アイスエルフ救出作戦~偽りの攻勢

作者:一条もえる

 大阪城内に取り込まれた、宝瓶宮グランドロンの『破片』のひとつで、エインヘリアルの第四王女レリは、同じく宝瓶宮グランドロンの『破片』のひとつを拠点とする、第二王女ハールとの間で回線を開き、情報を交換していた。
 議題は、当然、ケルベロスへの対策である。

『ケルベロスの襲撃の情報が欺瞞情報の可能性があります。アイスエルフの忠義を確かめる為にも、男のアイスエルフを復活させ、前線に配置しなさい』
 このハールからの指示に、レリは、
「男のアイスエルフこそ、裏切る可能性が高いでしょう。ケルベロスの迎撃は、信頼できるものだけで行うべきでしょう」
 と答え、白百合騎士団による防衛すべきだと意見を返す。
 ハールは、何度か注意を重ねた後、
『砕かれたグランドロンの『破片』が、再び揃おうとしています、その前に、大阪城の『破片』が失われる事だけは無いように、心して守り抜きなさい』
 と念を押し、通信を切る。
 この通信の後、第四王女レリは、グランドロンの警護として、騎士団の後方支援を担う蒼陰のラーレと、戦力としては期待できないアイスエルフの女性達を残すと、騎士団主力を率いて、ケルベロスの迎撃へと出陣したのだった。

「さぁて、大きな作戦よ」
 姿を見せた崎須賀・凛(ハラヘリオライダー・en0205)がテーブルの上に大きな風呂敷を置く。それを開くと、辺りには芳しい桜の香りが広がった。
「もぐもぐ……。
 いい季節よねー、桜もどんどん咲いてきてるし。お花見の計画、立てなきゃ」
 そう言って桜餅をひとつ手に取ったかと思えば、あっというまにそれを平らげてしまった。
「でも、その前にこっちを片付けなくちゃね」
 道明寺粉で作った桜餅。指先についた餅米をぺろりと舐めて、凛は話を続けた。
「大阪都市圏防衛戦は、大成功だったわ。アイスエルフちゃんたちを何人もエインヘリアルのもとから救出することが出来たし。
 でもね……」
 ため息をつきながらも、凛は2個目を手に取る。
「もぐもぐ……。
 助け出せたのは、女の子たちだけ。男の人たちはコギトエルゴスム化されたまま、グランドロンの宝物庫に閉じ込められちゃってるみたいなの。
 その点は、『女尊男卑』の第四王女らしいって感じだけど」
 エインヘリアルの第四王女レリにとっては、アイスエルフの男たちは信用に値しないということなのであろう。しかし、アイスエルフの女性たちにとってはそうではない。その中には、家族や友人、恋人も含まれているのだ。
 彼女らはケルベロスたちに、救出を嘆願している。無論、それを無下には出来ない。
 そこで行われるのが、今回の作戦である。
 アイスエルフたちには、こちらのもとから脱走したと見せかけて大阪城に戻り、偽情報で敵を混乱させてもらう。その情報を元に行動するであろう第四王女の裏をかき、潜入部隊がコギトエルゴスムの救出を行うという算段だ。
「もぐもぐ……。
 で、その『偽情報』っていうのが、『ケルベロスたちが逃亡したアイスエルフを追って、大阪城に迫っている』っていうもの。そうしたら敵は、防衛のために出払うでしょうからね。
 みんなにやってもらうのはこの、潜入部隊を敵の目から隠すための陽動作戦よ」
 そう言って凛は、最後に残った桜餅を口に放り込んだ。
 ……かと思ったが、新たな風呂敷包みを取り出したかと思えば、そちらからは関東風の桜餅が。いわゆる長命寺。「だって両方おいしいじゃない」と、凛はそちらにも手を伸ばす。ぱくりと口にすると、薄く巻いた餅が伸びる。
「もぐもぐ……。
 出てくる敵は、白百合騎士団のエインヘリアルと、竹の攻性植物の混成ね。
 相手からすれば、守りを固めるのが第一で、みんなから攻撃を受けた場合も無理のない戦いをして増援を待つと思う。倒壊した廃ビルを盾にしたり、とか。
 こっちも敵の目を引きつけさえすればいいんだから、頃合いを見て撤退しちゃっても大丈夫なんだけど……。
 陽動だってバレたら台無しだから、ビルを挟んでお見合いしてるだけだと、不審に思われちゃうかもしれないわね」
 と、凛は眉を寄せた。
 懸念は他にもある。
 第四王女レリも、精鋭を率いて出撃するであろうということだ。彼女らに遭遇した場合は、無理をせずに避けてもよい。ひとつのチーム単独で当たるのは危険である。戦うならば、複数のチームで敵を釣り出し、孤立させなければ。

