完食せずして何が食事か!

作者:久澄零太

「命を大切にしない奴なんて死ねばいいんだ!」
 鳥さんの叫びに微かでもシリアス味を感じてしまったあなた、きっと疲れてるのよ。ブラウザを閉じて七時間くらい眠りなさい。
「コレは食べたくないだの、完食したらカロリーオーバーだの……食い物舐めすぎだろぉ!?」
 な? シリアスの欠片もなかっただろ?
「行くぞ同志達、食い物を食わずに舐めきった連中をしばきにいくのだ!!」
『イエスフード! ゴーイート!!』

「みんな大変だよ!」
 大神・ユキ(鉄拳制裁のヘリオライダー・en0168)はコロコロと地図を広げて、とあるビルを示す。
「ここのしまっちゃったレストランに食べ物は全部食べるべきってビルシャナが現れて、信者を増やそうとするの!」
「ふむ、珍しく至極まっとうなビルシャナですね」
 ユーカリプタス・グランディス(神宮寺家毒舌戦闘侍女・e06876)が微かに考え込むような顔をするのだが。
「信者はあえて全部は食べない事の意義を語ると目を覚ましてくれるんだけど、この時に食べられないような料理を作って、これが食べられるかーってやると物凄く怒るから気をつけて!」
 遠回しに、ユーカリプタスは存在そのものが地雷なのだと伝えるユキなのだが、当の本人は涼しい顔である。わけが分からない人は彼女が持ってる調味料について聞いてみるといい。無事は保証しないがね。
「逆に、残すことに意味がある料理を用意できたら効果的かも?」
 食うことを目的としてるのに、残す事に意味があるとはこれいかに? その辺説明できたら信者がさっくりいくかもしれない。
「教義だけ聞くと悪いビルシャナじゃなさそうだけど、結局はビルシャナだからね。バシッとやっつけちゃって!!」
 どれだけ良い事を言っていようと、ビルシャナであること、それそのものが罪なのである。


参加者
日柳・蒼眞(落ちる男・e00793)
若生・めぐみ(めぐみんカワイイ・e04506)
ユーカリプタス・グランディス(神宮寺家毒舌戦闘侍女・e06876)
シフカ・ヴェルランド(血濡れの白鳥・e11532)
セレネテアル・アノン(綿毛のような柔らか拳士・e12642)
アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)
ヒビスクム・ロザシネンシス(地中の赤花・e27366)
アーシャ・シン(オウガの自称名軍師・e58486)

■リプレイ

●まさか自分から言い出すとは
「目の前に美味しそうなものがあれば直ぐに食べ」
 メリィ。太陽機の中で顔面に蹴りを撃ち込まれて台詞が中断された日柳・蒼眞(落ちる男・e00793)。
「人を食べ物みたいに言うのはどうかと思うなー」
 上段回し蹴りで首をひっかけて蒼眞を頭部から叩き落とすユキだが、この程度で諦める変態じゃない蒼眞。
「あれだ、メロンとかスイカ的な……大神の場合は板チョコか?」
「……」
 自分の平坦な胸を見下ろすユキ。虚ろ目になった白猫へ、蒼眞が胸ポム。
「大丈夫、そのうち育っ……」
「しれっと触らないでよド変態!!」
「でゅっふ!?」
 ボディ、リバー、ハート、アッパー! 猫パンチ四連撃が叩きこまれ、拳を矢に、体を弓に。
「行ってらっしゃいッ!!」
 ブチ込まれるストレートッ!! いつもなら空中までぶっ飛ぶのだが。
「ナイスパスです」
 シフカ・ヴェルランド(血濡れの白鳥・e11532)が受けとめに行った!?
「ツルペタの直後だとより大きく感じぷぎゅ!?」
 蒼眞は豊満な谷間に顔を埋め……コレ飲み込まれてない? 蟻地獄みたいになって……ちょっとシフカさん、蒼眞の両手首を掴んで伸ばしたりしたら、頭を胸で固定されて、受け身も取れずに後頭部から落下するんですが?
「これぞ必殺乳肉バスターです」どやっ。
 味方に必殺技ぶつけてどーすんだ!?
「大丈夫ですよ、番犬たる者、物理ダメージなんて……」

