と共に光が爆ぜて、静かな山の風景は地上で太陽が生まれたかの如き、真っ白な、凄まじい閃光で塗り尽くされる。
 閃光が消え、風景に色が戻ると同時、今度は橙色の輝きが周囲の空気を巻き上げながら膨張を始める。
 橙の輝きの高温に抱かれた空気は竜巻となって、地上に在る物を空に巻き上げながら赤黒い茸雲を作り始める。
 温泉が好きな気持ち、占領により避難を余儀なくされた人たち、そして犠牲になった人たちへの万感を短い叫びに託して、グラディウスを叩きつけた。
 グラディウスから放出される余波のもたらす巨大な破壊の力に、灰は身震いしそうになる。イメージとして頭のなかにこびりついていた、敵の群れも悪臭も一瞬にして焼き払われたような気がした。
 進行方向から立ち昇って来る炎を孕んだ煙を裂くようにして、機理原・真理(フォートレスガール・e08508)は降下を続ける。
「自然の豊かな場所って、私好きなのです。空気も美味しいですし、星空が綺麗に見えたりして、でも自然ばっかりだと不便な事もあるです——」
 煙の中から樹枝状の雷光が伸びて、宙に巻き上げられた異形を貫いて塵と変えて行く。
 臭いのひどさは常軌を逸するほどだと聞く、叫びの刹那、毒に侵される土地、避けようのない悪臭に苦しむ人たちの姿を、グラディウスを振り上げて、叫び振り下ろすまでの刹那に、真理は思い浮かべる。
「だから、駅はここに住む人達が遠くまで移動したり、物を運んでくる一番大事な場所なのですよ。そんな場所を毒や臭いで汚して、私達の生きる場所を汚すのは、許さないですからね!」
 間近では目の前に広がる壁の様にしか見えないバリアにグラディウスの刃が接触すると同時、言葉を失う様な激しい衝撃が、電撃の如くに手先から腕、肩、そして足先へと突き抜けて行く。
 この程度の苦痛に屈して、中途半端で終わるわけには行かない。
 真理は歯を食いしばり、激痛に飛びそうになる意識と戦う。そして握る力を緩めてしまいそうになる指先に力を込め、蓄えられたグラビティ・チェインを残さずに叩きつけた。

 上空からは魔空回廊がある場所を起点に、グラディウス攻撃の余波である破壊の力が地表の凹凸を無視する様に同心円状に広がって行く様がジュスティシア・ファーレル(エルフの砲撃騎士・e63719)の目に映った。
「とにかく臭すぎる、あまりにも酷い」
 撒き散らさる悪臭に、故郷や思い出のある場所、そして生命を損なわれた人々の心の痛みに思いを巡らせながら、ジュスティシアはグラディウスを握る手に力を込め、切っ先を目標へと向ける。
「魔空回廊と書いて『粗大ゴミ』と読む!」
 いったいどれだけこの攻撃を重ねれば、壁を打ち破ることが出来るのか。
 漠然とした不安と期待が入り交じる。
「跡形もなく掃除してやりましょう!」
 直後、不安を振り払うように気持ちを高め、己の抱く思いの丈を叫びに込めて、ジュスティシアは渾身の一撃を叩きつける。瞬間、鉢を打ち鳴らしたが如き鳴動音が響き渡る。グラディウスを通じて伝わってくる強烈な衝撃に、腕先が引きちぎれそうな感覚を覚えた。
 爆発の衝撃に弾かれて、身体が宙を舞う刹那、仰向けの姿勢で見上げた空にグロテクスな形状の赤黒い雲が急速に立ち昇ってゆく様子、そして巻き上がる上昇気流に逆らって、降下してくる、アイクル・フォレストハリアー(ラディアントクロスオーバー・e26796)の影が見えた。
「あたしが正統派アイドルとして君臨するグンマーにあやしげな植物がまーだのさばり続けてるとか絶対許せることじゃあないにゃ!」
 その影は急速に大きくなり、地上に降り立つために姿勢を整える、ジュスティシアと入れ替わる様にして、魔空回廊を防護するバリアに突っ込んで行く。
「今度こそ! 今回こそ、ずぇぇぇったいッッッに! ぶっっっこわーす!!」
 怒号と共に、アイクルは手にしたグラディウスを突き出す。
 バリアと接触した刃先から光が溢れ、膨れ上がる火球が弾ける中、アイクルは言葉に出来ない思いを叫び、突き出した腕に力を込める。
「おんどりゃあああああああああああふ——」
 絶望にも似た怒号、何が彼女をそこまで怒らせるのか、弾けた火球は炎の雨と化して地表に降り注ぎ、意思を持っているかの如くに伸びる雷光は蠢く異形の植物を正確に貫き通して行く。
「こないだも言ったよな、お前等攻性植物には日頃からムカついてるって」
 フレデリ・アルフォンス(ウィッチドクターで甲冑騎士・e69627)は手にしたグラディウスに気持ちを込めた。黒と灰色の渦を巻く爆煙が津波の如くに山を沈めて行く。
 腐敗臭と焼け焦げた様な匂いが入り交じった猛烈な異臭が鼻をつく。
「それにこの悪臭、嗅いでも嗅いでも慣れることはないぞ、今度こそ臭いの元から断つ!」
 湧き上がる憎悪から来る衝動の如き怒りの叫びと共に、フレデリはグラディウスを叩きつける。
「ここでオレたちに根切りにされるか、泣きながらユグドラシルに逃げ帰るか、大出血サービスで選ばせてやるよ!」
 この世界を、攻性植物なんかの好きにはさせない。激しく爆煙が渦巻く中、稲妻の如き太い光が灰色の風景を斜めに貫く。煙は真っ白に明るくなり、宙に舞い上げられた異形を影絵の如くに浮かび上がらせる。
 瞬きもせずに、田津原・マリア(ドラゴニアンのウィッチドクター・e40514)が突っ込んでくる。
 どうしてこれほどまでに、環境が変える必要があるのか?