「みんなに配下をたくさん倒された第四王女は、この『攻勢』を報復の機会だと思ってるかもしれないわ。そこをうまく、利用できるといいんだけど」
 大きな風呂敷包みを空にした凛はそう言って、熱いお茶をすすった。


参加者
霧島・カイト(凍護機人と甘味な仔竜・e01725)
レベッカ・ハイドン(鎧装竜騎兵・e03392)
アリューシア・フィラーレ(亡羊の翼・e04720)
源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
ヒマラヤン・サイアミーゼス(カオスウィザード・e16046)
朝比奈・昴(狂信のクワイア・e44320)
ケル・カブラ(グレガリボ・e68623)

■リプレイ

●ケルベロス、突入
 ケルベロスたちが攻勢をかける中、ここでは三十余のケルベロスたちが、一団となって敵中に突入した。
 潜入する仲間たちを援けるための陽動だが……拠点を守るエインヘリアルたちの増援として、第四王女レリをはじめとした主力が現れることは間違いない。
「……本命もあるけど、それを悟られない為にも、全力で『腹芸』してやりますか」
 敵陣を遠望し、霧島・カイト(凍護機人と甘味な仔竜・e01725)がバイザーを下ろしつつ呟いた。
「敵主力を撃破する……それがこちらの目的だと思わせられれば、陽動としても効果的かもしれないからな」
 と、玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)が顎を撫でた。
「それは、敵としたら『望むところ』かもしれないデスネー。簡単にやらせてくれるとは思えませんネー!」
 ケル・カブラ(グレガリボ・e68623)が肩を回しながら笑う。
 敵はまんまと誘いに乗ってくるだろうが、大軍、そして強敵であることには違いなく、容易ならざる戦いになるだろう。
「よーするに、私たちはギアなんとかの取り巻き退治ってことになるのですか。ラトゥーニちゃんたちを援護して」
「そういうことだね。縁の下の力持ちってわけだけれど……」
 ぱちん、と手を合わせたヒマラヤン・サイアミーゼス(カオスウィザード・e16046)の横で、源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)が肩をすくめた。
「文句があるわけじゃないよ。僕が助けになるなら、全力を尽くす。
 ……大切な人と会えない辛さは、よく知っているつもりだからね」
「主目的ではないとしても、幹部をこの機に倒せるならなによりですからね」
 レベッカ・ハイドン(鎧装竜騎兵・e03392)が頷いた。
 轟音が響きわたる。各所で戦いが始まったようだ。
 さらに、彼方に見えたのは第四王女レリ! そちらを抑えるべく、一団から仲間たちが離脱していく。
 そして敵は、こちらにも姿を見せた。
「来ましたね。わたくしたちも参りましょう!」
 朝比奈・昴(狂信のクワイア・e44320)が、瓦礫の中を滑走していく。
「……それじゃ、お姫様御一行討伐、頑張りますか」
 アリューシア・フィラーレ(亡羊の翼・e04720)が両腕を広げた。そこから伸びたケルベロスチェインが地面に広がり、魔法陣を描き出す。
「いくぜ、たいやき!」
 カイトが声を張り上げると、仲間たちの背後で色とりどりの爆発が起こった。そして彼のボクスドラゴン『たいやき』が、主にたいやき属性を注入して援護する。
「では撃ちますよ!」
「ちょっと熱いよ?」
 レベッカのアームドフォートが砲声をあげる。砲弾をまともに喰らった攻性植物はビルに叩きつけられた。外壁が崩れ、粉塵が辺りに舞う。
 そして瑠璃が如意棒を振り回すと、棒の先からは紅蓮の炎が巻き起こり、エインヘリアルたちを焼き払った。
「おのれ、ケルベロス!」
 白百合騎士たちが怒声をあげる。
「私は、ただの通りすがりのヒマラヤンなのですよ!
 ……なんてわけには、いかないですよね」
 自らに妖しく蠢く幻影を纏わせたヒマラヤンは、
「あまり時間もないのです!」
 と、手のひらを敵に突きつけた。ヒマラヤンの手から迸ったブラックスライムが大きく「顎」を開き、攻性植物を丸呑みにする。
 しかし敵は、廃ビルの陰に身を伏せながら、なかなか積極的に打って出てこない。堅く身を守り、ケルベロスたちの攻撃に耐えている。
「新たな増援が来る前に、片付けなければ。
 聖王女、どうかわたくしをお守りください……突入します!」
 昴が大きく跳ぶ。
 襲い来る無数の竹槍がその身を裂いたが、
「これもまた、試練です……!」
 昴はものともせず、流星の重力を込めた蹴りを、攻性植物に叩きつけた。
「いまだ、突っ込め!」
 陣内の声を皮切りに、ケルベロスたちは一気に猛攻を仕掛けた。