 ど ぐ ち ぁ ☆

「……」
 蒼眞の首から生々しい音がしたんだが?
「目的のレストランは……十階ですね」
 放置!?
「最初にお聞きしますが、皆さんは用意した全コースメニューを食されますか? 他の方が作った分も食べながら?」
 レストランに入るなり疑問を投げかけるシフカへ、鳥さんは首を傾げつつ。
「新手の信者かな……? それはさておき、食べないけど?」
「えっ」
 アテが外れたシフカ=サン。『あえて』全部は食べない事の意義が重要なのであって、物量作戦なんてしかけたら「食い切れるか!そんな量作るんじゃねぇ!!」と鳥さん大激怒間違いなし。会議室で某国の食文化の話始めた時点で嫌な予感はしたけど、見事に地雷踏み抜きやがって。
「任せてください」
 ポンと、シフカの肩を叩く若生・めぐみ(めぐみんカワイイ・e04506)。紫陽花色の着物に身を包み、給仕に備えてたすきもかけた彼女は震えていた。
「ここまで来たら、やり切るしかありません……時間はめぐみが稼ぎますから……!」
 そーね、お前もわんこそばっつう物量作戦だものね。
「ヘイドレク」
 こちらに。頭を垂れてシフカの斜め後ろに現れるヘイドレク。急に兄貴を呼び捨てにしたかと思ったら、シフカはスーツを脱ぎ捨てコックスーツに。
「この戦い、勝ちに行きますよ……!」
 死地に向かう戦士の顔で厨房に向かっていくシフカを見送って、めぐみが指を鳴らすと。
「ん? なんか飛んで……まてまてまて!?」
 大慌てで鳥さんと信者が逃げ惑った後、窓をぶち抜いてコンテナがレストランにシューッ! 太陽機に吊るして来たからね、振り子式に飛ばすしかないからね。
「みなさん、わんこそば食べませんかぁ」
「これお前の仕業かぁ!?」
 開いたコンテナから出てくるわんこそばセットを見て、鳥さんプッツン。めぐみは舌を出して自分の頭を小突きながら。
「ビルの中だから、横から飛ばしてもらっちゃいました♪」
「何してくれてんのぉおおお!?」
 大惨事の店内に異形は絶叫。
「おいしくな~れ、萌え萌えキュン♪」
 鳥さんを放置して、わんこそばに語尾にハートでもつきそうな甘い声でおまじないをかけるめぐみは、信者を椅子に座らせて。
「それでは、信者一号さんのわんこそばチャレンジ、スタート!」
「あれなんか勝手に始まった!?」