 本来、ここには、山水や温泉に恵まれた自然豊かな土地があったはず。そして人々を癒す憩いの場が作られてが、受け継がれてきた歴史や、沢山の心の故郷があったのに。
「あんたらのような、腐敗の華に侵食されたら、自然がみーんな台無しになってしまいます! これではあきません。この土地を愛する人が、どんだけ首くくったと思っとるんや? どれほどの人が恐れ、苦痛を感じとると思うんや?!」
 自分勝手な欲望で世界を変えさせはしない。
 これ以上、元からあるものを壊させはしない。
 真心から湧き上がる熱い気持ちをグラディウスに込め、刀身に雷光の如き輝きが宿ったかに見えた、次の瞬間、満身の力と万感を込めて突き出す。
「攻性植物なんてこの地には要らへん、根っこから吹き飛びや!」
 刃とバリアのぶつかり合う凄まじい衝撃から来る耐えがたい激痛に耐えながら、マリアは叫ぶ。
 人々に理不尽な悲しみと苦しみの連鎖をもたらす、魔空回廊は断ち切らなければならないものだ。
 しかし、この日、魔空回廊とバリアに確かなダメージは重ねたが、遂に破壊に至る兆候を見いだすことは出来なかった。

●心残して撤退
「急ぎましょう——それに、鼻もおかしくなりそうです」
「まったくだ」
 グラディウスによる攻撃を終えた一行は、真理とフレデリに導かれる様にして撤退を開始する。
「おもったよりもしぶとい気がするにゃん……」
 念のために身につけたグラディウスの感触を確かめ、そして無意識に後ろを見上げるアイクルの視界に、未だ健在の強襲型魔空回廊と浮遊する半球状の防護バリアが映った。
 悪臭だけではなく、見た目も攻撃的かつ醜悪、昨今の攻性植物を巡る動きに思いを馳せ、ジュスティシアは刹那首を傾げた。
「また崖崩れの痕にゃ——気をつけるにゃ」
 焼け焦げた表土とは明らかに違う、湿気を帯びた剥き出しの赤土に気がついたアイクルが声を上げた直後、土砂の中から現れた攻性植物『腐敗の華』が一行の前に立ちはだかる。
「やっぱりにゃん——」
「それなら、まずは取っ掛かりや!」
 必殺の構えを取るアイクルの頭上を飛び越える様にして、マリアの飛び蹴りが巨大な赤い花弁に衝突する。爆ぜ散る輝きが流星群の如くにスモークの中を飛び行き消えゆく中、至近に間合いを詰めたアイクルは、ルーンディバイドの輝きを帯びた斧刃が振り下ろした。
 アイドルを名乗っているからと言って、真面目に戦っている姿をあれこれ言う者はいないだろうが、見苦しい姿はさらしたくない、気持ちを昂ぶらせ効率よく戦う意識とのバランスを保つと不思議と心が落ち着くような気がした。直後、呪力を帯びた刃は深々と赤い花弁を斬り裂いてネバネバとした体液を零れさせる。
「夜朱もお前、ちょっとやばい顔してないか」
 ウイングキャット『夜朱』に気遣いの声を掛けると、灰は続く動作でガネーシャパズルを掲げた。
「——ともかく、早く倒して、帰ろうな」
 金色に輝くパズルのパーツが刹那に精緻な挙動を見せ、稲妻を解き放つ。金色の輝きの空間を裂くように飛び行き、一拍の間の後、破裂音と共に腐敗の華の体表で爆ぜる。
 これまでにない強烈な腐敗臭を含んだ体液がそこかしこに飛び散る中、夜朱の翼の羽ばたきがもたらす、清浄な風が臭いが孕む毒気を和らげて行く。
「土そのものを、違う物質に変えてしまうのか?」
 ならば、被害を受けたのは人だけでは無い、ここに住んでいた動物たちはどうなったのかと。
 今回は魔空回廊の破壊には至らなかったのは悔しいが、この地が解放されたら、毒に冒された大地を浄化してあげたい。切実に感じながら、灰は眼前の巨躯を睨み据える。
 直後、被弾に傷ついてボロボロに見えた赤い花弁が、オーブンの中のスポンジケーキのようにふわりと膨らみ始める。