●ここで食い止めろ!
 動かなくなった敵を見下ろしたレベッカだったが、響きわたった戦いの音に、ハッと顔を上げた。
「あちらは敵を、ギアツィンスを捉えたみたいです!」
 そのとおり、レベッカが指し示した先でも戦いが始まっていた。巨大な戦斧をかつぎ、ケルベロスたちを睥睨するエインヘリアルこそは、誰あろう沸血のギアツィンス!
 ギアツィンスとその直属の配下たちが、ハインツ・エクハルトたちに襲いかかる。
 彼らのことが気がかりではあるが、
「うまく遭遇できたってことは、うまくいってるようだね」
「……うん。『想定通り』にね」
 瑠璃の肩を叩き、アリューシアが逆の方向を指し示した。そこには、さらなる敵の増援が。
「あぁ……そうだね。あれも『想定通り』か」
「とはいえ、マズい事態なのは確かだな」
 ギアツィンスと戦う仲間たち、そして新たな増援とを交互に見て、カイトが舌打ちする。
「瑪璃瑠……」
 戦う七宝・瑪璃瑠の姿を視界に捉え、陣内は思わずそちらを凝視した。彼女も、こちらに気づいたようだ。しかし、「大丈夫」とでも言うように頷いた。
「そっちは頼んだ……か。拾われてきた子ウサギが、立派になったもんだ」
 自分にはない、自分が手放してしまった情熱を持つ人の助けとなりたい。彼女が見届けようとしていることを、自分も見届けたい……。
「なんて、俺も年をとったか?」
「カンガイにふけっている場合じゃ、ないデスヨー!」
「おう、食い止める!
 さぁ、まずは俺たちの相手をしてもらおうか! 愉しもうぜ?」
 ケルが巻いた血染めの包帯から溢れ出る、呪詛に満ちた黒き血の沼。さらには、その周りに咲き乱れた無数の花。甘い香りが敵の鼻孔をくすぐった。
 ふたりが生み出した異様な光景に包まれたエインヘリアルたちはそれに心乱され、ケルと陣内を、怒りにこもった目で見つめた。
「邪魔だ、どけッ!」
 星座の重力を宿した剣が、ケルの肩を割る。そして星座のオーラは、陣内のみならずヒマラヤンや昴にも襲いかかった。たちまち、全身が氷に包まれる。
 さらに脇腹にも刃を受けたケルだったが、
「男の子だって必死なのデース! ホント、強すぎ!」
 と、踏ん張って守りを固め、倒れない。
 しかし、枝をしならせながら襲い来る攻性植物までもは……。
「させるかッ!」
 割って入ったカイトが、パイルバンカーでそれを受け止めた。
 その隙間から、朦々と蒸気が噴き上がる。魔導金属片を含んだそれが、ケルの周りに立ちこめた。
 星座のオーラを受けたヒマラヤンたちも、やられたままではすませない。
「……反撃だよ」
 アリューシアの生み出したオーロラのような光が、彼女たちを包んでいく。
「助かったのです!
 冷式誘導機全機準備完了。さあ、突撃するのですよ!」
 力を取り戻したヒマラヤンが、威勢よく敵陣を指さす。
 猫の模様が入った小型ミサイル。ヒマラヤンが生み出したそれは、戦闘機を思わせるシルエットのオーラを纏って敵へと放たれた。
 炸裂するかと思われたが、ミサイルは命中したところを白く凍てつかせた。
「今なのですよ!」
「えぇ」
 昴のワイルドスペースが、恐るべき速さで膨張していく。
「偉大なる我らが聖譚の王女よ……!」