●食えばいいってもんじゃない
「話は聞かせてもらった!」
 既に瀕死だが、活動には支障がない蒼眞が……。
「きゃっ」
「ぼごっふ!?」
 遅れて降下したアーシャ・シン(オウガの自称名軍師・e58486)に踏まれたー!?
「あら、ごめんなさい?」
 メイド服の裾を軽くつまんで何を踏んだのか確認し、歩みゆく彼女を地べたから見上げて、蒼眞が残した言葉は。
「紫……」
 お前は何を見ているんだ?
「え、そりゃスカートのな……」
 言わんでいい!!
「ささ、まずはこちらを……」
「ナァニコレェ?」
 ドス黒い肉を網焼きにするアーシャに信者は軽く引いたが、目の前で肉はうっすら白く染まっていくではないか。それをスッと湯通ししてから信者の前へ。
「召し上がれ? お酒はいかが?」
 焼酎を取り出すメイドという、何とも違和感のある姿だが、それはさておき。この組み合わせが中々に美味い。
「おぉ、この硬い歯ごたえに強い塩ッ気が……夏場にビールと合わせたらさぞや……」
「えぇ、そうでしょう。ところで、これ全部食べますか?」
 ちょっと小さ目のブロック肉を示すアーシャに上機嫌に頷こうとした信者が、アーシャの眼が笑ってない事に気づいて凍りつく。アーシャは肉が入ってた箱の栄養表示をくるっと見せて。
「こいつは炭鉱労働者なんかの肉体労働者が、カロリーや塩分を補給するために食ってたんだ。そいつを、ロクに体を動かさない連中が食ったら……脂と塩の塊食ってるようなモンだぜ?」
「ハハハ俺土木作業してるから……」
 笑いながらも、そっと目を逸らす信者。にじり寄るアーシャは信者が飲んでた焼酎を押し付けながら。
「本当に大丈夫か? 塩分に当てられて浴びるように酒飲んでなかったか? 白米があったらがっついてないか?」
 それ単体でも塩分脂肪分がやべーのに、アルコールや炭水化物が加われば、まぁ、どうなるか?
「次の健康診断が楽しみだな。きっと三冠王狙えるぜ」
 成人病待ったなしの現状に、震えはじめる信者の耳元に、アーシャがすり寄ると。
「食べ物を残すのは間違いじゃない、自分の体をいたわる『我慢』でもあるんだ……それとも、ああなりたいか?」
 スッと、アーシャの指先が指したのは。
「三十杯目はいりまーす!」
「まだだ……俺はまだ……」
 わんこそば始めたら意地でも数を増やそうと、明らかに限界超えてるのに食ってる信者の青ざめた顔。方向性は違うが、限度をわきまえなかった末路がそこにあった。
「確かに食べ物を残すって我儘や贅沢に聞こえますが、それは外食みたいにその場で提供されて完結する様な食事の場合で、その考え方こそ贅沢だと思うんですよ~!」
 セレネテアル・アノン(綿毛のような柔らか拳士・e12642)の指摘に、蒼眞は重箱をドン。
「まず、正月のおせち料理はいきなり全て食べ尽すものじゃないぞ。どれも保存の効くもので、予め作っておいて三箇日の間にゆっくり食べるもんだ。日々の台所仕事で忙しい主婦の方も、正月位は食事の支度を休めるように、という意味があるからな」
「別に特別な日じゃなくっても、家庭料理だと翌日のお弁当用に残したりもしますし、何より残した方が美味しくなる料理だってあるんですっ! 色々ありますが、私が特にお勧めするのは大根と角煮の組み合わせですね~!」
 一回自分で弁当作ってみ? 朝から全部やるのマジ無理。前日の残りがないと詰むから。
 で、セレネテアルが取り出したのは二つのタッパー。
「初日の作りたても勿論美味しいのですが、残った物を温め直して翌日食べると……昨日よりも味が染みていて柔らかくなっていますっ! そういう風に何回も楽しめる料理だってあるのに無理に完食するなんて勿体ないです~!」
 などと大根と豚の角切りの煮物を、当日分と昨夜分で持ってきたセレネテアル。ただし、自分で食ってる。
「まずは今日の分! できたてとあってサッパリしてますし、大根もシャキシャキでお肉本来の旨味とハードな噛み応えが美味しいです~!」
 まだ色味の強い大根をシャクシャクしながら、角煮故のボリューミーな肉に食いつくセレネテアルはもう一個のタッパーも開けて。
「見てくださいよこの差を! 完食したら味わえない味ですよ~!!」
 一晩寝かせた煮物は大根は透き通り、口に運べば繊維に沿って解けるように、内包した煮汁の味をまき散らす。角煮は歯を立てれば自ら崩壊して凝縮された肉の旨味を解き放つ。もはや別物と言えるほどの変貌を遂げた食材を噛みしめて、頬に手を添えてほにゃん、破顔するセレネテアルの横で蒼眞は不敵な顔。
「そういう意味では、カレーなんかも一晩で食ったら勿体ないな。果実酒なんかも時間をかけて飲み進めれば、その都度味が変わる楽しみに……」
「あなた達……現実の話をしなさい?」
 どうしたアウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)……絶望のあまり死んだ目を通り越して半分ダモって(ダモクレス化して)ないか!?

●完食の苦痛
「貴方達は分かっていないわね……常に……そう常に食べ尽くしてしまう家族と暮らしている主婦の苦労というものを……」
 某妹君ですね、分かります。
「作り置き常備菜のリメイク活用法も……残り物をお弁当のおかずに、なんていうのも夢物語……近所の奥様方との話題にもついていけず、同情の眼差しで見られた上に話題を切ってしまう気まずさと、毎日毎朝、全てのおかずを考えて作る苦労が分かって?」
 やべぇ、主婦のリアル事情が垣間見える……!
「残り物がないのなら、前日のメニューを元にして、飽きさせない工夫をすればよろしいのです」
「……なるほど?」
 ユーカリプタス・グランディス(神宮寺家毒舌戦闘侍女・e06876)の介入にアウレリアさんがメモとペンを装備しました。
「そもそも、毎日献立を考えようとするから苦労なさるのです。聞けば、調理スキルは十分なご様子。であれば、先に一週間の内、月は肉、火は野菜、水は魚、木は揚げ物、金は辛味……などなど、何を作るのかを大まかに決めておいて、まとめ買いすると家計も……あ、一日で買った物全て消費してしまうんでしたか」
「そうなの……うちの子、とんでもない大食い娘で……」
「メイド長の料理か……くっそ辛いんだよなぁ……」
 主婦とメイド長が語り始めた所で、ヒビスクム・ロザシネンシス(地中の赤花・e27366)が遠い目をする。
「さっきも混じってたけど、週一でクッソ辛いのが出るんだよ、家」
 悟った顔で窓から空を見上げるヒビスクム。もう、慣れてしまう程に食べてきたんだろう。
「辛さって別に唐辛子だけではないですよね。山椒とか胡椒とかそういうピリリと舌にくるのもまた辛み。ただまぁ……香りが強いので、沢山入れると……それの匂いしかしませんので適量で使いますが」
「始まっちまった……!」
 ユーカリプタスが調理に入ると、ヒビスクムが頭を抱えて震え始め、ガブリンに慰められてる間に真っ赤な液体に白いモノが浮かぶ皿が出てきた。
「ってことで麻婆豆腐です。アウレリア様にはちょっと辛みが足りないかもしれませんが……」
 アルベルトさんに聞いときたいんだけど、ノーチェ家の辛さってどうなん? え、わが愛故に問題なかった? 一般人なら死ぬ!?
「私はいままで食べられないものなんて出したことはありませんがね。ギリギリの所を狙って出していますので」
「本当に……本当に食べきれるギリギリの所を狙って出すから性質悪いんだよなぁ……もう」
「……」
「……あっはい、すいません。文句言わず食べます」
 まさか信者(一般人)に食わせるわけにはいかないため、ヒビスクムが席に着いた。振り返ると、遺体は拾ってやる、とトラッシュボックスとガブリンがサムズアップ。
「何でもかんでも完食するっつーのはなぁ! こういうことだかんな!」