「来るぞ、散れっ!」
「これは——清純派アイドルには由々しき事態にゃ♪」
 一度でも目にしていれば、攻撃の準備動作など誰にでも分かる。フレデリもアイクルも何が起ころうとしているかを瞬時に理解して怒号を飛ばすが、阻む術は無いに等しく、いやな予感で頭の中がいっぱいになった。
 そして満を持して解き放たれた悪臭を孕んだ大量の粘液が降り注ぐ。
「よく分からんが、どうやら無事のようだな——」
 咄嗟にアイクルを庇った灰が、粘液まみれの顔を上げると軽く片目を閉じて微笑んだ。
「なんと恐ろしい——こう言うのは、オークだけで十分なのですよ!?」
 呆れた様に呟き、咲き誇る白の純潔と呼ぶ、攻性植物に力を送る真理、間もなく結実した黄金の果実がもたらす暖かな光が、不潔な粘液に塗れた、灰とフレデリを癒やして、もとのきれいな姿に戻した。
 自身が粘液を食らわなかったのは、偶然に過ぎないと気づき、女性陣の中には背筋が冷たくなる者もいた。
「まだ時間はあるはずです。落ち着いてゆきましょう」
 七色の爆発のもたらす勇気で鼓舞し、ジュスティシア周囲を見渡す。グラディウス攻撃の余波であるスモーク(爆煙)は未だ充分な濃度を保っており、別の敵の留めてくれている。
「大した敵ではなさそうですけど、やはり6人では少し苦しいですね」
「ぶっまるおおおおおおす! まるぁぁあああああああっく!!」
 見てくれやプライドを気にしている時ではなかった。
 そのタイミングで、吹っ切れたようなアイクルの必殺の一撃が炸裂する。直後、ダメージの甚大さ表すように半分に引き千切れた赤い花弁が黄色の粘液を零しながら地面に落下する。
 一気にカタをつけたる。
 後ろに引いたドラゴニックハンマーにマリアは力を込め、引き絞った身体のばねを解き放つと同時に、ドラゴニックパワーを噴射させる。
「こん一撃は重いですよ!」
 莫大な力を巧みにコントロールするマリア、巨大なハンバーヘッドに引っ張られそうになりながらも、傷ついた敵の急所に正確に叩きつける。
 断末魔にも似た咆哮が猛烈な悪臭と共に響き渡る。
 息を吸い込むのが苦痛に感じられるほどの悪臭、ここまで往生際が悪く、かつ醜い姿を見せられれば、怒りや憎しみを通り越して、不思議と気持ちは落ち着いてくる。
 直後、満身の力を込めたフレデリの超高速斬撃が、瀕死の攻性植物『腐敗の華』を両断して、戦いに終止符を打つ。
「よし、急いで撤退だ!」
 迷い無く走り出すフレデリ。真理がすぐに続く、一行が行こうとする先、その進行を助けるように、植物たちが自然に道を開く。
 鼻をつく腐敗臭は相変わらずだが、走り続けるうちに段々と薄まって来ているような気がした。
 焼け焦げてなぎ倒された森は、戦った場所から離れるにつれて、次第に異様な雰囲気は薄らいで行く。
「ここまで来れば、大丈夫そうだな」
 人間の気配に気がついて、フレデリは呟くように言った。
 恐らくはこのミッション地域の攻略にやって来た見知らぬケルベロスだろう。
 かくして、誰一人損なうことなく撤退に成功し、魔空回廊にダメージを重ねることにも成功した。
 大量の煤を含んだ黒い雨が降り始める。景色が墨を塗りたくったようなモノトーンに変わって行く中、咲き誇る桜の花だけが、やけに鮮やかに見えた。

作者:ほむらもやし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年4月18日
難度:普通
参加:6人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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