 そして昴は、ワイルドスペースと化した自らの腕を……引きちぎった!
「ああああああああああああッ!」
 戦場に昴の絶叫が響きわたる。それでも、
「……その恵みをもって我を救い給え、彼の者を救い給え、 全てを救い給え!」
 狂的な祈りを捧げつつ、自身の腕を敵めがけて叩きつけた。それは騎士の鎧に染み通るように吸い込まれていった。
「がぁぁッ!」
 鎧の上から胸をかきむしり、のたうつエインヘリアル。
「おのれ、狂信者め……!」
 忌まわしき者を見るかのように、騎士たちが呻く。
「信仰の厚さを褒められた、と受け取っておきましょう。
 では、あなた方は? レリなど、『女性を助ける』などというお題目に酔っているだけの、騎士もどきに過ぎないではありませんか」
「あぁ、言っちゃったよ」
 カイトが天を仰いで額を打った。
 確かに、男が信頼出来ないからといってコギトエルゴスムに封じたままにするなど、
「……まぁ、憎んでいる相手と、やってることは大差ねぇからな」
「なにッ!」
「おっと……悪ぃな。本音が出ちまった」
 犬歯を剥き出しにして笑う『カイト』。紅い瞳が、ギラリと輝く。
「……嘘は保身の手段。守るための手段の、罪のひとつ。自分が守れなくても、例えばそれは、大事な何かのために」
 仲間たちの傷を癒しながら、アリューシアは敵に視線を送った。
「なに……?」
 目をすがめ、ジロリと敵を睨むアリューシア。不意に力を抜き、肩をすくめた。
「……ていうか、0か1かでしか考えられなくて、男嫌いも嘘吐きもイコールで結ぶとか、横暴にも程があるような」
「アイスエルフ自身にさえ拒絶されている『女性の救済』など、なんの意味があるのです?」
 昴の声は、どこまでも冷淡である。
「なんだとッ! レリ様は……!」
 顔色を変え、反論しようとするエインヘリアルたち。ところがケルが無造作に、あるいは無神経にそれを遮った。
「デスヨネー。レリちゃん、ちょっとパワープレイが過ぎるんじゃないですかネ? そんなに男が嫌いなんデスカ?」
「れ、レリちゃんだと……!」
「んん~、誰か、諫める人が必要なんじゃないデスカ? 誰かが、その部分をかなり膨らませてるって、グレガリボ的には思うのよネ~」
「……業が深いね。心ある生き物っていうのは、ほんと」
 アリューシアが嘆息する。
 エインヘリアルたちは激高し、剣を振り上げて突進してきた。
「言い方は過激だったかもしれないけどね。僕も同感だよ。大切な人が囚われたままになっているアイスエルフの皆さんが、どれほどつらいか。考えたことはあるのかい?」
「だから私たちも退くわけにはいかない、というわけです!」
 瑠璃が如意棒を敵に突きつけ、レベッカはアームドフォートを脇に除け、今度はガトリングガンを構えた。反動に備え、腰を落とす。
 如意棒からは、今度は時間さえ凍結させる弾丸が発せられた。飛び込んできた先頭の敵が怯んだところに、無数の弾丸が鎧をえぐっていく。
「うぅ……ギアツィンスさま……」
 大量の血を流して地に伏しながらも、進もうと手を伸ばすエインヘリアル。その頭蓋を……。
「所詮、話の通じないデウスエクスですね」
 昴は踵で踏みつぶした。