●少女を犠牲に君は生きる
「完成しました! さぁ、ヴェルナンド流満漢全席、通称べジタフルコースを……!」
 ヘイドレクと二人がかりで、無数の大皿の野菜料理を持ってくるシフカ。しかし、彼女が見たのは祈りを捧げる信者と、その中心で白く小さな花を抱いて眠るヒビスクム。
「一体何が……」
「ヒビスクムさんは犠牲になったんです……」
 困惑するシフカにめぐみが語った経緯とは。

「あまりに我儘なのは駄目だけれど多少の苦手はあるでしょう。私も辛い物が好きだけれど、苦手な方には断られてしまうわ。だから辛さをマイルドにして作ったのだけど」
 ヒビスクムが必死に麻婆豆腐を食ってる横で、アウレリアが持ちだしたのは新手の弁当箱。
「自分が苦手だからって食べられない物扱いはいけません。私も夫も日々食べているのだから食べられない物、ではなくて、単に貴方達が苦手な物なだけ」
 この時、ちらと視線を投げたヒビスクムが見た。アルベルトが救いを求める視線(目は見えないけど)を投げかけている事を。そして同時に察する。この弁当箱の中身は、妹が花見をするっていうから用意したのに、凶や他の番犬に頼むから、と全力で断られた代物。つまり……。
「食べ物を粗末に扱うとは何て事なの。甘めに作ったから、これを食べて食べられない物なんかじゃないと、自分の見識を広げるところから……」
「おーっと麻婆豆腐じゃ足りないなぁ!」
 肌が浅黒通り越して真っ赤になったヒビスクムが弁当をかっさらって完食。
「お前達は……生きるんだ……コフッ」
 最期に信者達に出口を示して、力尽きた……。

「それで信者の皆さんが敬意を表してお帰りに……」
 で、鳥さんも泣きながら帰ろうとしてたんだけど。
「ちょっとお待ちを」
「とりももっ!?」
 シフカが足払いからの蹴り飛ばしで着席させて、料理をドンドンダァン!
「折角作ったんです……召し上がれ……」
 フゥー……フゥー……荒い息を吐くシフカはもはや狂気の沙汰。たった二人で、この短時間に数日分もの料理を作ったのだ。兄ヘイドレクに至っては、半分昇天してしまっている。
「ふん、あの少女の覚悟に、私も応えてやらねば……」
 席を立とうとする鳥さんの背後で、ユーカリプタスが赤い剣を呼び出すとその刀身に真っ赤な液体を這わせる。
「メイド長……あれをやる気か……?」
 唐辛子の花を抱いて寝ていたヒビスクムが、震える声でユーカリプタスを見る。
「得物に劇薬を這わせて……叩き斬る事で傷口から直に毒を流すやべー技だ……本来は踊りながら放つから全身に傷を刻まれて、相手がのたうち回りながら死ぬってんで……禁止されてたはずだけど……」
 見れば、ユーカリプタスは従者が主人に続くように、音もなく異形の背後を取る。
「それでは今回も瀟洒に行きましょうか」
 トスッ。切っ先の一撃。
「ご安心ください、辛いのは一瞬です」
「みぎゃぁあああああ!?」
 鳥オバケは全身を掻き毟り、悶え苦しみながら白目を剥いて。
「カライ……イタイ……」
 奇妙な事を呟き消えていく……ユーカリさんや、何使ったん?
「これですか?」
 メイド長の手には神宮寺印の小瓶。
「私お手製のメイドソースです」
 お前の調味料は劇薬級だったのか……。

作者:久澄零太 重傷:ヒビスクム・ロザシネンシス(地中の赤花・e27366) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年4月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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