●押し寄せる大波
「紫の四片とかいう奴は、どこへいった!」
 陣内の鋭い突きが、エインヘリアルの脇腹を貫く。
 そこに横合いから星形のオーラが炸裂し、敵は大の字になって倒れた。
「……狂月病のことがわからないだろう」
「紫の四片、どうやらこっちにはやってきてないようだね」
 と、瑠璃は肩をすくめた。
「……まぁ、来てなくて助かったと思うけど」
 瑠璃の視線の先には、新たな一波があった。敵軍は、「苦戦」しているギアツィンスを援護すべく次々と駆けつけてくる。
 敵の合流を防ぐべくケルベロスたちは少しでも距離を離そうとし、結果、少しずつ奥へと進んでいくことになる。
「これでは、あちらの援護どころではありませんね……」
 レベッカが、「背後」で続いているはずの激闘に耳を傾けた。
「ち!」
 舌打ちした陣内がガネーシャパズルを操ると、女神の幻影が敵を狂乱に陥れる。
「うがあ~ッ!」
「うおッ!」
 燃え上がったバトルオーラから発せられた弾丸に食らいつかれ、陣内は吹き飛ばされた。彼のウイングキャット『猫』が、慌てて治療に飛んでくる。
「無茶しないでくださいヨー!」
 姿勢を低くしたケルは、エインヘリアルに組み付いて押し倒した。敵は怒声を発しながら拳を握りしめ、音速を超えた一撃でケルを吹き飛ばす。
「ケルさんこそ、無理しないでください!」
「俺たちが相手してやるからな!」
 少しでも敵の目を引きつけようと奮闘してた陣内とケルの傷は、仲間たちの中でももっとも深いのだ。
 レベッカとカイトとが、敵前に躍り出る。パイルバンカーに貫かれた敵は凍てつき、砲弾を浴びて吹き飛ばされた。
 得物にもたれるように、荒い息をつくレベッカ。
「何人倒しましたっけ……?」
「さぁ。20くらいまでしか数えてないが……30は越えたかな」
 しかし、敵はまだ残っている。それがレベッカに襲いかかった。竹の攻性植物は根を伸ばし、わずかな隙を突いて足下から彼女を絡め取る。動けなくなったところを、別の攻性植物が竹槍で貫いた。
「あぐッ……!」
 喉の奥から熱いものがこみ上げて、溢れた。
 援護しようとしたカイトだったが、わずかに気がそれた隙に、エインヘリアルの大斧が襲いかかった。とっさに受け止めたものの吹き飛ばされ、激突したビルに大穴があく。
「邪魔するな、死ねッ!」
 敵は嵩に掛かって襲いかかって来たが、
「そうはいきません」
 昴は、刃に乗せた渾身のグラビティ・チェインを叩きつけた。
「私たちもいるのですよ! ヴィーくん!」
 ヒマラヤンの声にウイングキャット『ヴィー・エフト』が応じて、尻尾の輪を飛ばした。手首を打たれた敵はたまらず、得物を取り落とす。
「邪魔してほしくないのは、私たちもなのですよ!」
 詠唱とともにヒマラヤンが放った光線を受け、敵は半身を石化させたまま絶命した。
 それでも敵は、さらなる大波となって押し寄せてくる。
 砲弾がビルを倒し、オーラが地面をえぐる。鋭い刃は両軍を傷つけ、アスファルトの砕けた地面は両軍の流した血(と、樹液)で濡れ、一歩を踏みしめるごとに水音さえたてた。
「……まだ、ボクたちは退くわけには」
 アリューシアが懸命に、仲間たちの傷をふさいでいく。押し寄せる敵は止めどなく、治療に当たっている彼女さえ、
「いいものあげるよー」
 押し寄せるエインヘリアルに向け、カラフルなヨーヨー風船を生み出して投げつけた。凶夢が弾ける。
「……でも苦しいのは、向こうも同じ」
「あぁ。強くならなくちゃね、もっと」
 瑠璃が額の血をぬぐい、立ち上がる。
「死を導く月の力を、ここに!」
 瑠璃の朗々とした声が響きわたる。
 鮮血のように赤い月。解放されたその力は弾丸となって、敵の心臓を貫いた。
 第何波かも忘れてしまった敵を退けたとき、「背後」にも静寂が訪れたことに、彼らは気づいた。

「……片づいたようですね」
 ギアツィンスは無事、撃破できたようだ。
 杖にもたれ掛かるようにして、昴は大きく息を吐いた。もはや信仰の力だけが、彼女を立たせている。
 目的を達した、そしてなにより生き残った面々は顔をそろえ、笑みを見せる。
「少しだけ時間をくれ」
 戦場を後にするケルベロスたち。最後に残ったマーク・ナインが、花を捧げて目を閉じた。
 ケルが振り返って、ブンブンと手を振り、声をかける。
「まだまだ動けマスー! 殿ぐらいできマスー!
 でも……やることやったから、もう帰りまショー!」
 アリューシアがぽつりと呟いて背後を振り返った。
「……救出、うまくいってるといいな」

作者:一条もえる 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年4月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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